タイトル:袈裟羅婆裟羅マスター:愉縁

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 6 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2012/03/17 23:33

●オープニング本文




 寒暖の差が激しい今日この頃。冷え込んだ昨晩とは打って変わり、今日は久しぶりに太陽が顔を出していた。
 政治家の先生方が好んで利用しそうな、趣きある老舗の料亭。その一角に、セレブな世界からは程遠い30歳と、世渡り上手な勝ち組30歳、ULT職員・稲玉 茉苗(いなだま まなえ)と、その幼馴染の七島 恵那(ななしま えな)の姿。

「いや、今時、振袖とかないよね。適当な余所行きの服でいいのにー」
 普段仕事で着替えるULTの制服以外、着るものがズボラな稲玉にとって、振袖は10年振りに袖を通すものだった。胸の辺りが窮屈で、思わず指でぐいぐいと隙間を開けようとするが、七島が見逃すわけが無い。
「あー! この、馬鹿っ! 折角綺麗にセットしたのに、触るなっ!」
「ねー。恵那ァー。かえろー?」
 大人の集まりで無理に連れてこられた子供のように唇を窄め、つまらなそうな表情を浮かべた稲玉に、七島は軽くペシッと、頭を叩いた。
「お前の茶番に付き合ってる私の身にもなれっ!」
「茶番言うなし」

 彼氏居ない歴=年齢の稲玉。実家に帰る度に、母親に将来を危惧されるという苦行を重ねてきたが、いよいよ30歳を迎え、それでも男の兆候がない彼女に、ひとつの見合い話が持ち上がった。母が持ってきた話ということもあり、渋々承知してここまで来たものの、しかし、稲玉本人は乗り気ではない。なんというか、恋愛結婚でなければ、負けかなと思うところもあるのだろう。

「大体、相手の家柄も良いし、結構なイケメンじゃない。何が不満なの、何が」
「タイプじゃないんだよね」
「どの口が言った、どの口がぁぁああ!! 選べる立場か、30歳ィ!!」
「いひゃいいひゃいいひゃいっ!?」
「とにかく、気に入るかどうか、実際会ってみないとわからないでしょ。これも出会いなんだから、しっかりやんなさい!」
「ねぇ、恵那」
「何?」
「オカンみたい」
「黙れ、同期の桜」
「まぁ、美味しいご飯出るし、いいか。料理、向こう持ちなんでしょ?」
「お前なぁ‥‥」
 急な用事で出席できなくなった母の代わりに稲玉を監視――もとい、付き添う事になった七島であったが、次第に後悔の色が濃くなり始めていた。大体、稲玉と一緒に居て、ロクな目に遭った事が無い。キメラに遭遇するのもそうだが、小さい頃から彼女の引き寄せるトラブルに、一緒に巻き込まれてきた。
 まぁお陰で、大抵のトラブルには迅速冷静に対処できるようになったし、胆力も付いて、仕事場では芯の通った主張も通せる人間にはなれたのだが‥‥。熊や蜂に襲われるのはまぁ、いいとして、流石にピューマとかクロコダイルに襲われる経験は、バグア襲来前の学生には、そうあるものではないだろう。

 そんなことをボンヤリ思い出していると、何時の間にか稲玉が襖を開き、ボーっと雪化粧をした庭園を眺めている。何故か、嫌な予感がした。
「マナ‥‥。どうしたの?」
 何かもう、そういうものが視える力でもあるんじゃないかとも思う。普段から変なところで観察力の高い稲玉だが、普通なら10中8、9見逃すものに気付いてしまうそれが、彼女のトラブルを呼び込む一因かもしれない。
 七島はようやく、稲玉が見ていたものを見つけた。人間の手のひら二つ分くらいの白い毛玉が、ふわふわのんびり漂っている。昨晩に積もった雪が保護色になっているのか、彼女達以外に、その存在に気付いている人間はいないようだ。
 稲玉が無言で七島に振り返り、長い付き合いの七島は、ただ首を竦めて、それに応えた。

 見たところ、積極的に人を襲うキメラではないようだ。恐らくは機雷のように漂って、近付いた人間を無差別に攻撃するタイプか。下手にテリトリーに飛び込まなければ危険は無いが、知らずに踏み入ってしまえばどうなるかはわからない。
「まるで、ケサランバサランね。ふわふわしてて、可愛いわ」
 七島がそんな感想を漏らすと、稲玉が深く溜息をついた。
「この前のグロイのに比べりゃ、大抵のものは可愛く見えるでしょうに。見たところ、知覚系のキメラかしら。私は民間人を退避させるから、恵那はULTに連絡しておいて」
 いくら可愛くてもキメラはキメラ。ULTという立場の稲玉にはするべき仕事がある。ダラッとした雰囲気を払うように機敏に行動を始めた彼女を、七島が「ちょ、ちょっと」と呼び止めた。
「お見合いはどうするのよ!」

「まぁ普通に、中止‥‥じゃない?」
「ハァ」
「どうした、同期の桜」
「あんた本当、何でいつもこうなの?」
「それはむしろ、私が聞きたいんだZE☆」

 親指を立て、舌をペロりんと出して片目を瞑った友人の顔は、何故か、嬉しそうにも思えた。

●参加者一覧

宵藍(gb4961
16歳・♂・AA
海鷹(gc3564
20歳・♂・CA
祈宮 沙紅良(gc6714
18歳・♀・HA
ルティス・バルト(gc7633
26歳・♂・EP
葵杉 翔太(gc7634
17歳・♂・BM
ルーガ・バルハザード(gc8043
28歳・♀・AA

●リプレイ本文


 ぽかぽか暖かで柔らかい日差しが降り注ぎ、雪化粧に飾った、趣きある庭園を輝かせている。そこをノンビリ泳ぐ綿んぼが、まったりとした癒しの空間を作り出していた。

「ほら見てごらん、翔太さん‥‥。雪が綺麗だね」
 庭が見渡せる廊下に立って、ルティス・バルト(gc7633)はそっと、葵杉 翔太(gc7634)の肩を抱き、寄り添った。
「うん、キメラにしちゃ綺麗で良いな。いや、良くないのか」
 揺蕩う毛玉を眺めつつ、でも実のところ、茉苗が御見合いすると聞いて、どんな相手なんだろう? とか、まぁルティスより顔が良いってことはないよなー‥‥って、何考えてんだ俺は! とか、ぼんやり思っていたものだから、いつもは瞬間湯沸かし器も真っ青な翔太なのだが、緩く身を任せてしまっていた。


 ホー ホケキョ ケキョケキョケキョ‥‥


 庭園に春告鳥の長閑な鳴き声が響き渡り、ハッとして、ようやく自分の状態に気付いた翔太は、顔を真っ赤にしながら、ルティスのくびきを押しやった。
「で、雪じゃねーし! って、近い! 近寄んなー!」
 ‥‥この二人は、今日も平常運転のようである。

「茉苗が、見合、い? ‥‥ああ、それでその格好な訳か」
 七島が頷いて、宵藍(gb4961)は再度、艶やかに着飾った稲玉の振袖姿を、まじまじと眺めた。
「振袖だっけ? 結構似合ってる。女ってほんと、纏うもの一つで雰囲気変わるよな。うん」
 役者としての心得もあり、自らも女装経験のある宵藍だが、それでも女性の変貌振りには、よく息を呑まされる。
「この前の、どてら姿も味があったけど」
 冗談のつもりで言ったのだが、稲玉から放たれた、鋭い日本刀のような眼差しに、思わず一歩たじろぐ宵藍。
 そういえば、以前にも似たようなことがあったような、と、祈宮 沙紅良(gc6714)は思い出し、しかしそれは口にせずに、いつもの柔らかな、春の日差しのような微笑みを零した。
「茉苗さん、お着物よくお似合いですわ」
「私は嫌だったんだけどね。初々しい20代前半なら可愛いだろうけど、この年でこの気合の入れようじゃ、逆に相手が引くんじゃないかと思うわ」
 崖っぷちをアピールしてどうすんの。と、視線を七島に投げかける稲玉であったが、実のところ、ラフなジーンズ姿で堂々と来て、七島の計らいで、急遽振袖を用意するハメになったことを、傭兵達は知らない。七島の目が据わっていた。

 ふと、さっきから挙動が不審なルーガ・バルハザード(gc8043)が、そわそわしながら時々、こっちを見ている事に気付いた。焦っているようにも、見える。
 何となく心が通じ合い、一度は酒を酌み交わした仲。そして、何だかんだで、一番良く、稲玉を理解していたルーガ。


 お前、行ってしまうのか? 私を残して、行ってしまうのか?


 とでも言いたげな視線。怪我して保護した野生の動物を、野に返す時、きっと同じ気持ちになるのだろう。稲玉には分かっていた。同世代が次々結婚し、見送ってきた彼女には、痛いほどに。

 だが稲玉には、この見合い話は親の顔を立てる以上のものはない。そんな事を話していたと、七島が言うと、海鷹(gc3564)は小さく息を吐いた。
「本人が望まないにせよ、チャンスは多いに越したことはないだろう」
 これも出会いの形。運命の巡り合わせは、劇的とは限らない。強いて言うならば、思春期のような幻想を何時までも抱いているのが、稲玉最大の障害なのではないか。

「何にせよ、タダ飯が食えるのは有難いことだ」
 海鷹の言葉に、‥‥でも何で? の表情を浮かべた宵藍。見合いをする稲玉達はわかるとして、傭兵達に料理が振舞われる理由が分からない。そんな疑問を感じ取ったのか、稲玉は答えた。
「うん。予約が全部キャンセルになっちゃったからね。仕込みも無駄になるっていうんで、被害なく倒せたら、特別にタダで食べさせて貰えることになったんだよ」
「‥‥マナ。それ、アンタが散々ゴネたからでしょ」
 真意を知っている七島は溜息をついた。‥‥見合いはしたくないけど、料理は食べたい。ならば傭兵達への礼という形に持っていけば――。大方そんなところだろう。
「だって、もったいないじゃん」
「その行動力と交渉力を、上手く活かせれば、なぁ」
 再度、深く溜息をついた七島を慰めるように、海鷹は肩をポンと叩いた。

「ま! 折角気合入れた格好してるんだからさ、お見合いオジャンじゃ、勿体無いじゃん。俺らがぱぱっと終わらせてやるから、茉苗はガッツリ相手を悩殺してやれ!」
 宵藍が、厨房から借りた金ザルを振りながら、ニコッと微笑んだ。‥‥悩殺はちょっと、違う気もするが、沙紅良が「そうですね」と相槌を打つ。
「茉苗さんのお見合いが無事に行なわれるよう、尽力致しましょう。折角のお姿、お相手にお見せしないと勿体無う御座います」
「ああ、兎に角キメラ退治だ、キメラ退治! これ、茉苗の為に、‥‥なるんだよな、ルティス?」
「そうだね、翔太さん。茉苗さんの折角の晴れの舞台、邪魔されちゃ困るね」

 意気込んだ傭兵達は、庭園に面した廊下から、雪が被った砂利の上に、ゆっくりと降りていった。


 *

「それにしても‥‥。本当にキメラとの遭遇率が、高くていらっしゃるのですね。いつか危ない目に合われるのではと、心配でなりませんわ」
 本気で心配そうな表情を浮かべた沙紅良に対し、宵藍はただ、苦笑いを浮かべるだけだった。本人も、遭遇したくてしているわけではないだろう。

「――波羅伊玉意喜餘目出玉」
 気を取り直し、まずは、と、沙紅良はズイッと前に出て、呪歌を発動させた。淡く輝く白い光を纏い、沙紅良が柔らかな歌声を響かせる。
 対する毛玉からは、苦痛はおろか、意思のようなものが微塵も感じられ無い。毛玉はゆらゆら、へなへなと、地面に落ちていった。どうも積極的に襲ってはこないようだが、しかし、遠くから攻撃を当てれば飛んでいってしまうし、近よれば電撃が待っている。

 宵藍が、金ザルをぽいっと被せると、毛玉はその重みで地面に一気に落ちた。金ザルを固定するように、抜刀・瞬で抜き放った匕首を突き刺して、しっかりと地面に縫い付ける。

 パチッ、パチチチッ!

「うわっ」
 金ザルから火花が散って、周辺に白い光が迸り、宵藍の両手をパチンと叩いた。大したダメージではなかったが、意図しない静電気のようなダメージというのは、地味に怖い。
「電撃は避けられそうにないかな」
 宵藍がそう呟くと、沙紅良はニッコリと微笑んだ。
「練成治療いたしますので、安心して電撃を受けて下さいませ」
「沙紅良‥‥。何か、笑顔が黒いような」
「はい?」
「い、いや、なんでもない」
 元より、ダメージは活性化で自己治癒しながらとは、思っていたが‥‥。しかし、天性の弄られ体質の宵藍は、どうにも沙紅良の、――恐らくは当人にはそんなつもりは無いであろうが、隠れ天然Sっぷりを感じていた。

「よし、あとは俺が」
 宵藍が被せた金ザルに、翔太は素早く接近し、先手必勝を発動。手にしたダガーに流し斬りと円閃を加えて、金ザルごと粉砕した。見た目通り、そんなに耐久力もないようで、呆気なく消滅するキメラ。
「なんだ、思ったより全然、弱いじゃんか」
 力んで損したーと、肩の力を抜いた瞬間、翔太の横顔を光が照らした。「えっ」咄嗟に身構えた、その視界の先、超機械「スズラン」が発生させた電磁波がキメラを包み、電撃弾ごと飲み込んだ。
「気を抜いたら、駄目だよ、翔太さん」
「うっ、うるせーよ! でも、‥‥サンキュ」
「ん? 何か言ったかい、翔太さん」
「なっ、なんでもねーよ! お前こそ、気を抜くなよ!」
 ムガーっと、真っ赤になって吼えた翔太を、からかう様にくすくすと笑う、ルティス。

「‥‥どうやら、電磁波には少々、耐性があるようだ」
 海鷹が、一体の毛玉を盾で押さえながら、ナイフで突き刺し、淡々と言った。スッと視界を上げた先、スズランによって攻撃を受けた毛玉が、バチパチと電流を帯電したまま、宙を漂っている。物理耐性はあまり高くないようだが、逆に知覚耐性はそこそこにあるようだ。ルティスは首を竦め、煙管刀を抜いた。

「ほら、待て待て‥‥そこだあッ!!」
 じりじりと、間合いを詰め、行くタイミングを計っていたルーガが、網をぶわっと投げつけた。それは二体のキメラを捉え、スッポリと納まる。
 ルーガは素早く近付き、すかさずワイヤーとペグを取り出した。これで拘束しようというのだが、しかし近付いた瞬間、激しいスパークが地面を走り、彼女を包み込む。先程の電撃よりも、ずっと巨大で強い光が、近くの灯篭をジリジリと焼き焦がした。

「‥‥2体の合体で、これか。油断できないな」
 ルーガの前に海鷹がボディガードで塞がり、盾の影からキメラを覗くと距離を詰め、キメラを盾で潰して。持ち替えた片手剣を深く差し込んだ。
「――しかし、こちらの方が、ずっと手っ取り早い」
 ぶすぶすと、身体を焦がしながら、ゆっくり立ち上がる海鷹。
「すまんな、助かった」
「‥‥気にするな。タダ飯の為だ」
 ルーガの礼に素っ気無く返した海鷹は、既に別のキメラに向けて動いていた。

 すぱーん。

「何か変な気分‥‥」
 裏返したアルティメットフライパンを被せ、毛玉を閉じ込めた宵藍は、まるでゴキブリを始末するかのように、素早く慎重に、パッと開いたその隙間から月詠を突き刺した。
 4体目を倒す頃には要領も掴めてきて、餅つきをするように、動きを封じて、流れ作業でトドメを刺すパターンが入る。息絶えたのを確認して、沙紅良が呪歌を止めた。

 合体を許さず、慎重に倒していけば、キメラは然程脅威ではなかった。どちらかといえば、浮遊機雷に近く、討伐というよりは、除去と言った方が正しいかもしれない。
「害がなければ可愛いのですけれど」
 ケサランパサランのキメラは、本当に見た目もただの大きな綿毛で、猫科の動物ならば、辛抱できずに飛びついてしまう、魅惑のふわふわもこもこだと、沙紅良は思った。
 だが、本気で陥れたい罠は、危険を知らせない。風景に溶け込み、時には優しい顔も見せ、油断させようとするのが常。

「ぐっ」
 ふあふあの毛玉に、僅かに動きが鈍るルーガ。家に持って帰り、ベッドの上で、思うさまモフりたい――などと、おセンチな気持ちになって、攻撃の手を緩めるつもりはない。そんな乙女心など、とうの昔に不燃ゴミに出している。先程は同志・稲玉が見合いと聞いて、ちょびっっっっと、だけ動揺して、冷静さを欠いたが、今度は違う。
「はッ! これで、終わりだッ!!」

 逆手に構えた直刀は毛玉の芯を捉え、綺麗な垂直に突き立った。


 *

 仕事を終えた傭兵達は一室に集められ、色彩豊かな料理に舌鼓を打っていた。
「これは、たらの芽かな? うん、美味しい。流石老舗の料亭、素材の味を活かす味付けだ。この小鉢のとか、再現できないかな」
 料理が趣味の翔太は、熱心に料理の分析を行っていたが、料理よりも翔太にちょっかいを出すのが楽しいルティスが、いつの間にか翔太の隣に座っていて、「翔太さん、俺達もお見合いごっこでもしようか」とか、ナチュラルに言った。それを翔太は、花の形に切られた人参を咀嚼しながら、「あー」と何気なく返事をして、6秒後に、ガバッと勢いよく顔を上げた。
「って、お見合いごっこって、アホかお前はー!!」
「翔太さん‥‥ご趣味は?」
 翔太のツッコミは華麗にスルーして勝手に進めるルティス。何か言おうかと思ったが、まぁ暇だし、付き合ってやるか。くらいの気持ちで「料理だよ」と答えた。
「普段の生活は?」
「学校行ってるよ」
「じゃあ、少し散歩しようか」
「しねーよ」
「くすっ。翔太さんってばそんなに畏まらなくても良いのに」
「急に振ってきたから、戸惑ってんだよ!!」

 そんな二人の様子に、向かいの沙紅良がクスクスと笑みを零している。
「あ、そうだった、沙紅良、これ。‥‥チョコの、その、お返し」
 照れ臭そうに翔太から突き出されたのは、丁寧に包装されたハンカチ。
「ありがとうございます」
「別に‥‥たっ、ただのお返しだからなっ!」
 それを見ていたルティスが、翔太の首にぐるりと腕を回し、ぐいと顔を近づけた。
「意外と律儀なんだね、翔太さん。‥‥俺には?」
「お前には、ねーよ! てか、近ぇし!!」


 *

 一人、庭園に残ったルーガ。苦味潰した顔で、松の木に額を擦り付け、ガツンと、鈍く重いブローを放った。
「くっ‥‥」

 同じ年頃の、結婚相手がいないロンリーウルフ同志が、これでまた一人減ってしまうのか‥‥ッ?!

 今のところ春の到来は、予兆すらないルーガ(御年28歳)は、喪失感と焦燥感に支配され、沈痛なる面持ちで、プルプルと打ち震えていた。同志がいれば、友がいれば、何時明けるか知れないこの寒い時代を、乗り越えられると、そう思ってきたのに!
「‥‥」
 分かってる。まだ慌てる時間じゃないということは。これは見合いで、しかも稲玉の、だ。考えるんじゃない、感じろ。彼女のロンリー力(ちから)は、私と同等、いや、それを超える逸材のはず。
 弱弱しく、ルーガは顔を上げた。

 信じよう。きっと、彼女は、ここへ戻ってくる‥‥と。


 *

「‥‥しかし、一体どんな物好きがくるんだろうか」
 海鷹が食事の手を休め、茶を啜りながら何気なく言った。「ちょっと覗いてみようぜ」と、宵藍が沙紅良に提案を持ちかけようと振り向いたら、既に彼女は居ない。

 どこに行ったんだろうと、とりあえず、見合いが行われている部屋の前に皆で行ってみると、いち早く抜け出し、中の様子を伺う沙紅良の姿。宵藍は遠い目をした。

「お行儀悪いですが、友人として興m‥‥心配です故」
 ハイライトの消えた、セピア色の視線を感じ、慌て、弁明する沙紅良を尻目に、宵藍が襖の隙間から、そっと中を覗いた。
「なぁ、茉苗が破談にしたいっていうならさ、手伝おうぜ」
「いえ、お会いしてみれば印象も変わるかもしれませんし、出会いは大事だと思いますの」
「あれが、相手か‥‥。優男って感じだな。茉苗には、もっとタフそうなのが似合いそうなんだけどな」
「しっ、静かに。聞こえますっ」


 慎ましく応対する稲玉は、普段見る悪ガキのような彼女とは違い、大人の魅力に満ちた一人の女性だった。交渉を主な仕事としている彼女の、別の一面が垣間見える。
 しかし、それはあくまで営業の顔なのだと、宵藍は察した。相手の顔を立てながらも、巧みに擦り抜ける大人の回答。第三者が聞けば、応じるつもりが全く無いのがよくわかる。

「どうやら、無駄足になったようだな」
 海鷹の呟きに、沙紅良は残念そうな表情を浮かべ。そしてどこか、彼女には人を受け入れられない、いや、意図的に自ら幸せを避けているようなものを感じた。

 ‥‥もしかしたら彼女は、悟らせないように、羨ましがっているフリをしているのではないか、と。