タイトル:井戸の上の輪舞曲マスター:愉縁

シナリオ形態: ショート
難易度: やや難
参加人数: 6 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2012/04/29 09:39

●オープニング本文




 戦場は地上から宇宙に移り、少しずつ、バグアの喉元が見えてきていた。急ピッチで宇宙軍の編成が進み、戦力の増強と、拠点が築かれていっている。いよいよ、大きな作戦が、間近に迫っているようだ。
 しかし、いくら拠点を構築しても、地続きではない宇宙での戦闘を支えるためには、地球から打ち上げられる物資が必用不可欠である。天と地を往き来する貨物船には食料や資材の他、KVや武器弾薬、燃料等が詰め込まれ、安全宙域に向けて打ち上げられた。

 そんな貨物船のうちのひとつに何かトラブルがあり、安全宙域を外れ、低軌道で立ち往生している。状況はUPCからULTに渡り、自由の利く傭兵達の手を借りることとなった。


『救難要請のあった貨物船を、肉眼で確認。両舷減速。相対速度合わせます』
 細い船体に、大型のコンテナが左右対称に並ぶ小型輸送艦が、小刻みに軌道を制御しながら、減速していく。その脇を、緩やかに旋回しながら、2機のKV、G100『ハヤテ』がすり抜けていった。UPC軍に所属する、KV隊隊長ペーデルと、その部下、ドラードの機体だ。戦闘能力を持たない輸送艦を、作戦空域までエスコートしている。

「‥‥前方に、何かある」
 メットのバイザーに、モニタに表示された緑色の光が反射する。ペーデルは、機体を人型に可変させて、アサルトライフルを構えた。随伴するハヤテも、人型へと姿を変える。
 ペーデルのコックピットモニタの右端に、若い男のオペレーターのインターフェイスが開いた。輸送艦といっても、ほとんどKVを格納するコンテナを運ぶだけに終始した作りである為、居住性は切り捨てられている。人が5人も入ればいっぱいになってしまう狭いブリッジを背景に、まだ若いUPC下士官が上部の何かを操作しながら、ヘッドセットのマイクを口元に寄せた。
「こちらでも確認しました。昔の人工衛星の残骸のようです」

「旧時代のスペースデブリか。‥‥排除する」
 KV程度の大きさの塊に向け、ペーデル機が銃口を向けると、ウィングに付くドラードが、習うようにライフルを構えた。
「しっかし、バグアに侵略されていなかったら、地球は今頃、人類自ら出したゴミで沈んでいたかもしれんとは、なんとも皮肉なもんすねぇ、大尉」
「私語は慎め、少尉。索敵を怠るな」
「へいへい」
 地表から300〜450kmの低軌道では秒速7〜8km、軌道傾斜角によっては、秒速10kmという速度で移動する宇宙ゴミ。発生する運動エネルギーは、僅か数ミリ程度のボルト一個でさえ、大砲並の破壊力を生み出す。とても生身の人間が外に出て作業できるような場所ではない。
 もし、バグアの襲来が無く、人類が好き勝手に人工衛星を打ち上げ続けていたら、人類は自ら出した宇宙ゴミで、空を埋め尽くしていただろうか。

「熱源反応!!」
「何!?」

 オペレーターの声が通信を通して耳に届いたと同時に、打ち捨てられた人工衛星から一筋の光芒が放たれた。反射的に構えたシールドを溶かし、プロトン砲の光がペーデル機を弾き、ドラードの機体の頭部を攫っていった。
「――のわっ!?」
 バランスを崩し、縦にぐるりと回転したドラード機を蹴り、ペーデル機は反動で飛びながら、残骸の奥に潜む敵機に、弾丸の雨を降らせた。火花を散らしながら、宙に弾き出されるHW。――その影に、もう1機いる。

「ええい! カブトガニが、狡い真似をするッ!」
 ペーデルは機体を加速させ、HWの前に、無防備に機体を躍らせた。

「ロッシ! 今すぐKVコンテナを切り離して、艦を後退させろ!」
「アイアイマム」
 近距離で拡散しながら放たれたプロトン砲を、シールドと特殊電磁装甲で強引に振り払う。負荷に耐えられず、融解したシールドを捨て、距離を詰めた。再び放たれたプロトン砲を、今度は直前でかわし、側面へと回り込む。HWの注意が、ペーデル機に反れる。

「傭兵を貨物船の救援に回せ! 私が出撃を援護する!」
「――コンテナを分離します。各KVは自力でハッチを開放、出撃してください」
 船体から切り離されるコンテナブロックが、ゆっくりと左右に分かれ、丁度差し込んできた太陽の光に照らされていく。

 眼下に引き込むような青い大地が、広がっていた。

●参加者一覧

リゼット・ランドルフ(ga5171
19歳・♀・FT
ゲシュペンスト(ga5579
27歳・♂・PN
百地・悠季(ga8270
20歳・♀・ER
遠倉 雨音(gb0338
24歳・♀・JG
赤崎羽矢子(gb2140
28歳・♀・PN
月見里 由香里(gc6651
22歳・♀・ER

●リプレイ本文




「――貨物船内部に強化人間らしき者が二名侵入。搭載されていた2機のタマモを奪取された模様です。直ちに貨物船へ向かい、乗組員の安全を確保する同時に、タマモの奪取を阻止してください」

 コンテナがゆっくりと左右に分かれ、一筋の光芒が、メインの船体とコンテナの隙間をすり抜けていった。無数のアポジモーターが慌しく火を噴き、船体を後ろに押していく。
「‥‥機体奪取が狙いか。タマモの足を考えるとここでしくじれば追い付けない可能性が高いね」
 赤崎羽矢子(gb2140)が搭乗するシュテルンが、ハッチ横の開閉スイッチを操作した。彼らの目の前一杯に飛び込んでくる蒼く輝く大地。羽矢子は思わず、感嘆の溜息を洩らした。

「ロック解除、You have control!」

 オペレーターの声に連動して、赤色等のランプがクルクルと回転し、KV格納スペースを赤く染める。鈍い振動がコックピット内にも伝わり、KVを固定しているハンガーのロックボルトが外れたことを、ゲシュペンスト(ga5579)は体感で理解した。
「嫌なタイミングで来たな‥‥。俺は流れ星になっても、願いを叶える事はできんぞ」
 彼が搭乗する漆黒の機体、スレイヤーのゲシュペンスト・フレスベルグのメインカメラに、鈍く光が灯る。

「君達は貨物船へ向かってくれ。ここは私で面倒をみる」
「了解した。俺と赤崎で先行する」
 ハードシェルスーツのバイザーを閉じながら、ゲシュペンストはペーデルの通信に答えた。
 羽矢子は愛機を虚空の空に覗かせた。装甲にキラキラした光が反射し、その脇をプロトン砲と、一機のハヤテがすり抜けていく。その一瞬の隙にシュテルンとゲシュペンストが、コンテナから飛び出し、戦闘機形態へと可変した。
「向こうは新鋭機で戦場も相手の得意なフィールド。‥‥だけど、あたし達ならタマモだってに負けないって証明してあげようじゃない。行くよ、シュテルンっ!!」

 各機体のコックピットモニタには、モデリングされた貨物船の映像が表示されている。百地・悠季(ga8270)がコンソールを叩き、詳細データーを呼び出した。
「貨物船から立ち往生の連絡有りで来てみたら、既に襲撃受けてKVが奪取されたと‥‥。他の積荷はKVの予備パーツに武器と弾薬ね。少しでも被弾したら、誘爆しそう。気をつけないとね」

 先行し、飛び出していったシュテルンらを追い、傭兵達の駆る4機のKVも可変し、加速した。
 乗り捨てたコンテナブロックが、ゆっくりと宙を漂い、対照的に機敏に駆け回るHWと、ハヤテ。光の弾が灯っては闇へと消えていく。
「大尉はんらの事も気に掛かりますけど、今は貨物船の救助が最優先やしね。一刻も早う敵さんにお帰り頂かんとあきまへんわ」
 幻龍を駆る月見里 由香里(gc6651)が、蓮華の結界輪を起動させる。どうやら、ジャミングを発生させる4つの機体の影が、貨物船に向けて移動しているようだ。奪取されたタマモと合流し、逃亡を図るつもりだろう。
「境界線での戦闘、綱渡りのようなもの‥‥でしょうか。でも、これ以上、好き勝手はさせません」
 リゼット・ランドルフ(ga5171)の操るのは、プチロフの新型KV、ニェーバの『Nimue』。先行した2機以外は、宇宙対応型の機体だ。主戦場が宇宙に移り、未来科学研究所が研究開発していた『宇宙戦闘機理論』に基いたKVが次々と開発され、この短期間で人類軍の兵装は劇的な変化を遂げていた。

「コロナの試運転を兼ねての参加でしたが、思わぬ事態になりましたね。まさかこちらの機体を奪われるとは‥‥。
 貨物船の乗組員の方々の安否が気がかりですが、まずは周りの敵の排除が先決。向こうを一人で抑えてくれているペーデル大尉の頑張りに応えなければ、ですね」
 新鋭機の一機、コロナの『天照』に搭乗する遠倉 雨音(gb0338)が、初めて乗る機体の感触を確かめるようにレバーを引いた。永く愛用してきた雷電を乗換え、未だ慣れぬ虚空の闇を見る。

(正直なところ宇宙戦はまだ不慣れですが‥‥。今後の戦いを考えれば、これぐらい如何にかできなければ先が思いやられるというもの。
 ――行きましょう、『天照』)
 心の中で呟き、雨音はペダルを深く踏み込んだ。


 *


 ――地球低軌道。眼下に臨むのは重力の井戸。見詰めていると引き込まれそうな、蒼い大地。そこを漂う、一隻の船。
 遠目に見える船体は、損壊こそ見られなかったが、後部の貨物ブロックがゆっくりと開き、黒いKVが顔を覗かせている。恐らくは奪取されたタマモだろう。
 感覚的なものだろうか。不意に、ゲシュペンストと羽矢子に悪寒のようなものが走り、向こうが此方を見ていると錯覚した。
「あまり時間は掛けられない。無駄はできないよ」
「ああ、俺達の機体じゃ長期戦は分が悪い。速攻で行く!」
 羽矢子の言葉にゲシュペンストは頷いた。ブースト加速によって、急激に狭まっていく目標との距離。まずは貨物船から敵を引き剥がすのが先決だ。貨物船からひょっこり顔を出し、ライフルを放つタマモ。それはまるで出鱈目で、二人には掠りもしない。
 慣れていないのだろうか。だが、羽矢子達の装備では、貨物船に当てないように狙撃することは難しい。二人は格闘兵装を選択した。
「究極ゥゥゥゥゥッ! ゲェェシュペンストォォォォォッッ! キィィィィィィィッック!!!!」
 宙空人型機動制御によって勢いもそのままに、ゲシュペンストのレッグドリルがタマモの頭部を捉える。腕ごとモギリ取るような勢いで盾を吹き飛ばし、駆け抜けるゲシュペンストの後ろから、羽矢子のシュテルンが加速のままにソードウイングで追撃を行った。
「その機体の特性はお前達より把握してる。お前達なんかに扱える機体じゃ――」
 が、タマモは機刀で格納庫の隔壁ごと切り裂き、翼の刃と側面を擦らせながら、僅かに切り上げ、浮かせた。直進する運動エネルギーに、ほんの僅か与えられた重心のブレが、僅かに一瞬、機体のバランスを奪う。疑似慣性制御によって立て直すも、推力可変ノズルの悲痛な叫びが聞こえてくるようだ。
 半歩の距離。貨物船に陣取られた為、僅かに踏み込みが浅かったのが原因だが、タマモを扱う強化人間の技量も低くはなさそうだ。この一瞬にタマモは飛び出し、船から離れた。

「‥‥! もう一機は!」
 ゲシュペンストが、足を止めないまま視界に貨物船を抑えながら、もう一機のタマモを探す。切り裂かれた格納庫には、その姿は見えない。

「船の裏!!」
「何!?」

 悠季から飛び込んだ通信に、ゲシュペンストは反射的に機体を反らせると、その脇を掠めるように弾丸が突き抜けていった。先程撃たれた弾道とは打って変わっての精密射撃。
「さっすが宇宙用高級機‥‥と言いたいところだが、それ以上に厄介なのは中身か」
 すぐさま貨物船の影に身を隠し、それを盾にするタマモ。慎重なのか、いや、ゲシュペンストと羽矢子の機体が、長く戦闘できる機体でないと判断し、持久戦に持ち込むつもりか。どちらにせよ、護衛目標に張り付かれては下手に手を出せない。初手で出鱈目に撃ってきたのは、単機に別れ、どちらか一方でも持ち帰る為の目晦ましか。目的の為ならば、躊躇い無く味方でさえも切り捨てる思い切りの良さ。侮れない。

 戦闘力自体は、決して高く無い。単純に切り結べば、圧倒的にこちらが上。‥‥だが、こいつらは戦術を持っている。

「くれてやるわけにはいかないが、船を落とすわけにもいかない‥‥!」
 ゲシュペンストの表情が歪む。距離を詰めるのは容易いが、接近すれば貨物船の影に回り込まれるし、自分の持つ射撃武器では、火気厳禁の船体にダメージを与える事は避けられない。二手に分かれられたのも、大誤算だった。

 パアッと、無音の世界に光が弾けた。
 羽矢子が船を離れたタマモに対して、分厚く弾幕を張っている。可動式のスラスターが光の尾を残し、くるくると機体を躍らせながら、無作為に避けていくタマモ。その向かい側から眩い光線が噴出され、タマモを光の中に隠した。

 光に交差するように羽矢子の後方から火線が伸び、眩く煌く。
「HWは抑えます、行って下さい!」
 リゼットのニェーバが、アサルトライフルで弾幕を張り、飛来したHWを牽制する。羽矢子は一瞬迷ったが、可動限界も近い。HWから放たれる光の帯を無視し、シュテルンはタマモを猛追した。
 その動きを援護するように、悠季のピュアホワイトが長射程のレーザーライフルを撃ち込む。光は一機のHW側面を掠め、片側に運動エネルギーを持っていかれたHWは、その場でくるくると回転した。脇を抜け、別のHWが飛び出てくるが、リゼット機から放出されたミサイルのシャワーが眼前を塞ぎ、その中を潜り抜け出た瞬間、刃の翼が一閃し、上下綺麗に真っ二つに切り伏せられていた。
 悠季の機体とロッテを組んだリゼット機は急反転し、そのまま抜けていったHW達の背面へと回り込んだ。向かいには雨音と由香里の機体。ピュアホワイトと幻龍の相互補完及び支援効果によって、HWは文字通りの袋の鼠と化していた。
 雨音の駆るコロナの円形のスラスター制御を受け、放たれたミサイルに合わせて由香里がミサイル弾幕を張る。
「逃しまへん」
 たまらず進路を変えたHWの後を、命中力の高いホーミングミサイルが追う。ぐるりと回転し、バラバラと撒き散らかすように光線を吐き出し、ミサイルを打ち落とすHWの背面から、迫ったリゼット機がライフル弾を叩き込み、続けて悠季機が、今度はそのど真ん中を捉え、レーザーライフルで撃ち抜いた。

 爆散する光を突き抜け、雨音達のロッテとリゼット達は交差し、向きが入れ替わる。リゼット機の背面を狙い、HWが動いたが、雨音が持つ、狙撃手の嗅覚がその一瞬の隙を見逃すはずは無く。擬似慣性制御によって一瞬のうちに天地を反転させながらコロナから放たれた弾丸の豪雨が、激流となってHWを呑み込む。小刻みに赤い光が瞬き、やがて耐え切れなくなった装甲が弾け、一筋の流れ星となって、成層圏へと飲み込まれ、消えていった。
「釣りはいらへんで」
 ようやく勢いを殺せたHWが立ち直った瞬間に、丁度良く距離を詰めていた由香里機が、すれ違い様にHWに鉛弾を落とし、跳ね飛ばすように撃墜した。


 *


 逃走を図る奪取機は、シュテルンの追走から辛うじて逃げ存えていた。単純に加速し逃げるわけではなく、緩急をつけ、誘うような動き。
「このっ、逃す‥‥かって!」
 ミサイルとライフル弾が、何度かタマモを弾くものの、リアクティブアーマーの影響か、完全に効果を発揮しない。最も、回数が限られた防御効果、切れるのも時間の問題だが、それより先に、こちらの練力が底を突く。執拗に纏わりつくも、単機では、相手の足を遅らせるのが精一杯だ。焦燥感が滲み、羽矢子の心を蝕んでいく。

『――しつこいなぁ。もう、練力が切れてもいい頃なのに』
 不意に届いた、全て見透かすような、幼い男の子の声。
 エネルギー残量に、いよいよ限界が来た。最後の10秒。羽矢子は、温存していたプラズマミサイルを一斉に放出し、賭けに出る。
 8其のエミオンスラスターがタマモを囲い、機体は激しい軌道を取って、数百発にも及ぶミサイルの網を、器用にすり抜けた。避け切れなかった数発が、タマモの装甲を焼くものの、撃墜には至らない。
 シュテルンはブーストが尽き、急速に制御を失って、宙に溺れた。

『こういうのなんて言うんだっけ。――そうそう。行き掛けの駄賃、だね。ついでだから、貰っていくよ?』
 銃口を向けられたシュテルンのコックピットの中、羽矢子はニヤリと頬を吊り上げた。

「――違うね。『獲物を前に舌なめずりは、三流のすることだ』‥‥だよ」
『は――』

 遠くから飛来した収束レーザーが、タマモの側面を焼き払い、ライフルが融解した。不意をつかれ大きくバランスを崩すタマモ。
「捉えたわ」
 悠季のピュアホワイトが、その眼に敵機体を映し、リゼット機へ転送する。
「一気に、間合いを詰めます!」
 搭載するミサイルをばら撒きながら加速するニェーバに対し、加速し逃げ切る練力、そして武装がタマモには残されていない。可変し、機刀を抜き放ちニェーバに振りかざした左腕を、再び飛来したレーザーが焼き、そして片腕を失ったタマモの脇腹を、翼刃が切り裂いた。


 *


「回り込みます、援護を――」
 貨物船に陣取るタマモに対し、虎の子の格闘攻撃が有効に発揮できず、膠着状態に陥っていたゲシュペンスト機に、雨音と由香里のKVが合流した。
 すると、タマモは貨物船から離れ、大気圏へ向けて降り始めた。
「こいつ、躊躇いなく‥‥!」
 船から離れたのは有難いが、一度重力に引き込まれたら厄介この上ない。すぐに後を追い、ホーミングミサイルを放ったが、跳ねるように軌道を変えたタマモに難なく回避された。この隙に、雨音機がブーストによる加速を得ながら垂直に機体を落とし、由香里機がブースト加速しながら死角を付いて、ミサイルを撃ち込んだ。
 回避の為、浮き上がるタマモに、ゲシュペンストが一気に間合いを詰め、宙空変形しながら大型パイルバンカーを繰り出す――が、急激に引き込む下方への加速と、タマモのフレキシブルスラスターの微妙な制御によって、僅かに距離を開けられ届かない。
「こいつ‥‥!」
 ガタガタと機体が激しく揺れた。見れば計器が全て振り切れ、降りられる限界に達している。タマモが至近距離でライフル弾を放ったのを、ぐら付きながらもバランスを保ち、ゲシュペンストは回避した。

 不意に地球の向こう側から差し込んだ陽光に、ゲシュペンストは眼を細めた。
 ――いや、それは太陽の光ではなかった。円形のスラスター『ハイロウ』から放出されたプラズマ。その機体がコロナと呼ばれる所以。
 井戸に沈み行く機体に鞭を打ち、ゲシュペンストは雨音機を援護するべく、ガトリング砲で弾幕を張った。

「――この一撃に」

 人型に姿を変えたコロナの頭上、光の輪が一段と強く輝く。放射された円環の刃が、タマモの胸部から後部スラスターにかけてを薙ぎ払い。やがてバランスを大きく崩したその機体は、大気の摩擦に赤く染まり。

 そして、赤き閃華となって、大気の海に呑まれていった。


「全敵戦力消失を確認。味方機への損害はゼロやで、大尉はん。乗組員も残りの貨物も無事や」
 半歩足を滑らせれば、引かれて落ちるというギリギリの境界線。そこから自力で這い上がってくる二機のKVを見下ろしながら、由香里はペーデルに通信を入れた。

「そうか、良くやってくれた。感謝する。‥‥だが貨物船の繋留作業があるのでね。悪いがもう少しだけ、働いてもらうぞ」
「人使いの粗い大尉はんやわ」
 そう言って、首を竦めた由香里だったが、眼下に臨む蒼い大地を、もう暫く眺めていられるのならば、そう、悪い気もしなかった。