●リプレイ本文
「ここがキメラが出たという温泉ね‥‥女性型キメラなんて許せないわ、女性は愛でるものよ! 騎士道精神を逆手に取るなんて、卑怯極まりない!」
ぐぐっと拳を震わせながらそう言うのは、桐生院・桜花(
gb0837)。女性を愛する、女性である。
「退治し終わったら温泉でゆっくりしようっと」
キメラを見る前から温泉のことを考えているのは桜塚杜 菊花(
ga8970)。黒髪の美しい美女である。
「くつろぎの場所、温泉にキメラとは許せないニャ」
語尾が特徴的な少女はアヤカ(
ga4624)。隣でなぜかセーラー服に身を包んでいる少女は三島玲奈(
ga3848)である。これは別に普段着ではないことを説明しておこう。
ああ眠たい、とばかりにあくびをかみ殺している少年は時音 独楽(
gb3397)。美女キメラか、美しさを張り合ってみてもいいんだけどねー、眠い。
「ま、せっかくですから温泉を楽しませてもらいましょう」
「そういうわけでさっさと倒しちまうか、美女だろうがキメラだしな」
丁寧な口調の青年は鋼 蒼志(
ga0165)。手には巨大な槍を持っている。反対に乱暴な口調な口調の青年は神無月 翡翠(
ga0238)。こちらは銃を携帯している。
「どんだけ綺麗なもんか、見てみたろやないか。」
一瞬少女と見間違えるような少年は鳳(
gb3210)。
彼らが今回老舗旅館に現れたというキメラを倒すべく集まった傭兵たちである。
●囮作戦
「さて、作戦開始といきますか」
「了解」
そう言うなり服を脱ぎ始める蒼志と独楽。別に温泉で一息、などというわけではない。一般客を装い、キメラをおびき出そうという作戦だ。二人はそれぞれ水着と浴衣に着替え、混浴露天風呂へと進む。
露天風呂は事前に調査したが、かなり広い。周りは林に囲まれ、外と風呂場を隔てる柵はない。つまりキメラはこの林からやってくるのだろう、というのが彼らの考えだ。たしかにそこ以外侵入できる場所は考えられない。
女子脱衣所からはアヤカがかわいらしいビキニ姿で風呂場に現れた。手には大きめのタオル。実はこの中に武器である爪が隠されている。
「男子の視線が突き刺さるニャ」
「眼鏡がないので見えません、非常に残念ではありますが」
蒼志の切り返しにアヤカはニャハハと笑うと湯船に浸かった。
「あー、気持ちいいニャー」
爪を包んだタオルをすぐに手の届く岩場に置き、アヤカは大きく背伸びをした。
やや離れたところに男性陣。こちらは若干のアクセサリーは装備してあるものの、ほぼ武装解除状態と言って差し支えない。武器は脱衣所のメンバーに持ってきてもらう手はずになっている。
「実に気持ちよさそう!」
アンチマテリアルライフルの脚を立て、脱衣所から風呂場を覗いているのは玲奈。決して覗きではない。何かあればここから援護射撃をする算段だ。
「しかし女性型キメラってどれほどの美貌なのかねぇ、男性陣、誘惑されないかしら?」
浴衣姿で待機する菊花。その手には自身の武器『スコーピオン』のほか、蒼志のドリルスピアも握られている。
男子脱衣所では鳳が事前に確認したことを思い返していた。林は平地、広さはかなりある。逃げられては厄介だ。
合図はキメラが正体を現すまでは目配せ程度。気づかれてはまずい。
「美女型のキメラねえ、しかも風呂入ってきて襲われると‥‥キメラじゃなきゃうらやましい状況なんだがな、まったくめんどくさい」
はー、とため息混じりにつぶやく翡翠。
●美女現る
「早く来てくれないと、のぼせるなぁ」
頭にタオルを乗せながら独楽がつぶやく。
「ゆでだこになるニャ」
「あなたの場合はゆで猫ですね」
アヤカにすかさずつっこむ蒼志。そこは私の担当です、と歯がゆく見守る玲奈。
ふと、風呂場の空気が変わる。人ならず者、すなわちキメラの気配。
ちゃぽん、と音がしたかと思うと、いつの間にか湯船に妖艶な美女が3人浸かっていた。
(「こいつらだ」)
独楽がさりげなく蒼志に目配せする。蒼志は多少緊張しながらも、照れを装い3人の美女に近づく。付かず離れず、安全を確保できると思われる距離で話しかける。
「えっと‥‥ここには女性だけでいらしたんですか?」
話しかけられた美女キメラは、蒼志のほうに顔を向けると妖しい目でじっと彼の目を見つめた。その目に特殊な能力があったわけではないが、何も知らない常人であれば魅了されてしまうに違いないような力を持っていた。
「うふふ‥‥」
美女は妖しく笑う。
蒼志の頬を嫌な汗が伝う。苦手だ。
「あいつらでファイナルアンサーか?」
「もう少し様子を見ましょう」
ライフルを構える玲奈に、桜花が答えた。
「もしかして魅了されちゃってるんじゃないのか?」
スコープを覗きながらじわじわと体を動かす玲奈。
「ベッピンやゆーから、どないな女やろうと思っていたけど、俺のおかんのほうが綺麗やわ」
男子脱衣所のほうでは鳳がフンと鼻を鳴らしていた。
「ふふふ‥‥」
美女キメラは妖しい笑みを浮かべながら蒼志に近づく。蒼志は悟られないよう間合いを保つ。
心の中でさりげなくキメラと自身の美しさを比べてみる独楽。やはりキメラなど作り物の美しさだ、と結論が出た。
キメラの白い手がスッと蒼志に向けられる。届きそうで届かない距離。その距離が――
「キィィィ!!」
耳を劈く獣の声と共に一気に縮まった。
蒼志が息を飲んだ瞬間とほぼ同時に銃声が風呂場に響いた。
「痴女は死刑じゃ!」
玲奈のツッコミもとい、アンチマテリアルライフルの弾丸がキメラの頭を吹き飛ばしていた。
翡翠、菊花、桜花、鳳の4人が脱衣所から飛び出す。
桜花はキメラを逃がさぬよう林へ、あらかじめ調べておいた最短経路で駆ける。
菊花は湯船から飛び出した蒼志に装備を渡し、自分もスコーピオンを構えた。
独楽は鳳から風天の槍を受け取る。
その間の隙を埋めるのがアヤカの爪。司令塔である頭を失ったキメラにとどめを刺し、残り2体のキメラに二段撃をくわえる。
素早く動くアヤカの間を縫って玲奈の銃弾がキメラを襲う。1体はアヤカの爪に腕を一本持っていかれ、鮮血で湯を染めた。
翡翠は練成強化で鳳のファングの威力を引き上げ、鳳はそのファングでキメラに一撃を加える。
槍を手にした独楽もキメラに向かう。が、湯に足を取られた隙にキメラに腕をつかまれてしまった。
「うわッ!」
「ゆっくりする為にもさくっと終わらせようか!」
蒼志のドリルスピアがキメラの腕をなぎ払ったが、それは千切れてもなお独楽の腕を掴んでいた。
「気持ち悪ッ!」
独楽は腕を引き剥がし、体から離れてもなおうごめく腕を槍で突き刺し、林に投げ捨てた。
「さて、踊り狂ってもらうわよ!」
菊花は後方からスコーピオンでキメラの足元を狙い撃つ。濡れた浴衣から透ける、ビキニを着た姿態は美女キメラよりも艶かしい。が、今はそれに見とれる暇もない。
「温泉を血で汚すのは気が引けるけどね‥‥ッ!」
桜花が林から飛び出し、キメラの死角から流し切りを繰り出した。ベルセルクがキメラの体を引き裂く。
その間に玲奈が武器をシエルクラインに持ち替え、浴場に飛び込んでくる――
「どうも! 漫才刺客ヒットマン‥‥ぅわっ!」
石鹸を踏み、スッパーンと転ぶ玲奈。
「この螺旋の鋼槍で―――穿ち貫く!」
蒼志の放つ流し切りがキメラの頭を捕らえ、なぎ払った。頚骨が折れ、頭ががっくりと垂れ下がったキメラにアヤカが二段撃を加え、体を真っ二つに引き裂く。
残り1体、片腕を失ったキメラに菊花がありったけの銃弾を叩き込み、桜花がとどめを刺す。
「わ、私の作戦が‥‥」
天を仰いでひっくり返っている玲奈に、翡翠が黙って練成治療を施した。
●片付けも傭兵の仕事
囮作戦は見事に成功し、戦いの場数を踏んだ者も多かったチームにとって女性型キメラはさほどの強敵ではなかった。
しかし、温泉の庭石は銃弾で破壊され、湯も血に染まり、戦いの跡がしっかりと残されてしまった。浴場の汚れなどを気にしていられる戦闘ではなかったので仕方がないにしても‥‥
「やっぱり、後片付けまでしてこその傭兵でしょ」
独楽の言葉に蒼志もうなずく。
「そうですね、せっかくの絶景、綺麗にしてから楽しみたいものだ」
女将は旅館の従業員で片付けるから休んでいてほしいと願い出たのだが、8人はそれぞれ自分たちにできそうな修繕や掃除をすることを譲らなかった。飛ぶ鳥跡を濁さず、これは傭兵のプライドでもある。
「じゃ、男性陣は修繕とか力仕事を頼むよ!」
なぜかバニーガール姿の玲奈が人差し指をピシリと立てて言った。なぜ彼女がこんなサービス全開の格好をしているのかというと、先の戦闘で服が濡れてしまったからである。すっころんで。そしてバッグに入っていた着替えがバニーガールであった。なぜか。
「この庭石は、新しいものを持ってきてもらったほうがいいだろうな」
翡翠は銃弾の跡が生々しい庭石を林のほうに移動させる。鳳は壊れた桶や風呂場の備品などをビニール袋に入れ、片付けた。
「あれ? ここへこんでない? 誰かさんが思いっきり頭をぶつけたから‥‥」
独楽が指差したのは、玲奈が転んで頭をぶつけた床石だ。
「誰が石頭やねん!」
玲奈にビシッと突っ込みを入れられ、思わずよろめく独楽。手加減してよね、と苦笑いする。
「騒いでないで、早く掃除しちゃいましょ」
菊花は手早く湯船の湯を抜き、デッキブラシでごしごしとこすっていた。確かにキメラの血で汚れた風呂は早く綺麗にしてしまいたい。
「温泉を汚すなんて、ほんと最低なキメラよね。美女に化けたっていうだけでも許せないのに」
桜花もせっせとキメラの跡を消していく。実はさっさと綺麗にしてかわいい女性陣の肢体にうっとりしたいというのはナイショである。
アヤカと玲奈も床をつるつるすべりながらブラシをかけた。
●ほっこり、露天風呂
「は〜、疲れが取れるね〜」
ビキニ姿になり、黒髪を持ち上げた菊花が綺麗になった湯船に浸かった。思わず見とれてしまう、大人の美しさだ。その姿にうっとりしているのは桜花。
「日本酒持ってきたニャ!」
「ふぃ〜、温泉で飲む酒は格別だねぇ」
菊花と杯を並べるアヤカ。少女のように見えてちゃんと成人しているらしい。
「お酒が飲めないお子様には、りんごジュースとフルーツ牛乳があるよ!」
「お子様ではありませんがお酒は苦手なのでいただきます」
玲奈からりんごジュースを受け取る蒼志。
「あ〜、疲れた後に温泉は最高だな。月も出て良い感じだが‥‥や〜な事思い出しそうだな」
ひとりごちる翡翠。過去に何かあったのだろうが、追求する者はいない。
「紅葉がきれーやな、忘年会の季節には雪見風呂になるんかなぁ」
「雪見風呂もいいねー」
鳳と独楽はそれぞれフルーツ牛乳を飲みながら外の景色に酔いしれていた。
「普段はこんなサービスしないんだからね!」
玲奈はりんごジュースをぐいぐい飲みながら、浴槽のふちに座って火照った頬を秋風で冷やしていた。
こうして戦いのつかの間、彼らは温泉旅館で疲れを癒した。
また、雪の降る頃にもう一度こんな風に安らぎたいと思いながら‥‥。