タイトル:シングルベルマスター:愉縁

シナリオ形態: イベント
難易度: 普通
参加人数: 9 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2012/01/09 06:52

●オープニング本文


 ULTオフィスの一角。3ヶ月の長期出張の書類提出を終え、さて、通常業務に戻ろうか‥‥というところで、恰幅の良い中年に呼び止められた。一応、稲玉の上司にあたる人物だ。

「は? 休暇‥‥ですか?」
 稲玉は、つるっつるに輝く頭に、ついつい視線を合わせながらも、彼の言った一言を復唱した。
「うむ。君には色々無茶もさせたからね。折角のクリスマスだ。仕事で潰してしまうのも惜しいだろう。24日、25日は休みたまえ。有給扱いにはしておくよ」
 ニコニコ浮かべた満面の笑顔からは一切の悪意を感じられなかったが、対する稲玉は戸惑いを隠せなかった。

 ―――クリスマス。
 彼氏いない歴=年齢の稲玉は、その日を意識したくなかった。その日は新聞すら目を通さない。オフィスに篭って、ひたすら仕事に打ち込み、その二日間が過ぎるのを、念仏を唱えながらじっと待つ。そうして26日を迎えれば、街は総入れ替えしているのだから、あとは新年を迎える準備、ハッピーなニューイヤーへ向けて進むのみなのだ。

「あ‥‥いや、その――」
 正直有難くない。というか迷惑以外の何物でもないその言葉に、ただ言葉を詰まらせ、顔を引きつらせて見せるが、この中年オヤジは、空気が読めない生き物なのだろうか。
「稲玉クンも、ホラ、例の『彼氏』とクリスマスの夜を過ごしたいだろう! ハッハッハッハ」
 ‥‥と、のたまった。

 オウ、シィーット!!

 以前見栄を張って、私利私欲公私混同で依頼を出したのが、ズシリと響いた。まさに身から出た錆。それを言われてしまえば、グゥの音も出ない。

「オココロヅカイ、アリガトウゴザイマス‥‥」
 ボソボソと、片言で言葉を返し、稲玉はトボトボと、自分のディスクに戻っていった。


 ***


 余計な気を回され、鬱な休暇を送る羽目になった三十路間近の女は、午後の仕事もそこそこに、デスクの上につっぷしていた。ハイライトの消えた目は、半ズボンの映える金髪碧眼の美少年のお尻を凝視している。股下5cmの水色のズボンからスラリと伸びる太ももが、実に美しい。まるで、白雪のようだ。
 ‥‥しかし、もう冬だというのに、頑なに半ズボンを貫く彼のスタイルには、賞賛せざるを得ない。

「そーいえば、オズワルドくんは、クリスマス予定あるのー?」
 稲玉が何気なく話しかけると、金髪の少年はキィと回転椅子を動かし、身体をくるりと向けた。まだ幼さの残る柔らかい風貌に、すこし癖毛になった前髪がふわりと揺れ、ほのかに甘い香りが漂う。『天使のような』という表現がピッタリはまりそうな可愛い少年だが、こう見えて、来年18歳だという。この容姿で18歳。生唾を呑むばかりである。ごくり。
「僕ですか? ‥‥そうですね、ベティとのんびり過ごそうかな」
 オズワルドは、手持ち無沙汰にペンを手の上でくるくる回し、天井に視線を泳がせながらそう言った。

 ガタッ。と、私のデスクが揺れる。

「え、ベテ‥‥ィ?」
 え、誰? 女の子? え、彼女いるの、オズワルドくん。そんな‥‥ばか‥‥な。いや、うん、まぁ、オズワルドくんだって、学生だし、私の知らないところで、青春している、んだろう。まぁ、わかる。わかるよ?

 でも、納得できない。できないんだよぉォォオオ!!

「ど、ドチクショォォオオオオーーーーー!!」
「はい、ワイヤーフォックステリアの―― ‥‥って、アレ? 稲玉先輩?」
 目をパチクリさせながら、半ズボンの似合う美少年は、急に席を立ち、明後日に向かって走り出した稲玉を呆然と見送り、そんで、首をカクリと傾げた。
「‥‥犬、嫌いなのかな?」


 くそう、くそう、くそう、クリスマスなんて、クリスマスなんて‥‥ 嫌いダァァアアア!!

●参加者一覧

/ 要 雪路(ga6984) / 白虎(ga9191) / 宵藍(gb4961) / 未名月 璃々(gb9751) / 祈宮 沙紅良(gc6714) / 村雨 紫狼(gc7632) / 葵杉 翔太(gc7634) / ルーガ・バルハザード(gc8043) / エルレーン(gc8086

●リプレイ本文

 青かった空が、茜色の夕焼けと交わって、綺麗な薄紫色の夕闇に溶けていく。愛犬ベティと共に、公園に散歩に来ていたオズワルド・ウェッバーは、ジャケットの襟を立て、キンと冷えた空を見上げ、白く煙る息を吐いた。
「今日は寒くなりそうだね」
 その場にしゃがみ込み、ベティの喉元をわしゃわしゃと撫でながら言う少年は、しかしながら、頑なに半ズボン姿。軽く啜った鼻は、プチトマトのように柔らかい赤みを帯びていて、ベティもそれが気になったのか、彼の鼻頭をペロペロと舐め始めた。ペロペロペロ。
「ハハ、くすぐったいよ、ベティ‥‥や、やめ、もう、やめっ」

 ベロベロベロベロ。
 ベティは、体高が40cmにも満たないワイヤーフォックステリアだが、狩猟の遺伝子を受け継ぐ攻撃的なテリア種‥‥が、関係しているかは知らないが、オズワルドから滲み出る幸の薄そうな、受けオーラに引き寄せられるように、彼の顔面を攻め立てている。
「もう、やめ‥‥ アッー」
 飼い犬の小型犬にすら襲われる軟弱少年オズワルド。彼の背後から2mくらいの位置で、そんな微笑ましい光景を、祈宮 沙紅良(gc6714)は、おっとりニコニコしながら、5分ほど眺めていた。
 彼女に彼が気が付いたのは、いよいよワンコの舐めラッシュを抑えきれず、後ろにコロンと倒れ込み、眼前に広がるバニラスカイに、ひとひらの桜色がぽっと舞い落ちてきたと錯覚した、その時であった。
「こんばんは、オズワルドさん」
 クスクスと小さな笑みを零し、差し出された小さな手に、オズワルドは自然と手を置く。彼女の手はひんやりとして、少し驚いたが、優しく握り返してきたその手に安心を覚え、身体をゆっくり引き起こした。
「‥‥お恥ずかしいところを。ありがとうございます」
 ふと、彼女の片手に優美な風呂敷に包まれた四角いボックスがあるのに気が付いた。彼が「それは?」と訊ねると、沙紅良は少し首を傾けて微笑み返した。
「はい。今日はクリスマスパーティがあるというので、料理を持参いたしました。すぐそこの食堂が会場なのですが、よかったらご一緒しませんか?」
「わん!」
 主人が返事をするより早く、ベティが吠えた。見れば、ふんふん、と鼻を鳴らし、沙紅良が携えた料理に興味深々の様子。オズワルドは苦笑いを浮かべた。
「丁度、暇を持て余していたところです。僕でよければ‥‥」
「ふふ。では、参りましょう」

 ゆっくりと歩き出す2人と1匹。きゅっと握られたままの手。
 沙紅良は気にした様子も無く、オズワルドは少し恥ずかしそうに。


 しかし何気なく引かれたこの手が、あの惨劇の引き金になろうとは、このときは誰も、予想してはいなかったのである。


 ***

「シングルヘール、シングルヘール♪」
 跳ね回るように陽気に飛び回る要 雪路(ga6984)は、まるで綱から放たれたワンコのようであった。

『シングル限定! クリスマスパーティ!』と書かれた幕が下がる会場は、どちらかといえば、忘年会の雰囲気を醸し出している。多分、テーブルの上に並ぶコンロの上にどでーんと置かれた土鍋の存在感が主張し過ぎている為であろう。
 最も、「クリスマス? 何それ美味しいの?」な面子が集まっている。むしろもう、忘年会でいいよと、投げやりになっても問題は無さそうなものだ。
 しかしながら、クリスマスにシングルな人達には2種類いる。一つはクリスマスを遮断し、関わらず、いつも通り普通の一日として、静かに過ごす人達。もう一つは、博愛の精神を忘れ、聖なる夜を性なる夜と勘違いした者達に嫉t‥‥もとい、正しきクリスマスを世に知らしめる為、バカップルに制裁を加える者達である。
 忘却の彼方へ吹き飛ばしてしまえば、クリスマスなど意識せずに、穏やかな忘年会として過ごせただろう。だが、彼らの正義の火は、それを許さない。たとえ自らの肉体が、その炎で自滅することになっても、悔いはないのだ。
 しっと団への入団申し込み書をパンフレットに挟み込んだものを熱心に配る白虎(ga9191)もそんな一人だった。名前からして、活動目的は明白であるが、嫉妬するということは、そこに対する願望が人一倍深いわけで、名前に反してその実、恋愛を成就させる目的で入団するものも少なくないと、専らの噂である。
 何より、そのパンフレットには、『しっと団に入ると、何故か新しい出会いがあったり恋愛フラグが成就しちゃうよ! 離反団員が毎年多数出てるよ!』と、堂々と書かれていた。本末転倒な話だ。
 だが、よくよく考えれば、正義の味方も、悪がいなければ成立しないのと同じことで、嫉妬もまた、リアルが充実した者達がいなければ成立しない。しっと団というのは、カップルありきの組織といえる。しっと団を仕切る、この外見10歳の小さな総帥も、その純朴そうな見た目に反して、度々フラグ立てに走り、その度に団員から粛清されるという憂き目を見ているのも、しっと団総帥としての責任感なのかもしれない。多分。

 そんな無垢な少年を、凍りつく瞳で見詰めているのは、ルーガ・バルハザード(gc8043)。頭に絵に描いたようなパーティ帽子、そしてサンタ服という気合の入ったクリスマスパーティ衣装で静かに壁に持たれている。だが、目は全く笑っていない。会場をゆっくりと、右へ左へ視線を巡らし、異端者が紛れていないか、気を張り巡らせている。まるでプロの殺し屋のようだ。側に寄り添う天使‥‥いや、天使の仮装をした弟子のエルレーン(gc8086)は、そんな師の姿を、訝しく思いながら見ていた。
 その師の側に、紫色の着物姿の女性が通りがかり、何かを後ろでで手渡している。未名月 璃々(gb9751)だ。彼女がルーガに手渡したA4サイズの茶封筒には、数枚の写真と資料、それとメッセージカードらしきものが入っているのが見えた。璃々はそのまましれっとした顔で、会場の奥へと消えていき、僅かに口元を緩めたルーガが、エルレーンの方に向いた。それはまるで、飢えに飢えた獣が、久々の得物にありつけたような表情であったと、後にエルレーンは述懐する。
「ふふふふ。さあぁ、飲むぞ喰うぞ! ははははは!」
「は‥‥はい!」

「ふっ。憎しみは憎しみしか生まない。嫉妬しても、自分が惨めになるだけだというのに」
 戦に敗れた者に対する慰めは、腹立たしいもの。優しさは時に、一番に人を傷つけるもの。そんなことを、さっきからブツブツ呟く、三十路間近のULT職員、稲玉 茉苗。さっきから深く影を落として、閉店が近いカウンターバーに居る人みたいになっている。稲玉は、クリスマスを静かにやり過ごす派の人間。もう、今日と言う日を無かったことにしたくて気持ちがいっぱいだった。
 光の宿らない瞳で、しっと団への勧誘活動をする白虎を、ぼーっと見ていると、その左側に葵杉 翔太(gc7634)が、右側に宵藍(gb4961)が腰掛けた。
「茉苗も来てたんだ」
 宵藍が挨拶がてら、稲玉のコップにビールを注いだ。しゅわしゅわと泡が昇り、コップの口でふんわりと盛り上がる。その小さなドームを形成したグラスから、宵藍へと、稲玉は視線を移した。
「そういう宵藍くんも」
「あー。うん。ふと気がつくと、友人はリア充ばかりだったっていうか。既婚者とか婚約者有りとか、クリスマスは予定がありそうな奴ばかりでさ。それでシングルの会みたいなパーティーに参加してみた訳だが、何か知った顔多いな。皆、暇なんだな」
 周囲を見回す宵藍と翔太の視線がぶつかる。少しの沈黙。

「お、俺は別に、暇ってわけじゃねーぞ。一人で飯食っても味気ねーから、来たんだからなっ!」
「‥‥はいはい」
 肩を竦めた宵藍に対し、何かもう一言いいたげな翔太だったが、気を取り直して、稲玉に視線を向けた。そんで、何の悪気も無い様子で、
「茉苗はさ、外見は悪くないんだよ。何で独りなんだ?」
 とか、グッサァと来るようなことのたまった。稲玉の時間が僅かに止まる。隣の宵藍は、静かにビールの入ったグラスを傾け、少し喉を潤し、テーブルにグラスを置いて、頬をついた。
「そうか? 俺は、茉苗がリア充している方が想像つかないけど」
「言われてみれば‥‥。やっぱり中身がなぁ」
 むしろそれがお前のアイデンティティだ! とでも言いたげな視線の二人に、しかし、人生の先輩として、落ち着いて、どこかもう、達観したような顔の稲玉。
「性格も外見も要因のひとつではあるけど、一番大事なのは、巡りあわせと、それを掴み取る力があるかないか、‥‥それだけよ」

 ああ。と、何か納得した表情の二人。翔太がふんふんと、深く頷いた。
「なんか、すっげー重いな。説得力がある」
「‥‥黙れ、小僧」


「もう何か、フツーの青少年的クリスマス会やんかー」
 そんなことを誰かが、入り口付近で叫んだ。見ると、村雨 紫狼(gc7632)が立っている。白虎が、「にゃー!?」とか言って驚いているのが、ちょっと可愛かった。この白虎という少年は、総帥という肩書きで、年上を扇動しているというそうだが、こうして子犬のようにプルプル怯えた姿が一番可愛く見える。とか、庇護欲旺盛な稲玉は、ちょっと幸せそうな顔になっていた。
 紫狼は、割りと穏やかな雰囲気を切り裂くように、続けて叫ぶ。
「くそう、いい歳こいた大人の野郎が居ればっ! なんでまた今回も美少年美少女ばっかなんだよくそあああっ! いやだからお前らーー!! フトゥーに出会いゲッチュできるやんけーーー!!」

 何を言っているんだ、コイツは。

 我関せずとばかりに、紅茶を嗜んでいた璃々以外、皆動きを止め、静まり返った。前置き一つ無い叫びは、何もかもが唐突過ぎで、しゅんしゅんと、湯気を噴いた鍋の音だけが静寂の中を流れていく。
 うんまぁ、容姿端麗に生まれても、普通に恋愛に疎い人も居るだろうし、逆に美し過ぎる容姿が弊害となることもよくある話だ。高嶺の花という言葉もある。たまたま、ここに集まったのは、そういう人達だったのだろう。稲玉は別として。

「俺なんかなあ‥‥俺なんかなあ‥‥!! 声かけた女の子に軒並み断られたんだぞおおおおっ!!」
 がくーんと、膝をつき、その場に項垂れる紫狼。とても悔しそうだ。
「うーんまあ、10さいとかのロリっ娘ばっかだけどなあ、うへへ‥‥。ただ超ミニスカヘソだしサンタコス着せて激写したいだけなのにいいっ!!!」

 皆ドン引きしていた。

「ちくそー飲むぞおあああ稲姐!! 美少年に半ズボン、美幼女に赤いランドセルうううっ!!! あーでもいくら男日照りでも俺に惚れちゃだめだぜー」

 静かに稲玉は携帯電話のボタンをプッシュし、表情を一切動かさず、耳に当てた。
「‥‥もしもし、ポリスメン? イエス、犯罪者」
「ノー! ポリスメン、ノォー!!」
 ていうか、お前も似たようなものやないけー! と言いたげだが、公然と卑猥なことを叫ぶのと、コッソリ内なる趣味にしているのとでは違う。人間皆、多かれ少なかれ、変態な部分は持つが、時と場合を考えなければ、それは、理性ある人間の行動とは言えない。

「はいはい、白虎くん。お姉ちゃんが守ってあげるからね」
 さり気無く、白虎を側に寄せ、我が子を守るかのように、腰の辺りに隠した。サービスと称して、半ズボンを穿いて来ていたのが正解だったのか。稲玉からは、姉というよりは、母のような温もりを感じた。
「おかーさんみたいにゃー」
「誰がオカンか」


 ***

「‥‥? 何かあったんですか?」
 そんなゴタゴタな空気を変えるように、ほわほわな雰囲気を引き連れたオズワルドが顔を出した。少し身長が低めの彼の後ろから、続けて沙紅良が姿を現す。
「遅れてすみません。お料理の準備がありましたもので‥‥」
「わふっ!」
 沙紅良の足元、行儀よくお座りしているベティは、しっぽをフリフリ。犬属性の雪路は、その姿を確認するや否や、ぴゅーっと飛んできて、スライディングするかのように屈みこみ、キラキラさせた顔をベティに近付けた。
「わー、可愛ェなぁ。抱いてもエエかなー?」
「はい。勿論、いいですよ」
 オズワルドが快諾すると、雪路は綻んだ顔でベティを抱え、持ち上げた。足と尻尾をぶらぶらさせて、雪路の顔をペロペロ舐めるベティ。首輪から下がる銀色のネームプレートが輝いている。
「ベティゆーん? うち、ユキジー。はは、くすぐったいって」

 そんな様子をニコニコ見詰めるオズワルドと沙紅良。ほんわかな雰囲気を引き裂いて、白虎が稲玉の背中からひょこーんと、飛び出してきた。
「待て待て待てェい!! オズワルド・ウェッバァーーー!!」
「はい、なんでしょう?」
 目をパチクリして、キョトンとした彼の前につかつかと歩み寄る少年。視線を一度下の方に落とし、そしてキッと、今度は彼の目線に視線を上げた。
「貴様ッ、手なんか繋いで!!」
「え?」
 すっかりオズワルドの体温で温まった沙紅良の手。‥‥そういえば、繋ぎっぱなしだった。ハッとして慌てて放すが、時既に遅し。それはまるで、仲睦まじいカップルの様。しっと団総帥が黙っているわけが無い。
 勿論、両人共に、そんなつもりはないのだが‥‥。
「‥‥へぇ。何時の間にそんな仲に?」
 からかう様に呟いた宵藍の一言で、会場は騒然となった。

「リア充だ! 裏切り者だ! 粛清だ!!」

 高らかに叫んだ白虎に呼応するように、どこからともなく、三角頭巾の覆面を被った黒ずくめの者達が集まってきた。総勢20名。オズワルドを、あれよあれよと簀巻きにして、ワッショイワッショイと担ぎ始めた。ちなみに沙紅良はというと、早々にオズワルドから距離を取って、さり気無く安全圏へ。
「‥‥クリスマスとは色々ありますのね」
 他人事のように呟き、輝く笑顔でそれを見送る彼女を、翔太は頬をかき、目を細めて見ていた。

「ふ」
 ゆっくりと壁から身体を起こしたルーガは、徐に白い三角頭巾を取り出して被ると、何かのスイッチが入ってしまったかのように、豹変。手をバッと振りかざし、黒の集団の中に突撃していった。
「ふはははは、厚顔無恥な異端者どもめぇぇ!!」
「え、ええええっ?! る、ルーガ、どうしちゃったの?!」
 突如、異端者糾弾を始めた我が師ルーガの狂行に、混乱と恐怖で、青ざめ、涙目になっているエルレーン。怒髪天をつく勢いの荒ぶりっぷりに、かける言葉は見つからず、ただただ唖然と、事態を見守るほかなかった。
 そりゃまぁ、無遠慮にいちゃつくこの時期のカップルはうっとおしいなぁとか、思ったりもするお年頃のエルレーンではあるが‥‥、流石にこれはない。うん、無し! ナシの方向で! と、言って止まるようならば苦労はしない。
「‥‥はっ!?」
 と、ボーっと考えていたら、何時の間にか自分も三角頭巾の一団に混じって、オズワルドをわっしょいわっしょい担ぎ上げていた。
「‥‥え? え? ええええええ?!」
「アベックども、己の罪深さに打ち震えるがよいわぁぁ!!」
 あたふたするエルレーンに構わず、ルーガは一団を指揮するが如く先頭に立ち、彼らを煽る。種火に勢いよく空気を送るように。

「‥‥」
 しかし、わっしょいわっしょい持ち上げていたルーガが、はたと、停止した。オズワルドの顔をまじまじと、三角頭巾の目の辺りに開いた穴から見詰める。それで、顎に指をあて、かくーんと、首を傾げた。

「君、女の子?」
「男です!! れっきとした、17歳の男子ですゥ!!」
 もう一度じっくり見た。いや、どう見ても小学生にしか見えないし。性別も、少しボーイッシュな女の子にしか‥‥。簀巻きにされて、うるうると涙を浮かべ、頬を紅潮させたその姿に、三角頭巾達の一部(男)が、ドキーンとしていた。担ぎ上げる手に、じっとりと、ぬるい汗が浮かぶ。

「リア充は爆発だー♪」
 水を得た魚、白虎。喜び勇んで三角頭巾の一団に混ざろうとするが、ガシッと何者かに肩を掴まれた。
「‥‥ひょ?」
「くくく。貴様もだぁ、白虎!」
 白い三角頭巾、ルーガが吼えた。
「にゃー!? ぼ、僕はリア充ではないぞー!?」
 最早、様式美となったしっと団総帥、白虎の粛清。確かにクリスマスを、一緒に過ごしたい仲の良い女の子はいる! だが、いつも通りとはいえ、解せぬという表情で反論するが、ルーガが懐からサッと取り出した写真を見て、表情を強張らせた。
「そ、それは‥‥! 一体誰が!!」
「そう言えば、隣に映っていたドレスの女性、綺麗でしたね。今度お二人のところを、撮らせて頂きたいです」
 スーっと、ルーガの背中から、そっと扇子で口元を隠した璃々が現れた。いつも通りの笑顔で佇み、その手にはカメラのレンズがキラリと光っている。
「う、裏切ったのか!」
「裏切るなんてそんな。私は最初から私だけの味方ですー」
 パチンと指を弾くと、わらわらと集まった黒の集団と、何時の間にか仲間入りしたエルレーンが、「ひーん」と泣きながら、白虎を簀巻きにして、ワッショイワッショイ持ち上げ始めた。
「――同盟なんて、脆いものです」

 人を呪わば穴二つ。
 パーティ開始前、白虎自らが藁人形を五寸釘で打ち付けたクリスマスツリーに、オズワルドと仲良く吊り下げられ、白く艶やかなその半ズボン姿を、璃々が激写されることになろうとは――。
「白虎はんは、粛清するより、されてる方が多いんちゃう?」
 吊るされた二人を下から見上げながら、はははーと、笑う雪路。白虎はそんなことは無いと頑なに否定するが、全くもってその通りだから始末に終えない。


 ***

「とりあえず飲もうぜ!」
 パンパンと手を叩く宵藍。折角の料理が冷めてしまう。吊り下げられたリア充2人はとりあえず放置しておいて、皆席について、それぞれグラスを取った。20歳を迎えている者にはお酒が、未成年者にはジュースや麦茶が渡る。ルーガとエルレーンが持ち寄ってくれた飲み物だ。そして、何故か異端審問会の面々も、ちゃっかり席についている。
「‥‥で、何に乾杯する?」
 翔太が自分のグラスの底を軽く振りながらいうと、宵藍は首を竦めた。困って視線を稲玉に送ると、「じゃあ、ラストホープに」と、えらく投げやりな答えが返ってくる。クリスマスツリーに飾られた2人を見ながら、クリスマスを祝う気にもなれないだろう。無難な選択であった。

「「かんぱーい」」

 高くグラスを掲げ、クリスマスに特に予定の無かった者達の晩餐が始まる。吊るされたままのオズワルドと白虎。白い三角頭巾を被ったままのルーガ。どこから集まったか不明の集団がいるという、不気味な光景であったが‥‥。
「わあい、ケーキだ! うれしいな♪」
 甘いものが大好きなエルレーンは、真っ先にケーキに飛びついた。幸せ一杯の表情で、口いっぱいにケーキを頬張る。雪解けのような爽やかな甘さが広がり、奥から微かに返ってくる酸味が、とても心地よい。
「幸せそうだな、エルレーン」
「うん! 料理美味しいし、大満足だよっ♪ ‥‥さっきのルーガには、吃驚したけど」
「うむ。別に、もう直ぐ三十路で独り身だからって、ちょっと焦っているわけでも、嫉妬しているわけでもないんだ。ないんだぞ」
 少しセピア色の影を落とした我が師ルーガを見て、弟子は思った。『この時期はとにかく、取り扱いに注意しよう』と。色んな意味で。
「ほ、ほら、ルーガ。サンドイッチに、ライスボールもあるよ! 美味しそうだよ!」
 何かちょっと微妙な空気が流れ、大時化の津軽海峡を背景に黄昏てしまったルーガに、精一杯の元気で、エルレーンは料理を差し出した。料理を目の前にして、若干精気を取り戻したのか、柔らかく握られたご飯の塊を手にして、ルーガは弟子に微笑んだ。残念なことに、三角頭巾の覆面のせいで、表情はわからなかったが。
「ほう、オニギリという奴だな。一つ食してみよう」
「あ、私もー。はむっ!」

 もぐもぐもぐ。

「‥‥――ぶはァっ!?」
「‥‥――へぷぅぅ!?」

 二人仲良く米粒を噴出した。
 その様子を見ていた翔太の表情が、油の切れたブリキの玩具のようにぎこちなく動く。そっと、手にしたおにぎりに視線を落とす。そんで次に沙紅良を見た。相変わらず、ニコニコと、穏やかな表情を浮かべている。

「おにぎりと、サンドイッチを用意してまいりました」
 そんなことを言って、持参した重箱からオニギリとサンドイッチを皿に移していた沙紅良。具の中身については、特に言及はしなかったが‥‥。視線をもう一度オニギリに戻し、いやしかし、きっとマトモな具も入っているだろう。こんなに美味そうだし。と、いよいよ覚悟を決めて、パクリ!

 もぐもぐも‥‥がさり。

「‥‥?」
 何か違和感のある食感が歯と舌を刺激し、なんだろうと、口からつまみ出すと、一枚の紙切れ。フォーチュンクッキーならぬ、フォーチュンオニギリという奴だろうか? 少し期待して紙をめくってみると‥‥『はずれ』の一文字。
「って、なんだよこの具材はーっ!! つか最早、具でも何でもねーじゃねーか!!」
 カメラを手に、記念撮影をコッソリ行っていた璃々が、小さく手を上げた。
「あ、それ仕込んだの、私です」
「って、おめーかよ!!」

 そんな軽いコントが繰り広げられる中、ほんのりと、香ばしい香りが部屋中に満ちてきた。雪路がたこ焼き作っているようだ。たこ焼きプレートに、慣れた手付きでタネを注いでいき、器用にひょいひょいひっくり返していく様は、見ているだけでも楽しい。
「へぇ、見事なものね。そっちのには、タコは入れないの?」
 ビール片手にひょっこり覗き込んだ稲玉が訊ねた。どうやら、タコが苦手な外国人向けに、豚肉とじゃがいも、チーズが入ったタコ抜きのたこ焼きも作っているらしい。そちらも凄く美味しそうだ。皿に8個たこ焼きを並べ、ソース、鰹節と青海苔を振りかけたところで、雪路が顔を上げた。
「ところで、稲玉はん。ウチ思うんやけどなー。‥‥翔太はんも、粛清対象ちゃうん?」
「‥‥って、ハァ!? 俺、リア充じゃねーぞっ! 立派な(?)一人身だっ!!」
 稲玉よりも早くレスポンスを返した翔太。若干、言ってて寂しくなったりもしたが、それは胸の内に。そんな彼を璃々のいつも通り、冷めた瞳がじとーと、見詰めていた。サッと目を逸らす翔太。
「あ〜あの何時もの奴は、あれだ、ほら、ただの小隊仲間で‥‥」
 顔を背けたまま、しかしみるみる顔は火照り、何時の間にか、耳まで真っ赤に染まっていることに、本人は気が付いているだろうか?
「だーもぅ! 第一アイツは男だし関係ねーよっ!!‥‥今日も本当は誘おうかと思ったけど、どうせアイツならクリスマス予定は入ってただろーし‥‥‥‥って、俺は何を言ってんだーっ!」

「お幸せに」
「幸せにな」
「頑張れよ」

 何故か翔太に暖かい言葉が返ってきた。異端審問会の面々も、目を細めては、口々に「お幸せに」と呟いた。まぁ、男性からしてみれば、彼と『彼』のカップルは妬ましいものではなく、女性にいたっては、むしろ一部には熱烈に歓迎されるであろうカップルである。当然の反応だった。

「なんなんだよ、おまえらぁぁあああ!!」
 むしろ、粛清してくれよ、逆につれぇよ! くらいの勢いで叫んだが、誰の心にも響かなかった。

「んー‥‥。ウチは、翔太はんと、瑠々はんが、ええカップルやと思うんやけどなぁ」
 納得いかないような表情で、ボソリと呟いた雪路だったが、何かもう、こっちの方が面白い気がしたので「ま、エエか」と、一人納得して、飼い主の足元で行儀良く鎮座するベティの下に、パタパタと駆けて行った。


 ***

 暫くしてツリーから下ろされた白虎とオズワルド。半ズボンの美少年二人は、仲良く毛布を被り、部屋の隅でガタガタと震えていた。可哀想なその姿は、ちょっぴり可愛くもある。

 気が付くと、二胡の艶やかで滑らかな音が会場を満たして、それだけでも完成された演奏であったが、それを伴奏にして、沙紅良が柔らかな歌声を披露した。歌を武器にするハーモナーの歌声は、誰の耳にも深く、そして心の奥底まで浸透して、反響する。
 立ち引きする宵藍の演奏も、時には軽やかに、時には重々しく。緩急ある弾む音達を、撫でるように優しく、叩くように激しく、弾き出して、会場を盛り上げた。拍手が、黒い不気味な集団から沸き起こる。宵藍が少し、微妙な顔をした。
 最初に引いていたのはクリスマスソング、聖歌、クラシック等であったが、紫狼や嫉妬集団からのリクエストで、クリスマス撲滅ソングなどのネタ歌メドレーに何時の間にかスイッチし、生演奏カラオケ大会の様相を呈してきた。‥‥どうでもいいが、この集団は何者なんだろう。と、宵藍は思ったが、多分何者にもなれない哀れな人達ということで、ご理解いただきたい。

 イタリア語で紡がれる沙紅良の歌を、ぼへーっと聞いている30歳という大台を直前にした、稲玉とルーガが、酒を酌み交わしながら聞いていた。確か、何かの歌劇の歌、だったか。イタリア語はよくわからなかったが、翻訳された歌詞を、なんとなく覚えていた。
「世の命は短く、やがて消えゆく‥‥か」
「夢と儚く消えていく、若き日‥‥」
 ボソッと重々しく呟き、視線を交わす二人。じぃぃんと、心の奥からふつふつと滲み出る感情。何故か二人は固く握手を交わした。

「‥‥しかし、イタリア語にしたのは正解だったな。確かこれ、若者が恋をして歌うアリアだったろ?」
「そう、でしたかしら?」
 歌い終えた沙紅良に宵藍が声を掛けると、彼女は悪戯っぽく、クスリと笑った。‥‥分かっててやったのか、素でやったのか、判断はつかない。

 沙紅良と宵藍の演奏を、少し離れた所に座って聴いていた翔太がふと、璃々の様子が気になってか、彼女の側に立ち寄った。璃々はカメラを手に、彼方此方を撮影して回っている。主に、面白い絵を求めて、徘徊しているようにみえた。
「璃々は相変わらず写真係、か。何かおもしれーのとかあったら見せてくれよ」
 何の考えも無く、何気なく言ってみた翔太に、スーッと幽霊のような実体の無い動きで首を動かし、彼のほうを見た璃々。言葉にはしなかったが、見たら後悔しますよ的なものを感じて、翔太は少したじろいだ。10秒ほど微妙な距離感と空気が流れ、それで仕方ないなと、面倒くさそうに璃々がのそりと、動いた。
「はいこれ、翔太メモリアルです」
 そっと取り出したフォトアルバム。結構、分厚い。
「お、俺のかよ!? ‥‥お前なぁ、毎度毎度――」
 写真撮ってないで仕事ちゃんとしろよー。と言いかけたが、見開いたページに、でかでかと恥ずかしい思い出が自己主張を爆発させていたものだから、翔太は瞬間湯沸し器が如く頭が沸騰して、アルバムをひったくった。
「こっ、こんなところでっ!?」
「焼き増しして欲しいなら言ってくださいねー。友人の頼みでしたら、十枚百枚だろうと、焼きますよー」
「そっ、そうぢゃねぇ!!」
 璃々に詰め寄る翔太。その顔は必死。対する彼女は無表情だったが、彼の影に隠れ、その表情は周囲からは見えない。

 ぽん。

「?」
 肩に置かれた手を見て、それからゆっくりと視線を上げていくと、長身の女性の姿。白い三角頭巾を被って、表情はわからないが、恐らく、引くくらいの笑顔をしている。しかし、目は笑っていない。スッと、肩に置いた手を上げて、グッと親指を立てたと思ったら、クンッと、逆さまに勢い良く落とした。

『 GO TO HELL 』

 無数に伸びる地獄からの手。それはまるで、天から下ろされた一筋の蜘蛛の糸に群がる亡者のようであったという。
「いい表情ですねー。はい、撮りますよー」
「撮るなぁぁああああ!! ていうか、半ズボンは穿かねぇぇえええ!!」
 無慈悲に収められる新たな一枚。床を引き摺られていく翔太をファインダーから見送り、璃々は小さく「お疲れ様ですー」と、『被写体』に呟いた。


 ***

 ようやく落ち着きを取り戻したオズワルドと白虎が、鍋を囲む皆の下に戻ってきた。閉ざされた山荘で猟奇殺人に出くわしてしまった人を気遣うように、稲玉は二人の肩を優しく叩いた。
「うんうん。災難だったわね、二人とも」
「‥‥今しがた一人、被害が拡大したみたいだったが」
 宵藍が背もたれから身を起こしながら言うと、白虎がプリプリ怒りながら、オニギリに手をつけた。つい先程判明した、沙紅良の闇オニギリだ。白虎につられて、宵藍も手に取る。
「酷い目にあったのにゃー。僕はリア充じゃないと、言ったのにー!」
「闇おにぎり? 所謂ロシアンって事k‥‥ぶふぉぁ!!」
 もぐもぐ、ぶはーっと、米粒を噴出す宵藍。一方の白虎は、もっきゅもっきゅと、ニコニコしながら頬張っている。もしかして、アタリだったのか‥‥と、思いきや。
「わー。生クリーム一杯でケーキみたい♪ ‥‥って、おにぎりに入れてどうするんだぁーっ!」
 食べ物をブン投げるのは気が引けたので、虚空に向かって行き場の無いノリツッコミをズバシッっと叩き込んだ。宵藍が同じものを食べたのか、口をもごもごさせている。
「うわー。甘っ! こういうのオニギリに詰めるのはやめようぜ。口直しにー‥‥って、今度は辛ッ!! 甘い後だから、余計に辛ッ!」
 中身を見てみると、何か紅色の何かが詰まっていた。見るからに激辛を物語っている。その隣では白虎がブフォァーと、ゲロ甘い黒い物体を噴出していた。
「チョコレートは、入れてはいけないと思うのです!?」
 訴えるような目で、沙紅良をキッと見ると――‥‥

「はい、茉苗さん。どうぞ、一献」
「おーっとっとっと。ありがとー。はい、私からも。ジュースだけど」
 とか、稲玉にお酌をしている。白虎はガッと無造作におにぎりを掴むと、稲玉に突き出した。
「くっ、ほのぼのしやがってぇぇ! 稲玉さんも食べるがいい!」
「あら、ありがとう。‥‥あ、コレ、真鯛ね。脂が乗ってて美味しいわ」
「え?」
「‥‥普通の具も入ってるみたいだな。こっちはオカカだった」
 美味しそうにおにぎりを頬張る稲玉に、口をあけてポカーンとした白虎。別のオニギリにトライした宵藍も、今度はアタリだったようで、鍋を摘みつつ、オニギリを頬張っている。
「なっ、納得いかないにゃーー!!」
 ガッと掴んで再度トライしたが、具の中身は、生温く温まった苺であった。白虎撃沈。

「それはそうと、そーか。ベティって、ワンコの事だったんだ。そうだよね、うん」
 頷く稲玉に、白虎の目が光った。こっそりと、稲玉を異端審問にかけようという腹である。腹というか、腹いせである。
「大体、オズワルドに彼女なんて出来るわけないって。‥‥外見的な意味で」
「どういう意味ですか、どういう」
 オズワルドの返した言葉に、宵藍が首を竦めた。
「彼氏は出来るという意味で」
 がくーんと、項垂れたオズワルドに、そっと手を置く稲玉。どうやら、オズワルドに好意があって嫉妬したのではなく、後輩が自分より先に恋人が出来たら癪だという事だったということなのだろう。白虎の目論見は外れた。大人しくごはんでも食べるかと、手近にあったたこ焼きを頬張ったら、中身はまるっと山葵だった。白虎は星になった。


 笑い声で満ちた会場。気が付くと宵藍が、窓から外を眺めている。何か、気がかりなことがあるような横顔。その目に浮かぶのは、ずっと心配しているアイツ。
「旅先で元気だといいんだが‥‥」


 ***

『女性を一人、夜道に帰すのはよろしくない』‥‥という先輩の助言もあり、オズワルドは沙紅良をエスコートしていった。まぁ、能力者に襲い掛かってくる暴漢がいるわけがないが、こういうのは恐らく、気分の問題なのだろう。‥‥少しでも、人間らしくある為に。
 元々賢い犬なのか、オズワルドの躾がいいのか、ベティはご主人の斜め45度あたりをキープしつつ、行儀良く歩いている。足元を照らす街灯は、少し心許なかったが、それでも、人一人が側にいるだけで、大分違うものだ。
「私の実家も犬を飼っておりますの。権三郎と申します柴犬ですわ。父が名づけましたの」
 沙紅良がベティの後ろ姿を、優しい目で追いながら、言う。
「ゴン、ザブロー?」
 イギリス人のオズワルドには、少し聞き取り難かったのか、発音が若干おかしかった。クスッと、軽く咳き込むように笑みを噴出す沙紅良。
「‥‥はい、権三郎です。雌なのですが、父は細かい事は気にしないようで」
「ゴンザブロオ‥‥。でも、優美な響きで、僕は好きですよ」
 にこっと微笑を返したオズワルドの顔を、気が付けば沙紅良がじーっと見詰めていて。なんだろうと、オズワルドが首を傾げる。
「‥‥オズワルドというのは男性名、ですよね?」
「はい。女の子に男の子の名前を付けたパターンではありません。間違いなく、僕は男です」
 キリッと、言ってはみるものの、主張すればするほど、性別を疑われる宿命を背負った少年、オズワルド。男性にしては身体の線が細く、幼い風貌と相まった上、仕草がいちいち、女の子っぽい。頭では理解できても、心が否定したくなるのかもしれない。

「あ、雪‥‥」
 手を差し出すと、その上に、白い粉のようなものが、パラパラと落ちてきた。所謂、粉雪だ。
「道理で冷え込むと――」
 空を見上げ、少し身震いした沙紅良の肩に、暖かなジャケットが被さる。見れば、自分よりも寒そうにしているオズワルドの姿。ぷるぷると小型犬のように震える彼は、あまり格好はつかなかったが。
「ありがとうございます」
 精一杯の男らしさをみせたオズワルドに、沙紅良は柔らかな微笑を返した。街灯がスポットライトのように二人を照らし、それを飾るような粉雪。二人は少し下を向いて、黙り込んだ。
「あ、あのっ――」

「おっと、そこまでだ、異端者め!!」
「えっ!?」
 バッと振り返ると、闇夜に忍んだ数十人の黒い人影。その真ん中に、真紅のマフラーをたなびかせた、白い影――ルーガ・バルハザードの姿!!‥‥と、申し訳無さそうにこっちを見ているエルレーン。
「シングルベルは、家に帰るまでがシングルベルだ!!」
「ルーガ、それは遠足――」
「ジングルベルを鳴らした異端者に、裁きを!!」
 ふぉろぉみー! とばかりに剣を高く振り上げると、三角頭巾の覆面達は、思い思いの得物を高々と天に突き刺した。赤い眼光は、真夜中の猫のように、ギラギラと鈍い輝きを放っている。それらの端っこにちまーんと、白虎が楽しそうにピコピコハンマーを掲げて立っていた。やるなら僕も混ぜろと付いて来たが、普段粛清されるばかりで粛清することに不慣れな為か、少し控え目なのはご愛嬌。
「「裁きを!!」」

「ちょ、ちょ、ちょぉお!??」
 二の舞は踏むまいと、尻を絡げて逃げ出すオズワルド。それを追う三角頭巾の集団。雑踏が過ぎ去った後、その場に残されたのは、エルレーンと沙紅良、ベティ。静けさが辺りを包み、気まずい雰囲気で、視線を絡ませた。

「いやー。半ズボンって、寒そうですよねー」
 ふと気が付くと、一人気配が増えていて。そんなことをのんびりとした口調で言った璃々が、構えていたカメラを静かに下ろした。何となく空を見上げれば、しんしんと舞い降りてくるスノーパウダー。


 今夜はまた一層、冷え込みそうである。