●リプレイ本文
ベースキャンプ、幕舎内――。
広田涼子少尉――実は密かにバグア側に捕獲され、すでに洗脳されて強化人間の施しを受けている。
少尉は目の前の傭兵たちを見つめていた。白鐘剣一郎(
ga0184)、ホアキン・デ・ラ・ロサ(
ga2416)、エル・デイビッド(
gb4145)たちだ。ラストホープが派遣したのは八名の傭兵たちである。そのうち半数は身分をUPCの軍属傭兵や士官と偽って基地に入り込んでいる。
剣一郎、エル、ホアキンらは荒井少佐のすぐ近くを護衛しており、刺客が近付く隙は全く無い。
ちなみに傭兵たちは専用のハンズフリーのインカムを付けており、いつでも刺客を相手に出来るように即応態勢を整えていた。
と、そこへ士官の一人が入ってきて、報告書を剣一郎に手渡す。
涼子はちらりとその様子を盗み見ていた。
剣一郎は報告書に目を落とすと、咳払いしてから荒井少佐に告げる。
「少佐、急な命令が下りましたね。本部からの召喚命令です。至急熊本基地へ戻るようにとのことです。どうやら‥‥」
涼子は剣一郎の言葉を逃さず聞いていた。書類に目を落としながら、他の士官と同様にその場の雰囲気に溶け込んでいた。
「‥‥本部からの召喚命令とは。少佐、どうやら本部に事態を把握してもらえたのでしょうか」
そう言ったのは別の士官である。
「さてな。だが、これで危険な基地とはおさらばだ。暗殺者がうろついているかも知れんという情報部の有難い仰せだ。素直に熊本基地へ帰らせてもらうとしようか」
荒井少佐は士官たちに笑みを向ける。
実はこの召喚命令、傭兵たちが一計を案じたのである。偽の召喚命令を出せばスパイを炙り出すことが出来るのではないか、一つの策であった。情報部の中月大尉が協力してくれたのである。
傭兵たちがぴりぴりと護衛を続ける中、士官と少佐は雑談に興じていた。少佐はすでに演技モードに入っている。
スパイを炙り出すことが出来れば良し、そうでなくてもスパイが警戒して暗殺の芽が潰れればそれはそれで結構なことであった。何とも疲れる任務である。キメラと戦っている方が楽であろうか‥‥。
涼子は天幕を出ると、携帯電話を取り出して歩きながら囁くように言った。
「高橋様私です‥‥広田です」
「どうした」
電話の向こうで高橋麗奈が答える。
「ラストホープから傭兵が到着しました。それから、どうやら荒井に熊本基地への召喚命令が出たようなのです」
「偶然にしては出来すぎたタイミングだな。情報部の策略かも知れん。偽の召喚状でこちらを炙り出すつもりなのかも知れんな」
「しかし、もし本当に熊本基地へ帰られては‥‥」
「計画の中止は無い。構わず荒井を殺せ。傭兵たちの邪魔を廃して任務を遂行せよ」
「了解しました‥‥」
涼子は携帯電話を切ると、無線機を持ち上げて別の相手と連絡を取った。
鳴神伊織(
ga0421)はUPC軍属傭兵として基地に入り込み、表立って堂々と基地内の様子を探っていた。
兵士たちと雑談などを交わしながら情報収集を試みる。最近何か変わったことは起きていないか。
「変わった事といえば、ここは本当にスパイが飛び回っているみたいだな」
軍属傭兵の青年が答えてくれた。
「市内は洗脳民兵であふれ返っているし、今んとこ大きな話じゃ、荒井少佐が狙われてるって話だろ? バグアも厄介な手を考えるもんだぜ。キメラと戦っていた方がまだましだね。疑心暗鬼ってのは疲れるだろ? まあここは最前線ってわけじゃないが、今んとこバグアからエリアを開放する見通しは立っていないねえ」
「ありがとう」
伊織は青年に礼を言って立ち去る。しかしこの状況で誰を信じて良いのか。今の青年が洗脳されているかも知れない。
と、伊織は兵舎の影で無線機を持っている兵士を目に留める。伊織は近付いていった。
兵士は気付くことなく話し続けていた。
「‥‥はい、そうですか。熊本基地への召喚命令が? ‥‥こちらの計画に変更は? はい‥‥はい‥‥分かりました。では計画に変更は無いのですね?」
無線の相手は広田涼子だ。兵士は強化人間である。
伊織は兵士の肩を叩いた。ぎょっとして振り返る強化人間。
「な、何ですか」
「ここは今士官以外立ち入り禁止ですよ。何をしているんですか」
「す、すいません!」
慌てて逃げ出す強化人間を伊織は呼び止めた。
「待ちなさい。階級と名前を教えてもらえますか」
強化人間はじっと伊織を見つめていたが、ぎらりとその瞳が光る。
刹那、強化人間は懐からレーザーブレードを抜いて伊織に切りかかった――。
が、伊織は攻撃をかわして抜刀。強化人間の腕を切り落した。たまらず転倒する強化人間。伊織は刀を突きつける。
「他にスパイは?」
「ふふ‥‥話すと思うか? 無駄なことだ。ターゲットは死ぬ」
そして強化人間が口に仕込んだ起爆スイッチを作動させると、頭蓋に埋め込まれた爆弾が炸裂して強化人間はがくりと事切れた。
「やはりすでにスパイが入り込んでいたのですね‥‥」
みづほ(
ga6115)は新任の士官として基地に入り込んでいた。少佐に近づけそうな人物、少佐のスケジュールを知っていそうな人物をリストアップしていたが、その矢先に伊織からスパイを倒したと言う連絡が飛び込んできた。
スパイの口ぶりから敵は複数いることが改めて確認された。
資料をまとめると、みづほはそれらを封筒に入れて天幕のデスクの上に置いておいた。
‥‥みづほが置いたデスクの資料に目を通していたフィルト=リンク(
gb5706)。
「こうして見ると、敵はどこに潜んでいてもおかしくは無いわけですが。既にスパイが一人兵士に化けていたわけで。改めてあなたの言うことが現実だったと思い知らされたわけですが」
フィルトは眉をひそめながら中月大尉と情報の確認作業を行っていた。
「スパイの身元を洗っていますが、有力な情報はありませんね‥‥誰かの指示を受けていたようですが」
中月大尉はしかめっ面を浮かべて顎をつまんだ。
「‥‥では、手はずどおりにお願いします」
漸王零(
ga2930)は軍服を着てUPC軍属傭兵として少佐の護衛に付く。この時は直衛の全員、エルと剣一郎、ホアキンも付いていた。
「‥‥こういう時、生身で戦える自信と実力があればな、って思うんだよね‥‥無いものねだりなんだろうけど」
ドラグーンのエルは手近なところにAU−KVを置いて呟いた。
これから傭兵たちの間で行われるのは偽装襲撃である。目的は、あらかじめ用意していた人物にわざと少佐を襲撃させ、故意に護衛に隙を作る事でスパイを誘い出すことである。
「少佐、どちらへ向かわれるのですか」
広田涼子が近付いてきたが、剣一郎が厳しい表情で間に入る。まだ目の前に大物がいるとは剣一郎も夢にも思わない。
「本部からの緊急の呼び出しだ。熊本へ戻る。後任はすぐにやってくるそうだ。後を頼むぞ」
荒井少佐はそう言って、UPCの高速艇に乗り込んだ。護衛の四人は用心しながら高速艇を囲んでいる。
涼子は焦った。このままでは少佐を逃がすことになる。と言って護衛に四人もの傭兵がぴたりと付いている。どうするべきか‥‥。
そこで、近付いてきたUPCの軍属傭兵たちが迫真の演技で高速艇に襲い掛かった。
演技と言っても護衛の王零ら傭兵たちは手加減なしだ。ここにもスパイが紛れ込んでいる可能性を王零たちは捨てていなかった。
「少佐を守れ!」
王零は言って向かってくるUPCの傭兵を峰打ちで叩き伏せた。
激突する傭兵と傭兵。凄まじい格闘戦はまさに本気のぶつかり合いだ。
今しかない! 涼子はこの混乱に乗じて少佐に向かって発砲する――。
が、それを見逃さずにいたホアキンが銃弾を全て刀で叩き落す。
「お前もスパイか!」
ホアキンは涼子に連続攻撃を加えて叩き潰す。
「荒井! 死ね!」
涼子はホアキンの猛攻に耐えながら銃撃を続けた。
その手をエルのエネルギーガンが捕らえる。涼子の銃が弾き飛ばされた。
「邪魔だ!」
涼子は少佐目がけてジャンプした。
剣一郎も飛ぶ。
空中で激突する二人、もつれるように墜落。剣一郎は涼子を組み伏せると、刀の柄でぶん殴った。一発、二発、三発ぶん殴ったところで涼子は気絶した。
UPCの軍属傭兵たちは待ったをかける。
「これくらいでいいだろう。俺たちは正真正銘の軍属だ。これ以上殺し合う気はないぞ」
「まさか広田少尉がスパイとは‥‥バグアのスパイはどこまで入り込んでるんだ」
当の少佐は危機を脱して深呼吸した。
「やれやれだな‥‥情報部が持って来る話は災難続きだ全く。こんなこと、命が幾つあっても足らん。少尉がスパイとは‥‥こちらの情報は筒抜けだったわけだ」
「ですがそれも今回で終わりです」
王零は気絶した強化人間を見下ろして呟いた。
‥‥目を覚ました広田は、荒井少佐の姿を確認し、また傭兵たちに完全に拘束されていることを確認すると吐息を漏らした。
「どうやら私の負けらしいな。お前達の策略にまんまとはまったらしい。やはり罠だったか」
「スパイはあと何人いる」
「二人だ」
少佐の問いに広田はあっさりと答えた。敗北を認めたのだろうか。
「この二人か」
軍服姿に普段はしない化粧もして美しい女性に変身した依神隼瀬(
gb2747)が二人の兵士の写真を見せる。
広田の瞳が見開かれる。
「なぜ‥‥」
「お前が行動する前から、フィルトさんの調査にリアクションのあった連中に当たりをつけていたんだ。基地の中で不自然な行動を取っている連中をな」
ここにはいない伊織、みづほ、フィルトが今も不審者に張り付いている。
「ふふ‥‥そうか‥‥ならばこれ以上話すことはない。あの二人は私より強い」
広田は顔をすっと持ち上げた。
「自害させるな!」
少佐は叫んだ。ホアキンは広田の口に手を突っ込んだが、広田は歯に仕込んだ起爆装置を作動させた。頭蓋に埋め込んだ爆弾が脳を破壊して、広田はがくりと首を垂れた。
「‥‥‥‥」
重苦しい沈黙が流れる。
と、次の瞬間凄まじい地響きが起こって大爆発が基地を吹っ飛ばした。
広田の脳には脳波に反応するマイクロチップが埋め込まれており、広田の死とともにチップの信号が停止すると、基地内に仕掛けられている爆弾が爆発する仕掛けになっていたのだ。
「少佐! こっちへ!」
傭兵たちは少佐を避難させる。
ベースキャンプはそこかしこで爆発が起こって大パニックだ。みなテントから出て、炎から逃れるように走っている。
「強化人間がそっちへ向かっています! 一体は食い止めましたが!」
伊織の声が無線機から鳴り響く。
傭兵たちは少佐を囲みながらベースキャンプの外へ走る。
そこへもう一体の強化人間が飛び込んできた。屈強な男の兵士だ。
「荒井少佐、命はもらった!」
エルはエネルギーガンを叩き込むが、強化人間は空中に飛び上がって少佐に襲い掛かる。
だがスキル全開の王零、剣一郎、ホアキンの攻撃を受けて強化人間はあっという間に粉砕された。さすがに強化人間が強いと言っても限度がある。
‥‥戦闘終結後。
ベースキャンプは大打撃を受けた。広田の道連れとなって基地の機能は多くが破壊された。数多の兵士たちが犠牲になったが、これは傭兵たちの予測の範囲を越えており、防ぎようが無かった。
「苦しい戦いが続くな‥‥」
荒井少佐は半壊したキャンプを見つめて肩を落とした。
「亡くなった者には申し訳ないことをした。私一人のためにこれほどの犠牲を払うことになるとは」
そこへフィルトが訃報を持って瓦礫の中から現れた。中月大尉を抱きかかえている。
「大尉を‥‥守りきれませんでした‥‥」
フィルトはすすまみれの顔に悔しそうな表情を浮かべる。
中月大尉は情報を整理している最中に爆発の直撃を受けたのだという。
「そうか‥‥中月が死んだか」
荒井少佐は吐息して眉間を押さえた。礼を言いたかった。
「残念ですな」
ホアキンの言葉は宙に消えた。
戦いは続く、バグアの陰謀に打ちのめされても、荒井少佐も兵士たちもリベンジを誓うのであった。