●リプレイ本文
●おかえりなさいませ
「み、皆様お疲れ様でした‥‥」
神鳴 士門(gz0222)の視線が泳いでいる。目の前にはUPCの用意した高速艇。甲板には巨大なタコの姿。触手に締め付けられ船体はボロボロ。どう見ても、どんなに目を凝らしても豪華客船には見えない。船から降りたクロスフィールド(
ga7029)が毒づいた。
「おい、神鳴‥‥なぁにが豪華クルージングだ!」
すみませんすみませんと言いながらそそくさと去っていこうとする神鳴の背後に人影が忍び寄る。
「わ〜んもうお嫁に行けないです〜! 責任とって貰って下さい!」
「え‥‥ちょ、ちょっと!?」
声の主である熊谷真帆(
ga3826)が背後から神鳴の腕を取った。彼女は未だ覚醒状態の為、二の腕は筋肉が隆々とし、体格も神鳴より遥かに大きい。その彼女に羽交い絞めにされ、神鳴はどもった。
「え、ええと熊谷様‥‥ちょ、ちょっと、苦しい‥‥苦しいです!」
わーんと大声をあげながら真帆は神鳴をその逞しい腕で締め付けた。その正面に立つ胸‥‥ではなくボクシンググローブを抱えた少女、ハルカ(
ga0640)が微笑んでいた。
「私も触られたのです〜」
「え、ええと、あの‥‥」
能力者達に囲まれ、神鳴は小一時間程たっぷりと弄られ、乱れた着衣を直しつつ、帰路につく彼らを見送った。
●美味しい話の裏側で
「克く〜ん、オイル塗って〜」
ハルカの声に幡多野 克(
ga0444)が反応する。手に持った双眼鏡を船体の隅に置くと、サンオイルを手に近づいて、ぎょっとした。
「ちょ、ちょっとハルカさん!」
背中を露わに船体に横たわるハルカの肌は太陽に照らされて輝く。その姿に幡多野は思わず手にもっていたサンオイルを落としそうになってしまった。
「水着持参ってことは泳げるのかな?せっかく持ってきたエアタンクが使えるといいけどね〜」
その様子を眺めつつ、パラソルの下で読書を続けていたキョーコ・クルック(
ga4770)が呟くと、その隣にいた水瀬 深夏(
gb2048)が拳を振り上げ叫んだ。
「夏だ! 海だ! バカンスだ!」
東雲 凪(
gb5917)も調子を合わせつつ呟く。
「南国でクルージングのモニターなんて気前いいよねぇ〜」
「仕掛け」に気づいていた者、そうでない者、それぞれの思惑をごちゃ混ぜに載せて、船は洋上をイベン島へと進んでいた。進んでいく船体の隅で、黒のスクール水着の上に長袖のシャツとズボンを着込んだ月城 紗夜(
gb6417)が自身の胸元を覗き込みながらぼそり、と呟いた。
「誰か、貧乳と言ったか‥‥? 言った者は切り刻んでやる‥‥」
船は徐々にイベン島近く、キメラの出没ポイントへ近づいていた。幡多野が水着と武器を揃える。クロスフィールドも銃身をガチャンと鳴らすと、船上に立ち、幡多野と交互に双眼鏡で周囲を警戒する。真帆は取り舵いっぱい〜と叫びながら、周囲を油断無く見回していた。事前にもらってきた海図と周囲の状況を比較し、何か変わったところが無いか確認する。
と、船体の少し左斜め前辺りの水面がひときわ大きく盛り上がった。
●触手と恥らう乙女
船体の少し左斜め前。海面が大きく上昇すると、ザパァンという大きな波音が上がり、天高く飛沫が舞う。海を割って突き出された触手が、大きく弧を描いて船体を巻き取ろうとする。
「食材に食べられるなんてことになったら冗談にもならないからねっ!」
キョーコがツインブレイドを構え、触手に切りかかる。巻きついた触手が痛みにのけぞるが、少ししてまた巻きつく。ハルカが水着の上を着用しながら両手にボクシンググローブを嵌め、殴りかかる。
「こいつめ〜!」
ポカポカと殴りかかるが軟体動物であるタコにはあまり効果が無いようだ。ポヨンという柔らかい手ごたえに気づかず殴り続けるハルカの背後にもう一本の触手が近寄った。
「きゃ! エッチぃぃぃぃ!」
触手はぎりぎりとハルカの腕を絡めとると、身体に巻きつこうとする。身をよじって逃げようとするが、物凄い力がハルカの肩から胸、腕、腰、膝にかけて這いずり回り、くすぐったさも手伝って、なかなか身をかわすことができない。
「克く〜ん!」
息を荒げながら悩ましく叫ぶハルカの声に、幡多野が飛んだ。手に持った月詠で華麗に触手を切り裂く。
「あっ、んっ! 水着は切っちゃダメだからね!」
「‥‥切りませんよ! 豪破斬撃!」
襲い掛かる足を次々に切り裂き、ハルカの身を拘束していた触手を切ると、空中に投げ出されたハルカの身体をキャッチし着地する。その背中に別の悲鳴が上がる。
「いやぁぁぁっ!」
今度は真帆とキョーコが一緒に巻き取られた。触手はうねうねと動き、二人の身体をまさぐり、締め付けようとする。
「ちょ、どこ触ってンのよっ!」
キョーコが叫びながら手首だけを動かし、触手にツインブレイドを突き刺す。その根元に銃弾が弾けた。
「お嬢さん方、大丈夫かい?」
ウインクするクロスフィールドに手をあげて応えると、真帆がキレた。手に構えたスコーピオンを、立て続けに海面に見える影に向けて乱射する。
「乙女の身体に傷つけるなんて、許さないんだからぁぁぁ!」
ズダダダダダダ、と海面を貫く銃撃。しかし銃弾は水の力で威力を半減し、本体にはダメージを及ぼしていないようだ。その様子を見た水瀬が真帆の肩に手を置いた。
「やめなって、まずは足を攻撃して本体を引きずり出そうぜ」
「うぅ‥‥」
悔しそうに唇を噛む真帆の後ろに触手が忍び寄る。ハッと気づいた時には再び。
「わ〜ん!」
絡め取られる真帆。素早く飛び退いた水瀬が銃撃で応戦する。触手は左右に振れると銃弾をかわし、水瀬の身体を狙って伸びてきた。しかし、吸盤が水瀬の身体に吸い付こうとした瞬間。
「‥‥お前か」
ザシュッ。月城が淡く輝く直刀を触手に突き刺した。串刺しにされて触手が船体の上で蠢く。それを見下ろして月城がもう一言放つ。
「なぜ我には向かって来ない‥‥貧乳だからか。刻むぞ貴様」
何度も手に持った刀で触手を貫く。ぶちり、と肉の切れる音がして、触手の根元が海中に逃げ戻った。皆が遠巻きに彼女を眺める。周りをきょろきょろと見回すと、月城は無言でくるりと振り返り、続けて言った。
「まだだ。また来るぞ」
数本の触手が束ねられ、後方から海水を押して寄せる。高波が起こり船体を大きく傾けた。グラグラと海上で船が揺れる。
「おいおい、転覆でも狙うつもりか。神鳴のヤロウ、どこが豪華クルージングなんだよ!」
クロスフィールドが束ねた足を狙って銃弾を放つ。いくつかの銃弾が触手に穴を穿った。解かれた触手の一本が船体に叩きつけられる。
「大きいね‥‥。でも人が楽しんでるのを邪魔するなんて、いい度胸じゃない‥‥」
クルージングの邪魔をされた怒りに震える東雲の肩に、触手が近寄る。払いのける。近寄る。払いのける。近寄る‥‥。
「うるっさああああい!」
ズドン。カミツレが触手に突き刺さった。悶える触手を見ながら呟く。
「ああ、ナイトメア持って来るんだったわ‥‥」
愛機のAU−KVの名を呟いてカミツレを引き抜くと、東雲は後方へ退避した。そこへS−01を構えた水瀬が銃撃を放った。
「ん〜、あんまり効いてない、のか?」
触手に小さな穴を開けたが、痛みを感じないのか、触手はうねうねと動き続けている。動き続けている触手を見てキョーコがごくりと唾を飲み込んだ。
「‥‥美味しそう」
皆が一斉に彼女を見る。慌てて彼女は首を振った。
「ん? み、みんなどうかしたの?」
そう言うとダッシュして近づき、袈裟切りに触手に切りかかった。スパっという軽快な音とともに、どさりと船体に上に落ちる触手の切れ端。
踊り食いもいいな。キョーコは辛うじて心の中でそう呟くことができた。
●ご対面
「あそこだ!」
幡多野が叫び、指を指す。船体の前方に黒い大きな影が見える。ゆらゆらと蠢いていた影は大きな波飛沫とともに浮上してきた。巨大な――タコの腹部だ。それは間違いなくタコだった。
「‥‥たこ焼き食べたい」
ハルカがぐうとお腹を鳴らす。クロスフィールドがやれやれと息を吐くと、浮き上がった本体を狙って銃弾を放った。
「倒してから考えよう、ぜっ」
ドン、と放った弾丸が腹部に命中する。どろりとした体液が表面から染み出す。
「おいおいまさかスミまで吐くんじゃねえだろうな」
首をすくめたが、タコはくるりと向きを変えると船に向けて海面を移動してきた。残った触手が船体に襲い掛かる。
「ダメですぅ!」
またも絡め取られた真帆だったが今度は自力で触手を切り裂いて脱出する。残り四本。触手は健在だ。本体が船に勢い良くぶつかる。ズシンという地響き(海上で地響きと言うべきかどうか、判断に迷うが)とともに、大きく船体が傾く。
「させないんだから!」
キョーコがツインブレイドを手に飛んだ。触手の一本を切り落とす。それに呼応して月城も飛ぶ。もう一本の触手を切り落とし、これで残りは二本。うにうにと動いている触手の隙間に見える本体を狙って、クロスフィールドが再度狙撃を試みる。
「喰らえっ!」
本体に命中した銃弾は三発。一発は水瀬が放ったものだ。本体はぐるぐると海面を回ると、しばらくして動かなくなった。その少し後で、ドーンという重い音とともに、触手が船体に降ろされた。
「‥‥勝ったのかしら?」
東雲の言葉に全員で巨大タコの様子を窺う‥‥動かない。どうやら息絶えたらしい。
「いっただきま〜す!」
がぶり、と触手にかじりつく水瀬をキョーコが止める。
「ちょっと、抜け駆け!」
「‥‥え?」
「ずるいですぅ! 真帆も食べるです〜」
「いや、おまえらな。ちょっと‥‥待て」
クロスフィールドは軽い眩暈を覚えながら食欲旺盛な皆を止めた。ほうっておくと仕留めた証拠が戻る前に完食されちまうよ。そう呟いた先に、真剣な眼差しでタコを見つめる幡多野の姿があった。
「‥‥おい」
「何でしょう」
「その手に持った黒い液体は何だ」
「刺身醤油です」
「‥‥お前もかよ‥‥」
ため息をつくと、クロスフィールドは船長にキメラ討伐の連絡を頼み、がっくりと肩を落とした。
●クルージング
「潮風が気持ちいいです〜」
真帆が髪をなびかせる。その後ろではハルカと幡多野が切り取ったタコの一部を刺身にして食している。一行は船長に頼んで、しばらくの間付近の海域を船で流してもらう事にしたのだ。
船体はボロボロだったが、航行できなくはない。無理を承知で強行したクルージングであった。彼らの意地、のようなものだったのかもしれない。
船尾では月城が剣を振るっている。時々ハルカの胸元に視線をさまよわせる。また無言で剣を振るう。
「半分…騙されたみたいな…ものだし…。バカンス気分を味わっても…文句言われない…よね…」
幡多野がそう呟きながら持参した刺身醤油でタコの刺身を味わう。モノが大きなだけに大味だが、塩も効いており美味い。水瀬が横から箸を伸ばしてそれをつまんだ。むぐむぐと口を動かして。
「うまーい! さあ、あとは泳ぐか!」
「わーい!」
ハルカと水瀬、そして真帆と東雲は水着で海に飛び込むと、日差しの下、海面にその肢体を揺らめかせた。
「ふう。まあ、結果オーライだが、神鳴の奴、戻ったら文句の一つも言ってやらねえとな‥‥」
クロスフィールドが満面の笑顔で送り出したオペレータの顔を思い浮かべながら煙草を吹かした。吐き出された白い煙が青空に溶け、雲と重なった。
●それ、食べるんですか?
船はひとしきりクルージングを楽しみ、イベン島の近くを通ってUターンすると、港へと戻った。
船からおろされ引き取られていくタコの巨体を見ながら、キョーコが言う。
「あのう‥‥」
「はい、何でしょうキョーコ様?」
神鳴が努めて笑顔で応える。キョーコは少し考え込むと、問いかけた。
「あの、それ、食べるんですか?」
タコを指差している。神鳴は一瞬良く分からないといった表情になったが、すぐに笑顔でこう答えた。
「ええ、UPCで引き取り、安全性を確認して食用にできそうならばそうなるかと思いますよ」
「あ、安全性は大丈夫だと思うわ」
「さっき美味しく頂きました」
「‥‥ええ!?」
キョーコ、そして幡多野の言葉に驚く神鳴。妙に綺麗に身体が削がれている部分や、触手に欠けが見られると思ったが、戦闘の痕だけではなかったのか‥‥。
「試食済、というわけでございますね。それでは本部にそう連絡しておきます」
「そうですね。やや大味ですが、おいしかったです」
「そ、そうですか‥‥」
お辞儀をする神鳴の肩にぽん、と手が乗る。振り返ると、そこにはクロスフィールドがいた。
「よう、神嶋、楽しい豪華クルージングだったぞ‥‥今度はお前も参加したらどうだ?」
さわやかな笑顔‥‥目は笑っていないが。神鳴の視線が泳いだ。
「クロスフィールド様‥‥わたくしは‥‥遠慮しておきますね。あはは」
作り笑いを浮かべて少しあとずさる神鳴。クロスフィールドはニヤリとするとさらに追い討ちをかけた。
「何なら今から行こうか!」
「す、すみませんすみません!」
がしっと肩を掴みにじりよるクロスフィールドに、神鳴は何度もお辞儀した。その後、彼がどうなったかは、冒頭に記したとおりである。真帆に羽交い絞めにされ、ハルカにも迫られ、小一時間ほど散々弄られた後に乱れた着衣で一行を見送ると、神鳴は報告書をまとめる作業のため、自分のデスクへと重い足どりで戻ったのである。
ともあれ、イベン島近辺に出没していた巨大タコ型キメラの討伐は成された。襲われていたUPC所属の船舶や一般客船も航行を再開し、イベン島への海上経路は確保された。過去にはリゾート地として栄えた小さな島に、今年は人々の訪れる夏がもたらされることだろう。
幸か不幸か、仕組まれたリゾートクルージングに参加した一行の活躍で、イベン島近辺の海上には、平和な波音が響くようになった。本当の夏はこれから始まるのだ。