タイトル:まんじゅうこわいマスター:愉縁

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 6 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2012/05/11 08:20

●オープニング本文




「わらしべ君、ちょっといいかな」

 もうすっかり春らしい陽気に包まれ、ぽかぽかとした日差しが窓から差し込む、ULTオフィスの一角。禿げ頭にちょこんと薄毛が乗った、恰幅のいい中年の男が、珈琲メーカーから珈琲を注いでいた若い男に声を掛けた。
 午前の仕事を今し方終え、これから少し遅めのランチを取りに行こうかと思った矢先のこと。ああ、面倒臭い人に捕まったなぁ‥‥と、内心思いながらも、しかし直属の上司を無視するわけにもいかず、深く溜息をつきながら、声を掛けてきた中年に、男は振り向いた。
「‥‥渡辺です、課長」
 いい加減名前覚えてくれないかなァ。‥‥と、いつも思うのだが、何気に未だに重複した呼び間違えがないところをみると、高確率でわざとのような気もする。
「それはすまない。噛んだんだよ」
「‥‥どう噛んだら、渡辺がわらしべになるんですか」
「でだね、ワララメ君」
「それっぽい噛み方ですけど、色んな意味で危険なのでやめてください。‥‥で、なんですか、課長」
 貴方のいつものボケに付き合っている暇は無いんですよ、僕、ランチ今からなんですよ、早く行かないと、ラーメン屋閉まっちゃうんですよくらいの念は送っては見るものの、空気が読めないことで有名なこの男に通じるわけは無く、オッサンはギィと軋む椅子に背を傾け、重くゆっくりと息を吐き出した。
「うむ。‥‥以前、『美味しそうでも、キメラは食べるなよ! 絶対だぞ!』と注意したにも関わらず、結局食べられてしまったことがあったろう?」
「ああ、あれは完全にフリでしたよね」

 以前この課長は、食べられそうなキメラを、問答無用で食べてしまう傭兵達を危惧し、注意を促す意味で、美味しそうなキメラが出てくる依頼に、『食べるな』と注意書きをつけるようにと命じたのだが、結果は火を見るより明らかで、むしろ、食べる気満々の傭兵が雪崩れ込んでくる始末であった。

 何度も言う。キメラは兵器である。食べ物ではない。
 バグアとて、人類の食卓を豊かにするつもりで、キメラを作っているわけではないのだ。美味しく作ったからには、きっと意味がある。体内に取り込ませることで、身体の中から侵食していくという罠かもしれない。だから、食べるなよ! と、注意をしたのだが‥‥。

「ならば今度は逆に、絶対に食べろ! 絶対だぞ! ‥‥と、付けてみるのは、どうかね?」
「絶対に食べると思います」
 ドヤァという風な表情の中年に対し、クールというか、感情の篭らない冷めた目の男。ちょっとイラッとした風でもある。
「食べるなと言って食べたんだから、食べろと言われれば食べない! たーべーなーいー!」
 即答した男に不満そうに口を窄め、子供のようにデスクをバンバン叩き始めたオッサン。
「‥‥なんで逆切れしてんスか」
 男は面倒臭そうに溜息をつき、珈琲を啜った。彼は煙草を吸わない。覚醒作用のあるカフェインは、男のリラックスに必要不可欠であったが、なんで課長のデスクの前にあるのか。どうも、意見書を提出しないといけないようだ。

「はらわた君!」
「人を内臓みたいに呼ばないでください。ていうか、ああもう、近い近い、顔近いですよ」
 ずずいと何時の間にかにじり寄っていたのか、中年オヤジのポヨンとした腹の感触が腰に触れ、男は顔を顰めた。と、そのタイミングで、ガチャリと開く、オフィスの扉。

「課長、この収支報告sy‥‥」

 昼休み。人気の引いたオフィス。中年のオッサンと、その部下の男が身を寄せ合っている。
 扉を開けた女性――ULT職員の稲玉茉苗は、こんなとき、どんな顔をしていいか、わからなかった。‥‥笑えばいいのか? いや、もし、彼らが、彼女の想像通りの関係だったら、それは失礼ではないか。

 稲玉は結論に達した。

「失礼しました。後でまた来ます」

 ――‥‥見なかったことにしよう。

「あ、いえ、ちょ、ちょぉぉ、誤解っ、誤解だぁ、稲玉さぁん!!」
 あぁぁー! と、手を伸ばしたが、無常にも閉じられる扉。ちなみに防音対策がバッチリ施されている。男の声は、届かない。男は地面に手をついて項垂れた。

「まぁなんだね。元気を出したまえ」
 ぽんぽんと、優しく肩を叩く自分の上司を、殴れるものなら2発殴りたいと、渡辺は思った。


 *


「温泉街にキメラですか?」
 今日も元気な半ズボン、金髪碧眼の美少年オズワルド・ウェッバーは、稲玉から渡された資料に視線を落とした。稲玉は椅子の背もたれに肘を掛けて寄り掛かりながら、言葉を続ける。
「そんなに凶悪なキメラでもなくて、怪我人はいまのところ出ていないようだけど、このままじゃ営業に差し障るし、早く退治して欲しいんだって」

 ペラペラと資料を捲るオズワルドの手が、ピタリと止まった。

「‥‥なんですか、コレ」
「そうね。私も聞きたいわ」

 キメラは、地球上における伝説の怪物、空想上の存在をモチーフにしたものが多い。一説には、人が持つ潜在的な恐怖を利用して、作られているといわれている。

 が。

「‥‥おまんじゅう?」
 かくーんと、首をもたげたオズワルドが見詰める資料の一枚、写し出されたキメラの容姿は、直径1mくらいの温泉饅頭から、手足が生えた、珍妙な物体だった。二枚目の写真には、珍妙なおまんじゅうが、縦横無尽に温泉街を駆け回り、御土産屋の軒先を荒らしていく姿が映し出されている。なんとも地味な嫌がらせだ。

 いや別に、意図の読めない変なキメラなんてザラにいるし、今更のことではあるが‥‥。稲玉は偏頭痛がして、オデコに手を当てた。
「まぁとにかく、後はよろしく」
「あ、はい。わかりました」
「ああ、あと」
「はい?」
 直ぐ後ろにある自分のディスクに戻る足を止め、稲玉はくるりとオズワルドに向いた。


「課長には気をつけるのよ。オズワルド君は、特にね」


●参加者一覧

智久 百合歌(ga4980
25歳・♀・PN
最上 空(gb3976
10歳・♀・EP
皆守 京子(gc6698
28歳・♀・EP
祈宮 沙紅良(gc6714
18歳・♀・HA
リコリス・ベイヤール(gc7049
13歳・♀・GP
月隠 朔夜(gc7397
18歳・♀・AA

●リプレイ本文




 その温泉街は小さく、古びていたが、自然豊かな場所に囲まれた情緒溢れた静かな場所で。まるで昭和の時代にタイムスリップしてしまったのではないかという錯覚すらある。

「うんうん、なかなかいい所じゃないですか」
 皆守 京子(gc6698)は、古びたセルロイド製人形の、揺れる頭を軽く撫でながら、呟いた。

「温泉街のはずなのに‥‥。活気がないと、やっぱり淋しいですね〜」
 その隣で、新婚ホヤホヤ、銀の結婚指輪煌く月隠 朔夜(gc7397)が小さく頷きながら、言う。大勢の人で賑わうような場所でもなかったが、それでも普段は、地元の人の憩いの場であったり、自然を散策した人たちの休息の場であったり、湯の癒しを求めてやってくる、温泉好きの人達が居る場所に、今は傭兵が6人だけ。淋しいというより、少し、ホラーテイストな雰囲気さえ漂っている。もしかしたらここは裏の世界で、自分達は気付かぬうちに異世界に足を踏み入れてしまったのではないだろうか。

 朝から現場に入った傭兵達は、出発時に受け取った現地の地図と照らし合わせながら、路地を行く。地図で見た通り、道が狭い上に抜け道も多い。朔夜が難しい顔をして、隣を歩く智久 百合歌(ga4980)を見た。
 百合歌はその視線に気付き、「‥‥ん。そうね」と口を開いたので、てっきり、狭い道に苦労しそうとか、この辺に罠を張ったら良さそうとか、そういう言葉が出てくると思ったが、「お饅頭のキメラなんて、『食べて下さい』と言ってるようなものよね」と、割と真面目な顔をして言ったので、朔夜は「ええ、お饅頭キメラ‥‥頑張らないといけませ――‥‥えっ?」と、相槌を打ちかけて、ガッと、顔を上げた。

 ――食べ?

 いや確かに、外見は饅頭。しかし、キメラには違いない。朔夜の頭には、キメラを駆逐することしか頭になかったものだから、百合歌の言葉に、軽く動揺した。食べる食べないは別にして。
「地図には無いけど、こっち、人一人くらい通れそうですね。チェックしておきましょう」
 その脇から、皆守 京子(gc6698)が地図を覗き込み、建物と建物に開いた、僅かな隙間を指差した。百合歌は頷き、地図に新たにマークを書き足した。こういう狭い場所を通られると厄介だが、キメラも、撒くつもりで逃げるのなら、こういう見落としがちな道は、逆に挟撃したり、罠を仕掛けるには丁度良い。追い込むのにも使えるだろう。

 京子と百合歌が真面目に話し合っている。朔夜は、先程百合歌が言った言葉はきっと、聞き間違いだったんだろうと思った。
 その矢先、「しかし、美味しそうな饅頭に温泉ですか。腕が‥‥いや、お腹が鳴りますね。じゅるり」と、京子が言って、百合歌が「私は‥‥遠慮しておこうかしら。手や足がついてるんでしょう? ある意味、グロくありません?」と続けたので、また再び、朔夜は軽く衝撃を受けた。
 もしかしたら、手足がなければ、百合歌も食べるつもりだったかもしれない。少なくとも、百合歌に饅頭を食べるのを止める気は無さそうだ。

「温泉入ってお饅頭を食べると、お金が貰える仕事があると聞いて!!」
 土産物屋の塀の上、リコリス・ベイヤール(gc7049)が、脇腹に手を置き、大きくふんぞり返りながらのたまった。誰に言っているのか、何故か明後日の方向を見ている。

「リコリスさん、違いますよ」
 曲がり角、死角になって見え難い場所にロープを張り終えた祈宮 沙紅良(gc6714)が、こめかみを抑え、溜息をつきながら言う。
 朔夜が『そうそう』と言う表情で頷いたが、「温泉に入るのは、お饅頭を食べてからです」と、キリッとした顔で言ったので、直ぐに『ソウジャナイ』の表情に変わった。

「沙紅良ちゃんも、食べるの?」
「ああいえ、私は遠慮します。温泉は有難く、利用させていただきますけどね」
 ぴょんっと、塀から降りて、綺麗に着地したリコリスに、沙紅良は苦笑いを浮かべて、首を横に振る。
「手足が無ければ、考えたんですけど‥‥」
「そうだねー。ぶっちゃけ、お饅頭に手足とか気持ち悪いよねー」
 頬に手をあて、小さく溜息をついた沙紅良。リコリスは頷いた。


 ‥‥ゑ。


 問題は、絶対にそこでは無い気がする朔夜。
 いちるの望みを賭け、甘味屋の場所をチェックしていた最上 空(gb3976)に視線を向けた。空は何故かやっぱり、リコリスが見ていた方角を見やり、誰に言った風でもなく、
「はい! 空は、美味しそうなキメラに誘われて、かぶりつきに‥‥では無く! 温泉街を恐怖のどん底に叩き落とす、卑劣なキメラを倒しに来ましたよ!
 えぇ、決して、キメラを摘み食いして、無料温泉に入って、ついでに甘味屋を巡ろうとか企んでませんからね! からね!」
 と、高らかに宣言した。その目には、ほかほかに蒸しあがった饅頭しか映っていない。


「‥‥」
 朔夜はもう深く考えず、まぁでも、温泉は楽しみだなと、それだけを考える事にした。


 *


 温泉街で暮らす人々は、どうやら隣の街にまとめて避難しているらしい。森を隔てた先の街なので、追い回した結果、避難所へ出てしまう、という心配は無さそうだ。しかし、そこで一つ疑問が生まれる。
「‥‥何故キメラは、隣の街には出ないんでしょう?」
「それは勿論、温泉饅頭キメラだからです!」
 首を傾げた沙紅良に、空はさも当たり前のように、何の迷いも無く言い放った。まったく何の確証も有りはしないが、妙に説得力がある。温泉饅頭として設計されたんだから、温泉街限定で出没するのだろう


 下見を終えた傭兵達は各所に散って、キメラの出現を待つことにした。キメラが目撃されるのは、昼から夕方にかけて――と、漠然と聞いていたので、少し早目に、正午を回る前に待ち伏せる準備を終えている。

「んー‥‥早く出てきてくれないかしら。直射日光が、お肌に辛いわ」
 屋根の上に寝そべり、身を潜めながら双眼鏡で、キメラが潜むという森を観察する百合歌。少しずつ、日も高くなり、少し汗ばむ陽気に熱せられた屋根。‥‥暑いというか、熱い。上から差し込む日差しも気になるが、熱を吸収した屋根から蒸してくる熱さにも困りものだ。
 キメラが居る限り営業が出来ない温泉街の人達の為に、という気持ちも勿論有るが。しかし今は、軽い拷問みたいなこの状況から早く解放してもらいたい気持ちで、索敵していた。
 ふと、遠くで、木々が揺れた。何か、猿でも出たのかと一瞬思ったが――、どうも、違うようだ。百合歌は無線機で味方へ連絡を入れ、屋根の上を静かに渡った。

「あ、出ましたか。私も一匹見つけ――」
 京子が無線機で言い終わるより早く、自分の目の前を、大きな丸い物体がしゃばだばだーと駆け抜けていく。直径1mの温泉饅頭から手足が生えたキメラ。話で聞くより、実物は引くくらいシュールな物体で、京子は言葉を失った。そもそも、あれが走り回るって、どういうバランスで――‥‥とか、細かい事は気にしてはいけない。
「キメラに恨みはないですが、死んでもらいます」
 駆け出した京子に、向かい側の道を朔夜が併走する。単純にキメラを殲滅するだけならば、壁を抜いて弾丸を撃ち込む事もできるが、温泉街に被害を出しては元も子もない。しかも意外と素早く、射撃を確実に命中させることが難しい。被害を最小に収める以上、今は、火力よりも精度が必要だ。

 壁を蹴りながら、急なカーブを強引に曲がる饅頭。
 朔夜は、足に狙いを定めた小銃を下ろし、後に続いて角を曲がった。

「この先で追い詰めます。さあ、毟ってあげますよ」
 京子の声が、竹で組まれた塀の向こうから聞こえる。目も耳もない饅頭が、それをどうやって知覚したのかは分からないが、その気配を察知し――

「えっ!?」

 短い間隔で左右に並ぶ建物の壁を交互に蹴りながら、饅頭は『上』へ上がっていった。にゅるんと生えた手で、電柱を掴み、それを伝って2階に取り付けられた室外機を足場に、屋根へと器用に登る饅頭。

 太陽の光に目を細めながら、京子は見上げた。
「まるで、猿みたいですね‥‥。ですが」
 少し想定外ではあったが、何も問題はない。

「はい、この先は行き止まりよ?」
 饅頭を見下ろしながら、百合歌はにっこりと微笑んだ。饅頭は凄く吃驚して、慌てて向きを変えたが、瞬速縮地で一瞬のうちに距離を詰めた百合歌の間合いから、逃れる事はできなかった。
 饅頭の側面を舐めるように、紅刃の軌跡が走る。鬼蛍が踊り、切り替えされた刃が、今度は饅頭の正面から袈裟懸けに振り下ろされ。血桜が‥‥いや、餡が甘い匂いを吹きながら散り、饅頭はどさり、と、静かに崩れ落ちた。


 *


 ああそうだ、アレに似ている。と、空は思った。だが、腕が付いている分、アレよりも運動能力が高い。狭い空間を上手く利用し、まるでアスレチックで遊ぶように、上へ下へと動き回る。入り組んだ道と建物は、身を隠すのにはうってつけで、気を抜くと、簡単に撒かれてしまう。
 だが、空は決して、見失う事は無かった。視界から一度消えてしまっても、すぐさま察知し、追跡を再会する。GooDLuckや、探査の目の効果もあるだろう。しかしそれ以上に、モチモチした弾力のあるバディから、仄かに漂う芳しい香りが、鋭敏な鼻を刺激してくる。
「ふふふふふ‥‥。逃しませんよォ〜‥‥」
 キュピーンと不穏に輝く空の瞳。不気味に吊りあがった口元。饅頭は震え上がり、屋根から飛び降りた。ぽよんと、おなかを震えさせながら、しっかり着地する饅頭。

「わ〜、情報通りのお饅頭型キメラだ〜♪ えっと、『食べる事推奨』されてるんだよね、コレ。それならもー、やることって、一つだよね〜♪ ぁ〜、丁度いい時に依頼復帰したな〜、私っ♪」
 饅頭が顔を上げると、こっちにもまた、満面の笑みを浮かべたリコリスの姿。こちらもまた、食べる気満々のご様子。じりじりっと後退りする饅頭に、漫画肉を両手に持った少女が迫る。

「んー。なんか直接攻撃すると、お饅頭にお肉の匂いとか移りそうだしなぁ‥‥。やるなら本体じゃなくて手足かな、気持ち悪いしネッ♪」
 ペロリン☆と舌を出したその瞬間、饅頭は一目散に逃げ出した。だがそれは、熊を目の前にして、慌て走って逃げ出すような行為に等しい。逃げたら追う。それが彼女のジャスティス。

「待って〜! ぁ、先っぽ! 先っぽだけでいいからっ!!」
 ズドドドドドと土煙を上げ、背後から全力疾走で迫るリコリス。屋根の上を走るのは、そのまま空から飛び降りてきて、頭に噛り付きそうな空。饅頭、絶体絶命のピンチ。

 先っぽをどうするというんだ! 冗談じゃない、俺は森に帰るぞ! ‥‥とか、饅頭キメラが思ったかは定かではないが、迫り来るプレッシャーを背負っていたキメラが、足元にこっそり張られたロープに気が付くわけも無く、盛大にすっ転び、更に丸い胴体が災いして、地面を凄い勢いで転がった。
 バイブレーションセンサーの恩恵もあり、クリティカルヒットで罠に導けたのはよかったが、転がる勢いは止まらない。超機械の杖を構え、支援の体勢を取っていた沙紅良の眼前まで、饅頭が転がり迫ってきたもんだから、もう反射的に手にした杖をフルスイングした。


 ぽこーん。


 饅頭が空を飛んだ。

 手足をバタつかせ、必死に回転を止めようと試みているようだが、勢いは殺せず。そのまま温泉街を案内する巨大な看板に、頭からズボッと突っ込んだ。

 じだもだ、じだもだ。

 饅頭の丸い胴体が穴に挟まり、手足をじたばたさせるが、一向に抜けない。キメラはキィキィと、高い声で鳴いた。

「‥‥」
 スッと日が翳り、饅頭と陽光の間を、誰かが塞いだ。そーっと、見上げる饅頭。ニッコリ微笑む美少女二人。手には凶器が握られている。


 ピィィィィィイイイイ!!


 温泉街いっぱいに、甲高い悲鳴が響き渡った。


 *


「ごく普通の甘味も、ロケーションが変われば格別の味わい! 旅館のジュースみたいなボッタクリ価格だろうと、空は行きます!」
 温泉街に人が戻った直後、空はそう言って飛び出し、他の傭兵は温泉へ向かった。


「ふぅ。しかし、手応えというか、殺し足りないというか」
 露天風呂の縁に身体を預け、朔夜がマッタリと蕩けるような表情を浮かべた。

 饅頭キメラは、計3体出現した。
 最初の2体は損傷が大きかったので、最後の一体は、丁寧にじっくりねっとりと倒された。キモイと不評だった手足の部分さえ切り落としてしまえば、見た目はただのデカイ饅頭。適当なサイズに切り分けられて、お土産へと生まれ変わった。
「‥‥ふふ、我ながら素晴らしい着眼点ですね。ただで美味しい温泉饅頭が食べられて、満足ですよ」
 盆に乗せた徳利と饅頭を泳がせ、ぐーっと天に向かって身体を伸ばす京子。その横で、百合歌が温泉の効能が書かれた看板を真剣に見ていた。そして、確かめるように手の甲をスリスリして、何かを確かめている。
「効能は、何ですか?」
 ひょっこりと、朔夜が顔を覗かせたので、百合歌の身体がビクッと跳ねた。
「神経痛、リウマチ、筋肉痛、腰t‥‥」
「美肌効果!」
 代わりに沙紅良が効能を読み上げている途中、リコリスがピンポントで読んだその部分に、百合歌がピクンと反応した。沙紅良は頬に手を置いて、首を傾げる。
「十分に、お綺麗ですのに」
「‥‥若い人は、皆、そう思うのよ」
 セピア色の瞳で、深く影を落とした百合歌の肩を、京子が無言で、優しく叩いた。


 *
 *
 *


 後日、某所。

「オズワルドさん、あの、これ‥‥」
「わざわざ有難うございます。わぁ、オマモリだ!」

 彼とお揃いの小物をと、お店を回った沙紅良だったが、小さな温泉街で目星いものは見つからず、結局、街の隅にあった神社で、お守りをひとつ購入した。実家が神社なので、少し複雑な気持ちではあるものの、目利きが一番利く。

「お揃いで欲しかったのですけど、生憎と一つしかなくて‥‥」
「‥‥あ。だったらコレ、イギリスのお守りなんですけど、これを僕だと思って受け取ってください。僕もこのお守り、沙紅良さんだと思って、大事にしますから」
「は‥‥はい」
 幸運を招くという、兎の足を象ったキーホルダーをオズワルドから受け取り、沙紅良は両手で優しく包み込んだ。そして、そっと、胸元に置く。大事に、大事に。

「‥‥」
 お互い頬を染め、言葉が途切れた空気を割って、リコリスがどーんと、元気良く飛び込んできた。

「オズにゃんオズにゃん、私からもお土産ー!!」
「‥‥なにコレ」
「木刀」


「‥‥」


「いや、それは‥‥切実に、いらない、かな」
「いやいや、そんなー! 遠慮しなくていいよー! ほらほらー!」
「あっ、ちょっ、振り回したらあぶn‥‥ぎゃふんっ!?」
「お、オズワルドさん!?」
「あはは、ごめんごめん、すっぽ抜けちゃった! テヘへ☆」


 稲玉はその様子をのほほんと眺めながら、湯気の立つ珈琲を啜った。

「うん。今日もLHは平和ね」