●リプレイ本文
●炎の中で
「‥‥こりゃあ、酷いな」
黒川丈一朗(
ga0776)が思わず呆然と呟く。その顔が炎に照らされて紅く染まる。
「この間消防士のコスプレやったからな‥‥因縁かな‥‥」
「黒川さん‥‥コスプレで済ませられる状態じゃありませんです」
ふうとため息をつくと、彩倉能主(
gb3618)は背中に武器を背負い、両手で消火器を持つ。
「これ、借りてきたですよ。私はこれでバックアップするです」
「おお! んじゃ後ろは任せる!」
「‥‥やれやれ」
黒川はゴーグルをかけエアタンクを背負うと、炎に真正面から飛び込んだ。その足元に彩倉の消火器が噴射され、炎の勢いを弱める。彩倉は自身も後に続くと、的確に消火器を噴射し炎を沈静化していく。
黒川と彩倉は互いに危険なポイントを指示し合いながら、黒川が先行しポイントを確保、彩倉が後続し炎の勢いを弱め退路を確保するという見事な連携で燃え盛る家屋の奥へと進んでいく。
先行した黒川の指示で彩倉が奥へと進もうとした時、突然、それは起こった。轟々と燃える炎の舌が天井を舐める。炎に焦がされて、天井の一角が燃え落ちてきた。
「彩倉っ! 危ない!」
ガラッ! ガラガラガラッ! 激しい音とともに彩倉の頭上へ炎を纏った破片が降りかかる。
咄嗟に黒川が拳を飛ばし、破片を殴りつけた。彩倉の頭上に落ちかかっていた破片がまっすぐに壁に向かって飛び、弾けた。
「し、死ぬかと思ったです‥‥。あ、消火器‥‥」
破片を避けようと身を竦ませた時に、どうやら手元から落としてしまったようだ。消火器のホースが熱で溶けかかっている。
「ちっ、帰りは厳しそうだな」
黒川が彩倉に手を貸しながら舌打ちした。ふと視線を横に向けると、二人がいた場所から少し脇に逸れた場所に扉が見えた。黒川は彩倉を抱きかかえ、勢いよく扉の前までジャンプした。
「は、はずかしい‥‥!」
黒川には聞こえないほどの小さな声で彩倉が呟いた。黒川は彩倉を抱え下ろすと扉に向き直った。炎が扉を焦がしているが、鉄製の扉は黒く煤けるだけで、燃え落ちる様子はない。熱で歪曲したのか、押しても引いても開くことはなかった。
「おし、やるか」
黒川の声に彩倉も背中のセリアティスを取り出す。黒川はハンドアクスを取り出し、彩倉に声をかける。
「あんまり本気で吹っ飛ばすなよ? 中に人がいるかもしれん」
「わかってるです。いきますよ黒川さん」
ガキン! ガキン! ガコン! 派手な金属音を立て扉が外れる。その奥に、炎に揺らめく人影が見えた。
「た、助けて‥‥」
か細い女性の声。要救助者の女性か。黒川が素早く駆け寄ると周囲を確認する。逃げ場は――ない。
「くそっ! 窓でもありゃ飛び出せたんだが‥‥っ!」
「作ればいいです」
ドゴン! 派手な音を立てて壁に大きな穴が開く。彩倉が手に持ったセリアティスで壁に穴を穿ったのだ。
彩倉はそのまま壁の上部を素手で押さえている。
「黒川さん、先にその人を連れて出てください‥‥です」
「お、おう、助かる」
少しどもりながら黒川が女性を抱えて穴から飛び出す。続いて彩倉が飛び出した。
ドゴォォォン! 派手な音を立てて、壁面が崩れ、三人の頭上をかすめるように大量の炎が噴き出した。
●Ultimate Rescue
「くそっ! どこだ!」
御山アキラ(
ga0532)が叫ぶ。生き埋めになった男性を探してもう20分は呼びかけている。しかし一向に返事はない。もしくは聞き逃しているのか。焦りに御山の額に汗がにじむ。
そんな御山に鈴木迎(
gb5394)が声をかけた。
「御山、落ち着け。俺が探してみる」
そう言う鈴木の両目が黒く染まり、瞳が白く光る。覚醒し白眼となった鈴木は探査の眼で周囲を探った。しかし、拡大した探査能力は周囲の全てをでたらめに怪しいものとして映す。
「くっ」
呻く鈴木の無線機に通信が入った。事前に打ち合わせたマクシミリアン(
ga2943)の周波数とは異なる――誰だ? 不審に思いながらも鈴木は無線を取った。
「‥‥ザザッ‥‥聞こえるか‥‥?」
聞き覚えのない男の声。
「誰だ貴様? 悪戯なら他所を当たってくれ」
しばらくの沈黙の後、通信が少しクリアになった。無線の向こうの男の声がはっきりと聞こえる。
「俺は茂木。茂木孝也(モギタカヤ)という。UPC本部から話を聞いて現在そちらに向かっている」
茂木という男は自分の素性を語った。彼は元ハイパーレスキューの隊員で、現在は能力者としてバグアとの戦闘の傍ら、レスキュー活動を行っているという。
「UltimateRescueTaskForceってのを聞いたことあるか?」
茂木は鈴木に問いかける。首を捻る鈴木。見えていないからだろうか、お構いなしに茂木は続ける。
「たまたま今回は別の救助作業中で出遅れたんだが、お前、出かける前に要救助者の身元と、携帯電話の番号を聞いてただろ?」
「ああ、確かに聞いたがそれがどうした?」
「いい判断だったな。番号がわかったぞ。そこにいるかはわからんが、今から伝える‥‥」
鈴木が目線で御山を呼ぶ。茂木の言う番号を御山に聞こえるように復唱する。御山は素早くその番号をメモすると、懐から携帯電話を取り出し、コールした。
しばらくして呼び出し音が鳴った。ピピピピピピ。音は御山が立っている位置の少し後ろから聞こえる。
「鈴木!」
「ああ――茂木とか言ったか。助かった」
「いや、現場に向かうついでに言伝を頼まれただけだからな。それにしてもお前ら――」
大した根性だ、と言って茂木からの通信は途切れた。携帯電話の着信音を頼りに、二人は瓦礫を取り除いていく。御山が器用に瓦礫を取り除く。少しだけ着信音が大きくなったその時。
ガラガラガラ! 取り除いた破片が支えていたのか、御山の積み上げた瓦礫の最上部が崩れた。しかし御山の手前で鈴木が立ちはだかり、瓦礫をその身に受け止めた。
「大丈夫か? 御山」
「あ、ああ。お前こそ大丈夫なのか?」
御山の言葉に、鈴木はにやりと笑うと答えた。
「ああ、俺は頑丈だからな」
自身障壁の効果で鈴木の体には傷ひとつ付いていなかった。二人は何事もなかったかのように瓦礫の撤去を続け、横たわっている男を見つけた。鈴木が男の肩から出血しているのを見つけると、手早く止血を行う。
「幸い、怪我は肩だけみたいだな。御山、頼む」
「任せろ」
御山は男を背負うと、深く息を吸い、一気に自らが掘り進んだ瓦礫の穴を飛び越えた。二人は男を支えながら、サポート組の待つ場所へと向かった。
●当たり前の勇気
「ぐっ‥‥ぅあ‥‥」
眼下で男が苦痛に呻いている。辰巳空(
ga4698)と旭(
ga6764)は手分けして瓦礫をどかす。
と、手を止めて辰巳が旭に声をかけた。
「旭さん、二次災害に注意してくださいね。それからいきなり瓦礫を取り除くのは危険です」
「そうですね、その辺は辰巳さんにお任せします」
辰巳の指示で的確に旭が瓦礫を取り除く。テキパキとした指示と行動で、あっという間に周辺の瓦礫は取り除かれた。瓦礫を運ぶ旭の足元に汗が落ちる。
「大丈夫ですかー? もうすぐ助けますからねー」
辰巳が大きな声で呼びかける。男性は呻きながらゆっくりと頷いている。意識はあるようだ。辰巳は絶えず声をかけ続けながら、救助の手順を頭で模索する。
ふと見上げると瓦礫の山がグラグラと揺れている。このままでは要救助者に危険が及んでしまう。辰巳は咄嗟に要救助者をかばう様に覆いかぶさった。少なくとも瓦礫の直撃は免れるだろう。
ガタン、ガタガタガタッ! 揺れていた瓦礫が立て続けに三つ崩れ落ちた。
「辰巳さん! 気をつけて!」
旭が飛び出す。その手にはアーミーナイフ。見開かれた瞳が金色に輝く。右手、瓦礫をアーミーナイフで切り裂く。左手、握った拳が瓦礫を砕く。あと一つ。旭は背中でそれを受け止めた。
「旭さん! 無茶しすぎです!」
辰巳が叫ぶが、旭は笑顔で答えた。背中で受けた瓦礫が落ちないように、バランスを取っている。
「これが僕達の仕事ですからね!」
辰巳は体勢を立て直し、素早く男の上腕を縛った。そしてゆっくりと瓦礫をどかしていく。少しずつ瓦礫を動かすことで、急激な血流の戻りを防いだ。借りてきたジャッキを根元へ差し込む。
「よし、OK! 少し引っ張りますよー」
声をかけ辰巳は一気に男性を引きずり出した。男性がいた場所に瓦礫がどしんと落ちる。救助に成功したのを見て旭は支えていた瓦礫を放った。
「お見事です!」
旭の言葉に辰巳は頷いて笑顔を返す。引っ張り出した男性を素早く診察する。骨は、折れていないか。出血はそれなりに多いようだ。止血の為に巻いた布をきつく縛り、傷口を軽く消毒する。
「とりあえず、ほかの部分が崩落しないうちにゆっくりと運んでいきましょう」
「ですね。ゆっくり急ぎましょう」
二人は顔を見合わせると辰巳が即席で作った担架に傷ついた男性を乗せると、ゆっくりと抱えて歩き出した。
●オレンジの男
マクシミリアンの無線機に通信が入る。ロジャー・ハイマン(
ga7073)と二人で、通信に耳を傾けると、声の主は彩倉だった。
「マクシミリアンさん、聞こえてますか?」
「ああ、聞こえてるよ、首尾はどうだい?」
「ええ、黒川さんと二人で無事救助成功しました。今そちらに向かってるのです」
「そいつは朗報だ。手助けはいりそうかい?」
「いえ、二人で大丈夫だと思うです」
「了解。困った時は遠慮せず連絡してくれよ?」
無線を切ると、マクシミリアンはくわえた煙草に火をつけた。
と、同時にまた無線機が彼を呼び出す。ロジャーが代わりに応答した。
「はい、サポート組、ロジャーです」
「辰巳です。瓦礫の下敷きになった男性を発見しました。今担架で運んでますが少し時間がかかりそうです」
「了解。じゃあ俺が向かいます」
大体の場所を聞くと、ロジャーはマクシミリアンに通信の内容を告げる。
「マクシミリアンさん、そういうわけなので、ちょっと俺は辰巳さん組を手伝ってきますよ」
「ああ、しかし難儀な現場だな。お遊びなしで頼むぜ」
頷いてロジャーは駿足で駆けた。その様子を見送りながら、マクシミリアンが呟く。
「さて、と、一番てこずってそうなところはどうかな?」
無線機のスイッチを入れ、鈴木と御山を呼び出す。程なくして鈴木が応答した。
「おう。そっちはどうだい?」
鈴木の息遣いが荒い。何かあったのか?
煙草の煙を吐き出しながらマクシミリアンは額に手をあてて鈴木の言葉を待った。
「救助には成功したが、怪我をしているようで、さっきから痛そうにしていた」
「今どこだ?」
「御山が背負って先行して走っている。もうすぐそちらに到着するはずだ」
タイミングよく御山がマクシミリアンの目の前に飛び込んできた。背負った男の肩からは出血している。止血はしたようだが、運んでいる途中に出血したのか、止血が十分でなかったのか、とにかく処置が必要そうだ。
「鈴木、ちょうど御山が到着した。君もこっちに合流するか、他に要救助者がいないか探してくれ」
「そっちは問題なさそうか?」
「ま、わからんが、君の出番は多分ないんじゃないか? 治療だけなら俺がいるし、御山もいるからな」
「そうか。なら俺はこのまま探索に入る」
通信は切れた。御山が男を担架に寝かせる。マクシミリアンは素早く全体を確認する。出血は――肩からだけか。
「応急処置して止血しておこう。御山、手伝ってくれ」
「ああ、わかった」
マクシミリアンは傷口を見ると、裂傷を起こしている傷口の上を縛りなおした。水筒に入れたお茶で傷口を洗う。止血には成功したようだ。傷口を消毒しながら、マクシミリアンは男に声をかけた。
「よーし、もう助けがきたんで大丈夫だぞ。傷もたいしたこたあない」
にっこりと笑い、男を安心させると、マクシミリアンは救助隊の到着を待つことにした。
「辰巳さん。交代しましょう」
ロジャーが声をかける。担架を抱えていた辰巳と交代し、辰巳には先に戻るように勧める。
「治療が必要な人がいるかもしれませんから、いったんマクシミリアンさんと合流を」
「そうですね。では旭さん、ロジャーさん、こっちは頼みます」
そう言うと、辰巳は先にマクシミリアンの元へ戻った。
「ロジャーさん。急ぎま‥‥」
「ちょっと静かに!」
ロジャーが旭の言葉をさえぎる。一瞬、周囲が静けさに染まる。ゴトン。崩れた家屋の方から物音がした。
「まさか‥‥!」
ロジャーは担架を旭に預けると、家屋の側で聞き耳を立てた。ゴトン。再び不自然な音。
「くっ‥‥手が足りないか」
目の前には怪我をした男性。しかし家屋からは不自然な物音。もし要救助者がいたとしたら‥‥。一瞬、ロジャーの脳裏に暗い影が落ちる。どちらかを見捨てるなんてことはできない。
「困ってるみたいだな」
不意に聞き覚えの無い声がする。旭とロジャーが声の方向を見ると、オレンジ色のつなぎを着た男が二人に向かって手をあげていた。
「あなたは‥‥?」
旭の問いかけに、男が答える。
「茂木孝也。能力者であり、救助隊員でもある。お前らが出発した後を追ってきたんだ」
ロジャーが訝しげな顔で茂木を眺める。茂木は真剣な顔で続けた。
「ま、俺の個人的な仕事でな。UltimateRescueTaskForceって組織を立ち上げて、バグアとの戦いに巻き込まれた一般人の救助を専門に活動してるんだ」
茂木が担架を指差す。男性は呻いている。茂木はロジャーに担架を担ぐよう指示する。
「あそこから音が!」
「おう、そっちは俺が必ず助ける。元ハイパーレスキュー、オレンジの実力を見せてやるよ」
ロジャーに敬礼すると、茂木は家屋へ向かって駆けていった。
●必要なんだ
一行と茂木は、その後も人命検索を続けたがどうやら4名のほかには要救助者はいなかったようで、応急処置、救助した者への声かけを行いながらレスキュー隊の到着を待った。
しばらくの後、本命のレスキュー隊が到着し、救助者を引き渡すと、茂木は誰にともなく呟いた。
「最近多いんだよ。戦闘に巻き込まれた一般人の救助まで手が回らないってことがな」
一行が茂木を見つめる。
「だからこそ、救助活動もできる能力者が必要なんだ。お前らみたいに根性のある奴らがな!」
茂木はそう言ってひらひらと手を振ると去っていった。茂木が去り際に残した言葉の意味を、一行はそれぞれに考えていた。