●リプレイ本文
気が遠くなるほど延々と、トマト木の列が整然と続いている。
一概にトマトと言っても、その品種は8000種類にのぼるといわれる。このトマト畑では、そのうちの、十数種類のトマトが扱われており、逞しく、力強く生きていることを主張するかのように、つやつや、キラキラと輝かせていた。まるで宝石、ルビーのようだと、リル・オルキヌス(
gc6894)は心を躍らせていた。
「トマトの樹には、傷がつかないようにしたいですね」
ガーネット=クロウ(
gb1717)は、その太陽の果実達を眺め、そこに注がれた愛情や拘りを、しかと感じ取っていたようだった。自然と、握る拳に力が篭る。彼女が見詰めた先、トマトの木々を分けるように設けられた道を、100mも歩けば、問題の区画だ。
事前に、フローラ・シュトリエ(
gb6204)と、セラ・ヘイムダル(
gc6766)が、被害者を訪ね、襲われた時の状況や、遭遇した詳しい場所などを聞いていた。
トマト畑はいくつかの区画に分けられており、それぞれに区画を示す札があって、それが目印になった。
「‥にしても、畑にキメラを紛れ込ませるなんて、嫌らしい事するわねー。きっちり退治してしまいましょう」
「トマトキメラ駆除ですね。退治より駆除の方があってる響きです♪」
フローラが息巻く横で、セラはのほほんと、穏やかな表情を浮かべた。
「食べ物をキメラにして人を襲わせる‥なんとも悪趣味な相手です、綺麗にお掃除してしまいましょう」
リュティア・アマリリス(
gc0778)が、頷き、静かに呟いた。
「それじゃ‥」
トントンと、小さなボックスの端を叩き、顔を出した煙草を摘まんだ鷹代 由稀(
ga1601)が、それを火を付けないまま咥え、静かに言った。
「ちゃっちゃと始めるわよ。数が多いから時間が惜しい」
●A班
トマトの木が列になって続く。その列の間の道を、6人の傭兵達は2班に分かれて進んでいた。
「あ」
はた、と、ガーネットは歩みを止め、
「そういえば誕生日、でした。本当の生まれた日はわからないので、‥適当に決めてもらった日ですけれど」と、何気なく、言葉を洩らした。
すると、由稀が、へぇ意外、といった表情を浮かべ、
「ほんと? 奇遇ね、あたしもなんだ。7月7日」と、言葉を返した。
その二人のやり取りに、一歩後で控え目に付いてきていたリルが、僅かに反応した。
実はリル。‥同じ誕生日ではなかったが、今月の生まれだった。しかし、言い出すタイミングが掴めず、でも20日だし、ちょっと先だし、言うべきじゃないかな、でも、ほんのちょっとの差だし、言ったら、割とグイグイ、話題に入っていけるんじゃないかな。チャンスなんじゃないかな。と、ぐるぐると思考を巡らせていた。
気が付けば、じっくり思案顔になっていたリルに、ガーネットが気付いて振り返り。そしてその彼女の動作につられて、由稀もリルにぐるっと視線を移した。思案顔のリルと、セブンなキブン二人の視線が交錯し、まるで野良猫と偶然視線が合ったような、空気が流れ、3人は膠着した。
5秒遅れ、再起動したリルが、え?は?と、軽くテンパって、オロオロして、「ガ‥ガーネットさんは、トマトみたいな髪色ですね。お二人とも、きれいで、さらさらで素敵な髪で‥‥羨ましいです」と、割と直感というか、脊髄反射的に言葉を発していて、自分でちょっとビックリした。そしたらガーネットが、自分のトマト色の髪を人差し指で軽く梳いて、「‥え。トマトみたいで、紛らわしいですか。すみません」と、何か斜め上の反応が返ってきて、えっえっえっ?、と、更に驚いて、でも、ちょっとトマトキメラと間違えたらどうしよう、とか、思ってしまった。
そんなあたふたなリルを一先ず置き、ガーネットは、聞くならこのタイミングだろうと言わんばかりに由稀に尋ねた。
「‥ところで、それ、なんですか?」
指さした先は、ささやかに膨らんだ鞄だった。チラチラ見える、四角い銀色の物体が、気になってしょうがなかったのだ。正直に言えば、リルも気になっていた。いや、というか、高速艇での移動中、実は5人全員が気になっていたが、完全に聞きそびれていた。多分、誰かが聞いてくれるだろうという、甘えがあったのかもしれない。
「ん?これ?食パン」
ぽんっと、鞄を軽く叩き、由稀が答える。が、ガーネットはいやいやいやと、右手を左右にパタパタ振った。
「いえ。でなくて、そっちのそれ、銀色の‥」
それでようやく、ああ、と、由稀は理解した。それで、鞄からごそごそと、銀色のポップアップ型のトースターを取り出した。食パンを2枚焼ける、これで焼けたパンを咥えれば、思わず遅刻遅刻〜☆と言いながら登校したくなるような、そんなごく普通の、ありふれたトースターのようだった。
「うん。丸ごとガブリと、豪快にいくのもいいけどさ、カリッカリに焼いたパンにマヨネーズを塗って、輪切りにしたトマトを乗せて食べようかと思って」
どや顔でサムズアップした由稀を見て、リルは、おずおずと小さく控えめに、「‥あの」と声を掛けた。
「電源‥は‥?」
「‥‥」
3人は、顔を見合わせた。‥真顔で。
初夏の照りつける太陽と、それを吸い込んだ土の生暖かい香りが、いやに、鼻に付いた。
今日はきっと暑くなる。何故だかなんとなく、3人はそう思った。
●B班
一方。列を挟んだ反対を、B班に分かれた傭兵達が、キメラを警戒しながら慎重に進んでいた。
セラが、「畑の端から悪いトマトはいねがー」と、2m近い黒色の太刀を抜き身でふんふーん♪と、妙なテンションで、軽く鼻歌交じりだったが、彼女もプロの傭兵。気楽そうに見えて、しっかりと周囲に気を配っている。‥と、思いたい。恐らく。多分。
「キメラトマトの木はどんなのでしょうね?きっと普通のトマトの木と違って、キメラちっくに違いないのです」
「キメラちっくって‥、どういうのですか?」
セラの何気ない疑問に、我、これ全身メイド也!と言わんばかりのメイド姿の傭兵、リュティアが、返した。セラは、少しふむむ、と考え、でも、明らかにそこまで深くは考えて無かったかのように明るく元気に、「くねくね枝を動かして襲ってきたり、根を足の様に使ってうにゅうにゅ移動したり、です」と、笑顔でビッと、親指を立てた。ちょっと得意げに。
リュティアの脳裏に、くねくねと枝をうねらせ、タコ足のような根っこで地面を器用にぐねぐねと移動し、そして練力を吸い取りそうなダンスを仕掛けてきそうな、そんなトマトの木が、パッと浮かんだ。
‥それは、とても、キショイ。略してSTKだった。
少し眼を細め、軽く意識が明後日に旅立ちかけたリュティアを眺め、フローラが言った。
「オジサンは、トマトキメラの木自体は襲ってくる事はなかったって言ってたけど、実際見てみるまで油断はできないね」
警戒する事に越した事は無い。ただ、襲われたオジサンは一般人であり、気も動転して、逃げる事しか頭に無かったのだ、実際の状況は、違う可能性もある。断定するのには、まだ早いが。
「そうですね、もしかしたらトマトキメラを増殖させるかもしれませんし、トマトよりも、優先して倒したほうが良いかもしれません」
軽く頷き、リュティアが答えた。
「それにしても、依頼人の方、元気そうで何よりでした」
フローラに同意を求めるように、セラは言った。表情は悪戯を思いついた子供みたいにも見えるが、それでも彼女の、素直な言葉である。
「大分落ち込んでいたみたいだけど、試行錯誤で育てたスイカが、今年は良い出来みたいでさ、寝込んでいられないって言ってたわ。まだ小さな畑で試しにってだけらしいんだけど、来年は沢山のスイカが見れるかもね」
子供みたいなキラキラした眼差しのオジサンを思い出し、フローラは表情を緩ませた。
「トマトもね。丹精込めて作り上げられたものなんだもの。そう簡単に諦めさせる訳にはいかないわ」
「ですね♪」
元気よく返事をしたセラの横で、僅かに空気が振動し、リュティアが覚醒した。その瞳が翡翠石のような鮮やかな緑に変色する。
「そろそろ、この辺り‥ですね」
探査の眼を発動させ、十字架の模様が刻まれたグローブをしっかり手にはめ、きゅっと唇を結んだ。続けて、セラも覚醒し、最後にフローラが覚醒する。甲に銀色の紋様を浮かべた手に握られたレーザーブレードの筒に、力が篭る。
「畑への被害は避けたいものね。慎重に行かないと」
50cmの筒がヴゥンと空気を震わせ、発せられたレーザーが知覚の刃を形成した。
カタカタ、ケタケタ。
その僅かな音を、研ぎ澄まされた感覚が拾う。
「そこですっ!」
リュティアの手に何時の間にか手に握られていた苦無が、その華奢で繊細な手から放たれ、シュッと、風を切る音が鋭く空気を裂いて、一所目掛け飛んでいく。ザクッ!と柔らかいものに鈍く刺さる音と、キュー!と、小動物の悲鳴のようなものが、周辺に響き渡った。
「あ。 当たった」
「え。今の、まぐれデスカ」
綺麗に決まったリュティアの一撃に、彼女自身が何故か当惑していて、その様子にセラが反射的にツッコミを入れた。何かもー、勢いでやったら上手くいっちゃった。くらいの一撃だったのかもしれない。
ごほん、と、咳払いして、平静を作ろう彼女の口元が、ふにゃん、とほんの僅か、刹那の一瞬だけ小さく緩んだリュティアを、セラが見逃すわけがなく。それで、セラはちょっとニヤけた。去来する謎の感覚。これが世間一般で言う、萌えなのだろうか。
キィーッ!
その金切り声に、セラとリュティアが顔を上げる。怒り狂ったトマトが、じゃあ俺が!いや、俺が俺がと言わんばかりの勢いで、一斉にトマトの木から飛び出して、襲い掛かってきたのだ。そこに白銀の影が颯爽と立ち塞がり、高圧で練られた知覚の剣をくるり、と振るい、斬り返して、トマトの群れを易々と薙ぎ払った。
「そう簡単に噛みつけるとは思わない事ね」
ギラッと、双紅の瞳がトマト達を睨む。
「あれが、トマトキメラの木です!」
リュティアが叫び、フローラが頷く。
「行って、リュティアさん。私達が道を拓くわ」
「ふふふ〜♪抵抗するトマトはキメラ、しないのは訓練されたキメラです♪」
左右から無数に群がるトマトキメラに、フローラとセラが交互に≪子守唄≫を唄う。二人の乙女の合唱が、暖かな眠りへと、誘う。ボト‥ボトボトと、力無く地面に落ちていくトマト達。その隙間をシュタタタタと、疾風のようにメイドが駆け抜けていく。足元に転がったキメラなど意に介せず、ただ、脚爪「クーシー」で、グチャリと踏み潰した。トマトは、まるで、ありがとうござますぅっ!と言っているかのような甲高く、悲痛な叫びを発すだけ。
抜刀・瞬によって、ホーリーナックルを瞬時に装着したリュティア。眼前のトマトの木は、判断する間もなく、ただフォースフィールドの光を輝かせるだけの抵抗を見せ、そして次の瞬間には、文字通り、木っ端微塵に吹き飛んだ。
●掃討戦
カタカタ。
それは、既に哂うという意味から、奥歯を振るわせるものへと変わっていた。
前衛を務めるガーネットが、飛び掛ってきたトマトを大きな盾で払い、その影から純白の爪を、続けて飛び掛ってきたトマトに突き刺した。まるでプチトマトをフォークで刺したかのような、瑞々しい弾力を感じる。すぐさま爪を素早く振り、トマトと果汁の血を先端から吹き飛ばした。地面にぐちゃりと、鈍い音が響き、キメラが力尽きる。
「これで‥37、位です」
ガーネットの死角からトマトが飛び出す。それを、由稀の持つ白銀の銃身から放たれた弾丸が、纏めて3匹突き抜けていった。そのトマト全てにフォースフィールドの光が輝いたが、正確無比の一撃の前では意味を為さず、彼女の前では『止まった的』でしかなかった。
「じゃあ、これで、40?」
1〜2秒程の隙を見つけ、流れる動作で、今日二度目のリロードを済ませる。
「単調な動きね‥。見切りやすくて楽だけどさ」
その脇で、リルが横笛型の超機械「スズラン」に、小さな唇でそっと優しく、空気を送り込んだ。電磁波がバチバチッと逆巻いて、2体のトマトをバシュッと吹き飛ばした。ピギィという甲高い叫びと共に、命を散らす。
「お見事ね、リルちゃん。これで42」
リルをカバーしようと一瞬構えた銃を降ろし、そして由稀はトマト達を一瞥した。
統制を失ったトマト達は、すっかり混乱していた。水溜りに放り込まれた蟻のように、ただ必死にもがくだけの、そんな無作為な動作で、攻撃らしい攻撃はすっかり無くなっていた。
最初おっかなびっくりで、ガーネットと由稀の背後で怯えていたリルだったが、途中からその姿を少し哀れに思い、行く方向を間違えてごっつんとぶつかったトマトキメラに、愛嬌すら感じて、気が付けば、頬が僅かに熱を帯び、口元が少し緩んでいた。
「はゎゎ‥。ちょっとかわいい、かも」
どちらかといえば、貴女の方が可愛いですよ。と、無表情に彼女に視線を送ったガーネットが、視界に入っていたキメラをあらかた片付けると、念の為、近くにあったトマトの木をつつき、フォースフィールドの有無を確認していた。
●とまとととまと
「んー、やっぱり取れたての物は違うわねー」
「やっぱり野菜は採ってその場で、が一番ね」
赤い果実を軽く洗い、シャクリと、頬張たフローラと由稀が、同時に感想を洩らした。絶妙なバランスの甘味と酸味が口いっぱいに広がり、自然と頬が緩む。美味しい物を食べて、不機嫌になる人間なんて、いるわけがない。それは絶対の真理だった。
「一度やってみたかったのです、採れたての生のトマトに齧り付くのって‥」
リルは控え目に、小さい口でかぷり、かぷりと、少しずつ齧りついては、もむもむと咀嚼していた。そして時折思い出したかのように、零れ落ちそうな果汁を服に溢さないよう、わたわたしていた。
それを微笑ましく見守り、でも、いつでも零れた果汁を拭える位置と心持ちで、リュティアが直ぐ傍でスタンバっている。メイドの鏡だった。いやむしろ、メイドの本能かもしれない。その視界を、赤毛の少女が過ぎる。
「あら。ガーネット様、着替えられたんですか?」
「さっきの戦闘で、ベトベトになってしまいましたから‥。幸い、女性だけですし」
流石に人前で、とはいかなかったが、身を隠せる場所には事欠かず、さっくりと着替えを済ませていたのだが。しかし一瞬、背筋にぞくりとしたものが走った。セラの目がキュピーンと光っている。
「!?」
ガーネットは、バッと振り返ったが、セラは邪気など微塵も感じさせない、年頃の少女の顔で、トマトをウマウマと、頬張っているだけだった。
「そういえば」
そんな和やかムードの中、セラが何気なく切り出した。
「あの、鷹代さん、いいですか?」
「ん?」
「その鞄のって、なんなんですか?」