タイトル:ウエルカムバックLH!マスター:愉縁

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 6 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2011/12/12 21:07

●オープニング本文



 高速艇のタラップをゆっくりと踏み、ラストホープの大地に降り立つ。
 ふと、茜色の光に船体が輝いている事に気付いて、目を細めながら、窓の向こうから差し込む夕日‥‥水平線の向こうに沈み往く輝きを見詰めた。

 夕日を見ていると、いつも思い出す。

 あのとき‥‥。
 あれが最後の別れになると知っていたら、彼を引き止めていただろうか。

 能力者の適正があった私の弟、稲玉光毅。一回り下の弟は、当時14歳。聡明で、友人も多い、自慢の弟。まだ幼さの残る、可愛い顔をからかうと、頬袋に食料を詰めたリスのように、頬を膨らませて‥‥。私はその仕草が大好きだった。

 しかし、傭兵の仕事に慣れてきた2年目の夏。
 当時オペレーターを勤めていた私が案内した依頼で、彼は行方不明になった。

 その出来事があって、私はオペレーターから転属し、危険を承知で現地へ赴き、事前調査、事後処理の仕事に着いている。‥‥情報を集める仕事に従事していれば、弟の失踪に関連するものが手に入るかもしれないという期待と、あのとき、弟を引き止められなかった負い目が、私を今の場所に留めていたのだ。

「おかえり、茉苗」
「‥‥恵那?」
 聞き覚えのある声に振り返る。LHに戻ってきた私を最初に出迎えたのは、幼馴染の七島恵那だった。
「3ヶ月ぶりかしら」
 顎に手を当て、軽く考える素振りを見せた恵那が、その3ヶ月前の出来事を思い出し、悪戯っぽく少し笑っている。私はそれを吹き飛ばすように荒っぽく、擦り切れたリュックを地面に下ろした。
「思ったより長期の出張になったからね。まーなんていうか、あちこちてんやわんやですよ。男は戦うことばっかりで、後のことなんか、なーんも、考えてないんだから」
「‥‥元気そうね」
「まぁ、タフにもなるよ。‥‥ていうか、恵那は何でここに居るの?」
 女らしさをどこかに置き忘れたんじゃないの? とでもいいたげな目で、じっと見る恵那に、私は疑問をぶつけた。以前彼女は仕事でLHに立ち寄ったが、彼女の勤務地はドイツのクルメタル本社の筈だし、家には小さなお子さんもいる。長期ここに留まるということは無い人間だ。
「仕事よ、仕事。この前の戦いで、ようやく宇宙に足場が出来たっていうからさ、アレを宇宙で最終試験。その護衛依頼をお願いしに来たの」

 アレ、だけ言われて、通じる程度の仲ではある。アレというのは、クルメタル社の輸送特化KV、クノスペのことだ。‥‥てっきり、3ヶ月LHを離れている間にVUしているものだと思ったが。
「アレって、まだバージョンアップしてなかったの?」
「そんな、いき遅れた同級生みたいに言わないでよ」
「‥‥え、喧嘩売ってんの?」
「うちの製品には一切の妥協を許したくないの。たとえ、部品の一本たりともね。宇宙で使うものなら、実際に宇宙にいって試さないと」
「流石ドイツのクルメタル社‥‥。万全を期して、ということかしら。堅実ね。でも、私はドイツ人の旦那は遠慮したいかな」
「茉苗、大雑把だもんね」
「‥‥大らかと言って欲しいわ」

 やんわりと、私達の間に、ギスギスした空気が流れた。恵那とは大体、こういう仲だ。恵那は要領が良いが、私は馬鹿正直で、気が付けば、いつも遠回りしている気がする。
 彼女はピシッとしたブランドのスーツ姿に、ほんのりと柔らかな香水の薫り。一方の私は、ジーンズにボロのジャケット姿だった。おまけに3、4日風呂入ってないので、若干自分でも体臭が気になった。これは泣いていいかもしれない。
「そんなことより、ちょっとお茶付き合ってよ。依頼申請したはいいけど、そのまま暫くLHに残れって本社から言われててさ。暇なんだ。3ヶ月、何があったか、聞きたいな」

「え、ただ害虫と格闘しながら、きったないテントに缶詰にされて書類と睨めっこしてただけだし、面白くないよ? ‥‥ていうか、あまり思い出したくないっス。もう、お風呂の無い国には行きたくない」
「えー」
「そんなに暇なら‥‥。あ、君!」

 丁度今、タラップを降りてきた一人の傭兵を呼び止めた。私が話し掛けると、傭兵は辺りをキョロキョロ見回し、そして自分に人差し指を当てて、首を傾げている。
「そうそう、君だよ、君」
 高速艇での移動中、何気なく隣の席に座っていた傭兵だったと思う。何らかの事情があって、暫くLHを離れていた傭兵の一人だった。その傭兵にツカツカと近付き、そして肩をポンっと叩き、親指でクイクイと恵那を指しながら、ニカッと、微笑みを零す。

「このリア充がお茶奢るからさ、君が今まで何をしてたか、話を聞かせてあげてよ」

●参加者一覧

佐嶋 真樹(ga0351
22歳・♀・AA
終夜・無月(ga3084
20歳・♂・AA
愛輝(ga3159
23歳・♂・PN
ラルス・フェルセン(ga5133
30歳・♂・PN
志羽・武流(ga8203
29歳・♂・DF
アリーチェ・ガスコ(gc7453
17歳・♀・DG

●リプレイ本文



●戦華

 赤く紅く赫く。
 爛々と朱色に染まる、赤と黒の煙が立つ場所。‥‥そこが自分の居場所だと、佐嶋 真樹(ga0351)は言う。
 戦地へ長期赴き、思い出したようにLHに戻ってくる。家族を早くに失って、頼る者もない。まだ能力者やKVが登場する以前から、ずっと戦い続けているのだから、戦場が自分の故郷みたいなもの、だと。

 だから彼女にとって、戦地こそ帰る場所。私はそれでいい。幸せなど、なくてもいい。ただ、自分と同じ境遇を一つでも減らし、誰かを救い出せたら。それが自分自身の『救い』となる。
 ――それが彼女の生きる意味。

 鮮やかな赤色の紅茶から、湯気があがる。それをそっと口につけた彼女の仕草は、どこか気品を感じた。少なくとも、稲玉より、ずっと女らしい。
 しかし、どこか近寄り難い、孤高のオーラを纏っているのも確かで、聞き手の七島は、その燃えるような瞳を直視することさえ、できなかった。
「でも、仲間や友人もいるでしょう? 戦場なら戦友だって。いつでもラストホープに来ればいいじゃない」
 七島に代わり、図太い神経の稲玉は聞いた。佐嶋は紅茶の香りを楽しむようにカップを鼻の前でくるくると回している。
「いや‥‥。私は必要以上に他人に思い入れをしないようにしている」
 目は閉じたまま、達観しているように静かに呟く。
「愛や友情を否定するわけではない。だが、それが時として、身も心も破壊することも知っている」

 人を一つに纏め上げたのは、愛ではなく、憎しみだった。バグアに対する怒りが、人類を新たな進化のステージへ導いたのも確かで。それが誰かの手の内のことだと知りつつも、人は戦いに身を任せるしかなかった。
「悲しみの深さは、愛情の深さだって、誰かが言っていたわよ」
 稲玉の言葉に、初めて佐嶋は表情を動かした。スッと見下ろした紅茶に起こった小さな波紋が、そこに写った彼女の顔を歪ませている。
「‥‥私はそんなに強くはない。もう、壊れるのも、壊れるのを見るのも、御免だ」

 楽しいことも、嬉しいことも、あったのだろう。だが、その暖かい感情が、悲しみを自分に押し付ける重石となることを、彼女は知っている。彼女を冷酷な人間だと、人は言うだろうか。
「不器用なのね。ま、私も人の事は言えないけど。‥‥もう、行くの? ゆっくりしていけばいいのに」
 静かに席を立った佐嶋を、稲玉は見上げた。
「人手が要ると、聞いている。‥‥馳走になった。縁があれば、また会うこともあるだろう」


●羅刹

 席を立った佐嶋に続き、終夜・無月(ga3084)も席を立った。たまたまその場に居合わせ、次の依頼へ向かう高速艇出発までの時間を過ごしていたが、その時間が来たようだ。
「‥‥では、自分もこの辺で。また、何れ」
 愛想も無くその場を後にした佐嶋と違い、丁寧に会釈をし、柔らかい微笑を浮かべた終夜だが、抜き身の刃物のような冷たさを持つ彼からは、既に人としての何かが失われかけているようにも見える。漆黒の布と、白銀の鎖で厳重に封印された大剣を担ぎ、異質な雰囲気を纏うその姿は、別次元の存在にも等しい。
「俺は進み続けます‥‥。譬え、人と呼ばれない存在に成ろうとね」
 立つ前に、そんなことを、彼は言っていた。

 暫くラストホープを離れていた稲玉も、彼の顔と名前くらいは知っている。相当数の依頼を受けている男で、通算23回の転職措置を行い、全てのクラススキルを身につけていると話していた。この3ヶ月の間にも、45件の依頼をこなしている。
 なんでも、宿敵のエミタ・スチムソンを追い続けているという。彼女に追いつく為か、或いは倒すこと、戦いという魔力に支配され、羅刹鬼となったのか。そんなことを、稲玉が知る由も無い。

「忙しないわね」
 七島はボソリと呟き、稲玉は静かに首を竦めた。


●線引

「わざわざ語るような話でもないけど、記録として残るなら、それも悪くないかなと思ったから話すよ」
 愛輝(ga3159)はゆっくりと話し始めた。

 戦場から距離を置くようになってから、2年は経過していた。
「LHから離れた理由は、自分の精神の未熟さに嫌気がさしたから。傭兵になってから戦うことばかり考えていたけど、気がついたら中身が空っぽだった」
 体だけが強くなっていて、心は子供のまま。暫く悩んでLHではどうしようもなくて、外に飛び出した。仕事ばかりして家庭を顧みず壊してしまった父親の気分とは、こういうものかもしれない。

「戦場から離れた世界は、自分の視野を広げるのに良かったよ」

 傭兵であることを隠し、ただ一人の人間として世界を旅し、色々な人に出会い、自分の立っている場所を、外の世界からその場所を見詰め返した。
 戦うことに囚われ、いつしかその目的さえも見失いかけた自分。強くあることを、孤独だと思い違いしていた自分。そんな自分を、世界は、他人は、分からせてくれた。

「旅先で色んな人に会って、自分が落ち着ける場所を見つけて、中身が成長したのか?って言われたら、胸張ってそうだとはまだ言えない。でも、前よりは良くなったんじゃないかな」
 いつか、それが義務だと思ってしまっていた。だけど、自分の立場なんて関係のない場所で、自分という人間を何の先入観も無く評価してくれる場所で、暖かくも、厳しくも、人に触れて、その全てに感謝した。

「おかげで俺は再びここに戻ってくることができた」
 彼の表情、その瞳の灯明は、決意の光か。傭兵として生きると決めたのは自分自身だ。どこまで自分にできるのかはわからない。でも、それでも、
「有耶無耶にして終わらせるのは嫌なんだよ」
 どこか少年のような、世のしがらみなど忘れさせるような清々しい表情を浮かべ、愛輝はニッコリと微笑んだ。


●優悠

「さてー、私のお話、でしたね〜。あ、その前にー、この季節の紅茶セットをひとつー」
 間延びした口調で、ラルス・フェルセン(ga5133)は、マイペースに言った。そういえば、今さっきまで、真剣にメニューと睨めっこしていたようで、もしかしたら、ここまでの話をほとんど聞いていなかったような、気がしなくも無い。
 ふと、彼の視線が何かを訴えているような気がして、稲玉は「なに?」と訊ねた。
「いえー。お二人のお名前をー伺っていなかったもので〜」
「ああ、そういえば、自己紹介がまだだったかしら。私はULTの事務をしている稲玉よ。傭兵が受け持つ仕事の後処理とか、事前の調査とか、そういうのが仕事ね。こっちは、七島。私の腐れ縁で、クルメタル社の回し者よ」
「回し者ときたか。‥‥否定はしないけど」

 ゆっくりと、二人の顔を交互に見て、「仲がよろしいのですね〜」と、のほほんな表情を浮かべた。ワンテンポ遅れた反応に、ちょっと、カクッと肩をズリ下ろしてしまったが、コホンと、一つ小さく咳を払うと、ラルスは、「あ」という顔をした。

「さてー、私のお話、でしたね〜」
 ごそごそと懐から、ロシアンブルーの猫が写った写真をラルスは取り出し、テーブルにそっと置いた。稲玉と七島が覗き込むと、「ライラとー言うのですがー、可愛いでしょう〜♪」とニコニコしながら説明をする。
 聞けばどうやら、LHでの飼い猫をスウェーデンの実家に預けに行っていたらしい。これから本当の意味での反撃が始まるのだから、長く留守にすることもあるのだろう。
 3年半以上ぶりの里帰りでもあり、ゆっくり過ごせたと、満足そうな表情を浮かべる。
「実家には弟妹達が多くいますが、帰省してしばらく後、既婚の一番上の妹がおめでただと分かりましてー。何故か毎日のように宴会騒ぎでしたー。おかげで思った以上に実家に滞在する事になりましたがー」
「あら、それはおめでとう」
 一児の母である七島は素直に祝辞を述べたが、実家で三十路間近の独身であることを散々言われて戻ってきた稲玉は、複雑そうな顔で「‥‥おめでとう」と小さく言った。

「その後、世界情勢を身をもって知りたく、グリーンランドを始め、欧州各地、アフリカ、アメリカと転々と‥‥。
 そしてそのまま南米の前線任務を引受けました。ジャガーがー、綺麗でー。あの梅花紋はー、見事、でした〜」
 うっとりと宙を眺めるラルス。
 戻ってくるまで、少し時間がかかると察し、稲玉と七島は、自分の紅茶をゆっくり啜った。2分くらいして、視線が戻ってきたので、再び彼と向き合う二人。
「どんな場所でも死ぬ気はしませんね。護るべき家族がいますから」
 それは穏やかであったが、安心して任せられる懐の深い大人の微笑みだった。


●優傷

「復帰前の依頼で傭兵続ける自信がのうなって、暫くは呆然と過ごしとったわ。依頼をどう進めるかで揉めたんでな。
 自分はこのまま傭兵やっとってもええんやろかとごっつ悩んだわ。立ち直るのに1年近くかかった」

 志羽・武流(ga8203)は、注文したオレンジジュースのグラスに挿したストローをくるくる指で回しながら、呟いた。
 珍しい話ではなかった。軍属とは違い、ある程度の自由が利く傭兵家業ではあるが、それだけ、色々な考えを持った人間が集まってくる。傭兵同士の衝突が起きることもあったし、それが原因で間違いに繋がることもあるだろう。ULTに勤務する稲玉には、よくわかる話だった。特に、人の感情が絡むと、依頼そのものの目的すら見失うことも往々にして起こり得る。志羽が零した小さな溜息には、その業の深さが窺い知れる。
「その後はカウンセリングの勉強したり、心理学勉強したり、いろんなメンタルクリニック行ったりやったな。
 あ、俺、本業精神科医やねん。傭兵は最初はクリニック開業資金集めを手っ取り早くできるからやってたんやけど」
 ――本買うたり、交通費やらで残り少ないねん。と、苦笑を浮かべる。

「ここに来る前までは、総合病院の心療科医師として働いとった。バグアやキメラに襲われてショックを受けたとか、将来に悲観したとか、怖くて眠れないとか様々な心配なこと話す人が増えてな」
 とある少女を思い浮かべる。それもまた、この世界では珍しいことではない。佐嶋と道は違えど、彼に出来る彼の方法で、救いの道を模索しているのだろう。

「能力者だから、常に現実を目の当たりにしてきたから、説得力のあるカウンセリングも、できるのね」
 もしかしたら、あの時、弟が行方不明になった直後、彼と出会っていたら、自分はこうして無茶ばかりをしていなかったかもしれない。少し目を伏せた稲玉を、七島は頬をついて優しい目で眺めた。
 志羽は言葉を続ける。
「3年も戦線から離れとったから今の状況はよう知らんけど、強いバグア集団来たんやってね。そいつら倒さんと安心でけへん。そう思ったから復帰決意したんや」
 彼に改めて決意をさせたのは、彼が診てきた人達だったのかもしれない。力を持てず、歯痒い思いをしている人達が居るというのに、自分は与えられた力を余らせておいていいのか。
 稲玉と七島にじっと向き直って、彼は力強く言った。

「襲われることに不安がる世の中は変えなあかん。それができるんは、エミタに選ばれた俺らにしかでけへんのんや」


●竜機

「二ヶ月ほどカンパネラで訓練。その後一ヶ月、前線へ赴いて実戦を」
 深い香りの立ち込めるエスプレッソを啜りながら、黒に黄色のツートンカラーのカンパネラ学園制服に身を包んだアリーチェ・ガスコ(gc7453)は語る。

 カンパネラ学園は、本来あるべき教養を能力者の少年少女達に与えると同時に、戦士を育てる機関でもある。バグアとの戦いは好転しつつあり、経験の乏しい少年少女を、無理に戦場に送る必要性も無くなりつつあった。 だが、適正を持つものは若い人間が多いのも事実で、彼らの力に頼らなければならない状況は、今も変わっていない。学園生の中には、兵士としての訓練をキッチリと受け、練度を高めようとする者達もいる。彼女もその中の一人だ。

「‥‥戦地ですか? 故郷の南イタリアへ」
 聞けば、彼女の故郷はシチリアだという。地中海に面した大きな島で、温暖な気候に恵まれた良い場所だと聞く。アフリカの大規模な戦闘から既に3ヶ月が過ぎ、北部アフリカからバグアの大部分が引いたとはいえ、彼女の故郷シチリアも、未だ前線には変わりなかった。
 彼女は言う。生まれ育った場所は、特別だと。希望して向かったその地で、何を思ったのか、稲玉にはわからない。しかし穏やかで、大人びた表情の褐色美人の彼女の表情からは、暖かな感情を感じた。そこに未来を感じ、自分の道を再認識したような、そんな一人前の人間の顔だった。

「そういえば、稲玉さん。あのほら、いつものオペレーターさんは、元気ですか? 半ズボンの」
 半ズボンのULTオペレーターは、一人しか居ない。何故か、配属されたその日に、支給された半ズボン。誰の差し金かは、未だハッキリしていないが、最早、彼を表す記号となっている。稲玉は、顎に手を当てながら、小さく頷いた。
「オズワルド君のことかしら? そうね、私も暫く会っていないから‥‥」
 と、甘い禁断の果実のような、彼の顔を思い出すと、口元が軽く緩む。迂闊にもニヨニヨしてしまう。恋愛感情とはまた違う、なんというか、一言で言えば、これは『萌え』だ。萌えなのだから仕方ない。
「今度、紹介してくださいよ。お忙しいのか、学園じゃ見かけませんし」

「だが、断る」
 稲玉は即答した。

 なんというか、その時の彼女は、娘を預かる父親の顔をしていたと、後に七島は述懐している。


 ***

「やっぱり、稲玉さんは庇護欲を駆り立てるタイプがお好みですか? 私も、守ってあげたくなるような、チワワのような男性も好きですが。やはり、男性はいざという時に、女性の前に立てる器量が無くては」
 気が付けば、そのティーラウンジには、お昼のワイドショー的な空気が漂っていた。

「‥‥フーン、そういうものか」
「おや、愛輝君は〜 恋愛に〜 興味がおありですかー?」
 何気なく、愛輝は言ったつもりだったが、隣の席のラルスはからかうように言う。少し気まずそうな顔で、頬をポリポリと掻いた彼の表情から察するに、恋愛には器用なタイプではないな、と、稲玉はシンパシーを感じた。
「あー。いや‥‥」
「はは、人はパンのみに生きるに非ずやで」
 と、志羽は笑う。

「そうね。色々な理由で皆戦っているけど、どうせなら、楽しいことや、嬉しいものの為に戦うのが一番じゃ、ないかしら。恋に生きるのも、良い事よ」
「マナが言っても、説得力ないけど」
「うるさいな‥‥。リア充爆発しろ」
 水を差すなと言わんばかりにジト目で七島を睨むと、傭兵達はクスクスと笑った。
「ま、とりあえず、なんだ、アレだ」
 微妙な空気を払拭するように稲玉はわざと大きな声で区切り、そしてニカッと、屈託の無い笑顔を傭兵達に向け、そして、こう言葉を続けた。
「おかえりなさい、ラストホープへ」


 ――只今、ラストホープ。