●リプレイ本文
雨足が強まるアスファルトが白く煙り、まるで霧のように周囲を隠していた。稲玉から連絡を受け、救出へと赴いた6人の傭兵が、その地に立つ。
「廃村に、キメラが? よくよく災難を呼び寄せるな、稲玉殿は!」
一歩前に出て、拳を握り締めるルーガ・バルハザード(
gc8043)が、掻き消えそうな雨の向こうにごちり、その後ろで、軍用レインコートのフードのつばを摘んで、空の様子を伺っていた智久 百合歌(
ga4980)が、視線をルーガに移した。
「‥‥稲玉さん? ああ、噂のキメラ高遭遇率のULT職員さんね。虫もそうだけど、見つける人は何故か見つけちゃうのよねぇ」
「そうですね。相変わらずのようで‥‥。ご無事と聞いていますが、何時までも安心は出来ませんし、早々にキメラを倒してしまいませんと‥‥」
苦笑いを浮かべた百合歌と同じ雨合羽に身を包んだ祈宮 沙紅良(
gc6714)が、呟く。翠雨が叩く雨音は、世の全ての雑音を、雨水と共に排水溝へと流してしまうようで、側で話す者の声すらも、気を抜くと聞き取り難い。百合歌は頷いて、少し大きめの声で言う。
「そうね、笑い事ではないわ。いつまで隠れていられるかなんて分からないから、さっさと助けに――‥‥あら、あれかしら、稲玉さんのバイク」
百合歌の指差す方向。ガードレールに直角に突き刺さったそれは、一瞬見れば、事故現場というより、そういうオブジェのようにも見える。タイヤの片方は途中で落としてしまったのか、残った前輪だけが、水車のように雨に押され、回っていた。
「そのようですね」
「すると、件の集落はこの先ね」
意図せぬ狼煙をあげることになった稲玉のバイクから、濃く深く茂る森の中へと視線を移す。見れば、申し訳程度の細い道がひっそりと伸び、奥へと続いていた。
ルーガを先頭に、無言で顔を見合わせ、脇道へと入っていく百合歌と沙紅良。辰巳 空(
ga4698)が、それに続いた。
(もう、燕の渡りの季節で‥‥)
空が心の中で呟く。
(未だ、世界中に広がるキメラの脅威‥‥。最終的な勝者は人類でもバグアでもなく、もしかすると、新天地を見つけたキメラではないかとも思いますね)
地球の半分以上をバグアに抑えられていた数年前から一転、破竹の勢いで戦局を覆し、今度は逆に、彼らの本拠地にまで押し込もうという現在、地上に残されたバグアは着実に数を減らしてはいるが、未だ、多くのキメラが猛威を振るっている。
(兎に角、心置きなくキメラを狩れる立場になった以上は、少しでもその被害を減らしたい物です。‥‥それが傭兵の無謀から始まった物だとしても)
地上にはまだ、キメラの生産拠点も残っているだろうが、今は、虱潰しに倒していくしかない。空は、しっかりと足を踏み締めて、前へと進んだ。
人が姿を消して時間が経つのか、その道は荒れ果て、外灯もなく、鬱蒼と闇へと誘うかのような、不気味な雰囲気を醸し出している。
「雨で視界が悪い上に足元も滑り易いから、気をつけないと」
フール・エイプリル(
gc6965)が、周囲を見回した。少し分かり難かったが、どうやらこの辺りからが、集落の入り口のようだ。
隣を歩いていた烽桐 永樹(
gc8399)が覚醒し、眩い焔を纏わせた。
「俺の覚醒の炎で雨を! ‥‥って、まぁ無理か」
言いながら、持参した槍を軽く振り、気を張った。木造の建物が点在する、人を失った空間。
傭兵達は互いに顔を見合わせると無言で頷き、二手に分かれて、捜索を開始した。
●遭遇
丁度良い軒下を見つけ、空とルーガ、永樹は、濡れた身体を払った。3人とも、足回りだけはしっかりと気を配ってはきていたが、身体を上から下に伝う雨水が、張り付いた衣服に浸透して肌へと伝わり、不快感を与えている。長髪のルーガは、特に鬱陶しく思っていることだろう。
後ろ髪をぎゅっと束ね、雨水を搾り出すルーガの隣で、空の身体が淡い茶系の光に包まれた。発動したバイブレーションセンサーが周囲を巡り、空へと還元されていく。雨のせいで精度は落ちるかと思われたが、地や壁を伝う数多の振動が、逆に精密で立体的な情報を空へともたらす。
「!!」
空はすぐさま隣のルーガを突き飛ばし、自身も転がり込むように飛び退いた。朽ちた玄関を斜めに切断し、巨大な鉈が大きく弧を描き、軒下を丸ごと粉砕する。
「うわっ、いきなりかよっ!?」
言葉では焦りつつも、しっかりと身を屈め、自力でかわす永樹。どこからどう入り込んだのか、自分の身体よりもずっと小さい玄関を左右に引き裂くように、大男が顔を覗かせた。ゆっくりと身体を起こし、建物を瓦解させながら傭兵達を見下ろす大男。丸太のような右腕には、重厚なマチェットが、鈍い輝きを洩らしている。
「出たな、能無しキメラ! こんな場所で、退屈していたことだろう! 我々が遊んでやるぞ!!」
威勢良く吼えるルーガ。内心ちょっと、キメラが予想の斜め上をいくスピードで出現して吃驚していたりもするのだが、そこは気丈に振り払い、足元へとランタンを蹴り転がし、刀を抜いた。
ぐちゃりと、巨大な足跡がぬかるんだ地面に形を作る。みすぼらしい麻袋を頭から被った巨漢のキメラは、上半身は裸で薄汚れていたが、下半身をみっちりと覆う重厚の鎧。一見、ちぐはぐな格好に見える。
(格好からして、各種蹴り技を駆使して来るのでしょうか‥‥)
空はじりっ‥‥と、間合いを取り、動きを封じるべく呪歌を発動した。大男の動きが鈍った直後、まず、永樹が動く。狙いは防具の無い上半身、それにあの重々しい鉈を持つ腕だ。
「胴体が‥‥お留守だぜ!」
猩々のような赤い髪を靡かせ、赤紅の穂を深く、突き刺した。ぐにゅっ‥‥と、気持ちの悪い感触が柄を通して持ち手に伝わり、永樹は眉を顰める。キメラの胴に刺した槍の切っ先が、磁石に引き寄せられるようにジリジリと、奥へ奥へと引き込まれた。
「こ、こいつ!」
刺さったまま抜けなくなった槍の柄を2〜3度引っ張り、ハッとしたように永樹が顔を上げた。目線があった位置を水平に抜けていく、重く黒い光。
槍を手放し、転がる永樹を飛び越え、空が躍り出る。左右に握られた直刀を振るい、呪歌によって、動きの鈍った鎖骨と頭部に向けて斬撃を繰り出した。重く守られた大男の足が、深く沈む。
(蹴り‥‥?)
跳ね除ける為の蹴撃‥‥と読んで、一旦素早く間合いを取ろうと飛び退くが、予想に反し、下半身を捻転させた大男は、勢いよくマチェットを持つ手を振り抜いてきた。不意をつかれ、体勢を崩す空。
「!?」
「やらせはせんよ、そんな汚らしい刃にはな!」
全員近接攻撃に回った為、結果的に飛び込むタイミングを計り、その一挙一動を観察していたルーガは、ゴムのように細く長く急激に伸びた大男の腕を見切り、突き上げるように刃を振るい、切断した。
「はん、乱暴なだけの男は敬遠されるぞ!」
『ギギィィイ!!』
腕の切断部から緑色の血を噴き、キメラは劈くような金切り声を張り上げた。鼓膜を破らんばかりの爆音に、全員が反射的に耳を塞いで口から音を抜き、空の呪歌も中断する。
「っつ‥‥っせぇなぁ!!」
今の攻撃で外れたのか、足元へと転がった槍を飛びつくように拾い、遠心力をつけ、払い撃つように攻撃を繰り出す永樹。相変わらずの手応えの浅さだが、今度は深く入れず、一度振り戻し、連続して攻撃を繰り出した。柔らかい胴部が、震えながら波打ち、衝撃が拡散していく。
「真っ二つにする! 脳漿をブチ撒いて逝くがいい!!」
永樹の連打に足を止めたキメラへ、高く跳ね飛んだルーガが、紅蓮衝撃と強刃を上乗せした一撃を、脳天へと振り下ろした。が、紅き軌道は僅かに頭部を反れ、肩から腹部までへを深く切り裂き、止まる。ギロリと見下ろす赤い目と、ルーガは視線を交わしたが、彼女の目に焦りの色はない。
「‥‥これで、仕舞いです」
横一線に剣線が煌き、刎ね飛ぶキメラの頭。
衝撃で麻袋が脱げ、露になる頭部。それを一番最初に見ることになった空は、流石に顔色を変えることになった。
●その正体
何度となくキメラと遭遇しながらも、一般人の稲玉が無事に過ごしてこられたのは、勿論、運と友に恵まれたというのもあるが、ULT職員として、数多のキメラ資料に目を通し、身につけた知識と経験、そして、非力ゆえに備わった、サバイバル能力に由るところが大きい。
もっとも、それを知らない人間であれば、当然の如く彼女の安否を優先して考えるのが普通だ。稲玉の名を呼んで探す、フールのように。しかし帰ってくるのは雨音だけで、何の反応も無い。‥‥今は無理して探さず、キメラの討伐を優先した方が良さそうだ。
「祈宮さん、どう?」
レインコートのフードを片手で持ち上げ、百合歌は訊ねた。
沙紅良は苦笑いして、百合歌と視線を交わす。バイブレーションセンサーを発動させた沙紅良にでさえ、稲玉の居場所が察知できないのだから、キメラから身を隠すことに関しては、ずば抜けた能力の持ち主かもしれない。
「茉苗さんの位置が分かりませんけれど‥‥上手く隠れられている証拠ですわね。このまま静かに潜んで頂き、その間にキメラを倒してしまいましょう」
今にも雷鳴も轟かせそうな黒く厚い雨雲が、時折叩き付けるような豪雨を降らせ、周囲から視界と音を奪っていく。沙紅良のバイブレーションセンサーが頼りだ。キメラはまだ、こちらに気付いていないのか動いておらず、察知できない。ならばと、百合歌はブブゼラを取り出した。
「ファンファーレといきますか!」
雨は依然として強く降ってはいるが、身に付けた雨具が気持ちを雨の中へと動かした。建物の影を警戒し、なるべく視野が広く取れる場所へと移動する。百合歌はブブゼラを唇を添え、『ブァァーーーーー』と、高らかに鳴らした。
サァァァ――‥‥。
鳴らして暫く、返ってくるのは雨音だけ。沙紅良が、3度目のセンサーを発動させた。雨による振動‥‥その中から、集中して敵の位置を読み取るように。
「‥‥。見つけました。右側の雑木林から来ます」
「我らが神セベクよ 私に加護を与えたもう」
沙紅良の声に反応して、フールが覚醒した。白炎が全身を覆う。
百合歌が散弾銃を、沙紅良が機械杖を構え、斧を構えるフールを先頭に、キメラを待ち構える。
『グォォォォオオオ!!』
雄叫びが天へと響き、草木を押し潰して巨体のキメラが飛び出してきた。ダンプカーの如くの質量を、まず百合歌の散弾が頭を弾き、挫く。動きを緩めたところに、沙紅良の練成弱体がかかり、この間にフールが一気に間合いを詰め、スキルで強化した斧を振り上げた。――この大きさ、モデルは下位巨人族か?――と呟きながら太腿へと振り下ろす斧は、鈍い金属音を弾き出しながら、地面へと沈む。
浅い――が、手応えはあった。感じて見上げたフールの眼に、麻袋が破けて吹き飛び、その下のものが目に飛び込んだ。
「‥‥まさか」
意外な麻袋の中身に、フールは一瞬動く事を忘れた。動きを鈍らせたフールへ、今度はキメラの重い一撃が振り下ろされる。
「――神掃へに掃へ給ひて」
沙紅良は呪歌を発動させ、百合歌のショットガンが火を噴く。弾かれたようにフールは飛び退き、目標を見失った鉈が、宙を裂いた。
ピカッ!
雷光が、大男の頭部を照らす。――頭。いや、頭のようなものが、そこにはあった。つるりと楕円形の部位に、ルビーのような赤い玉が、鋭い光を放っている。
昆虫の中には、偽の頭部を持たせ、捕食者からの攻撃を逸らすものがいる。また、イカの頭は足の前にあり、眼の上にあるのは胴体だという。自然界にでさえ、特異な身体の構造を持つ生物は多い。まして、合成して作るキメラならば、人の眼を欺く形状に仕上げるのも容易というものか。
これ見よがしな格好だとは思ったが、まさか、偽頭だとは。
「となれば、狙うのは‥‥下半身!」
百合歌は銃口を鎧に守られた下半身へと向けた。防具は弱点を覆うためにある。露骨な姿だとは思っていたが、そういうカラクリか。
『グオォォォ!!』
大きく踏み込み、地面を穿ちながらキメラは鉈を振り上げたが、呪歌で動きを鈍らせたキメラの動きは、雨の中であってもかわすのは容易なことだった。フールが横に反れながら、関節の隙間を縫って斧を振り抜いた。
「タフな感じですが、そう緩慢だと意味が無いですね」
ガクッと崩れたキメラへ沙紅良の放った電磁波が降り注ぎ、柔らかそうだったキメラの上半身が、ギュウッと硬直する。そこへ至近距離から散弾を撃ち込んだ百合歌が、更に一歩踏み込んで、装甲の隙間へ直刀を深く、突き刺した。
●ツバクラメ
「稲玉さんも、無事でよかったですね」
燕の巣を、元あった場所に戻す稲玉へ、フールが声を掛けた。沙紅良や百合歌が気を回し、建物から離れて戦った事で、彼らが世代を越えて残してきた場所は守られた。
「しかし、まさか古井戸から出てくるとは、思わなんだ」
「ええ、あれには、驚きましたね‥‥」
遠い眼をしたルーガに、空が頷く。
「何にせよ、無事で何よりだ、稲玉殿」
と、爽やかな表情のルーガが、まさか30歳前後の婚き遅れシンパシーを稲玉に抱き、同志だと勝手に思っていることなど露とも知らず、稲玉は「ありがとう」と礼を述べた。
「燕を追って、なんて、茉苗さんらしいですわね。でも、無茶は程々になさって下さいませ。‥‥止めても無駄だと思います故、するなとは申しませんけれど」
「‥‥いや、私だって好んで無茶したいわけじゃないけど」
と、稲玉は沙紅良に返した。仕事の関係もあるが、バグア襲来以前からのトラブル遭遇率を誇る彼女なので、たとえどんな仕事に就いていたとしても、状況は変わっていなかったかもしれない。逆に、この仕事についているからこそ、彼らの恩恵を受けられ、生き延びてきたのではなかろうか。
「‥‥茉苗さんの無線機、壊れてしまいましたわね」
「まぁ古かったし、今度は防水のものを買うわ。‥‥はぁ、また出費が。経費で落ちるかな、コレ」
ガックリと肩を落とした稲玉に、不幸オーラをキャッチしたルーガが元気付けるように肩を叩く。
「やっぱ、いいもんだよなぁ、ツバメの巣って‥‥‥‥食べられるし」
その横でボーっと燕の巣を眺めていた永樹がボソリと呟き、ルーガと稲玉が同時に振り向いた。
「えっ?」
「えっ?」
「‥‥よろこびの美鳥、ね」
百合歌の言葉に、一同は空を見上げる。天空へと舞う、親燕の姿。雲の合間から射す光が、小さな影を浮かび上がらせている。さっきまでの豪雨は嘘のように上がり、しっとりと濡れた森と、滴り落ちる葉露。
燕は外敵から身を守る為に、人間が住む場所に営巣するという。ここに住んでいた人間も、きっと、来年の今頃には戻ってくるだろう。
「細き身を、子に寄添る燕かな――ですわね」
じっとりと生温く吹く風に、沙紅良は眼を細めながら呟いた。