タイトル:【AE】栗と胡桃と鴉たちマスター:芳永明良

シナリオ形態: ショート
難易度: やや易
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2008/11/19 10:48

●オープニング本文


 秋といえば実りの秋、食欲の秋。
 彼が所有する小さな裏山でも、ささやかながら栗と胡桃の収穫があった。
 毎年、秋には裏山近くの別邸を訪れ、栗と胡桃の料理を味わうのが彼の楽しみであったのだが‥‥。
 どうやら、その裏山に最近、キメラが住み着いてしまったようだ。

 使用人の話によると、キメラは鴉の姿をしているらしい。
 だから、その外見に相応しく、木の実を求めて集まったのかもしれないが‥‥いずれにしても、迷惑な話ではある。
 折角の実りをキメラに食い荒らされるのも癪ではあるし、放っておけば、いずれ怪我人が出てしまうかもしれない。

 かくて、彼はUPCに依頼をもちかけたのだった。
 傭兵ならば、この程度のキメラは難なく退治してくれるだろう。


「今回は、鴉のキメラの群れを倒していただきます」
 場に集った傭兵たちへ向けて、オペレーターが依頼の説明に入る。

「現場は個人が所有している裏山です。そこに、鴉キメラの群れが住み着いてしまったようで‥‥。栗と胡桃の木があるそうなので、戦闘の際は、極力それらを痛めないようお願いしたいとのことでした」
 依頼人は裏山の地主で、毎年ここで得られる実りを楽しみにしていたらしい。早急な封鎖を行ったため、幸いにして人的被害はまだ出ていないようだが、それでもキメラとなれば放って置くわけにもいかない。
「鴉のキメラですが、現状で得られた情報では、数が若干多いという以外は特筆すべき点はありません。ただ、油断だけはなさらないようお願いします」
 資料を閉じ、オペレーターは傭兵たちの顔を眺める。普段より、その表情は幾分か柔らかく見えた。

「無事にキメラ討伐が終れば、依頼人のはからいで、裏山で摂れた栗と胡桃を自由に味わって欲しいということです。宿泊先と調理場はあちらで提供していただけるそうなので、任務を終えた後は存分に楽しんできて下さい」
 それでは、お気をつけて。オペレーターの言葉に見送られ、傭兵たちは本部を後にした。

●参加者一覧

ドクター・ウェスト(ga0241
40歳・♂・ER
遠藤鈴樹(ga4987
26歳・♂・BM
木花咲耶(ga5139
24歳・♀・FT
御凪 由梨香(ga8726
14歳・♀・DF
志羽・翔流(ga8872
28歳・♂・DF
シフォン・ノワール(gb1531
16歳・♀・JG
斑鳩・南雲(gb2816
17歳・♀・HD
水無月 霧香(gb3438
19歳・♀・FT

●リプレイ本文

●いざ、出陣
 味覚の秋。行楽の秋。――そして、戦いの秋。
 裏山に巣食い、栗と胡桃の木を狙う鴉キメラを退治すべく、UPCから派遣された8人の傭兵たち。
 さてさて、はたしてどんな冒険が待ち受けていることやら‥‥。

「栗と胡桃が私を待っている! 邪魔立てするキメラは騎士の名においてぶん殴っちゃうぞ!」
 声も高らかに、そう宣言したのは斑鳩・南雲(gb2816)。任務はもちろん『邪悪なキメラに狙われた栗と胡桃の救出』である。
「‥‥あ、これは良い決め台詞かも。こういうのは浪漫だね」
 思わず自画自賛しつつ、任務完了後の栗と胡桃料理に思いを馳せる。救い出した後に自分たちで食べるのでは本末転倒な気もするが、そこはあえて問うまい。
 そんな友人の姿を眺めつつ、水無月 霧香(gb3438)は人懐こい笑顔を覗かせた。

「山をキメラに占領されてると色々と困るよね。早いとこ倒しちゃおう」
 御凪 由梨香(ga8726)が、頭上の枝に視線を巡らせながら言う。鴉が相手ということで警戒は怠っていないが、栗拾い用の軍手やクーラーボックス等、事後の準備も万全だ。
「裾が乱れるの気にしなければ、立ち回りに不都合なくいけるかしらね」
 そう言って、遠藤鈴樹(ga4987)が着物の裾に目をやる。見るからに動きづらそうではあるが、彼女‥‥いや『彼』にとってはこれが仕事着である。

「‥‥くり。‥‥楽しみ。‥‥胡桃‥‥食べたことない。‥‥期待」
 一言ずつを区切るように、ぽつりぽつりと呟くシフォン・ノワール(gb1531)。その背には、やけに大きな鞄が目立つ。
「秋の味覚は楽しみですわね。――あの、そのお荷物は?」
 頷きながら木花咲耶(ga5139)が問いかけると、シフォンは表情に乏しい顔で彼女の方を振り返り、至極簡潔に答えた。
「‥‥米」
 どうやら栗ご飯が食べたいらしい。

●黒き羽のモノども
 緩やかに傾斜する山を少し登ると、唐突に視界が開けた。
 互いに寄り添うかのように揃って並ぶ、ひときわ立派な栗と胡桃の木。
 その仲睦まじさに嫉妬でもしているのか、黒々とした鴉たちが木々の枝をあちこち占領しては耳障りな鳴き声を上げている。これこそが、今回倒すべきキメラの群れである。

「おお〜、いっぱいおるなぁ〜。さて、栗と胡桃のために、いっちょやりまひょか」
 霧香の言葉に応えるように、全員が一斉に覚醒を果たした。
「栗と胡桃は、お前らに食わすのに勿体ねぇ! 食わせてたまるかっての!」
 宣戦布告とばかり、志羽・翔流(ga8872)が声を張り上げる。料理人の肩書きをも持つ彼としては、貴重な食材をみすみすキメラに奪われるのが我慢ならないのだろう。

「ふむ、カラスは基本的に『頭がいい』というが、このキメラはどうなのだろうかね〜‥‥」
 値踏みするように鴉を眺め、ドクター・ウェスト(ga0241)は眼鏡の奥の瞳を軽く輝かせる。豊かに実る栗よりも胡桃よりも、彼にとっては探求で得られる知識こそが禁断の果実。――はたして、この鴉の群れは彼の知識欲を多少なりとも満たしてくれるだろうか。

「‥‥お前たちのものじゃない‥‥!」
 まずは鴉たちを木から引き離すべく、シフォンが長弓から威嚇の一矢を放つ。
 縄張りに侵入した招かざる客の無礼に、鴉たちが甲高い声を上げながら、一羽、また一羽と宙へ舞い上がった。うち、何羽かの視線がどことなく鈴樹や霧香の髪飾りへと向けられている気がするのは、やはり光物に惹かれる習性ゆえなのか。

「空にいても無駄ですよ。汚わらしいカラス共!」
 咲耶が凛として声を放ち、構えた刀からソニックブームを仕掛ける。それを皮切りに、黒い羽のキメラは次々と傭兵たちへと襲い掛かった。
「それじゃ、さっさといなくなってもらうよ!」
 接近してきたのを幸いに、由梨香が『刹那の爪』を仕込んだ靴で鴉に蹴りかかる。銀色が美しい小銃を構え、鈴樹も宙を舞う漆黒の翼を撃ち抜いた。
「貴重な栄養源、守りきって大事にいただきましょう」
 着物の裾に乱れはなく、むしろ余裕すら感じられる。

「戦いは気合! 斑鳩南雲、突撃いきます!」
 仲間のフォローを信じ、AU―KVで真っ向から突っ込んでいく南雲。
「――任せとけ!」
 元気な声に応え、翔流も剣を構えて応戦する。 
 数が多いとはいえ、一羽一羽の力はさほどでもない。その機動力と、意外に洗練された連携に若干戸惑った者もいたが、すぐさま体勢を立て直して戦いの流れを引き込んでいく。
「そんな、柔な攻撃ではいけませんね。全力で来なさい」
 風に揺れる柳の如く、鋭い嘴を盾で受け流す咲耶。鴉の、血の色をした瞳が鮮やかに光った瞬間――その肉体が、内側から爆ぜた。
「なっ‥‥自爆!?」
 呼応するように、ダメージを負った鴉が次々に生ける爆弾と化す。爆発の規模からいって脅威となる破壊力ではないものの、位置によっては木を痛める危険もあった。

「ふむ、コレだからキメラは許せないね」
 ドクターの瞳が、にわかに輝きを増す。その心中にあるのは、キメラへの興味か、それとも憎悪か――彼のエネルギーガンは狙いを過たず、鴉を次々に墜としていく。
「木に近寄らせなければ問題ないね。残りも片付けるよ!」
 由梨香の言葉に頷き、霧香と南雲が息の合ったコンビネーションで鴉へと向かう。落ち着きさえすれば、恐れる要素はどこにもなかった。

「――これで終わりかしらね」
 自爆の暇すら与えられず地に落ちた最後の一羽を見届け、鈴樹がはんなりと笑む。
 任務はこれにて終了。ここからは、お楽しみの時間だ。

●宝の山
「クルミたべるん初めてなんやわ、どんな味するんかちょっと楽しみやわ〜」
 そこかしこに落ちている栗と胡桃を籠に入れつつ、霧香がにっこりと笑む。
「栗も胡桃も、もくざいとしてはこーきゅーひんなんだって。確かに、結構堅そうだねぇ‥‥えいっ」
 薀蓄を披露しつつ、近くの木に軽く正拳を見舞う南雲だが――ごち、という鈍い音の直後、拳を押さえて飛び上がった。
「痛ぁー!?」
「こらこら、木は傷つけないようにな」
 翔流が苦笑しながら嗜める傍らで、咲耶が上品に微笑みを浮かべる。

 一方、シフォンは、黙々と栗や胡桃を拾い集めていた。ちくちくと指を刺すイガ栗に苦戦しているところに、鈴樹が笑って軍手を差し出す。
「――はい、軍手。怪我しないようにね?」
 軍手を受け取りつつ小さく頷き、いそいそと身に着ける姿が微笑ましい。シフォンの手には少し大きかったが、それでもイガに困ることはなくなった。

 そして、ドクターはといえば。皆が木の実拾いに興じている間、一人離れてデータとサンプルの収集に忙しかった。
「コレでヤツラの何かしらが分かるといいのだがね」
 一息ついたところに、由梨香が大きなクーラーボックスを抱えて声をかけてくる。中身は、既に戦利品でぎっしり満たされていた。
「栗、拾わないの?」 
「あ〜、我が輩の分はどうでもいいね〜」
 興味薄そうに返した後、立ち去ろうとした由梨香の背中に向けて、思い出したように口を開く。
「‥‥あ、我が研究所所員の土産にしたいから、その分は拾っておいてくれないかね〜?」
 はーい、という返事を聞きながら、彼は自らの作業に再び没頭した。

●まずは下ごしらえ
 裏山近くの屋敷で傭兵たちを迎えたのは、恰幅の良い依頼人だった。
 キメラの群れを見事退治してくれた礼を一人一人に厚く述べた後、どうか屋敷でゆっくり疲れを癒して下さいと労う。
 裏山で採れた栗と胡桃を存分に味わって欲しいという依頼人のはからいで、滞在中、調理場や各種食材、使用人は自由に使ってくれて構わないということだった。

「栗のアク抜きと胡桃の皮剥きは今日のうちにやっておかないとな」
 戦闘の疲れもなんのその、俄然張り切るのは翔流。
「‥‥ん、あく抜き。重要」
 こくこくと、シフォンが同意するように頷く。その手には、包丁と、生栗。
 危なっかしい手付きで栗の皮むきを手伝おうとする彼女に、翔流が横からアドヴァイスしながら、自分の作業も淀みなく進めていく。どうやら、胡桃の皮剥きは全員分引き受けるつもりのようだ。

「どうかなさいまして?」
 割烹着に着替え、鬼包丁を手にすっかり準備を整えた咲耶が、胡桃を手に何やら考えこんでいる様子の鈴樹に声をかける。
「い、いえ。‥‥な、なんでもないわよ?」
 慌てて胡桃から視線を外し、笑って誤魔化す鈴樹。
 覚醒したら胡桃を手で割れるかどうか、試してみたい誘惑に駆られていたのは彼だけの秘密である。
 
 何人かで手分けした甲斐もあって、下ごしらえは程なくして終った。
「せっかくの秋の味覚なんだから、美味しいうちに食べたいよね。明日が楽しみ」
 アク抜きで水にさらされた大粒の栗を眺めつつ、由梨香が笑う。
 続きは、また明日。

●秋の味覚を彩ろう
 そして翌朝。栗と胡桃の料理も、ここからが本番である。
「えっへっへ。こう見えて料理は得意なんだよっ!」
 エプロン姿もばっちり、気合充分で宣言する南雲。‥‥しかし、周囲の反応はいまいちだったようで。
「‥‥あれ? もしかして信用されて無い?」
 くすくす笑う霧香の隣で頭をかいた後、気を取り直して調理台に向かう。本日のメニューは、南雲特製のモンブランと胡桃パン。

「‥‥栗ごはん。作ったことはない。‥‥でも作り方調べてきた。大丈夫」
 持参した米をしっかりと抱えて、シフォンも彼女なりに気合を入れる。
 やはり一人ではどこか危なっかしいのもあって、咲耶が横について丁寧に手伝ってくれていた。そんな様子を笑って眺めつつ、鈴樹も自分の料理へと取り掛かる。挑戦するのは栗と胡桃の甘露煮、栗おこわ。それと――
「串焼きの野菜に胡桃の味噌ダレもいいわよね。温野菜にあわせてヨーグルトドレッシングも作ってみましょう」
 やがて、栗ご飯を炊く匂い、栗おこわを蒸す音が、調理場を満たし始める。
「出来上がるのが楽しみですわね」
 咲耶の声に頷きながら、待ち遠しそうに調理場をうろうろするシフォン。相変わらずの無表情ではあったが、これはこれで、若干浮かれているらしい。

 翔流はやはり本職らしく、調理の手際も無駄が無い。かける時間が同じなら、他に比べて料理の品数も多くなる理屈である。
 剥きエビ・人参・ゴボウを混ぜて揚げた栗の掻き揚げ、梅と胡桃のおにぎり、栗の白玉ぜんざい。
 白玉を茹で上げ、銀杏を胡桃に代えた茶碗蒸しを作り始めたところで、由梨香がひょいと顔を出した。
「わ、白玉ぜんざい? 美味しそう」
「小豆は仕込むと手間かかるんでな、そこは缶詰で我慢してくれ」
「充分、充分」
 そう言いつつ、その場に立ち止まる由梨香。料理の腕に自信がないので簡単な手伝いだけはしていたものの、若干暇を持て余し気味だったのである。それを察して、翔流は洗い物を彼女に頼むことにした。
「調理が済んだら後片付け。これ、基本」
「はーい」
 料理の完成も、そろそろ近い。

●いただきます
 あっという間に数時間が過ぎて、テーブルには出来上がったとりどりの料理が所狭しと並べられている。あとは、席について存分に楽しむだけだ。
 ただ一人、ドクターの姿だけはこの場に見えなかったが‥‥食に興味の薄い彼のこと、それよりも優先すべきことがあるのだろう。

「飲み物のご希望をおっしゃってください。ご準備いたします」
 咲耶が持参のポットセットを手に、皆に茶を振舞う。自分が飲むのも含めて、酒も準備してはいたのだが、そこは依頼人がきちんと手を回してくれていた。使用人が運んでくれた各国の酒は、質も量も、酒飲みたちの嗜好を満たすに充分なものが揃っている。
 アルコール、非アルコールを問わず、場の全員に飲み物が行き渡ったところで、宴が始まった。

「うーん、この焼きたての熱々がジャスティス!」
 自作の胡桃パンにかぶりつき、会心の出来に満足する南雲。モンブランと胡桃パンを張り切って周囲に勧める一方で、皆が作った料理を味わうことも忘れない。
「‥‥くり。うま。‥‥くるみも。うまうま」
「やっぱりいいわね、秋の味覚って」
 目当ての栗ご飯と、初めての胡桃料理に舌鼓を打つシフォンの隣で、鈴樹がしみじみと呟く。
「ん、おいしい」
 ほっくりと蒸された栗と胡桃の、素材そのものの味を楽しみつつ、霧香も幸せそうに笑みを浮かべた。
「美味いもんは、皆でワイワイ食うのが一番だな」
 自らの料理が好評を得たことに喜びつつ、皆の料理も楽しむ翔流。手をかけて料理を作る楽しさも、食べるという行為があってこそである。

「残った分は持って帰ってお土産にしようっと」
 食べきれない分を残しては勿体無いと、由梨香が持ち帰りの算段を立て始める。
「ふむ、所員の土産に持ち帰ってよいかね〜?」
 いつの間に姿を現したのか、ドクターも横から声をかけてきた。あくまで、自分で食べるつもりはないらしい。
「‥‥ん、栗ごはん、おかわりもある」
 シフォンがドクターに答え、栗ご飯を容器へとよそい始めた。

 傭兵たちが守り抜いた秋の味覚。
 宴は終っても、また来年、あの裏山では多くの実が生るだろう。
 ――それは、季節が運んだ宝物。