タイトル:踊る手足マスター:やたけ

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2008/11/14 03:33

●オープニング本文


 追ってくる。
 どこまで逃げてもそれは追ってきた。それが何かはわからない。ただ何かが追ってくるということだけは理解出来た。それがどの感覚がもたらした事実なのかはわからない。聴覚かもしれない。嗅覚かもしれない。何かが動いた微風が、触覚を刺激しているのかもしれなかった。
 ただし視覚だけは違うと断言出来る。いや、断言したかった。ただの一度も後ろを振り返ったことはなく、もしも視覚がもたらしたとするならば、この先に待つものは地獄だろうから。
 すでに息は荒く、走る足は鈍い。倒れこみたかった。けれど足を止めるわけにはいかない。休めという足からの命令を、動けという脳からの命令で上塗りし、懸命に駆けていく。
 だがそれも、唐突な終わりを迎えた。
 絡みつくように何かが、足に纏わりついていく。逃げたからと言って追いつかれない道理はない。けれど信じたくはなかった。その何かを見て、その思いは強くなる。
 それは四肢だった。絡みつく手、足。その数は徐々に増えていく。殺人鬼の集団に追いつかれて掴れたのならまだよかった。
 その四肢には、胴体がなかった――

「と、いうことです」
 ULTの女性職員は、沈痛な面持ちでそう語った。
「おそらくキメラの仕業でしょう。町の中心から郊外への一本道。夜に一人で郊外方面へと歩いていると出現するようです」
 彼女はファイルを閉じると、短く締めくくった。
「危険かとは思いますが、健闘を祈ります」

●参加者一覧

フィアナ・アナスタシア(ga0047
23歳・♀・SN
藤田あやこ(ga0204
21歳・♀・ST
ドクター・ウェスト(ga0241
40歳・♂・ER
幡多野 克(ga0444
24歳・♂・AA
天・明星(ga2984
13歳・♂・PN
緋室 神音(ga3576
18歳・♀・FT
木花咲耶(ga5139
24歳・♀・FT
彩倉 能主(gb3618
16歳・♀・DG

●リプレイ本文

●出発
「けひゃひゃ、我が輩がドクター・ウェストだ〜」
 ドクター・ウェスト(ga0241)の叫びが街の中心に響いていく。夜、作戦前に能力者たちは集まっていた。
「キメラは合成獣ってことですよね‥‥これってもうある意味キメラではなく都市伝説に出てくる怪物みたいです‥‥」
「ホラーみたいな‥‥話だね‥‥。しかし‥‥キメラの詳細は‥‥不明‥‥。胴体は見えず‥‥複数か単体か‥‥。本体が別にいるのか‥‥何も‥‥分からない‥‥。油断せずに‥‥行こう‥‥」
 フィアナ・アナスタシア(ga0047)の呟きに、幡多野 克(ga0444)が頷く。すでに人の四肢を模したと言うキメラの資料に、全員が目を通していた。
「手足が触手にように着いてくるのですか。しかも一人の時に狙ってくるとは卑怯な‥‥そんな魍魎は即滅殺ですわ」
「僕、正直言うとホラーは苦手なのですが‥‥小さい時に見たTV放映されていたホラー映画で、今回のキメラのような怪物が出ていたんです。それ見て大泣きしたことがあるんです‥‥」
 木花咲耶(ga5139)の言葉に、天・明星(ga2984)が力なくうな垂れる。だがすぐに気を取り直し、拳を握った。
「ですが、それとこれとは別! 倒しますよ!」
 そこに無線が入った。
「ルートクリア確認。これより民間人を遮断する。出発されたし」
「了解」
 彩倉 能主(gb3618)から作戦場所の確認が終了した旨の通信が入る。作戦開始の時は近い。
 そんな中、藤田あやこ(ga0204)には緊張感がなかった。
「夜道に車を停めてランタンの灯りでラーメン啜ってると‥‥私って、どうりで行動が男前過ぎて婿が来ない筈だわ、アチチ」
 一人陰気にはしゃいでいる藤田。作戦前とは思えない。暗い夜道と雰囲気の中で、彼女だけは明るく輝いているような気がした。
「ところで新車ですよコレ。わーい。まだビニールが被ったままのシート。触手が出たと言うけどこっちの感触も乙な物。すりすり」
 ただそれがいいことなのかは分からず、緋室 神音(ga3576)ら残りの能力者たちは揃ってため息をついていた。

●囮
「遅くなってしまいましたわ。早く帰らないと‥‥」
 木花は囮役として、郊外への道を歩いていた。
「なんか、怖いですわね」
 もちろん演技である。か弱く見せた方がキメラが出やすいのでは、との判断である。だがもう数十分も歩いている。能力者と気取られたのだろうか。
 あるいは、事前に聞いた藤田の忠告の通り、露出も必要なのだろうか。そう思い始めたとき、足下に何かの気配がした。
 螺旋を描くように、触手が足下から伸びてくる。五指がねぶるように木花の体を這い上がっていった。
「イヤー、気持ち悪い! こちらに来ないでー!」
 まだか弱い演技を続けながら、木花は通信機のスイッチを入れた。

●触手班
「手足だけとはね〜‥‥一体どんなキメラなのだろうかね〜?」
 ドクター・ウェストは囮の木花から少し離れた場所に待機しながら、キメラについて考察していた。
 キメラについて少しでもわかることがあれば、それだけ戦いは有利に働く。断定は危険だが、推測することは必要だ。
 しばらくの観察。囮に動きはない。だが次の瞬間、悲鳴が上がった。
「我が輩の伊達眼鏡は世界一ぃぃぃ!」
 ドクター・ウェストはすぐに駆け出していく。
「こちら明星! キメラが出現しました! 本体捜しは任せます! 見つけたら倒してください!」
 天は通信し、周囲の仲間へと知らせる。そのまま風のように素早く、木花へと接近した。
「咲耶さん、助太刀に来ました。皆さんが来るまでキメラ戦といきましょう!」
 近づいてきた天の呼びかけに、木花は小さく笑った。
 木花の振り回す刀が触手を引き千切っていく。切るというより破壊するような衝撃に、触手は宙を舞った。
「来ないでと言いましたわよね。助平め! 私の刃で刈り取ってあげますわ」
 その言葉がきっかけか、次々と触手が伸びてくる。その数は十や二十ではなかった。
 撹乱するように、天は触手の間を動いていく。触手の動きをひきつけ、それを木花が切り飛ばしていった。普段よりも切れ味がいい。けれど切っても切っても出現してくる。数が減る気配はなかった。
 やはり本体が――
 二人がその焦りに囚われた隙をついたのだろうか。天の足に触手が絡みついた。目の前には触手の塊が迫っている。
 倒れる天。木花の気が一瞬逸れた。その間に、剣を持つ手に触手が纏わりつく。
 二人を触手が襲う。目を瞑ることなく、二人はそれを睨みつけた。
 剣閃が、宙を彩った。
「人間の手足を‥‥斬って行くのって‥‥いい気はしない‥‥ね‥‥。本物じゃない‥‥。キメラだって‥‥分かってはいるんだけど‥‥」
 幡多野が月詠を手に、触手に対峙していた。だがそれに気付いてか、触手は集まり、幡多野へと襲っていく。その巨大さに、三人は言葉を失う。
 幡多野は月詠を振るう。その剣先が、淡く光っていた。すべるように切っ先が流れると、触手はバラバラと崩れていく。
「やはりバグアを認めるわけにはいかないね」
 よくよく見ると、木花の剣も、天の爪も淡く光っている。三人は触手の波が引いた一瞬、視線をさ迷わせた。
 ドクター・ウェストが、口元をつり上げていた。

●索敵班
「さ、あとは敵さんが囮に釣れてくれるのを待つのみですね」
 フィアナは本体を探すため、囮から離れ待機していた。武装し、いつでも動けるよう準備をしている。
 そこから程よい距離を取ったところだろうか。藤田が待機している。
「むっ! スカートを揺らす微風? 敵か?」
 ‥‥‥‥待機している。
 そこに、通信が入った。藤田は通信機のスイッチを入れる。
「は〜い感度良好こちら探索班、そちらどうよ? 何? 出た? こんな事もあろうかとセーラー服に競泳水着を準備しておいたのよ」
 ジーザリオに乗り込む藤田。そのまま発進させる。
 同じく通信を受けたフィアナも、本体を探すために立ち上がった。
「お仕事の時間です‥‥先行します」
 そこに、藤田が到着する。
「乗って!」
 フィアナはその勢いにつられ、車に乗り込んだ。
 ジーザリオが触手発生地点へと近づいていく。本体はどこにいるかはわからない。探索しながらの進行だった。
 だが近づいていくにつれ、触手が湧き出してきた。アサルトライフルで迎撃するも、触手の動きが早くあたりはしない。
 触手が車に襲い掛かる。避けられはしない。ハンドルを握る手に、汗がにじんだ。
「アイテール‥‥限定解除、戦闘モードに移行‥‥」
 触手の側面を突くように、緋室が躍り出る。両手の剣が二本の線を描くと、触手の塊が切り刻まれていく。一本一本襲ってくる触手もさばくと、ジーザリオを流し見る。
 緋室の意図に気付き、すぐに車は発進した。緋室が進行方向の触手を切り、車は漏れた触手を縫うように避け、触手の本体を探していく。
 やがて、緋室を完全に抜き去り、車は単独で触手の中心へと進んでいく。塞がるように迫りくる四肢たちに、フィアナは銃を構えた。
「一発の弾丸が戦局を変えることだってあるんです‥‥沈みなさい!」
 銃口から火が噴くと、肉片が宙を舞った。

●挟撃
 バイクで単独行動している彩倉は、今回の依頼のことを考えていた。
 単独で襲われたにもかかわらず、情報が正確だ。職員がキメラ以外の情報を省略したのか、あるいは敵からのリーク情報か。初陣に考えることは多すぎる。
 だがどちらでもいいか、と彩倉は笑った。
 目の前には、すでに触手が迫っていた。
 バイクを操り触手を避け、距離を取ってバイク形態からアーマー形態へと変形させる。だが装着するその隙に、迫りくる四肢が体を拘束した。
(「悪くはない‥‥」)
 触手は他の味方に気を取られてか、数は少なかった。だが自らの分を超える量の触手がいたとしても、物足りないと感じてしまっただろう。
 彩倉は、内なる興奮に支配されていた。
 槍を振り、触手を跳ね除ける。腕にはスパークが生じていた。
(「磨り潰せば、もっといい」)
 千切れていく触手たちを見て、気分はますます高揚していった。

●陽動
 ドクター・ウェストのエネルギーガンが火を噴く。焦げた触手が力なく落ちるが、その後ろから這い出てきた触手に囚われた。
「我が輩はそう容易くないぞ」
 舌打ちし、機械剣で切り刻むと、自身からも血が滲んだ。
「予想はしていたけど‥‥数が多い‥‥」
 幡多野は喰らいついてくる触手を切り刻む。触手一本の力はそれほど強くはないが、四方八方から襲い掛かってくるので気が抜けない。すでに触手班は、最初の遭遇地点から遠く離れた場所へと追い立てられていた。
「どこに本体がいるんでしょう‥‥」
 天は視線をさ迷わせる。だが背後を突かれ、意識を触手へと戻した。背中の鈍痛に、探索の無理を悟る。
 再び襲い掛かる触手。だがすでにその場に天はいなかった。一瞬で触手から離れ、距離をとっていく。あとには抉られたように崩れ落ちる触手が数本。
 別の触手が後を追う。そこに、衝撃を絡ませた一筋の太刀。バラバラと肉をばら撒きながら、それでも方向を変え、触手は太刀の主に迫っていく。
 だが、その動きは止まった。
「そんな攻撃で私の鉄壁は崩せませんわ」
 木花の盾が触手をさばいていく。掴もうとした指は宙を掴み、石畳を砕いていった。打ち付けられたように動きを止める四肢を、天の爪が砕いていく。
 だが触手の数は一向に減りはしない。ほとんどの触手が四人に集まっていた。
「やはり‥‥本体が‥‥」
 返り血に染まりながら、幡多野は眉を歪める。だがその時、ドクター・ウェストは小さく呟いた。
「なるほど。巧妙に隠しておるが、この触手。元を辿れば一つの点に収束する。おそらくはそこに本体がおるぞ」
「では、通信で連絡を――」
「いえ」
 天の言葉を、木花が止める。背後からはエンジン音が聞こえ始めていた。
「おそらく叫んだ方が早いかと思いますわ」
 藤田のジーザリオが、宙を舞った。

●本体
 触手のほとんどが触手班へと向かったのは作戦通りだった。ジーザリオは残った触手をかわしながら触手の中心へと走っていく。
 触手の密度が濃くなっていく。藤田は隣に座るフィアナに視線をやった。
 止まれない。
 頷き、フィアナは車から飛び出すと、物陰に隠れた。息を潜め、中心へと向かっていく。車はそのまま触手をひきつけるように進んでいった。車内で藤田が制服を振り乱していたのは見ていない。
 成功したのか無関係かわからないが、藤田に触手が集まっていく。横道に逸れ、機動力を活かし避け続けるが、道は広いわけではない。しばらく逃げ回っていたが、寄り集まる触手に進路をふさがれ、指の先端が運転席を襲う。
「夢幻の如く、血桜と散れ――剣技・桜花幻影【ミラージュブレイド】」
 指が細切れに刻まれていく。後方から駆けてきた緋室が、二刀を構えていた。そのまま触手に飛び込んでいく。
 藤田は車から下り、触手の中心へと向かった。が、その動きが止まる。
 触手の束が地面から伸びている。本体は地下――
 地下が、脈動した。
 石畳を砕き、触手が飛び出してくる。指の鋭い先端が藤田を襲う。近距離武器のない藤田の顔が凍りつく。
 だがその半分が動きを止めた。残りの半分をさばく藤田の前で転身し、前方へと消えていく。
 次の瞬間、その触手たちは弾き飛ばされた。
 槍を手にしたリンドヴルム。挟撃担当の彩倉が、触手をなぎ払っていく。その後方には、切り刻まれた四肢の残骸が尾を引いていた。
 藤田のアサルトライフルが残りの四肢を砕いた。再び地面が脈動し、触手が顔を出していく。
 だが、一丁の拳銃が、触手の発生源の上に突き立てられていた。
「こっちも遊びじゃないです。この世から消えてくださいな‥‥」
 潜行していたフィアナの銃弾が、地下の本体を貫いた。

●事後
「それで、キメラの死骸はUPCが処分するのでしょうか?」
 天は淡い期待を込めて、そう問うた。
 戦闘直後、街道沿いは触手の残骸で彩られていた。まだそのほとんどがぴくぴくと動いている。気持ち悪い。
 フィアナと藤田は怪我人の治療をしている。全員細かな傷が多かった。戦闘中もサイエンティストの治療は行われていたが、それでも傷は絶えない。今は幡多野と木花、緋室が治療を受けているが、治療する藤田は何故かブルマをはいていた。
 ドクター・ウェストは触手を興味深げに眺めている。彩倉はまだ戦闘の余韻が抜けないのか、瞳をぎらつかせ、興奮を露にしていた。話を聞いてくれそうにない。
「掃除‥‥しようか‥‥」
「‥‥仕方ない」
 問いに答えたのは、治療から戻ってきた幡多野と緋室だった。朝が来れば住民たちも外へと出るだろう。その時、一面に赤い絨毯と四肢の肉片が敷き詰められたこの惨状を、どう思うだろうか。
 三人はため息をついた。任務にはない。けれど三人は掃除道具を探しに、まだ暗い夜道を歩き始めた。