タイトル:デュラハンライダーマスター:愉縁

シナリオ形態: ショート
難易度: やや難
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2011/08/29 23:02

●オープニング本文


 すっかり遅くなってしまった。

 発進するときにポツポツと雨の足音を感じ、早々に合羽を着ていたが、どうやら本格的に降り出してくるようだ。まったく持って、ツイてない。
 もう既に日は落ち、宵闇が辺りを包んでいる。正面を照らすハイビームが、緩やかに曲がりくねった道を、ぼんやりと映し出していた。
 私の駆る、1100ccのネイキッドバイクには少し重い道だったが、雨足もさっきより強まってきている。これが日中で天気がよければ、際どいカーブを攻めたりするものだが、こんな状況で、峠を攻めて事故に遭うのも馬鹿らしい。

「ん?」
 右のミラーに強い光が当たり、私は目を細めた。どうやら一台、後ろから私を追い抜こうとしているようだ。20代の頭の頃は、よくやんちゃ―‥‥したものだが、29歳にもなれば、流石に落ち着いても来る。私は左に寄って速度を落とし、道を譲った。
 馬鹿みたいなマフラー音のバイクに乗った男は、私の横をすり抜け、礼の一つも無しに道の向こうに消えていった。自分のタコメーターに目を落とすと、40km/hは出ている。そこから推測して、彼のバイクは60〜70km/hは出しているだろうか。この峠道と雨の中、よくやるものだ。
「いや、私が若くなくなったってことかな」
 はふぅ、と、メットの中に溜息を漏らした。湿度の高い密封されたプラスチックのフェイスガードが、白く曇ったタイミングで、眼前に張り付いた水滴が、キラキラと光を無数に反射した。どうやら、もう一台、後方から迫っているらしい。
 こんな時間にこう続け様にというのは、少々訝しくもあったが、さっきと同じように速度を落として左に寄り、進路を譲った。どんな奴だろう。すれ違う瞬間、私は少し気になって、何気なく右を向いた。

「‥‥!」
 反射的に後輪ブレーキのペダルと、前輪ブレーキを利かせた。私のバイクの前輪を僅かにそれ、その鋭いものはスローモーションのように、ホイールの中に納まっていった。

 ギャギャギャギャギャギャ!!

「くっ!!」
 咄嗟の急制動で、後輪がロックしたようだ。大型にしては軽量で取り回しに優れるタイプのバイクだったが、それでも250kg近い重量のある車体を、この雨の中、一般人の私が軽々扱えるわけが無い。後輪を右に滑らせながら横に倒れ、車体を放った。まだローンが残っている。あまり傷付けたくなかったが、命には代えられない。
「あうっ!!」
 水が跳ねる音と、自分の身体の奥から鈍い音がして、思わず顔を歪めた。そのまま勢いのままに転がり、ガードレールの手前で、私は停止した。
 予め、速度を落としていたのが幸いしたか。ごろ‥‥と、仰向けに転がり、叩き付ける雨を見上げた。全身が痛い。痛いが、打撲か捻挫、擦り傷程度だと、思う。
 視界を横に向けると、横倒しになった愛車が、くるくると車輪を回していた。どうやらオイルを少しこぼした程度で、こちらも問題は無さそうだ。

 しかし、あのバイク‥‥。

 痛む身体を起こし、あのバイクが過ぎ去った宵闇の道を見る。雨音だけが聞こえてくるだけだった。
 ‥‥どうやら、戻ってくる気配は無い。少しだけ安心して、小さく溜息をついた。

 その瞬間。
 静寂を切り裂いて、遠くで何かが爆音と共に弾け、四散した。
 まるで雷が落ちたような、そんな轟き音であった。


***


「キメラの討伐依頼です」
 今日も元気な半ズボン姿、金髪碧眼の美少年オズワルド・ウェッバーが、眼鏡のブリッジをクイッと、あげながら言った。‥‥はて、いつも眼鏡をしていただろうか。と、傭兵は思った。
「あ。ああ、実は目が悪くて。普段はコンタクトなんですけど、はは、今朝うっかり洗面台に落として、そのまま排水溝に‥‥」
 しゅん、と、下を向いたオズワルドは、しかし直ぐに顔を上げ、仕事モードの表情で、話を続けた。
「討伐対象は、首なしライダーです。曲がりくねった峠道に現れ、バイクに乗っている人間を襲い、決して少なくない被害を出している凶悪なキメラです。ただちに現地に向かい、これを殲滅。無力化してください」
 作成した各種資料に、高速艇手続きの書類を挟み、少年は真剣な眼差しを向けた。いつも最後に向けてくれる笑顔の兆しは無い。その表情から、彼が本気で心配している様子がわかる。自然と傭兵達の顔も引き締まった。

「現地の天候はかなり不安定です。十分にご注意ください。‥‥御武運を」

●参加者一覧

翡焔・東雲(gb2615
19歳・♀・AA
猫屋敷 猫(gb4526
13歳・♀・PN
未名月 璃々(gb9751
16歳・♀・ER
ジョシュア・キルストン(gc4215
24歳・♂・PN
那月 ケイ(gc4469
24歳・♂・GD
麻姫・B・九道(gc4661
21歳・♀・FT
安原 小鳥(gc4826
21歳・♀・ER
杜若 トガ(gc4987
21歳・♂・HD

●リプレイ本文


 峠に道があるのは、須らく人々の生活を繋ぐ為。無論、封鎖できる時間は限られる。空の顔を窺っている余裕は無い。

「風邪引く前にとっとと叩き潰すぞ」
 降りしきる雨が、嫌な事ばかりを脳裏に蒸し返す。冷たく暗く、音さえも割いて、自分に認識させる。
 ‥‥雨は嫌いだ。杜若 トガ(gc4987)は忌々しいとばかりに、刺す様な雨を見上げ、呟いた。

「全くだ。愛車はずぶ濡れ、タバコは吸えねぇ。良いコンディションとは言えねぇな」
 麻姫・B・九道(gc4661)は、愛車SE−445Rのタンク部に胸を乗せ、曲がりくねった道を見据えている。隣には同型車両に跨る那月 ケイ(gc4469)の姿。
「嫌な雨だけど、雰囲気は出てるねぇ」
 幽霊に、雨は付き物。首なしライダー退治には、良い舞台くらいの気持ちなのだろうか。その様子に麻姫は首を竦めて応えた。

 雨音が強く、加えて真下から響くエンジン音が、声を掻き消していく。日の出ている時間だったが、薄暗く、ただでさえ道に余裕の無い峠道を、余計に狭く感じさせた。ライトの光が心許ない。
「さて‥‥始めっか、ケイ?」
 その距離でも、声はほとんど聞こえない。しかし、言わんとしたことは理解して、ケイはコクリと頷いた。後方をチラリと確認し。横殴りの雨と、独特の張り詰めた空気だけを、その場に残し――

 そして3台は、緩やかに走り出した。

 ***

 思った以上に雨足が強い。軽い台風でも来ているんじゃないか? そのくらいの豪雨が時折、ハッと思い出したように地面を殴りつけていた。ガードレールの先から見える山林の向こう、流れる川が激しい勢いの濁流を噴出している。この雨では、土砂災害の危険すら孕んでいるだろう。

「せっかくなら、天気の良い日にきたかったな」
 なだらかなカーブが続く峠道で、最も直線になった道で停車したジーザリオの車中。フロントガラスを左右に行き来するワイパーを眺めながら、翡焔・東雲(gb2615)は言った。
 いやこれは、なんというか、車外に絶対でたくねぇ。そんな空気がほんのりと、車中に充満している。特に、助手席に座る未名月 璃々(gb9751)なんかはもう、ガッチリはめたシートベルトを外す気配すらない。いやそんなことより、手にしたカメラが物凄く気になったが、しかし東雲は色々面倒になって、とりあえずバックミラーをチラっと見た。

「雨いっぱい‥‥。雨具‥‥持ってくればよかったですね」
 後ろの座席、安原 小鳥(gc4826)が、雨で絶え間なく雨粒が滴り落ちていく窓から、外を眺めている。隣でその横顔を、ジョシュア・キルストン(gc4215)は、ボンヤリ眺めていた。
 生理的なものに関しては、能力者も一般人もそう大差のあるものではない。雨に濡れれば気持ちが悪いのは当然のこと。多少の雨なら、耐えようもあるだろうが‥‥。

 唯一、軍用レインコートを着てきた猫屋敷 猫(gb4526)は、2人の座席を詰めて同乗していた後部座席から早々に降り、目標が速度を落とすであろう、手ごろなカーブのあるポイントへ向かっている。その様子を見送り、自分達の用意が甘かったことを再認識させられた。
 身に染みていたはずだ。スノーストーム、そして記憶に新しいブライトンの気象操作。規模こそ比べ物にはならないが、天候は時として、どんな敵よりも恐ろしいと。

 強いノイズが混じえ、無線機が悲鳴を上げた。小鳥が少し不安そうにジョシュアに視線を投げると、彼はその不安を拭うように、柔らかく微笑を投げかける。
「恐らく、囮班がスタートしたのでしょう。僕達も行動開始ですね」

「雨が強くて、霧みたいになってるな。外が全然見えん。外に出れば多少はマシかもしれないが、出て待つか? 私は嫌だ」
「私も嫌ですー」
 東雲の意思表示に璃々が即、反応した。その様子を見て、ジョシュアが苦笑しながら、ノブに手を掛ける。
「女性を、この雨の中立たせるわけにはいきません。この、雨も滴る良い男、ジョシュア・キルストンが、外に」
 キリッという擬音を当ててもいい台詞を吐く紳士。しかし二人は視線すら送らない。

「そうか、頼む」
「よろしくお願いしますー」

「うわァ、反応が棒過ぎる」
 前の席の二人の、ある意味お約束的な反応に、苦笑いしながら、ガチャと、ドアを開けた。ビュゥと、車内に吹き込む雨風が、男を一瞬躊躇わせる。そこに伸びてきた細い指が、僅かにコートの裾を掴んでいた。
「小鳥‥‥?」
「ジョシュア。どうかご無事で‥‥」
 白と黒の羽が、はらりと舞い降りてくる。覚醒したのだ、と、ジョシュアは感じた。発動させたバイブレーションセンサーの範囲は100m。その範囲に、敵影も土砂災害の兆候も、見られない。だから、彼を送り出せる。
 ジョシュアはそれを察して、安心を覚えたが、
「終わったら、温かいお茶‥‥淹れますね♪」
 という、料理音痴の小鳥の不穏な一言に、不安が蒸し返した。

 ***

 安全運転を心がけましょう。
 首が無くても心がけましょう。
 危険運転の方にはお仕置きですよ。

 首が無い、ではまだ怖くないです。
 まだ付いていてぶら下がっているほうが怖いですね。
 ぶらぶらと。おお、こわいこわい。

 猫は軽々斜面を駆け上り、レインコートのフードの傘を持ち上げて、遠くに光が4つ、こちらに向かってくるのを確認していた。恐らく先頭3台が味方、その後ろのがキメラ、と思われる。それと向かい合う形で、ジーザリオの前で待ち伏せた迎撃班。

「私は、静かに待ち伏せるだけですね」
 上手く囮に誘き出されたのならば、あとはタイミングと、位置取り。如来荒神の描かれた鞘をしかと持ち、その場所へ、雨飛沫を裂いて、猫は駆けていった。

 ***

 高温を帯びたマフラーが雨滴を焼き、駆動がうねりを上げる。少しの雨なら多少の無茶もできるが、流石にこの豪雨であまり速度も出せそうにない。

 先行する2台、ケイと麻姫は競り合うようにカーブを曲がっていく。レースのつもりだろうか。しかし無理をせず、インを麻姫に譲るケイ。遅からず速からず、追従する。徐々に熱を上げていく麻姫だったが、一方のケイはノリに付き合うくらいの気持ちで、意識は半分後ろに向いていた。
 ふと、ライトがチカチカと点滅したのに気付き、後ろを走るトガが、合図を送っていることに気付く。
「残念、お客さんだ」

 黒い皮のジャケットを着た、首無しの男。漆黒の、少しパンクの入ったようなデザインの車体。雨を弾き飛ばしながら、グイグイと近付いてきている。この雨の中、とても普通の人間が操っているような動きではなかった。ケイはクラクションを鳴らし、麻姫に知らせる。
「‥‥ちっ、そういや依頼だったな。しょうがねぇ、さっさと片付けてやるか‥‥」
 麻姫は減速させつつ、タイミングを見極める。ケイも同じように、サイドミラーで首無しライダーを確認しながらゆっくりと速度を落としていた。

 片刃の太刀、獅子牡丹を片手にトガがキメラの横に付けたのを見て、麻姫とケイは一気に減速をかけた。その真ん中をキメラとトガが抜け、飛び出していく。
「おらぁ! 舐めてんじゃねーぞぉ!」
 ギュルルと、うねりをあげてホイールから飛び出してきたドリル。同時に獅子牡丹が煌き、キメラの車体を。そしてドリルはリンドヴルムの前輪を穿った。一気にバランスを崩し後輪がぶれて、転倒するトガ。横倒しのままガードレールの方へ滑っていく。キメラの斜め後ろにつけたケイと麻姫が、叫ぶが、声は雨音に掻き消された。

「本職がよぉ、馬鹿な姿、見せられねぇだろうが!」
 滑りながらも、AUKVを強引に装着し、竜の鱗を発動させる。火花が散り、装輪がアスファルトに車輪の線を深く刻んだ。
「っつ‥‥!!」
 ガードレールがぐわんと弛み、強い衝撃と激痛が、トガの全身を駆け抜けた。

「あぶっ!?」
 何時の間にかばら撒かれていた撒菱を踏みそうになり、ケイは車体ごと身体を揺らす。どうやらカーブを曲がる瞬間に撒いたらしい。これでは、斜め後ろについても、避けるのは難しい。事前にかけておいた幸運のおまじないのせいか、辛うじてその間を縫えた。
「野郎‥‥!!」
 舐めた真似に麻姫が激昂する。だが嘲るようにキメラは、あろうことか、水飛沫を跳ね飛ばしながら、アクセルターンで反転し、ピタリと停止した。見るとタイヤから鉤爪のようなものが飛び出し、地面に食い込んでいる。
 そのまま向かい合った麻姫に向けて、バイクの頭から弾丸が放たれる。だが、その脇から、トガが竜の咆哮を発動させながら、機械脚甲「スコル」で痛烈な飛び蹴りを浴びせた。
 首無しのライダーが斜面に叩き付けられる。衝撃で射線が逸れ、弾丸は麻姫の頬を掠めて飛んでいった。

「‥‥んだと?」
 トガが疑問符を投げる。飛ばされたライダーはゴム鞠のように吹き飛び、斜面に強く叩き付けられ、ぐちゃりと潰れていた。しかし、
「FFが‥‥発生していない」
 ケイが呟き、麻姫が叫ぶ。
「つまり、本体はバイクか!!」
 キメラがライダーを狙う以上、後方に付けたのは、囮として失敗だった。麻姫とケイは進路を阻まれ、停車を余儀なくされる。加えて――


「避けて!!」
「!?」


 悲鳴にも似た叫びが、響き渡る。
 その声の主を確認するより早くケイは動き、ワンテンポ遅れた麻姫の手を引く。斜面に叩き付けられた衝撃か、そんなこと関係なく起きたのか。崩れる土砂が地響きを立てて迫った。飲み込まれるバイクとキメラ。トガは一瞬迷いながらも、2人とは反対側へ飛び出し、土砂崩れを回避した。
「あぶねぇ‥‥」
 へた、と、その場に尻をつく麻姫。
 見れば、向こう側にはジーザリオと、小鳥達の姿が見えた。

「へくしっ! うぅ、お気に入りのスーツが雨で重い‥‥」
 ぷるぷるしながら、ジョシュアが小鳥の後ろから姿を現した。状況を辛うじて見ていたジョシュアと、バイブレーションセンサーで目標を感知した璃々。そして、探査の眼で土砂崩れを探知した小鳥。

「そして運転手、あたし」
 東雲がちょっと、ドヤ顔していた。確かにこの状況では、ジーザリオを持ってきた東雲、グッジョブ、なのだが。助手席の璃々が、相変わらず熱の篭らない瞳でその横顔をなんとなく見た。でも、特に何も言わなかった。
「しかし、キメラの撮影がー」
 カメラを手に、ガックリと、割りとガチで残念そうな璃々を尻目に、東雲はドアから顔を出して、キメラが埋まった土砂の方に視線を移した。勿論、あれでキメラを倒せるわけがない。傭兵達は声を交わさずとも、自然とその場を囲んだ。

 すると、地面がビシビシと振るえ、土砂がゆっくりと盛り上がった。ドバッと、腹を食い破って飛び出してきた寄生獣のように、黒光りする四肢の獣が、姿を現した。装甲の隙間、関節部から、生々しい筋繊維のようなものが見える。ヘッドの部分が口のように裂け、そこから、けたたましい雄叫びを上げた。
 これは撮影チャンス! とばかりに、璃々が雨に濡れるのも構わず、車から半身を乗り出してシャッターを切る。ここ一番のショットが収まった。

「なにコレ。どこぞのバイクよりも、高性能なんじゃ‥‥」
「他に敵影、ありません。雨も少し弱まったようです」
 呆れながら呟いたジョシュアに、小鳥が手にした大鎌「紫苑」をガチャリと静かに構え、告げた。

「クカッ、生きたバイクか、まったく、面白ェなぁ!」
「俺の愛車、シャカにしやがって。落とし前、つけてもらうぜ!」
 まだ半身を抜け切ってないキメラに、麻姫とトガが迫る。炎剣「ゼフォン」が前足を薙ぎ、トガの蹴りが、頭部を吹き飛ばした。ヘッドライトが砕け、ギャン! と、悲鳴をあげるキメラ。
「小鳥さん! 攻撃は任せるぞ!」
 続けてケイの弾丸が、何かの管をぶち抜き、なんとか後ろ足が抜け出したそのタイミングで、小鳥の放った脇腹にエアスマッシュの一撃が決まる。
「‥‥ジョシュア‥‥今、ですっ」
 ジョシュアはふらつきながらも、果敢に駆け出すキメラをひらりとかわし、擦れ違い様に円閃を発動させ、硬質の金属を裂いて、痛烈な一撃を浴びせた。しかしキメラは動きを止めない。剥がれ落ちそうなフレームを引き摺り、眼を潰されながらも、ただ本能のままに、小銃を構える。
「‥‥やるしかないね」
「できればバイク携帯も撮影したかったですねー。一度バイクに戻りませんかー?」
 東雲が放った弾丸が剥き出しのラジエーターをふっ飛ばし、璃々の放った電磁波が、エンジンらしき部分を焼き払った。ボフッと煙が噴出し、ボルトとナットが5〜6本周囲に散らばる。マフラーがガランと落ちた。オイルか血か、黒い液体が雨と混ざり、滲んでいく。それでも、まだ牙を剥き、周囲を威嚇するキメラ。
 再び大鎌を構える小鳥を、ジョシュアは静かに制止する。雨足が、一瞬弱まった気がした。


「――我が太刀筋、しかと味わうですよ」

 声がした。

 見上げると、斜面を駆け、そのまま駆け下ってくる少女の姿。脇に構えた鞘から、一瞬の曇りなく、放たれる剣線。光の軌道は正確に、キメラの首筋を捕らえ――

「これで、依頼完了です」
 猫が鞘に太刀を収めると同時に、その首はボチャリと、水溜りの中に削げ落ちた。

 ***

 ――後日。
 UPC本部に続く廊下。たまたま依頼に携わった傭兵の一人を見つけ、ULT職員の稲玉が駆け寄ってきた。挨拶もそこそこに、手にした事後報告書に視線を落としながら、話し始める稲玉。件の依頼について‥‥。

「‥‥あれからね、少し気になって、調べたの。
 このキメラはライダーを襲って殺しては、その死体を乗せていたらしいわね。どうしてそうするかはわからないけど…。常に新鮮な死体を求めて、彷徨っていたみたい」
 搭乗している人物の特徴が複数目撃されていたのは、その為だったらしいと、稲玉は続ける。傭兵達がキメラを討伐した後、山林から複数体の遺体が発見され、その全てに首が無かったことから、推測される、と。勿論、便乗した犯罪の可能性もある。一概に断定はできないが。
 だが、最後にキメラに搭乗していた人物の背格好が、あの夜、自分を最初に追い抜いていったライダーのものだった。‥‥それを確認する気には到底なれない。彼は、稲玉の代わりに、犠牲になったのだから。気丈な振る舞いの彼女の表情に、一瞬翳りが落ち、決して他人事ではなかったと、そう思わせていることは、想像に難しくなかった。

「でも、あの場所で他にキメラは確認されていないし、依頼は無事完了ね。‥‥そうそう。破損したバイクの修理代は、必要経費として計上してあるから、安心してね」
 実はその分、予め報酬を少なめにしていたのは、稲玉しか知らない。しかし、少なくとも一台は犠牲になるだろうと予想はしていた上で、である。


「今度は晴れた日に、皆でツーリングに行きたいものね」
 最後に稲玉は、まるで少年みたな、屈託の無い無邪気な笑みを浮かべた。