●リプレイ本文
●再会
カンザス州の小さな町にあるカフェバー、『リカルドの店』。マスターの名前を取った実にわかりやすいその店のドアには『準備中』の札がかかっている。店から出て行くのはただ焼き菓子特有の香ばしくて甘いにおいだけ。
中では二人の男がパイと格闘していた。
「ジャック! お前は軍で何を習ったんだ? 何だこのきたねぇ盛り付けは!」
「怒鳴るなよマスター、軍で教わったのは洗濯機の使い方とアイロンのかけ方だけだぜ」
ジャックと呼ばれた男は口笛を吹きながらパイ生地に大粒のチェリーを盛っていた。
「口の減らない野郎だ」
ジャックの隣でパイを作る小柄な中年の男がこの店のマスター。過去のしがらみを捨てた元軍人、ジャックの雇い主だ。
二人はどんどんパイを焼いていく。この店の名物、チェリーパイ。それが一月分もあろうかというほど量産されていた。
「で、その傭兵はいつ来るんだ?」
「もう来るさ」
カラン、と店のベルが乾いた音を立てた。
「いらっしゃい」
マスターがいつもそう客に呼びかけるように声を上げる。
「依頼を受けて、来ました‥‥」
ポツリとドアの前でつぶやくように言う人形のような少女はセシリア・ディールス(
ga0475)。彼女の細い肩に手をかけて顔を覗かせるブロンドの美女はシャロン・エイヴァリー(
ga1843)。
「Hi、カンザス一と名高いパイのデリバリーを受けにきたわよ」
「あたしも忘れないでほしいわよね」
もう一人のブロンド美女は神もとい金を崇めるシスター、ゴールドラッシュ(
ga3170)。
「セシリア、シャロン、それにゴールドじゃねえか。また会えると思ったぜ」
カウンターの奥でジャックがニヤリと笑った。
彼女たちは以前の依頼でジャックと出会い、そして彼の誇りを取り戻した恩人でもある。
「ジャックさん‥‥なぜか、よく‥‥わからないですけど‥‥以前お会いしたときより、とても『良い』です‥‥。バーテンダー姿、とてもよく‥‥似合ってらっしゃいます‥‥」
無表情なセシリアの口から紡ぎだされる言葉は、感情はないが決して魂のこもっていないものではなかった。彼女がそういう人間であることはジャックもなんとなくわかっている。
「へへっ、照れるな」
セシリアの言うとおり、彼は以前の『試作戦車』に縛られたジャック・ニールセンではなかった。がさつだが人の良いバーテンダーで、信頼される自警団長だった。
「だ、断じてパイのご相伴が目当てじゃないわよ?」
「あん? 違うのか?」
顔の前で両手を振るシャロンに、ジャックは意地悪げな笑みを返した。
「とんでもねぇいい匂いがしやがるです」
どこか名門のお嬢様か、はたまた絵本から飛び出したお人形か。そんな可憐な姿からは想像もつかない口調で店に入ってきたのはシーヴ・フェルセン(
ga5638)。サラサラした長い赤髪と曇りのない緑の瞳を持つ少女だ。
「ふぅん、戦場にチェリーパイ、か。実にいい根性だ。気に入ったぜ」
シーヴの後ろに立つ長身の男はアンドレアス・ラーセン(
ga6523)。甘くセクシーな匂いが漂う、金髪碧眼の美男だ。
さらに長身の男がいる。長い金髪を高い位置で一つにまとめたスタイルのジェイ・ガーランド(
ga9899)。
二人を驚かせたのが飯塚・聖菜(
gb0289)。長身に豊満な肉体、そして辮髪のようなヘアースタイル。世界は広いもんだなとマスターを唸らせた。
「俺のことも忘れんといてや」
奥から顔を出したのは中性的な少年、鳳(
gb3210)。
マスター・リカルドとジャックは互いに『男だな?』と確認しあった。
「みんなよく来てくれた。もうちょっとで出来上がるんで、それまで飲み物でも飲んでいてくれ」
ジャックは手際よく8人にコーヒーを配った。その手つきも大分慣れたものだった。
パイがすべて焼きあがるまでの間、8人はそれぞれ地図を見たり武器のチェックなどを行うことにした。
「ここのパイってそんなにうめぇんですか?」
シーヴが興味ありげにゴールドラッシュに尋ねる。
「チェリーが美味しいのは当然。ここのは生地がだんぜん違うのよね!」
ゴールドラッシュは胸を張って答えると、シーヴはほほうと何度も頷いた。
「それにしても、前線にはクリスマスも正月も関係なしで御座いますか‥‥これは良い差し入れになる事で御座いましょうね」
一風変わった言葉遣いでジェイが言う。
「そうね、軍の人も大変よね。甘いものは疲れが取れるし、きっと喜んでもらえるわ」
シャロンが笑顔で答えた。彼女はこんな心遣いができるようになるまでに『牙』の新しい使い方を見出したジャックに会えたのが嬉しかった。カウンターの奥には、彼女が以前の依頼の後でジャックに渡した『銀のジャッカル』を刺繍したワッペンが小さな額に入れられて飾られていた。
「ん? あの奥にある額が気になるのか? シャロン」
コーヒーカップから口を放したアンドレアスが直球でシャロンに尋ねる。
「あれね、私があげたの。ジャック・ニールセンは『銀のジャッカル』をパーソナルエンブレムにした戦車兵だったのよ、最高のね」
「へぇ」
感心したようにアンドレアスが額からジャックに視線を移す。でかい体とごっつい手はそういうわけか。
清潔にカットした髪、真っ白なシャツにしゃれた蝶ネクタイ。セシリアは今のジャックを見ていて不思議な気分だった。人はこんなに変われるものなのかと。
「パイだけだと喉が渇くんじゃない? 何かパイに合う飲み物をもらえないかな」
聖菜は女性らしい気遣いを見せ、ジャックに問いかけた。
「おう、言われてみればそうだな。紅茶とコーヒーも持って行ってくれるか」
ジャックは聖菜が用意してきた水筒に熱い紅茶をたっぷりと注いだ。
「一応飲み物はいくつか持ってきたんやけど、どれがパイにあうんかな」
鳳がカウンターに飲み物を並べてみる。マスターは緑茶を指差して、こいつぁ何だ? と言った。
「日本人がよう飲むお茶や。飲んでみ?」
マスターとジャックはそれぞれ一口のみ、渋そうな顔をした。
「渋いが、コーヒーよりすっきりしてるな。案外合うんじゃねえか? それから、そのミルクも付けてもらえるとありがたいね」
「ほなそうするわ」
ジャックは緑茶の渋さがなかなか気に入ったらしい。この店のメニューにも入れてみるか?
●パイを守れ
8人はそれぞれ2台の車両と鳳のリンドヴルムに分かれて、草原を突き進んでいった。
「この辺に潜んでるのは間違いないんだけど‥‥」
地図と双眼鏡を手に、ゴールドラッシュが辺りをうかがう。
異様な気配に気づいた鳳がリンドヴルムを急停車させた。バイクで体を外に晒してるからこそわかる気配。
鳳の様子に気づいたシャロンとジェイもそれぞれ車両を停めた。
「来ます‥‥」
セシリアの言葉通り、スライムキメラが直径約30cmほどの体を弾ませてこちらに向かってくる。ゴムまりのように弾む姿は滑稽でもあるが、あれで体当たりをされればダメージも大きいだろう。
全員が車両の外に出、鳳はリンドヴルムを着用。戦闘姿勢に入った。
「パイは俺に任せてくれ」
大量のチェリーパイと飲み物を積んだジェイのインデースを守る位置に聖菜が立った。戦闘の経験が少ない分、パイを守りつつメンバーの戦いで立ち回りを学び取ろうという勤勉な彼女の考えだ。
「さ、ちゃっちゃと片付けちまおうぜ」
アンドレアスはエネルギーガンで援護の体制に入った。
「正面左いくぜ! 右頼んだ!」
セシリアに声を掛け、目標が被らないようにする。
「先制攻撃、いっときやがるです」
前衛のシーヴが大剣『コンユンクシオ』でソニックブームを放った。真空の刃がスライムの足を止める。スライムは少しはじけながらもなおボヨヨンと不気味に跳ねながら近づいてくる。
「き、気色悪ぃです」
シーヴは細腕で大剣を操り、スライムの体当たりを防いだ。
「どぉっ、せぇーいっ!」
ゴールドラッシュは盾でスライムの攻撃をいなしながら、イアリスの一撃を叩き込んだ。まずは一体でも多く数を減らす!
「これでも‥‥くらいなさい!」
さらにシャロンのソニックブーム、二人の連係プレーで一体のスライムはゴムまりのように跳ねることはできなくなった。
後方からジェイはライフルを、アンドレアスはエネルギーガンでスライムを確実に狙い撃つ。弾丸の間を縫って鳳は三節棍による攻撃を加えた。この扱いづらい武器を、鳳は舞うように操り軌道の読めない攻撃を繰り出す。
前衛と後方支援の連携を見ながら、聖菜はそれぞれの動きを頭に叩き込んでいった。実戦でしか経験できない緊張感が空気をぴりぴりと小さく振動させる。
「最近のデリバリーは遅刻したら料金もらえないんだから!」
シャロンがぼよよんスライムを睨み付けながら紅蓮衝撃を使った。全身の筋肉が軋むほどの力があふれ出る。ありったけの力を加え、イアリスがスライムを貫いた。
「このぉーッ!」
そのまま剣を横に薙ぐと、スライムは真っ二つになって地面にべったりと崩れた。
乙女の本気を目の当たりにして、アンドレアスは小さく口笛を吹いた。やるじゃねえの!
シャロンたちと同じく前衛で三節棍でスライムと格闘していた鳳だが、攻撃の間を縫ってスライムに纏わりつかれてしまった。
「うわっ、きしょいわ!」
アーミーナイフで引き剥がそうとするも、ジェル状のスライムはそう簡単に落ちようとしなかった。銃で狙撃するわけにも行かず、アンドレアスとジェイも手が出せない。
どうしようかとジェイがスコープを覗いていると、不意に鳳に纏わりついていたスライムが激しく痙攣し、地面に落ちた。
セシリアの超機械が唸りをあげていた。
「AU−KVを、装着されていますから‥‥大丈夫かと‥‥」
冷静で物静かなセシリアの意外な強襲に、ジェイはただ冷や汗をぬぐうだけだった。
「そろそろ倒れやがれ、です」
鳳が攻撃されたことに怒りを感じたのか、シーヴが瞳に静かな炎を灯した。大剣を振るいあげると、スライムめがけて一気に振り下ろす。剣の重さも手伝って、斧で切断されたようにスライムは二つに裂けた。
飛び散ったスライムのかけらが頬を汚したが、シーヴはそれを引き剥がし地面に叩き落した。
「ふぅ、女性を怒らせると怖いぜ」
額の汗をぬぐいながらアンドレアスが小声で言った。
「あとはこいつだけだね!」
銃による攻撃で弱ったスライムに、ゴールドラッシュがソニックブームと流し切りの二段攻撃を加えた。怒涛の勢いに、はじけ散るスライム。
もちろん、聖菜が守りについていたパイには傷一つついていなかった。
●Glaedelig jul(メリークリスマス)
スライムを蹴散らしてからまっすぐベースキャンプへと車を走らせた一行。
やがて大きな天幕の群が見えてきた。ジャックがすでに連絡をつけていたらしく、こちらに手を振る歩哨がいる。
「恭賀聖誕(メリークリスマス)! 『リカルドの店』特製のチェリーパイのお届けや♪」
車両より一足早く着いた鳳が元気よくバイク形態のリンドヴルムを降りた。頭にはなぜかトナカイの角、鼻にはなぜか赤いトナカイの鼻。
「メリークリスマス。プレゼントのお届けに上がりました」
車を降りたジェイ、さらにクールなアンドレアスまでもがトナカイのコスチュームで現れた。歩哨は笑いをかみ殺しながら、報告のため天幕へと走っていった。
「おかしかったでございましょうか?」
「いや、楽しんでもらえてるんだろうさ。こんなところで笑う機会もないだろ?」
ジェイの企みに一番乗りしたアンドレアスがにやりと笑う。
「そうや、せっかくなんやから楽しんでもらわな!」
鳳も言う。
「それに、女の子たちを見てみろよ」
車両を振り返るアンドレアス。聖菜が飲み物を持ってもぞもぞとやってくるが、どうにもおぼつかない様子だ。なぜなら彼女はワンピースのサンタ衣装に身を包んでいるからだ。
「どうも落ち着かないな‥‥」
「落ち着かないわよ! これってセクハラじゃないの?」
こちらはさらにきわどいサンタガールに扮したゴールドラッシュが大股に歩いてくる。
「そう言うなよゴールディ、最高に似合ってるぜ」
アンドレアスは甘い笑みを浮かべて軽くいなす。
「いいじゃない、みんなが楽しんでくれれば私は嬉しいわ」
「‥‥」
うきうきした足取りで歩くシャロンと無言のセシリア。かわいらしいサンタ娘にプラス‥‥
「シーヴの衣装だけこれですか? まあミニスカじゃねぇから許す、です‥‥」
どこから持ってきたのだろう、ULT本部のイベント用衣装にあったと言い張るジェイだが、赤と黒のフリルで彩られたシーヴのサンタ衣装はどう見ても今で言う『ゴスロリ』サンタであった。
「とても似合っていらっしゃいます!」
グッと拳を握るジェイ。
そこへ中隊長らしき人物が現れた。このキャンプで一番階級の高い軍人だ。
「話はジャック・ニールセンから聞いています。わざわざお疲れ様です」
中隊長はピシリと敬礼をすると、横目でゴスロリサンタを見てハッと頬を赤らめた。ストライクだったらしい。
女性陣が手際よくテーブルのセッティングをしていく。
「セシリアー、切り分けるからちょっと手伝ってー」
シャロンとセシリアが協力してチェリーパイを切り分ける。匂いに誘われて、休憩中の兵士がぞろぞろとやってきた。
アンドレアスは手持ちの飲料をカップに注ぎ、チェリーパイと共に兵士に配った。若い女性兵士が我先にと彼に群がったのは言うまでもない。
「苦労したんだからね。よーく味わって食べるのよ」
ゴールドラッシュもせっせとチェリーパイを配っていく。
一息ついたところで、小規模なパーティーと、鳳が中国風の舞を舞って見せた。その中性的な美しさには男性も女性も思わずため息をついてしまう。
「美味ぇですか?」
シーヴはチェリーパイを口に運ぶ兵士にぴったり張り付いている。
「シーヴったら、私たちの分もちゃんとあるわよ」
シャロンが笑いながらシーヴを兵士から引き剥がした。
「チェリーの盛り付けがほかのより汚ぇです」
「ジャックさんが、作った分ですから‥‥」
8人に用意されたパイは、ジャックのお手製だった。チェリーどか盛りのパイ。
「でも、すごくおいしいわ」
一口食べて、聖菜が感心したように言った。皆それぞれ、甘いチェリーパイと温かい飲み物を味わってひと時の休息を堪能している。
「ゴールド‥‥この一切れは、譲れない‥‥!」
「もがもがー!」
フォークを交差させるシャロンとゴールドラッシュ。
二人に挟まれながら静かに紅茶を飲むセシリア。
「こんな時代だからこそ、小さな幸せって大事だよな」
パイをつつきながら、アンドレアスが小さくつぶやいた。やがて彼も、感傷的になっててもしょうがねぇや、とパイにかぶりついた。