●リプレイ本文
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山道を走る三台の車と二台のバイクがあった。
茨城県にそびえる丸山。この麓に、目的のネギ畑が存在する。今回は畑から土を持って帰ってくるだけの仕事。とはいえ、茨城はバグアの領地。当然、敵も徘徊していることだろう。
つまり、土を採取している間に妨害が入る可能性が十分考えられる。傭兵達が車両を持ち出したのはそのため。目標物を回収し、後は隙を突いて離脱しようという考えだ。
「私の事、覚えてる?」
「ええ、以前、依頼で御一緒しましたね」
インデースを運転するクレミア・ストレイカー(
gb7450)は、助手席のアンリ・カナートに声をかけた。
車両を持たないアンリは、こうしてクレミアの車に同乗することになったわけである。他のメンバーが車を使うのに、一人だけ徒歩で、というわけにもいくまい。
それに、クレミアの方も嫌々乗せたのではないのだ。過去に仕事を共にしたこともあり、少なからず縁を感じている。むしろ喜んで隣に座らせたわけだ。
「今回もよろしくお願いします」
「当然、そのつもりよ。お姉さんが守ってあげるわ!」
はにかんだアンリにクレミアは上機嫌で応える。テンションが上がったのか、ショタが大好物――もとい子供好きな彼女は、あろうことかハンドルを離してアンリの頭をその胸の内に抱え込んだ。
驚いたのはアンリの方である。
「前、前見てっ、ぶつかりますって!」
路面状態のよろしくないこの山道。車は当然のように蛇行。周囲に生える木々と衝突すれすれ。
アンリにとっては恐怖であった。が、満更(プライバシー保護)。
「あら、あっちは楽しそうね」
「あぶないの。事故になったら‥‥」
暴走気味のインデースを脇目に、ジーザリオを運転する雁久良 霧依(
gc7839)はおかしそうに笑う。
助手席にはエルレーン(
gc8086)の姿。交通量の多い公道であったのなら間違いなく大惨事になっているであろう運転に、彼女は口元に手を当ててハラハラ。落ちつかない様子だ。
「アンリちゃんも怖がってるし、かわいそうなの‥‥」
「ん? ‥‥うん、そうね。アンリちゃん、ね」
ふと呟いた言葉に、一瞬雁久良が思考を巡らす。
アンリちゃん。そう繰り返し、何を考えたのか。
ニタリと雁久良が笑んだ理由に、エルレーンはまだ気付かない。
「ぬぉっ、あいたたた‥‥」
一方で、バイクに跨る北斗 十郎(
gc6339)は減速し、腰をトントンと叩いた。
その様子に気づいたエドワード・マイヤーズ(
gc5162)は、運転するジーザリオの速度を落として北斗の隣についた。
「具合が悪そうだね」
「持病の腰痛がのう」
遂にはバイクを停め、ハンドルに額を預けてしまう始末。
このままではどうも戦場に向かえそうにはない。
「大丈夫かよ」
バイク形態のAU−KVを停止させ、ラーン=テゴス(
gc4981)が肩をすくめる。
それに北斗は呻き声を漏らしながら応えた。
「少し休めばまた動けるようになるでの。すまんが、先に行っておいてくれんか」
「仕方ない。一人では危険だから、僕も残――」
「それには及ばん。自分の身は自分で守るでな」
この辺りにキメラが潜んでいる可能性も捨てきれない。中型以上の敵に襲われては、北斗一人では対処しきれないだろう。
そう気を利かし、エドワードが護衛を申し出る。が、北斗は首を横に振った。
言葉と同時に、己の跨るバイクを軽く叩く。いざとなればこれで逃げる、といった意味だろう。
「本人が言うんならいいんじゃねえの。どうなっても知らないけどな」
ゆるりとアクセルを捻ったラーンが先に行く。
エドワードの方も、それならばとジーザリオを前進させた。
傭兵達の姿が見えなくなる。
「さて‥‥」
周囲には誰も残っていないことを確認した北斗は、己の荷物を漁った。
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「人影が見えるわね」
麓の畑が見えてきたところで、まっしぐらに採取へ向かうということはない。あくまでもここはバグアの領域。罠が仕掛けられている可能性も十分に考えられる。
まずは観察。その時にクレミアが発見したのが、二つの影であった。人型といえど、まさか人間ではあるまい。
体格はやや大柄。トグロを巻いた蛇を頭に乗せているようにも見える。
「おや、あれは‥‥」
「ビッグベン兄弟じゃない! 懲りずにまた出てきたのねぇ」
エドワード、そして雁久良が声を上げる。隣では、エルレーンが露骨に顔をしかめた。
この三人は、人影の正体を知っているのだ。
「なんだそりゃ」
「異星人のばぐあなの。あいつら、ものっすごいくさいのぉ!」
知りもしない名前に、ラーンが悪態をつくような調子で漏らした。
エルレーンの説明では、とにかく臭いということらしい。
これにはエドワードと雁久良も、呆れたような調子で頷いた。
ターゲットの畑に居座っている以上、ビッグベン兄弟をどうにかしない限り土の採取は難しいだろう。
「あれを倒せ、って依頼ではなかったわね。無理に相手をする必要はないわ」
クレミアは消耗する必要はないと言う。
目標物さえ手に入れてしまえばそれで依頼完了。それ以上の成果を無理に狙う必要はないだろうという考えだ。
これには特に反対意見はなかった。
採取については雁久良が、そして雁久良のガードはここまでジーザリオに同乗してきたエルレーンが担うこととなった。
彼女らを残し、クレミア、エドワード、ラーン、アンリの四人が下山道に入る。
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「兄上、人間どもが動き出しましたな」
「ここで奴らを返り討ちにせねば、我らの立ち場が危うい。抜かるなよ、モレル」
畑で傭兵達を待ち受けるビッグベン兄弟は、丸山での動きをしっかりと捉えていた。
間もなく道路の先から車両が姿を現し、この畑を攻めてくるだろう。
人間相手に遅れを取るわけにはいかない。
「イゲンのみを得たところで、奴らにとっては無意味。いずれはこの畑の土を奪いに来るであろう‥‥。兄上の読みは正しかったようで」
「張っていた甲斐があったわ」
兄弟が不敵に笑む。
もう既に、車のエンジン音が耳に届いていた。
釣り上がった口角は次第に引き結ばれ、二人の表情が険しくなる。
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「なるほど、臭いってのはホントのようね」
畑の隣に車をつけ、並び立つビッグベン兄弟を一瞥したクレミアは鼻を摘まんで降車。
漂うのは畑特有の土の香りだけではない。兄弟から放たれる強烈な体臭が、辺りに充満していた。どんな臭いかといえば、ビッグベンと申し上げる他ない次第。
「うぅ、吐きそう‥‥」
その脇で、アンリは真っ青になっていた。間違っても好んで嗅ぎたい臭いとは言えない。
あまりの臭気にふらついたアンリの肩を、ラーンが叩く。
「しっかりしろよ」
「ですけど‥‥生理的に‥‥」
苦手なものはどうしても苦手なようだ。
「無理もない。さっさと片付けてしまうに限る」
あまりの臭気に戦えないとは言えまい。だからといって、早くこの臭いに慣れてしまえといった注文は少々無茶だろう。エドワードの出した結論は至極単純だった。
「何をごちゃごちゃと。ビッグベン兄弟、弟モレル=ビッグベン!」
「同じく、兄タレル=ビッグベン! いざ参る!」
人間達の会話など歯牙にもかけず、ビッグベン兄弟が駆け出す。
同時に畑のネギが一斉にざわめき、無数のカマキリが飛び出した。姿は小さいが、タイミングからして見てもキメラであることは間違いなかろう。
「アンリ君、カマキリは僕らで対応しよう」
「はいっ!」
直接ビッグベン兄弟と戦わせるよりはマシだろう。そう判断したエドワードは、アンリを伴ってカマキリの相手に回る。
返事をしたアンリは、丁度跳びかかってきたキメラを一匹切り裂いたところだった。
「出来ればこちらを抑えておきたいわね」
だが何しろ、数が多い。クレミアもカマキリの対応に当たった。
こうなると、ビッグベン兄弟の相手は必然的にラーンが受け持つことになる。
倒そうというのならともかく、足止めならば‥‥。
「やーいウンコタレ、かかってきな!」
AU−KVを装着し、ラーンは挑発。
彼女に兄弟が迫る。
タレルの振りかざした拳を受け止め、モレルの蹴りをいなす。
戦える! ラーンは胸中ほくそ笑んだ。
「くっせーなー。ちゃんと風呂に入ってるか?」
余裕を見せつけるつもりだった。
だがラーンの言葉に、ビッグベン兄弟は笑む。
直後、モレルの手がラーンの額を掴む。
「なっ、この、離しやがれ!」
顔を上向きにされたことで開いた喉元に、タレルが銃を放った。
銃口からは、彼らの体臭を何倍にも濃縮した臭気が放たれる。
メットの中にまで侵入した臭いが、ラーンの顔面を包んだ。
「ぎゃあっ! く、ぐぇぇっ」
鼻から、口から、目から侵入する強烈な臭気に脳が揺れ、臓器が絞られ、視界を奪い、呼吸すらも不能な状態に陥れられる。
その時だ。
「お困りのようじゃな!」
そこに現れた一つの影。
どこかで見たような体型の‥‥恐らく男性。変身ヒーローを思わせるマスクに、風にたなびくマフラー。その正体は北(情報操作)。
「天呼ぶ地呼ぶ人が呼ぶ、バグアを倒せとわしを呼ぶ、正義の漢我流Σ参上じゃ」
「す、すごい、ヒーローだ‥‥!」
北――じゃない我流Σの姿を目にしたアンリが歓声を上げた。
「いや、あれは恐らく‥‥」
「しっ。夢は壊すものじゃないわ」
アンリの背後を襲わんとしていたカマキリの攻撃を盾で受けたエドワードが何事か言わんとする。
だが、キメラを複数撃ち抜きながらクレミアが制する。
夢見る少年には、夢を見させておけばいい。
「行くぞ!」
畑道を駆け抜け、我流Σがラーンを連れて距離を取る。
踏み込んだタレルが拳を突き上げる。
スウェーでかわし、超機械「扇嵐」で足を取ってタレルを転倒させた。
「こっちだ!」
声に振り向けば、モレルが銃を放つ。
銃がどんな能力を持つのかを見ていた我流Σは、咄嗟に超機械を起動。
モレルの銃口付近にトルネードを巻き起こした。
吹き荒れる風が、噴き出す悪臭を跳ね返す。
「なにっ!」
怯んだモレルのフォローに、タレルが動く。
――が。
「ふぐぉっ!?」
足が止まる。ぐっと突き出された腰。そしてその尻には、いつの間にかネギが突き立っていた!
「兄う――ぬぉぁっ!」
直後、モレルも同様に動きが止まる。尻にはやはり、ネギ。
その背後に颯爽と消えてゆく影。これは彼の仕業に違いない。いったい彼は誰なのか、何者なのか。それは誰にも分からない。まさしく、UNKNOWN(
ga4276)。
しめた!
ラーン、我流Σがビッグベン兄弟に飛びかかる。
「こっちは片付いたわ。そっちは?」
「丁度良い具合だね。おや、怪我を‥‥」
「大したことないわ。さ、加勢に行くわよ」
額の泥を拭い、クレミアがカマキリキメラの死骸を横目に状況を確認する。
エドワードが応え、アンリも頷く。
クレミアの腕には、キメラによって刻まれた切り傷がある。だが、今これを気にしている場合ではない。
怯んだビッグベン兄弟を抑えるべく、彼女らは地を蹴った。
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このタイミングを待っていた。
一気に下山した雁久良は、エンジンもかけたままに車を飛び出した。
その脇にエルレーンがつき、護衛する。
支給された容器に土を掬い取り、蓋をする。
ビッグベン兄弟は仲間達がしっかり抑えてくれていた。
これならば逃げ切れる。
そう思い、雁久良が立ち上がった瞬間だ。
「わ――っ」
「もうっ、いるならいるっていって――わぁぁぁっ!」
まだどこかに潜んでいたらしいカマキリキメラが飛び出した。勢いに任せて振るわれた鎌が、雁久良を襲う。
不機嫌そうに漏らしたエルレーン。だが、言葉の途中でそれは悲鳴に似た叫びへとすり替わった。
雁久良はビキニの上に白衣を羽織っただけという超セクスィーな格好。
キメラの鎌が捉えたのは、ビキニの胸元。すっぱりと切られたフロントから、押し込められていた雁久良の殺人的なまでに巨大で、瑞々しく、透き通るように白い、吸いつくような質感の乳房が、弾けるように揺れながら外気に踊った。
「どうしたのかね?」
「大丈夫ですかっ!?」
「はうーっ! 違うの違うの、なんでもないの!」
エドワードとアンリが反応して振り向くが、間にエルレーンが割って入り、けしからん双丘を押し隠す。
「もう、私ならいいのに」
「ダメなの! へんたいばぐあもいるからダメなの!」
しかしこの状況を楽しむかのような雁久良の態度に、エルレーンはパニック状態。
錯乱してぶんぶんと振りまわした剣が、あのカマキリキメラを真っ二つにしたことに、彼女は気付いただろうか。
「ま、いいわ。それより撤収よ!」
土の採取は完了。
合図に合わせ、傭兵達が次々に車両に搭乗してゆく。
「待てい!」
「えいっ! へんたいさんはそういうのだいすきなんでしょ、あげるからッ!」
「目が眩むといいわ!」
ビッグベン兄弟が追撃せんとするが、エルレーンがKV少女「グリフォン」を投擲。これに兄弟の目が奪われたところへ、クレミアが閃光手榴弾を投げ込む。
弾けた光に周囲が包まれる。
これに乗じ、傭兵達は土を持ち帰ったのであった。
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「間に合わなくてすまんかったのう」
「でも凄かったんですよ、本物のヒーローが現れて!」
帰還後、北斗は腰痛が原因で戦闘に合流出来なかったことを詫びた。
その真実は誰もが知っていたことから、咎める者はいなかった。アンリを除いて。
テレビの世界にしか存在しないと思っていたヒーロー。それが、目の前に現れたのだ。感動は大きい。
「それよりも、臭いが染み付いてしまいそうだね。シャワーでも浴びたいよ」
服の臭いを気にしつつ、エドワードが呟く。
これに、クレミアと雁久良の目が光った。
そして二人の腕が、アンリを挟みこむ。
「ふふっ、せっかくだから私と‥‥」
「一緒に気持ちよーく、シャワー浴びましょう。ね、アンリちゃん?」
「え、えっ、な、え? あの、いやボク、男ですからっ!」
「うそーっ!?」
困惑状態のアンリを拉致した二人の女性が、シャワールームへと消えてゆく。
驚愕したのはエルレーンだ。今この瞬間まで、彼女はアンリが女性だと思っていたらしい。それが実は、男だった‥‥。この上なく、ショックである。
エドワードは頭を抱え、ラーンは愉快そうに笑い、北斗は目を細めた。
そして彼らもまた、染みついた臭いを落とすべくシャワールームへと歩みを進める。
ちなみにこの後アンリがどうなったのかといえば、大人の階段を上った‥‥のかもしれないと記すに留めることとしよう。