●リプレイ本文
●結城沙耶
「それでは、くれぐれもよろしくお願いします。私はこちらで待っていますので」
老父は一同にそう言って深く頭を下げると、沙耶の頭を撫で、車の運転席に乗り込んだ。
「初めまして。僕はティル・エーメスト(
gb0476)です。これはお近づきのしるしに」
ティルが懐からライオンのぬいぐるみを取り出して沙耶へ手渡そうとするが、沙耶は頭を振って呟いた。
「おじいちゃんに、しらない人からものをもらったらいけませんって言われてるから」
がっかりした様子のティルの肩を、オブライエン(
ga9542)が叩く。
「しっかりした、良い娘じゃ。今回はおぬしの負けじゃな、ティル」
「うぅ、僕って怖いですかね?」
残念そうな顔のティルに沙耶がにっこりと笑うと言った。
「ううん、おにいちゃん、やさしそう」
そのとき、ピピピ‥‥という電子音の後で、ティルの後ろから小さなうさぎが顔を出した。ひょこひょこと沙耶の足元へ歩いてくると、おじぎして手を差し出す。
「こいつは俺の開発したロボットのうーくんだ‥‥今回はこいつもあんたの護衛をしてくれるそうだ‥‥」
ぶっきらぼうにそう口にしたのは絶斗(
ga9337)だった。彼はティルにそっと耳打ちする。
「戦闘になった時にはこいつが沙耶の目隠しをする。あとは、任せる」
ティルがこくんと頷くのを確認すると、絶斗はそのまま無言で先頭に立った。沙耶はうーくんと手を繋いではしゃいでいる。もう片方の手を優しく握ると、ティルは微笑んだ。
●守るべきは
「パパとママ、か‥‥」
そう呟きながらAU‐KV、リンドヴルムを押して歩いているのはヴェロニク・ヴァルタン(
gb2488)。少女の生い立ちをUPC本部で聞いて、彼女は自身の生い立ちを重ねていた。不幸な生い立ちを持つにも関わらず、明るく振舞っている少女の姿に、ヴェロニクは依頼完遂への気持ちを新たにした。
オブライエンが周囲を警戒しつつ、黙々と歩を進める七海真(
gb2668)に問いかける。
「七海、貴公はなぜこの依頼を受けたんじゃ?」
「理由なんてねえよ、なんとなくだ」
ヴェロニク同様にリンドヴルムの照明を灯りにして歩く七海の言葉は短い。オブライエンはやれやれと言った調子で目を細めると、暗視スコープを覗き込んだ。周囲に敵の影はない。
「(疲れなきゃ良いが、帰り位なら乗せて‥‥やれねえか、陣形崩れちまうもんな)」
七海は心の中でそう呟くと、頭を振って護衛に集中することにした。
「僕達がついていますから、怖いことなど何もありませんからね」
ティルが手を繋いだ沙耶にそう話しかける。沙耶のもう一方の手には絶斗がプログラムしたうーくんの手と、九条の手が重なって繋がれている。沙耶は楽しそうに笑顔でティルと九条について歩いていた。
と、後方で七海の隣を歩いていたオブライエンと、先頭中央を進んでいた織部ジェット(
gb3834)の二人が、ほぼ同時に声を上げた。
「お出ましだ!」
夕闇染まる空に浮かぶ6つの赤い眼。キィ、と短い声を上げると全長3mはあろうかという巨大な蝙蝠が3匹、崖の上から襲い掛かってきた。先頭を守る絶斗、ジェット、耀(
gb2990)の3人が素早く散開し、手に持った銃器を構える。
パン、パン、と乾いた音が響く。うさぎのうーくんが沙耶の目を隠すが、戦いの音に沙耶は身をこわばらせている。手にショットガンを構えた九条・陸(
ga8254)がティルにむかって叫んだ。
「ティルさん! 沙耶ちゃんを頼みます!」
前衛の3人の善戦で二匹の蝙蝠型キメラは羽根にダメージを負い、地に落ちた。耀が素早く刀を抜いて前進し、止めを刺す。ジェットと絶斗もそれに続く。
「はい、ご退場願いますね」
ヴェロニクがAU‐KVでキメラの死骸を引きずり、崖から落とす。
「くらえぃ!」
オブライエンが集中力を高め放った弾丸が、残り一匹の翼に命中する。オブライエンが舌打ちする。頭部を狙ったつもりだったが、暗視スコープがあるとはいえ、夕闇での狙撃は難易度が高かったようだ。七海もスパークマシンαで援護するが、蝙蝠の動きを止めることはできなかった。
「ギ、ギギィ!」
怒りを露わにしたキメラがまっすぐに降下してくる。その先には――沙耶を抱きしめるティルの背中。
「ぐっ、うぅっ!」
体当たりを受けてティルがうめく。うめきながらも抱きかかえた沙耶に何度も何度も繰り返す。
「絶対に離れてはいけませんよ。すぐに‥‥終わりますからね」
体当たりの後、鋭い牙がティルの背中に突き立てられる。だが、苦痛はそう長くは続かなかった。素早く機械剣を構えた七海の一撃が、蝙蝠の息の根を止めたのだ。
「じっとしてろ」
七海が剣をしまうとティルの背中の状態を確認する。ティルは少しだけゆがんだ笑顔で七海に礼を言った。周囲を確認し、安全だと判断したメンバー達が戻ってくる。
沙耶が目に涙をためてティルの手を握る。目を塞いでいたとはいえ、6歳の少女でも、彼が自分を守ったおかげで怪我をしていることは容易にわかった。
「すみません、一匹取りこぼしました」
耀がすまなさそうに言う。ジェットも手を合わせてティルに頭を下げた。絶斗は黙って両腕に黒布を巻きつけている。
「出来る限り戦闘は避けるべきであったかもしれんな」
オブライエンがティルを心配そうに見ながら言う。ヴェロニクが目を細めると、沙耶に告げた。
「ね、沙耶ちゃん、おにいちゃんが怪我の手当てしてる間、あっちでおねえちゃんたちとお菓子食べよ!」
九条と一緒に沙耶の手を引いてティルから引き離す。その間に七海が素早くティルの衣服を捲くり上げ、打撲、噛み傷を処置した。
「っつぅ‥‥。でも、沙耶ちゃんに怪我がなくてよかったです」
痛みに顔をしかめながらもそう言いきるティルの顔は守るべき者を守ったことで、晴れ晴れとしていた。
●雷迸る虎
「目標発見、これは‥‥護衛班は離れておいた方がよさそうですね」
耀が無線でそう告げる。山道を一時間ばかり歩いてたどり着いた「星降る丘」とかつて呼ばれたその小高い丘の上には、一匹の大きな虎が闊歩していた。
時折その4、5mはあろうかと思われるその巨大な身体から迸る雷鳴のような輝きは、強力なキメラであることを示していた。
耀からの連絡に従い、九条、沙耶、そして負傷したティルは後方で待機。待機している間の護衛として、急遽ヴェロニクが一緒に待機することにした。自分と同じ境遇の少女を守ることを優先したのだろうか。
「沙耶ちゃん、丘に怖い虎がいるんだって。ティルおにいちゃんと一緒に待ってようね」
ヴェロニクは沙耶の頭を撫でながらそう呟く。ティルが申し訳なさそうに笑う。
「ヴェロニクさん。九条さんも。僕のせいでお手数おかけしてすみません」
「いいのよ、虎と遊ぶより沙耶ちゃんと遊んでる方が楽しいもの。ねえ九条さん?」
「僕は元々護衛担当ですしね。ティルさんがその状態ではやむを得ませんね」
九条が飄々と答えると、ティルはますます恐縮して頭を下げた。その様子に沙耶と九条、ヴェロニクは声を立てて笑った。
「じゃ、あとはよろしくお願いしますね」
ティルが無線で戦闘班に声をかける。オブライエンが狙いを定めながら答える。
「‥‥大切なものを守る気持ちは大切だが、自分の身が危うくなるということは‥‥」
「‥‥すみません。理解してます。反省しています」
「‥‥まあ、そうじゃろうとは思うがな」
まるで親子のようだな。と七海は思いながら機械剣を構え、戦闘形態をとる。
作戦はこうだ。まず遠方からオブライエンがキメラの足元を狙って狙撃、同時にジェット、七海、耀、絶斗の四名が突出して戦闘する。オブライエンはそのまま後方で射撃する。機動力を下げ、敵を確実に仕留める。
「今度は外さんよ‥‥!」
ズダン、という銃声。弾丸が虎の足元で爆ぜ、その痛みに虎が叫ぶ。
「いくぞ!」
ジェットが叫んで、走る。そのあとに耀、絶斗、七海の順で続き、四人は一斉に虎を取り囲んだ。突然の痛み、そしてその直後に現れた狩人の存在に、虎が苛立つ。逆毛を立て、全身に雷を走らせる。
「グルルルルル‥‥!」
パシュン。雷の弾ける音とともに、ジェットに向かって襲い掛かる。電撃を帯びた鋭い爪がジェットの肩口に振り下ろされた。
「っと! あぶねえ! 血に飢えた獣か。言葉としてはかっこいいが現物はどうにも好きになれないな」
軽口を叩いてはいるが、ジェットの額には汗が滲んでいる。それは彼が本気だということを示していた。身を翻しつつ、烈風の回し蹴りを繰り出す。そのつま先には鋭い爪。
「喰らえっ!」
ズシャッという皮膚を裂く音とともに、鮮血が空中に舞った。虎が後ろへ飛び退く。回し蹴りを放ったジェットはそのまま体勢を整えて着地した。当たり所がよかったのか、相当の手傷を負わせたようだ。
「この一撃受けてみろ‥‥! 龍神剣、返しの刃だ‥‥!」
絶斗がキメラの側面から斬撃を打ち込む。しかし、大きく振りかぶったその斬撃は空を切った。身を低くした虎が絶斗に襲い掛かる。
「ガルルルル!」
「ぐあっ、こいつ‥‥!」
大きな傷ではなかったが若干の痺れを体に感じる。どうやら爪にも雷の力が流れているようだ。こいつは厄介だ。絶斗は舌打ちした。距離を取り、義手の感覚を確かめる――動く。まだまだいけそうだ。
「早いとこ終わらせるぞ‥‥!」
そう呟く彼の両目がひときわ赤く光った。
「一気にケリをつけてやるよ!」
七海が意識を集中し、練力をAU‐KVに流し込む。練力の伝達とともに、自身の感覚が研ぎ澄まされていくのがわかる。握りこんだ機械剣の柄を更に強く握ると、超圧縮されたレーザー粒子が強く放出され、刀身の部分が大きく膨らんだ。勢いよく、それを振るう。バチン! という火花のぶつかり合う音の後に、粒子の剣がキメラの皮膚を裂き、肉を焼いた。
「‥‥終わりです!」
耀が淡々と、しかし強く呟くと一気に間合いを詰め、キメラの眼に刀を突き刺した。逆手に持った柄を深く押し込むとキメラがその痛みにあとずさる。一瞬、動きが止まった。
「皆よくやったぞ」
両手でしっかりグリップを握る。暗視スコープの奥で赤く染まった眼が見開かれる。オブライエンはゆっくりと狙いを定め、引き金を引く。放たれた弾丸が周りの空気を突き破り、キメラの額を過たず撃ち抜いた。
「ガァァァァァァ!」
断末魔を叫び、巨大な虎型のキメラは天に向かって前足をもがくと、どさりと音を立てて倒れた。絶斗とジェットがその死骸を抱えて崖から落とすと、丘は何事もなかったかのように静けさを取り戻した。
「終わったぞい。そちらは無事か?」
無線で待機中の護衛班に連絡する。オブライエンの言葉に、九条が答えた。
「了解しました。ではこちらも移動しますね」
無線を切ると、オブライエンはふう、と息を吐いた。その視界の先で、身軽なジェットが護衛班と合流するために走っていった。
●星降る丘
「うわぁ‥‥!」
空を見上げる沙耶の目にたくさんの流れ星。
「お父さん、いました?」
耀が沙耶の隣にしゃがんで尋ねる。沙耶は耀の方を向くと答えた。
「いっぱい星が流れててわかんない。 でも、いると思う!」
「‥‥そうですね」
――きっと、あなたの傍に。胸の中にいてくれると思いますよ。耀はそう心の中で呟いて、また星空を見上げた。
「さあ、歩いたらお腹すいたでしょう? サンドイッチとおにぎりはいかが?」
持ってきた弁当を広げ、ヴェロニクが微笑んだ。カップに紅茶が注がれる。耀も水筒から温かいココアを注ぐと沙耶に手渡した。
「ほれ、ティル」
オブライエンがおにぎりと紅茶を手渡す。それを受け取ると、ティルはサンドイッチを頬張っている沙耶に話しかけた。
「また、いつでもここへつれてきてあげます。でも忘れないでください。沙耶ちゃんのお父さんとお母さんは、いつでも沙耶ちゃんのすぐそばにいますよ」
ジェットがおにぎりを飲み込み、紅茶を喉に流し込むとその言葉を引き継いだ。
「人はお星様になると言うが、彼等は遠くから何も言わず、黙って俺達人間を見つめているんだ。昼夜関係なく、どんな時でもな」
絶斗は黙ってギターをかき鳴らしている。アンプを通さない為、その音はとても静かなものだったが、周りに誰もいない丘の上に、音が優しく零れていた。
「Le Petit Prince――星の王子様を思い出しちゃうな」
大切なものは目に見えない。沙耶の無邪気な願いが自らの子供の頃を思い出させた。ヴェロニクには夜空に浮かぶ無数の星がにじんで輝いているように見えた。
「おにいちゃんたち、おねえちゃんたち、本当にありがとう!」
沙耶と能力者たちは、しばらくの間、星を眺め、静かな夜を楽しんだ。
●また遊びにきてね
帰りは特に何事もなく、一行は児童擁護施設「ほしのいえ」を営む老父が待つ場所へ戻ってきた。老父の運転する車で「ほしのいえ」まで移動して、施設の前で一行は別れることにした。
「ティルおにいちゃん、私のせいで怪我させちゃってごめんなさい。元気になったらまた遊びにいこうね」
「えへへ、お兄ちゃんは丈夫ですから大丈夫ですよ。また沙耶ちゃんに会いに来ますね」
「ライオンさんもまた連れてきてね!」
沙耶はティルと握手をすると嬉しそうにそう言った。そしてジェットと絶斗の手を取る。
「ジェットおにいちゃんと絶斗おにいちゃんも。守ってくれてありがとう!」
「‥‥ああ」
「絶斗、照れてるのか? 沙耶ちゃん、また会おうな」
「‥‥うるさい」
ジェットが絶斗にこづかれる。その様子を見て沙耶は笑う。ヴェロニクが沙耶に歩み寄り、肩に手を置く。
「沙耶ちゃん。おねえちゃんも楽しかったよ。またおでかけしましょうね」
「うん! ヴェロニクおねえちゃんのサンドイッチ、おいしかった!」
ころころと笑う沙耶。その様子をオブライエンが満足げに見ている。九条は沙耶に笑いかけると、お別れを言った。
「九条おねえちゃんもまた一緒にお菓子食べようね」
「そうですね。沙耶ちゃんが望むなら、きっとまた、会えますよ」
「きっとだよ!」
そう言って九条の手を握る沙耶の頭に、不意に花冠が被せられる。七海が冠の上から優しく声をかけた。
「頑張ったご褒美だ」
「七海おにいちゃん、ありがとう!」
「ああ‥‥またな」
皆の様子を眺めていたオブライエンが、皆に告げた。
「さて、わしらはそろそろお暇するとしようかの」
沙耶がオブライエンの足元に走り寄ると、ぺこんとおじぎをして言った。
「オブライエンさんも、元気でね! ありがとうございました!」
オブライエンはにっこり笑うと沙耶の頭を撫でた。沙耶はごつごつとした、それでいて優しい手触りに少しの間目を閉じる。目を開けると、沙耶は皆に向かって微笑んだ。
「おにいちゃんもおねえちゃんも、みんな、また遊びにきてね!」