タイトル:落日のジャッカルマスター:柳高 ぱんな

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2008/11/11 17:57

●オープニング本文


 北アメリカ、カンザス州の小さな町にて。
「『MX9』、通称『ジャッカル』。軽戦車だ。米軍にそんな型番の戦車はないって? そうさ、こいつは試作段階で捨てられたできそこないだ。もうどこにも存在しない。俺は試験戦車兵としてそいつに乗ってたんだ。ジャッカルは俺の最高のパートナーだった。そして、最後のパートナーだった」
 中年の戦車兵はそこで煙草に火をつけた。
 夕闇の中、煙草の光がうっすらと戦車兵の手元を照らす。ゴツゴツとした、戦う男の手だった。
「しかし俺たちは認められなかった。時代が悪かったんだよな、軽戦車より装甲車が必要とされていたのさ。さらに一人乗りのジャッカルの操縦には熟練した戦車兵でも難しいものがあった、らしい。らしいってのは俺がそう感じたことは一度もなかったからだ。一つの戦車に一つの頭、無駄な指揮系統を省いたスマートな考えだと俺は思っていたさ」
 ジッ、と音を立てて戦車兵は煙草を消した。
 煙草の紙箱を中指でピシリと叩き、新しい煙草をくわえながらその男は話を続けた。
「そこに『バグア』とかいう宇宙人だか化け物だかが現れて、米軍どころの話じゃねえ。地球が危ないって話だ。末端の俺たちは詳しいことはほとんどわからない。ただ俺にわかったのは、もう『ジャッカル』と俺が日の目を見ることはないってことだけだ」
 戦車兵は目を細めた。煙草の紫煙が目にしみただけではない。
 しばしの沈黙が辺りを覆う。
「この辺りの草原でジャッカルになりすましたキメラが目撃されている。ああ、軽戦車のジャッカルじゃねえさ。‥‥俺のパーソナルエンブレム、『銀のジャッカル』だ。なぜか夕刻、辺りが赤く染まる頃にしか現れないらしいがな」
 パチンとマッチを擦ると、一瞬大きな炎が戦車兵の顔を照らし出した。日に焼けた、戦士の顔。
「殺してくれ、俺とジャッカルをつないでいた『銀のジャッカル』を」
 男は連絡先を記した紙を傭兵たちに渡すと、煙草の箱をぐしゃりと握りつぶした。

●参加者一覧

セシリア・D・篠畑(ga0475
20歳・♀・ER
御山・アキラ(ga0532
18歳・♀・PN
シャロン・エイヴァリー(ga1843
23歳・♀・AA
ゴールドラッシュ(ga3170
27歳・♀・AA
シン・ブラウ・シュッツ(gb2155
23歳・♂・ER
ディッツァー・ライ(gb2224
28歳・♂・AA
原田 憲太(gb3450
16歳・♂・DF
北条・港(gb3624
22歳・♀・PN

●リプレイ本文

●接触
「あなたが‥‥依頼主の‥‥」
 ぽつりぽつりと無感情な言葉をつむぐ肌の白い少女は、セシリア・ディールス(ga0475)。可憐な姿からは彼女が傭兵だとは誰も思わないだろう。
「ああ、ジャック・ニールセンだ」
 指定されたカフェバーにいたのは、四十にさしかかろうかという男だった。短くカットされた黒髪と日に焼けた肌、鋭い眼光。男は、言われなくとも軍人であろう空気をまとっていた。
「情報を‥‥ください‥‥」
 セシリアは必要最低限の言葉しか口にしない。
「そうね、具体的な大きさとか、最後に目撃された場所とかを教えてもらえるかしら」
 セシリアの言葉を補うように話すのはシャロン・エイヴァリー(ga1843)。誰もが振り向く金髪の美女だ。
「この町から東に進んだところに見晴らしのいい荒野がある。『奴』はそこに出る。まるで自分の姿を見せ付けるようにな。ついこの前、興味本位で見に行ったガキ共が襲われたそうだ。なんでも見つかった車は横転してひどい有様だったらしい。ジャッカルとは実際中型犬程度の大きさしかないが、こいつはそれより一回りほどでかい。ドーベルマンあたりを想像してくれ。何、心配しなくてもあんたらが行けばあっちから顔を出すさ」
 ヘン、と鼻で笑い、ジャックはコーヒーをすすった。
「天気だけど、雨なら夕焼けにはならないから晴れの日しか出ないってこと?」
 ゴールドラッシュ(ga3170)がさらに尋ねる。外見こそ修道女のようだが、崇めているものは神ではなく金である。
「そいつは俺も考えなかったな、なぜ夕方にしか出てこないのかってのは、昼に寝てるか、さもなきゃ見せ付けたいんだろうよ、夕日の血のような赤に染まる銀色の毛をな。心配しなくても今日は夜まで晴れだぜ。ノープロブレム」
 今日中にやってくれるんだろうな、という含みも持たせてジャックが答えた。
「チェリーパイでも食いながら待ちな、この店のはここらでも最高だぜ」
 ジャックはいくらかの金をテーブルに置くと、一人店から出て行った。

●チェリーパイ
「探さなくても向こうから来るってことは、ここできちんと作戦を練っておくべきだね」
 小麦色の肌に、引き締まった体つきの女性は北条・港(gb3624)。
「軍人の誇りを穢したキメラ、許せませんね」
 眼鏡をずり上げながら言う少年は原田 憲太(gb3450)。戦車などの詳しいことはわからなくても、それがジャックという男にとって大切なものであったことはわかる。
「僕も愛機には思い入れがありますからね‥‥彼の気持ち、少しだけわかりますよ」
 ポツリとつぶやくように言うのはシン・ブラウ・シュッツ(gb2155)。穏やかな雰囲気の青年だ。
「しかし、相手にとって不足はないな」
 熱血漢の風貌を持つ赤毛の男はディッツァー・ライ(gb2224)、シンの親友である。
「カンザスって『オズの魔法使い』の主人公が住んでたところなのよね。ところでゴールド、一匹だから手ごろな相手だと思ってたりしない?」
「はは、まさか。まぁ、群れを倒せっていうのよりは楽かなーと‥‥」
 シャロンの言葉に軽く頭を掻くゴールドラッシュ。サクッと倒してお宝ゲットが真情の彼女なら考えていても不思議ではない。もちろんそれは彼女の実力があるからこそのことだ。
「で、陣形だが、事前の打ち合わせ通り円形で迎え撃つということでいいな?」
 褐色の肌と黒髪が美しい女性、御山・アキラ(ga0532)。彼女の言葉に皆がうなずく。
「前衛が外側‥‥後衛は内側‥‥」
「そうですね、スナイパーの僕とサイエンティストのセシリア君は内側にいたほうがいいでしょう」
 セシリアの言葉に続き、シンが詳しく付け足す。
「ファイター4人でキメラを囲めば、逃げられることもないですね」
 装備の小太刀を確かめながら、憲太が言う。
「ね、チェリーパイ、食べましょ!」
 張り詰めた空気をシャロンの明るい言葉が解きほぐした。こういうときの彼女の笑顔はまるで荒野に咲く一輪の花だ。
「あのオッサンが言うくらいだから本当においしいんだよ。マスター、チェリーパイ! このお金で食べられるだけ持ってきて!」
 ジャックが置いていった紙幣を掲げてゴールドラッシュが声を上げると、小さなカフェバーに笑い声が響いた。

●銀色のジャッカル
「夕刻、辺りが赤く染まる頃にだけ現れるキメラ‥‥不思議、です‥‥」
 セシリアの感情のない喋り方は、まるで人形のようだ。しかし普段からめったに口を開かない彼女が『不思議』という言葉を口にするほど、このキメラの出現条件は不思議なものだった。
「ディールスとシュッツは内側へ。前衛は私たちに任せろ」
 アキラは双眼鏡を片手に、銀色のキメラを探した。もうすぐ地平線を掠める太陽が辺りを赤く染める頃だ。依頼人が何者であれ、関係ない。私はキメラを倒す、それだけだ。
「これは‥‥ラスト・ホープじゃ、ちょっと見られない景色ね」
 眼前に広がる荒野を目にして、シャロンがつとめて明るい口調で話す。緊張を解きほぐそうと‥‥それは、彼女自身も緊張しているからだ。
「綺麗ね‥‥」
「これでキメラさえいなければね、ここでピクニックしたっていいんだけど」
 シャロンの友人、ゴールドラッシュもシャロンの意を汲んでいつものサバサバとした口調で答える。
「洛陽を反射する銀の毛色は美しく幻想的な光景なのでしょうが‥‥見惚れて呆ける程暇ではなさそうですね。気づいたらその赤は自分から流れ出た返り血でした、なんてことにならないように注意しましょうか」
「シン、怖ええこと言うなよな! ここは開けた場所だ、お前の射撃の腕の見せ所だぜ。壁役は俺がやってやる、バンバン撃っちまえ」
 シンのやや恐ろしげな言葉を友人のディッツァーが斬り返す。
「キメラを倒し銀のジャッカルを取り戻して見せますよ」
 憲太は二本の小太刀、『花鳥風月』を構えてキメラの気配を探る。戦闘の経験はまだ浅いが、自分にもできるはずだ。少なくとも足を引っ張るようなへまはしない。
「そうだね、彼の誇りを取り戻して、一緒にチェリーパイを食べようよ!」
 槍を手にした港は、皆を、自分を勇気付けるように力強く言った。彼女もまた踏んだ場数は少ないが、それなりに己の身の振り方はわきまえている。自分が出来ることをすればいい。あとは、勇気。

 辺りはすっかり夕日の赤に染まった。そして、ディッツァーの鋭い目が何かを捕らえた。
「‥‥ん? 何か光った‥‥見つけた! マジで銀色してやがるぜッ!!」
「来たわね‥‥ゴールド、ディッツァー、憲太、抑えるわよ」
(「牙は剣で、爪は盾で、体当たりには‥‥押し負けない!」)
 シャロンがイアリスを握る手に力をこめる。
 銀色のジャッカルはその毛に夕日の赤を光らせ、挑発するような足取りでこちらに向かってくる。
 じりじりと距離がつまる。ジャッカルが獲物に飛びかかろうと足に力を入れる瞬間を、歴戦の戦士であるアキラは見逃さなかった。
 マシンガンの銃声を合図に、得物を手にしたファイターたちが飛び掛る。
「真正面から受けて立つ! 掛かって来いッ!」
 先手必勝、ディッツァーが蛍火と壱式の二刀流でぐんとジャッカルとの間合いをつめた。
「後の先、取った! 小手ぇぇッ!」
 蛍火で繰り出す流し切り。しかし、ジャッカルは四足獣ならではの体さばきでターンし、逆にディッツァーに襲い掛かる。
「ディッツ!」
 間一髪、シンの拳銃が吐き出した銃弾がジャッカルを掠め、攻撃の軌道を変えた。
「助かったぜ」
「動きはこちらで制限する。強力な一撃を決めてくれ」
 拳銃でジャッカルの動きを牽制するシン。さらにアキラがサブマシンガンでその動きを制限する。その間、練成弱体をかけるべく機を計るセシリア。
 シャロンはイアリスを構え、ジャッカルの懐に飛び込む。体当たりがシャロンを襲う‥‥!
 瞬間、ゴールドラッシュの放つソニックブームがジャッカルを捕らえた。銀色の体に血しぶきが舞う。
「悪いわね。アンタを倒さないと色々とふっきれないオッサンがいるのよっ!」
 ゴールドラッシュはこの瞬間を狙っていた。仲間が攻撃されるほんのわずかな隙。シャロンとの見事な連携攻撃だった。
 その瞬間は憲太も見逃してはいなかった。死角から接近していた彼は、流し切りにより一撃をくわえた。
「返して貰うぜ、彼の誇りと銀のジャッカルをっ!」
 ジャッカルに劣らぬ金の鋭い眼光が、彼の覚醒の証だ。
 ジャッカルは体勢を立て直し、素早く距離をとるとグルル、と獣の唸り声を出した。
「来る‥‥」
 セシリアのつぶやきから間を置かず、ジャッカルが駆け出した。一気に円陣を突き破り、セシリアたち後衛に向かって地を駆ける。
 重い銃声が響く。
「後衛の懐が弱点だと思ったか? 残念だったな‥‥前に出た方が強い後衛もいることを知れ!」
 シンの二連射がジャッカルを捕らえ、血肉と銀の体毛が宙に舞った。
 アキラはサブマシンガンからファングに武器を持ち替え、素早く足を狙う。弾丸を受けたことで不意を突かれた形になったジャッカルの足にファングが食い込んだ。
 これでジャッカルの素早さも落ちるはず、が、しかし。血を撒き散らしながらもその動きは止まらない。
 懐にもぐりこんだディッツァーに、ジャッカルが牙を付きたてた。
「ぐっ! こんなもんで‥‥俺を止められると思うなよッ!」
 腕に食いつかれながらも、ディッツァーは不屈の精神力で耐える。不意にジャッカルの体が揺らぎ、ディッツァーの腕から口を離した。牙から血を滴らせて。
「あたしのことも忘れないでよ」
 港の急所を狙った一撃がジャッカルの体を貫いていた。
 この間にセシリアがディッツァーに練成治療を施す。さらに練成弱体でジャッカルを弱らせる。
 かなりのダメージを受けたはずのキメラだが、体毛を紅に染めてなお動きを止めようとしない。
 ゴールドラッシュとシャロンが足を狙って流し切りを繰り出すが、キメラは咆哮を上げなおも反撃しようとする。
「タフさまで戦車並み‥‥? ‥‥いい加減、勝負時ね‥‥!」
 シャロンは紅蓮衝撃で覚醒状態を一気に引き上げる。そして一撃をキメラの体に叩き込む。耳を劈く獣の声を上げるジャッカル。
「さて、偽者騒動はここらで幕にしようぜ。――面ッ!」
 ディッツァーの刀がジャッカルの頭部を割った。
 ジャッカルはしばらく痙攣すると、舌をだらんと垂らしてそのまま動かなくなった。
「確かに、もう生きていないわね」
 シャロンが警戒するが、ジャッカル――キメラはピクリとも動かない。
「‥‥これで、あの人も少しは気が楽になっただろうぜ。」
 ディッツァーがポツリとつぶやいた。あの人の過去は、これで吹っ切れただろうか。誇りは取り戻せただろうか。これからは前を向いて、歩いていってほしい。
 荒野に闇が差し掛かっていた。

●夜
「やっぱおいしいわ、ここのチェリーパイ」
 ゴールドラッシュがパイを口いっぱいにほおばりながら言った。
「甘いものを食べると疲れが取れるね。でもいいのかな? マスターのおごりだなんて」
 紅茶を片手に港が言う。彼女の言うとおり、なぜかマスターが『腹いっぱいチェリーパイ食っていけ』と言ったのでお言葉に甘えているのだ。
「タダよりおいしいものはないわよ」
「タダじゃなくても、おいしいです」
 ゴールドラッシュのジョークに笑いながら憲太もチェリーパイを口にする。
「ねえ、ディッツァーは?」
 港がシンに訊く。
「ちょっと一人になりたいそうです。今頃ジャックさんの過去に思いをはせているのかもしれませんね」
「そっかぁ‥‥アキラはどこに行ったんだろう」
「彼女は‥‥僕にもわかりませんが、少し出かけてくるとだけ」
「案外、感傷的になってるんじゃない?」
 雰囲気をほぐそうと、ゴールドラッシュが茶化す。
「まあ、今回の依頼は背景に人の感情が染み込んでいましたからね」
 穏やかに憲太が言う。穏やかながら、ゴールドラッシュの手元に残っていたパイにフォークを刺す。
「ちょっとぉ!あたしのパイ!」
 カフェバーに笑いが響く。皆が初めてここでチェリーパイを食べたときのように。

●ジャック
 5人がカフェバーでチェリーパイを食べている頃、セシリアとシャロンは依頼人ジャック・ニールセンのアパートへ事後報告に来ていた。
「倒しました‥‥戦車でも、エンブレムでもなく『キメラ』の『銀のジャッカル』を‥‥」
 セシリアは伝えるべきことだけを伝えた。
「そうか、よくやってくれた。報奨金はULT本部のほうに送金してある」
 男も必要なことだけを返した。
「ジャック、これ」
 シャロンがジャックに何かを突き出す。それは銀のジャッカルの刺繍が施されたワッペンだった。
 ジャックは目を見開いた。
「もし、まだ『銀のジャッカル』の牙と爪が折れていないのなら、恐怖でなく、誰かの希望になる『銀のジャッカル』の復活を願うわ」
 シャロンの言葉を聞きながら、ジャックはワッペンを大事そうに手でなぞる。
「希望‥‥か」
 再び顔をあげた彼は、泣いているように見えた。
「アキラ‥‥私たちと依頼を共にした傭兵が言っていたわ。『いずれ能力者とKVも時代に取り残されるか‥‥バグアが全て潰えた後なら、それも良い』ってね。私たちだって、いつか時代に取り残される日が来る。その日が来なくちゃ困るわ。傭兵も軍人も、そういうものじゃないかしら」
 シャロンは微笑むと、朝露のような涙を一粒こぼした。熱いものがこみ上げてくるのを、押さえられない。
「あんたみたいな美女を泣かすのは、好みじゃねえな」
 ジャックは立ち上がると、シャロンの肩をポン、と叩いて部屋から出て行った。
「彼はもう、大丈夫です‥‥新しい牙を‥‥」
「手に入れたみたいね」
 そっと涙をぬぐうシャロン。人形のようなセシリアは、内に何を感じていたのかはわからない。少なくとも表面的には。

●ジャッカルは夜に微笑んで
 依頼を達成した8人がラスト・ホープに帰った頃、例のカフェバーにジャック・ニールセンが姿を現した。
「なんでい、ジャック。ツケならもうきかねぇぞ」
「ヘン、朗報だぜオヤジ。俺ぁ今日からここで働いてやるよ」
「はぁ?」
「ツケは給料から天引きしてくれよ」
 言うが早いか、ジャックはマスターの手元にあったグラスを取り上げて磨き始めた。マスターは肩をすくめて見せるが、ジャックを止める理由も雇わない理由もなかった。
「あいつら、またチェリーパイ食いに来るかな」
「そんときゃお前が焼いてやれ、秘伝のレシピを教えてやるぜ」
 くたびれた男が二人、バーのカウンターでグラスを磨きながら笑い合った。