タイトル:てがみマスター:愉縁

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 6 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2011/08/01 16:57

●オープニング本文


「はぁ‥‥」
 今日何度目の溜息をついただろうか。
 たまの休みに実家に戻ってきてみれば、母からイイ人見つかった?とか、幼馴染のみっちゃんが結婚したとか、そんで男の子を出産したとか、早く孫がみたいとか‥‥。当人はさり気無く言っているつもりだろうが‥‥。あー。はいはい、もう、全力でわかってるっつぅの。大体29歳にもなれば、言われなくても、少しくらい焦ってるっつぅの。

 彼氏居ない歴=年齢の私。人並みに友達は居るし、人並みに就職もした。でも、恋愛をしたことなんて、今まで一度も無かった。小学生の頃は、それが通過儀礼のように、年齢を迎えれば、当たり前のように、向こうから自然とやってくるものだと、ずっと思っていた。でも、実際は違う。皆が皆、ドラマチックに運命の人に出会えるわけが無い。仮に運命があったとしても、皆が皆、器用に生きてるわけじゃない。
 ‥‥何事にも、向き不向きがあるように。

 ふと、まだ灯りの灯っていない、ぼんぼりが続いているのが視界に入ってきた。今日は実家近くの神社で、夏祭りがあるようだ。
 花火を上げるような予算もなく、屋台が数軒並び、神輿も出るが、あとは申し訳程度の小さな太鼓やぐらが建つくらいで、本当に地味な、町の人達だけでひっそりと楽しむ、小さな祭りだったが、それでもこんな何の娯楽も無い町では、一大イベントである。
 時間はそろそろ日が傾いてくる時間だった。ぼちぼち、神社の境内が賑やかになってきているのを、この場所からでも確認できた。

「ちょっと覗いてみるかー」
 男物の黒いTシャツと、ホットパンツにつっかけ、ノーメイクどころかノーブラで、更に寝癖も朝から微妙に立ちっぱなしだったが、どうせ明日にはラストホープへ戻るんだ。かまやしない。
 20代最後の夏の思い出に‥‥なんてことは思わなかったが、恋愛フラグの一つも無しに、30歳を迎えるのが癪で。でも、もしかしたら、同級生のケンくんとか、来てたりしないかなー。まぁ、そう都合よくねーよなー。人生なんてそんなもんだよなー。つうか、こんな格好で会ったらそれこそ絶望だけどな!‥‥とか、心の中でブツブツ呟きながら、祭囃子を響かせる石段を、のんびりと、昔のことなんかを、ふわっと思い出しながら、昇った。
 境内は、予想通りの鉄板中の鉄板な露店が数軒左右に並び、人がまばらに散っている。

「え?」

 その全てをモノクロに変えて、過去に吹っ飛ばしてしまうかのように。
 私の視界の中央に、立っていた。 その少年が。

 黒一色のシンプルな浴衣に身を包み、それを留める黄色の帯には『夏』の一文字が入った団扇。襟から覗く首筋は年頃の女性のように艶やかで、日差しで輝く金色の髪が、ふんわりキラキラと揺れていた。


 え‥‥ええええええええええっ!???


「‥‥?」
 少年が振り返り、サファイアのような、澄み切った青い瞳が私を捉えようとしたもんだから、もうすっかり、全身の毛という毛を逆立て、うぎゃぁああと、叫んでしまいたいのをグッと堪え、咄嗟にズサーーーーァ!!と、勢いよく、茂みに転がり込んだ。
 そしてポトッと、カブトムシが上から落ちてきて、頭に着地した。

(な、な、なして、オズワルドくんが、ここにいんのぉぉおぉおお!!??)


 ULTオペレーター、オズワルド・ウェッバー。
 つい最近入ってきたばかりの新人で、私の後輩だ。年齢は17歳という話だったが、どう見ても12〜3歳にしか見えないくらいのベビーフェイスで、何故かULT制服の下が半ズボンだった。狙ってるのか!狙い撃つつもりか!と、何度彼のしr…背中を見て思ったことか。

 物陰からそーっと、様子を伺う。頭に乗ったままのカブトムシが、かくん、と、首を傾げた。
 そう、そのULT勤務のオズワルド君が、何故こんな、何の関わりも無い片田舎の祭りにいるか、ということだ。

 見れば、オズワルド君は1人ではなかった。傭兵と思しき人物と、何か話し込んでいる。‥‥もしかして、何かの依頼中なのだろうか?
 ここからでは良く聞こえない。近くの木をポキリと折って、身体を隠しつつ、ズリッズリッっと、匍匐全身で、移動を開始し始めた私。‥‥30近くにもなって、何してるんだろう。とか、思ってはいけない。駄目だ、負ける。もう、後には引けないのだッ。
 息荒く汗だくで、頬は紅潮し、目は虚ろで、服は土塗れ。おまけに自分でも認めるほどのひどい格好。
 色んな意味で限界な私が、その危険な領域に踏み入れようとしたその瞬間、小さな男の子の悲鳴が木霊した。

 バッと顔を上げると、色とりどりの御面が並ぶ屋台の裏、尻餅をついた浴衣姿の子供が、ベタな怪人みたいな、緑色のカマキリ男に、今まさに襲われようとしている!
「‥‥キ、キメラだァァ!!」
 屋台のオヤジが叫んだ。連鎖して悲鳴が轟き、触発されるように人々は惑い、我先にと走り出す。


 ‥‥いけないっ!
 思うより先に、私は駆け出していた。

「‥‥っ!!」
 そしてキメラの鎌は振り下ろされ――――。


***


 時は遡る。
 ULT本部に一通の手紙が届いていた。宛先はULTオペレーター、オズワルド・ウェッバー。差出人は書かれていない。不審に思いつつも、封をあけると、そこには『キメラから ぼくらを たすけて』の文字と、場所、日時が書かれているだけだった。

 いたずらだろうか?
 最初はそう思って無視しようとした。‥‥しかし、何か胸騒ぎがあった。

「ウェッバー君」
「はい?」
 見上げると、経理のおばちゃんが立っていて。「ん」と、一言だけ洩らし、何かの書類を差し出した。
 それを受け取ると、おばちゃんはさっさと、オフィスの奥へと消えていった。

「‥‥これは」

 オズワルドは高速艇と依頼料の手配、そして、自分の休暇申請が完了した書類を前に、わけもわからず、ただ呆然とするしかなかった。

●参加者一覧

緋沼 京夜(ga6138
33歳・♂・AA
アセット・アナスタシア(gb0694
15歳・♀・AA
秋月 愁矢(gc1971
20歳・♂・GD
ユウ・ターナー(gc2715
12歳・♀・JG
クリスティン・ノール(gc6632
10歳・♀・DF
祈宮 沙紅良(gc6714
18歳・♀・HA

●リプレイ本文

 時が凍りついたかのように、肌で感じる空気が、音が、全て停止したような錯覚を覚えていた。少し前まで境内を巡っていた祭囃子は止み、風の音も、鳥の声も、何も聞こえない。
 じんわりと、浴衣姿の少年を抱きしめていた手に、血が巡っていくのを感じる。徐々に感覚が戻り、汗ばむ陽気であったことを身体が思い出したのか、肌はすっかり、汗の不快感に満ちていた。

「おねぇ‥‥ちゃん?」
 少年の声が、私の聴覚を呼び覚ました。胸元に押し付けるように抱えた、4〜5歳の可愛い顔の少年の感触以外、身体に違和感を全く感じなかった。

「‥‥大丈夫か?」
 男の声がする。誰かが私と少年を、キメラの攻撃から庇ってくれていた。気付き、思い出す。ここには能力者が出張っていた。その内の一人だろう。そこで初めて安心して、顔を上げる。
「ありがt―」
 ――とう、と続けようとして、表情が凍りついた。

 白銀の全身鎧、時代錯誤と言っても差し支えないゴテゴテのプレートアーマーが、何か、凄い存在感を発揮して立っていた。もう、違和感しかなかった。天ぷら蕎麦に苺ジャムとマシュマロを添えて食べるくらいの違和感があった。

「‥‥? どうした」
 鎧の男、秋月 愁矢(gc1971)が、カマキリ男の鎌を軽々と受け止めながら、こちらを見た。ぎゅ‥‥と、少年が私のシャツを強く掴む。少年は怯えていた。あら、やだこの子、可愛い、なんて、思っていない。

「ギギィィィ!!」
 んなことを考えていたら、カマキリ男が金切り声を上げ、もう片方の鎌を振り下ろしてきた。鋭く素早い斬撃であったが、愁矢に通じるわけがない。金剛石に蟻がパンチをしたようなものだ。愁矢は、そのままプロテクトシールドに肩を預けながら、スッと、深く左足を踏み込み、キメラに体当たりを喰らわせた。バランスを崩し、無様に後ろに転げるキメラ。
 高熱を帯びた青い炎のように、蒼い輝きを放つ眼光が、キメラを見下ろす。その姿に、威圧され、キメラはただ、竦み上がるしかなかった。

「肉弾戦‥あんまり触りたくないけど、屠らせてもらうよ!」
 暗赤色の全身甲冑を纏った少女、アセット・アナスタシア(gb0694)が、別名『漢の勲章』とも呼ばれる、ファイアーパターンが入った金属製の拳を繰り出した。腰を入れて、低めに繰り出したパンチは、ごうっ! と、うねりを上げて、尻餅をついていたキメラの頭にジャストミートする。ぐしゃり、と、虫を潰したような、気持ちの悪い感触が残って、アセットは眉を顰めた。‥‥刹那、無意識に飛び退いて、突然吐き出された溶解液を回避する。
 ムクリ、と、立ち上がるキメラ。さっきの一撃で、頭の位置がしっかり定まらないのか、首から上が少しグラグラしていた。
「折角のお祭りだし。キメラになんて、邪魔されるわけには、いかないからね」
 その言葉に愁矢が頷き、鋭い視線をキメラに突き刺した。アセットも一歩踏み出し、拳をそっと構える。

 蒼き炎壁と、紅き炎拳。

 二つの炎に阻まれながらも、キメラはその本能に任せて唸り声を上げ、我武者羅に走り出した。死へ続く道を。


「‥‥はっ」
 すっかり気を取られていたが、ここから離れなければという指令が到達し、少し運動不足気味の鈍った身体を起こす。ふと視線を移すと、屋台のオヤジが、うっかり視線が合ってしまった野良猫みたいに、硬直していた。どうやら、キメラ出現に上乗せして、急に現れた謎の鎧の戦士達に、動揺している様子だった。
 その背後に、静かに忍び寄る影。アッ! と、声を上げようとした瞬間。


 神議りに 議り給ひて――


 白地に、桜の花びらが舞い散る美麗な浴衣を纏った、祈宮 沙紅良(gc6714)の深く澄み入る呪歌が境内に響き、キメラの動きを鈍らせる。素朴でありながらも、眩く輝きを放ち、しかし何者にも手が届くことは無い‥‥、それはまるでラムネのガラス球のような、魅惑に満ちた歌声だった。

「ユウがお仕置きしてあげるんだカラ!」
 ドドンガドン、と、撥を叩き、動きを鈍らせたキメラに、超機械「和太鼓」の電磁波を喰らわせるユウ・ターナー(gc2715)の影から、クリスティン・ノール(gc6632)が「てやー!ですの!!」と、黒いゴシック調の傘を携え、弾丸のように飛び出していった。キメラは、足を縺れさせながらも、黒い服の少女に向き、鎌を振り下ろすがしかし、それは虚しく空を斬るだけ。既にキメラの脇に立っているクリスティン。仕込み傘から、その赤色に染まった突剣を抜き放つと、脇腹に深く突き刺した。

「ギッ‥‥ギギギギィィ!!」
 するとキメラは激昂し、力任せに腕を振り回した。クリスティンの身体がぐい、と引かれ、その場に緋沼 京夜(ga6138)が入れ替わる。SESが組まれた義手が、ガキッと、鎌を捉え、その動きを制した。
「ユウ、クリス。はしゃいで怪我するなよ?」
「京夜さま‥‥?」
 きょとんとした表情で、クリスティンはその横顔を見詰めた。彼の意識はしっかりとここいて、彼女に向いていたが、しかし視線は、キメラにもクリスティンにも向いていない。
「ギッ‥‥?」
 キメラが視線を、僅かに下に落とした。金色に輝くツインテールが、沈みかけてきた夕日を受け、燦然と輝く。京夜にキメラの意識が向いたその一瞬。その隙に、ユウはキメラの懐に、深く踏み込んでいた。手にはクリスティンと同じ仕込み傘。抜き放たれる鋭い剣線。
 京夜は義手の反対側の手で、そっと、クリスティンの視界を塞いだ。

「皆の楽しい場所を、荒すなんて許さない」
 下から突き上げるように喉元を狙ったその一撃は、キメラの頭部をラグビーボールのように吹き飛ばした。


●日は落ちて、灯は燈る。

 日が傾き、辺りを静寂と闇が支配していく。続く道、石の階段を登り、境内へ。雪洞(ぼんぼり)に、灯りが次々と、燈っていく。


 ―――ぼんぼりに灯が燈り始める2時間前。
 キメラが境内を襲ったということで、一時、祭りを中止するような流れにもなったが、早い時間帯で人が少なかったことと、討伐後に素早い周辺警戒を行い、安全を確認した京夜と、ユウ。また、この騒ぎで出た怪我人を治療し、励ました沙紅良とクリスティン。
 何よりもクリスティンに「もうキメラは倒したから大丈夫ですの!」と、無垢な瞳で言われれば、いくら頑固な大人でも、首を縦に振らざるを得ないだろう。
 最後に、事件を知る人達へ、オズワルド少年は地道に説得して回り、後から来る人達に楽しんでもらえるよう、ここで起きた事は、今日はとりあえずは伏せてもらい、後日改めて今回の一件を説明するということで、話は纏まった。


●射的と兄妹

 神社の境内の隅、町人が集会を開く為のプレハブ小屋を借り、傭兵達は各々思い思いの格好に着替えていた。
「クリスちゃんは浴衣着た事ないんだっけ?」
 和ゴスにアレンジした、向日葵柄の浴衣を纏ったユウが、畳の縁を踏まないように気をつけながら、天使の羽がついた浴衣を前に、首を傾げているクリスティンに近付く。少女はユウを見上げて、コクン、と、小さく頷いた。
「なら、ユウが着せてあげるー!」
 弾んだ声を上げる、ユウ。照れたように、もうひとつ、コクンと頷くクリスティン。

 その入り口で、既に着物に着替えた京夜がタバコを吹かしていた。
「フゥ‥‥」
 紫煙が見上げた空へ、昇っていく。
 正直、正体も数も目的も、出るか出ないかも分からない敵を相手に、多少なりとも心配していた。無論、自分のことではなく、少女二人の身の心配、だったが。
 ‥‥だが、まだ京夜には一仕事残っている。クリスとユウ。二人の兄として、見守り、今という時間を、楽しんでもらうことだ。‥‥能力者として、戦うことを運命付けられた彼女達に、健やかに、今だけは子供らしくあってもらいたいと、そう思うから。

 一本吸い終わり、携帯灰皿に火の始末をしたそのタイミングで、入り口の扉が勢いよく開いた。ゆっくりと、振り返る京夜。
「見てみて、京夜おにーちゃんっ! クリスちゃん、天使さまみたいなの」
 ぱぁっと、花の咲いたような表情のユウの背中に、クリスティンは恥ずかしそうに隠れている。「ほら」と、前に押し出された少女は、白を基調とし、背中に天使の羽の生えた浴衣を纏っている。綺麗に結われた長い髪には、京夜がプレゼントした、朱色の簪が彩を添えていた。

「よく似合ってるぞ、クリス」
 京夜がほんの少しだけ、表情を緩ませ、優しい声色で頭を撫でると、少女は、硬かった表情を綻ばせた。
「依頼の御褒美だ。今日はたくさん遊べ。さぁ、こっちに。肩車をしてやる」
「京夜さま、肩車して下さるですの?嬉しいですの!」
 だっ、と駆け寄ったクリスティンを抱え、肩に乗せる京夜。いつの間にか、ユウの手が、ちゃっかり握られていた。3人の目の前には、ライトアップされた屋台が並び、お社へ続いている。

 人が多かったのもあるが、急がず、その雰囲気も堪能するように、ゆっくりと歩く。心なしか、最初は緊張していた背中のクリスティンが、リラックスしているように、背中越しに感じていた。
「射的にりんご飴‥‥、綺麗な金魚さんも! クリスちゃんはどれが見たい?」
 無意識に、京夜を引いた手に力が知らずに篭っていた。血が騒ぐ、という奴だろうか。
「わぁ‥‥。みんな楽しそうで素敵ですの! あれも面白そうですの。こっちの林檎飴?も美味しそうですの!」

 身を乗り出し、キョロキョロと、見回すクリスティン。周囲に気をつけながら、京夜は一旦、少女を背中から下ろした。
「ユウは日本の祭りにすっかり慣れて、腕は一級品だからな。‥‥だが、夜店荒らしは、控えろよ」
 と、気が付いたらすっかり射的のテーブルに狙撃体勢を整えているユウに、苦笑いを浮かべる。屋台のオヤジに視線を送ると、オヤジはパタパタと手を振った。
「御代は良いよ。今日の礼だ。‥‥さっ、そっちのお嬢ちゃんも」

 スパコンッ☆

 コルクの弾がキャラメルの箱を叩き、棚の下にポトリと落ちる。
「ユウねーさまは上手ですの!」
 手を叩き、歓喜の声を上げるクリスティン。そんな彼女に、コルクの弾を銃に詰め、手渡す京夜。そっと、傍に寄り、手を取って、優しく丁寧に姿勢を整えていった。その姿はまるで、本当の兄妹のようだ、と、ユウは感じ、目を細めた。

「よし。ゆっくり狙えばいい‥‥。そうだ、落ち着いてな」 


●金魚と嫉妬

 沙紅良とオズワルドは、祭りの責任者への説得を終え、皆と合流するところだった。カランコロンと、石畳の上を、下駄の音が涼しげな音色を奏でている。
「それにしても、キメラが現れる場所‥‥は兎も角、日時まで分かっての『助けて』のお手紙。不思議ですわよね?」
 何故傭兵がここにいたのか。その辺りの説明に苦労したが、オズワルドの誠実な人柄と、沙紅良のさり気無いフォロー。なによりも、キメラとの戦いの影で、沙紅良がオズワルドと共に、一般人を安全に避難誘導していたことで、住民への印象が和らいでいたのも助けになり、辛うじて納得はしてもらったが。

「手紙の主の方に、バグアからの脅迫文でも届いたのでしょうか」
「或いは、手紙の主が、バグアだったのかもしれませんね。‥‥ともかく、僕はもう少し、差出人を探してみ――」
「ねぇ! 一緒にお祭り行かない、オズワルドさん!」
 すっかり浴衣姿に着替えた、アセットが二人の会話に割り込んできた。見れば、それはミニスカート丈の浴衣で、初心な少年は、耳まで真っ赤に染まって、明後日を向く。
「さっきの人も誘いたかったんだけど、気が付いたらいなくなってて‥‥」
「ああ、少年を庇った方、ですか。名乗らず、必死に顔を隠しながら、鬼気迫る勢いで去っていったと聞いてますけど‥‥」
 様子を思い出し、オズワルドは言う。幸か不幸か、キメラが現れたとき、一般人の避難誘導に動いていた為、その人が知り合いだったと、知ることはなかった。もっとも、メイクもしていなかったので、一見しても、気付いたかは疑問だが。
「そうですわね。折角のお祭りですもの、一緒に参りましょう、ウェッバーさん」
 微笑む沙紅良に、でも、と、言葉を返しそうになるが、アセットとはまた違った、奥ゆかしい、撫子のような色気に、真面目な少年は、言葉を飲み込んでしまう。両手に華とはいったものである。いや、華奢で中性的な顔立ちのオズワルドでは、女性3人だと、思われるかもしれないが。

 祭囃子と、屋台から流れてくる発電機の無機質な音が心地よく、歩き出した3人を包む。
「たこ焼きにりんご飴、焼きとうもろこしに‥‥」
「焼きソバ!」
 読み上げる沙紅良に、アセットは言葉を続けた。
「普段あまり食べないけど‥‥こういうところで食べるとおいしいよね」

 のんびり、ゆったりとした時間が流れ、ふと、一軒の屋台の前で歩みを止めた一行。
「あ、金魚掬い‥‥」
 水色のプールの中を、朱色に飾る金魚たち。豆電球の灯りが鱗を反射して、キラキラと、幻想的な輝きを放っていた。
「金魚さん、勝負で御座います!」
 と、意気込む沙紅良であったが、力み過ぎたのか、はたまた、気迫が金魚に伝わって、警戒されてしまったのか、
「あっ」
 結局、一匹も掬うことなく風穴を開けたポイから、金魚が悠々と泳ぐプールを覗くことになるだけだった。その様子を見守っていたアセットが、不敵な笑みを含めながら、一歩前に出る。
「金魚すくいって、コツがあってね。まずはもらったポイは裏返して、貼ってあるほうを上にするんだよ」
 スッ‥‥と、スライドさせるように、水面に構えるアセット。縁日で使われるポイは、一般的には少し破れ易い、6号の紙が張られている。一瞬の判断ミスも、許されない。金魚との相対速度を合わせ、タイミングを計る。ごくり、と、様子を見守っていた、誰かが喉を鳴らした。
「そして水に入れるときは、真っ直ぐに‥‥」

 
「ぐぬぅ」
 ガジガジと、木の端を齧り、3人を恨めしそうに見詰める人影。29歳のひとは、助けた少年を自宅に送り届け、そしてバッチリ浴衣姿に着替え、薄メイクして戻ってきていた、のだがもう、すっかり出るタイミングを逃して、途方に暮れていた。大体、どのツラ下げて、あそこに加われというのか!

「今日くらいは多めに見てやれよ‥‥オレも我慢するからさ」
「ふぎゃーッ!?」
 唐突に背後から声が掛かり、飛び上がる29歳。そこには、額に『自重』の札を貼られた愁矢が立っていた。一体何があったんだろう。と、少し考えたが、上から下まで全身鎧の愁矢を見て、なんとなく理解した。例えるなら、高級料理店にジャージで入店しようとするようなものだろう。
「こういう所が、非モテから脱却出来ない原因なんだろうか」
 愁矢は捨てられた子犬のような瞳で黄昏ながら、手にしたりんご飴を差し出した。

「‥‥食べるか?」
「あ、うん」

 木の陰で食べるりんご飴は、何故か少し、しょっぱかった。