●リプレイ本文
●到着
「この街も本当は水が綺麗で素敵な街だったんだろうね‥‥学園の外でキメラと戦うのは初めてだけど‥‥それでもこれ以上、この街は汚させないッ!」
レミィ・バートン(
gb2575)は泉を睨みつけながら、そう叫んだ。能力者たちは全員揃っている。作戦の開始は近い。
泉は悪臭を放ち、泥状の粘液のようなもので満たされていた。
「これは‥‥酷いですね‥‥汚いです‥‥キメラ倒しても使えるようになるんでしょうか、あの泉‥‥」
リリィ・スノー(
gb2996)の呟きに、思わず全員が頷く。実際、充分距離があるというのに、ここまでかすかに臭ってきていた。
「泉の中はサンショウウオ‥‥か? それともカエルかね?」
「ここからではわかりませんね」
須佐 武流(
ga1461)の問いに、美環 響(
gb2863)が答える。敵の貌は依然として知れてはいなかった。
「ふむ、みんなの憩いの場所を奪うとは許せませんね‥‥しかも、悪臭漂う沼地に変えるとは‥‥処分します!」
「そうだねっ! 絶対倒さなきゃ!」
神無月 るな(
ga9580)の言葉に、セキア=ミドラジェ(
gb3549)が呼応する。全員が顔を見合わせ一つ頷くと、作戦通りに散開していった。
屋井 慎吾(
gb3460)が、自らの拳を手の平に叩き付けた。周囲に軽快な音が響いていく。
「よっしゃ、行くか!」
作戦が、開始された。
●誘引
「それでは汚染源を処理しましょう」
神無月は言葉と同時に、その右目を月色へと変化させた。覚醒による変貌を合図にしたかのように、作戦が開始される。
屋井は骨付き肉を手に、泉に近づいていた。
「うぅ、美味そーな肉だな‥‥オレが食っちまいそうだ」
レミィから作戦用に受け取った肉である。そのレミィは他メンバーとは別に、離れた場所に移動している。
美環も屋井の背から、ミネラルウォーターを手にしていた。両生類なのだから天然水に目がないはず、との考えからである。泉を占拠している理由もそれだろうから、的外れではないはずだ。
だが匂いが水中まで伝わっていないのか、一向に出てくる気配がなかった。
「狙撃班、位置につきました」
リリィの通信。レミィとリリィが位置についた。これで戦闘準備は完了した。
屋井は骨付き肉を投げ、美和はミネラルウォーターを置き、覚醒と共にGooDLuckの能力を使う。後は出てくるのを待つばかりだった。
しばらくの間が空く。緊張の時間だった。だがその中で、須佐が石を投げ始める。
「ど、どうしたの?」
「いや、暇なんで。それに投げ続ければ、業を煮やして出てくるかもしれない」
「なるほどっ!」
セキアは納得すると、須佐と共に石を投げる。屋井もそれに続いた。
「こそこそ隠れてんじゃねーぞ! 出てこいコラッ!」
三人で石を投げ続ける。だがそれでも足りないと、セキアは拳銃を撃ち出した。美環も一緒になり、威嚇射撃をする。泉の中に吸い込まれるように、弾丸は消えていった。
突然、槍が飛来した。
「あぶねぇ!」
須佐が叫ぶ。散開していた能力者たちは地面を転がり、それを避けた。見ると、先ほどいた地点から、ひどい腐臭が漂っている。水鉄砲だと気付いた頃に、沼の中から大きなサンショウウオのような生物が現われた。低い雄叫びを上げながら、一体、また一体と揚がってくる。その数は五体。
「っしゃあ、来い!」
屋井の声がスイッチとなり、能力者たちが駆け出していった。
●戦闘
須佐は敵の一体に急接近すると、流れるような連続蹴りを繰り出す。ぬるぬるとした粘膜を纏った皮膚に突き刺さると、キメラは鈍い悲鳴を上げた。
踊るような攻撃に、キメラは怯んでいる。苦し紛れか、その巨躯を傾け体当たりを放った。
目の前に迫る巨大な影に、須佐はジャックを払うように振る。流れるように逸れ、体当たりの軌道から逃れると、丸見えになった背を目掛けて跳躍した。
体に回転をかけていく。限界突破によって解放された力が勢いとなり、踵の一点に集中していった。
「おあああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
刹那の爪が、肩口から心臓へと突き刺さっていく。悲鳴と共に、キメラが倒れていく。その体を踏み台に、須佐は再び跳躍する。
着地。それと同時に、キメラはその口から、水鉄砲を発射した。着地点に襲うそれは鋭く、先端が穂先のように尖っている。須佐は体を捻ってかわした。地面に穴が穿たれる。バランスを崩した須佐の三度目の跳躍に、キメラは口を開いた。
「はあああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
飛び蹴りが、キメラの額に穴を開けた。
動かなくなるキメラ。それを見下ろすと、須佐は一つ吐息をついた。
「今回は新人が多いようだからな。半分は俺がいただこうかね」
そう吐き捨てると、須佐は次の獲物目掛けて駆け出していった。
「う‥‥気持ち悪いですね」
リリィは照準器から這い出るキメラを覗きながら、そう呟いた。
だが手を緩めるわけにはいかない。すぐに援護射撃を開始する。
レミィはリリィへ通信し目標キメラの位置を知らせると、リンドヴルムを装着し、覚醒する。ギリギリと弓を引き絞り、狙いをつけていく。
「フェイルノート・アロー! ‥‥シュートォッ!」
放たれる矢。それと同時に、リリィの銃口も火を噴く。一体のキメラに集中したその二撃は、二つの前足を貫いた。
バランスを崩すキメラ。
「ナイス援護!」
セキアは剣を抜き、そのキメラへと突進していく。キメラは口を開き、その巨大なあごを差し出した。
セキアの盾が、その口を受け止める。受け止め切れなかった衝撃が体を走り、ふらついた。
セキアは剣を手に、キメラの頭を切りつけた。間髪入れぬ閃きに、キメラの顔が傷ついていく。キメラが苦し紛れに再び口を開くと、セキアの盾がその力を奪う。
そのまま押さえつけるように、キメラの行動を抑えた。
「今ですっ!」
セキアの声に応えるように、二つの閃きがキメラを襲った。
「チェックメイトです‥‥」
「貫けぇーーっ!」
二つの槍が、キメラはその動きを完全に止めた。
「あはははっ。オバカさんね‥‥早々にお逝きなさい!」
神無月はショットガンを手に、キメラへと接近していた。
キメラの水鉄砲を翻弄するように避け、銃弾を撃ち込んでいた。臭気はすでに周囲に満たされ、ぬるぬると足を捉えていく。神無月はそれを意に介さず、一歩一歩距離を詰めていった。
距離が近づき、キメラが口を開く。体ごと突進するようによく噛み付いてくるその口を、神無月は受け流し、側面に回りこむようにかわした。
神無月の指が、トリガーに指をかける。
「サヨウナラ、これで終わりよ」
引き金を引くと同時に、連続した発砲音。キメラの側頭部には、巨大な穴が穿たれていた。
気を抜くことなく、神無月は咄嗟に後ろに飛び退いた。避けきれなかったその右腕に傷が付く。その先に倒れた屍が汚水にまみれ、その足に穴が開いていた。水鉄砲だ。
神無月が振り返ると、美環がキメラに苦戦していた。
キメラの放つ水鉄砲をかわしながらも、周囲の建物へと向かっている場合は体を張って止めている。それでも少しずつ前に進んでいた。
「大した事ないですね。こんな攻撃では僕は倒れませんよ」
建物を穿とうとする水鉄砲を弾き、美環は不敵に笑う。
神無月はショットガンを構え、狙いをつける。発射された弾丸はキメラの頭に吸い込まれていった。水鉄砲の威力が弱まっていく。
「狙うは頭部! 確実に仕留めましょっ」
美環はその隙に、一気に間合いを詰めた。イアリスを振り、その頭部に一気に突き刺していく。
「この一撃をもって安らかに眠れ‥‥!」
微笑み、イアリスを根元まで刺し込むんだ。悲鳴と共に、キメラが倒れこんでいく。しばらく痙攣するようにビクビクと震えていたが、やがてそれさえも止め、完全に沈黙した。
「汝の魂に幸いあれ」
美環は最後に、そう祈った。
瞬天速で、屋井は一気に間合いを詰めた。
「くらいやがれっ!」
瞬即撃の一撃がキメラに突き刺さる。あまりの速さに受けることも出来ず、キメラは軽く浮き上がる。追撃し、再びの蹴りを入れると地面に叩き付けた。
キメラが口を開く。屋井が警戒していると、舌の裏側から水鉄砲が発射された。
「おわっ!?」
紙一重でかわす屋井。だがバランスを崩してしまう。その隙を逃すことなく、キメラは開いた口で噛み付いてきた。
体を砕かれてしまうかのような圧力が屋井を襲う。思わず悲鳴が漏れた。
そんな中、移動してくる影が一つ。キメラの側腹部を、回転をかけた拳が抉りこんでいく。くぐもった悲鳴を上げ、キメラは屋井を解放した。
影は須佐だった。
「くそっ、凹むぜ‥‥早く強くなりてぇ!」
屋井は強く拳を握った。
側撃により動きが止まったキメラに、須佐は止めの一撃を放とうと振りかぶる。蹴りが炸裂し、キメラは宙へと浮き上がった。
その先には、屋井がいる。
「おらぁ!」
気合いと共に、屋井はキメラの頭部を殴りつけた。何かが砕ける音と共に、キメラの体から力が抜けていく。
やがて地面に落ちると、二度と動くことはなかった。
●戦闘終了
「ま、この程度の相手なら‥‥余裕でしょ? さっさと報告済まして来ようぜ?」
須佐はそう言って、泉から離れていく。報告に向かったようだった。
泉周辺はまだ汚水に満ちていた。キメラの屍の処理もある。けれど湧き出る水は、徐々に透明さを増していた。
「1日でもはやく美しい泉に戻り、町の人々の憩いの場に‥‥」
神無月は泉の掃除を始めた。町の人々も危険がなくなったのを確認すると、続々と集まってくる。
「るなさん、見てくれていましたか? あれから僕も色々な依頼をこなして強くなったんですよ!」
美環も掃除に加わり、神無月に近づいていく。神無月は微笑んでいた。
「もしこの街が復興して‥‥前みたいに泉の綺麗な街に戻ったなら皆で遊びに来たいねっ! 」
レミィはリリィとセキアと笑い合う。綺麗な泉にはまだ遠い。三人は掃除を手伝うことにした。
そこに、ふらふらと屋井が歩いてきた。
「動いたらハラ減っちまった‥‥さっきの肉、もうねえのか?」
作戦に使った肉だろうか。レミィがそんなことを考えていると、声を聞きつけたのか神無月がやってくる。
「お楽しみの調理タイムですよ」
神無月はコンロを借り、フライパンで食材を炒めていく。香ばしい匂いが漂ってきた。だがレミィ、リリィ、セキアは見てしまった。キメラの屍が一つ、忽然と消えているのを。
やがて、四人の目の前で料理は完成した。
「クサみは取ってあります。有害かどうかは保障できませんが、どうぞ召し上がれ。うふふ‥‥」
「よっしゃ! やっぱ運動の後はメシだろ!」
食べる屋井。
「あの‥‥お腹壊さないようにしてくださいね‥‥」
リリィが心配そうに屋井を見る。屋井は夢中で料理を口に掻き込んでいた。
「セキアさんはいかがですか?」
「え、遠慮しておきますー!」
セキアは涙目で必死だった。手までばたつかせている。
そんな中、屋井が絶叫した。
「うめぇ! あの肉はこんなにうまかったのか!」
「えっと‥‥言い難いですが、もしかするとそれキメラのお肉では‥‥」
「なにぃ! キメラってこんなにうまかったのか!」
屋井はおかわりして、もう一皿食べ始めた。三人はそれを心配そうに眺めている。
やがて、掃除の休憩を取った美環と、報告から帰った須佐がやってきた。その二人に、神無月は先ほどの料理をふるまう。
「鶏肉と山菜のパエリアです、どうぞ。‥‥あ、みなさんにはまだナイショですよ?」
いぶかしむ二人に、神無月は小さく微笑んだ。