●リプレイ本文
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セミの音。
日本人の白鐘剣一郎(
ga0184)にとってそれは珍しいものではない。
最初はこの国でもそうなのか? と思っていたが、様子がおかしい。
車を急がせて見れば、やはり。
「キメラ!? どうして、また」
「キメラパーティーじゃねぇですか。何なんでありやがるですか、この数‥‥」
他のメンバーを乗せたラス・ゲデヒトニス(
gc5022)は前に止まる車両と、やはり感じ取っていた違和感から車を止める。
止められた車から降りたサンディ(
gb4343)は目の前の事態に、自分の迂闊さを後悔した。
はりきってお洒落をした結果、お世辞にも戦闘向きな格好とはいえない。
それでもすぐさま覚醒すると、自らの分身である細身の剣を抜き放つ。
その横で荷台から降りたシーヴ・王(
ga5638) もまた、大振りの剣を軽く振って感触を確かめる。
一方で、「またかよ」と呆れる人もいる。
時枝・悠(
ga8810) や杜若 トガ(
gc4987)がそれだ。
「ククッ、また襲われたのかよこの天文台。呪われてるんじゃねーか?」
「何とも大人気だな。羨ましくはないが」
遠巻きに見える光景を眺めながら紫煙を吐き、毒を吐く。
そんな杜若の言葉に同調しつつ、本心から羨ましくないという気持ちをありありと口にする時枝もまたサンディと同じく、ワンピースにジャケットという普段の戦闘時の装いとは程遠い服装だ。
だが、一度キメラと合間見えれば時と場所を選ぶことはない。
傭兵が扱うものとしてはひどくありふれたただのナイフを手に、敵を見定める。
「博士はこういう状況を見越していたのか?
まあ、呼ばれた現場に敵襲とあらば退治するのが傭兵のお仕事だし」
皆の思考をまとめ代弁するかのように呟く地堂球基(
ga1094)は、研究分野において同門に当たるブレナーとの対話を楽しみにしていた。
会話を邪魔する無粋な輩には早々に退散願いたいものだ。
――ヴォン
唸るエンジン音。
フゥと吐き出した紫煙が空へと溶け込み、指から零れ落ちた煙草は、ブーツに揉み消される。
「んじゃ、さっさと終わらせてパーティーを始めようじゃねぇか」
杜若がバイクのスロットルを回し、他の傭兵も後に続く。
予定していたパーティーとは違うが、緞帳はあげられた。開演だ。
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近づく何者たちにか、あるいは漂う香りにか。
蝉たちは建物を離れ、自らの欲を満たすため動き出す。
彼らにとっては、おそらく最大の欲求。
食欲のままに。
「建物への損害は抑えつつ、手分けしてキメラを撃破。
数が多いので、取り囲まれないよう注意しよう」
白鐘の提案はもちろんその通りだが、だからといってキメラも簡単に向かっては来てくれない。
そしてその煩い羽音が、傭兵同士の意思伝達を阻害する。
「だ、そうだ! それじゃひとつ、試してみるか!!」
ヘッドセットマイクの音量を上げて、白鐘の意図を周囲に伝達するラス。
ヘッドフォン代わりのつもりだったが、思わぬところで役に立った。
ラスはそのまま、ブレナーへの手土産としてそれぞれが調達してきた食材を車の荷台から降ろすと、天文台の周囲へと投げてみせた。
肉。肉。肉。
投げたソレは、群がるセミキメラによって瞬く間に黒い塊となった。
それぞれの肉塊に集まる様子から、どうやら群れの中にも小集団がいくつかあるようだ。
「セミは本来、肉食ではないと思ったんだがな‥‥だが好都合だ」
全身を包む黄金の光が一瞬、その輝きを増す。
それに呼応するかのように、手にする刀もまたその輝きを増す。
輝きは力となり、そして敵を討つ。
「天都神影流・虚空閃っ!!」
豪の太刀から放たれた光の波紋は、目の前を黒く染めるキメラの群れを2つに分かつ。
その様子は、さながらモーゼの如く。
「まずは出来るだけ数を減らしてみやがるですかね」
白鐘のソニックブームで開かれた道を、シーヴが駆ける。
攻撃に一度は散ったキメラだが、すぐさまシーヴや、彼女が手にする生肉へと群がる。
だが、大剣ヴァルキリアを盾に足を止めることはない。
頃合を見て生肉を空へと放り投げれば、セミたちも一緒に宙へ。
その隙に天文台の入り口へとたどり着くと、扉を背にし
「こういう小せぇ敵はちとやり辛ぇ、かもでありやがるですが」
落下する肉、それに群がるセミの群れ。
1匹1匹は小さいが、すでにそれは1つの塊。
戦乙女の名を関する美しい大剣が放つ裁きの十字が、肉ごとキメラを冥府へと誘う。
「ん?あれは博士じゃないか?」
突破には少なからずダメージを伴う。
シーヴの突破を援護した地堂がふと見上げれば、
窓にへばりついてこちらを見る1人の老人の姿が。
「大方、土産の肉をキメラに食われてもったいないとでも思ってるんだろう」
もはや老人の奇行には慣れてしまったか。
時枝は頭上からの視線を気にすることなくナイフを閃かせる。
そのたびに白いリボンに括られた髪やワンピースの裾が揺れる。
その優雅さとは裏腹に、左手のナイフが描く軌道は力強く、止まることを知らない。
一振り毎に積み重なるは、キメラの残骸。
「博士! 外に出てはいけませんよ!?」
いつものやんわりとした口調とは違う、凛とした厳しい口調。
声を大にして叫ぶのは、大好きな人を護るため。
サンディのその声が届いたかどうかは知らないが、ブレナーは窓から離れず、こちらへ降りてくる気配はない。
幸い、中への侵入は許していない様子だ。
それならば。
白鐘や時枝を豪と例えるならば、彼女は柔。
生来の器用さとそれを培った日々の鍛錬。
元々のフェンサーとしての戦い方。その頃からの愛剣。
天文台へのダメージを避けなければいけない状況下、彼女の正確な刃が、1匹、また1匹と敵の数を減らしていく。
――ヴゥン‥‥ガガガガッ!!
天文台の裏手より、地を削り現れる鉄の影。
スパークを放つAU−KVの脚部パーツが乱暴なブレーキをかけ、そのまま180度反転をすると、杜若は自身が先ほどまでいた方向へと手をかざす。
その手には、無数のコードの幻影が伸びる。
かざされた手の先。
獲物を求め追いすがるキメラの群れが、突如爆ぜる。
「体液が沸騰するのはどうだぁ?」
超機械の放った電磁波に落ちる蟲たちに、鎧の中でクカッと笑う杜若だが、蟲たちは勢いをそのままに杜若に襲い掛かる。
「蟲風情が意気がってんじゃねぇぞぉ!」
AU−KVが再度唸りを上げ、走輪走行による高速回転を始める。
回転の中心で一度、AU−KVが激しい光を放ったかと思うと、鉄の鎧に張り付き、その針を付きたてようとしていたキメラたちは四方へと弾き飛ばされ、飛散した。
キメラたちはもろく、その針も、覚醒した能力者にとってはけして致命傷にはなり得ないものだった。
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――バシッ
自らの頬を強く叩き、気合を入れる。
「しっかりしやがれです、シーヴ」
キメラは個々はけして強くない。
だが、その数は目に見えて減ったという成果は感じられない。
成果が感じられないことによる疲労感。
それに加え、この音だ。
「く、数が多い」
「この量は流石にきめぇな」
片耳を押さえ、気を保とうと務めながら剣を振るうサンディの表情も険しい。
ヘッドフォンでセミの音を誤魔化すラスもフゥと一度息を吐くと、憎らしいセミの群れに向かって空になった弾倉を投げつける。
キメラたちは傭兵たちを獲物ではなく敵と認識し、警戒して空へとあがってしまった。
時折飛来しては、すぐさま空へと戻ってしまい、どうにも埒があかない。
「‥‥さっきから、小集団で纏まっての行動が多いな」
治療にあたっていた地堂がふと、先ほどからのキメラの行動パターンを思い起こす。
それは皆も感じていたこと。
「親玉みてぇのがいるのか?」
杜若のいうように統率する群れの長が存在するのか。
それぞれに頭上を行きかう黒い塊を注視する。
だが
「さすがにこれだけ数が居ると厳しいか」
人が、外人の区別が付きにくいように。
蝶などと違い、明らかな色の違いなどのない、ましてや飛び回るセミキメラを目視で見分けるなど、至難の技。
鳴き声を見分けようにも、四方からセミの鳴き声が木霊している。
タクティカルゴーグルで確認を試みた時枝もゴーグルをはずすと、お手上げといった様子。
「それならば」
そういって白鐘が取り出したのは、閃光手榴弾。
彼の考えを察し、他のメンバーが頷くのを確認すると、白鐘はピンを抜きタイミングを計る。
他の者も皆空を見上げ、キメラの動向を注視する。
ちょっとした異変も見逃さぬように。
そこで、AU−KVのズーム機能を使っていた杜若がふと気づいた。
「おい、そういやぁ爺さんは大丈夫なのか?」
その言葉に、時枝も慌ててもう一度タクティカルゴーグルを付け天文台へと目を向ける。
「まずい、博士に伝わってないな」
博士はこちらの様子を眺めながらぐびぐびと、
すでに2本目のキングサイズのコーラを飲み、ぐぇーっぷと息を吐いている。
こちらの動向に気づいている様子はなく、このままでは閃光を直接目に浴びてしまう。
言葉より先に体が動いたのは、サンディだった。
いち早く天文台へと駆ける。
だが、思うように走れない。
「動き辛い、履いてくるんじゃなかった!」
ブレナーの、おじいちゃんの前でお洒落をしたかった。
そんな女心も、今は別。
土に汚れてしまったお気に入りのパンプスを脱ぎ捨てると、サンディの身体を仄かな明かりが包む。
そして‥‥消えた。
上から見ていたブレナーには、そう見えたことだろう。
「むお?」と窓から外を眺めると、
突然階下の扉が乱暴に開け放たれる音に振り返る。
だが、安易に部屋の扉を開けるほど、博士も無用心ではない。
なんだろうかと扉に近づいてみれば
「博士! 目を伏せて下さい!!」
聞き覚えのある、けれどいつもの優しいそれとは違う、凛として力強く、それでもやはりどこか優しい声に、思わず口元をほころばせる。
そして瞬後、部屋を閃光が包む。
「博士!!」
外の轟音と窓からの閃光に、慌てて階段をかけ上がり、扉の前へと急ぐサンディ。
扉を叩く。
だが、扉が開く気配はない。
「博士? 博士!!」
間に合わなかった?
そんな失意が沸き起ころうとした時。部屋の中からいつもと変わらない、
どこか憎たらしい、けれどなぜか微笑ましい笑い声がサンディの耳に漏れ聞こえる。
「ふぉっふぉっふぉ。まだかくれんぼの最中じゃ。扉を開けるのは、外が片付いてからじゃの。のぅ、サンディや。‥‥グェーーップ」
博士の無事に、ほっと胸を撫で下ろすサンディ。
扉の外で自身の身を案じる少女が安心した様子に、窓へと視線を戻せば、ブレナーの目の前で、事が終わりを迎えるところだった。
‥‥‥‥
「見つけた! 中心のあの群れ! 音にびびって黙った後真っ先に鳴き出して、周りを固めようとしてやがる!」
閃光と轟音に驚いたキメラたちが一瞬動きを乱した後、再び動き出す。
その一瞬を、ラスの探査の目は見逃さなかった。
「よぅ、逃がすんじゃねぇぞ?」
杜若が、地堂が。
翳す超機械から放たれた電磁波に、周囲を阻むキメラたちが次々と爆ぜ、その行動を抑える。
そして
「捉えた。そこ!」
「肉の代金は高ぇでありやがるです」
「こっちは空腹なんだ」
白鐘、シーヴ、時枝。
3人のエースアサルトが放った3つの刃が、周囲を囲むキメラ毎目標の群れを飲み込む。
巻き起こる土煙。
飛散するキメラの身体。
3人は手を休めることなく、二の太刀を空へと放つ。
凄まじい衝撃に天文台の窓も揺れるが、
窓から外の様子を眺める老人は以前の鼠キメラと傭兵の戦闘を見たとき同様、興奮した様子で戦いの行方を見つめている。
しばらくの後。
周囲にはキメラの残骸が無数に散らばり、そこにすでにセミの音はなく、森は静けさを取り戻していた。
統率を失ったセミキメラたちは次々と天文台や地面へその身を叩き付け、まだ息のあるモノは傭兵たちによって漏れなく屠られていった。
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「おー、おまえさんたち‥‥げっぷ。ごくろうさんじゃったのぅ‥‥グェーップ」
「‥‥どんだけ寛いでやがるんですか」
サンディに連れられ現れたブレナーはコーラでぱんぱんになったお腹をさすりながら、傭兵たちを笑顔で迎えた。
そんなのほほんとした博士にシーヴだけでなく、時枝や杜若もまた、遠い目をしていたことだろう。
「それにしてもあやつらわしの肉を。まったくにくにくしい! ‥‥むっ?」
扉から外を眺めたブレナーは、ふと何かを見つけ足を向ける。
キメラの死骸をよけながら足を進め、大きな身体を屈めて拾い上げたソレは
「あ、私の靴」
サンディのパンプス。彼女がそれを脱ぎ捨て、自身へ危険を伝えに走る様子を、ブレナーは上から眺めていた。
「ほっほっほ。まるで灰被りじゃの。ほれ」
服はボロボロ、髪はぐしゃぐしゃ。せっかくのお洒落が台無し。
だが、それを労うかのように、笑顔で少女の足に靴を通す。
ブレナーの計らいに、どこか照れくさそうに、けれど嬉しそうに応じるサンディ。
「爺ぃもやっぱり男ってか?」
その様子に、一仕事を終えた後の一服と煙草に火をつけた杜若がまたクカッ、と笑みを零す。
その後、ブレナーからLHへ向かうためにパーティーは中止なことを告げられると、シーウは天文台を見て回れないことにがっかり。
時枝は空腹がすぐには満たせないことを知り、ため息を零した。
しばらくの後、高速艇の到着とほぼ同時刻、ブレナーの生徒からの荷物が届く。
ブレナーと傭兵たちは簡単な支度を済ませると、早速LHへと出立することになる。
着替えにジャンプスーツを貸そうかというブレナーの提案に
心を弾ませたサンディだったが、時枝が冷静に止めた。サイズが合うわけがない。
乗り込むまでの間、ブレナーはひたすら地堂の関わったKV開発の話から、宇宙の話に大盛り上がり。
先日のロシアの一件もある。
空を見上げる2人が思うのは近づく宇宙との距離と、皆の無事。
話に混ざれないながらも、
楽しそうなおじいちゃんの様子に笑顔のサンディとは裏腹に、杜若は冷めた様子で彼らを眺め、紫煙を吐く。
宇宙に昇るための計画。
そんなものは、地に足をつけて生きる野良犬には縁のない話だ。
「空なんてもんはこうして地上から見上げてるだけで十分だ」
最後に高速艇に乗り込む折、白鐘はふと振り返る。
(博士の身柄を狙うにせよ、命を狙うにせよ少々中途半端な陣容だな)
襲撃は2度目だという。
無作為なものか、あるいは。
出立を告げるアラームに我に返ると、取り越し苦労だろうかと思い直し、高速艇の中へと姿を消した。
LHに着けば、お腹がもたれる程こってりな食事が彼らを待っていることだろう。