●リプレイ本文
「ここがその町でありやがるですね、みんな気をつけやがるです。甘ぇ考えでいたら足元すくわれるだけじゃすまねぇですよ」
地図を片手に、シーヴ・フェルセン(
ga5638)がつぶやいた。
彼女の張り詰めた表情が、今回の任務の難しさを物語っていた。
「シーヴの言うとおりよ、戦闘能力は未知数、しかし低くはないことだけは確か。今回は町を奪還するという目的を果たすことを一番に考える」
長い赤髪の女性、鯨井昼寝(
ga0488)は好戦的な性格ではあるが、無謀な戦闘をけしかけることはしない策略家でもある。彼女が数多くの戦闘をこなし現在生き残っていることがそれを証明している。
「零、俺の側を離れるなよ」
カララク(
gb1394)が視線を落とす先には小柄な少女、佐東 零(
gb2895)が黙ってついてきている。親友の娘を危険にさらすわけにはいかないが、今回は零が望んでついてきたのだから仕方がない。カララクは全力で彼女を守るだけだ。
町を制圧したマリーを「山の大将」と罵るのは南雲 莞爾(
ga4272)。今回はマリーをメインのターゲットと考えている。
シャーリィ・アッシュ(
gb1884)は前回の交戦時のように油断はしないと決意して、再度の交戦を望んだ。無論マリーは強い。彼女の鍛錬は常人のそれとは比較の仕様もなく、また『強く』作られたのだから。
『自分の命を一番に考えろ、ヨリシロにしろ強化人間にしろバグアは強い』
UPC北中央軍に所属するジェスター・サッチェル(gz0189)は全員にそう告げ、地図を託してラスト・ホープから見送った。
「この先に例の宿屋がありやがる、です」
シーヴの視線の先に小さな宿屋があった。この町で唯一の宿屋である。偵察によればここにマリーがいるらしい。
「ここに来るまで、町の建物は一切壊されていなかったな」
金髪の少女、トリシア・トールズソン(
gb4346)が辺りを見渡しながら言う。確かに彼女の言うとおり、町に破壊の後は見られなかった。
「町の破壊が目当てではないということよ」
昼寝が答える。
終夜・無月(
ga3084)は双眼鏡で慎重に宿屋の様子をうかがう。入り口には案の定、二つの頭を残したケルベロスがたたずんでいる。
「優秀な護衛役ね、その忠誠心は賞賛に値するわ」
昼寝がエネルギーガンのスライドを引きながら言った。ある種の敬意さえ感じられる言葉だった。
「ケルベロスはマリーの精神的支えね、まずはその支えを排除し精神面から削る」
エネルギーガンのアイアンサイトでケルベロスを捉える昼寝。
零はカララクの袖をぎゅっと掴んでいる。
「零、俺から離れるなよ」
しっかりとうなずく零。
「はじめやがるです」
シーヴが建物の影から身を出し、小銃S−01でケルベロスに先制射を放った。
貫通弾がケルベロスを襲うが、ケルベロスはその巨体からは想像できないほどの素早い動きで弾をかわした。
そこへ無月の貫通弾が放たれる。狙った頭は外したが、体を弾が貫いた。
ケルベロスは怒りに燃えた目をこちらに向ける。
「まずは一つ」
素早くシーヴが二発目を撃ち込む。弾はケルベロスの頭の肉を抉り取った。
さらにカララクが貫通弾を撃ち込む。首の肉をえぐられながらも、ケルベロスはこちらに炎を吐いて襲い掛かってきた。
昼寝の援護射撃を受けながら無月とシーヴがそれぞれ武器を剣に持ち替えて間合いを詰める。
集中攻撃を受けた頭が、力を振り絞るように炎を吐いた。
思わず目をつぶる零。しかし、炎を受けたのは彼女の前に立ったカララクだった。
「ぐぅっ‥‥!」
「‥‥!」
「俺は平気だ零、前へ出るな!」
零は少し震える手で超機械を使い、練成治療を施した。
そのときシャーリィが視線のようなものを感じ、宿屋の二階の窓へ目をやった。
「あいつ!」
金髪碧眼の少女が窓越しにこちらを見ている。間違いない、シャーリィが間違うはずもない。マリーだ。
マリーをあざけるように見やる莞爾。
「G0」
無月の合図で全員が目を伏せる。閃光手榴弾が、敵味方双方の視界を一時的に奪った。
マリーを追い宿屋へ攻め込むのはシャーリィ、莞爾、トリシア。
「なめて掛かったらあぶねぇですよ!」
大剣で炎をガードしながらシーヴが三人の背中に叫ぶ。
「こっちもね!」
エネルギーガンを放ちながら昼寝が呼応した。
無月がソニックブームを打ち込み、ケルベロスとの間合いを一気に詰める。
「果てなさい‥」
微弱になりつつある炎を浴びながらも、急所突きをケルベロスの首に叩き込んだ。
「こちらの首は沈黙」
もはや動かぬ首。それを叩き落す無月。
「沈黙、確認」
後方から昼寝がエネルギーガンをケルベロスの体全体に浴びせる。
「そちらの首もつぶさせてもらうぞ」
カララクが最後の首に銃弾を浴びせた。
「隙あり、でありやがるです!」
シーヴが彼女にしては珍しく力強い感情をこめて両手剣コンユンクシオをケルベロスの首めがけて振り下ろした。こちらを向いた口から炎が吐き出されるが、シーヴはひるまない。この一撃が勝負を決めると彼女は確信したからだ。
スローモーションのようにゆっくりと落ちる獣の首。崩れ落ちる体。
「練成弱体、効きやがったですよ」
返り血を浴びながらも振り返って零を見つめるシーヴ。表情の変化は乏しいが、彼女なりに十分感謝の意がこもっていた。それを察した零は、少し頬を染めてカララクの後ろに隠れてしまった。
「治療もお願いするわね」
昼寝が少しかがんで零に言うと、大きな白衣を着た小さな少女は救急セットの箱を開けるカララクと共に傷ついた仲間に練成治療を施した。
「中のほうは大丈夫だろうか‥」
「見てくるわ」
無月と言葉を交わした昼寝が、宿屋の中に足を踏み入れた。
●同時刻、対マリー
閃光手榴弾が作った隙に、莞爾とシャーリィとトリシアが宿屋に踏み込んだ。
二階にわずかにドアの開いた部屋がある。マリーのいる部屋だ。
莞爾がドアを蹴り破る。
少女は金髪をなびかせてゆっくり振り返った。
「デカイ玩具をぶら下げてご満悦か? 復讐鬼」
莞爾は瞬天足で一気にマリーとの間合いを詰めた。そこで武器を叩き落す、はずだった。
しかし気づけば天井を仰いでいる自分がいた。
「これは玩具ではないわ」
鞘に収まったままの大剣の先をそっと床に置きながらマリーが言った。
「それに私、復讐しているなんて言っていないわ」
仰向けに倒れたままの莞爾を見下ろしながら淡々と言うマリー。感情は感じられない。
シャーリィはバスタードソードを握り締め、マリーと対峙した。
「以前、力に見合わぬ名なら意味が無いと言ったな‥‥それは間違っている‥‥騎士と言うのは力だけではない‥‥その生き様、精神全てを以って名乗るものだ!」
強く、自分の感情をぶつけるシャーリィ。傷付けられた誇りを取り戻すために、マリーを倒す。
「バスタードソードは室内戦闘には不向きだわ」
「何をッ!」
シャーリィは我慢ならぬとばかりに駆け出し、バスタードソードをマリーめがけて繰り出した。手加減なしの一撃だ。
金属のぶつかり合う鋭い音が響いた。
シャーリィのバスタードソードは、マリーが左手に持ったマインゴーシュと呼ばれる盾の役割を備えた短剣に押さえ込まれていた。
ギリギリと金属のこすれあう音がする。シャーリィは両手の力をバスタードソードに込めた。
が、次の瞬間。マリーの蹴りがシャーリィの顎を突き上げ、彼女は宙を舞った。
「あなたの言うとおり、精神も鍛えなければそれは力とは言えない」
言い返したくとも喉をつぶされている。あまりにも悔しい。
一人残されたトリシアは体の震えを押さえ込んで、ナイフを両手にマリーの懐へ飛び込んだ。主な武器が大剣ならば、超接近戦に持ち込めば勝算がないわけではない、はずだ。
マリーは短剣で軽くナイフをいなし、トリシアの腕を掴むとそれをねじ上げた。
蹴り上げられる小さな体。
マリーは息一つ荒げていない。
●戦闘の跡
昼寝が二階に上がって見た光景。
マリーを倒しに行ったはずの仲間が、廊下へ投げ出されている。息はあるが、かなりの傷を負わされているようだ。
「あなたの忠臣、ケルベロスは死んだわよ」
惨状を目にしながらも揺るがぬ精神で静かに告げる昼寝。
「その人たちの仲間?」
「そうよ」
「今治療すれば治るわ」
「ご丁寧に」
昼寝は静かな殺気をマリーにぶつけるが、マリーは人形のようにたたずむだけで彼女からは何も感じられなかった。
昼寝はマリーが相当できる相手だと悟った。戦士の血が滾るが、ここで果たすべきは与えられた目標。
張り詰めた空気を破ったのは、零の気配だった。
「カララクの側にいなきゃダメじゃない」
零に言いつつも昼寝はマリーから視線をそらさない。
とにかく何も言わずに仲間たちに練成治療を施す零。後から駆けつけたカララクも、マリーに何か言うより先に仲間の治療に集中した。
錬力を多く使った零の額に汗がにじむ。
昼寝の額にもまた汗がにじみ、顎から滴り落ちた。‥‥本能が強い相手との戦闘を求めている。
『レイは‥‥』
零の覚醒状態の特徴、空中に浮かぶ文字。
『レイは、レイの様な子供を見たくありません。だから、この場は堪えてくれませんか』
マリーは視線を昼寝から零に移した。わずかに表情のようなものが浮かぶ。
「あなたはどうして戦うの」
マリーの言葉は零に向けられた。
『誰にも傷ついてほしくない、レイは戦わない』
さらに空中に文字が浮かぶ。
『あなたはどうして戦うの』
「‥‥他にどうすればいいのかわからないの」
カララクは二人の奇妙な会話をじっと見守っていた。親友の意思を引き継いだ零の言葉。
『あなたはバグアなの?』
「私は人間、ヨリシロなんかじゃない」
マリーと零が会話を続けている間、無月とシーヴが二階に合流した。
「退きなさい、また会うことがあれば刃を交えましょう」
零の意を汲んで昼寝が一歩前に出、マリーに言い放った。
「‥‥そうします」
マリーは大剣を持つと窓から身を躍らせた。下を覗くが、そこにマリーの姿はなかった。
高速で移動するキメラを呼んでいたのか、それとも彼女自身のスキルか。
●それぞれの認識
「来るのが遅ぇです」
衛生兵を連れたジェスターをシーヴが小突いた。
「すまない」
衛生兵たちの手で車へ連れて行かれる三人を見て、ジェスターは声を押し出すように言った。
マリーに大怪我を負わされたトリシアが、衛生兵を振り切ってジェスターを呼んだ。
「‥‥これ、マリーの‥‥」
トリシアが握り締めていたのは、装飾が施された金色のペンダントだった。
「これは‥‥ロケットになっていますね‥」
無月に言われ、ジェスターが中央の飾りを指で軽く押すとロケットが開いた。
中に入っていたのは、現在の姿よりも幼いマリーと、若い女性の写真だった。
「母親、でしょうか‥」
無月の言うとおり、その女性はマリーの母親に見えた。
「十分な収穫だ、よくやってくれた。後はこちらに任せて、怪我の回復と休息を」
ジェスターは金のロケットを胸ポケットにそっとしまった。
「零、大丈夫か」
カララクは零の肩に優しく手を置きながら、親友の娘零に優しく声をかけた。
幼い少女にして惨状を目の当たりにした衝撃は大きかっただろう。
バグアに身を置くマリーを倒すべき存在として認識する能力者と、救うべき人間と認識する能力者。
どちらが正しいのかは誰にもわからない。バグアに対する思い、正義の定義は人によって違うのだから。