●リプレイ本文
みやこ町上空――。
八機のヘルメットワームを操るバグア軍の指揮官西園寺明はレーダーの反応に目を落とした。
凄まじい速さで八機のナイトフォーゲルが突進してくる。援軍の傭兵達だ。
「来たか‥‥ラストホープの戦士たち」
西園寺は冷笑を浮かべる。彼の心は踊るでも沸き立つでもなく、ただ傭兵達の抵抗を受け止めていた。
「人間とは‥‥かくも無駄な抵抗を続けるものよ‥‥私には到底理解できぬことだが」
と、別の機体から通信が――。
「‥‥西園寺、愚かな人形たちを叩き潰してやりましょう。勝てぬと分かって牙を剥くネズミどもに力の違いというものを見せ付けてやるのです」
「そうだ。我らは人間など遠く及ばぬ永劫の存在。滅び行く種族に希望など無いことを思い知らせてやるのだ」
西園寺は冷笑を浮かべたまま答える。
「全く同感だ。同志諸兄、一滴の情けもいらぬ、人間どもを徹底的に打ち砕き、みやこ町の戦いに終止符を打つとしよう」
ヘルメットワームは編隊を組んで静止すると、傭兵達の到着を待った。
「‥‥レーダーに反応」
終夜・無月(
ga3084)は金色の瞳をコンソールに落とす。
「間もなく戦闘空域に入る。皆にいと高き月の恩寵があらんことを‥‥」
無月は機体を傾けると、ヒューイ・焔(
ga8434)とバディを組んで飛ぶ。
「敵は‥‥止まっている? 慣性制御で空中停止しているのかもしれないが‥‥」
髪が腰まで伸びてスタイル抜群の女性に変貌したクリス・フレイシア(
gb2547)はアルジェ(
gb4812)の機体に合わせながら形の良い眉をひそめる。
「慣性飛行出来るHWは面倒な相手だけど、なーに心配いらないわ。こっちだって戦力は揃ってるのよ、調子に乗ってるバグアの指揮官にお灸を据えてやりましょう」
三塚綾南(
gb2633)は萩野樹(
gb4907)のロングボウを横目に不敵な笑みを浮かべる。
「町の人たちのためにも、何としても、勝って帰らないと」
萩野は呟いて前方を見据える。
「西園寺さん、前回の時に、次は、生きて帰れると、思うなと、言っていました。そう簡単に、やられるつもりは、ありません‥‥頑張りますよ」
ルノア・アラバスター(
gb5133)の言葉に僚機のKV戦初搭乗という霞倉彩(
ga8231)は緊張した面持ちで吐息する。
「西園寺ね‥‥ま、どんな相手だろうと、やるしかないけど‥‥」
まっしぐらに加速するナイトフォーゲル――無月は無線でUPCに呼びかける。
「UPC軍へ、こちらデルタ中隊、ラストホープからの援軍だ。待たせて申し訳ない。損傷機は下がってくれ。交替するぞ同僚、後は任せろ」
「‥‥デルタ中隊、了解した、敵は手強い‥‥気をつけろ‥‥!」
交戦していた四機のナイトフォーゲルは戦線を離脱すると、戦場をラストホープからの援軍に任せる。
そこでバグアからの通信が流れ込んできた。
「ラストホープからの増援部隊に告げる。私は西園寺明――諸君らを迎え撃つバグア軍の司令官だ。最初に言っておこう。諸君らの抵抗は無意味だ。いかなる攻撃も岩に砕け散る波となって跳ね返されるだろう。諸君らは己の無力さを知り、儚く散り行く運命にあると知れ」
「挑発に乗るなよ、落ち着いていこう」
無月は仲間達に呼びかける。
「はっ! バグアの指揮官か、少しばかり腕が立つからって人間を舐めんじゃないわよ。儚く散るのはそっちよ、覚悟しないさい」
綾南は西園寺向かって挑戦的な言葉を叩きつける。
「どうあがいたところで無駄なこと。喩えて言うならネズミがゾウに抗うようなもの。貴様らに勝ち目など無い」
西園寺は無線の向こうで笑っていた。
「話したところでお互いの理解が深まるわけでもなし、西園寺、問答は無用だねい、俺たちはあんたを倒すだけだね」
ヒューイは操縦桿を握る手に力を込める。
KVは瞬く間に敵との距離をつめていく。
「初撃、ミサイル発射用意」
クリスの合図でみなミサイルの発射態勢を整えていく。次々とスイッチを立ち上げていくアルジェ。
「ブースト起動‥‥ミサイルマニューバモード、目標HW群フルオープン‥‥あたっく!」
「ミサイル発射!」
「発射」
「行け! 落ちろ怪物マシーン!」
傭兵達は真正面から静止しているHWにミサイルを撃ち込んだ。
散開するHWにミサイル群が急旋回して追尾する。傭兵達も操縦桿を傾ける。
ミサイルが着弾、無数の爆発と火球が空を彩る。
爆炎の中から姿を見せるHW、傭兵達はバディを組んでワームに襲い掛かった。
西園寺の赤い機体に迫る無月とヒューイ。
逃げる西園寺を追いながら無月は機関砲を打ちまくった。機関砲の弾丸が西園寺の機体を直撃し、赤いHWは激しく爆発する。
「今だ!」
そこへヒューイがペイント弾込みのバルカンを西園寺のワームに叩き込む。西園寺の機体が光学迷彩を使用した場合に備えてのことだ。ペイント弾は命中して、赤いワームに目印をつけた。
霞倉とルノアは二機のHWを追撃する。
「‥‥アグレッシブ・フォース‥‥モード、アクティブ‥‥」
霞倉は機体能力を起動させると、HWにライフルを叩き込む。直撃を受けたワームが激しく爆発する。
ルノアはジグザグ飛行で飛び回るワームを追いながらトリガーを引くタイミングを計っていた。
「落ち着いて‥‥狙えば‥‥!」
ルノアはトリガーを引いた。ライフルが火を吹いてワームを撃つ。だがワームは信じ難い軌道で滑る様にローリングしながらルノアの攻撃をよけた。それでもルノアは驚くほどに冷静だった。ワームの背後についたまま距離をつめると、バルカンを叩き込む。バルカンは命中、ワームの機体を揺るがせる。
「やった‥‥!」
ルノアは自分でも驚いたが、敵はもっと驚いたようである。
「やってくれるな。だがいつまでも調子に乗るなよ」
回線から敵方の声が流れ込んでくる。
「バグアが乗っているの?」
強化人間かも知れない、バグアとは限らないが、ルノアは敵が乗っているのを知って、なおのこと攻撃の手を強化した。
クリスの雷電が唸りを上げて加速する。ワームの背後に食らい付いてスナイパーライフル「稲妻」を叩き込む。弾丸が次々とワームを直撃して火の玉となって炸裂する。
「ネズミの分際で我々に刃向かうとは!」
クリスは敵の声を聞いて鼻を鳴らす。
「有人機か‥‥バグアよ、ネズミ扱いするのは結構だ、そんな言葉を聞いたところで痛くも痒くもない。このまま落ちろ」
「そうはいくか! 人間ごときに殴られっぱなしで黙っていると思うか!」
「黙っていて欲しいものだが」
「舐めおって、後悔させてくれるぞ」
ワームは急上昇してクリスの猛追を振り切ろうとする。だがクリスは冷静にワームの背後にぴたりと付いてライフルを叩き込んでいく。
「おのれえ!」
一方クリスのバディであるアルジェは援護射撃に徹していた。ワームの背後についたままライフルで敵を牽制する。
「うじ虫がこざかしい!」
敵機のパイロットは苛立たしげにアルジェに言葉をぶつけてくる。
「お前達の攻撃など幾らもらったところで‥‥ちっ! 何だとこの俺様の機体が!」
バグア軍のパイロットは歯噛みする。アルジェの攻撃は牽制程度だが、ずっと背後を取られて攻撃を受けたため、装甲の一部が吹っ飛んだのだ。
アルジェは爆発する敵の機体に遠慮することなく攻撃を叩き込む。このまま落ちてくれれば儲けものだが。
きりもみ旋回しながらワームを追う綾南。凄まじいGが掛かる中、ミサイルを叩き込む。
萩野も機体を傾けながらミサイルを発射する。機体能力を使って威力を増加。ホーミングミサイルがワームを追尾して命中、爆発と炎が巻き起こる。
「口だけは達者なようだけど、手ごたえが無さ過ぎね! バグア、これでおしまいだって言うの?」
綾南の言葉に敵が応える。
「我々に抵抗する愚か者どもよ、これからだ本番だ! 我らの力を思い知らせてくれるわ!」
ワームが急旋回して綾南の側面に回りこもうとするが、綾南は巧みな機動でそれを許さない。
「その程度で私に勝てるつもりなの? まだまだ訓練が足りないようね!」
言ってレーザー砲を叩き込む。
「何だと! この私がKVごときを振り切れない! 馬鹿な!」
萩野は最後のミサイル誘導システムを起動させて全弾発射する。命中するホーミングミサイルに爆発炎上するワーム。
「ば、馬鹿なあ!」
「この町の、人の痛み、思い知れ、バグア」
「ふざけるな! 人間ごときが我々に敵うと思っているのか! お前達に希望など無い! お前達はどの道滅び行く運命にあるのだ! ここで抵抗したところで、そんなものは無駄なあがきに過ぎん!」
「言いたいことは、それだけか」
萩野はバグア軍の挑発的な言葉にも冷静だった。敵を射程に捕らえると、ミサイルポッドにバルカンを叩き込む。逃げるワームに攻撃が炸裂し、炎が敵機を包み込む。
「ち、畜生!」
うめき声をあげるバグアに、萩野は攻撃の手を緩めない。
「意外に楽しませてくれるな‥‥ラストホープの傭兵諸君は‥‥」
傭兵達の意外なまでの攻勢に、狼狽してピンチに陥っているバグア機がほとんど、そんな中、西園寺だけは戦況を確認しながら尊大な笑みを浮かべていた。
そこへヒューイがブーストで突進してソードウイングで切り付けて来る。
西園寺‥‥こいつ本当は遊んでいるのではないか? ヒューイはそんな錯覚に捕らわれた。敵ワーム機にいつもの切れがない。しばしば傭兵達を圧倒してきたHWがここまで一方的に追い込まれるのも珍しい。
「おい、もしかして何かの罠じゃないだろうな‥‥」
ヒューイは本気でそう思ってしまった。敵の反撃もほとんどこちらが封じている。まさに傭兵達が押しまくっているといって良い。
無月のミカガミから帯電粒子加速砲が発射される。粒子の閃光が赤いヘルメットワームを打ち抜き、爆発が起こる。
「油断するな。最後まで手を緩めず一気に勝負を決めよう。バグアに問答は無用だ、勝てる時は勝ってしまおう」
無月はヒューイとともに西園寺の赤い機体を追い詰めていく。
二人は逃げる西園寺にひたすら攻撃をぶつけた。ダメージは確実にあるはずだ。
何度も何度も爆発する赤いヘルメットワーム。
「‥‥さて、どうやらこの辺りが潮時らしい。何事にも区切りと言うものがあるように、この戦いにも結末はある。結果としては上々だ。君たちとはこれから幾度も矛を交える必要があるだろう。それはある意味必然とでも言うべきものだ」
「‥‥何を言ってるんだお前は?」
ヒューイは西園寺の言葉に全く困惑した。
「この戦いが我々にとって有益である限り、戦いは続く、それがどのような戦いであるにせよ」
「お前達の思惑は知れているぞ。泳がせて人間の限界を試そうと言うのだろうが‥‥。だが、俺たちはバグアの生贄になるつもりはない」
無月は敢然と西園寺に言葉を叩きつけた。
「‥‥‥‥」
答えは無い。代わりに、西園寺はこれまでの逃走劇が嘘のように超速旋回すると、プロトン砲を叩き込んできた。
「何‥‥! 速い!」
西園寺以外のHWも同様である。一転して超機動で傭兵達の側面や背後を取ると、プロトン砲を雨あられと打ち込んできた。
「一転して猛反撃‥‥! これが本気モードなの?」
傭兵達も全力で応戦するが――HWは適当に反撃を加えると、そこそこにみやこ町から撤退を開始する。
「良い戦いであったわ。君たちの献身的な抵抗ほど楽しいことはない。生きて帰れることを幸運だと思うのだな。次回はどうかな」
西園寺たちはそう言い残して、みやこ町から引き上げて行ったのである。
「ふざけた野郎だ、奴の正体はバグアか?」
「だとしても不思議は無いわね。あの口ぶり‥‥」
「これは‥‥私たち勝ったと言えるのでしょうか?」
「心情としては遊ばれたって感じだな‥‥悔しいところだが」
「最初から、本気で来なかったのは‥‥西園寺の狙いでしょうか?」
「そんなこと分からないけど‥‥バグアの心情を理解しろと言うのが無理からぬことではある」
「後味悪いなあ‥‥この借りはいつか返したいね」
「全くです」
かくして、西園寺との戦いはまた一つ傭兵達に借りを残した。
いつの日か、西園寺を倒せる日は‥‥来るのだろうか。
傭兵達はそれぞれの胸に思いをしまい込んで、ラストホープへの帰路に着いた。