●リプレイ本文
漆黒の闇を照らす青白い光。それは大気の輝きか、見ているだけで息が詰まりそうな感覚が、ぎゅうっと、ラスヴィエートの『ククルー』内の入間 来栖(
gc8854)を、魅了した。間近で見る母なる地球は、とても大きくて、力強くて、その鼓動が虚無の世界に伝播していくような気もする。
(バグアも‥‥地球のことが好きなのかな‥‥?)
少女は思う。彼らに、美的感覚と呼べるものがあるのかは知らないが、それでもこの胸に満ちる思いは、惑星間をも飛び越えて、誰もが漠然と感じられるものではないだろうか。‥‥でも、それでも。
(地上には‥‥絶対に行かせません‥‥っ)
前方に光が見えた。ノイズ交じりの通信から、光の一つが味方機――スヴェア・ペーデルの駆るハヤテであると傭兵達は知る。そして交戦しているHWに、それぞれ2基ずつ、計12基の生体質量弾が搭載されている事も。
「あの‥‥。よ、よろしくおねがいしますっ」
まだあどけなさが残る来栖の顔に、僅かに滲んだ緊張の色。通信越しに百地・悠季(
ga8270)のピュアホワイト『アルスター・アサルト・カスタム』から応答が入る。
「落ち着いて。‥‥しっかりね」
ゆっくりと、優しい口調で告げる悠季の身体は、あまり無理の出来る状態ではなかったが、それでも、経験の浅い来栖を勇気付かせるには、十分過ぎる力強さを秘めていた。
「――爆弾を落とされたら厄介だ。ここは何としても、水際で阻止しないといけないな!」
ククルーやアルスターの先を行く、威龍(
ga3859)の搭乗するタマモ『蒼龍』が、ブーストによって加速する。巨大な蒼壁を側面に、呑み込まれそうな錯覚に耐えながらも、蒼龍に続いて、全員のKVがブースト加速をかけた。
大気圏突入後30秒は身動きが取れない。重力に引かれる前にケリをつけるとなると、僅か数秒が命運を分ける。蒼龍の後に、遠倉 雨音(
gb0338)が操るコロナ『天照』が続く。
海には自爆型の魚雷キメラもいると、雨音は聞いていた。しかし、高高度からの運動エネルギーを乗せた生体兵器――非常に単純な構造の兵器だが、脅威度は遥かに此方が上。
地上が戦場であった以前ならば、このような戦略兵器が使われることはなかっただろうか。だが、宇宙に足場を作り、いよいよバグアの本丸を前にして、彼らも甘い顔を続ける事は無いだろう。
‥‥それに。
反攻の気運が高まる中、防衛しなければならないものへの打撃は、兵士達の戦意を、地球に縛り付けることになる。ここで徹底的に、完膚なきまでに叩く事は、ただの防衛という意味合いだけに留まらない。戦う為に、進む為に、絶対に阻止しなければならないのだ。
「久々の宇宙ですけど、ま、上手くやりますよ☆」
前回、宇宙で戦ったのは数ヶ月前の大規模作戦の時だったか。シラヌイ改『迅雷』を加速させながら、水門 亜夢(
gb3758)は、ぼんやりと感触を思い出しながら、気楽な口調で呟いた。
「初っぱなから、全力でぶち当たる! 準備はいいな!!」
蒼龍からの通信に、それぞれが頷く。敵との距離が、徐々に縮まる。
アンジェリカ『熾天姫』で、赤宮 リア(
ga9958)は、大気圏突入も已む無しの覚悟を秘めた瞳で、目標を見据えていた。あんな物が地上に落ちたら、どれだけの被害を齎すか。それは火を見るより明らかだ。未だ体験の無い大気圏突入も怖いが、やるしかない。SESエンハンサーを起動させ、絶大な火力を籠められた知覚ミサイル。跡形も無く消し飛ばす威力。HWが質量弾を切り離す前に、全てを終わらせるくらいの気概を持って。
「これで決まる程、簡単じゃないでしょうけど‥‥。どうせやるなら最大火力で☆」
亜夢がK−02小型ホーミングミサイルの発射スイッチに手を掛ける。HWの編隊が、KVの正面に収まった。
アルスターが観測したデータが各機体へリンクして、これ以上無い絶好のタイミングに到達する。亜夢より僅か先に、雨音がK−02の蓋を開いた。
「目標選定‥‥1番から5番までのロック確認‥‥コンテナオープン、発射――」
大小様々のミサイル群が、HWに向けて一斉にKVから吐き出され、合計850発のミサイルが壮大美麗に駆け巡り、光がHWの編隊を飲み込んで、深遠の闇に激しく煌々と弾け飛んだ。光が止まない内に、更に駄目押しのミサイルが発射され、後追いの花火を咲かせた。
「‥‥やったか!?」
圧倒的火力を叩き込み、全滅とはいかないまでも、致命傷を与えられたはず。
しかし、眩い光のパレードに視界を遮られ、威龍は胸騒ぎが拭えず、思わずそう、口にしていた。
*
「何をしている!!」
不意に届いたペーデルの怒声に、威龍は以前に、似たようなことがあったことを、思い出していた。
視界を遮る爆光。あの時は確か、それを目晦ましにされ、不意をつかれたのでは、なかったか‥‥?
縦横無尽に飛び交うミサイルの舞踏。その軌道も心を奪わん限りの美しさがあったが、それ以上に、単純な火力に頼った結果がどうなるか、以前に経験していたはずだ。
何故、HWは反撃してこなかった?
それは、奴らの目的が、質量弾を投下することだからに他ならない。恐怖を知らぬ無機質な兵器だからこそ、命令だけを忠実に守り、その為ならば、自分が無くなることになど、何の躊躇いも無い。彼らは彼らの目的の為に、最善策を導き出したに過ぎないのだ。
もしもの話には、意味は無い。だが、悠季が負傷しておらず、それによる僅か数秒の観測の遅れが無かったら、結果は変わっていただろうか。‥‥しかし現実は、アルスターより先に、最も近い位置でHWと交戦していたペーデル機が、現状を知らせることになった。
「Holy shit! 奴ら爆風を利用して、広範囲に飛んだ! 百地、今すぐ観測データーを各機に送れ!! 私は一番遠い奴を追う、残りを任すぞ!!」
ミサイル対策にと搭載された迎撃機能か、プロトン砲を拡散させるように放ちながら、無秩序に連鎖した爆風に乗り、回転しながらすっ飛んでいったHW。それでも確実に本体にはダメージは蓄積したが、我が子を守るように抱えられた投下前の生体質量弾は無傷であった。
腹に抱えているうちに撃ち落す。それ自体は間違った選択ではなかったであろう。
しかし、オーバーキル気味に打ち込まれたミサイルの波は、次々と連鎖爆発を起こし、予測のつかない軌道をHWに与えてしまった。バグアが予定していた投下ポイントへの到達こそ阻止はしたが、落ちる場所が地上だろうと海だろうと、落着の被害は発生する。
「大尉‥‥!」
「泣き言は終ってから聞く! ムーブムーブ!!」
掛けられた雨音の声を遮り、ペーデルのハヤテは加速し、地球の影へと消えていく。連戦を感じさせない身の軽さに、亜夢は僅かに吐息を洩らした。ハヤテの性能か、彼女の強さか。どちらにせよ、疲れは無さそうだ。
「爆発でブレーキが掛けられたから、時間には少し、余裕があるわ。でも、範囲は広いから分担したほうがいいわね」
アルスターから送られた観測データを元にして、各KVのモニタに迎撃目標の座標が映し出される。力を失ってしまったHWに関しては、最早目で追うしか方法が無いが、予測されうるポイントは搾り出せていた。優れた目と耳がなせる技と言えよう。――まだ、望みがある。挽回すれば良い。
「まだ動けるのが居るな。俺はそっちを担当しよう」
すぐさま蒼龍が行動を開始した。もう、形振りは構っていられない。撃破目標の選定を全て悠季のアルスターに任せ、四方へと飛ぶ5機のKV。今は何よりも、目標を捕捉するのが先決だ。
ミサイルという兵器は、誘導弾であるが故に、優秀な射程と命中力を持ち、高い火力を備え、複数体へ向けてロックオンをする機能を持つものもある。しかし、欠点も多いのも確かで、扱い次第で裏目にも出てしまう。
威龍は苦味潰した顔をした。だが悔いるのは、ペーデルの言う通り、まずはやるべきことをやってからだ。結果が揃えば、いいだけの話。
「‥‥捉えました!」
機能を失い、慣性制御が切れたHWが、重力に引かれるまま落ちていくのを見つけ、ククルーをウイングに付けた天照が、まず火線を開いた。円形スラスターが輝き、安定した機体から放たれるホーミングミサイル。パアッと大きく放たれた光が、コロナの装甲をキラキラと照らした。
しかし、ド派手に撃ちあがった爆発に、手応えを感じられない。
「遠倉さん! 質量弾が高速落下していきます!!」
味方をフォローするべく、一歩引いた位置で広角の視界を確保していたククルーには、HWがミサイルに接触する直前に自爆し、抱えていた質量弾を、その爆風で一気に下へ振り落としたのが、見えていた。加速が加わり、赤色のバリアーが質量弾を覆う。FFの輝きだ。
「‥‥!」
すぐさま機体を急降下させる。その急激な負荷が機体の各部を圧迫し、ギリギリと悲鳴を上げているのが、レバーから、シートから雨音に伝わった。チャンスは一度きり。エミオンスラスターによって機体を安定させ、温存していたK02を射出する。網の目のように放射された小型ミサイルが、2基の筒状キメラを捉え、次々と爆発した。弾かれ、捻じ切れる質量弾。無重力の空に、緑色の液体が霧散した。
「‥‥させませんっ!」
一歩遅れ目標を追尾していたククルーから8連装のロケット弾が放たれ、天照の頭上に火の玉を生み落とした。別のHWが投げた質量弾を、来栖は見逃していない。照準最適化とブーストの恩恵を得た砲弾だったが、しかし2射目は僅かに反れて端っこ掠めた。シュルシュルと回転しながら、僅かに宙を泳ぐ生体質量弾。そこに、垂直に急上昇してきた天照のライフル弾が、下から上へと突き抜け、文字通り四散させた。
「次‥‥2時方向ですね。バックアップ、お願いします」
「ロジャーです!」
ククルーと天照が、次に指示を受けたHWを追う。
「まだ‥‥弾は残ってンだよ!!」
アサルトライフルの射程にも届かない距離。距離を詰めながら生き残ったHWに向け、蒼龍から発射されるホーミングミサイルを、HWはかわすことなく受け止め、その衝撃で2本の質量弾がすっぽ抜けるように放出された。
だが、HWを離れれば撃破は容易いただのキメラ。この機を逃す威龍じゃない。3体まで同時攻撃可能なGP−9をまだ、一射分残している。寸前でHWが傾きながらプロトン砲を発射した。光の槍が蒼龍を焼くが、機体を覆うリアクティブアーマーが威力を軽減させる。身を削りながら吐き出された150発のプラズマミサイルが、HWの側面を叩くように吹き飛ばし、その向こう側にクルクルと回転しながら落ちていく二基の質量弾に命中した。
「くっ‥‥!!」
逆噴射で降下を止め、下げ過ぎた高度を一気に押し上げて、大気の海スレスレを、飛び魚のように泳ぐタマモ。質量弾の撃破は確認できた。が、残りはもう、降下組に任せるしかない。
「――威龍、限界よ。後は赤宮達に任せて。残ったHWを殲滅しましょう」
「了解した」
悠季からの通信に短く答え、威龍は蒼龍を旋回させた。遠くに、赤い尾を引いて落ちていく流星が2つ、大気の海へと潜っていくのが見える。
蒼い大地に紅い雫。
そのコントラストが妙に鮮明に、威龍の瞳に移っていた。
*
光が交差した。
すれ違いざまに熾天姫から放たれたレーザーライフルがHWを焼き払い、一撃の下に消し飛ばしたが、薙ぎ払われる瞬間に投下された質量弾が、重力の井戸へ引き込まれて落ちていった。
「間に合わせるっ!」
擬似慣性を働かせ、瞬時に機体を反転させながら、GP−7を全弾放った。合計450発のプラズマミサイルが波状に飛び、落下していく質量弾を追尾、追い詰めていく。爆風を受け、予想以上に加速した質量弾へ、絡みつくように膨大な量のミサイルが迫り、渦を巻いて、激しい閃光の中へと沈めていった。
その光を裂いて、HWがその身を丸ごと捧げるように、大気の海へと飛び込もうとしている。熾天姫は頭上から後を追い、レーザーライフルを撃ち込むが、僅かに射程が足りない。
「クッ、逃しません‥‥! 大気圏に到達するまでに、落とします!!」
ボロボロのHWは錐揉みしながら、やけくそみたいに飛び、既にシールドさえも機能しない状態で、いよいよ限界を迎えたのか、質量弾を離して、自爆した。下から吹き上げる爆風と残骸が、熾天姫の視界を塞ぐ。
その熾天姫の下、オレンジ色の光に包まれ落ちてくる質量弾を、亜夢の黒い瞳が見詰めていた。熾天姫を援護するべく、先回りしていたのが功を奏したか。
「地上には落とさせません。下に何があるかわかんないんですから‥‥ね!」
最初から降りるつもりで突っ込めば、ある程度は無茶が効く。人型へと可変し、機体を仰向けにしながら、静かに息を吐く。そして、スナイパーライフルの銃身を、質量弾へと向けた。
「バグアの兵器です! 何があるか分かりませんから注意して下さい!!」
上方から追従する熾天姫から、リアの叫び声。‥‥しかし、亜夢には届いていない。引き金は引くのではなく、絞るものだという。研ぎ澄まされた感覚は、針の先程までに細く絞られ、その一点に収束していく。
放たれた弾丸が、垂直に突き刺さり、一撃の下にキメラの芯を撃ち抜いた。続けざまの二射目が、質量弾の先端を叩き、頭をガクンと手前に沈め、細長い側面が、亜夢の視界に飛び込んできた。
「地上には落とさせないって‥‥言いましたよ!」
狙い澄ました一撃が、最も柔らかい部分にクリティカルヒットして、質量弾は、左右引き千切るかのように、吹き飛び、宙に舞い上がった。その間に裂いて入るように熾天姫が降りてくる。
目標は全て撃ち落したが、限界まで追尾した結果、低軌道まで戻る事が不可能な位置まで降りてきていた。もう潜るしかない位置まで降りてきている。機体を激しい振動が包み、機体の制御が失われていく。迅雷は戦闘機へと戻り、迫る大地を真下に見据えた。
計器は全てが振り切れ、通信も途絶える。モニターに視線を向けると、外は全てを赤く染めていた。けたたましく鳴り響くアラート音。リアは宥める様にそれを切って、沈み行く重力の波に、ゆっくりと身を任せた。思ったほど、恐怖は感じなかったが、30秒ほどの時間が、妙に長く感じた。
「‥‥わ」
すうっと、白い靄が晴れたかと思うと、眼下に一面の蒼が広がっていた。亜夢は思わず声を洩らし、リアもまた、新鮮な空気を胸いっぱいに吸い込んだような、晴れ渡る気持ちを感じていた。