タイトル:大きな鈴と、小さな鈴マスター:芳永明良

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 7 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2008/10/06 22:05

●オープニング本文


――りん。

 その鈴の音が、彼の生活の一部となったのは、いつからだろうか。

 始まりは、家の近くで見かけた一匹の野良猫だった。
 人を恐れず、媚びもせず、堂々と気ままに生きるその姿が、都会の煩わしさから離れ、この森の中で心の赴くまま仕事に没頭する、彼の共感を呼んだのかもしれない。

 餌を与えるうち、猫は彼の家に居ついた。
 小さいの、と声をかけてやると振り向き、「なんだよ爺さん」と言わんばかりに鋭い瞳を向ける。
 戯れに、小さな鈴のついた首輪を作ってやったところ、予想に反して、猫はそれを拒もうとはしなかった。
 
――りん。

 鈴の音を揺らして、猫はふらりと家を出る。
 元が野良猫であったためか、外出は数日に渡ることも少なくない。
 それでいて、いよいよ腹が空けばきちんと戻ってくる。
 彼と猫の間には、実に奇妙な信頼関係があった。
 
――りり、りん。

 戸口で、鈴の音が鳴った。
「帰ったか、小さいの」
 戻った猫を出迎えようと、彼は家の扉を開ける。
 しかし、そこに居たのは小さな家族ではなく。実に大きな、猫の形をした“もの”だった。
 まるで悪い冗談のように、背には昆虫の羽根が生えている。“それ”が羽根をこすりあわせると、りん、と鈴の音がした。

「お、おまえは――」
 思わず、数歩下がった彼を、“それ”が無感動な瞳で見つめる。
 襲いかかる直前、“それ”は猫のごとく「にゃあ」と鳴いた。


「キメラを一体、倒してください」
 オペレーターは、場に集まった傭兵たちへの挨拶もそこそこに、淡々とした声で仕事の説明を始めた。

 現場は森の中に建てられた民家。住んでいたのは年配の男性で、キメラに襲われ重傷を負ったものの、命に別状はないという。
「キメラは体長3メートルほどの猫に似た姿をしています。鋭い爪を有している他、背に生えた羽根で飛行が可能です」
 被害者は即座に逃げ出したため、確認できた能力はこれが全てとなる。他にも能力を隠し持っている可能性があるため、油断はしないようにと、オペレーターは付け加えた。

「男性に家族はありませんが、猫を一匹飼っていたようです。キメラ襲撃の際は外に出ていて難を逃れましたが・・・・男性の話では、そのうち家に戻るだろうと」
 任務はキメラの撃破となるが、猫を見つけた場合は可能な限り保護し、巻き込まないよう配慮願いたいというのが、オペレーターが告げた依頼の内容だった。
 男性によると、相当気ままな性格の猫であるらしい。場合によっては、現場に一切姿を見せない可能性もあるが、その時は、家に餌と水を足してやって欲しいとのことである。

「猫は鈴のついた首輪をしています。キメラもまた、羽根から鈴に似た音を発するそうなので、取り違えることのないよう、注意してください」
 狩るべきものと、守るべきもの。その両者が、鳴き声も含めて、まったく同じ音を持つということか。
「キメラによる被害は、このまま最小限に留めねばなりません――それでは、よろしくお願いします」

●参加者一覧

漸 王零(ga2930
20歳・♂・AA
周防 誠(ga7131
28歳・♂・JG
真田 音夢(ga8265
16歳・♀・ER
朔月(gb1440
13歳・♀・BM
翡焔・東雲(gb2615
19歳・♀・AA
黒崎 夜宵(gb2736
19歳・♀・EP
高岡・みなと(gb2800
16歳・♀・DG

●リプレイ本文

●猫を求めて
 空は明るく晴れているというのに、鬱蒼とした森は昼間でもどこか薄暗い。
 揃って足を踏み入れた7人の傭兵たちは、程なくして目標の小屋を発見すると、事前の打ち合わせ通りメンバーを3つの班に分ける。森を探索する2班、小屋に待機する1班という内訳だ。
 任務は、鈴虫の羽根を生やした猫型キメラの殲滅。加えて『可能な限り依頼人の飼い猫を保護する』という条件もついている。

「外見が全長3メートル程の猫で、背に鈴虫に似た羽根‥‥なんかヘン!」
 事前に言い渡されたキメラの情報を復唱しつつ、高岡・みなと(gb2800)が口を開く。それに頷きを返しながら、黒崎 夜宵(gb2736)も呟いた。
「猫を飼っている身として、こんなふざけたキメラは放っておけないわね」
 普段なら淡々と仕事をこなすはずの夜宵だが、今回は一味違う。依頼人の猫の危機を救ってやりたいと思う一方で、形だけ半端に猫の姿を模したキメラに、強い嫌悪を抱いていた。

「ふむ。羽音が鈴の音と同じとは厄介な。間違えない様にしないとな」
「だとしたら‥‥猫ちゃんの鈴と区別できないじゃない!」
 漸 王零(ga2930)が低く発した言葉に、みなとが思わず大声を上げる。依頼人の猫は、鈴つきの首輪をしていると聞いた。
「しっ――静かに」
 口の前に指を一本立て、翡焔・東雲(gb2615)が制止する。既に、ここはキメラのテリトリーだ。警戒するに越した事はない。

「まあ、高岡さんの危惧もわかりますがね」
 周防 誠(ga7131)が飄々とした口調で言うと、朔月(gb1440)は、持参したエマージェンシーキットから洗濯用のネットを2枚引っ張り出しつつ、全員へ向けて声を放った。
「猫の鈴と、鈴虫の羽根じゃ鳴る間隔が違う。周囲の草木が発する音も違うから、そこに気をつければまず間違わない」
 至って落ち着いた様子で、取り出した洗濯用ネットの1枚を夜宵に手渡す。これこそ、彼女が依頼人の猫を安全に保護すべく用意した秘密兵器だった。
「――捕まえたら、くれぐれもそいつから出すなよ」
「了解よ。使わせてもらうわ」
 念を押す朔月に、夜宵が大きく頷く。
 その後、7人の傭兵たちは、3方に向かって散った。

●追憶
 さほど広くない小屋の中は静かで、鈴虫に似たキメラの羽音も、猫の首輪に揺れる鈴の音も、今はどちらも聞こえない。
 慣れた手付きで猫の餌と水を用意する真田 音夢(ga8265)が放つ小さな物音と、僅かな衣擦れだけが、この場にある音の全てだった。時折、そこに誠が持つトランシーバーのノイズが混じる。探索に向かった仲間からの報告は、まだ無い。
 猫は家につく生き物だという。キメラと化してもなお、その習性が残っているかどうかはわからないが‥‥依頼人の猫、あるいはキメラが、この小屋へと戻る可能性は充分に考えられた。油断することなく、誠は窓際で双眼鏡を手に外を警戒する。

 餌と水の準備を終え、音夢もまた、そっと耳を澄ませた。
 鈴。どこか懐かしい音色。――それは、幼い日に飼っていた白猫を思い出す。
 音夢がこの依頼を受けた理由は一つ。『猫が好き』、ただそれだけだ。彼女にとっては、キメラ退治すら二の次に過ぎない。

――りん。

 もうすぐ、会えるだろうか。あの、懐かしい音色に。
 そう、音夢が想いをはせた時。
 静寂を破り、誠のトランシーバーから、急を告げる声が聞こえてきた。
 森を探索していた班の片方がキメラと遭遇し、しかも、それは小屋を目指して移動中だという。
 軽い溜め息とともに、誠が立ち上がる。
「あんまり小屋を荒らすのも気がひけます。外に出ましょう」
 振り返りざまの言葉に、音夢は黙って頷いた。

●大きな鈴
 時間は、少し遡る。
 2人で探索を進めていた東雲と朔月の鼓膜を、僅かに震わせる音があった。
 軽く転がすような鈴の音。そして、風も無いのに揺れる木々の音。

――りり、りん。

「鈴の音が‥‥いや、この響きは」
 朔月の助言通りに、東雲は自らの聴覚を研ぎ澄ませた。
 音の間隔。周囲の物音や気配。あらゆる要素は、『それ』が、守るべき小さな生き物では『ない』ことを告げている。
「‥‥キメラか!」
「そのようだね」
 冷静に応じる朔月の視線が、鈴の音が響く方へと向けられる。目を凝らした先、木々の隙間から、巨大な猫のシルエットが見えた。
 咄嗟に弓に矢をつがえようとした朔月よりも速く、猫キメラが昆虫の羽根を広げる。それは瞬く間に宙を舞い、武器を手に身構えた東雲の脇をすり抜けるように、木々の合間をぬって駆けていった。
 朔月が、内心で舌打ちしながらトランシーバーを手に取る。
「キメラだ。小屋に向かってる」
 既に、足は猫キメラを追って走り出していた。東雲も、その後を追う。
「逃がすわけには、いかないんだよ‥‥!」

●小さな鈴
 一方、王零たち3人は、キメラ発見の報を受けて朔月らに合流すべく動いていた。
 戦いの張り詰めた空気が支配する森。木々を避けて走りながら、みなとは、ふと、AU−KVを纏った己の全身に目を向ける。
(「ドラグーン、ボクだけだから恥ずかしいなぁ‥‥」)
 ドラグーンの無二の武器であるAU−KVだが、外見は無骨な全身アーマーそのものだ。傍らを行く二人に比べると、それはいかにも重たく思える。
 
――りん。

 突如、耳に届いた鈴の音に、王零と夜宵が足を止めた。
「どうしたの?」
「今、鈴の音が‥‥」
 キメラが現れたと報告を受けたポイントは、まだもう少し先だ。――ならば、これは。
 探査の眼で高められた感覚を頼りに、夜宵が慎重に歩を進める。
 木の根元、ちらりと覗いた小さな影を見て、みなとが思わず声を上げた。
「――あ」
 声に驚いたのか、すぐに姿を隠そうとした影を、回り込んだ王零が捕まえる。
 茶色の虎縞に、小さな鈴のついた青い首輪――捜していた猫に間違いない。
 確認した後、夜宵が持つ洗濯用ネットに猫を押し込む。
「少し乱暴だけど許してね」
 夜宵がすまなそうに声をかけると、それまでじたばたと暴れていた猫は、抵抗をやめる代わり、どこか不満げに「みゃあ」と鳴いた。

●戦場に響く音色
 夜宵たちが猫を保護したという報せは、キメラを追う東雲たちを幾許か安堵させた。これで、守るべき猫が巻き込まれる心配は、ほぼ無くなったはずである。あとは、目の前の猫もどきを倒すのみだ。

「あいつらが来るまで、大人しくあたし達の相手してな!」
 これ以上小屋へ近付けまいと、東雲が必死にキメラに追いすがる。その叫びを聞き、キメラはようやく彼女らを敵と認識した様子で、大きな猫の瞳を向けた。

――りり、りん。

 どういう羽根の構造をしているのか、飛行中であっても、猫キメラから発せられる鈴の音は止まない。
 東雲が素早く側面へと回り込み、宙に浮かぶキメラの羽根目掛けて斬りかかるも、刃は敵を捉えることなく、僅かにずれた方向へと逸れた。
 ほぼ同時に、朔月も狙いを定めて矢を放ったが、羽根の根元に当たると思われた射撃は、微かに羽根の先を掠めたのみで有効打とならない。
 対するキメラは、東雲に向けて鋭い爪を振り上げた。受け止めようと咄嗟に構えた防御姿勢の上から、やすやすと彼女の皮膚を抉る。
 
――りり、りりん。りりん。

 再び、朔月は内心で舌打ちした。キメラの羽根から発せられる鈴の音。それが、自分たちの感覚を阻害していることに気付いたからだ。可能性として考えられなくはなかったが、厄介なことには違いはない。

「予想通りとは‥‥まいったね」
 トランシーバーの通信から、その事実を知らされた誠が独りごちる。既に、彼はスナイパーライフルを手に、狙撃ポイントへと陣取っていた。有効射程ギリギリのこの場所なら、おそらく鈴の音も効くまい。
 勢い良く放たれた弾丸は、狙いを過たずキメラの羽根へと突き刺さった。
 
 猫の鳴き声そのままの悲鳴が、キメラの喉を震わせる。
 誠の狙撃は、羽根を破壊するには至らなかったものの、確かに打撃を与えたようだ。発する鈴の音が濁り、乱れている。朔月が矢を射ってその傷を拡げると、袴姿で駆けてきた音夢がワイズマンクロックを放ち後に続いた。
 
「闇よ。我が意に従い我が求める形をなせ‥‥形成『狂王の仮面』」
 合流を果たした王零が、覚醒によって生じたエネルギーで半透明の仮面を纏う。鳴り続ける鈴の音をものともせずに接近すると、キメラの側面から、ショットガンの零距離射撃が火を噴いた。
「先に羽根を狙え!」
 猫キメラの動きが鈍ったのを好機と見て朔月が叫ぶ。それに応えた誠の狙撃は、今度は根元から羽根を奪い去った。
「猫ちゃんを可愛がっているおじさんを襲ったこと、後悔させてあげるよ!!」
 地に落ちたキメラを目掛け、竜の瞳を発動したみなとが弾頭矢を放つ。眉間を狙った一撃は外れたものの、猫キメラを一瞬怯ませるには充分だった。鈴の音から解放された東雲が鬱憤を晴らすように刀を振るい、朔月も敵を逃がさぬよう、矢を浴びせていく。気勢は、完全に傭兵たちへと傾いた。

「猫を貶めた罪、その身で償いなさい」
 保護した猫を小屋に運び終え、遅れて戦場へ辿り着いた夜宵が、構えた小銃からキメラに弾丸を叩き込む。
「汝が悪しき業、全て我が貰い受ける」
 炎と見紛うばかりの紅いオーラが、王零の全身を包む。両手に構えた二刀が、彼の力を受けて強く輝いた。
「‥‥流派奥義『無明』‥‥我に断てぬモノなし!!」

――にゃあ。

 斃れる瞬間。キメラは、最期に一声だけ鳴いた。

●君の名は
「よしよし、大人しくしててくれたね」
 小屋に戻った後、猫はようやく洗濯ネットから解放された。
 乱暴に押し込められたことを根に持っているのか、猫はいたく不満げではあるものの、夜宵が頭を撫でようと伸ばした手を拒むことはない。
「あとは、報告に行くだけか」
 先の戦闘で負った傷の手当てを行いつつ、東雲が呟く。本来ならば、飼い主に猫を会わせてやりたいところだが、依頼人が病院にいる以上、そこに連れて行くわけにもいかない。

「この子の名前だけど、トラオってのはどうかなぁ? 漢字だと『虎雄』って書くんだけど‥‥。ダメ?」
 猫を眺めるみなとが、こんな提案を口にする。
 AU−KVで猫を刺激するのを避け、保護した直後は決して猫に近寄ろうとしなかった彼女だが、装着を解いた今は屈託なく猫に接していた。
「飼い主に訊いてみたらどうでしょうね」
 誠の言葉に頷きながら、みなとは心の中で猫の幸せを願う。

「さて、そろそろ出るか‥‥」
 朔月がそう言って腰を上げた時、猫キメラの埋葬を終えた音夢が、戸口から猫に駆け寄り「茶太郎」と小さく口にした。どうやら、彼女にとってこの猫はそういう名であるらしい。死ねばキメラも同じ骸だと言い、それを埋葬した少女には独自の信念があった。
「大丈夫‥‥。心配しなくていいよ。おじいさん‥‥すぐに戻ってくるからね‥‥」
 無表情の中に、ほのかに優しげな色が加わる。

――りん。

 返事をするように、小さな鈴が一度、懐かしい音色で響いた。