●リプレイ本文
●ギターの響く丘から、彼らは来たる
じゃらん、と風に音が流れる。ギターを抱え、背中に電池で動く小さなアンプを背負い、篠原 悠(
ga1826)が眼下の広場を眺める。広場では多くの人が祭りの為の屋台をこしらえていた。
「さーて、たこ焼きと聞いたら行かないわけにはいきまへんえ!」
ぐっと握り拳を固める彼女の背中には「なんでやねん 出張屋台」と書かれたのぼりがささっていた。そんな彼女の背中を、白銀の髪をさらさらとなびかせた少女、ソフィリア・エクセル(
gb4220)が軽く押すとくすりと微笑んだ。
「楽しいお祭りになりそうですわね〜」
微笑の中に悪戯っぽい響きが含まれていることに、篠原は気づいていなかった。
「うむ、どうやら到着したようだぞ」
UNKNOWN(
ga4276)がくわえ煙草の煙を風に流しつつ呟いた先には、巨大なタコの姿が見えた。地場の漁師達が掛け声合わせて運んでいる。
「ああ〜あのときの味が再び‥‥」
じゅるり、という涎の音を鳴らしたのは件のタコを討伐したメンバーの一人、キョーコ・クルック(
ga4770)である。手には「おいしいたこ焼きの作り方」という本、「海鮮料理100選」と書かれた本。彼女なりに勉強してきたのだろう。ところどころにはタグが挟んであった。
「あれだけの大きさでしたら、食料問題解決の一助になりそうですね‥‥」
「まあ、祭りだからな。楽しむことも大事だろう」
真面目ぶった感想を述べるのはナンナ・オンスロート(
gb5838)。答えたのは先ほどタコを発見したUNKNOWNだ。一行は篠原の奏でるギターの音をBGMに、丘をゆっくりと下っていった。
●メニュー作成とバニー服攻防戦
「では、よろしくお願いします。俺らは屋台作りやら祭りの準備に回ってますんで、何かあれば声をかけて下さい」
漁師のリーダーがそう言うと忙しそうに駆けていった。それを会釈で見送ると、篠原は腕まくりをして勢い良く叫んだ。
「よーーし! タコヤ王(キング)の名の元に、やってやるぜぇ!」
「言葉の意味は良く分からんがとにかく凄い意気込みだな」
UNKNOWNがそう呟きながら、コートを脱いで、木陰に吊るす。その横で、ナンナに指示して借りてきた大きな鉄板と炊飯釜を運ばせているソフィリアが頷いていた。ナンナは指示通りに素早く器具を運び、涼しい顔をしている。
「ああ、そうだった」
思い出したように呟いたUNKNOWNがナンナに近づき、肩を叩く。振り返った彼女に告げた。
「カバンに突っ込んでおいたアレ、屋台の呼び込みに良いかと思うんだがどうだ?」
その言葉にナンナがぎくりとした。慌てて自身のカバンを探り、それを見つけると彼女は愕然と呟いた。
「‥‥なぜ‥‥こんなものがここに‥‥?」
その言葉を軽く流してふっと笑うと、UNKNOWNはもう一度彼女の肩を叩くと、言った。
「期待しているよ?」
「ぐ‥‥」
頑なに拒もうとするナンナだが、UNKNOWNと目を合わせる事ができない。何となく微妙な空気が流れ始めたところに、メイド服を着たキョーコが駆け寄ってきた。
「メイド・ゴールド参上! さあ、メニューはどうするの〜?」
UNKNOWNが包丁を片手にタコへと近づいて行き、背中越しに言った。
「私はとりあえず調理しやすいように切る事にするよ」
ナンナはくるりと振り向くと、篠原へ尋ねた。
「メニュー、どうしましょうか?」
皆の視線が篠原に集まる。篠原はごそごそと持参したカバンの中から、一枚の紙切れを取り出した。紙切れにはやや丸まった手書きの文字で、こう書かれていた。
●メニュー
――たこ焼きメニュー
・たこ焼き(ノーマル・ジャンボ)
・タコinタコ(タコミンチを種にしたたこ焼き(歯応え最強))
・たこきゅう焼き(蛸の吸盤のみを贅沢に使ったたこ焼き)
――サイドメニュー
・酢蛸(柔らかい部分を薄くスライスして使用)
・タコタコライス(タコをサルサに絡めてライスの上に乗せたタコライス)
・吸盤の串焼き(大きな吸盤を串に刺して炭火で焼いた物)
・蛸のカルパッチョ(薄くスライスしたタコにオリーブオイル・レモン・ニンニク・塩で味付け。仕上げにパセリを散らした物)
「どうだっ!」
得意げに胸を張る彼女を押し退けて、ソフィリアがUNKNOWNに耳打ちしている。彼女は彼女なりに考案したメニューを披露するつもりのようだ。UNKNOWNもにやりと笑うと頷いている。
「すごい! これだけあればお祭りのメニューには十分ですね!」
「本に載っているのと同じ奴なら何とか作れそうだね〜」
ナンナとキョーコは篠原の案に楽しそうに頷いた。こうして、メニューは決まった。一行は祭りの開始までに、各々調理を進め、屋台の設営に手を貸して、夕方まで過ごした。
●祭りの前
「しかし、これは凄いな」
UNKNOWNの見つめる先に、巨大なたこ焼きが一つ。その上にはソフィリアお手製のマジパンが置かれている。表には篠原の顔を模した笑顔が描かれていた。
つまりこうだ。巨大な人物大のたこ焼きの上に、篠原の顔を模したこれまた実物大のマジパン。遠めに見ると、誰かがたこ焼きの着ぐるみを着ているように見える。
「うふふ。うまくできましたわね。う〜ん、どっちが本物かしら?」
隣には同じように着ぐるみの篠原(本物)が立っている。近くでみれば間違いなく見分けがつくが、遠めにみればどっちがどっちかは分からない。楽しそうにソフィリアが笑った。篠原も目を丸くして驚き、そのあと楽しそうに笑った。
「いやあ〜何か隠れて作ってはると思ったら! こんなものを作ってはったなんて、うちびっくりやわ〜」
そう言う彼女の後ろには屋台が完成し、下ごしらえの終わった食べ物たちが並んでいる。もちろん、屋台の裾には持参したのぼり「なんでやねん」がささっている。
ナンナとUNKNOWNの力仕事で完成した屋台は、急ごしらえにしては屋台らしく、祭りの雰囲気を醸し出していた。
「タルタルソースとかヨーグルトソースは合いますか?」
「いや、それは‥‥どうだろう」
たこ焼きを見た事がないナンナがUNKNOWNに尋ねている。
「試してみればいいと思うよ〜」
キョーコがそう言うとタルタルソースとヨーグルトソースを自分の作ったたこ焼きの一つにかけ、皆が止める前にぱくりと一口に食した。
「‥‥」
ごくり。皆の喉がなった(もちろん緊張から)。少しだけうつむいてから、キョーコはパッと顔を上げた。
「タルタルはいける! ソースと合わせるとマヨネーズみたいでいい! ヨーグルトソースは、ちょっと好みが分かれるかも。酸っぱいからかな〜。私は大丈夫だけど」
ナンナの思いつきが功を奏したようだ。メニューの中に、ソースとしてタルタルソースとヨーグルトソースを選べるようにすることにしよう。キョーコの味見で、急遽そう決まった。
「もう一つ、面白い試みがあるんだ〜」
そう言うと、キョーコは5個のたこ焼きを皆に見せた。
「はい、この中に一つだけ超激辛があります。名づけて、ロシアンタコヤキ!」
「そのまんまじゃないか‥‥」
呆れるUNKNOWNの口に一つひょいと投げ込む。もぐもぐとさせてから、彼は言った。
「‥‥セーフだ。これは、チーズ味か?」
ちっ、舌打ちしながら、キョーコは続けてナンナと篠原の口にたこ焼きを投げ込む。二人ともほっとした顔だ。
「残るは二つ。さあ! 選んで!」
キョーコがずいとソフィリアに皿を突き出す。ソフィリアはしばらく考え込んでいたが、右端に乗ったたこ焼きを口に運び、くすりと笑った。
「まあ、こういうのは大体言いだしっぺが当たるものですわな〜」
篠原がおかしそうに言うと、皆大笑いを始めた。UNKNOWNも唇をゆがめてくっくっと笑っている。キョーコは意を決してそれを口に運んだ。無言。顔だけが赤く染まる。
「み、みず‥‥」
「しかしまあ、何を入れはったんです?」
「ひゃ、ひゃびゃねりょ(ハバネロ)と、とうぎゃらふぃ(とうがらし)、からひ(からし)、わしゃび(わさび)‥‥」
「お客様向けにはもう少し手加減した方がよろしおすな〜」
「ひょ、ひょうふる(そ、そうする)」
こうして、祭りの準備は整った。いよいよ祭りの開催だ。一行は(唇を赤く腫らしたキョーコも)店の準備と呼び込みの準備を始めた。
●祭りの夜
「さあさあいらっしゃいませ〜! 出張屋台なんでやねん! 色々な蛸料理ありまっせ〜!」
「メイド・ゴールド印のロシアンタコヤキ! 今なら辛さが通常の三倍だよ〜!」
呼び込みをする篠原とキョーコ、裏ではUNKNOWNとナンナが調理をしている。ソフィリアは売り子として、店に訪れる客へ笑顔を振りまいていた。
「おっ。このたこ焼き美味いな!」
「ぐあ! 何だこりゃ! 辛い! 辛すぎる!」
「ちょ、何だこれ、硬すぎる! 飲み込めねえ!」
集まった客から様々な声が上がる。祭りは概ね順調だ。他の屋台も掛け声をあげて客を募る。たくさんの客が屋台を訪れ、一行の作ったたこ焼きは飛ぶように売れた。
「さて、そろそろデモンストレーションといきましょうか」
ソフィリアがくすりと笑うと、大きな声で叫んだ。
「実物大たこ焼き、これからお披露目いたしますわよ〜!」
「おお、何だ何だ」
「面白そうだな! 行ってみるか」
徐々に屋台の前に人が集まってくる。屋台の前に少しだけスペースを作ると、ソフィリアは作った実物大たこ焼きinたこ焼き(篠原風味)を披露した。
「おお〜」
歓声が起こる。それに満足しつつ、ソフィリアは豪快に篠原(風)の腹を切った。真一文字に切り裂かれた腹(たこ焼きの)から、大量のたこ焼きが見え、零れ落ちた。
落ちてきたたこ焼きをうまく皿に乗せて、軽く炙ってから客に渡す。屋台の前はしばらく騒然とした。
「そっちのねーちゃんの腹の中にも入ってるのか!?」
「い、いやうちのこれはほんまもんの着ぐるみですさかい、たこ焼きははいってまへん」
客の目が篠原の着ぐるみに集まるのを見て、ソフィリアは達成感とともに微笑んだのだった。
「フフ。楽しい祭りで何よりだな」
UNKNOWNが手を止めて煙草をくわえながら微笑む。さて。そろそろ約束を果たしてもらおうか。視線の先にはナンナの姿があった。
「フフフ。そろそろ頃合じゃないか?」
「ちょ、まっ! いや、あの‥‥分かりました‥‥」
微妙に逆らえない空気に、ナンナはしぶしぶと屋台の裏へと隠れた。少ししてから、出てきた彼女の姿はバニースーツに包まれていた。
「お、おいしいたこ焼きはいかがですか〜?」
「声が小さい」
「お、おいしいたこ焼きはいかがですかああああああ!」
「うむ、やはり呼び込みは元気がないとな」
満足そうに頷くUNKNOWNを横目に睨みながら、ナンナは恥ずかしさを抑えて客の視線に耐え、呼び込みと売り子を手伝った。バニーガールがたこ焼きを売っているという噂はすぐに会場中に広まり、たちまち屋台はバニーガールを一目拝もうという客でいっぱいになった。
「大成功だな」
調理の手を止めずに、UNKNOWNは満足そうに頷いていた。メイドとバニーガールの売り子のおかげで、作ったメニューは飛ぶように売れ、祭りの終盤には準備した料理全てが売り切れというとんでもない成果を挙げた。
●メインイベント
「あ〜、今回たこ焼きを作ってくださった皆さんは、UPC所属の能力者の方たちで」
偉そうな老人が挨拶をしている。能力者がこの島の近辺に巣食っていたキメラを討伐してくれたことや、島の平和のために戦い、この祭りが開催できた事などを長々と語っている。
「で、今回はラストホープで芸能活動をされていた方々もいらっしゃるということで、一曲披露していただく事に」
老人のシメの言葉を待たずに、若い漁師がマイクを奪ってそう言うと、会場は一気に盛り上がった。特設ステージの上に立ったソフィリアと篠原はぺこりとお辞儀をし、篠原は愛用のギターを抱え、用意されたパイプ椅子に座った。
「それでは、今日の為に作ってきた歌を歌います」
ソフィリアがそう言うと、篠原のカウントで、曲は始まった。
〜ブツ切りね♪〜 作詞/作曲 ソフィー
穴あき鉄板の上でコロコロと
色んな味が包まって
外側カリッと中はトロリ
それでも主役はブツ切りね♪
――童謡のような、それでいて楽しげな曲調。手拍子が篠原のギターに重なる。
ソースのドレスをかけられて
青海苔の化粧であら綺麗
ゆらりと踊るよ鰹節
爪楊枝刺していただきます♪
――鼻歌を口ずさむ者、足踏みをするもの、身体を揺らしている者。皆が歌を楽しんでいる。
お口に入れたら幸せに
みんなの心も弾みます
噛むと出てくるブツ切りが
やっぱりみんなの人気者♪
歌が終わり、ぺこりとソフィリアがお辞儀をすると、一斉に拍手が巻き起こった。ソフィリアと篠原は視線を合わせて親指を立てる。
その後も祭りは続いた。
「あういぇー!」
篠原はギターを抱えて歌い叫び、UNKNOWNはサックスでジャズを奏でる。キョーコがバニー姿のナンナの手を取って踊ると、周囲もそれに合わせて踊りだした。
「楽しいね〜!」
「た、楽しいのですが、この格好はいい加減恥ずかしいです‥‥」
「うふふ、良くお似合いですわよ」
ナンナをからかうように笑うソフィリア。いつの間にか彼女も舞台から降りて、皆と踊りを楽しんでいた。UNKNOWNと篠原が即興でギターとサックスで音楽を奏で、皆が踊る。祭りの夜はこうして更けていった。
●帰還
「あー楽しかった! またね〜!」
祭りの終わりに、多くの客から記念撮影をねだられご満悦のキョーコが皆に手を振ってニコニコしている。
「ほんま、料理も完売やし、いいお祭りでしたわぁ」
篠原は楽しそうにギターを抱えて手を振っている。その横ではソフィリアが見送りに来た漁師達に笑顔を振りまいていた。
「終わってみれば、恥ずかしかった事など‥‥どこかへいってしまいましたね」
ナンナも嬉しそうな顔をしている。その言葉を聞いたUNKNOWNがニヤリとする。
「今回は皆、ご苦労さん。色々と楽しかったな」
「‥‥私の戦いはまだ続いているが、ね。色々を皆に取り戻す、さ」
彼の最後の言葉は風とともに飛んで、仲間達、漁師達の耳に届く事はなく。彼自身の胸にだけ残った。
たくさんの住民達の別れを惜しむ見送りを受けて、高速艇はラストホープへ向けて出発し、つかの間のひとときを楽しんだ能力者達を、再び戦いの現実へと送るのだ。