タイトル:御花見キーパーマスター:愉縁

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 6 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2012/04/10 10:39

●オープニング本文




 初対面の人間には、十中八九性別を間違えられ、でも、何度か面識があっても、結局性別を間違えられる、今日もきゅるんと元気な半ズボン姿のオズワルド・ウェッバーは、何時ものように誰も居ない男子更衣室で、ULTオペレーター服に袖を通した。大きめに作られた袖口からは、綺麗な指先が申し訳程度に顔を出している。
 決してオペレーター服のサイズが大きいわけでも、オズワルドの腕が短いわけでもない。肩幅や胸回りはピッタリなのだが、何故か袖口だけ大きく、掌が完全に出ないようにできている。‥‥オズワルド本人は、何の疑問も抱いていなかったが、何者かに仕組まれたものかもしれない。

「ウェッバー君、おはよう」
 更衣室を出た直後のオズワルドに、恰幅のいい中年の男が声をかけた。禿げ上がった頭に、少し傾いたら落ちてしまいそうな薄毛が、ゆらゆらと揺れている。オズワルドは軽く会釈をして、「おはようございます」と、返した。彼や稲玉の上司にあたる人物である。

「丁度良かった。君に頼みたいことがあってね」
 切り出したその言葉に、嫌な顔をする職員もいるだろうか。時々思い出したように妙なことを呟いては、変な注意書きを追加して余計なトラブルを招いたり、狙ったようにピンポイントで空気が読めなくなったり、一部の職員には面倒この上なかったりする。
 しかし、下手したらユニコーンがその膝で眠ってしまうんじゃないか、と思えるくらい純真純白な女の子‥‥ではなく、男の子のオズワルドは、「なんでしょう、課長」と、くりくりの瞳を輝かせ、天使のような、柔らかい表情で返した。

「うん。今年の花見なんだがね。実は、稲玉君が場所取りの当番になったんだよ」
 彼の言葉に、オズワルドは昨日、稲玉が「面倒なことなった」とか、神妙な面持ちで呟いていたので、何事かと思っていたが、成る程、そういうことか。オズワルドは合点の言った顔で、頷いた。
「そう、みたいですね」
 イングランドから、LHにやってきたばかりの彼は、桜並木というものを見たことが無く、また、桜の木の下で飲み食いする習慣も無かったが、『花を見て楽しむ』、花見という行為そのものは、理解が出来た。ヨーロッパの四季は日本に比べ――などと言われたりもするが、しかし、ウェストンバートで見た桜は、美しく可憐で、力強く、僅か数本の桜ではあったが、あれが何十も並んでいたら、圧巻だろう。

 ‥‥などとボンヤリと思っていたら、禿げ頭の上司は「それでだね」と、少々申し訳無さそうな顔をして、言葉を続けた。
「――君、稲玉君についていってあげてくれないか?」
「はい?」
 キョトンとしたオズワルドに、男は「うん」と、一人納得したように呟いて、
「取り越し苦労なら、それでもいいと思うのだがね。彼女は出向いた場所で大体キメラに遭遇するから、今回は予め手を打っておこうと思ってね」
 と、当たり前のように彼は言ったが、オズワルドには、よく意味が理解できなかった。女性一人で、徹夜で花見――は物騒だから、付き添ってやれ。なら、理解できるが。
 確かに、オズワルドの先輩にあたる、ベテラン職員の稲玉は、一般人でありながら、キメラと遭遇する率は高い。しかしそれは、彼女の仕事が一番深く関わっている。即ち、民間から寄せられたバグア絡みの仕事を、調査・整理したり、仕事がキチンと果たされたか、また、それによって新たに損失が生まれていないかを調べ、査定する仕事だ。必要があれば、依頼人に掛け合って、理解を求め、傭兵、能力者に対する摩擦を軽減させる。それ故、危険も多く、能力者でない人間が就く事は稀であった。

 だが今回はバグア絡みの仕事ではなく、ただの懇親会。オズワルドは「はぁ」と、気の抜けたコーラのような返事をしたが、男は気にした様子も無く、むしろ、逆に自分は絶対に正しいと確信を持っているかのように頷いた。人の話を、あまりよく聞かない人物なのかもしれない。
「傭兵も連れて行きたまえ。何も無ければそれでも良し。そのまま一晩、桜を愛でるのも良いだろう。夜の桜もまた、格別だよ」

 まぁ、キメラに遭遇する可能性がゼロというわけではないし、春先とはいえ、夜中一人で待ち続けるのも辛いだろう。理由はともかく、彼女を心配して言っているのは、間違いではない。
「わかりました、募集をかけておきます。‥‥しかし、課長」
「なんだね、ウェッバー君」
「それでは、稲玉先輩が行く意味がないのでは?」
 えと、これ、言っていいのかな? みたいに、視線を一旦少し逸らし、それで再び顔を上げて投げられたその問いに、上司の男は『何を言っているんだ』という表情で首を傾げ、
「稲玉君が行かないなら、能力者が行く必要が、なくなるじゃないか」
 と、答えた。


●参加者一覧

宵藍(gb4961
16歳・♂・AA
クレミア・ストレイカー(gb7450
27歳・♀・JG
祈宮 沙紅良(gc6714
18歳・♀・HA
ルティス・バルト(gc7633
26歳・♂・EP
葵杉 翔太(gc7634
17歳・♂・BM
シドウ(gc8670
21歳・♂・FC

●リプレイ本文




 サアッ‥‥と、河川を抜けていく柔らかな風に揺られ、桜達がざわめいた。漆黒の空に、瞬く光の点描が燦々と輝き、優しい月の光が、微笑を零している。

「‥‥あっ、皆さん、こちらです!」
 八分咲きの桜の下、傭兵達の姿に気付いたオズワルドは、高く手を上げ、手をパタパタと振った。いつもの半ズボンは、今日はカンパネラ学園の制服のもので、茣蓙の上で膝立ち姿。彼の視線が傭兵達に向くや否や、その後ろで胡坐を掻いて缶チューハイをチビチビやっていた稲玉の眼光が、キュピーンと赤く光る。膝立ち。それは、半ズボン美少年を、最も美しく魅せるスタイルといっても、過言ではない。
「‥‥?」
 何か良からぬ視線を感じ、振り向くオズワルドと連動して、稲玉の視線は明後日に。一連の動作を見ていた、宵藍(gb4961)が苦笑いを浮かべた。
「日本の花見って、桜だっけ。中国じゃ梅の花が馴染み深いけど、夜見る桜ってのも、神秘的でいいもんだな」
「確かに、悪くはない。が、花見の場所取りに、何ゆえ護衛がいるのだ‥‥?」
 薄紅色の春の綻びを仰ぎ、感嘆の溜息を洩らす宵藍の隣で、シドウ(gc8670)が、不満げに言葉を洩らしている。確かに物騒な世の中ではあるが、バグアの支配地域でもない場所で、能力者の傭兵が6人も必要なものだろうか? まぁ、しっかりと報酬は出るし、その上花見が出来るのなら、割りは良いと、納得するしかない。
 そんなシドウを見て、うん、それが普通の反応だよねと宵藍は思うが、祈宮 沙紅良(gc6714)はしみじみとした口調で、
「茉苗さんがお花見の場所取りと聞いて、心配でなりませんでした。私達傭兵にお声を掛けて下さって、良う御座いましたわ」
 と言ったので、事情を知らないシドウは「そうだr‥‥えっ?」と、半分頷いて、ガッと、顔を上げた。捕捉するように宵藍は言う。
「茉苗のキメラ遭遇率は半端ないからな。場所取りをさせるなんて、何かあると決まったようなもんだ」
「‥‥まさか。冗談が過ぎる」
「コンビニにちょっと出掛けるだけでも、キメラと遭遇するくらいだぞ?」
 推理小説の定番そうなところでは、確実にキメラと遭遇する稲玉。寝台特急で出掛けようものなら、余裕でキメラと遭遇してもおかしくない。宵藍と沙紅良は顔を合わせ、同じタイミングで、溜息をついた。

「はじめまして、オズワルド! あなたの噂を色々聞いているわー」
 クレミア・ストレイカー(gb7450)が、明るい声で揚々とオズワルドの肩を、ポンと叩いた。その瞬間、クレミアの身体にぞわっと悪寒が走り、思わず振り返った。
「‥‥?」
 今何か一瞬、殺気のようなものを感じたけれど‥‥。もしかして、敵? まさか、キメラが? 慌てて視線を巡らせたが、そこには傭兵達の姿だけ。クレミアは不思議そうな顔をして、首を傾げた。

「はは、よー来たね」
 複雑な表情を浮かべた稲玉が缶を置き、ゆっくりと立ち上がった。既に少し酒が入っているのか、頬は仄かに赤い。
 稲玉本人には若干の自覚はあり、普段であれば警戒して酒は控えるところだが、今回は傭兵の護衛もあるということで、安心してか、ほろ酔いモードに入っているようだ。
「一人で待つのも辛いからね。朝まで長いけど、よろしく。‥‥ところで」
 少し遠い目をした稲玉が指を向けた先に、葵杉 翔太(gc7634)の両手を取るルティス・バルト(gc7633)の姿。


「夜桜‥‥綺麗で儚いね。ねぇ、翔太さん‥‥まるで、恋のようだ」
 外灯に照らされたピンク色の花弁が、ほんのりと甘い息を散らしている。ルティスの少し潤んだ目をぼうっと翔太は見詰め、でもそれはちょっとキザ過ぎるだろ、と少し思ったが、桜色の空気に意識の半分を、すっかり持っていかれ、「ああ、うん。‥‥そういえば、俺、夜桜って、初めてだな」と、上の空で相槌を打った。
 はらはらと、優しく降ってくる桜色の雪が、あまりにも綺麗で、幻想的で、ふわふわと夢心地の中にいるような彼の甘く囁く言葉が、心の中枢まで染み入って、うん、コイツが言うと、納得できちゃうな。‥‥などと、心奪われかけた瞬間、何時の間にか握られていた手に気が付き、バッと振り解こうとした。
「て、て、手を離せ、手をー!!」
「翔太さん、桜も薔薇科って知ってた? ほら、この花弁。翔太さんに似合う‥‥」
 解こうとした手は、更に強く握り返され、桜のように赤く頬を染めた翔太を、胸元に引き寄せるルティス。翔太は、彼よりも大分身長の高いルティスを、どうしても見上げる形になる。そして見上げた空には、薄紅色の宵の桜。暖かな日差しで芽吹いた春の音。それが今、妖艶な香りを携えて、ルティスの背後にある。‥‥ああ、この男以上に、この輝きの花弁を背負えるものはいるだろうか。
「‥‥って、何考えてんだ、俺は! いい加減、離せ!!」
「ふふ、そうだね。まだ、夜は長いからね」
 小悪魔のような笑みを浮かべ、ルティスは少女を大事に扱うように、翔太からパッと、離れた。少しよろけて、つんのめる形になった翔太は、ガックリ肩を落としながら「‥‥どういう意味だよ、どういう」と、呟いた。


「仲が宜しくて、羨ましいですわ」
 そこまで見守って、沙紅良がのんびりとした口調で答えた。いや、前から気になってたのは確かだが、一体どういう仲だよ。とか、無粋な事は聞いてはいけない気がする。稲玉はそれ以上、踏み入らない事にした。
 ピンク色の空間を切り離すように一度大きく息を吐き、稲玉は、傭兵達をぐるりと見回した。
「やることは場所取りだけど、交代が来る朝まで、桜が楽しめるわ。‥‥というか、既に楽しむ気満々みたいね?」
「お分かりですか?」
「そりゃ、その荷物を見れば」
 大事そうに置かれた沙紅良持参の重箱から、微かに良い匂いが漂ってくる。中は確認していないが、随分気合の入った内容である事は、彼女の満足げな表情を見れば明らかだ。

「酒とつまみもある」
 更に宵藍が、どかりと色々詰まったビニール袋を下ろした。見ればクレミアも、酒と食べ物を用意している。そこに翔太の荷物も合流し、見事な宴会一式セットが揃う。流石に、夜中ということで、カラオケセットを持ってくる人間はいなかったが。どかどかと並ぶ酒瓶を眺め、翔太が、ふと思い出したように呟いた。
「‥‥宵藍って未成年じゃないのか?」
「俺は27歳だ!」

 余談であるが、年齢ネタはLHでは鉄板だといわれている。外見が小学生にしか見えないオズワルドは苦笑した。そして、そのオズワルドと並ぶ事で、自分が老けて見えてしまう沙紅良も苦笑した。

「ま、とりあえず座って、座って」
 稲玉が茣蓙の上を勧めるが、シドウは手の平を見せ、静かに首を振った。
「‥‥いや、私は見回りをしよう。一応、名目上は君の護衛だ。無意味ではあると思うが」
「意味はあると思うよ?」
 茣蓙の上に腰を下ろしながら、ルティスは言うと、続けて翔太が言った。
「あー。茉苗はキメラに好かれてるんじゃねーかと思う時があるくらいだな、うん」
 翔太もルティスも、さも当たり前のように言うので、シドウは、もしかしたら、自分の方がおかしいのか? と、少し心細くなってきたが、同じように見回りを買って出たクレミアが、「いやいや、まさか」と言うので、若干自信を取り戻した。


 *


 キメラは唐突に現れた。

 いや、決して、何も無いところから突然と、というわけではない。ただ、キメラらしからぬ挙動で、普通に酒盛りをやっていたものだから、軽く見落としてしまっていたのだ。また、夜中であったことも、発見を遅らせる要因であった。

 しかし、何を思ったのか突然、桜の木の下で相撲を取り始めた、兎人間と蛙人間。それはまるで――‥‥

「――どこの、鳥獣戯画ですの?」
 かくり首を傾げる沙紅良。日本最古の擬人漫画の、一ページを切り取ったような幻想的な光景が、桜舞う中、繰り広げられている。

 ばしーん。どたーん。

 力の蛙に、技の兎。僅かに、蛙の力量が勝っているのか、取り組みは蛙優勢に進んでいる。何の意味があるのかは、全く分からない。いや、バグアのすることに、意味など求めてはいけないのかもしれないが。ちょっとほのぼのした空気が流れ、沈黙する一同。

「‥‥本当に出たのか」
 呆れ混じりに鳳仙を抜き、シドウがキメラに刃を向ける。

「はいはい、こっちよこっち!」
 先手とばかりに、クレミアのペイント弾が、蛙の頭にペチャリと大輪を咲かせた。相撲を邪魔されたキメラが、ギロリと、傭兵達を睨む。

「何処ぞで見たキメラだな。折角の花、散らしてんじゃねぇ‥‥よっ!」
 蛙キメラに、一瞬の内に間合いを潰した宵藍が、胴を抜いた。
 桜は散らしていない、言い掛かりだ。僕等だって、桜を愛しているんだ。と、言いたげに蛙は振り向き、舌をみょいんと伸ばしたが、宵藍に僅かに届かず、逆に流し切りが綺麗に入り、分厚い肉の腹が、パックリと裂けた。
 そこに、薙刀のフォン‥‥と、重く空を切る音が踊る。瞬速縮地で詰めた翔太が振るった流れるような一撃が、一筋の流星となって、蛙の頭部を天空に打ち上げた。

 クレミアの鋭角狙撃が頭部を弾き、兎キメラはよろけた。更に重なり合う、沙紅良とルティスの二つの歌声が重い鎖となって、自慢の俊足を大地に縛り付ける。

「水が入るのは、心苦しいが。無粋な輩には、退場願おう」
 苦し紛れに、シドウに向けて放たれた兎の回し蹴りも、死角から放たれたルティスの銃弾が撃ち抜き、駄目押しに両肩をクレミアの銃弾が交互に吹き飛ばした。その隙を逃さず、深く踏み込むシドウ。繰り出された一撃は綺麗な円を描き、一陣の風と共に、鉄の匂いを巻き上げる。

 シドウは静かに刀を鞘に収め、その次の瞬間には、兎の上半身は下半身と永遠の別れを告げ、大地に崩れ落ちていた。


 *


 驚くほど呆気なく、秒殺という勢いで土に還ったキメラ。しかしそれでも、一般人からすれば脅威には違いが無い。もし稲玉が花見の場所取りに来なければ、傭兵も派遣されず、被害が出てしまっていただろうか。
「茉苗‥‥。いつか静かな日々を送れるといいな」
 宵藍は言うが、結果的にそれが誰かの身代わりになって、救いになっているのならば、悪くないと稲玉は思う。それに今更、刺激の無い日々が来ても、面白くない。‥‥心配してくれる彼らには悪いが。

「そろそろ、ですわね」
 カセットコンロに座した土鍋が、くつくつと熱気を帯びて白く煙る。沙紅良は、御玉でくるりと鍋を掻いて、具をお椀に掬った。ダシからしっかりと仕込んだ汁を、たっぷり吸ったおでんダネ。
「へぇ。これが、オデン、ですか」
 興味津々に覗き込むオズワルドの眼前に、そっと差し出される椀。
「どうぞ、オズワルドさん」
「ありがとうございます」
 受け取り、慣れない手付きで箸でコンニャクを掴もうとするが、つるつる滑って、上手く掴めない。
「むむ〜‥‥」
 悪戦苦闘しているのを見かね、沙紅良は彼に渡した椀を、一度預かり、そこから箸で切って、彼の口元に運んだ。キョトンとして、首を傾げるオズワルドに対し、耳まで赤く染まった沙紅良。少し俯きながら、「‥‥あ、あ〜ん」と、か細い声を絞り出した。

 ニヨニヨ、ニヨニヨ。

 周囲からの刺さるような視線が痛い。重い空気の中、オズワルドは口を、餌を強請る雛鳥のように開け、パクリと頬張った。はふはふ、と、口の中で転がし、熱を冷ましながら、租借する。
「ど、どうですか‥‥?」
 恐る恐る訊ねる沙紅良に、オズワルドは、ニッコリと微笑んだ。
「お、美味しいです」
 照れ臭そうにはにかんで、少年は答えた。

「あ。こっちもこっちも。はい、オズワルド、あーん」
「えっ? あー?」
 隣で稲玉と一緒に、半ズボンを眺めていたクレミアが、不意を付くように、マシュマロを口の中に放り込んだ。
「ああっ、イイ‥‥。その仕草、とても可愛いわね」
 もきゅもきゅと、まるで小動物のような仕草に、クレミアはうっとりと、恍惚の表情を浮かべた。隣の稲玉も深く頷いている。できれば口に入れたとき、指もちょっと、舐めちゃう感じだといいね。くらいの、乗り掛かりで来ても、不思議は無い。

 それも束の間。ガッと、片手で顎を掴まれ、ぐいんと、強制的に沙紅良の方を向かされるオズワルド。沙紅良の顔は、これ以上ないくらいに穏やかな笑顔であったが、目が、笑っていない。
「お約束していました、コロッケ、ですわ。此方が普通の、此方はカレー、チーズ‥‥。たっぷりと、召し上がってくださいま、せ?」
「は‥‥はいぃぃ!!!」

 オズワルドは竦みあがった。‥‥タワシコロッケが無かったのが、唯一の救いだったかもしれない。


「で、なにこれ」
 プチ昼ドラを開始した二人を放って、稲玉はクレミアが持ってきたレーションを手に取った。酒を片手に、手をヒラヒラと振る、クレミア。
「んー。私にもわからないのよ」
「え、なにそれ、こわい」
 怖いのは、火種を起こして放置する方かもしれないが。

「‥‥へぇ、皆料理上手いのな」
 宵藍がベーコンに撒かれたアスパラガスを口に運ぶ。何気なく摘んだ料理、一つ一つに、深い愛情のようなものを感じた。沙紅良のちらし寿司も美味であったが、これはまた違った味わいがある。
「べ、別に、日本料理だけってのも寂しい、とか、思ったからじゃないからなっ!」
 和メインの弁当の中に、誰かを気遣うように忍ばされた洋風の料理。別段指摘されたわけでもないのに、頬を染め、プイッと、そっぽを向く翔太。そんな彼を見て、ルティスは優しく微笑んだ。




 日本酒が注がれた猪口に、ひとひらの桜。それをぼんやりと見詰め、ちょっとしんみりした稲玉を気遣うように、澄み入るような二胡の調べ。
 優しく、柔らかに弾かれる弦が、虚空を満たしていく。宵藍が徐に始めた二胡の演奏に、即興でルティスがフルートの音色を乗せ、夜桜を彩る小さな音楽会が、風に流れていった。

「うむ。‥‥やはり、良い」
 耳に心地よい情緒溢れる音のせせらぎが、キラキラと舞う花弁の中に溶けていく。シドウは桜の木に背を預け、ピンク色に染まった木々を縫って、月夜の空を見上げた。
 その遥か向こうに、まだ、戦いの火は燻っているが、しかし今は、今くらいは、この安らかな時間を享受しようと、彼は思う。


 沙紅良の点てた抹茶の湯気が、朧に隠し、ぼんやりと陰影を落としている。
 イギリス人の少年には、抹茶は苦くて渋かったが、ゆっくりと降ってきた一枚の花弁越しの少女が、あまりにも可憐で、味覚など、風と共にどこかへ飛んでいってしまいそうな幻想に、囚われていた。パァッと咲いて、闇へと散っていく。桜のように儚く、美しい、桜色の少女。

 そんな錯覚に、オズワルドは思わず、足掻くように手を伸ばし、少女の手に触れる。少女は少し驚き、でも不安そうな彼の手を、そっと握り返して。

 そして、小さな笑顔の花を咲かせた。