●リプレイ本文
●相対
ガシン! 両手に持った二刀と爪がぶつかり合い、火花を散らす。孫六 兼元(
gb5331)はがっしりした身体つきに似合わぬ素早い動きで熊型キメラの爪を受け止めていた。キメラたちはある程度の範囲に広がって接近していたが、UPC軍の奮闘と、事前に構築された林の木を使った防衛線に阻まれ、能力者達の計画通り足を止めていた。
「出鼻を挫くぞ」
孫六の足元に伸びる影。影の主である九条・命(
ga0148)がすさまじい柔軟性と瞬発力をバネに、クマ型キメラの口元へ腕を突き出した。苛烈な勢いで天へ突き出される爪がキメラの喉元から顎を刺し貫く。孫六が両の手を二刀で抑えている間に、九条は思い切り左右へと腕を揺さぶり、キメラの脳をシェイクした。
どさりという音を立ててクマ型キメラが地面に倒れる。まだ息はある――が、九条と孫六がその四肢をそれぞれの獲物で切り裂いた。
「ウム! これで気がついても動く事はできまい!」
「ああ、トドメは後だ‥‥思ったより楽な仕事だな」
「事前の作戦がよかったのだろうな! ガハハ!」
「‥‥新手だ。行くぞ」
言うが早いか九条は素早く前線へと駆け出した。孫六もゴキゴキと両肩を回すと、目の前の敵に向かって駆けた。
●Commander
「援護が期待できないということですが、いざとなれば共闘程度は可能でしょう?」
交戦前に、自前の車両でUPC指揮陣営に駆け込んだアルヴァイム(
ga5051)であったが、予想通り、UPC本部からの返答はあまり良いものではなかった。戦力の大半を北九州攻防戦に費やしている現状で、避難エリア防衛に残されている戦力は1個中隊レベル。それも予備役の兵士が大半。これでは本当に防衛で手一杯ではないか。アルヴァイムは唇を噛んだ。
「すまないが、我々には我々の命令系統というものがある。傭兵との相互支援行動は想定外だ」
「‥‥そういう問題ではないでしょう」
「言いたい事は分かる。だが君ら傭兵と違って、我らには厳守すべき規律があるのだ。分かってくれ」
現場指揮官は首を横に振り、ため息をつくと、UPC軍の配置が書き込まれた周辺地図と、それぞれの部隊の統率者の氏名、階級、部隊の戦力が事細かに書き込まれた資料を手渡した。ところどころに赤い点が書き込んである。
「この赤い点は?」
「既に交戦中の部隊だ。援護を頼むつもりはないが、より手薄な場所、というところだ」
「‥‥交戦前には無線と時計の合わせを願います」
「心得ている。すまんな。大したこともできずに」
そこへ茂木 孝也(gz0221)からの通信が入った。アルヴァイムは無線を取る。
「‥‥声の調子からして、芳しくなさそうだな」
「大方予想はしていた通りですがね‥‥」
「まあ、俺達は俺達なりに十分な仕事をすればそれでいい。全てを救うことなんてどだい無理な話だ」
「できることを‥‥しろ、ということですね」
「ハハハ! 物分りが良くて助かる」
「ま、ここでごねても仕方ないですしね。それに十分な情報は得ました」
アルヴァイムは無線を切ると、将校に礼を言って車に乗り込んだ。待機中の仲間に無線で連絡を取り、手早く防衛線の構築を指示する。自分達が守るべきポイントを的確に、そして最も効率よく防衛できるように。見た目の地味さに反して、その態度は指揮官として堂々としたものだった。彼の指示が戦闘を楽にした事を、後に仲間達は口々に賞賛した。
●防衛線、死守
「こちら茂木。いよいよお出迎えだ。頼むぜお前ら」
「黒川だ。準備は整ってる。いつでもお迎えにあがれるぞ」
ブツリ、と無線が切れると、前方に砂埃を立てながら走りくる車両。茂木の乗ったジーザリオだ。車は防衛線の手前で大きくターンすると、ドアから茂木が飛び出してきた。
前衛として、九条、孫六、黒川丈一朗(
ga0776)の三名が彼を出迎える。茂木は確認した敵の情報を皆に告げる。
「熊みたいなキメラに、大きな犬みたいな奴が二匹。それからこいつが厄介そうだが、巨大なカタツムリ‥‥」
「カタツムリ‥‥って? 冗談ですよね?」
朔月(
gb1440)と常世・阿頼耶(
gb2835)が同時に言うが、茂木は苦笑して首を振った。
「それが、本当なんだ。しかも、他のキメラはこいつの口の中から出てきた。つまり輸送機みたいなもんなのかもしれん」
「面倒ですね‥‥」
浅川 聖次(
gb4658)が言うと、アルヴァイムも頷いた。事前情報にはそのような情報はなかった。作戦を変える必要があるかもしれない。意を決してアルヴァイムが告げる。
「孫六さん、九条さん、そして黒川さんと茂木さんの四人で、既に出現しているキメラを潰せますか?」
「何を企んでる?」
九条が問い返す。アルヴァイムは少し遠慮がちに答えた。
「先行してキメラを潰してもらって、その‥‥輸送機みたいなキメラが他のキメラを出す前に集中攻撃したいんです」
「なるほどね。そりゃいい案だ。だが、敵の力が分からないからな‥‥」
茂木が腕を組む。その隣で黒川が顎に手をやって考え込む。
「だが、戦っている間に戦力を増強されるよりはマシか。やるしかないな」
前衛はアルヴァイムの合図を元に、一気に間合いを詰め、先行してキメラを叩く。じりじりと後退しつつ、後衛の援護範囲へおびきよせる。速攻でキメラを倒し、問題の輸送キメラを叩く。作戦は決まった。
「常世さん、私達は機動防御の方針でOKですね?」
浅川が常世に確認すると、常世は頷いて答えた。
「そうですね、私達は機動力を活かしつつ、横からのすり抜けを防ぐ形で」
「よろしくお願いします」
アルヴァイムも同意する。かくして、能力者達の戦いは始まった。
●最前線
「オラオラァ!」
孫六が二刀を振りかざし突撃する。右手で一匹の鼻っ柱を切りつけ、左手でもう一匹の牙を弾く。鼻っ柱を切りつけられたキメラが呻く。そこへ黒川の拳が飛んだ。
「『電光石火』スパークルストレート!」
恐らくは本人の名づけた技の名前だろう。試作型の機械拳がキメラの鼻を折り、鮮血が舞った。その場にうずくまり動けなくなったキメラを見下ろして、黒川は我に返る。振り向くと九条が見ている。
「やっぱりもの凄く恥ずかしいぞ。これは」
顔を前に向け赤面する。ついテンションの高まりに応じて叫んでしまったが、恥ずかしさが後を追ってきた。
「気にするな」
九条は本人なりの気遣いの言葉をかけると、もう一匹のキメラに向けて飛んだ。孫六と背中合わせに入れ替わり、爪を振るった。鋭い爪がキメラの眼を切り裂く。くるりと位置を変え、今度は孫六が切りつける。しかし、切りつけた刃は空を切り、代わりに鋭い牙が孫六の腕を突き刺した。
「ぐぬぁ!」
一瞬痛みに顔をしかめたが、孫六は踏みとどまり「活性化」を発動して傷を癒した。細胞が活性化し、傷が塞がっていく。完全に治癒できたわけではないが、大幅に傷を癒した。ふうう、と大きく息を吐く。
「無理するなよ」
九条は淡々と言うと、キメラに向けてとどめの突きを繰り出した。九条の腕は犬の口に差し込まれ、牙が食い込んだが構わず腕を振るう。ぐっと力を込めて拳を回すと、脳天から赤く塗れた爪先が飛び出した。
「よし、後退するぞ」
茂木の言葉に、全員後ずさりを始めた。その視線の先には、巨大なカタツムリのような形をしたキメラがずるずるという音を立てて迫っていた。
●林に踊る影
浅川と常世はペアになり、林からの襲撃を警戒していた。無線機の通信は常にオン。仲間への連絡を漏らさぬよう、常世は周辺を警戒しつつ、定期的に連絡を行っている。浅川が周辺警戒を行い、林の奥を確認しようとしたそのとき。
「うわっ!」
林の奥から飛び出してきた影。黒豹を思わせるフォルム。大きさは通常の黒豹の倍程度。やはり主だったルートとは別に、キメラが侵攻していたのだ。驚き後ずさった浅川に向けて黒豹が襲い掛かろうとした。
「ここは通行止め、だから他の道を当たってね!」
常世が突出し、AU−KVでその爪を受け止めた。機械のボディが重みに沈む。ギリギリときしむ関節に更に圧力が加わろうとしたとき、立ち直った浅川が横からパイルスピアを薙いだ。
「他の道もありません、けど‥‥ねっ!」
穂先に取り付けられた斧が胴体に食い込む。弱まった力に、常世が黒豹を押し返す。くるりと空中で回転し着地すると、黒豹は浅川に向けて飛び掛ってきた。
「ととっ‥‥まだまだ!」
牙を食い止めつつ、槍で応戦する。AU−KVのボディが激しくきしむ。鉄の歪む音と金属の打ち合う音が林に響き渡った。互いに手傷を負いながら位置を入れ替え、キメラと浅川は対峙する。苦戦しているように見えた彼の顔には笑みが浮かんでいた。
「常世さん! 他のキメラがすり抜けないように、しっかり見張ってて下さい!」
「あ、はい! 大丈夫です! 周辺に敵の姿はありませんから!」
それを聞くと浅川の顔が引き締まる。その瞬間、黒豹が飛んだ。浅川も動く。
「せやっ!」
タイミングを合わせて突き出された槍が、黒豹の喉を貫き、しばらくして黒豹は絶命した。
「こちら常世、林を抜けようとするキメラを撃退しました。周辺を捜索して戻ります」
「了解です。怪我などありませんか?」
アルヴァイムの言葉に、常世が浅川の顔を見る。かすり傷です、と答えた浅川の言葉を彼女はそのまま繋いだ。
二人はAU−KVをバイク形態に変形し、跨ると、周囲の捜索に戻った。
●激闘
「たくさんの人の命がかかってるんでね、通すワケにはいかないヨ」
ラウル・カミーユ(
ga7242)が呟くと弾倉を確認する。弾薬は十分。通用するかわからないが、やるだけやる。銃を構えて、接近する巨大なキメラの甲殻を狙って放つ。「強弾撃」で強化された弾丸が巨大な蝸牛の甲殻を弾く。激しい金属音を立てるが、あまり効いた様子はない。
「前衛が密集する前になるべくダメージ与えたかったんだケド、こりゃ厳しいネ」
やれやれとラウルは装備をSMGからS−01、シエルクラインに持ち替える。朔月が隣で和弓に矢を番え、ひとりごちた。
「あーあー、弾丸も効かないのに、俺の矢が効くのかって話だよ‥‥」
「そうは言ってもやるしかないんだケドね」
ラウルがにこりと笑うと防衛線の後ろから戦況を確認する。朔月も双眼鏡で前線を確認する。前衛の三人が蝸牛に向かって飛び出していく。アルヴァイムの指示で、タイミングはばっちりだった。
「ではいきましょうか」
ラウルとアルヴァイムが呼吸を合わせて銃撃を放つ。前衛の邪魔をしないように、援護射撃だ。
「味方に当てるよな、下手な鉄砲は――撃たない」
ラウルの弾丸が巨大な蝸牛の根元を撃つ。その隙間を縫うように、アルヴァイムの弾丸も飛ぶ。前衛が取り囲んでいない場所を狙って的確に、銃撃の雨が敵を襲った。
「やりやすいな! これは」
そう叫ぶと孫六が刀を構えて突撃した。勢い良く刀を叩きつける。しかし硬い甲殻は彼の刀を弾き返す。九条が飛んだ。爪を構えると甲殻の隙間を狙って差し込む。
ザシュ、と肉を貫く音が聞こえ、手ごたえが彼の腕に伝わる。痛覚がないのか、蝸牛は微動だにしない。しかし、確かな手ごたえを彼は感じた。
「隙間だ。あそこからなら攻撃が通る」
そう言う九条に向けて、蝸牛が甲殻の隙間から触手を伸ばし、彼の虚をついた。足元をすくわれて、地面に叩きつけられる。
「くっ! 油断した‥‥!」
倒れこんだ九条を黒川が助け起こす。幸い怪我は大したものではなかった。
「孫六と九条は交互に攻撃してくれ。俺は機械拳で甲殻に打撃を見舞ってみる」
そう言うと黒川は機械拳を構えると、蝸牛の行く手を遮った。じりじりとだが蝸牛は前進を続けている。呼吸を整え、隙をうかがう。黒川の背後から風を切る音が響いた。
「丈一朗、援護するよっ!」
朔月が放った矢が蝸牛の触覚の部分に突き刺さる。その瞬間を皆は見逃さなかった。
「食らいやがれ!」
黒川が飛び、大きく振りかぶって拳をぶつける。甲殻にひび割れが入った。そこへラウルとアルヴァイムの放った弾が食い込む。黒川の作ったチャンスに弾丸が降り注ぎ、甲殻が弾けた。甲殻が剥がれ、柔らかい部分が露出する。そこへ朔月の矢が突き刺さる。体液が飛び散り、蝸牛がその動きを止めた。
「今だヨ!」
「ウム! いくぞっ!」
孫六が吼えながら駆ける。甲殻の隙間からのぞく弱点に向けて、二刀を連続で突き刺し、後ろへ飛び退った。入れ替わりに九条が突進し、爪を突き刺し手首を捻る。身をよじって腕を抜くと、そのまま駆けた。
「一斉掃射!」
アルヴァイムの合図に、ラウルと朔月が銃撃と矢を放つ。黒川の砕いた甲殻の裏側に向けて、無数の弾丸と矢が飛ぶ。しばらく激しい攻撃が入れ替わりに行われた後、蝸牛はその身体をゆっくりと地面に横たえた。
●事後処理
「はい、これが周辺の捜索結果ね」
朔月が周辺の様子を書き込んだ地図を将校に手渡す。死角になりそうな場所や襲撃の可能性がある場所を事細かに書き込んである。UPC将校はそれを受け取り、朔月に礼を言った。
周りでは茂木と孫六、九条、黒川の四人が資材運びを手伝っている。浅川と常世はバイク形態のAU−KVで重い荷物を引いたり、邪魔な樹木を切り倒して運んでいた。
「さてと、あらかた用事は終わったし、観光でもして帰る?」
ラウルの言葉に朔月が嬉しそうに跳ねる。
「いいねいいね! 北九州かあ、食べたいもんいっぱいあるんだよね」
はしゃぐラウルと朔月を横目に、常世が茂木に声をかけた。
「あの、URTFに就職するにはどうすればいいんですか?」
「っと、就職だって? URTFは俺が立ち上げたただの施設組織だからなぁ‥‥」
茂木が困惑する。URTFは会社ではないこと、茂木の施設団体なので、仕事はUPCへの依頼で行われていることなどを聞くと、常世は少しがっかりしたが、すぐに頷いて言った。
「自由意志で参加していいってことですよね! なら軍人よりはマシかも?」
「あ、ああ、そうだな。やる気がある奴は歓迎だぜ?」
「うむ! 常世氏もURTFに参加するがいいぞ! ガハハ!」
孫六が横で豪快に笑う。いつの間にか周囲には全員が集まっている。一呼吸置いたあと、茂木は大きな声で言った。
「よし! 帰る前にちらっと観光して帰るか! おまえら食いたいもん順番に食って帰るぞ!」
周囲に大きな歓声が巻き上がった。