タイトル:真似禁!マスター:愉縁

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 6 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2011/07/29 16:03

●オープニング本文


 友人の頼みもあり、男はその仕事を引き受けることにした。

 仕事場は近々オープンだという、デパート。簡単な仕事だ。深夜にライトを持って、規定の時間、規定の場所を回るだけ。所謂、夜警というやつだ。勿論、ただ回るだけじゃない。何か異変があれば、相応の対処はする。しかし逆を言えば、異変さえなければ、ただ歩き回るだけの仕事、とも言える。
「ふぁ‥‥」
 十二分に睡眠はとってきた筈だが、身体は正直だ。深夜2時ともなれば、いつもならグッスリ眠っている時間だった。欠伸の一つも洩れるに決まっている。初日こそ、この静まり返った深夜のデパートは不気味で仕方が無かったが、3日目ともなると慣れもあって、暗闇と静寂が、心地良いくらいだった。

 まだビニールが被さったままのショーウィンドウにライトを向ける。ブティック、であろうか。ビニールでぼやけた奥に、白一色の人影が見える。
 マネキン、のようにみえた。今日、搬入されたのだろうか?昨晩は無かったものだ。
「‥‥」
 1人での見回りは、とにかく、暇が何よりの天敵だった。暇は、時間の経過を鈍くする。この仕事は楽だったが、とにかく退屈なのが問題だった。だからだろう。何となく、そのブティックに足を踏み入れたのは。

 店内にはまだ商品は並んでいない。新品の陳列棚が組み上げられ、それを避けるように、床には一面ビニールが被さっていた。新品の匂いがする。新品の家電製品を、開けたばかりのような匂いが、鼻をつく。右手に携えたライトで、ぐるりと、店内を照らした。
 強い反射があって、男は反射的に目を細めた。ショーウィンドウに、男の姿が映っている。
「‥‥?」
 ふと、違和感を覚えた。

(マネキンが、ない‥‥!?)

 店内に入る前に確かにこの目で見た、あるはずのものが無かった。
 見間違え? いや、そんなはずは無い。眠気はあるが、頭はハッキリしている。正常だ。決して、寝惚けているわけじゃない。もしや、あれは人間だったのではないか?マネキンに化けて、やり過ごそうとしたのではないか?
「だ、誰かいるのか?」
 声が、震えた。ピリピリと、指先に電気が走っている。喉の奥が、いやに乾いた。
 店内を今一度確認しようと、ゆっくりと、ライトを右に動かす。すると、同じタイミングで、ガラスに映った自分が、自分の『左』へライトを向けた。
「!?」
 男は目を疑った。向かってくるライトの光が避けた先、ガラスに映った自分だと思っていたものは、ガラスの前に立った『自分』だった。反射の光なんかじゃなかった。そこにいる自分が、同様に手にしたライトを、自分に向けていたのだ。男の右手からライトが滑り落ち、床にガランと、転がった。

 ライトは、ただ煌々と。
 巨大な影を、店内に二つ、浮かび上がらせていた。

***

 冷房が切れたULTのオフィスは、ムンムンと熱気を帯びていた。唯一の救いの綱である、我らが最終防衛ライン・扇風機は、パソコンを冷やすのに使われ、肝心の人間様は汗だくになって、フニャフニャにふやけるしかなかった。
「すみません、冷房が壊れてしまって。昼過ぎには、修理が終わるそうですが‥」
 今日もすっかり半ズボン姿の美少年、オペレーターのオズワルド・ウェッバーが、額の汗を拭いながら渇いた笑いを浮かべる。何気なく彼の足元を見ると、なんと、水を張ったタライがあった。
「え、あ、あ‥‥あわわわっ!?」
 その視線に気付いたのか、オズワルドは慌て、耳まで真っ赤になって俯いた。
「み、見えました‥‥?」
 おずおずと、上目遣いで尋ねてくる金髪碧眼の少年に、傭兵は腹の奥から込み上げるものを感じていた。爽やかに親指を立て、うん、テイクアウトで!と、高らかに要求しそうになるのを、ぐっと堪える。

「い、依頼です」
 微妙な空気を振り払うように、オズワルドは依頼書に視線を落とした。仕事モードになんとか形はなっているが、顔はまだ火照って、赤かった。はしたない行為、だとでも思ったのだろうか。ただ、その艶かしいあんよに浮かぶ水滴は、後ろの席の20代後半の女性職員(恐らく三十路間近の独身)を床に這わせるには十分だった。‥‥てか、何やってんだ、アンタ。
「場所はオープン前のデパート2階、ブティック『ららら』。ここに巣食う、マネキンキメラ2体の討伐をお願いします。キメラはブティック内をテリトリーにしており、何故か店内からは出てこないようです。とはいえ、放置しておくわけにも行きません。店内には商品は並んでいませんが、商品棚が既に搬入されており、必然的に狭い場所での戦闘を強いられると思います」
 読み終わる頃には、いつもの顔色に戻りつつあった彼は、フゥーと長く息を吐き、そして傭兵達を見上げた。
「キメラの詳細はこちらに。‥‥傭兵の皆様でしたら、難なく遂行できるでしょう」
 どうやらすっかり調子は戻ったようで、少し余裕のある表情で、柔らかく微笑んだ。

「御武運を」

●参加者一覧

比良坂 和泉(ga6549
20歳・♂・GD
未名月 璃々(gb9751
16歳・♀・ER
月居ヤエル(gc7173
17歳・♀・BM
日下アオカ(gc7294
16歳・♀・HA
ルティス・バルト(gc7633
26歳・♂・EP
葵杉 翔太(gc7634
17歳・♂・BM

●リプレイ本文

 非常用階段の二階に差し掛かったところに、『KEEP OUT』と書かれた黄色のテープが、申し訳程度に3本、進路を塞いでいた。傭兵達はテープをくぐり、2階のフロアへ通じる、防火扉を開ける。ギィ‥‥と、重々しく鉄の扉が開いていく。
 ひゅぅと、風が流れ込み、月居ヤエル(gc7173)は、ふるっ、と、小さく震えた。
「‥‥動くマネキンとか、怪談にありそうだよね。実在したら、それはそれで困っちゃうけど」
「あら? ヤエル、怖いんですの?」
 日下アオカ(gc7294)が、その姿を見て、クス、と笑う。
「武者震いだよ。これ以上被害がでないようにガツンとやっちゃうよ!」
 意気込むヤエルの声が、驚くほど響き、大きく感じた。


 オープン前のデパートは、ひっそりと静まり返っていた。

 安全の為、一時的にオープン準備を中止したのだろう。まだ日は沈んでいなかったが、広々としたそのフロアには、傭兵達以外に人気は全く無かった。これが真夜中ということであれば、人が居なくても、『そういうもの』だと納得できたが、逆に人が普通にいる時間に全く人が居ないという違和感は、特に人の多く集まるデパートという環境では、余計に不気味に感じるものだった。何より、音が遮断された空間、というのがいまいち慣れなかった。
 見上げると、照明は付いている。エレベーターもエスカレーターも動いていなかったが、どうやら、最低限の灯りは、オーナー側で気を利かせてくれているようだった。‥‥どうせなら、ついでに音楽でも流して欲しいところだが。

「それにしても、珍妙なキメラも居たものですねぇ」
 比良坂 和泉(ga6549)が、ポリポリと、首の後ろを掻きながら言った。ですよね? と、横に視線を送ると、カメラを熱心に調節している未名月 璃々(gb9751)が視界に入った。
「あなたの全ては私の物とかいう、マネキンですかねー」
 とかもう、すっかり、その珍妙なキメラを写真に収めることしか頭に無い璃々。ふと、小脇に何かの雑誌を挟んでいることに、和泉は気が付いた。
「その雑誌、なんですか?」
「ああ」
 少し和泉と見詰め合ってから。それから思い出したように、ゆら〜っと、ゆっくり、ごそごそカメラを仕舞うと、脇に挟んでいた雑誌を取り出し、ペラペラと捲っていく。何かの美術雑誌だろうか、美術に疎い者でも、どこかで一度は見たことがある、有名な絵画が並んでいた。璃々がピタと、動きを止め、そのページを和泉に見せた。「うっ」と、和泉の顔が引きつる。
 ページには、狂気に満ちた巨大な髭もじゃの老人が、人を喰らっている絵が描かれていた。自分の子供に殺されるという予言を信じてテンパった神様が、殺られる前に殺れと言わんばかりに、我が子を頭からバリバリ喰ろうてしまったという伝承をモチーフにした絵画である。
「インパクト的にも、申し分ないですねー」
 うん、と。本気か冗談かわからないような、感情の篭らない表情で、璃々は頷いた。

「‥‥」
 和泉は、反応に困った。それ、もしかしてそれ、マネキンキメラに、真似させるつもりなんデスカ? と、口にしなくても、顔にでかでかと出ていた。ていうか、それを真似させて、一体どうするつもり? とかぐるぐる考えてみるが、一向にまとまらなかったので、和泉は考えるのを止めた。

「‥‥でもそれ、その雑誌を持った璃々に化けるんじゃないのか?」
 葵杉 翔太(gc7634)が、何気なく言った。「あ」と、二人同時に言葉を漏らす、和泉と璃々。いや、気付いてなかったのかよ。と、心の中でツッコミを入れる翔太の肩に、ルティス・バルト(gc7633)が肘を乗せ、軽くもたれかかってきた。
「ふふっ、人を擬態するマネキンか‥‥面白いね。俺を擬態すればフェミニスト2人の、出来上がりだ」
「女たらしー、の間違いじゃないか?」
 すかさず、翔太が切り返したが、「ふぅん」と、魔性に満ちた笑みを浮かべたルティスが、その長身をゆっくりと屈め、ぐいっ、と、更に顔を寄せてきた。
「おや、葵杉さん。俺の美貌に嫉妬かな?」
 近っ! すっごい、近っ! 急に接近してきた端整な甘い顔の男に、翔太は思わず頬を紅潮させた。それはあまりに急なことで。だからだろう、多分。
「‥‥べっ、別に、真似されてもサマになんだろうなぁとか、カッコ良いだろうなぁ、とか、全然これっぽっちも、思ってないぞ! 見てみたいとかも、思ってないからなっ!」
 と、思わず、口に出して、言ってしまった。結構大声で。

「‥‥」

 シーンと、静まり返る人気の無いフロア。
 少し先行して歩いていた、ヤエルとアオカも、ピタリと歩くのを止め、こっちをじーーっと見ていた。無言で目をパチパチさせると、ふぃっと、二人顔を合わせ、そしてヒソヒソと何かを話し始める。
 多分、翔太にとって、好ましくない話題であることは、想像に難しくなかった。

「葵杉さん」
 がっくりと項垂れた少年の肩を、璃々がとんとん、と叩いた。
「なっ、なんだよ」

「ツンデレの黄金比は9:1‥‥ですからね」


●真似禁!

「もしかして、アレ?」
 ヤエルが指差した先、無理やり取っ払われたのか、切れ端の残ったビニールが、ショーウィンドウのガラスに、申し訳程度にくっついていた。そこに二体の素っ裸のマネキンが、澄ました顔で立っていた。逃げも隠れもせず、立っていた。「どや?」と言わんばかりだった。とりあえず、璃々がパシャッと一枚、写真に収めた。

「舐められたものですわね」
 腕を組んで、鼻を鳴らすアオカに反して、ヤエルは乾いた笑いを浮かべている。ショーウィンドウの奥に店内が見えた。ブティック『ららら』の中は商品棚が並び、せいぜい二人並ぶ程度の通路幅しか見られない。
「店内では、戦うのは難しそうだね」
 ルティスは、店の外からガラス越しのマネキンに近付き、手を振ってみるが、反応は無い。もしかして、本物のマネキンか。とも、思ったが、僅かに肩が上下しているのが見えた。間違いない。生きている。しかし何故か、マネキンは外に飛び出してくる気配は無かった。制約があるのか、はたまた、単にその場所が気に入っているだけなのか。

「無粋ですわね」
 アオカは躊躇うことなくツカツカと、入り口に向かって歩き出した。
「人数の利を活かして思いっきりやる為には、狭い店内より広い通路。アオが誘き出して差し上げますわ!」
「え? わ、わ、待ってよ、アオちゃん!」
 その後を、ヤエルが一歩遅れて続く。つられる様に翔太が更に続いて、その背中にピタリと、けだるそうな璃々がくっついていった。店内には床を汚さない為のビニールが引かれている。床に張られたビニールが結構、滑る。
「コケない様に注意しろよ‥‥って、別に心配してる訳じゃないぞっ! か、勘違いすんなよ」
 明らかに心配顔で璃々へ振り向くと、その顔を、精巧な人形のような冷めた目が、翔太を見詰めていた。翔太は、え、何、俺何か、言った? みたいに戸惑い、「し、確り頼むぞ」と、なんとなく誤魔化した。
「任せてください。皆様の勇姿、バッチリとメモリーさせていただきますー」
「‥‥いや、写真じゃなくて」
 やる気ゼロの少女に、げんなりと、翔太は肩を落とした。


 少年少女を送り出し、割と大人な2人は顔を合わせた。
「俺達は、ここで待機しましょうか」
 和泉がルティスに言った。ルティスは小さく頷く。追い出すのであれば、挟み込むように待ち伏せるのも必要だろう。異論は無かった。
「ところでルティス。そのワインはなんですか?」
 ふと、手にしたボトルに気付いて、和泉が訊ねた。
「ああ、これ? これはね‥‥」


 ぐぁしゃぁぁあぁぁん!!


「あ」
「あ」

 突然、目の前のショーウィンドウが粉々に砕け散った。『アオカ』が、その破片の波に包まれながら、通路に転がり出てきたのだ。その奥を見てみると、アオカとヤエルが、顔をつき合わせて何か揉めていた。
 それで気付く。‥‥あ、これ、キメラだ。と。

「アオのっ、姿のっ、マネキンをっ! 何か思うところがあるのかしら、ヤエル!」
「殴ったの、キメラなのに何で怒るの〜〜?!」
「二度も、しかも顔面っ!」
「だって、キメラだもん!」
「キメラはキメラでも、アオの姿をした、キメラですわっ!」
 そこで何があったのか、聞くまでもなかった。その隣に視線を移すと、翔太が『翔太』と向き合っているのが見える。真似する以上、一歩遅れるのだから、キメラは手前の『翔太』だろう。

「真似すんなぁ!」
『べっ、別に真似なんかしてないんだからねっ!』
 くねっくねっと、あざとく上目遣いで頬を染めた『翔太』。ムカッとした翔太は顔を真っ赤にして口をパクパクさせた。それを涼しい顔の璃々が、ちょいちょいと、腕をつついた。
「葵杉さん」
「なんだよ!」
「今のは、良い表情でした」
「だぁぁぁ! お前は、撮るなぁーー!!」

 その様子を、和泉が遠い目をして見ていた。傍らのルティスは面白そうにニヤニヤしながら、顎に手を当てて眺めている。
「‥‥うん。中々、素敵にカオスじゃない?」
「これ、笑える状況じゃ無い気がするんですけどねぇ。高いですよ、あの手のガラス」
「あー。高いよね、アレ。特注だろうしね」
 と、ダメージを負ったアオカ姿のマネキンが、生まれたての子馬みたいに、プルプルと立ち上がった。くるっ、と、振り向くと、すっかりルティスに姿を変えている。ルティスの片方の眉が、ピクリと上がった。
「さて‥‥。キミに、俺の真似が出来るかな?」
 ルティスが手にしているのは、ワイン。当然『ルティス』にもワインが握られていた。
「俺のペースに付いて来れるかい?」
 と、おもむろにワインの栓を抜き、キメラとカツーンと、ボトルを乾杯(?)させた。ぐいっ、と、酒を煽るルティスと『ルティス』。飲み比べ、のようだが。これ、意味あるんですか。と、とりあえず、和泉は生暖かく見守った。
「俺を模倣したからには、女性には優しくしなくちゃいけないよ?」
 ふわんと、甘く切ない流し目で、ルティスは少し、うっとりと、見詰めあった。何故か和泉がちょっとイラッとした。
 その脇に、ズサーっと『翔太』が通路に滑り込んできて、店内から翔太が飛び出してきた。
「‥‥っ!?」
 ルティスに変身したキメラを見て、翔太は動きを止めた。コイツ、攻撃、しなくちゃいけないのか? 同士討ちのような気分に陥り、翔太は困惑の色を見せた。その背後から、シュタタタタッと青い光が、行過ぎる。
「真似できるものなら‥‥してご覧なさいな!!」
 スラリと伸びた自慢の脚。そこに備わった機械脚甲「スコル」が、唸りを上げて『ルティス』を捉えた。グラッと、身体を崩したキメラに、駄目だしとばかりに、瞬速縮地で間合いを詰めていたヤエルの鉄扇が、ぼぐぁ、と鈍い音をフロア全体に響かせた。問答無用だった。
 ルティスは横笛型の超機械「スズラン」を静かに構え、
「‥‥だからといって、女性が優しくしてくれるとは、限らない、けどね」
 痙攣している自分の姿見に、止めを刺した。


「あー。日下さんは、遠慮なくいきましたねー」
 のそのそと、店内から出てきた璃々が、ポツリとそんなことを言った。微妙に、ルティスだから攻撃を躊躇ったんじゃないか、という空気が流れた気がした。翔太は顔を真っ赤にして「い、いや、ちがうし!」と、もう、慌てた。慌てるしか、なかった。


「ふ、ふは‥‥は」


 そんな騒動そっちのけで、誰かが、壊れた笑いを零した。ふと、そちらに視線を移すと、和泉と『和泉』が対峙している。和泉の表情が、もう、すっかり、温厚な好青年では、無くなっていた。
 ふわりと、優しい表情を見せる『和泉』。サッと、髪をかきあげ、ニコリと微笑みを浮かべていた。和泉は、この顔が嫌いだった。軽い性格に見られがちな、その姿に、激しい憎悪を持っていた。
 だが、自分を辞めることなんてできない。そう思えばこそ、余計に腹が立った。

 ならばせめて――‥‥
「そのニヤケ面‥‥潰すゥッ!」

 あ。これ、キレてる。
 ルティスは、不穏な空気を感じ、「あの‥‥」と、和泉に落ち着かせようと、一歩踏み出したが、

「潰す潰す潰す潰す潰す潰す潰す潰すツブスつぶすつb――」
 あの温厚そうで、紳士的な和泉が、我を忘れ、狂ったように自分に化けたマネキンを、馬乗りになってスパナでボコスカ殴っている姿を見て、止めるのを止めた。経験上、こういうのは、スッキリするまでやらせたほうがいい。溜めると逆効果、だしね。と、爽やかに、見守ることにした。

「ぶっ‥‥、潰すッ!!」
 ごきゃっ。
 マネキンの首が3回転半回って、文字通り、糸の切れた人形のように、キメラはぐったりと力尽きた。

「化ける相手は‥‥選ぶんだったな」
 しかし和泉は言い知れぬ虚脱感に襲われていた。スッキリするかと思ったが、どうも、そうはならなかったらしい。


「根性の無い、キメラですわね。ヤエルに変身させる前に息絶えるなんて」
 そんな彼に構わず、アオカが残念そうに首を振った。
「え、ちょっと、それどういうことなのかな!? かな!?」
「少々造形を崩して差し上げた方が、ヤエルは可愛くなると思いまして。‥‥試しに」
「ちょっと、それ、どういうことよ〜!」

 再びぐるるるる〜と、睨み合い、口論を始めた二人に、翔太が「まぁまぁ」と、宥めに入ったが、
「うるさいですの!」
「邪魔しないでよね!」
 と、同時に一蹴され、うぐっと、引っ込む翔太。それを、慣れないことをするもんじゃないよ、と、いつの間にか翔太の側に立っていたルティスが、慰めるように頭を優しく叩いた。

 とんとん、と、自分の肩を叩き、割れてしまったガラスの破片に視線を落とす和泉。
「しかし、派手にショーウィンドウを割ってしまいましたね」
「ああ、大分派手にタックルかましてましたしねー。いやしかし、いやらしい、キメラでしたー」
 戦闘の影で、璃々がこっそり、商品棚を寄せていたのも幸いした。6坪という狭い空間で、あれだけ動いてこの程度の被害なら、僥倖であった、ともいえる。和泉は、頭をポリポリ掻いて、そこでようやく、納得したように、息を吐いた。

「さ」
 パン、と、この場の蟠りを、全て吹き飛ばすように、アオカは手を叩いた。
「甘いもの食べさせてくれるフロアはどこですの?」
「ここのお店、まだ開店してないよ。何時ものお店行こっ」
 気が付けば、いつの間にか喧嘩は終わっていて、隣に並んだヤエルが、アオカの手を引き、駆け出していた。
「ちょっと、ヤエル。そんな急がなくても。‥‥仕方ありませんわね」
 困ったような顔をしながらも、アオカの声は穏やかで。まるで、何事も無かったかのように、二人は並んで駆けて行く。

「なんだよあれ、素直じゃないよな」
 ちょっと納得いってない翔太が、仏頂面で呟いた。それを隣で聞いたルティスは、
「お前が、言うなよ」と、クスリと笑った。