●リプレイ本文
「何というか、ここはますます戦域が拡大しているように見受けられるな‥‥」
雷電のコクピットの中で、榊兵衛(
ga0388)は吐息する。バグア軍との終わりなき戦いに少し疲れていた。コクピットの片隅には、愛するクラリッサの写真があった。癒されるというわけではないが‥‥彼女もまた傭兵であり、戦場に立てばともに戦うパートナーである。
榊はもう一度吐息すると、今度は狼のような眼光が瞳に宿った。ラストホープ屈指の実力者である榊はこれまでに何度もそうしてきたように、戦いへと気持ちを昂ぶらせていく。
「それにしても敵さんもしぶとい‥‥このままだと、何年か先には、北九州は荒野になってしまうぞ?」
榊は仲間たちに言葉を投げかける。
戦場の風紀委員ことファイターの少女、熊谷真帆(
ga3826)は怒り心頭で答えた。
「いで湯の守護者真帆ちゃん参上! 好き勝手は許しません」
親元の足許で起きた危機。特に別府の温泉は真帆の大事な癒しスポット。真剣に怒ってるです! ‥‥と胸の内も怒り心頭、真帆は感情をコントロールするのに苦労する。熟練傭兵の域に達していても、故郷を踏みにじられては平静な気持ではいられなかった。
「豊後牛美味しいのに‥‥バグア人はそれが判らんのです!」
回線にがんがん鳴り響く真帆の怒声に、ユーリ・ヴェルトライゼン(
ga8751)は苦笑する。
「ま、まあ無事に九州が開放できたら、豊後牛を味わってみたいものだね」
ラストホープには日本料理のすき焼きを出す店もある。それでもユーリは和牛を食べる機会はあまりないのだが。
「和牛はおいしいですけど、今となっては高級品でしょうかね」
麻宮光(
ga9696)は雷電を操りながら肩をすくめる。日本は全国的にバグアの影響も強く、全体としてはインフラもままならない状況である。
「UPCには頑張って欲しいところですが、春日基地のダム・ダルもこれだけ活発ですと油断はできませんね」
光は言いつつ、亡くなった妹に渡すはずだったお守りのペンダントを無意識に探った。戦いは続く。傭兵には最前線に立つことが求められるのだ。
「バグアめ、姑息な戦術を取るでありますよ」
美空(
gb1906)は言って、ロングボウの機体を傾ける。今回は地上のタートルワームを撃退予定である。それには今回のパートナーのカルマ・シュタット(
ga6302)の支援も頼んだ。とにかくも今回から戦線補強として急遽増援された美空であったが、戦意は十分。お得意のミサイルによる攻撃でFRだって撃墜してやるでありますよといった勢いであった。
「ダム・ダルは実際戦略に疎いところがあるような気がするんだけど‥‥今回の攻撃は厄介だな。参謀でもついているのかな。例の強化人間かな」
カルマは言って、かつてダムから命名されたシュテルン「ウシンディ」を操る。ダム・ダルとは何かと因縁のあるカルマ、戦いに思うところはあった。
「一区切りついたとはいえ北九州攻防戦は未だ醒める気配は無く、前線が別の側に押し上げられたのでそちらで対応してのけるわよ。コールサイン『Dame Angel』、九州戦線の陣取り合い、有利手番をこちら側に形成するわよ」
アンジェラ・ディック(
gb3967)のスカイブルーの瞳が閃く。スタイリッシュグラスの奥底で、戦闘狂の獰猛な瞳が雷光のような光を放っていた。
「この動きが陽動か本命かは分からないわけですが‥‥敵の思惑がどこにあるか不明な以上、目の前の敵を叩きのめすまでですね」
ナンナ・オンスロート(
gb5838)は静かな口調で言った。
「制服さんたちが言うには、南の兵站を抑えようって動きらしいが‥‥バグアも厄介なことを考えるもんだ」
天原大地(
gb5927)の言葉に日野竜彦(
gb6596)が応じる。
「補給線を狙うのは常套手段でもあるね。北九州ではバグアも連敗続きとは言え、いまだに敵の戦力は十分にあるということだね‥‥」
築城方面から南下する傭兵たち。レーダーに光点が浮かび上がってくる。
「敵機を確認、どうやら到着したらしいな。各機、ロッテを組んで攻撃を開始するぞ」
榊は操縦桿を傾ける。
と、地上から閃光がほとばしって空を貫いた。
「タートルワームなのであります!」
「来たな」
美空とカルマはナンナと竜彦に呼び掛ける。大口径プロトン砲が上空の傭兵たちを狙ってくる。
「美空は亀の撃破に向かうのです! ナンナさんと竜彦さんは支援をお願いするのであります!」
「強行着陸するので支援を頼みます」
「了解しました」
竜彦とナンナは操縦桿を傾けると、美空とカルマともに地上に降りていく。
榊とアンジェラ、光と大地、真帆とユーリのロッテは接近してくるヘルメットワームの迎撃に向かう。
と、不意にレーダーがざざーっと砂嵐のように乱れる。
「強烈なジャミング‥‥キューブワームか」
「ひとまず目の前のヘルメットワームに集中するわよ」
20機のヘルメットワームが殺到してくるのに、傭兵たちはロッテを組んで散開する。
地上に降り立った美空、カルマ、ナンナ、竜彦は態勢を整えて獰猛な牙を剥くタートルワームと向き合う。
「亀ごとき、美空がすっぽん鍋にしてやるでありますよ」
美空はミサイル満載のロングボウを正面に向けると、ミサイル誘導システムでロケットランチャーを全弾放出する。
カルマはK−02ミサイルの態勢を整えると、PRMシステムを起動させて、タートルワームをロックオンする。
「これでも‥‥食らえ、亀!」
シュテルンから500発のミサイルがタートルワームに襲いかかる。地平に降り注ぐカプロイアミサイル。
ナンナと竜彦はレーザーバルカンとライフルで突撃するカルマと美空を支援する。
タートルワームを次々と襲うロケットとミサイルの嵐。凄まじい爆発がタートルワームを吹き飛ばし、薙ぎ払い、打ち砕いた。
タートルワームはずたぼろになりつつも爆発を耐えしのぐと、プロトン砲で反撃してくる。
美空はプロトン砲をかわしながら突進、高分子レーザーでタートルワームを撃ち貫く。レーザーの光条がタートルを貫通して、大爆発を起こす。
カルマもブースターで一気に間合いを詰める。ツングースカを叩き込めば、タートルワームは蜂の巣になって崩れ落ちる。
美空はタートルの反撃をかいくぐりながら駆け抜け、レーザーを次々と叩き込んだ。
「寸胴の亀に、好き勝手はさせませんよ」
美空はタートルを打ち砕いていく。カルマと美空はタートルワームを打ち砕いていく。ナンナと竜彦の支援もあり、カルマ機の圧倒的な攻撃力でタートルワームを沈黙させることに成功する。
榊はK−02ミサイルで10機のワームをロックオンすると、500発のミサイルを全弾発射した。
流れる軌跡を描いて、ミサイル群がHWに襲いかかる。次々とワームに命中するカプロイアミサイル。爆発と轟音が炸裂して、火球が空中を赤く染め上げる。
「敵ワーム急速接近、ドッグファイトに移るわね」
アンジェラは榊とロッテを組んで攻撃を開始する。操縦桿を傾けると、突進してくるヘルメットワームにミサイルを叩き込む。
アンジェラは回避行動をとるワームを見やり、また前方に目を向ける。
「来るぞアンジェラ、12時方向から敵機三」
榊の言葉に、アンジェラはエンハンサーの起動準備に入る。
反撃の飛び交う閃光が襲い来る。ミサイルの射程外からプロトン砲が飛んでくる。が、アンジェラも榊もかわした。
突進してくるHWに真帆とユーリはライフルや機関砲を叩きつける。ワームはプロトン砲を撃ち込んですれ違う。
「やってくれますね」
光は阿修羅を旋回させる。
「やったらめったら湧いてきやがって‥‥ここで全機撃ち落としてやる」
大地もフェニックスを傾け、すれ違うワームを追う。
傭兵たちは滞空するキューブワームを数機撃ち落としながらヘルメットワームと空中をぐるぐると飛び交う。
ワームの反撃に耐えながら、傭兵たちは確実に一機ずつワームを落としていく。
「超電導アクチュエータ起動」
榊はワームの背後をとると、ホーミングミサイルを撃ち込む。ドッゴオオオオオオオオ! と粉々に吹き飛ぶヘルメットワーム。
アンジェラはエンハンサーを起動させると、食らいついてオメガレイを叩き込む。強力なレーザーガンの六連射がワームを貫通すれば、爆発轟沈するHW。
「北九州は渡さないわ。バグアから必ず取り戻して見せる」
アンジェラのスカイブルーの瞳は冷たく閃き、消失するワームを見据えた。
「アンジェラ、サポートを頼むぞ。ワームはことごとく叩きつぶす」
榊の言葉にアンジェラは了解と答える。
「行きなさい榊殿、支援ならワタシにお任せあれ」
榊はスロットル全開でHWに迫るが、ワームも加速する。
「逃がしはしない。我が【忠勝】の前に露と消えるがいい」
ラストホープ屈指の榊の雷電は驚異的な戦闘能力を誇る。射程に捉えればHWなど全く粉砕できる攻撃能力を持ってはいる。
「――よし行け光さん! 俺が援護するぜ! 雑魚の足止めは任せてくれ!」
大地は光に呼び掛けながら敵ワームに向かってスロットルを吹かせる。フェニックスのアフターバーナーが火を吹いて加速する。リロード兵器をワームに叩きつける大地。
「よし、今だ――!」
光は加速してミサイルを撃ち込み、ライフルと戦車砲をワームに浴びせかける。
「逃がしはしませんよ!」
「無駄だ! UPC軍に勝ち目などない!」
回線に飛び込んできたのはバグア軍のパイロットの強化人間。光の阿修羅を振り切って加速するHW。
「お前らの決め台詞は聞き飽きたぜ!」
大地が加速し、ミサイルを撃ち込んだ。二発のミサイルが有人機に命中する。ドッゴオオオオオオ! と吹っ飛ぶ敵ワーム。
「我が軍の力は、確実に人類を圧倒しているのだ! どうあがいたところでUPCに勝ち目などないと知るがいい」
「言ってくれますね。ですが、今は目の前のあなたを倒すのみです」
光は敵機に食らいつき、戦車砲を叩き込んだ。強烈な砲弾がワームを撃ち貫き、敵ワームは強化人間の悲鳴を残して消失する。
リロード兵器の弾丸をひたすら撃ちまくる真帆。逃げるワームを追撃し、また反撃をかいくぐってトリガーを引く。撃って撃って撃ちまくった。
ジグザグ飛行で真帆の攻撃を回避するヘルメットワームに、ユーリのイビルアイズがソードウイングで斬りかかる。バレルロールで接近すると、プロトン砲をかいくぐり、機関砲とロケットを撃ち込みながら突撃する。
「頼むぞウイング! 斬り裂け――」
ユーリはスロットル全開で突進、ソードウイングがHWを貫通すれば大爆発が起こってワームは轟沈する。
「空は大乱戦の模様なのであります」
「だが間に合ったな。まだこれからだ」
美空とカルマは上空に舞い上がると、ナンナと竜彦とともに空戦に参加する。
「亀はもういないでありますから、狙いは外さないであります」
次々とHWをロックオンすると、ミサイル誘導システムで放出する。ロングボウから放たれたミサイル群がHWに襲いかかる。
命中したミサイルが爆発し、紅蓮の炎が飛び散った。
ナンナと竜彦のシラヌイのツートップがレーザーバルカンとライフルでワームに打ちかかっていく。
「キューブワームを潰してしまいましょうか」
ナンナは浮遊するキューブに接近すると、バルカンを叩き込む。
「リフレクターは厳しいな‥‥! 今回はキューブの撃墜に注力するか!」
竜彦はリフレクターを警戒し、キューブの撃墜に集中する。次々と撃破されていくキューブ。
「リフレクターは俺が仕留めよう。何とかなるはずだ」
カルマはMRの破壊に奔走する。
やがて傭兵たちはHWを撃破し、数的に互角に持ち込んでいく。
――その時である、アンジェラの機体を壮絶な衝撃が襲った。死角からのプロトン砲が直撃したのである。
「な、何? これは‥‥ヘルメットワームの攻撃じゃない」
ドウ! ドウ! ドウ! ドウ! と四連撃を食らったアンジェラ機は瞬く間に行動不能になる。
「みんな気をつけて‥‥! 強力な奴がいるわ‥‥!」
アンジェラは機体を降下させていくと、不時着することになる。
「何だ? アンジェラがやられた‥‥?」
榊は後ろに首を巡らせる。
直後、雷電をHWのプロトン砲とは桁違いの衝撃が襲う。
「な、何? 俺の機体にこれほどの打撃を‥‥奴か? ダム・ダル‥‥?」
榊は見えない敵に周囲に目を凝らすが、何しろ上空は音速の戦いで動き回っている、能力者の動体視力を以ってしてもファームライドを見つけ出すのは不可能に近い。
「気をつけろ! 恐らく事前情報にあったファームライドがいるぞ! 光学迷彩で消えている! どこから攻撃が来るか分からんぞ!」
「あたしは戦場の風紀委員真帆ちゃんです! ダム・ダルに申し渡します! おとなしく姿を見せなさい! こそこそ逃げるしか能がないのですか! 戦場の風紀委員が許しません!」
「‥‥‥‥」
ダム・ダルはファームライドの中で沈黙していた。さて、どうしたものか。この小うるさいハエを全機叩き落としておくべきか‥‥。
「ダム・ダル、俺だ、カルマ・シュタットだ。今日はお前と多くを語ろうとは思わないが、ファームライドの機体性能もいつの日か破られる日が来る。必ず」
「‥‥‥‥」
ダム・ダルはカルマのシュテルンに狙いを定めると、プロトン砲を叩き込む。
「ちいっ! 答えはそれかよ‥‥!」
逃げるカルマ。
「そこだ!」
大地は撃ったが、銃弾は空を抜けるだけだった。
「どこだ‥‥どこにいるんだ? 何か兆候があるはずだが」
ユーリは飛び交うHWの攻撃をかわしながら、ファームライドの姿を探る。
「とにかく、ここは持ちこたえることを優先に、ファームライドが姿を見せないなら、無理はできません」
光は阿修羅のコクピットの中で操縦桿を強く握りしめた。眼前のHWに攻撃をしかけるよりも、ファームライドの脅威から身を守ることが先決であろう‥‥。
「見えないってのは恐ろしいのであります。でも負けないのです」
美空は果敢にも虚空にミサイルを撃ち込んだ。が、簡単に当たるはずもなくミサイルはロストする。
「無駄なあがきだ人間よ。まさか俺のファームライドが一方的に負けてやる道理もなかろう」
紛れもなくダム・ダルの声が回線に響いて、美空のロングボウに背後からファームライドのプロトン砲が叩き込まれる。
連弾を食らって、ロングボウが炎上する。
「すいませんやられました、脱出するのであります」
美空も何とか機体が動くうちに不時着を試みることにする。
「駄目です。これは逃げるしかありませんね。ここまで一方的な攻撃をされては、全機落ちてからでは出遅れです」
ナンナは全機離脱を仲間たちに提案する。
「畜生‥‥卑怯な野郎だなダム・ダルってのは。にしても光学迷彩がここまで厄介とは‥‥甘く見すぎたか」
大地も唇をかみしめ、ナンナの提案に賛同する。
「まあ仕方ねえぜ、ナンナの提案に賛成だな。見えない敵と戦えるわきゃねえ。こいつはスポーツじゃねえしな。敵にフェアプレーを求めるのも無理だぜ」
「紅い悪魔との直接対決は初めてだけど‥‥今回ばかりは仕方ないか。いつかきっと倒して見せるけどね! ダム・ダル! 今回は逃げるしかないけど‥‥自慢の機体をそのうち落としてやるよ!」
竜彦はダム・ダルに言葉を叩きつけると、機体を旋回させる。
「いつかきっと借りは返すぞ」
傭兵たちは次々と旋回する。
赤い悪魔ファームライドに乗ったダム・ダルの前に、傭兵たちは任務途上での撤退を余儀なくされたのであった。
‥‥アンジェラは無線機で美空と連絡を取っていた。
「そう、そっちも無事なのね。何よりだわ」
「アンジェラさんも無事で何よりであります」
アンジェラはぼろぼろになった機体を見上げると、美空と言葉を交わし、救難信号を出した。
翌日、サイレントキラーが二人を救い出す。ヘリには榊が同乗していた。榊は二人の無事を確認して安堵する。
「無事で何よりだったな」
「ええ、ところで、全体の戦況はどうなったのかしら」
「分が悪いようだ。中津市へ大量のワームの侵入を許した。どうやら敵は本気のようだな」
「‥‥巻き返すことはできるのでしょうか」
美空の問いに、榊とアンジェラは沈黙する。
灰色の雲は、まるで中津市に重くのしかかっているようでもあった。