タイトル:キメラ食禁止令?マスター:愉縁

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2011/08/09 01:59

●オープニング本文


「渡部君、ちょっといいかな」

 少し肌寒く感じるくらい、エアコンが効いたULTオフィスの一角。禿げ上がった頭に申し訳程度に薄毛が乗った、恰幅のいい中年の男が、コピー機の方へ通りかかった若い男に話しかけた。若い男はとりあえず、自分の目的であったコピー機に書類を挟んで、それから中年の男に面倒臭そうに振り返った。
「僕の名前は渡辺です。‥‥なんですか、課長。今、忙しいんですけど」
 用があるなら早くしてくれます? くらいの空気で、軽くガンくれちゃってみるが、ここで空気が読める男なら、誰も苦労はしていない。中年男はギギギと、椅子を軋ませながら、ゆっくりと若い男の方に、身体を傾けた。

「能力者の中には、キメラを食べる輩がいるらしい」
「‥‥は?」
 真剣な顔して、急に何言い出すんですか、このオヤジ。といった表情を男は浮かべた。
「昔聞いた話では、豚キメラをチャーシューにして、屋台のラーメン屋などをやっている者もいたそうだ」
「はぁ、そうなんですか」
 んなこと知らんがな、と、とりあえずコピーボタンを押し、必要数のコピーを開始する。慌しく動き出すコピー機。
 中年男は椅子から立ち上がると、席の後ろにある窓に降りたブラインドを人差し指と中指で、サッと分け、チラッと外をみた。多分、意味など無い行動だった。でも時々思い出したようにやっているので、多分、この人の癖みたいなもんなんだな、と、男は思った。

「由々しき事態だな」
 おもむろに中年男は呟いた。当然の如く、「は?」と、男は返すが、中年男はくる、と振り向き、真剣な眼差しを男に向けた。
「私は由々しき事態だと、言ったんだ」

 フォンフォンフォンフォン。

 室外機の音が、妙に大きくなったような気がした。男は初めて鏡を見た仔猫ちゃんのような顔で、きょとん、としていた。
「君は察しが悪いな。つまりだね、これはバグアの罠なのではないかと、思うのだよ」
 指をくるくる回し、中年男は言ったが、男はただ、「はぁ」と、気の無い返事を返しただけだった。かまわず、中年男は言葉を続ける。
「原生生物に近い動物は、何故か元の生物よりも美味、と伝え聞く。そうやって美味しいキメラをこっそりと我々の食事に忍び込ませ、食卓から侵略していこうという魂胆に違いない!」
「いや、それはないです」
 男は即答した。

「ない‥‥かな?」
「なし、ですね」

 フォンフォンフォンフォン。

「ともかくだ。今のところ身体に影響が見られないとはいえ、宇宙人が作った、いわば生物兵器を食べて、今後一切影響がないと言い切れない。また、キメラを食べる能力者がいるとバグアが知れば、‥‥いやもう知っているだろうが、食べられるのを前提としたキメラを作り、送り出してきても不思議ではなかろう」
「はぁ」
 あー。まぁ、そうかもしれませんね。くらいやる気のない表情で、男はコピーした資料を取り出し、トントンと底を叩いて、端を揃えた。
 中年男はのっそりと、男に近付き、そしてポンと、肩を叩いた。

「そこでだ、綿貫くん」
「渡辺です」
「食べられそうなキメラが出てくる依頼には、美味しそうでも、キメラは食べるなよ! 絶対だぞ! と、付け加えておいてくれたまえ」

「課長」
「ん?」
「多分それ、逆効果だと思います」

 中年男は、顎に手を当てた。
「そうかな」
「絶対だぞ、の部分が特に」
「いやそこは強調しておくところだと思うのだがね。ともかく頼むぞ、ワタリー君!」

 はぁ、と、男は溜息をついた。
「‥‥僕は、渡辺です」

***

「今回の依頼は、浜辺に出現したタコキメラの討伐です」
 今日も元気に半ズボンの、金髪碧眼の美少年、オズワルド・ウェッバーが、傭兵達に言った。渡された資料に目を落とすと、中々風光明媚なビーチの写真が載っている。南国の透き通った水面は、エメラルドに輝き、眩く、太陽の光を返している。
 これはもう、期待しないわけには、いかない。傭兵達は、オズワルドに視線を戻すと、幼さの残るその少年は、その期待が通じたかのように、柔らかく表情を崩した。
「勿論、討伐したあとは、ビーチで遊んでも大丈夫ですよ。迎えの高速艇出発までの時間も、猶予を持たせてありますから」
 やった。と、傭兵は心中で自分と自分でハイタッチした。傭兵をやっていると、時々こうした、付加価値のついた依頼も舞い込んでくる。役得であった。

「あ。‥‥一つだけ、注意があります」
 資料の端に、※印がついていたのを思い出し、少年は言葉を続ける。
「たとえ、相手が美味しそうなキメラでも、食べないように‥‥と、お達しが来ています。まぁ、仮にも生物兵器であるキメラを、食べようなんて人、いるとは思えませんけど‥‥」
 なんでこんな注意書きがあるのだろう、と、入ったばかりの新人オペレーターには知る由も無かったが。しかし、傭兵達は何か思い当たったのか、ただ苦笑して、その疑問に応えるだけであった。

●参加者一覧

ドクター・ウェスト(ga0241
40歳・♂・ER
最上 憐 (gb0002
10歳・♀・PN
山下・美千子(gb7775
15歳・♀・AA
未名月 璃々(gb9751
16歳・♀・ER
紅 和騎(gc4354
20歳・♂・GP
リコリス・ベイヤール(gc7049
13歳・♀・GP
御剣雷蔵(gc7125
12歳・♂・CA
ノゾミ・フリージア(gc7722
22歳・♀・DG

●リプレイ本文

 燦々と照りつける太陽の下、寄せては返すさざ波と、碧く澄みいる南国の海。僅かばかりの雲が、青空のキャンバスに散りばめられていた。


「そういえば、泳ぐの久しぶりです」
 カショッと、AU−KV「リンドヴルム」のフェイスガードを開き、ノゾミ・フリージア(gc7722)は、光の二重輪を浮かべた目を、僅かに細めた。

 泳ぐのが、潜るのが好き。水は確かに、自分が陸上の生き物であることを教え、呼吸を奪い、苦しめる。だが、そこに包まれていると、安心できた。穏やかなせせらぎ、調和の声が、音が、胸に、心に満ちてくる。
 とても、楽しみだ。ノゾミは一人、海を眺めていた。‥‥そう、一人だけ。

「タ〜コ〜♪ タ〜コ〜♪ 美味しいタ〜コ〜♪」
 リコリス・ベイヤール(gc7049)が、空に響けとばかりに高らかに歌い、サッサッサッっと、砂浜を駆けていく。その両手には、香ばしいお肉が握られていた。SESを搭載した、漫画肉だ。もう何か、確信犯的に「こっそり食べちゃえばバレないっ!」とか思っていたのだろうが、隠す気は、さらさら無いようだ。もっとも、傭兵以外に見ているものはいないのだが。
「ふふふ‥‥、腹がなるぜ!」
 続け! と言わんばかりに、二人の男が海岸へ向かう。紅 和騎(gc4354)と、御剣雷蔵(gc7125)だ。
「蛸か!最近は鮪が多かったからな。蛸料理といくか」
 食べる為に倒す。むしろ食べる。それ以外に何があるというのか! 豪気な二人に続いて、山下・美千子(gb7775)が、思案顔でゆっくり砂を踏みしめる。
「‥‥やっぱり、シンプルに刺身かな。蛸しゃぶ、カルパッチョにするのもいいね」
 彼女は、既にどう調理するか、そこに焦点が絞られているようだった。
「‥‥ん。食べ物の気配がする」
 赤いマントの少女、最上 憐(gb0002)が呟いた。周囲の空気が振動し、覚醒状態に入る。覚醒すると、お腹が空く。とてもハングリー。故に、食さなければならない。‥‥なので、視線は海ではなく、一番近い、椰子の実に向いていた。

「私に戦闘って虐めですか嫌がらせですか弄りですかこの太陽の下で熱中症になったらどうするんですか」
 木陰から、ワンブレスで未名月 璃々(gb9751)が言う。日差しは憎いほど、強かった。日差しもそうだが、熱を吸収した砂が、むぁんと、焼けた鉄のような暑さになっていて。おまけに気が付けば、ローファーの中に砂が入ってじゃりじゃりして気持ちが悪い。それでも璃々は表情を崩さず、カメラをいそいそと用意していた。
 その隣で、色白の水着の上に白衣を着た男が立っていた。ドクター・ウェスト(ga0241)だった。ビーチサンダルと麦藁帽子を被り、白衣を着ている以外は、ビーチに遊びに来た一般人と区別がつかないくらいの、夏浜の格好だった。
 なんとなく、璃々はウェストの足元と、自分の足元を交互に見比べた。そして、ゆっくりと、熱の篭らない瞳をドクターに向けた。
「貸さないよ〜」


●タコタコタコ

「まず一匹‥‥ゴチになります!」
 紅蓮の直刀をタコキメラに突き刺し、和騎は脚甲「望天吼」を装着した足を掛けて、思い切り引き抜いた。一瞬の内に距離を詰め、急所を貫いたのだ。目を×にして、「きゅ〜っ」とのびるタコ。ごく微量に青い血が刀身に付着していた。見た目はデフォルトされているが、中身は普通の蛸のようだ。死んでいるのかいないのか、足はうねうねと、もがき蠢いて、抵抗しているようにも見えた。
「さっさと片付けて美味しく頂くぜ」
 雷蔵は馴染みを確認するように、鋸状の刃を持つ斧を軽く振り回して、ピタ、と止めた。そしてその切っ先を、うにょうにょ向かってきていたタコキメラに向ける。リアルなタコだったら、軽くグロかったかもしれないが、可愛くデフォルメされているので、タコさんウィンナーが向かってきているようにしか見えなかった。むしろ、これはタコキメラじゃなくて、タコさんウィンナーキメラと呼んでもいいかもしれない。
 雷蔵は腰を落とし、深く踏み込んでシールドを突き出した。タコキメラを覆う影。その陰影から、キラリと光る剣線が煌き、深くタコキメラの脳天に突き刺さった。
「オイ! あんま傷つけんじゃねぇよ!?」
 と、和騎が叫ぶと、雷蔵は「わかってるよ」というかのように、盾を小さく振り、刺さった斧を引き斬るように抜いた。


「あ、おいしー」
 仕込みビーチパラソルの仕込み刀で、タコキメラの足を一本切って、もぐもぐと、美千子はつまみ食いしていた。どうみてもビーチチェアにしか見えない盾で、キメラの攻撃を軽々と弾くが、しかし時々ぬちゃっ、とかいう若干卑猥な音が響いて、顔を顰めた。どうやら、ぬるぬるした吸盤が吸い付いたようだ。
「叩いて、筋繊維をほぐしたほうが、美味しくなると思うな」
「よーし、じゃあ私が! くらえ〜♪」
 波打ち際を駆け回っていたリコリスが両手に漫画肉を構え、美千子のビーチチェア‥‥ではなく、盾に吸い付いたタコキメラを振り落とすように叩き落とし、返すお肉で、今度は思いっきり、そのまん丸の頭をぶん殴った。砂浜にベチャリと落ちるタコ。
「食べ物の王様はおにくなんだぞっ!」
 ドリアンの立つ瀬が無い気がする台詞を叩き付け、ついでに筋繊維を解すようにバカスカと殴りつけた。本体が絶命しても、身体から千切れても、うにょうにょと動き続けるタコの足。もうやめて、タコのライフはゼロなのよ。‥‥とでも、言おうと美千子は思ったが、良い感じに打撃を加えられたタコの味を想像して、言葉を飲み込んだ。美味しいは正義なのである。

「目が〜目が〜!」
 イタチの最後っ屁とばかりにタコの墨を喰らい、顔を真っ黒に染めたリコリスは無我夢中で、気が付けばタコキメラの頭に、もきゅもきゅと、齧りついた状態で、すてーんと転がっていた。更に頭部にうにょうにょした吸盤が張り付き、死んでもなお蠢く足と、必死に格闘していた。
 暫く文字通りの泥試合をしていたら、ふとした瞬間に、美千子と目と目が合った。少し思案して、とりあえず、「うん」と、呟いた美千子は「ちゃんと、調理してからね」と、リコリスに微笑んだ。


「ターゲットインサイト‥‥ロンクオン」
 バチバチと、銃身にスパークが走り、構えた小銃の威力が増幅されていく感覚を、ノゾミは感じていた。彼女の脇を、影を留めずに赤い弾丸が駆け抜け、ざばざばと、水際に上がろうとしていた二匹のタコへ向かっていく。
「ファイア!」
 うにょんと、足を振り上げたタコに、ノゾミの放った弾丸は、左頭部に深々と突き刺さり、その頭をぶるん、とゼリーのように振るわせた。確かな手応えはあったが、直撃ではないと、直感する。
「目標修正、右、コンマ3」
 淡々と呟くノゾミ。彼女の銃撃を背中に、赤い弾丸――憐は波打ち際に土煙を上げて停止した。ブンと、舞い上がった砂埃を、大鎌「ハーメルン」が悲壮な音を立てながら、切り裂き、吼える。
「‥‥ん。お腹空いて。来たので。突撃開始。すぐに。胃に。案内するよ」
 自分の身長よりも遥かに大きい獲物の慣性モーメントを、悠々と操り、逆にその勢いを利用して、砂浜に一陣のカマイタチを巻き起こす。その太刀筋鋭く、正確で、大振りな大鎌とは思えぬ程に繊細可憐。瞬く間に、タコを綺麗に――‥‥食べ易いサイズに捌いていた。
 ノゾミは素直に関心したが、その原動力になっている腹ペコパワーを知る由もなく。ならば今度は私の番、と。目標のキメラに銃口を向け、静かに「ファイア」と、呟いた。


「幼児等に見られる童顔や丸い瞳は、庇護欲をかきたてる為らしいですねー」
 面倒くさそうに和槍「鬼火」を構え、璃々は溜息をついた。つい撮影に夢中になって、一匹、何時の間にか近くまで寄ってきていたことに気付かなかったとは。面倒くさいですけど、面倒くさいですけど。盾にできそうなのは、ドクターくらいですし、仕方がないです、やりますかー。くらいののんびりさ加減で、璃々はしぶしぶ、日曜日のお父さんのように、動いた。
「我輩が援護しよう〜」
 懐からペンサイズの超機械を取り出し、自身に電波増強を掛けた。周囲の映像紋章の配列が並び変わる。すっ、と一歩踏み出し、キメラに向けて放った。強力な電磁波がタコキメラ周辺を包み、痛烈なスパークが砂浜に飛び散った。
「キュいぃぃ!?」
 タコキメラは慌てふためき、右往左往。涙目になりながら、自分の周囲が吹き飛んでいくのを、オロオロして見ているしか無かった。
「けっひゃっひゃっ」
 ウェストの笑いが、電磁波と共に渦巻き、タコの退路を断つように放たれた電磁波が、砂浜を荒らしていく。まるで狂気に駆られたマッドサイエンティストそのものだ。だが、そんな様子を見ても、璃々は顔色一つ変えない。生暖かく見守りながら、隙を見てのそのそと近付き、ぷるぷると震えたタコを見下ろした。見上げるタコ。弱々しく首をかしげ、「キュイ?」と、助けを求めるかのように鳴いたが、
「キュイとか言われても、何と言いますかー。串刺しですね」
 と、その愛らしい瞳に、無造作に槍を突き立てた。我が眠りを妨げるものには、相応の仕置きだった。


●絶対食べるなよ、絶対だぞ!

 合計6体のタコキメラを倒し、『食材を傷つけてはいけない』という行動が結果的に力をセーブし、一部砂浜を荒らしたものの、被害は最小に留めた。キメラも、FF以外に、特質すべき戦闘能力もなく、なんともあっけなく、僅か数分で任務は完了。美千子がビニールシートを敷き、ビーチパラソルを立てたその影の下、傭兵達は綺麗に下処理された、『それ』を見下ろしていた。

「おかしな兆候が出ても気付けるように、食べる前に検査だね〜」
 タコキメラの細胞を採取し終えたウェストが、何気なく巨大注射器を取り出すと、憐は風呂を前にした猫のように危険を察知し、俊敏に反応して、スタタタターと、逃げ出した。キラリと、ウェストの眼鏡が光る。
「検査を受けない気かい〜? お仕置きが必要だね〜。けっひゃっひゃっ」
 市販のスタンガンを持ち、ウェストは憐を追いかけて、砂浜を駆けていってしまった。

「‥‥」

 雷蔵が怪訝そうな表情で、それを見送った。腹の虫が収まり切らずに飛び出してきそうな、なんとも煮え切らない表情だったが、
「ダメって言われるとやりたくなっちゃうよね〜♪ 人間の性だね、仕方ないねっ!」
 リコリスにパーンと背中を叩かれ。その隣を見れば、リスのように頬をぷっくり膨らませ、タコの刺身を頬張る和騎が、
「いやー、依頼受けてよかった、よかったァ。あっ、それもらっていいか!?」
 と、満面の笑みを浮かべて、何時の間にか綺麗に調理されたタコを摘んでいた。美千子が苦笑いを浮かべる。
「そんなに慌てて食べなくても‥‥、まだ沢山あるから」

 そんな和気藹々とした空気に、雷蔵は煮えたものが、少しずつ冷めていく感覚を覚えていた。どこまで行ったのか、すっかりウェストと憐は見えなくなっている。頭をポリポリ掻いて、美千子から差し出された、受け皿と箸を受け取った。
 青笹一枚、飾りに引かれたシンプルな刺身の大皿から、何も付けずに、一口。
「くぅー。こいつぁ、美味いぜぇ」
 歯応えもさることながら、噛むほどに旨味が溢れ、思ったほどに臭みも無い。美千子の仕込みが適切だったことも勿論あるが、僅かに香る風味もよく、どんな料理にしても最高だということは、料理に疎いものでも直ぐに理解できる味だった。まさに――
「旨味の洪水やぁ」
 和騎の言葉に雷蔵は笑顔で頷き、蛸を囲んだ食事会は和やかに進んでいった。

***

「璃々ちゃんは食べないの〜?」
 タコキメラも、タコ料理も一通り写真に収め、のんびり食事会の撮影に移り、旅行中のお父さんみたいなポジションになっていた璃々に、リコリスが訊ねた。
「私は遠慮しますー。食べる姿を、見られたくないのでー」
「あ、気にするところはそこなんだ」
 さりげなく美千子は突っ込みを入れつつも、蛸しゃぶの準備を終えていた。それを見て、璃々は話を続けた。
「形は歪でしたが、中身は普通のタコみたいですね。てっきり、胃袋と腸が発達してるかと、思いましたがー。どうです、『珍味タコキメラ』として売り出しては?」
「うーん。食品衛生法的に無理だと思うなぁ」
 苦笑しながら、しゃぶしゃぶ用の小さい鍋を、シートの中央に置いた。見れば、中でくつくつと、昆布が踊っている。雷蔵と和騎が、ごくりと、喉を鳴らした。

「‥‥ん。食べたくないのに。カラダが。勝手に。動く。きっと。コレは。バグアの仕業」
「うひゃぁ!?」

 突然ひょっこりと、顔を出した憐に、美千子は飛び上がった。何時の間にか水着に着替え、色とりどりのフルーツと、魚介類が入った籠を抱えていた。反対側の手に、カジキが握られていたのも、少し気にはなったが。
「‥‥ん。食べる事が。出来そうな。気配の物を。根こそぎ。採って来たよ」
 どさっ、と、食材をビニールシートの上に置いて、髪をザックリと拭く少女に、黄色い果実を頬張るリコリスが近付く。
「ところで、ドクターはどうしたの?」
 全力で逃げる高レベルのペネトレーターに追いつける人間など、そう居るわけが無いとは思うが‥‥。
「‥‥ん。たまには。全力で。光を。浴びないと。頭に。キノコが生える」
 折角の南国のビーチ。小難しいことばかり考えていないで、童心に戻って駆け回り、太陽を沢山浴びて貰いたい。‥‥そう心優しい幼女は思い、微妙に追いつけるよう、ウェストに合わせつつ、少しずつ速度を上げ、良いタイミングで瞬天速を発動し、一気に撒いたのだった。
 問題は、どこで撒いたのか、自分でもよく分からないことだった。まぁ、帰りの高速艇の時間までには戻ってくるだろう。多分。

「よぉし、追加も来たし、これからが本番だぜ!」
 気合を入れた和騎の横。泳ぎ、腹を極限まで空かせた憐が、その無限の胃袋の力を120%発揮し、和騎の胃袋を打ち負かしたのは、その数十分後の事だった‥‥。

***

 ‥‥ちゃぷ。
 AU−KVを脱ぎ、ビキニ姿になったノゾミは一人、静かな海を堪能していた。

 円を描くように腕を動かすと、波紋が生まれ、ゆっくりと押し寄せた波とぶつかって、消える。
 ノゾミはその心地よさに身を委ねた。浮力が胸の重量を和らげ、軽くして。そのまま仰向けに、見上げた空に、果てしない宇宙があって。そこは多分。こんな場所なんだろうか、とか。思いを馳せる。
 傭兵にゆとりなんてあるわけない。そう、戦場に立ち、常に気を張り詰めて。すぐ隣にある死が、生の実感を与えてくれる。

(こういう風に、心を落ち着かせて癒しを得られる時間が‥‥。ちゃんと手に入ることに感謝したい)

 ただ、私は望む。
 今のこの時、この瞬間を大切にしたい。生きていることに感謝したい。明日も明後日もその次の日も、みんなと幸せに生きて行きたい。


 それが私の望み。