タイトル:三十路間近のマジカノ?マスター:愉縁

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 6 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2011/09/13 06:27

●オープニング本文


 ど う し て こ う な っ た 。


 29歳独身のULT職員の私、稲玉 茉苗(イナダマ マナエ)は、頭を抱えた。頭を抱えていたが、どちらかというと、胃が痛かった。胃酸の出過ぎだろうか‥‥。

 私の仕事は、民間・軍から受けた依頼を書類にまとめ、依頼に必要なものを手配することである。また、傭兵が依頼完了したあとの評価査定、特に細かな被害やトラブルなどを調査、場合によっては現地に赴いて、然るべき対処を行って、時には起きてしまうであろう傭兵に対する摩擦の種を、少しでも小さなものにするようにするのが、仕事だ。
 だが、自分のデスクの上、目の前のPCの画面はスクリーンセーバーが動いていて、暫く仕事に手が付いていない状態であることを物語っていた。

「‥‥」
 ULTのロゴが、黒い画面に行ったりきたりしているのを眺めながら、どうしたものかと、悩んでいた。
 チラっと、自分の後ろの席にいるオズワルド・ウェッバーの背中に視線を移してみる。今日も金髪碧眼の、絵に書いたような半ズボン姿の美少年は、キーボードをカコカコ叩き、何かの書類を作成している最中だった。その姿を見て、再び私は溜息を付いた。

 ***

 事は先日。仕事で立ち寄った町に、幼馴染が住んでいて、たまたまバッタリと、顔を合わせたことに始まる。その幼馴染、七島 恵那(ナナシマ エナ)とは古い付き合いで、彼女の結婚式でスピーチを読んだこともあった。
 自然と、「じゃあ、お茶でもしよう」という話になって、近くの喫茶店に足を運んだ。

 始めは当たり障りの無い近況の話題だったが、少し時間が進むと、当然のように話題は、恋愛絡みに発展していく。恵那は、私と違って要領の良い子で、容姿も性格も私とどっこいではあったが、不思議と男にモテた。学生の頃はよく、彼女の相談に乗ったものだ。しかしそういうのに疎かった私は、逆にその手の相談に乗ってもらうことは無かった。
「人生の墓場っていうけど、そんなことないよ。旦那は優しいし、子育ては大変だけど、もう手もほとんどかからなくなってきたし。今は幸せかな」
 左手に光るリングを愛しそうに撫でながら、呟く彼女はとても幸せそうで、思わず笑みを零しそうになったところで、不意を付いたように、恵那は言葉を続けた。
「マナは相変わらず?」
「え、何が?」
「マナさ、昔から男っ気がなかったから、今も独りなのかなって」
「‥‥」
 ムカッとした。私だって、好きで独り身でいるわけじゃない。しかし、いくら強がってみても、男と一度も付き合ったことの無い私には説得力があるわけもなく。かといって、ここで引き下がれば、私の面子が丸潰れだ。
「い、いるよよ。恵那には黙ってたけど、ラ、ラストホープにね。とっ、年下、の、カレシいる、よ? いやぁ、残念だな。恵那がラストホープに住んでたら、紹介するんだけどなぁっ」
 自分でビックリするくらいにドモり、凄い勢いで、目が泳いだ。‥‥嘘を付くのは昔から苦手だった。その様子を、古い付き合いの恵那はニヤニヤしながら見詰めてきて、
「じゃあさ。今度、紹介してよ。丁度、LHに行く用事が出来てさ、暫く滞在するんだ。時間がある時で、いいから。‥‥ね?」
 とか、言ってくれちゃった。
「えっ?」
「紹介してくれるんでしょ?」
 ニコリと、微笑む幼馴染。‥‥嘘だと、気付いていることは明らかだった。だから、ここで、ごめん嘘です。といえば、それで済んだ話だった。だが何故かこの時は、プライドの方が、勝ってしまったんだ。
「い、いいよ。しょ‥‥紹介、してあげるよ。もう、ビックリするくらい、美形の、カレシなんだから!」
「OK。んじゃあ、日時、決めよっかー」

 ***

「‥‥どうしてこうなった」
 頭を再び抱え、んで、思わず口に出た。

「どうして‥‥って、何が、ですか?」
 その様子を見ていたオズワルド君が、キョトンとした顔で、何時の間にか自分の横に立っていたので、思わず身体をビクンとさせ、うっかり椅子から落ちそうになった。彼の手には、何かの書類が収まっている。どうやら私の出した、依頼関連の書類のようだった。なんぞミスでもあったんだろうか‥‥。

 いやまて、依頼か‥‥。依頼、依頼ね。

「そうだ、依頼だ!」
 ガタッと、急に動いたもんだから、オズワルド君はビックリして、書類をバサリと落として、目をパチクリさせた。構わず、怒涛の勢いで文章を作成していく。

 依頼人は、私。依頼内容は―――‥‥

●参加者一覧

要 雪路(ga6984
16歳・♀・DG
宵藍(gb4961
16歳・♂・AA
未名月 璃々(gb9751
16歳・♀・ER
村雨 紫狼(gc7632
27歳・♂・AA
ルティス・バルト(gc7633
26歳・♂・EP
葵杉 翔太(gc7634
17歳・♂・BM

●リプレイ本文


「‥‥へぇ。君が、マナの彼氏?」
 ラフにジーンズとシャツ、軽くジャケットを羽織った、少し男気を感じさせる稲玉とは違い、七島はタンクトップに丈の深いシックなスカート、茶のブーツと小物で飾り、清楚さの中にほのかな色気を感じさせる、『女』の格好だった。宵藍(gb4961)は、二人を交互に見比べ、何か少し納得する。だけど顔には出さず、営業スマイル全開で、キラキラ粒子を飛ばし、微笑みを浮かべた。
 彼は『彼氏役』を買って出てくれた少年‥‥もとい、青年である。見た目こそ幼く、高校生くらいに見えるが、LHで見た目程あてにならないものは無い。これでも、26歳。れっきとした成年男性である。まぁ、見た目通りの年齢だったら、ギリギリアウトだろう。
「うんっ。マナちゃんとはUPC本部で出会ったんだ。お仕事バリバリしてるマナちゃんてかっこよくて――‥‥それでいて時々ドジっ子で可愛かったりするから、僕が守ってあげなきゃって思うよ」
「ど、ドジ‥‥っ」
 稲玉の頬がひくっ、と、僅かに引きつったが、七島の視線が何気なくこっちに向いたので、ハッとし、慌てて笑顔を繕った。
「ふぅん?」
 七島の目がニマ〜と、細く萎む。その様子に気付いたのか、単に話を切り出しただけなのか、宵藍は「でねっ」と、言葉を発した。稲玉と七島の視線が同時に向く。
「折角だから一緒に遊ぼうと思って」
 手を広げ、笑顔を散りばめた宵藍。横でやや遠い目をした稲玉と、大人の余裕を感じさせる、おっとりとした笑みを浮かべた、七島。
「それで、遊園地か」
 稲玉はゲートの入り口をぼんやりと眺め、呟く。


 LHには、依頼に関連する施設のみならず、この手の娯楽施設も充実していた。戦いで消耗するのは、肉体的なものだけではない。すり減らした心の傷を、それを、癒す為の設備。‥‥なのだと、思う。
「こんなことなら、圭介連れてくればよかったなぁ。残念」
 はふぅ、と、吐息を漏らした。宵藍が誰のことだろう? という表情をしたので、稲玉は短く「息子さんよ」と、答えた。
「お子さん、連れてきていないんだ」
 てっきり、子連れではないかと宵藍は思っていたが、そうではないらしい。七島は母親としては少しバツの悪そうな顔を浮かべ、苦笑いを浮かべる。多少の罪悪感を持っているような、そんな顔を。
「仕事のついでに寄っただけだからね。明後日には帰るから、親戚に預けてあるの」
「そうなんだ」
 手間がかからなくなったとはいえ、数日我が子と離れるのは、このご時世、辛いことなのかもしれない。宵藍はそれ以上言及することはなかった。

「しかし、遊園地‥‥。29にもなって、遊園地‥‥」
 セピア色の遠い目をした稲玉に、彼女よりも少し背の低い宵藍が、オロオロしながら上目遣いに見上げた。
「あの、遊園地、駄目、だった?」
「あー、いや、嫌だとか、そんなことないよ。あんまし、こういう所に来ないだけで」
 愛想笑いを浮かべる稲玉に、宵藍はしゅんとして「ゴメンナサイ」と、俯いたが、その様子を見て、手をパタパタと振り、慌て取り繕うように「じゃあ」と、切り出した。
「後で、岩盤浴とビールに付き合え。それで、許す!」
「マナ‥‥。相変わらず男らしいというか、オッサン臭いというか」
「ほっとけっ! サウナとビールが好きで悪いかっ!」

「アレ? 茉苗じゃないか。久し振りだね」
 低く、囁きかけるような魅惑のヴォイスが、そんな会話を割って入った。振り向けばそこに、長身の金髪美青年と、赤毛の少年が並んで立っていた。いや、赤毛の少年――葵杉 翔太(gc7634)の背が低いというわけではないが、隣のルティス・バルト(gc7633)と並ぶと、低めに見えてしまう。それ以上に、その手の経験豊富なルティスと、経験の浅い翔太では、どうしても落ち着きに差が生まれ、余計に翔太を幼く見せていた。
「ここでこうして出会えるなんて! 俺達‥‥やっぱり運命なのかもしれないよ?」
 何かを言い出そうとした翔太を差し置いて、ルティスが一歩前に出る。仰々しく両手を開き、徐に稲玉に抱きつこうとしたので、稲玉は、ぐい、と宵藍の手を引き、前に立てた。『はぐっ』と、宵藍は見事にホールドされる。
「ああ、茉苗。随分、女らしくなったんじゃない? とても柔らかくて、いい匂いがして」
 そのまま愛しそうにすりすりと、身を寄せてくるルティスに、ぞわわわっと、宵藍が鳥肌が立った。
「お‥‥女っ!? 俺は、女じゃないっ!!」
「‥‥ん? おっと、レディ、失礼を。茉苗、酷いじゃないか。元彼の、熱い抱擁を避けるなんて」
「気付いたなら、さっさと離れてっ!! あと、女じゃないっ!! 茉苗〜っ」
 何故か抱擁を止めないルティスのくびきから、宵藍が助けを求めたが、当の稲玉はフランクに翔太と挨拶を交わしていた。
「こんにちは、翔太クン」
「え? あ、う‥‥ウス」
 俯いて目を逸らす翔太。元来正直な性格の彼は、演技というものが苦手なのか、いつもに輪を掛けてぎこちない。しかしそれが、逆に妙な色気を醸し出していて、彼を見る稲玉の表情が、蜜に群がるカブト虫みたいになっている。

(‥‥どうやら、庇護欲を駆り立てる子が好みのようだね)
(子供扱いされたり、リードされるのは嫌なのかな‥‥)
(男性に付いていくのを幸せとする女性もいれば、その逆も居るってことさ)

 ルティスと宵藍はこそっと、顔を付き合わせ、七島に聞こえないようにボソボソと言葉を交わした。ショタコンで、プライドだけはいっちょ前の稲玉。頼りにされることで、頑張れる。危険を冒して、現地調査に赴く彼女を顧みれば、それも頷けた。自分の弱さを隠して、強がって見せている。そういう風にルティスには見えたのだ。
「単にリードするのが、エスコートじゃない。望むことを汲んで、それとなく助けてやるのが男の器量だよ」
 元売れっ子ホストの肩書きを持つルティスは、当たり前のように呟き、そして宵藍の肩をを慰めるように優しく叩いた。
「でも‥‥今は、僕の彼女だから」
 役者としての矜持か、男としての意地か。キッと、ルティスに向けた視線が、二人の間に張り詰めたものを流し込む。それが偽装とは思えないほどに。そんな二人をニヤニヤして、眺める七島。
「ふふっ。モテモテじゃない、マナ」
「ん? え? お、おうっ! もう、あれだ、『私の為に争わないで』って感じよ! ね、要さん!」
「うひゃっ!? 急に話しかけとんといて!?」
 ぐりんと90度視界を動かした先、要 雪路(ga6984)が、飛び上がった。同時にくせ気がピコンと動く。彼女もまた、依頼を受けて参加した仕掛け人の一人である。隠し事がどう見ても得意でない稲玉は、割りと素で、話を振ってしまったようだ。
「いや、入るタイミング計ってたみたいだったから」
「おねぇちゃん、そういうのはオフレコにしといてぇ〜な。‥‥でも、稲玉はん。バルトはんは、葵杉はんと付きおうてるのとちゃうのん?」
「俺はルティスとそういう仲じゃねー!!」
 雪路も割りと素で言って、それに対して翔太は顔を真っ赤にして叫ぶ。でも、何かちょっと、図星を付かれて、慌てて嘘で繕った感じになったのは、仕様なのだろうか? 何故か七島と稲玉が微笑ましいと、目を細めてほっこりしていた。
「でも、デートちゃうの?」
「で、デートとか言うなー!」
 きょとんとして雪路は首を傾げ、対する翔太は益々顔を紅潮させたのを、ルティスはくすくすと、小悪魔のような笑いを零して見ている。からかう様な瞳で。
「照れちゃって。翔太さん、可愛いなぁ」
「お ま え も ぉ ぉ お!!」

「いやいや、男二人で遊園地とか、どういうアレですかー」
 翔太の背後から、ぬっと、未名月 璃々(gb9751)が姿を現し、早速一枚と、シャッターをパシャリと切った。
「おまっ、何時の間にっ‥‥ていうか、撮るなっ!!」
 ギャースと喚いた翔太と対照的に、無表情に冷めた翡翠色の瞳でゆらりと、その顔をじーっと覗き込んだ璃々。
「心配しなくても、ちゃんと後で焼き増ししますよー」
「違ぁうっ!」
「あ、俺の分もあるよね?」
「‥‥おい」
 便乗して手を上げたルティスに、ぴしっと翔太のツッコミ。と、そこまでの一連の流れを見送って、雪路がパンパンと、手を叩いた。
「ほな、漫才はその辺にしておいてー」
「ま、漫ざ‥‥!?」
「こうして集まったのも何かの縁や〜。皆で遊びにいかへん?」
 翔太の台詞に被せ気味に、雪路は朗らかに言い放った。


 ***


「遊園地なんて、何年ぶりかな。ねぇ、マナ」
「私は小学生以来だよ‥‥」
 29歳。まだまだ女盛りとはいえ、流石に10代のノリは遠い彼方。すっかり遠い目で、あの若かりし頃の自分を走馬灯のように思い出し。そんな稲玉に、すっと突き出された宵藍の腕。
「はい」
「?」
 今まで男と付き合ったことの無い稲玉。その意図が掴めず、思わず頭がかくーんと、45度に傾く。その様子に、雪路がボソボソと、耳打ちした。

(稲玉はん稲玉はん、腕組みたいんちゃうかな?)
(成る程。それは恋人っぽい!)


 納得してガッと、宵藍と腕を組んだ――――‥‥肘を突き出すように。


「‥‥コレジャナイ」
「え?」
 宵藍は寂しげな顔で。

「ちゃうねん」
「え?」
 雪路は真顔で。

「とりあえず、一枚」
「え? う、うん」
 璃々はいつも通りの無表情で、そのまま炎を囲んで踊りだしそうな腕の組み方をした稲玉と宵藍に、パシャリとシャッター音を浴びせた。
「それにしても、人でも死にそうな、夏の暑さですねー」
 首に立て掛けるように支えた日傘をカメラと持ち替え、璃々はそっと、空を見上げた。燦々と降り注ぐ太陽の光に、思わず目が窄む。‥‥実際この暑さでは、人が倒れてもおかしくない。
「無理せず休めよ、璃々。あっちに、カフェがあったぞ」
 日頃の引っ込みっぷりを知っている翔太は、ナチュラルに璃々に声を掛けた。
「ありがとうございます。では、そうさせていただきますねー」
 それに、ナチュラルに璃々が応えたのを見て、何時の間にか近くに寄ってきたルティスが、屈みこんで、じっと翔太の瞳を覗き込んだ。何故かちょっと、潤んでいた。
「妬けるじゃないか、翔太さん。‥‥俺にはそんな優しい言葉、言ってくれないのに」
「わーっ、近い近い近いっ!」
 わたわたと慌てる翔太を見て、雪路は、ぽやーんとした表情を浮かべ、のほほんと「翔太はん、受けやなぁ」と呟いた。
 そんなカオスなやり取りをする人達は置いて、飲み物を購入してきた宵藍が、七島と稲玉にソフトドリンクを差し出す。
「喉乾いてない? 今日は暑いから」
 受け取ると同時に、爽やかに微笑む彼に、演技と分かりつつも、少しドキッとしてしまう稲玉。気まずそうに目を逸らし、何となく頬を掻く。
「う、うん。ありがと」

「それは見栄張り過ぎだろぉぉぉっ!!」
「えっ?」

 そこに、背広に伊達メガネ、髪型も七三分けのサラリーマン風の男が、いや、村雨 紫狼(gc7632)が現れ、唐突に叫んだ。
「だっ、誰‥‥?!」
 いきなり話しかけてきた背広の男に、二歩ほど後ろに引き、思わず素の表情になってしまった稲玉。遊園地に背広で来るとか、最早サラリーマンというより、サボリーマン。事前の説明すっ飛ばして、奇天烈な格好でやってきた紫狼を、直ぐに判別できる人間は多くない。
「ちょっ、俺だよ、俺!」
 思わず詰め寄る紫狼に更に三歩引き、困ったように眉を顰める稲玉。そこに宵藍がスッと稲玉の前に出て、ルティスと翔太もその脇についた。紫狼の正体に気付いているのはルティスだけのようで、他の二人はギラギラの視線を突刺している。怯む紫狼は数歩後退りして、くる、と背中を向けると、ガッと、走り出した。

「自分より若いツバメに走って捨てられたー!!」

 ダダダダダーと、走り去った背中を、ポカーンと見送る5人。
 え、今の何? 人違い? とでも言いたげな表情で、それぞれの視線を交錯させた。
「‥‥え、マナの知り合い?」
 七島が稲玉に振り向き、稲玉は連鎖するように、雪路に振り向いた。
「‥‥私の、知‥‥ってる、ひと?」
「いや、ウチに聞かんといて」

「若いツバメって‥‥。俺26歳なんだけど」
 ガクリと項垂れた宵藍の肩を、ポンと、翔太が無言で叩いた。

「なぁ、ルティスはん。ウチ、あれに乗りたいー」
 雪路が指差す先には、見てるだけで胃液が逆流しそうな、直下下降の絶叫マシーンがある。
「雪路さんは、中々チャレンジャーだね。いいよ、翔太さんも一緒なら」
「え、なんで俺?」
「怖いのかな? 大丈夫、俺が傍に居てあげるから」
「こっ、怖くねーし! 全然怖くねーよ!」

 ぷるぷる震えながら反論した翔太を見て、雪路とルティスは「うん」と頷き。笑顔で翔太を連行。この後連続絶叫マシーンツアーでゲッソリした翔太が、璃々の被写体となるのだが‥‥。

 まぁそんなことより。ふと気になり、稲玉が宵藍と観覧車に乗り込んだのを見送ってから、雪路は思い切って七島に尋ねた。
「‥‥なぁ、七島はん。ホントは気付いてんねんやろ?」
「そうですね。一時的なフォローしても、バレバレですよねー」
 カメラの望遠で、動く密室を撮影していた璃々が、そのファインダー越しに二人を覗いたまま、雪路の言葉に便乗した。ベンチでグロッキー状態の翔太を介抱するルティスの視線も、何時の間にか七島に向いている。
 ふぅ、と、短い溜息を付き、七島は観覧車を見上げた。
「‥‥学生の頃、マナには沢山相談にのって貰って、私には今の幸せがある。自分の幸せには疎いくせに、他人の幸せばかり気にして‥‥、そういう子なのよ、あの子」
「じゃあ、こうなる事を分かってて?」
 ルティスの言葉に、七島は肩を竦めた。

「こうでもしなきゃ、あの子、青春すっ飛ばしてお婆ちゃんよ」


 ***


 ごんごんごん。

 小さな振動と共に、ゆっくりと昇っていく観覧車。西から射す赤焼けた光が、向かい合うように座った稲玉と宵藍の横顔を照らしていた。頬杖をついて、外を眺める稲玉に、宵藍も釣られ、外を眺める。
「今日はつき合わせて、ごめんね。‥‥ありがと」
 ポツリと、呟く稲玉の視線は遠く。何か、夢の中に居るような瞳で。そんな彼女に視線を移し、ボンヤリと眺めた。まるで、本当の恋人同士のように。それは多分、宵藍が最後まで役を演じきるつもりで臨んでいたから、だろう。
「嘘だってこと、バレてるよね」
「多分ね。でも、無駄じゃない」

「どうして‥‥」
 宵藍のそれは、その言葉に対する疑問ではない。もしかしたら、単に光の具合でそう見えただけかもしれない。しかし宵藍には、彼女が泣いているように見え、思わず言葉に詰まった。

 しかしそれも一瞬のことで。ゆっくりと振り向いた稲玉は、少し前の彼女のように、あどけなさを残した、そんな悪戯坊主のような笑顔を浮かべていた。


「‥‥ここから見える夕日が、綺麗だから、かな」
 そう、呟いた。