●リプレイ本文
競合地域、ロサンゼルス。ここで戦うUPC北中央軍の兵士達をねぎらうため、『歌姫』と呼ばれている歌手のシルヴィ・ラナとその護衛の任務についた傭兵たちが集まった。
「シルヴィ・ラナです、今日はよろしくお願いします」
傭兵8人に向かってぺこりと頭を下げる、シルヴィ・ラナは肩の高さで切りそろえられた銀髪に、白を基調とした清楚なワンピースを身にまとった少女だ。どうやら傭兵と呼ばれる職業の人間と会うのは今回がはじめてらしく、やや緊張しているようだ。
「慰問コンサートだなんて、感心するわ。きっとみんな喜んでくれるわね」
シルヴィの行動に感心して任務に就いたシャロン・エイヴァリー(
ga1843)は、腰まであるストレートの金髪が美しい女性である。
(「ふむ、彼女が例の歌姫か、意外と素朴な感じだな」)
今回の任務ではじめてシルヴィの存在を知った綾野 断真(
ga6621)は、着飾らない彼女を見てそう思った。『歌姫』などといわれているからにはもう少し存在感のある女性を想像したのだが。
「よろしくな、歌姫さん」
煉威(
ga7589)が明るい笑顔をシルヴィに向ける。
「よろしく‥‥」
言葉少なに挨拶をする絶斗(
ga9337)は、嫌でも両腕の義手に目が行く傭兵である。
(「この子が噂のシルヴィ・ラナか、素朴な感じがいいねぇ」)
細身の体に十字架を模した大剣を持っているのはサルファ(
ga9419)。
「あたしはフィオナ、よろしくね!」
小麦色の肌の元気な少女はフィオナ・シュトリエ(
gb0790)。その横で楽譜を眺めているのはヴァン・ソード(
gb2542)。戦闘も音楽もまかせろ、といった風だ。
(「ただでコンサートが見れちゃうなんて、ラッキーだよね」)
なんてことを考えている銀髪の少女はリリィ・スノー(
gb2996)。小柄な体に似合わぬライフルを装備している。
「あの、皆さん傭兵さんですよね? 色々な方がいらっしゃるんですね。こんなにちっちゃな子まで‥‥」
シルヴィが視線を落とすのはもちろんリリィである。しかし「むぅ」とリリィはシルヴィを見返す。
「私、これでも16ですよ?」
その言葉にはシルヴィ以外にも何人かの傭兵が「おや」と首をかしげる。実際リリィは12歳程度の少女にしか見えなかったからだ。
「ご、ごめんなさい、お人形さんみたいにかわいかったものだから」
シルヴィはぺこぺこと頭を下げた。16歳であると言う彼女の弁を信じたのかどうかは甚だ疑わしいが。
「さて、私がお願いしておいた周辺地図と班分けですが‥‥」
サルファが会場周辺とステージの構造などが簡単に書かれた紙をそれぞれに配った。
「作戦通りだね、これなら力量も前後衛のバランスも取れてるよ」
フィオナがうなずきながら地図と班分けを見る。
ここで1人、なぜか慌てるシャロン。
「わ、私の担当、ステージ上? ステージって、シルヴィの歌う? わ、私もステージに立つの? ち、ちょっ‥‥」
「聞いていなかったか?」
同じくステージ上班のヴァンが問う。フィオナはブンブンと首を振る。
「募集要項にきちっと書いてあったぜ。俺はドラムができるっていうんでこの任務を選んだようなもんだしな」
さらりと言うヴァン。
「わ、私何も出来ないし!」
慌てふためくシャロンの元に、衣装を抱えたシルヴィがやってきた。
「これを着て、音楽に乗りながら体を揺らしてくれればOKですよ。シャロンさんは綺麗だからきっとお客様の目を惹きますよ」
「目立っちゃまずいんじゃない?!」
「いいじゃん、せっかくのコンサートなんだしさ!」
シャロンよりやや背の低い煉威が彼女の背中を叩きながら言った。やるしかないわね、とつぶやくシャロン。
「ステージ上がシャロンさんとヴァンさん、ステージ袖のA班がサルファさんと私、B班がフィオナさんと煉威さん、C班が絶斗さんと断真さんですね」
リリィが紙に書かれた班分を改めて説明する。
「トランシーバーは全員持っているようですから、キメラを見つけ次第全員に連絡、ということでいいですね」
断真が言うと、全員がうなずいた。
「私とヴァンはイヤホンマイクをつけるわ。目立たないようにね。」
ステージに上がる二人は髪に隠れるようイヤホンマイクを装着する。
「周波数、ラインチェック‥‥連絡の取り合いが重要な作戦だ‥‥」
絶斗の言葉で全員のトランシーバーの周波数を合わせ、各々通話ができるかラインチェックを行う。
●コンサート直前
「兵士さん、すごい数になってるじゃない! いや、私はあくまでボディガードなんだから緊張する必要は‥‥でも、失敗したら‥‥」
白いロングドレスに着替え、ステージに上がってますます落ち着かないシャロン。その反対側でヴァンはツインベースドラムのドラムセットの調子を見ている。八の字型にセットされたドラムの陰に、曲刀『シルフィード』をしのばせることも忘れない。
シャロンは太腿にホルスターで固定したアーミーナイフをドレスの上から確認し、心を決める。
「シャロンよ。もうすぐコンサートが始まるわ。音楽や感性を聞きつけてキメラが接近してくるかも、油断せずにいきましょう」
「了解」
チチチ、とハイハットの調子を見ながらヴァンが答える。
「A班了解」
サルファが肩に固定したトランシーバーで答えた。予備の装備であるナイフの調子を伺う。使い慣れないが目立たず使える武器だ。
「任務成功はもちろんだが、オペレーターに恨まれるのは勘弁願いたいね」
「もちろんです」
リリィがアンチシペイターライフルにサプレッサー(消音機)を取り付けながら答える。
その前をシルヴィが緊張した面持ちで通る。
「シルヴィさん、私たちが護りますからいつもどおりやってくださいね」
リリィが笑顔で声を掛けるが、シルヴィは逆にリリィのほうが心配な様子である。果たしてこの少女に物騒なライフルが使えるものなのか。
「B班了解だよ! それじゃ、しっかり守るとしようか」
A班とは逆の方向を守るB班のフィオナ。すでに『探査の目』を発動させ、キメラの気配を探っている。
「ドンパチは避けたいもんだな」
そう言いながら、同じくB班の煉威が2丁の拳銃を確かめるように両手で軽くなでる。
「C班了解」
任務には銃を使うことが多い断真だが、今回はあえて弓を装備している。発砲音の目立つ銃は避けたい。
同班の絶斗はナックル『激熱』を装備し、接近戦に備える。
●歌姫とキメラ
「今日は安定してる、調子がいい」
ヴァンはひとりごちながらペダルを踏み込む。ツー・ベースの重い音がステージを揺らす。
「オーディエンスもノリがいいじゃないか」
「な、なんでヴァンはあんなに冷静でいられるのかしら?」
1人のドラマーとしてステージに上がっているヴァンと対照的に、熱狂に頬を染めながらシャロンがぎこちなく体を揺らす。
シルヴィはヒットを飛ばしたポップでキュートなナンバー、『戦士の休日』を歌う。
歌声は透明で凛として、どこにでもいる素朴な少女を歌姫へと変える。
エンジェル・ボイスは果てしなく広がり、聴衆の心の鈴を鳴らす。
「なるほど、これが彼女の歌声ですか。人気があるのもわかりますね」
双眼鏡で遠くをうかがいながら断真がつぶやいた。
絶斗も無言でうなずく。
「いい声だね、鳥肌が立ってきたよ」
「俺もだ」
フィオナと煉威は警備の目を緩めずに、それでもシルヴィの歌声に聞き入っていた。
「これは任務を別にして聞きたかったわね」
「ええ、是非一度ラスト・ホープにも来て頂きたいものだ」
ライフルを手にするリリィと、大きな十字架を体にもたせ掛けているサルファも同じ意見のようだ。
「むっ?」
観客が歌に酔いしれようとしている頃、断真の双眼鏡がキメラを捕らえた。中型の四足獣、姿は狼といったところか。
「C班より、キメラを見つけた。ステージ裏から12時の方向、距離500‥‥数1、狼タイプ」
全員に緊張が走る。
「行きましょう、ここでは距離がありすぎる」
「他のメンバーは?」
「数は1体、他にいる可能性もあります」
断真の言葉に絶斗がうなずくと、2人は素早く駆け出した。
「こっちもきたね」
銀色に光るフィオナの目が別方向のキメラを捕らえた。こちらも中型の四足獣だ。
「B班より各班、3時の方向より1体! 距離は200ってとこかな」
すかさずトランシーバーで全員に連絡を入れる。
「行こう、俺が援護する!」
煉威の声を合図にB班がステージ袖から離れる。
「出来るだけステージからキメラを離すよ!」
「了解っ!」
走るフィオナのやや後方から煉威が『隠密潜行』を発動させ、気配を消して後を追う。
「2匹‥‥で、済むかしら」
「不吉なことは言いっこなしだよ」
「警戒しているだけよ」
ライフルの安全装置が外れていることを確かめながらリリィが言う。その横顔は少女にしては大人びて、確かに彼女が16歳であることを感じさせた。
●破れる警戒網
射程距離まで近づいた断真が、キメラに向かって矢を射る。矢がキメラの足を捕らえたが、狼型キメラは臆せずこちらに向かって駆けてくる。
「ここなら覚醒しても問題ない‥‥!」
絶斗の両腕が別の生き物のように巨大化し、背中からは龍の翼を思わせるオーラが浮かび上がる。
その間にも断真の矢が放たれ、キメラの足をよろめかせる。その隙を絶斗は逃さず、流れるようにキメラに接近する。
「これがドラゴンファントムステップだ‥‥!」
流れに力を乗せ、『激熱』による一撃を加える。反撃に出るキメラの爪が義手を引っかくが、絶斗の動きを止めることはできない。ナックルを頭部に食らい痙攣するキメラに、髪を金色に変化させた断真の矢が止めを刺した。
「怪我はありませんか?」
「心配ない、義手が少し傷ついただけだ」
互いの無事を確認すると、キメラを1体撃退したことをトランシーバーで全員に告げた。
「フィオナちゃん、C班はうまくやったみたいだな!」
「うん、こっちも‥‥ん!」
「どうした?」
「しっ、もう1体いる‥‥」
フィオナの銀色の瞳が突き刺すようにキメラをにらみつけていた。
「こりゃまずいな、突破される確率が」
「上がるね、援護を呼ぼう」
「B班よりA班、援護を請う!」
煉威がトランシーバーでA班を呼んだ。キメラを確実に倒すには2人では不利、事前情報ではキメラは2〜3体。ステージ上にヴァンとシャロンがいるが、守るべき対象であるシルヴィもいる。ここで食い止めなければ。フィオナは一瞬脳裏に浮かび上がった最悪の事態を払拭するように首を振った。
「A班了解、すぐ行くわ」
リリィの幼いがしっかりした声がフィオナの心を戦場に呼び戻す。
(「ちょっと、ヴァンは何であんなに冷静でいられるのよッ」)
キメラと観客の挟み撃ちにされているかのような気分でステージに上がっているシャロンに対し、ヴァンは無線からの連絡などどこ吹く風とばかりに自前のヒッコリー製のスティックを華麗に回してみせた。
しかし、シャロンの視線に気づいたようにヴァンも視線で「わかってるよ」と返す。
私たちが冷静でいなくちゃ、シルヴィに気づかれるか。シャロンもかなりほぐれた体を揺らす。
「せっかくいいところだったのに、水をささないでくださいよ」
「まったく、空気の読めないキメラだぜ」
リリィとサルファは各々軽く文句を言いながら走った。
ステージからやや離れたところにキメラ2対とフィオナ、煉威。そして後方からリリィとサルファ。
牽制しあう空気の均衡を破ったのは、射程に入ったリリィのライフルだ。キュン、とサプレッサー独特の音が鳴り、リリィの小さな体が反動を受け止める。
弾丸はキメラをかすめ、体毛を焦がす。唸り声を上げてこちらに駆け出す2体のキメラ。
「やはりサプレッサーをつけると命中率が下がりますか」
そう言いながらもリリィは4弾を発射し、1体のキメラの足を止めた。
ライフルのリロードの隙を埋めるのは煉威の2丁拳銃だ。右手のフリージアは4発、左手のS−01が8発。
銃弾の間を縫ってフィオナとサルファが走る。フィオナはイアリスの鞘を抜き捨て、勢いを乗せてキメラに切りつけた。
剣撃はキメラの首を打ち、瞬時にその息を止めた。
リリィはライフルでキメラを追っていた。さらにサルファの大剣『クルシフィクス』の攻撃を受けて体を朱に染めたキメラだが、最後の力を振り絞るようにしてステージ脇へと駆けていく。
ライフルではステージ上のシルヴィが危険と判断したリリィには成す術がない。
「ステージ!」
無線機から届くサルファの声。ヴァンがシルフィードを蹴り上げるのとシャロンがナイフを投げたのはほぼ同時だった。
ナイフに額を貫かれたキメラはようやく息絶えた。
「続行」
ヴァンの声でシャロンがハッと我にかえる。シルヴィは気づいていない。ホルスターからナイフを抜いた際、あらわになったままの太腿。シャロンは真っ赤になってパタパタとドレスの裾を直した。
●任務完了
「皆さん、本当にありがとうございました。私、そこまでキメラが近づいてきていたなんて全然気づきませんでした」
コンサートの後、シルヴィはぺこぺこと頭を下げた。
「私も皆さんのように強くなれたら‥‥」
「でもその歌はあんたにしか歌えないだろ」
シルヴィの言葉を遮ったのはヴァン。他の傭兵たちもそれにうなずく。
「次はゆっくりと聞きたいものですね」
断真はにっこりと笑った。なるほど、兵士たちに支持されているのもわかる。
「も、もちろんです! 休暇が取れたら絶対聞きにきて下さい! 一番前の席で聞いていただけるようにスタッフの皆さんにお願いします!」
またぺこぺこするシルヴィに、みんな笑わずにいられなかった。今の彼女は歌姫ではなく、ただの少女、シルヴィ・ラナ。
セクシーなナイフスローイングを見せたシャロンと華麗なスティック捌きのヴァンにそれぞれ男性、女性兵士のファンが付いてしまったことがわかるのは、皆がラスト・ホープに帰ってからのことである。