タイトル:花嫁たちの遺産マスター:芳永明良

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2008/09/26 22:31

●オープニング本文


 つい先刻まで、この村は喜びと祝いの声に満ちていた。

 同じ村に生まれ、愛し合い、そして夫婦となることを誓った恋人たち。家族や友人はもちろん、村の誰もが彼らを祝福した。
 今日は、村をあげての結婚式だったのだ。――それなのに。

 今や、結婚式の舞台は、血腥い惨劇の現場へと変貌をとげている。
 夥しい血の臭いと、そこかしこに燻る炎と。
 そして、累々と横たわる“人だったもの”・・・・。

 幸福な結婚式の招かれざる客は、白い毛並みを返り血で真っ赤に染め、我が物顔で歩いていた。
 中身ごと無惨に引き裂かれた花嫁衣装を、踏みにじりながら。


「至急、向かってもらいたい場所があります」
 UPC本部。眼前の傭兵たちに向けて、オペレーターが依頼の説明を始める。
 現場は人口百人にも満たない小さな村。そこに、キメラが現れたのだという。
「この日は結婚式があったそうで、キメラは新郎新婦を含む十数名を殺害し、その後も村に留まっているそうです。幸い、生き残った人たちは隣町に避難したようですが・・・・」
 任務に私情を挟まぬことを信条としているはずのオペレーターが、一瞬眉を顰める。人生最良の門出を命日とされた、花嫁たちの無念でも考えたのだろうか。
「敵は一体。外見は3〜4メートルほどの白い狐に近く、鋭い牙と爪の他、口から火炎を吐き出すといった能力を有しています。あなた方なら、まず心配は無用と思いますが、くれぐれも油断なさらぬよう」
 そう言って傭兵たちを見たオペレーターの顔は、既にいつもの無表情に戻っていた。
「任務はキメラの撃破と、もう一つ。――現場に残された、新郎新婦の遺品を回収し、遺族に届けて欲しいのです」
 二人の永遠の愛を誓った、結婚指輪代わりのブレスレット。新郎のものは青い宝石、新婦のものは赤い宝石が、それぞれ飾られているという。
「遺体が戻れば、いずれきちんと弔うのでしょうけれど。せめて、一足先に遺品だけでも・・・・という事ですので。仮に見つからない場合であっても、その旨を報告差し上げてください」
 資料を閉じ、オペレーターはもう一度、傭兵たち一人一人を眺めやった。
「――それでは、よろしくお願いします」

●参加者一覧

的場・彩音(ga1084
23歳・♀・SN
フィオナ・シュトリエ(gb0790
19歳・♀・GD
鹿嶋 悠(gb1333
24歳・♂・AA
八坂・佑弥(gb2037
11歳・♂・FT
シン・ブラウ・シュッツ(gb2155
23歳・♂・ER
ディッツァー・ライ(gb2224
28歳・♂・AA
ドリル(gb2538
23歳・♀・DG
セフィリア・アッシュ(gb2541
19歳・♀・HG

●リプレイ本文

●狩人たち
――許せない。幸せになろうとしている新郎新婦を、襲うなんて。

 的場・彩音(ga1084)は、赤の瞳に強い怒りを湛え、憎き敵の姿を探していた。この屋根の上からは、若干の死角はあるものの、村のほぼ全体を見渡すことが出来る。キメラの位置を仲間に伝え、逃げ場の無いポイントへと誘導する管制役――それは、彩音が自ら志願した役目だった。
「未来ある家族を‥‥許せません‥‥!」
 彩音の傍らで、彼女を補佐するシン・ブラウ・シュッツ(gb2155)も、胸中の想いは変わらない。村に足を踏み入れ、惨劇の現場となった民家に辿り着いた時、全員が真っ先に目にしたのは、清楚な衣装を血に染めて引き裂かれた花嫁と、彼女を庇うように折り重なって倒れた花婿の姿だった。人生最良の日に死を与えられた、その結末は重い。

「結婚式の最中にキメラに襲われるなんて‥‥酷すぎるよ」
「ああ‥‥許せねぇな、こんな惨い事しやがって‥‥っ」
 地上では、八坂・佑弥(gb2037)とディッツァー・ライ(gb2224)が、それぞれの心境を口にする。メンバー最年少の佑弥だが、意気込みは年長の傭兵たちに劣らない。無意識に力の入りすぎた肩を、ディッツァーが軽く叩いた。
 彼らの他に、鹿嶋 悠(gb1333)とセフィリア・アッシュ(gb2541)、フィオナ・シュトリエ(gb0790)とドリル(gb2538)のペアが索敵にあたっている。何かあれば、各自が所持するトランシーバーで連絡を取り合う手筈となっていた。

 探査の眼を用いて警戒するフィオナの後を、ドリルが油断なく銃を構えて続く。彼女にとって、戦争がすなわち青春だ。突然、理不尽に踏みにじられる幸せがあることは、嫌というほど理解していた。まばらに転がる死体を冷静に避けて進みながら、一瞬だけ、そこに視線を留めて囁く。
――生きているボクたちが仇を討ってあげる。だから安心してお休み。

「見つけた‥‥!」
 フィオナが、覚醒により銀色に変化した瞳を閃かせて声を上げる。視線の先に、白い毛皮を返り血で赤く染めた、巨大な狐の姿があった。
「B班が狐を発見。A班から10時、C班から4時の方向。――合流し、指定ポイントに誘導を」 
 トランシーバーを通じ、彩音が即座に指示を飛ばす。同時に、フィオナとドリルの銃が狐目掛けて銃弾を放った。距離の離れた射撃はキメラを傷つけるに至らないが、狙い通り、敵の気を引くことには成功したようだ。
「来てもらおうかな。終わりとなる場所に」
 獰猛な唸り声を上げ、こちらへ向かってくる狐を手招きするように、フィオナが低く呟いた。

●贖うべきもの
 つかず離れず、彼我の距離に気を配りながら、フィオナとドリルは狐を巧みに誘導していた。管制役として各班に指示を与えねばならない彩音に代わり、シンが二人を援護する。銃の射程を最大限に活かしきる、狙撃眼の効果あってのことだ。
 狐の足元を銃撃で牽制しながら走るドリルの視界が、急激に開ける。セフィリアと悠が、あちらから駆け寄って来るのが見えた。

「誘導完了‥‥かな。攻撃に移るよ」
 足を止め、銃を構え直すドリルに、フィオナが頷く。まずは4人で狐を囲むように、悠とセフィリアが動いた。まだディッツァーと佑弥の姿は見当たらないが、開いたままのトランシーバーの回線は、彼らが直に到着することを伝えている。
「貴方達の無念は、はらさせて頂きます‥‥」
 全身から陽炎のような蒼のオーラを放ち、悠が二本の刀を振るう。蒼く冴えた瞳は、無辜の人々の命を奪ったキメラを、冷ややかに映していた。
「‥‥動かれると邪魔なの‥‥おとなしくしてて」
 セフィリアもまた、蒼い瞳に強い光を閃かせ、ヒュドラの名を冠した槍を敵へと向ける。AU−KVの腕に火花を散らし、狐の脚を狙ったその一撃は、しかし空を切った。4メートルに届こうかという巨体の割に、存外素早い。お返しとばかりに、狐の口から放たれた炎が傭兵たちの足元を嘗めた。

「おまえが花嫁さんの幸せをぶち壊しにしたキメラだな! 俺がやっつけてやる!」
 ディッツァーとともに戦場に到着した佑弥が、幼い声を怒りに震わせて叫ぶ。あまりに真っ直ぐな突進は、むしろ反撃の隙を与えかねないものであったが――狐より速く、ディッツァーがカヴァーに動いた。
「懐に飛び込む! 真っ向勝負だこの狐野郎っ!」
「――突っ込め!」
 ほぼ同時に発せられた声は、ディッツァーの意図を察して彼を援護するシンのものだ。距離は離れていても、互いを誰より信頼する二人の連携に淀みはない。銃撃に反応した狐が顔を横に振ったところに、ディッツァーが淡く赤い輝きを放つ刀を繰り出す。深く食い込んだ一撃に、狐が高く咆哮をあげた。

 手負いの獣と化し、さらに凶暴になった狐が傭兵たちへと襲い掛かる。
 鋭い爪を刀で受け止め、荒れ狂う炎を自身障壁で辛うじて防ぎつつ、フィオナは狐をその場に押し留めるべく、果敢に前へと喰らいついていった。
「絶対に逃がさないよ!」
 ここで逃がしては、再び悲劇が繰り返される。全員が、同じ思いで、キメラとの決着を望んでいた。

「これから幸せになろうって新郎新婦を殺めた罪は重いぜ! おまえの死をもって償ってもらう!」
 合流を見届け、自ら戦闘に加わった彩音が、強化された視覚をもってライフルの狙いを定める。勢い良く放たれた銃撃は、狐の胴体を深々と抉った。追い討つように、ドリルも弾丸を浴びせていく。
「――悲劇の清算はさせてもらうよ」 
「おまえなんか‥‥おまえなんかご馳走にしてやる! 皆に食われろ!」
 幾度か、鋭い爪や牙に傷つけられながらも、佑弥の戦意は衰えることを知らない。彼が振るう両手の剣は、狐を傷つけるに至らないまでも、動きを封じるのに確実に一役買っていた。その隙に、セフィリアが鋭い穂先を狐へと突き入れる。
「ヒュドラの毒は‥‥知らず知らずに浸透して‥‥死に至る‥‥」
「貴方には精々苦しんでもらいましょう。殺した人々の苦しみを少しでも味わいなさい‥‥」
 淡々としたセフィリアの言葉を継ぐように、悠の冷酷な声が重なる。苦し紛れに放たれた炎をかい潜り、狙いを過たず、槍の穂先が穿った傷をさらに深く抉った。
「ぶった斬ってやるからそこを動くなっ!!」
 ディッツァーの叫びが、苦痛にのたうつ獣の咆哮に重なり。
 全員の総攻撃の前に、巨大な狐は、とうとう地へ伏し、動かなくなった。

●喪失の傷痕
 戦いが終わると、傭兵たちはまず、自らの傷の処置を手早く済ませた。キメラを倒したといえ、任務はまだ残っている。自身の状態は、極力ベストに近づけておく必要があった。
「お疲れ様です。傷はどうですか」
「こんな痛み‥‥あいつにやられた人たちに比べたら何ともない」
 気遣う悠に、佑弥がやや強がった口調で答える。怒りに我を忘れ突っ込んだため、佑弥の傷は他の前衛たちに比べても若干深い。対する悠も、炎を防ぐ防具を身に着けてなお、そのダメージは無視できなかった。
 佑弥にミネラルウォーターを渡して労った後、悠は腰を上げ、今も微かに炎が燻り続ける民家を見やる。

「さて、一番大事な仕事が待っていますね‥‥」
 キメラを撃破し、遺品を回収して遺族に届け、死者を弔う――それが、今回の使命の全てだった。
 新郎新婦が永遠の愛を誓った一対のブレスレットは、彼らの遺体の傍に見当たらず。傷の程度の浅かったドリルやフィオナたちは、既に民家の周辺を捜し回っている。
 遺品の捜索に加わる前に、悠は、合掌し犠牲者に黙祷した。

 ディッツァーとシンは、遺品を捜す一方で、花婿と花嫁の遺体へと向かい合っていた。じきに犠牲者の遺体を回収するための部隊が来ることは知っていたが、せめて、開いたままの瞼くらいは閉じてやりたかったのだ。
「キメラなんかに襲われなければ、今頃世界で一番幸せだったんだろうな‥‥」
 ディッツァーの呟きに、シンは遺体の傍に片をついたまま、深く頭を垂れた。
 幸せを壊す災厄が、そこかしこに現れる事は知っている。でも。
「いくらなんでも、これは惨い‥‥」

●生者と死者に安らぎを
 数刻の後。8人の傭兵たちは、新郎新婦の遺族らと対面を果たした。
 必死の捜索の甲斐あって、ブレスレットは無事、二つとも発見する事が出来た。セフィリアは手に軽い火傷を負っていたが、それは、彼女が最も熱心に遺品を捜したという証に他ならない。

――約束は‥‥絶対に守る‥‥。

 言葉少なに、しかし断固として譲らず主張し続けた姿は、無表情の裏に隠れた想いの強さを示すに充分だった。
「お二人が‥‥天国で幸せでいられるよう、祈らせてください‥‥」
 血糊や煤を落とし、精一杯綺麗に整えたブレスレットを渡した後、セフィリアはそっと口を開く。
 心の整理が、まだ追いついていないのだろう。遺族の中には、涙ぐみ、嗚咽を上げ始める者もいた。
「あの二人は‥‥天国で結ばれていると思うわ。だから、祝福してあげて」
「メソメソしていたら、二人が泣くよ? 花嫁さん、花婿さんの分まで生きて」
 彩音、佑弥たちが、それぞれに遺族らを励ます。
 深い悲しみに包まれながら、彼らは、口々に傭兵たちへの礼を述べ、何度も頭を下げ続けた。

 遺族たちのもとを辞した後、シンはしばらくの間、建物の前で立ち尽くしていた。
 肩を叩かれ振り返ると、そこには無二の親友の顔。
「‥‥大丈夫ですよ。本当に、大丈夫です」
 ディッツァーに心配かけまいと、シンはゆっくり首を横に振る。
「帰ったら、久しぶりにワインでも飲みましょうか。母の送ってくれたキルシュトルテとウィンナーを肴にね」
「‥‥そうだな、一杯やるか」

 喪った者を悼み悲しむこと。友人と肩を並べ、家族を慈しむこと。
 理不尽な悲劇に憤ること。武器を持って戦うこと。
 生きている者だけが、それを出来る。

 命奪われた者が、せめて安らかに眠れるよう祈りながら。
 戦いを終えた傭兵たちは、一時の安息の中へと戻っていった。