タイトル:走れ! 走れ! 走れ!マスター:愉縁

シナリオ形態: ショート
難易度: やや難
参加人数: 6 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2012/06/21 05:35

●オープニング本文


 ドンッ!!

 ペーデルが屋上へと続く扉を蹴り開け、乾いた音が、突き抜けるように晴れ渡った空に響き渡った。彼女の死角を、ディルクがピープサイト越しにチェックする。僅かに1秒、時間を置き、ディルクが頷いたのを確認して、ペーデルは階段下の傭兵達に手を招いて合図した。

「想定時刻より遅れている! 急げ!」

 ライフルを構えながら、先行して周囲を索敵するディルク。続いて傭兵達が表に出て、その傭兵達に守られるように、薄汚れた手術着のようなものを着た子供達が、陽光に照らされた。久々に感じる外の空気に、もう随分長いこと外に出されていなかった少年少女達は、虚ろな眼差しから一転、精気の光を瞳に取り戻し、その様子を見た傭兵達は、安堵の表情を浮かべる。
 屋上から見えるのは、石造りの古い町並み。乾いた匂いが漂い、淀んだ空気が周囲に満ちている。人の気配は全くしない。‥‥それもそのはず。この町はもう暫く、人が住んでいない、捨てられた町なのだ。

 そんなゴーストタウンに、バグアの実験研究施設があると知らされたのは、つい先刻。戦線の後退により、放棄されたこの施設に、監禁された子供達が残されているとの報告を受け、UPC軍大尉、スヴェア・ペーデルの小隊が召集され、傭兵と共に救出作戦が敢行された。
 救い出せたのは双子の男の子と双子の女の子、計4名。衰弱しているが、命に別状は無く、自力で歩く事もできる。施設内にはキメラが数体居たくらいで、ここまでは特に問題は無かった。後は迎えのヘリを待つだけ‥‥なのだが。

「頭を下げろ、軍曹!」
「うわっぷ!?」

 タックル同然に押し倒されたディルクの頬を、チュインという高い音がかすり、その側の地面に、直径5cm程の穴が開く。直ぐに扉の影に子供達を押し隠し、屋上を見下ろす隣の建物の窓へ、ペーデルはすぐさま撃ち返した。影が反り返り、後方に鮮血の華が咲く。続けて、カキンッという、甲高い音が響いた。ライフルの槓桿を起こして空の薬莢を飛ばし、流れる動作でボルトを押し戻して、新たな弾を薬室へと送る。
「‥‥道理で手薄だと思ったよ。こいつは、罠だな」
 じりじりと、周辺に殺気が満ちてくるのを肌で感じ、自然と傭兵達も円陣で周囲を警戒し始めた。遠距離からの脅威もさることながら、狼のような息遣いも感じる。

 ‥‥囲まれたか。

 その意識が全員を巡った瞬間、上空からバラバラバラと、空気を叩くような風切り音が降りてきた。ヘリのドアーがスライドして開き、無骨なガトリング砲が頭を突き出した。銃口がチュィーンという歯医者のドリルのような高い音を立てて回り始める。

 ドルルルルルルルル!!

 銃弾の雨が、建物を貫通していく。サングラスをかけた砲手が、高らかに哂った。ペーデル隊に所属する、ドラード少尉だ。
『フゥーハッハー!! 穴開きチーズになりやがれェ!!』
「ご機嫌ですねェ! 少尉!」
 無線機から飛び込んできたラテン系の陽気な男の声に、ディルクが言った。
『ハッ、掛け金残されたまま、死なれちゃ困るからな! これも貸しにしておくぜ、ガニーボーイ! 後で一杯奢れよ!』
「ああ、それならいい店を見つけたんですよ! ウェイトレスが可愛くて――‥‥」

 ドウンッ!

 言い終わるより早く、ヘリの側面がぐにゃんとたゆみ、何かの塊が明後日の方向へ放物線を描いて落ちていった。一気にバランスを失ったヘリは、煙を吹きつつ、くるくると回りながら大通りに落ちていき、傾いた回転翼が建物の壁を裂きながら捻じ曲がり、瞬く間に吹き飛んだ。

「ヒャア、大尉! 少尉がローストチキンになっちまったァ!!」
 両手で頭を抱え、ディルクが悲痛な叫びを発したのに対し、ペーデルは冷ややかな視線で、それを見下ろした。

「あの馬鹿。あのヘリ、いくらすると思っているんだ」
「‥‥少尉の心配は無しっすか」
「馬鹿の補充はきくが、装備の補充はきかないからな」
「大尉が言うと、冗談に聞こえませんよ」
「私が冗談を言うと思うか?」
「‥‥え?」

 数秒の沈黙。

「馬鹿、冗談だ。‥‥音が近い。どこからの砲撃だ、軍曹」
「9時方向。屋上にレックスキャノン」
「‥‥そいつはおっかない。チビりそうだ」

 屋上の縁に身を隠し、周囲を見回す。先程落ちたヘリは、燃料に引火したのか、更に大きな音を立てて爆散した。
「――で、どうします? 大尉」
「徐々に包囲されつつあるな。鼻と耳が良い奴と、目が良いのがいる。考えている時間も、応援を待っている余裕もない」
「俺達だけなら余裕ですが、子供達は‥‥」
「ああ、わかっている」

 ペーデルは目を瞑り、天を仰いだ。

「大きな通りを避けながら、市街地を東に抜ける。子供達は、担いだ方が早い」
「下水は?」
「地理に明るくない人間が、地図も無く最短ルートを行けるなら、苦労はせん。敵の配置もわからないし、そもそも道が塞がれている可能性もある。偵察が出せる時間も無い。NGだ」
「ドラード少尉は?」
「パイロット共々、脱出を確認している。自力でなんとかするだろう」

 そこまで言って、ペーデルは視線を傭兵達へ向ける。その背後に身を隠す子供達。‥‥状況はやや厳しいが、やるしかない。
 ペーデルは深く息を吐くと、ゆっくりと身を起こした。

●参加者一覧

旭(ga6764
26歳・♂・AA
遠倉 雨音(gb0338
24歳・♀・JG
御沙霧 茉静(gb4448
19歳・♀・FC
宵藍(gb4961
16歳・♂・AA
那月 ケイ(gc4469
24歳・♂・GD
エリーゼ・アレクシア(gc8446
14歳・♀・PN

●リプレイ本文


●守るべきもの

 給水塔に背を合わせてボルトアクションライフルを胸に抱き、静かに顔を覗かせるペーデル。レックスキャノンの砲撃は止み、狙撃兵の気配も周囲から消えた。しかし、こうして遠方の敵に対応している間に、機動力に優れるキメラが迫ってくる。のんびりと安全確認をしながら進んでいれば、いずれ詰むだろう。

 遠倉 雨音(gb0338)が屋上のドアノブに手を掛け、ライフルを構えたディルクが、その反対側へと身を寄せた。雨音はそれを確認して、勢いよくドアを開く。薄暗い階段通路をガンライトで上下左右を照らし、ディルクの死角を、続けて滑り込んだ雨音がフォローした。
「――クリア」

 静かに呟いた雨音に頷き、ペーデルは視線を後方に向けたまま手を前に二回振った。
「準備はいいな? 私達が併走しながら君達をフォローする。足を止めるな、とにかく走れ!」
 ペーデルの言葉に、自分の上着を挟み、クッションにして、その上から女児を紐で背中にしっかりと固定したエリーゼ・アレクシア(gc8446)、片方の肩に1人ずつ、そして、腰を力強く抱くように、男児を担いだ宵藍(gb4961)、少女の腕を首に回させ、左手で厚く抱きしめる御沙霧 茉静(gb4448)の3人が頷いた。

 先頭に立つ旭(ga6764)と、続く那月 ケイ(gc4469)が中に入って、子供達を抱く宵藍がその扉を潜ろうとした瞬間、子供達は『ビクリ』と身体を大きく震わせ、宵藍は男児の1人を落としそうになった。
「ちょ‥‥暴れるなっ、しっかり掴まってろ‥‥って」
 装備重量いっぱいに子供を担いだせいもあって、こう激しく動かれると、下手に動く事ができない。身体は弱っているはずなのに、こんな体力がどこに‥‥という程、強い力が加わった。見れば女児達も、エリーゼと茉静から――いや、『施設』から逃れようと、必死にもがいている。
 限界に達している彼らの体力を搾り出させる程のトラウマが、この中にはあったのだろうか。

(一体、子供達にどんな酷いことを‥‥!)

 エリーゼが心の中で叫ぶ。衰弱している彼らを、早く医者に診せなくてはいけないというのに‥‥。1人ずつしっかりと保持しているエリーゼと茉静はともかく、持てる重量いっぱいの宵藍は、このままでは移動ができない。かといって、能力者の力で無理に押さえ込めば、内蔵も骨も破壊してしまう。

「僕らが何とかする、絶対に。だから、そんなに怖がらないで」
 全身鎧姿の旭がにゅいっと顔を覗かせるが、逆効果だったようで、子供達は一層激しく抵抗した。その姿を後ろから見るケイが掛ける言葉を見失い、詰まらせる。
 この場の全員が、子供達を『絶対に守る』と、心に誓っていた。

(――‥‥守る)

 しかし、能力者達の言う、『守る』とは、あくまでも物理的な脅威からという意味合いでしかない。彼らの運ぶのは、『モノ』ではなく、様々な感情を持つ、『人間』。幼き子供。身なりを見れば、どんな扱いを受けてきたのかも容易に想像できて、そこから解放された時の感情の変化も見ていた。

 ガン、ガン、ガン!

 階段の下から、不気味な音が反響してくる。一分一秒を争うこんな場面で、彼らを言葉で諭している時間は、もう無い。

「‥‥」
 雨音が反転し、非常階段へ向けて駆け出した。壁沿いを滑るように屈みながら走り、飛び込む。察したようにディルクと、ペーデルも動き、それぞれが死角を補って進路を確保した。視界も広く、狙撃手からも見え易いが、逆に狙撃手を発見し易い。
 若干のタイムロスのせいで危険は増していたが、他にもう、選択肢がない。

 重々しい音を立て、旭が走る。赤錆びた鉄製の階段が、彼の加重に悲鳴を上げた。物々しく身につけた武装は、足枷にもなる。ひとつ、カッコいいとこ見せて挽回しないと――そう思う彼の思考とは裏腹に、足の重い彼が前衛の先行担当では、どうしても受身になりがちで、後方に続く者達の足も遅くした。

 この移動が『遅くなる事』で最大に力を発揮し、そして補ったのは、雨音の銃と、ケイの盾。

『――スナイパー。右側の建物、3階窓。通り道だ、片付けろ』

 雨音の無線にペーデルからの指示が飛び、反射的に跳ね上げた腕が、視界が動くより先に、狙撃キメラを捉えた。青銅色の拳銃から放たれた弾丸がキメラの頭部を跳ね飛ばし、突き抜けていく。

『流石だ』

 ペーデルの指がサッサッと素早く動き、何かを読み取ったディルクが動く。射程と精度の上ではペーデルが最も長く、火力と射角はディルクと雨音が優れ、バランス良く機能している。更にケイが盾を構えて直接防御に回り、鉄壁の布陣。
「大丈夫だって! 俺達が、絶対に守るからさ!」
 背中で語るケイの力強い言葉に、自信を失いかけていた『守る』という言葉が、再び傭兵達の心を走り始める。

(そう、今回の任務は子供達の救助‥‥。子供達こそ未来の希望、この身に代えても必ず守る‥‥!)

 身を低く、自分の身体を盾にするように、少女を抱え込む茉静。腕の中で跳ねるような息が、熱く、胸を奮わせる。‥‥怯えているのだろうか。自分達ならば、目を瞑ってでも突破できる道でも、彼らにとっては綱渡りも同然で、しかもその綱は自分が想像するよりも、ずっと脆い。
「大丈夫、貴女達は私達が必ず守るから‥‥。もう、辛い思いはしなくていいの‥‥」
 持ち直し、実の子を抱くように、優しく、力強く、茉静は言う。少女は一度顔を上げ、複雑そうな表情を浮かべながらも、小さく頷いて、茉静の胸に顔を埋めるように深く彼女に抱きついた。

 茉静の少し後ろを、子供二人を抱える宵藍と、エリーゼが行く。
「大丈夫ですか、宵藍さん。少し、手伝いましょうか?」
 ずり落ちそうな子供達を抱える宵藍へ、エリーゼが声を掛けた。二人抱えている分、気配りは半分ずつで、子供達が苦しそうに呻きを洩らす度に手の力が緩み、落としそうになってしまう。‥‥もう少し、装備に余裕があれば‥‥と、今更後悔しても遅い。
「あの時の瞳を見たら、絶対に助けるって気になるさ。大丈夫、問題な――」
 言葉を遮り、ぞんざいに横道を塞いでいた木製のバリケードを突き破り、二匹の狼が飛び出してきた。咄嗟に回転舞を発動させ、舞うようにくるくると、綺麗な軌道を描きながら、狼の不意の一撃をすり抜けるエリーゼ。急激に発生した遠心力に、少女の身体が持っていかれたが、縛り付けられた紐と、その下に敷いたクッションが幾許か衝撃を和らげ、振り飛びそうになるのを防いだ。‥‥が、下手に動くと、鞭打ちになりかねない、危険な行動であると察し、エリーゼは直ぐに、動きをセーブし、修正を加えた。

「こっちだ!」
 直ぐさま奇襲を察知したケイが仁王咆哮で狼の気を引き、その隙に子供を足元に下ろした宵藍が、蹄型の脚甲で、二匹の狼の腹と首をそれぞれ交互に蹴って、宙に浮かせた狼へと、壁を三角跳びに蹴った。
 子供から離れ、迎撃に動いた宵藍をフォローして、エリーゼが子供達に視線を合わせ、優しく頭を撫でる。
「怖がらなくていいよ。お姉ちゃん達強いんだからっ」

 子供達の視線がエリーゼに移った瞬間、宵藍から繰り出された痛烈な蹴りは狼達の胴部を捉え、風化し脆くなった壁を突き破りながら、1ブロック先の通りへと、吹き飛ばした。


●走れ!

 土煙が舞う、石造りの街。ここは‥‥バグアの襲来以前は、貧しくも大勢の人が住まう街であった。しかし今は、この街で活動するものは、彼らしかいない。

(窮地に一生を、と思ったら、またしても窮地。そう簡単には逃してはもらえませんね)

 今にも崩れそうな壁を背に、そっと、先を見通す雨音。僅かな照り返しの光を見つけ、双眼鏡を覗き込む。大通りの向こう側に、狙撃兵が潜んでいる。雨音は、気持ちを落ち着けるように、小さく息を吐き出した。

(折角助け出したのに、罠に嵌って助けられませんでした、では話にもなりません。‥‥状況は厳しいですが、何とか切り抜けなければ)

「大尉、大通りを挟んだ向かい側にスナイパーがいます。酒場の二階と、劇場の屋上」
『こちらでも確認した‥‥が、距離がある。射程に入れば、レックスキャノンに見つかるな』
「とはいえ‥‥」
 大通りの向かい側、見通しのいい一本道。ここを通らないとなると、相当な遠回りをすることになる。ケイの仁王咆哮で誘き寄せようにも、射程が足りない。

「僕が囮になろう」
 重装甲に覆われた旭が、一歩前に出て、そう言った。相変わらず子供達には警戒されている様子だったが、ここで男を見せておかなくて、何の為の鎧か。
「僕だって、伊達や酔狂で、鎧を着ているわけじゃないんだから」
 グッと親指を立てた旭に対し、全員『え?』という表情。旭は苦笑いを浮かべたが、表情は誰にも分からなかった。

「‥‥わかった。そっちは任せますよ、旭サン」
 他に囮ができそうなのはガーディアンのケイだけだが、彼は磐石の守り。狼の警戒と、いざという時のボディガードのスキルを持つ彼が、子供達の側にいる方が良い。皆顔を合わせ、頷いた。
 旭が前に立ち、その前にケイ、続けて子供を抱える3人。最後尾に雨音が付く。見通しの良いベランダから、気配を消しながら、タイミングを計るペーデル。

『待て、まだ早い。‥‥まだだ、まだ耐えろ。‥‥‥‥GO!!』

 合図と同時に、旭が飛び出す。精確に放たれた弾丸が、旭の頭部を弾き、もう一つの弾丸が膝を叩いた。歪み、跳ね返る二つの鉛球。伝わる衝撃が脳に伝わり、続けて打ち込まれた弾丸は、旭の膝を僅かに沈ませる。
「ぐっ‥‥!」
 ダメージは無いが、分厚い装甲越しに伝わる衝撃が、僅かな時間、彼から自由を奪った。

『走れ! 走れ! 走れ!』

 ペーデルの声が無線から飛ぶ。旭が盾となって塞がる側面をケイが走り、その影になるように、茉静達が駆けていく。二射目の弾丸が、旭の肩を弾き、胸部を狙った弾は、無意識で振り上げた大剣が阻んだ。

(弾道が少しずつ、横へと動いていっている‥‥!)

 半歩ほど横へと身体を動かす旭の脇を弾丸が掠り、すり抜けた。ほんの僅かに、動けない。足りない。

「‥‥絶対に守るって、言った、だろ?」
 身を挺して、塞がるケイ。旭に掠って、威力が落ちていたものの、重く、軽口を叩けるような半端な痛さではなかったが、子供を前にして、泣き言は言えない。

 タタタタタタタ!!

 甲高い連射音が、鳴り響く。狙撃兵の射角の影に入る狭い道の先、矢のように飛び出てきた狼へ、雨音のSMGが鉛球の豪雨を降らせる。そして、弾道を縫うように繰り出した茉静のエアスマッシュが、先頭をいく狼の足を挫いて転ばし、後ろの狼を巻き込んだ。その上を飛び越え、すり抜けていく。
 続く宵藍が、転倒している狼の頭を踏んで、跳んだ。倒しておいて損は無いが、あまりに強い攻撃を繰り出して、両肩に担いだ子供に影響が無いわけがない。子供達が身を固くしているように感じて、宵藍は「大丈夫。あと少しだぞ、頑張れ」と、小さく声をかけた。

(もう少し身体が大きければ、楽に運べたんだろうか‥‥)

 男性にしてはやや小柄の宵藍。二人の子供を担ぐには、若干体格が足りていないのも、無理を出来ない要因であった。だが、そんな弱音は口にしない。子供達を安心させるというのもあるが、半ば、意地のようなものがあったから、かもしれない。
「しっかり引っ付いててね、離れちゃだめだよ」
 宵藍に付かず離れず併走するエリーゼが、背中の少女に優しく告げると、彼女を掴む細い腕が、きゅうっとしがみ付いてきた。その温もりが、彼女に力を与える。正面の倒れた狼とは別に、民家の二階、雨戸を突き破って飛び降りてきた狼へ、エリーゼは瞬時に反応し、手にした短剣で牙を受け流し、振り飛ばすように、狼を壁に叩き付けた。

「旭さん」
 雨音が落とした空のマガジンが地面に跳ねる。味方が全員突破したことを確認して、旭と雨音は、小道へ飛び込んだ。雨音がリロードしたSMGの弾丸を倒れた狼に撃ち込み、その反対側の狼を、旭が建物ごと切り裂いた。‥‥子供に見せたら、ショックを与えていたかもしれない、驚異的な破壊力だ。
 崩れ落ちる建物の土埃が、視界を覆う。後ろから追ってくる敵への、目晦ましになるだろう。

 ケイ達を追って雨音が走り、それに続くように、旭も走った。


●任務完了

 レックスキャノンの射程外へと離脱し、一同は回収ポイントで待機していたジープに飛び乗った。過ぎ行く街の景観へと銃を構える雨音。‥‥どうやら、追跡の気配は無い。
 一番の懸念材料であったレックスキャノンだが、相手のレンチ外からの射程を持つレックスが、わざわざ相手の射程に飛び込む必要も無く、仮に近付いて攻撃に向かっても、楽々距離を取られ、詰んでいただろう。この場合、どんな高い火力も鉄壁の防御力も、意味を成さないからだ。

「‥‥すぅ‥‥」

 双子の子供達は、疲労が一気に噴出したのか、車に乗るや否や、すぐさま眠りについてしまった。茉静が状態を調べ、持っていた救急セットで手当てを行う。幸いな事に、外傷は少ない。切り傷への消毒と、絆創膏くらいで済みそうだ。
「良く頑張ったわね‥‥。もう、貴女達を怖い目に合わせる人はいないから‥‥」
 呟き、膝の上で眠る双子の姉妹の髪を、茉静は優しく梳いた。飲み物は‥‥目を覚ましてからでもいいだろう。

「いっ、てててて‥‥」
 ケイが血の滲むジャケットを捲り、その下を確認する。彼は軽く鳥肌が立ちそうな絵面を想像していたが、思ったよりは傷は浅かったようだ。
「子供達を不安にさせないように、やせ我慢していたね、那月さん」
「あ。バレた?」
「そりゃあね」
 旭がケイに練成治療を施し、傷を塞ぐ。
「望まない戦闘に巻き込まれた彼らに、これ以上血生臭いものは見せたくないからさ」
 出来る事なら、今日の事もバグアに監禁されていた事も忘れて、戦いなんて関係ない場所で、笑って暮らして欲しい。そう、心から願う‥‥と、ケイは少し寂しそうに笑顔を浮かべた。
「‥‥私も、彼らが普通の生活を送れるよう、尽力しよう」
 助手席のペーデルが、バックミラー越しに、言う。ケイも分かっていた。彼らにはこの後、然るべき場所での検査が待っているし、待つ家族はもう、いないかもしれない。

 エリーゼの膝の上では、男の子の双子が顔をつき合わせるように眠っている。血色は良い。彼らを見下ろす少女もまた、揺れる車のリズムと、緊張の糸が切れたせいか、コクリ、コクリと船を漕ぎ、それを見かねた宵藍は笑い、「見ているから、寝ていいよ」と声を掛けた。

 傾く日差しが、遠くに翳む赤丹色の街を照らしている。またあの街に、人が戻ってくる日が、遅からず、訪れるだろう。

 ――バグアに勝ったその先の未来。ただ敵を倒すだけじゃなく、子供達へと託し、紡ぐ希望を、これから育てていかなければならない。


 その思いを胸に、傭兵達は基地へと帰還した。