●リプレイ本文
●夕焼けに集う
「ごめんください。UPC本部から依頼を受けて参りました」
オペレータと並んで玄関先に立つティル・エーメスト(
gb0476)が来訪を告げる。施設の主、郷田三郎が出迎えると、目を細くした。
「おお、あなたは‥‥その節はお世話になりました」
そういえばそうだった。以前にもここを訪れたことがあった。ティルは頭の中で過去の出来事と少女の笑顔を思い出しながら会釈する。その後ろから恐る恐る顔を出す少年――ティルの義理の弟、リオン=ヴァルツァー(
ga8388) だ。ティルはリオンに微笑みながら声をかける。
「大丈夫ですよ、リオン君」
「‥‥あの‥‥依頼‥‥頑張ります‥‥!」
郷田はリオンに優しく微笑みかけると、ごつごつとした手を差し出した。
「いやいやお若い能力者の方々で、子供たちも喜びます。どうかよろしくお願いします」
態度とは裏腹に、リオンはその手をしっかりと握るとまっすぐに郷田の目を見つめて頷いた。
「こんにちは」
物静かながらもはっきりとした言葉で挨拶し、玄関先にぴょこんと顔を出したのはアセット・アナスタシア(
gb0694)。こちらも若い。その背中から、顔だけ覗かせているのは霞倉那美(
ga5121)だ。
「あの‥‥よろしくお願いします‥‥」
人見知りな那美と物静かなアセットの二人は仲良く並んで郷田におじぎした。妻の道枝が玄関へ出てきて言った。
「あらあら、かわいいお嬢さん達ね。こんなかわいい子も能力者さんなのねえ」
「こんな年端もいかない子達にお願いするのは気が引けるというものだが」
道枝の言葉に郷田がすまなさそうに頭を下げた。と、そこへふんわりと香ばしい匂いが漂ってくる。
パンの入ったかごを抱えた誰かが玄関先に立っていた。かごの横からひょいと顔を覗かせると、そこには夕日に輝く金髪の少女の笑顔があった。
「こんにちは! これ、皆さんで召し上がってください」
男装の少女――サンディ(
gb4343)はにっこりと笑うとかごを郷田の前に置いた。かごの中にはたくさんのパンが入っている。
「いい匂いですな。子供たちもきっと喜びますよ」
郷田がそう言って皆を施設の中へ招き入れた。道枝がかごを持って一行の後に続いた。
●みんなでパンを食べよう
「頂きまーす!」
元気な声が響き渡る。結城沙耶と飯田唯の二人が嬉しそうにパンをちぎって口に運ぶ。その様子に、何人かの子供たちもサンディの持ったかごに集まってくる。ひとり、またひとりとパンに手を伸ばす。
「味にはちょっと自信があるから、たくさん食べてね」
サンディがひとりひとりにパンを手渡した後、かごをアセットに預ける。そして手に二つのパンを持って、子供たちを微笑みながら見ているティルに声をかけた。
「ティル。じゃあ私達は周辺を調べてこようか」
「そうですね。リオン君、アセットさん、那美さん、こちらはよろしくお願いしますね」
「ティルおにいちゃん、あとでね!」
沙耶がパンを頬張りながらティルに手を振った。ティルも手を振り返す。リオンが頷いたのを見て、二人は施設の外へと出ていった。
「なんだか顔色が悪いけど‥‥もしかしたらあまりよく眠れてないんじゃないかな? もし何か原因があるなら教えて?」
アセットがパンを頬張っている子供――真田太一と天本洋二に話しかけた。太一が口をもぐもぐとさせながら答える。
「何かさぁ、あいつら見てるとイライラするんだよね」
太一の指差す先にはオペレータと話している飯田徹と山下雄二の二人がいる。視線に気づいた二人はむっとした顔で太一を睨む。那美が慌てて二人に駆け寄っていった。
「(こっちは任せて)」
視線でそう合図を送る那美。アセットはにっこり微笑んで頷くと、洋二にも話を聞くことにした。
「あいつ――雄二がねえちゃんに意地悪するんだ。あいつが悪いんだよ」
洋二は雄二を睨み続ける。那美がうまく視線を塞ぐ。アセットは洋二の手を握ると言った。
「私もね、お父さん、お母さん、いないんだ。でも今のお姉さん達に拾われて色んな事を教わった。信頼できる友達もできた。そういう人たちは大切にしなきゃ駄目なんだよ?」
洋二はアセットの視線から逃げようとうつむいて黙っている。アセットは二人の手を握って言った。
「ここにいる人たちは君たちにとってそういう人のはずだよ?」
二人は少しだけ顔を上げ、毎晩見る夢のことをアセットに語った。夢の中で自分達が憎しみあっている姿。目が覚めるたびに叫びだしたくなるような、自分でもよく分からない衝動。アセットは二人の手を握り続け、話を聞いた。
一方、リオンは郷田夫妻と、比較的大人に近い年齢の二人、竹本茂治と天本美樹の四人と一緒にパンをかじっていた。ふと思い出したように懐を探ると、美樹にライオンのぬいぐるみを手渡す。
「これ‥‥お守りに‥‥。きっと皆を守ってくれると思うから‥‥」
「あ、ありがとう」
美樹が少し頬を染めてぬいぐるみを受け取った。その様子を見て郷田が笑う。
「いや、これはこれは。すまないね」
リオンは少しだけ照れ笑いを浮かべると、茂治には自分の過去の依頼の話を語ったり、ラストホープのことを語る。冒険に憧れる年頃か、茂治は目を輝かせて話を聞いていた。が、今回の依頼のことになると表情が暗くなる。
「大丈夫、すぐに‥‥話して‥‥くれなくても」
リオンはそう言うと再び二人とパンをかじりながら、ラストホープの話を続けた。
●痕跡
「なるほど。ここですか」
ティルが険しい顔でポイントを特定する。探査の眼で辺りを探っていく彼の髪の毛は銀色に変わっている。
「あまり練力を使いすぎないようにね。ティル」
サンディが声をかけると、ティルは険しい表情を和らげて笑顔を作り、頷いた。そんな彼に自らの焼いたパンを手渡す。
「ほら、これでも食べて少し一休みしよう」
「あっ! 僕の分もあるんですか! 嬉しいなあ」
嬉しそうにパンを受け取り、さっそく一口かじる‥‥香ばしい香りと柔らかい甘みがティルの口に広がった。
「うーん、おいしいです〜」
幸せそうなティルの顔を見て、思わずサンディの顔もほころぶ。少しの間そうやって休んだ後、二人は再び周囲の探索を続けた。
「どうやら、施設の周囲50メートルくらいまで近づいているみたいだね」
サンディの言葉に、探索は十分と判断したのか、ティルが覚醒を解除する。銀色の髪の毛がみるみる金色に染まっていく。
「そのようですね。この辺りに鳴子を仕掛けておきましょう」
「よし、それだけやったら戻ろうか。これ以上調べても時間の無駄かもしれないし、体を休めておいた方がいい」
「はい!」
二人は探査の眼で探り当てたポイントに沿って、施設を囲むようにワイヤーを仕掛け、施設へ戻っていった。並んで歩く二人の背中を照らす夕日が、地面に長い影を落としていた。
●集合
ティルとサンディの二人が施設に戻ると、リオン、那美、アセットの三人はそれぞれすっかり子供たちと仲良くなり、施設の中に立ち込めていた重い空気が幾分か取り払われていた。
はしゃぐ声や笑い声が響き渡り、サンディの持ってきたパンはすっかり無くなっていた。郷田が嬉しそうに言う。
「久しぶりにこんなににぎやかになりましたよ。どれ、そろそろ夕飯の支度でもしますか」
「あ、手伝いますっ」
人見知りの緊張も解けた那美が元気よく立ち上がると、郷田夫妻とともに台所へと移動する。その姿を目で追いながら、サンディは残った二人に声をかけた。
「お疲れ様。こっちも大体終わったよ」
「あ‥‥兄さん‥‥サンディさん‥‥」
「お疲れ様でした」
リオンとアセットがほぼ同時に答える。ティルはリオンの側に歩み寄り、調査の結果を伝えた。
「とりあえず、キメラが接近したら分かるようにしておきました」
その言葉にリオン、アセットの顔が真剣な表情に変わる。サンディとティルが作戦を提案する。
「二人一組に分かれて待ち伏せる。私とティルは表口、アセットとナミは裏口で待機」
「リオン君には施設の皆さんの護衛をお願いします。くれぐれも無理はなさらないでくださいね?」
ティルがリオンの手を握る。リオンはその手をぎゅっと握り返すと強く頷いた。
「と、そのためにはしっかり体を休めておかないとね」
サンディはそう言うと皆に向かって微笑んだ。ふっとアセットの緊張が解ける。恥ずかしそうに目を伏せ、アセットは言った。
「そうですね。私、那美さんを手伝ってきます!」
「サブローサンのお邪魔にならないようにね!」
サンディが軽くウインクすると、アセットの肩をぽんと叩いた。
「兄さん‥‥僕たちも‥‥郷田さんや‥‥子供たちから色々話‥‥聞いたよ」
夕食を待ちながら、リオンが集めた情報をティルとサンディの二人に説明する。郷田夫妻の話では、子供たちはここ数日、ほとんど決まった時間に起きてくるという。
そして子供たちに夢の内容を聞いたリオンは戦慄した。皆が皆、子供の見る夢にしては残酷な、人が人を殺す、憎む、悪意に満ちたまさに悪夢と呼ぶべき夢を見続けていたのだ。
そして、夢の中だけでなく、実際にここ数日間、子供たちの間で諍いが絶えず、郷田夫妻も頭を悩ませていたのだった。
「さあ、みんなで食事にしましょう」
那美が大きな鍋を抱えてくる。その後ろにはアセットがこれまた特大の皿を抱えて立っている。子供たち、そして郷田夫妻、それから能力者たちは、皆並んで夕食を囲み、つかの間「ほしのいえ」に安らぎの時間が訪れた。
●悪夢の正体
「大丈夫、怖い夢はもう見なくて済むからね‥‥おやすみなさい」
那美がそう子供たちに告げて、裏口へと向かう。アセットは既に覚醒し、薄暗闇の中で赤く目を輝かせている。それを見つめる那美の瞳も深紅に染まり始める。二人は向かい合って座ると、互いの意思を確認するように頷きあった。
一方同じ頃、護衛を任されたリオンはたった一人、寝室に続く廊下にしゃがんでいた。左腕に巻かれた包帯は既に解かれている。背中を預けた郷田夫妻の寝室に向かって声をかけた。
「子供たちは僕が絶対守ります。だから安心してお二人も休んでください」
ややあって、寝室の中から郷田の声が聞こえてきた。
「リオン君だけに任せるわけにはいかないからね。私ももしもの時のために目を覚ましておくよ」
元自衛官の言葉は老いてなお力強く、子供たちを守る気概に満ちていた。リオンは嬉しそうに、軽く頷いた。
「‥‥! サンディさん」
ティルが鳴子の異常に気づきサンディに合図する。サンディは頷くと周囲を確認した。いつの間にか施設の周囲は異様な雰囲気に包まれていた。
「ナミ? そっちはどう?」
「‥‥いえ、周囲に敵の影は見当たりません」
「よし、じゃあまずは私達が飛び出す。二人は裏口から周囲を警戒しつつ合流して」
「了解です」
無線を切る。ふっと一息吐くと、サンディはティルに告げた。
「いくよティル」
「はい、子供たちの悪夢を、止めましょう!」
玄関の扉をゆっくりと開け、目標に向かってダッシュする。悪夢の正体がそこにいた。
「‥‥っ!」
黒く大きな馬の形をしたキメラが二体、そしてその後ろに、バグアにより強化されたと思われる人間の姿があった。
キメラはその口を開き、どす黒い粒子をはき続けている。
「せいっ!」
キメラのうちの一匹に向かって、サンディがレイピアを突き込む。大きく開いた口に吸い込まれるように刀身が突き刺さり、脳天を貫いて刀身が飛び出した。手首をぐるりと捻り、肉を抉る。刀身を引き抜くと、キメラの口から大量の血液があふれ出し地面を濡らした。ヒュッと刀身を振りぬき、血を払う。サンディはレイピアの手ごたえを確認すると、敵に向け言い放った。
「さあ、懺悔の時間だ!」
その声を合図に、もう一匹のキメラが地面に倒れる。裏口から回り込んだアセットと那美だ。那美が超機械の杖で強力な電磁波を発生させたあと、アセットがタイミングを見計らって銃弾を放ったのだ。銃弾は的確にキメラの脚を撃ち抜いていた。もがくキメラの頭にティルがソードブレイカーを突き刺す。
「これからの子供たちに悪夢を見せ続ける貴方を私は絶対許せない‥‥許すもんか」
アセットが銃を向け呟く。那美も超機械の杖を構えてその後ろに立つ。強化人間が忌々しげに呟いた。
「チッ、能力者か。少しずつガキどもの生命力を奪い、ヨリシロとして使う計画が水の泡だ」
両手に嵌められたガントレットから、長い爪が伸びる。能力者の使うキアルクローに形は似ているが、似て非なるもののようだ。軽く土を蹴って飛び出し、サンディに飛びかかる。
ガキン!――ヒュッ――カキン! 一撃目を受け止め二撃目をかわし、サンディは反撃を繰り出すがもう片方の爪で弾かれてしまう。敵の体術は人間のそれを軽く凌駕していた。
「いきます!」
那美が杖を振るうと電磁波によるフィールドが形成される。その衝撃に一瞬、強化人間がたじろいだ。アセットはその隙を見逃さない。
タン! タン! 二発の銃弾が両手の拳銃から放たれる。一発が敵のわき腹を捉え、もう一発が右肩を撃ち抜いた。強化人間が舌打ちする。そこへティルのソードブレイカーが振りかざされた。
「なめるな、ニンゲン!」
淡々とした口調の中にわずかな怒り。敵は身をよじってティルの斬撃をかわし、翻ったその勢いで回し蹴りを放つ。斬撃の勢いと蹴りの重みが衝突し、ティルが後方に吹き飛んだ。
「ぐあっ! クハッ!」
ごほっ。呼吸が一瞬詰まり、その後に喀血する。自身障壁を突き破るほどの威力の蹴り。ティルでなければ、致命傷であったかもしれない。砂埃を立てて、敵が地面に手を付き着地した。
「このっ!」
サンディが飛び込む。残撃を重ねる。スマッシュの二連撃。一撃目はかわされたが、二撃目が過たず敵の胴を突き刺した。強化人間が痛みに飛び退く。
「人間ども、勝負は預けた‥‥!」
その言葉とともに、敵は闇に溶けその姿を消した。
●幸福な夢
「おはよう、おにいちゃん」
「ああ、おはよう。唯」
徹が唯に挨拶を返す。二人とも表情は明るい。唯が座敷に座っていた郷田に尋ねた。
「ねえ、おにいちゃんたちは?」
「ああ、世が明ける前に、帰ったよ」
「ええっ! おわかれ言ってない!」
郷田は答えた。
「また会えるさ。皆、またここに遊びに来てくれると言っていたからね」
――時は数時間前に遡る。
戦いを終えた能力者たちは郷田三郎に、ことの経緯と戦いの完了を告げた。
「あの‥‥また遊びに来てもいいですか?」
那美が郷田にそう言うと、郷田は嬉しそうに頷き、答えた。
「ああ、いつでも歓迎するよ。皆さんも近くにくることがあったら是非寄ってください。子供たちも喜びます」
一同は頷いて、郷田にお辞儀した。リオンが言う。
「今日からは‥‥また幸せな夢が‥‥見られるといいですね」
夜明けを告げる春の日の出が、一同の顔を誇らしげに照らしていた。