●リプレイ本文
●炎渦巻く中で
「全体前進! 全力でバックアップするぞ!」
茂木孝也(gz0221)が後続のレスキュー隊と消防隊に怒号を飛ばす。彼らが追いかけるのは能力者たちの背中。その頭上に3匹の巨大な昆虫型キメラの姿が見える。キメラは全身に炎を纏い、時折口から火を吹いて飛び回っている。
ルイス・ウェイン(
ga6973)が九条命(
ga0148)、ガイスト(
ga7104)、黒桐白夜(
gb1936)、常世阿頼耶(
gb2835)の四人に向けて叫んだ。
「こっちは俺たちで引き受ける! 頂上へ急いでくれ!」
「こんな傍迷惑な虫さんはさっさと退治するに限ります」
小笠原恋(
gb4844)がS‐01を構えて呟く。狙いを飛び回るキメラのうちの一匹につけ、銃弾を放っている。反撃しようと高度を下げるキメラにジロー(
ga3426)が飛び掛る。
「ほらほら! こっちだ!」
シャッ。砂を噛みながら振り上げられた刀がキメラの甲殻を切り裂く。ジャリッという音とともに、傷口から鮮血が溢れる。キメラが一斉にジローに向けて襲い掛かってくる。
「さあ、今のうちに!」
ジローの叫び声を背中に受けながら、九条、ガイスト、黒桐、そして常世の四人は山頂へ向け駆けていった。
ブォォォォォ。二匹のキメラが口から炎を吹きかける。勢いよく吹き付けられた灼熱のブレスはたちまちジローの身体を焦がした。地面に転がるジロー。ごろごろと転がるそこに消防隊が消火用の水をかける。
「助かった‥‥っ!」
そう言いながらジローは立ち上がり、刀を青眼に構えて目の前を睨む。一匹のキメラが地上に降り、その複眼に無数のジローの顔が映っていた。
「こいつは‥‥俺がやる」
焦土と化した足元を蹴り、体勢を低くして飛び出す。キメラが二度、三度と炎を吹きかけるが、ギリギリのところでかわす。ジジッ、と前髪の焦げる音がして嫌な匂いが鼻をつく。
「せいっ!」
気合とともに刃を流す。真一文字の軌跡がキメラの複眼を切り裂いた。ギギィ、とくぐもった声をあげてキメラが後ずさるがジローは逃げる時間を与えない。さらに袈裟懸けに刀を振り下ろし、止めに突く。ドスッという鈍い音とともに、刀身が深くキメラの甲殻の隙間を貫いた。
「ふう」
刀を軽く振るい、ジローは残りの二匹を目で探した。そこには――。
「はぁっ!」
ルイスが一匹のキメラを追い詰めている。一瞬で距離を詰め、二連撃を繰り出す。一撃、二撃、斬撃がキメラの甲殻を切り開く。直刀を振り下ろした腕にキメラが噛み付く。
「ぐっ! このっ!」
ルイスは激しく腕を振るい、キメラを振りほどいた。軽くバックステップして距離を取り、呼吸を整える。横に並んだジローが声をかけた。
「手、貸そうか?」
「ああ、さっさと片付けるっ!」
言うと同時に左右に分かれて突進する。キメラはジローに向けて炎を吹き出す。目の前に再び業火の幕が下ろされる。
「ちぃっ」
舌打ちし地面に転がるジロー。幸い火傷は軽いもので済んだ。それに‥‥どうやら同時に飛び出した甲斐はあったようだ。瞬時に間合いを詰めたルイスが、狙いすました一撃をキメラに叩き込む。
「ここで足止めされるわけにはいかないんだよっ」
ザクッ。直刀がまっすぐにキメラの急所に突き刺さり、キメラは天に炎を吹き絶命した。
「2時の方向! 新手、来ます!」
二人に新たな敵の来訪を告げ、小笠原は目の前を飛び回るキメラに向けて弾丸を放つ。弾丸をかわし、キメラはお返しとばかりに炎を吐き出した。飛び退いて炎をかわそうとするが、燃え盛る舌先が自慢の黒髪を焦がした。
「あ〜! 髪が焦げちゃってます。グスン、お気に入りなのに‥‥」
落胆し、ため息をつくと、小笠原は武器を二本の直刀に持ち替えた。きっ、とキメラを睨む。土を蹴って高く飛び上がると空中で二本の腕を交差させた。羽根を切り裂かれたキメラがまっすぐに落下する。
「えい! よくも!」
ドスッ、ドスッ。キメラの体の両端に直刀二本を突きたてると、小笠原はそれを勢い良く捻った。ぎちり、と肉の裂ける音がして、それきりキメラは動かなくなった。
ルイスとジローの二人も新たに現れたキメラを倒し、その場に戻る。小笠原は探査の眼で感覚を研ぎ澄まし、周囲を探る。その間、消防が周囲の炎を消火する。ほどなくして、小笠原はレスキュー隊に告げた。
「レスキューの皆さん。もうキメラはいないはずです。後はお願いします」
「よし、先行した救助班を追いかけるぞ!」
茂木の言葉に、一行は山の頂上に向け再び歩き出した。
●呼ぶ声
キメラ殲滅班が戦闘の只中にいる頃、先行した救助班は山の中腹から山頂へ続く道を歩いていた。周囲にはキメラが放った炎の影響か、木々が延焼を続けている。常世がAU‐KVを装着した状態で手に持った斧を振るい、木々を倒していく。道を切り開き、かつ延焼を拡大させないための配慮だ。
「どこを見ても炎の海‥‥か」
黒桐がぽつりと呟く。そんな彼の肩をガイストがぽんと押した。
「焦るな。落ち着いて、必ず助けよう」
その言葉に黒桐だけでなく、九条と常世も頷く。一行は火の海と化した山道を一歩ずつ進んでいく。煙がもうもうと立ち込める中、九条が酸素ボンベの残量を確認する。
「時間との勝負だな‥‥」
レスキュー隊から手渡された酸素ボンベの残量から逆算すると救助活動可能な時間は残り30分程度。それ以上は復路で酸素が尽きてしまう可能性が高い。
「全速で山頂を目指すべきじゃないのか?」
黒桐が言う。常世が目の前の木を切り倒しながら答えた。
「頂上に必ずいる保証はありませんし、捜索しながらの前進がいいんじゃないでしょうか」
「俺もその方がいいような気がするが、どうだろう?」
九条が常世の案に賛成する。黒桐はガイストを見る。彼は黙って考えている。
「見落としが怖いな‥‥。ここは捜索しながらの前進が吉だろう」
ガイストの言葉に方針は決まった。一行は周囲を捜索しつつ、山頂を目指すことにした。
「おーい! 助けに来たぞ!」
皆口々に呼びかける。耐熱性のあるAU‐KVを装着している常世は先行して道を切り開く。他の三人が呼びかけ、呼び笛を吹いてその周辺を捜索し続けた。
山道を10分程度歩いたところで、黒桐が炎の奥にゆらめく小さな影を見つけた。
「あそこ!」
小さな影が炎の奥に見える。何かがいる。九条が軽く屈伸をし、声だけをその場に残して駆けた。
「行ってくる」
瞬天速で一気に炎の間を突っ切る。風が舞い、炎を揺らす。揺らめいた炎の奥にたどり着くと、九条は叫んだ。
「誰かいるのか!」
少しの沈黙のあと、それは答えた。
「‥‥ワン!」
「い‥‥ぬ?」
声の方を見つめる。小さな柴犬が、九条を見つめ唸っている。九条の視線に気づくと、犬はさらに吠えた。
「ワン! ワンワン!」
素早く駆け寄ると、九条は犬に向かって声をかけた。
「大丈夫だ。俺は敵じゃない。助けにきたんだ。ほら、こっちへおいで」
犬はしばらく警戒するように唸っていたが、やがて九条の足元に歩み寄ってきた。そっと抱きかかえ、九条は炎のゆらめきを見る。
「よし」
一瞬の時間を見抜き、彼は炎の隙間を駆け抜けた。ごう、と炎が揺れ、九条の身を避けると、彼は仲間の元へたどり着いた。
「その子は?」
常世が尋ねると、九条は炎の奥で保護したことを告げた。子犬は九条の腕の中でもぞもぞと動いている。ガイストが子犬の首にはめられた赤い首輪に気づいた。
「こいつ、飼い犬だな」
「少女が飼っていた犬でしょうか?」
「わからんが、迷い込んだ野良犬というわけではなさそうだな」
その時、子犬がするりと九条の腕をすり抜けると、山頂へ向かって駆けた。少し前進し炎の前で立ち止まると、何度か吠える。
「ワン! ワン!」
「‥‥! 山頂へ向かえというのか?」
黒桐の声に応えるかのように、子犬は二度三度と吠え、尻尾を振る。
「方針変更だな。全速で山頂へ向かうとしよう」
ガイストがそう言うと、常世が頷いて子犬の前にある木々を切り倒し、炎を避ける。
一行は、子犬の示すとおり、全速力で山頂を目指し始めた。黒い煙と燃えさかる炎がその勢いを止めず、彼らの周囲を包んでいた。
●後方支援
「キメラ探索を継続しつつ、救助班に追いかけるぞ」
茂木の言葉に、消防隊の隊員が先行して放水を行う。その脇をジローとルイスが護衛する。茂木と並んで歩く小笠原は探査の眼で周囲を警戒しつつ、ゆっくりと進んでいた。
救助班の進んでいった道は、常世が切り倒した木々のおかげで後続の小笠原にもよく分かった。
彼女の指示で放水部隊が動き、消火活動を行い、その後をレスキュー隊とジロー、そしてルイスが切り開く。山火事は少しずつだがその勢いを弱めていた。
茂木の持つ無線機に通信が入る。先行している常世からだ。茂木は一行の後を追いかけながら無線機のスイッチを入れた。
『茂木さんですか? 常世です』
「おう。どうした? こっちは順調に消火活動をしながらお前らの後を追いかけてるぜ」
『先ほど、山の中腹から少し登った辺りで、九条さんが子犬を見つけました』
「子犬?」
『はい。飼い犬です。それで、救助本部にいる少女のお母さんに確認して欲しいことがあります』
「少女が犬を連れていたかどうか、か」
『です。私達はその子が山頂を目指すようなので、現在全力で山頂を目指しています』
「わかった。追って連絡を入れる。気をつけろよ」
『了解です』
通信をいったん切ると、茂木はレスキュー隊員に向かって怒鳴った。
「おい! 本部に連絡しろ! 少女は犬を連れていなかったか、母親に確認するんだ!」
「了解しました!」
隊員が本部に呼びかける。しばらくした後で、隊員が茂木に告げた。
「茂木さん! 少女は子犬を連れていたそうです! 首輪の色は赤! 小型の柴犬です!」
茂木は頷くと無線機のスイッチを入れ、常世を呼び出す。応じたのは九条だった。
「こちら九条」
「茂木だ。さっき常世が言ってた犬な。赤い首輪の、柴犬、子犬か?」
「――ああ」
「よし、本部からさっき連絡が入った。その犬は少女が一緒に連れていた犬だそうだ」
「了解した。こちらはまもなく山頂に到達する。火の手が激しい。支援を頼む」
「わかった。俺達が行くまでに少女を保護してくれ!」
無線を切り、茂木は一行に向けて叫んだ。
「よーしお前ら! 救助班の援護に回るぞ! 全速力で消火活動だ! 復路を切り開く!」
ルイス、ジロー、小笠原、そしてレスキュー隊、消防隊。一同は強く頷くと、再び作業に戻った。山道を包む炎を消火し、そして障害物となる倒れた木々を押しのけ、彼らは道を切り開いていった。
●発見、そして脱出
「ワン! ワン!」
子犬が吠える。山頂にたどり着いた一行は二手に分かれて少女の探索を開始していた。ガイストと九条のコンビ、そして黒桐と常世、そして子犬の2ペアだ。
「声を出さなくていい! 石や棒で何かを叩いて音を出してくれ!」
ガイストが叫ぶ。火の手はもうそこまで迫っていた。少女が気道を損傷している可能性もある。最悪の場合呼吸困難の可能性も考え、彼は只管に呼びかけた。呼びかけつつも九条に探索の指示を出す。ガイストの指示に従い、九条は素早く周辺を捜索した。
「くそっ、火の手が強い!」
黒桐が焦る。脳裏には自身の過去の光景が蘇っていた。戦い。燃える街。崩れ落ちる瓦礫。
「こういう特殊な環境下の活動こそAU‐KVの真骨頂って奴ですよ」
常世が燃える木々を切り倒し、押し退け、黒桐の為に視界を広げる。と、押し広げられた視界の隅に飛び込む子犬の姿。山頂の木々の端に向かって、子犬が駆けていった。
「待て! そっちは‥‥っ!」
まだ炎が――黒桐が叫びながら走る。その後に常世も続く。ガイストと九条もその騒ぎに気づいてこちらへ向かう。
最初にそれを聞いたのは黒桐だった。
「ごほっ、げほっ」
煙にむせるか細い咳の音。続いて大きく吠える子犬の声。黒桐と常世が叫び、九条が再び駆ける。炎の中に飛び込んで、彼は子犬と、そして足を怪我した少女を脇に抱え、戻ってきた。
「よく、頑張ったな」
ガイストが少女に向けて微笑むと、常世から受け取った酸素マスクと防火服を着ける。黒桐が自分でも気づかぬうちにうっすらと涙を浮かべてその様子を見ていた。
「‥‥よかった」
「ほら、涙を拭け。まだやることはあるだろう?」
ガイストの優しい言葉に、黒桐は慌てて涙を拭き、少女に練成治療をかける。これで、多少は足の痛みも和らぐだろう。
「こちら救助班。目的の少女を保護した!」
九条が誇らしげに告げると、無線機の向こうで大きな歓声があがった。程なくして、茂木の声が聞こえる。
『よくやってくれた。俺達もまもなく山頂に到達する。復路はしっかり確保しておいたぜ』
「それは助かる」
『礼ならお前らの仲間に言ってやれ。あいつらがキメラを殲滅した後で、レスキューの手伝いに回ってくれたおかげだ』
「では、俺たちも撤収を開始する」
『ああ、じゃあな!』
無線を切ると、九条は皆に茂木との会話の内容を伝えた。一行は互いに頷きあうと、山道を引き返し始めた。
●麓にて
「ああ、ありがとうございます! ありがとうございます!」
母親が何度も何度も一行に頭を下げる。
「本当に、良かったです」
小笠原がそう言うと、黒桐が頷く。その目には再びうっすらと涙がにじんでいる。ガイストはそんな彼の肩に手を置くと頷いた。掠れた声で、酸素マスクの向こうから、少女が呟いた。
「ありがとう。ペロを助けてくれて、本当にありがとう」
常世がそんな少女の頭を撫でると微笑む。
「小さな命を救うことができた。俺はそれだけで良い」
九条が言う。ルイスとジローは照れくさそうに頭を掻いていた。茂木が一同に向かって頭を下げた。
「お前ら、本当によくやってくれた。助かったよ。ありがとう」
ハイパーレスキューの隊長も一緒に頭を下げる。
「本当に、君達のおかげで助かったよ」
キメラとの戦い、そして危険な状況での救出と、ここのところ能力者による支援の必要性を感じる事がたくさんある。
「‥‥ま、今はこいつらの協力とその成果を素直に喜ぶとするか」
誰にも聞こえないように呟くと、茂木は目の前の能力者たちを見つめ、笑った。