タイトル:赤帽子の悪鬼マスター:愉縁

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2011/12/19 23:25

●オープニング本文



「ぅぃ‥‥ッくしっ!!」
 自らぶちまけたオッサン臭いクシャミで、私、稲玉茉苗は目を覚ました。

「んー‥‥」
 ぐしゅぐしゅと鼻の頭を撫で、身体を横たえていた硬い木の板から身を起こし、周囲を見回す。ゆっくりと回復していく意識が、ここが公園で、自分が公園のベンチの上で今まで寝ていた事を知覚させる。夜も大分深くなってきている時刻だろうか。外灯の光が、スポットライトのように、薄ボンヤリと周囲を照らしていた。
 ‥‥寝ていた、というよりは泥酔という表現が正しいかもしれない。記憶が途切れる少し前、仕事の付き合いで、しこたま飲まされた――‥‥もとい、しこたま飲んだのを思い出していた。
「さむぅ‥‥」
 身体を突き刺すような寒風が、ぴゅうと、頬を撫でていった。時期は年末。一層空気が冷え込んでいる。下手すると、軽く死ねる。筋肉痛も二日目に来るような三十路間近の肉体には十分堪えるものだった。幸い、酔いは大分抜けていたし、気分も悪くなっていない。問題なく帰れそうだ。

『星が綺麗ね、たっくん』

 声がして、そちらに視線を向けると、20代前半くらいの若いカップルが身を寄せ合い、空を見上げていた。つられて空を見上げると、確かに、無数の星が輝き、冬の夜空に絢爛な輝きを放っている。
 空気が澄んでいるからか、特によく星が観察できるのだろう。公園にいるカップルは彼らだけではなく、見渡せば、5m間隔に一組くらいの割合で、カップルが犇めき合っている。ハッとして、私はカップルに完全包囲されている状態に気が付いた。

『満天の星空も、君には負けるさ』

 男が歯が宇宙まですっ飛んでいきそうな台詞を吐いた。傍目から見ていれば、寒気すら走る台詞だが、恋は盲目という。どうも彼女の心には響いたらしい。とろんとした瞳で男の顔を見詰め、静かに頭を彼の胸に寄せた。

「‥‥‥‥」
 あー。自分が巻き込まれても良いから、うっかり流れ弾でも飛んでこないかな。そんで、全部吹き飛ばしてくれないかな。この公園ごと。なんかもー。私の灰色の人生ごと吹き飛ばして欲しい。
 一人、ベンチの上で胡坐をかいて、頭をボリボリ掻きながらそう思っていると、背後から別のカップルの声が聞こえてきた。

「ん? 何だコイツ」
「もしかして、サンタさん‥‥かしら?」

 見れば、赤い帽子を被った赤い服の小柄の老人が二人に歩み寄り、背中に担いだ大きな袋をごそごそと漁りだした。その姿は、まるでサンタクロースだ。時期としては少し早いが、丁度12月に差し掛かったこの時期。もしかしたら何かのキャンペーンかもしれない。カップルは何かを期待して、老人の行動を見守った。

 しかし。

 赤い老人が袋から取り出したのは、丸く黒い形をし、表面に『BOM』と分かり易く書かれた代物。冗談めいてはいるが、それを持っている人物が冗談で済む存在ではなかった。カップルが表情を固まらせている様子から見ても、それが異常だとわかる。
 暗がりでよく見えなかった老人の顔が上を向き、外灯の灯りに浮かび上がったソレは、明らかに人間のものではなかったのだ。

「‥‥! 皆、伏せて!!」
 咄嗟にベンチを倒し、その影に身を隠しながら私は叫んだが、それはあまりにも遅い忠告で。叫んだ言葉を、その場に居た人間が理解するより早く、派手な爆炎と爆音が轟いた。

 周囲からざわめきと、悲鳴が上がる。パラパラと砂埃が、雪のように舞い降りてきた。爆発は半径5mを飲み込み、その衝撃はそこから10m先まで届いている。恐らく、爆発の中心に居たカップルは、助かっていないだろう‥‥。唇を噛み、ベンチの隙間から、そっと土煙が収まるのを待った。

「‥‥?」

 だが、私が見たのは、コントみたいな黒焦げアフロ姿になった男性と、こっそり男を盾にして身を屈め、爆発から逃れていた女性の姿。男の口からボフッと、黒い煙が吐き出され、その場にバタンキューと大の字になって倒れた。
 女性の様子から見て、爆発そのものに殺傷力は無いようだ。一先ずホッとしたが、爆弾を持ち出した赤い老人は、今度は斧を取り出し、ニィッ‥‥と、不気味に口を開き、「ウケケケケケケッ」と、気持ちの悪い声で笑い出した。
 まるで、あざ笑うかのように。

「こっちだ、サンタモドキッ!!」
 私は叫びながら、脱いだハイヒールをアンダースローでブン投げた。緩くカーブがかかりながら低めに飛んでいったソレは、すかーんと、赤い光に弾かれてポトリと煤けた芝生に落ちる。ギロッと、老人の鋭い眼光がこちらに向いた。
「今のうちに、ソイツ連れて逃げなさい! 早く!」
 もう片方のハイヒールを構えながら叫ぶが、へたり込んだ女性は立つことすらままならない。肝心の男性は気絶したままだ。
「で、でも、でも‥‥」

「うわわ、こっちからも!?」
「キャーー!!」

 周囲から悲鳴が上がり、カップル達は何時の間にかワラワラと集まってきた、赤い帽子の老人の集団に囲まれていた。ざっと見て、7〜8‥‥、いや、10体は居る。コレはかなりマズイ状況だ。爆弾そのものは、嚇しか、貶めるものと思われるが、斧からは明らかな殺意を感じた。
「‥‥私の悪運もこれまでか」
 せめて一人でもこの場から逃がそうと、立ち上がったその瞬間。ハスキーな声が寒空に響き渡った。

「皆さん、目と耳を塞いで下さい!!」


 パシュッ!!


 眩い光と爆音が、キーーンと鼓膜を劈いて、辺りを白く包む。次の瞬間。私の背中と膝裏に、冷たい金属の感触を感じ、浮遊する感覚に包まれた。‥‥何者かに抱えられたのだ。


 私は、白銀の鎧を着た人物を、その腕の中でボンヤリと見詰めていた。

●参加者一覧

Anbar(ga9009
17歳・♂・EP
宵藍(gb4961
16歳・♂・AA
未名月 璃々(gb9751
16歳・♀・ER
ジョシュア・キルストン(gc4215
24歳・♂・PN
ニーマント・ヘル(gc6494
16歳・♀・FT
祈宮 沙紅良(gc6714
18歳・♀・HA
ルティス・バルト(gc7633
26歳・♂・EP
葵杉 翔太(gc7634
17歳・♂・BM

●リプレイ本文


 世界各国を回り、宇宙へさえも活動範囲を広げた傭兵にとっては、その星空は満天ならぬ満点とは言い難いものかもしれない。しかしそれでも、晴れ渡った夜空に輝く星達は冬空に星座を描き、ロマンに満ちたキャンバスを飾っていた。
 それは恋に眩んだ人達にとっては甘く、凍える空気さえも溶かしてしまう、そんなムードを演出するには十分過ぎるものだったろう。
 そう、恋に眩んだ人達にとっては。

「夜空で煌く星よりも、世界で一番君が綺麗だ。俺はどうしても君を求めてしまうよ。これが運命なんだね」
 4人掛けのベンチの中央、宵藍(gb4961)が、未名月 璃々(gb9751)と隣り合って座り、愛を囁く。独りで棒読みしたとしても恥ずかしい台詞を、一点の曇りも無く言い切る宵藍。魂の篭った役者根性は、凍てつく寒さを跳ね飛ばす勢いだ。たとえその相手が、囮カップルを演じる気が全く無い璃々であっても、ブレることはない。
 宵藍の腕は、璃々を気遣うように肩に。対する璃々は、サスペンダーに固定された夜間撮影用カメラに手を掛けている。彼女の瞳にも、ある意味、一切の曇りが無い。ただ、HENTAIキメラをそのファインダーに収め、レアな写真をコレクションする為ならば、仲間さえ叩き売る。そういう人物なのである。
 だが、宵藍は決して挫けない。彼女の心を、そこから動かせないのは、自分の演技力が足りないからだ。まだまだこれから。俺の本気を見せてやる。‥‥と思ったかはわからないが、囮役に買って出た二人は、半ば努力が方向を見失って、行方不明になっていた。

「こう‥‥。見た目のみでしたら、寒さをものともしない熱々ぶりですわね」
 茂みに身を潜めた祈宮 沙紅良(gc6714)が、ポツリと、そんな感想を漏らしたが、その隣に同じように身を潜めるAnbar(ga9009)は、苦笑いで、ポリポリと頬を掻いた。
「そ、そうか‥‥?」
 どちらかといえば、別れる寸前で、男が必死こいて繋ぎとめようとしているようにしか見えない。冷淡な璃々と、本気の宵藍。二人の温度差が余計に周囲からはそう見えてしまう。
「俺にはあまり、熱々には見えないんだが‥‥。そんなことより、反応は?」
 Anbarの言葉に呼応するかのように、沙紅良の周囲に淡い光がほわほわと輝いた。
「‥‥バイブレーションセンサーに、反応はありませんわね。少なくとも100m以内には敵影はありません」
 ふぅっと息を吐くと、眼前が白く煙る。気温が大分低いのだろう。沙紅良は手をすり合わせ、その中に暖かな吐息を吹き込んだ。探査の眼と幸運のまじないを働かせたAnbarは、周辺に気を張り巡らせている。しかし、しんっ‥‥と、静まり返った宵闇が、辺りを包むばかりで、何の変化も見られない。
「もう、この辺にいねーのかな?」
「まだ始めたばかりですし、もう少し、囮のお二組のイチャイチャ振り、拝見致しましょう」
 柔らかい表情と言葉でそう言う沙紅良の様子に、Anbarは「やれやれ」と、肩を竦めて見せた。

 ***

 一方。
「‥‥まぁ、愛の形は人それぞれということで」
 木の幹に背を預け、双眼鏡を覗くのはジョシュア・キルストン(gc4215)。その視線の先には、同じく囮のカップル役を引き受けたルティス・バルト(gc7633)と、葵杉 翔太(gc7634)の姿があった。

「何で俺達なんだよ、意味分かんねー! 大体男同士で‥‥!」
 むぎゃーっと、翔太が吼えた。参加したメンバーの中ではまぁ、ベストカップルだと言わざるを得ない。妥当な組み合わせであった。本人の意思は別として。
「それは偏見だよ、翔太さん。世の中には真剣に同性でお付き合いしている人達もいるんだから」
「そりゃそーかもしんねーけど‥‥」
 宵藍達の座るベンチから、少し離れた別のベンチで身を寄せ合う二人。ルティスのその彫りの深い顔立ちに覗き込まれれば、たとえ彼に好意を持っていなくても、言葉を詰まらせてしまうだろう。思わず翔太は眼を逸らせた。その青いサファイアのような瞳を見続けたら、きっと心が、永遠に囚われてしまうから。
「それに、キメラが釣れようと釣れまいと、関係ないよ。俺はただ、翔太さんとイチャイチャ出来れば、楽しいし、嬉しいんだ」
「お前なぁ‥‥」
 クスクスと悪戯っぽく笑う、本気か冗談か判断に困るルティスは、狭いベンチをにじり寄って来る。翔太は、いつも通りなんだけど、いつまでも慣れることのない彼の包容力に、頬を紅潮させながら、身体をジリジリとよじって、くびきを逃れようと、試みた。

「‥‥だっ、だから、ちけーよ!」
「翔太さんが、風邪を引くといけないからね」
「かっ、肩を、抱くんじゃねー‥‥」
「俺の温もりを感じてもらおうと思ってね」
「ほっ、ほら、星が綺麗だぞ、星! 星を見ろよ、何でこっち見んだよ!」
「‥‥君の瞳の中に、宇宙が見えるからさ」
「〜〜〜〜ッ!!!」

 そんなやり取りが、無線から流れてきて、ジョシュアは「ヒュゥ」と、小さく口笛を鳴らし、「妬けますね」と、茂みに身を潜める、筋骨隆々の漢‥‥いや、意外と純情な乙女、ニーマント・ヘル(gc6494)も、思わず呟いた。

 男性同士ではあるものの、その1000%ラブがえらいことになっとる公園の一角へ、甘い蜜に吸い寄せられるカブトムシが如く、邪悪な気配が、ひとつ、またひとつと、どこからともなくワラワラと現れたのを、ルティスや璃々、沙紅良のバイブレーションセンサーが捉え、各々がONにしていた無線機に、情報が流れてきた。

「全く野暮なキメラですが、邪魔があった方が盛り上がる恋もあるんでしょうねぇ‥‥」
 少し面倒臭そうに身体を起こし、眼下の赤い醜悪な小人達を見下ろすジョシュア。思いなしか、ルティス組にキメラが多く集まっているように見える。
「嫉妬するキメラというのは初めてね、キメラでも嫉妬するなんて」
 ニーマントが、いつでも飛び出せる体勢で、茂みから鋭い眼光を漏らす。キメラになんでそんな感情を持たせたのかは、よくわからない。しかしその感情は、元を辿れば希望や願いにあるのではないだろうか。それが執念となって、それらを一心に突き動かすのならば、十分な武器と成り得るもの‥‥なのかもしれない。希望の名の下に集まった彼ら、能力者のように。
 両腕に備えたディガイアの装着具合を確かめ、そのタイミングを計るニーマント。気配は次々と増え、偽りのカップルを取り囲んでいく。
 戦闘開始の合図は唐突に、甲高い炸裂音と共に訪れた。

 ***

「チッ」
 宵藍の背中に潜んだ璃々が、カメラを片手に小さく舌打ちした。宵藍は黒い煙で煤けたベンチを一瞥し、あと一歩避けるのが遅れたら‥‥と、ゾッとした。役者として、アフロ姿なんぞに、死んでもなりたくない。とりあえず、冷や汗をかいた良い表情だったので、璃々はファインダーに収めた。
「って、撮るなっ」
「ご心配なく。ちゃんと焼き増ししますから」
「そうじゃなくて‥‥。って、来るぞ!」
 宵藍が叫ぶ。闇夜に溶け込んでいたそのシルエットは公園の外灯に照らされ、醜悪な悪鬼の姿を晒した。数は2体。さっきは、璃々にこっそり邪魔されたが、今度はそうはいかないとばかりに、宵藍は小銃を素早く抜き放ち、放とうとしていた爆弾を狙撃した。炸裂するBOM。派手な土煙を吹き上げ、視界一杯を覆うそこから、新たに二つの黒い玉が放られた。
「2時方向、新たに2体!」
 沙紅良が叫びにいち早く反応したAnbarが、サブマシンガンで弾幕を張ってBOMを吹き飛ばした。アフロにはなりたくない。思いは皆一緒だった。

 しかし、それは予期せぬトラップを孕んでいたことに、その状況になるまで気が付くものは居なかった。
「‥‥!!」
 ただ単に派手に炸裂する非殺傷のジョークアイテム。傭兵達は皆、そう思い込んでいた。しかし、公園の外灯のみという状況下で、派手な光に一瞬とはいえ視界が眩まされて鈍り、吹き上がった煙がその小さな身体をかき消したのだ。
 和やかなムードが、焦りと緊張に変わる。

 不意に煙を突き破って、Anbarの右脇から、弾丸のような勢いでキメラが飛び込む。探査の眼が僅かに反応を早め、SMGの無数の弾丸が、その重々しい一撃を紙一重のところへ逸らしたが、振り下ろされた斧は、すぐさま軌道を変え、打ち上げられる。
 ‥‥が、その瞬間、光の弾丸がキメラを包み、ゴム鞠のように吹き飛ばした。
「ご無事ですか!?」
 沙紅良の構えたエネルギーガンのSES排気口から、白い煙が噴いている。センサーで位置を把握し、最初から斧を持つ手に集中していた沙紅良だけが、思わぬBOMの副次効果に反応できていた。すぐさま二撃目を、宵藍の真正面に叩き込み、悪鬼を牽制。

「天降し依さし奉りき 此く依さし――」

 続いて呪歌が響き渡り、土煙の中で身体の自由を奪われたキメラは、呪縛の檻の中でパニックを起こし、無様に斧を振り回した。その隙に傭兵達は一度距離を取り、体勢を立て直すことに成功する。
「いやー。変態キメラというより、偏執キメラですよねー」
 気が付くと、璃々は、ものすっごい遠くに離れた場所に。三十六計、逃げるに如かずの心構え‥‥と、彼女は言うが、何時の間に逃げたんだ‥‥と、誰もが呆れた。だが、彼女のどこまでも肝が据わったマイペースさに、彼らは冷静さを取り戻している。
 AnbarはSMGを構え、続いて宵藍が、キメラ達に月詠を突きつけた。
「この時期カップルを襲いたくなるというのも、分からないではないけどよ。はた迷惑なのには違いないよな」
「まぁ、バグアって季節モノ好きだよな。レッドキャップはサンタとは違うけど、もどきって意味で。犠牲者が出なかったのは幸いだよ」
「リア充にはむかつくが、キメラ退治が俺たちの仕事だし、仕方ねぇ。野放しにしておく訳にもいかねえし、とっとと片付ける事にしようぜ」
「‥‥ああ」

 ***

「ウィリィィィィィ!!」
 赤く光る鋭い眼光が、闇夜に浮かび上がり、隆々に膨れ上がったマッスルバディの怪女と、それを取り囲む小人達。特撮映画でも撮ってるんじゃないかと思ってしまえる光景を前に、ややジョシュアは出遅れた。

 ぼくしゃぁ! と、鈍い音を立てて、地面にめり込むキメラ。豪破斬撃の乗ったディガイアの一撃を、その小さな身体が受けきれるわけがない。続けて蹴り上げるように繰り出した回転蹴りが、キメラの身体をふわりと浮かせ、ニーマントの胸の位置を舞う。ボッ! と空気を裂いて獣の爪がキメラのど真ん中に突き刺さり、力任せに振り抜いたそれが、ぶちっ、とゴムが捻じ切れるような音と共に四散した。
「シィィィィィイ‥‥」
 薄く開いた口の端。吐き出される暖かい空気が、外気の冷たさと交わり、白く煙っている。ゆっくりと振り向くと、彼女の眼光は光の軌道が残り、獣のような殺気が、キメラの殺気を押し出した。

「ギギギッ!!」
 キメラの一体がザッと動き、斧を振り上げ、低く、ニーマントの足を狙ったが、しかし、木の上から放たれた弾丸がそれを許さない。

「僕もお世辞にも真っ当とは言えませんが、少々、はしゃぎすぎですね」
 タンッタンッ、タンッッ!
 リズミカルに刻まれるバレットの演奏は、頭上から次々と降り注ぎ、キメラを躍らせている。

 機と見て、翔太が動く。ベンチに倒して隠していた薙刀を素早く取り出し、くるっと一度その場で回し、正眼に構え、呼吸を整えた。さり気無くルティスの前に出て、彼を背中に回す。
「べ、別にアフロになってるアンタを見たくないとか、そういうことじゃねーからなっ」
「ふふっ、そういうことにしておくよ。‥‥ほら、来るよ」
 爆発しろと言わんばかりに、黒い玉をブン投げようとしていたキメラに、ルティスの呪歌が制動をかける。その一瞬に深く踏み込んで、袈裟斬りに薙刀を振り下ろし、キメラの肩から腰に掛けて一刀に切り裂いた。くるりと返して、逆方向から接近してきたキメラを、柄で突き飛ばす。
「流石だね、翔太さん」
「へっ、俺だって‥‥」
 と、ルティスの方を見ようと首を僅かに捻った瞬間、スパークが弾け、彼の足元から攻撃しようとしていたキメラが黒焦げになった。
「油断は禁物だよ」
 ふわりと微笑むルティスに、ツンと明後日に顎を引く翔太。
「わ、わかってらぁ! 次、行くぞ!」
「ふふ、翔太さんは本当に可愛いね。なんならこの後、ホントのデートに行くかい?」
「な、なななな!?」

「‥‥妬けますね」
 そんな光景をニーマントは乙女のような瞳で、眺めつつ、キメラを真っ二つに切り裂いていた。


 ***

 集まったキメラを掃討し、打ち漏らしが無いか周辺を調べる一行。キメラは全部で10体。増援はなかったし、気配も無い。依頼は完了したようだ。

「僕はアフロには絶対なりたくありませんからね、絶対に」
 自慢のこの髪がアフロになったりしたらそのまま戦闘不能になってしまう、と、髪を軽く梳く彼の視界に、ふと、小さな女性が何か黒い玉を抱えて立っているのが映った。

「‥‥」
 無言で見詰め合う二人。

「絶対押すなよ、絶対だぞ。のフリじゃないですよ?」
「あー。いえ、キメラの攻撃であったBOMが、人間である私の行動を経て、他者に作用したと言うレアさが垂唾ものなんですー」
「ああ、そう‥‥ですか」

「‥‥」

「やりませんか」
「やりませんよ」
 璃々の言葉に、ジョシュアは即答した。

 送迎用に手配されていた車両に傭兵達が戻ると、待機していた稲玉が、今まさにカップ酒の蓋を開けようとしているところだった。呆れ顔の傭兵達。そんな中、沙紅良だけが、春の日差しのような微笑。
「ご無事で御座いましたか、茉苗さん。 お一人でお星様でもご覧になっていらしたのですか?」
「お星様の仲間入りをするところではあったけどね」
 遠い目をした稲玉の言葉。ルティスが当たり前のように翔太の隣に座り、「誰が上手いことを」と呟き、「え? 上手いか?」と、隣の彼は突っ込んだ。

「しかし、良い年頃の姉さんが公園で寝てるとかあり得ないんじゃないか? もう少し身の回りに気を配っても良いと思うんだがな」
 Anbarの言葉に、稲玉は苦味潰した顔を向けた。
「んー。店を出て、迎えを呼んだところまでは覚えているんだけど」
「迎えというと、白銀のAU−KVの?」
 沙紅良が首を傾げると、連動するように稲玉は首を竦めた。‥‥どうやら、稲玉達を助けたドラグーンらしき人物は、その後直ぐに姿を眩ましたらしい。

「無事そうで何より、お疲れさん」
 暖かな缶コーヒーが、最後に乗り込んできた傭兵から飛んできて、稲玉は胸の辺りでキャッチした。そちらに視線を送ると、宵藍が、柔らかい表情で立っていた。
「状況的に頑張ったのは、茉苗だからさ」と、彼は言うが、記憶が飛ぶまで泥酔した挙句、このザマだ。あまり格好はつかない。

 稲玉はちょっと困った顔をしながらも、「ありがと」と、返した。