タイトル:トラムファイトマスター:柳高 ぱんな

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2009/03/10 02:04

●オープニング本文


 とある町を走る路面電車。
 そこに、偶然にもラスト・ホープの能力者たちが乗り合わせていた。
 ある者は一仕事終えて、またある者は休暇に旅行。それぞれの理由で一つの車両に揺られていた。
 10両編成の電車は乗客もまばらで、暖かな日差しの中皆読書をしたり友人と談笑したりとそれぞれの時間を過ごしていた。実に平和なひと時だ‥‥
「キ、キ、キメラだ!」
 その平和なひと時が、車掌の悲鳴にも似た叫び声で破られた。
 能力者も一般市民も、『キメラ』という単語に敏感に反応した。どこにキメラがいるのかと車外を見渡す者や、座席に座ったまま小さく身をかがめる者、それぞれである。
「車両の中にキメラが侵入しました! は、早く避難を!」
 車掌はひどくうろたえながら言葉を続けた。
「車両の中って、この電車の中に?」
 乗客の一人がヒステリックな声を上げた。
 もちろん能力者はこの事態をいち早く察知し、車掌から話を聞きだした。動く密室に一般市民とキメラが閉じ込められている。これほど危険なことがあるだろうか。

 体長1mほどのビートル型キメラは最後尾の車両のドアをこじ開け、3体が侵入。
 乗客は慌てて前の車両に移り、鉄製のドアを閉めたようだが当然鍵などはなく、電車が揺れるたびにドアはガタガタと開いたり閉じたりしてしまう。
 電車は古い型のもので、車掌が運転手に連絡するには最後尾の車両に備え付けてある通信機を使うか、自ら運転席へと向かって直接伝えるしかない。緊急停止ボタンも付いていないようだ。
 電車は10両編成で次の駅まで約15分かかるという。
 乗客は一つの車両に5人程度が乗っている。前方の車両に乗っている乗客は、まだ電車内にキメラが侵入したことを知らないようだ。
 車掌はパニックに陥っており、乗客を助けなければという思いだけが空回りしてしまっている。
 乗客の安全はどう確保するか、電車を止めるべきか、走行中にすべてを終わらせるか。電車内でキメラと戦うか、ドアをこじ開けて一般車両や歩行者のいる車外で戦うか。
 すべては偶然この事態に遭遇してしまった能力者であるあなたたちに委ねられた。

●参加者一覧

五十嵐 薙(ga0322
20歳・♀・FT
エマ・フリーデン(ga3078
23歳・♀・ER
レヴィア ストレイカー(ga5340
18歳・♀・JG
美崎 瑠璃(gb0339
16歳・♀・ER
Fortune(gb1380
17歳・♀・SN
トリシア・トールズソン(gb4346
14歳・♀・PN
浅川 聖次(gb4658
24歳・♂・DG
夢姫(gb5094
19歳・♀・PN

●リプレイ本文

●それぞれの小旅行
「まだ‥‥自然は、残って‥‥いるんですよね‥‥」
 町の中をゆっくりとすべるように走る路面電車の中、車窓から幸せそうに景色を眺めているのは五十嵐 薙(ga0322)。休暇をとり出かけた一人旅で見つけた美しい湖を、今度は愛する人と訪れたい‥‥そう思いながら彼女はチェーンに通した指輪を優しく握った。

 ラフな格好をしたベリーショートの似合う女性、朧 幸乃(ga3078)が、大切に膝の上においているケース。中にはメンテナンスを済ませたフルートが収められている。
 デリケートな楽器のメンテナンスができる専門家をラスト・ホープで見つけることができなかったため、わざわざ外の町まで出てきて帰る途中にこの路面電車に乗り合わせたのだった。

 金髪の少女、レヴィア ストレイカー(ga5340)はひたすら愛銃のアサルトライフルのことを考えていた。
 ここ最近調子があまりよくないライフルの整備に必要なグリスや工具を買い求めるため、この町の路面電車を利用しているところだった。
 ラスト・ホープにはもちろん武器の専門家がいるが、外には彼女のこだわりの品もある。

 ブレザーを着た学生らしい少女、美崎 瑠璃(gb0339)。彼女は傭兵だが、久しぶりのオフに一人で小旅行を楽しんでいるところだった。
 そういえば実家がある街にも市電が走っていたっけ、などと懐かしさを感じてこの電車に乗り込んだ。
 半ば家出のように実家を飛び出して傭兵になった瑠璃。電車に揺られながら、お父さんとお母さんはまだ怒ってるのかなぁ、と両親のことを思い出していた。

 Fortune(gb1380)は、小柄な体躯に似合わぬショットガンのケースを自身のそばに置いていた。ラスト・ホープの外にある銃砲店を見に行った帰りだった。

 流れる景色に釘付けになっている金髪の小柄な少女はトリシア・トールズソン(gb4346)。戦場しか知らずに育った彼女にとって、傭兵になった今が逆に自由なときでもあった。
「路面電車って‥‥初めて」
 車と同じ道路を縫うように走る電車は、彼女の好奇心を駆り立てた。傭兵といっても、やはりまだ少女。見たいもの、体験したいことがたくさんある。

 浅川 聖次(gb4658)は、初依頼を終えて休暇をすごしているところだった。ゆっくり走る路面電車は、のんびりした旅行にちょうどいい。

「路面電車って初めて乗るかもっ。電車が信号待ちするって、ちょっとカワイイわよね☆」
 嬉しそうに窓の外を眺めている少女は夢姫(gb5094)。観光を兼ねて失踪中の父親探し‥‥いや、どちらかといえば彼女は観光を楽しんでいるが。

 こうして、何も知らずにまったくの偶然に、8人の能力者が小さな電車に乗り合わせたのだった。

●ツイてない能力者たち
「キ、キメラ! キメラが!」
 電車と同じくゆっくりと流れる時間を車掌の叫びが割った。
 乗り合わせていた乗客、特に能力者である8人はキメラという言葉に敏感に反応した。日々命がけでキメラと戦っているからこその反応。
 車掌は一般の人間であり、キメラを見たことがないのかパニックになっておろおろするばかりだ。乗客たちも車掌の声に驚いて、辺りを見渡したり身をかがめたりしている。
「こんな場所にキメラが?!」
 夢姫は窓の外を眺めていた目を車掌に移した。
「ええ、巨大な昆虫のような、あれはキメラです! 早く避難を!」
 車掌はパニックになりつつも乗客を守るという職務を果たそうとしている。
「私は能力者よ、車掌さん、落ち着いて状況を説明してください」
 夢姫は一人で戦えるのか不安に思いながらも車掌をなだめた。
「あれ、夢姫さんじゃないですか、以前依頼でご一緒した」
 夢姫の下に駆け寄る聖次。実は夢姫とは同じ依頼を受けたことがあったのだが、それぞれの旅行に夢中で気づかなかったのだ。
「聖次さん! よかったわ」
「私も‥能力者です」
 仲間がいてつかの間安堵する夢姫に、薙も駆け寄った。さらに‥‥
「私も‥‥間が悪いですね、それともよかったのか‥‥」
 複雑な思いの幸乃。フルートをかばんにしまい、武器であるナイフをすでに手にしている。
「幸乃、こんなところで会うなんてな」
 同じくナイフを手にする少女、トリシア。
「まったく、銃が不調なときに‥」
 ケースからアサルトライフルを取り出すレヴィア。
「やれやれ‥‥ツイてないわね‥‥私たちって」
 カチカチとショットガンに弾を込めるFortune。
「ホント、バグアってKY(空気読めてない)。で、もしかしてみんな能力者だったりする?」
 日本の女子高生スタイルの瑠璃がかわいらしいキーホルダーの付いたバッグから取り出したのは小銃S−01とナイフ。
「だったり‥するみたいです‥‥」
 やや呆れたような、驚いたような、なんともいえない空気の中で薙が答えた。

●戦闘、避難誘導
「私たちも協力しますので、落ち着いて対処しましょう」
 聖次が車掌を落ち着かせ、とにかく今わかる状況を聞きだした。
 最後尾の車両に車掌がいたところ、ビートル型のキメラが3体、ドアをこじ開けて侵入してきたというのだ。車掌は同じ車両にいた乗客を前の車両へと避難させ、自分もこうして前の車両へとやってきたのだという。
 そのときは気が動転してしまい、運転手にビートルの侵入を知らせることを忘れてしまったそうだ。とにかく、空回り気味でありながらも乗客を守ろうとする車掌の使命感から、ビートルによって負傷させられた乗客はおらず、皆車掌の誘導で傭兵たちの乗り合わせていた中央付近の車両まで避難してきたという。
「けが人がいないことが不幸中の幸いです」
 覚醒した薙は普段のおっとりとした気配を潜めている。
 8人はそれぞれの手持ちの武器などから考えてビートルとの戦闘班と乗客の誘導班に分かれ、素早く行動を開始した。

 乗客たちは突然のことに慌てふためいている。走る密室でキメラと閉じ込められているようなものだ、パニックにならない者の方が少ないだろう。
「キメラって? ねえ、私たち死んじゃうの?」
 十代とみられる少女が怯えて足をすくませ、動けずにいる。
「落ち着いて、あなたはあたしが守るから」
 薙は少女の背中をさすりながら、前の車両へと付き添っていった。薙の女性らしい優しさが周囲を安心させた。
 乗客の数は少ないが、それでも前へ進むごとにごった返してきてしまう。大人たちの足元で、小さな子どもが転ぶ。
「大丈夫よ、お姉さんが付いてるからね」
 危うくドミノ倒しになりかけたところを、夢姫が子どもをかばうように間に入った。まだあどけなさの残る少女とは思えないほどの力が、子どもを押しつぶしそうになった大人の体を支えている。
 夢姫は子どもの手をとると、他の子どもや老人を優先的に前の車両へと誘導した。
 聖次はドラグーンだが、AU−KVがない今、その真の力を発揮することができないため乗客の誘導に当たった。自分の妹と同じくらいか、もっと幼い少女たちに戦闘を任せるのに複雑な気持ちはあったが、今は自分のできることを精一杯やるのみだと彼は自分に言い聞かせた。
「大丈夫です。落ち着いて前の車両に移動してください」
 車掌と共に先頭に立つ彼は、振り返りながら乗客に声を掛けた。彼が生まれ持つ穏やかな雰囲気は共に行動する車掌を安心させる力があった。
「運転手に知らせますか?」
「はい、私からも説明しましょう」
 聖次に促され、先頭車両までたどり着いた車掌は運転席のドアに手をかけた。
 キメラの侵入を聞いた運転手ははじめひどく驚き狼狽したが、聖次が自分が能力者であることと他にも自分を含め8人の傭兵が乗り合わせており、乗客の安全の確保とキメラの退治に当たっていると説明するといくらか落ち着いたようだった。
「そ、それで、私はどうすればいいのでしょうか? 電車を止めるべきですか?」
「いえ、電車はこのまま走らせて駅まで向かってください。それから、次の駅に連絡して、ホームの乗客たちを避難させるように伝えてください。できれば次の電車は徐行させるようにとも」
 聖次に言われ、運転手はそのまま電車を走らせ、車掌は駅へと連絡を入れた。

 一旦はキメラのいる後方の車両へ向かったレヴィアだが、使い慣れた愛銃の不調が痛かった。3発ほど発射したところでスライドが戻らなくなってしまったのだ。
 アサルトライフルにセーフティをかけて網棚に上げ、S−01を手にレヴィアも乗客を避難させる班に回った。
 彼女は過度の緊張で息を荒げている老人に肩を貸し、後方への警戒も怠ることなく前へと進む。
「大丈夫、自分が安全な場所へとお連れします」
 警官の夫婦に育てられたというレヴィアは毅然とした態度を崩さずに、なかなか体の動かない老人を支えて歩いた。
 薙は逃げ遅れた乗客はいないか確認しながら、避難する人々の後ろに付いた。

「ここから先は通行止めよ」
 Fortuneがキメラのいる手前の車両からショットガンに込めた弾丸を放った。
「じゃ、トリシアちゃん、私たちも行くわよ!」
 瑠璃はアーミーナイフを手にビートルの外殻の継ぎ目を狙って攻撃を加えた。
「隙間を狙い‥‥斬る!」
 短剣『蛇剋』を華麗に操り、瑠璃と同じく装甲の弱いところを狙って刃を打ち込むトリシア。
 床スレスレのところからトリシアが、上からは瑠璃が攻撃を加えビートルの足をもぎ取り、Fortuneがショットガンでとどめを刺した。
「まず一匹!」
 完全に停止したビートルを飛び越えて、瑠璃が次のターゲットを捕らえる。
 ビートルも負けじと巨大な体をもぞもぞ動かして角で攻撃を仕掛けてくる。
 その角が、小さなトリシアを狙った。
「トリシアさん!」
 後方で状況の把握とカバーに当たっていた幸乃が素早くゲイルナイフをビートルに向けて投げた。
 外殻にはじかれダメージを与えることはできなかったが、注意をそらせるには十分だった。
 わずかに生じた隙に、天井まで飛び上がったトリシアが勢いをつけてナイフを外殻の継ぎ目に叩き込む。
「ひっさぁつ! 怒りの! 瑠璃色ストライクッ!!」
 さらに瑠璃が急所突きを使った即席の必殺技を繰り出し、2体目を撃退。
「最後の一匹! 覚悟を決めなさい!」
 必殺技を決めて勢いに乗った瑠璃が、ビートルを足蹴にナイフを繰り出す。
 激しい戦闘の中、好奇心旺盛な少年が傭兵の戦いを一目見ようと薙たちの目を盗んで後方車両へやってきてしまったが、ちょうど後方で連絡のため待機していた幸乃に「危ないから」と優しく諭されてしぶしぶ前の車両へと戻っていった。
 ノリに乗った瑠璃の攻撃とあらゆる空間を使って繰り出されるトリシアのナイフ、そしてFortuneのショットガンにより、ゆっくり走る路面電車の中猛スピードの戦闘が終結を迎えた。
 幸乃が薙にそれを知らせると、皆安堵の息を吐いた。
「私もツイてないけど、貴方達もツイてなかったわね」
 ぼそりとFortuneがキメラに向けて言った。確かに、彼女らの乗った電車を襲うなど、キメラも運がなかったのだろう。

●定刻、停車
 キメラの残骸を載せた路面電車は、時刻表どおりに駅に停車した。
 聖次が次の駅に知らせるようにしたおかげで、ホームに人影は見当たらない。
 夢姫は通常の出入り口に加え非常口も開け、乗客をスムーズに降車させた。パニックで親とはぐれてしまった小さな子どもを抱き上げて降ろしてやり、親を探してやることも忘れない。
 レヴィアはキメラの残骸が乗客の目に触れないように車両を隔離し、乗客を安全なところへと誘導した。
「みなさん‥‥無事‥‥でしたか? 良かった、です」
 いつものおっとりとした口調が戻った薙は、乗客と乗員、それに仲間の無事を確認してほっと胸をなでおろした。
 車両も、大きな武器を使わなかったおかげで大きな損傷はないようだった。キメラがこじ開けたドアは壊れてしまっていたが。
「しばらく使用出来なかったからって、このタイミングで駄々をこねるなんて‥‥」
 網棚に上げておいたライフルを手に取り、小さくため息をつくレヴィア。
「今度は一緒に遊びに来たいなぁ‥‥」
 激しい戦闘を終えたトリシアは、チンクエディアをみつめながらぽわぽわと大切な人に思いをはせていた。