●リプレイ本文
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スコット・クラリーの報にいち早く応じたのはドクター・ウェスト(
ga0241)であった。
出現したアイリーンなるバグアの言葉に、聞いたような名が盛り込まれていたのだ。
グリフィス。そんな名の敵がいたような気がする。
どんなつもりかなど、どうでも良い。倒すべき敵が舞い込んだ。そしてその敵とは、間接的な接点がある。それだけのこと。
機体を地に立たせ、ウェストはキャノピーを開く。眼下では共に依頼を受けた男が、少女を相手に苦戦を強いられていた。あのクラリーなる男が翻弄されているところを見ると、敵は瞬発力に優れていることがよく分かる。
「グリフィスとは、アノ黄色のティターンか〜!」
豪雨に身を晒し、ウェストは叫ぶ。
「アレは強かったが、生き残ったのは我輩、ソシテ我輩はバグアを1体倒しただけだね〜」
彼女が固執するグリフィスなる人物を討ち取ったのは自分だ、と。口では強敵であったことを認めつつも、指先のジェスチャーでは苦もなくぷちっと捻り潰してやった、とでも言いたげだ。
怒りの矛先が、自分に向けば良い。
それは罪悪感からくるものなどではない。怒りが、憎悪が、攻める手を単調なものにすることを彼は知っているのだ。
「そう。そうなんだ‥‥」
声を聞いたアイリーンは、小さく呟く。その手の棍を地に突き刺し、キッとウェストに目を向けた。
隙が出来たと捉えたクラリーが銃を向ける。
だがそれには目もくれず、アイリーンはサッと棍を振るう。撥ね上げられた泥がクラリーの顔面へと飛び、同時に、彼女はウェストに向かって駆けた。
瞬く間に脚部を伝い、飛び石の要領でコクピットへ迫る。
「アンタが‥‥!」
「けっひゃっひゃっ、だからどうだと?」
突き出された棍をかわし、エネルギーガンで牽制。翻った身へ機械剣を叩きつけるも、振り上がった棍にいなされる。
機体上での戦闘が繰り広げられる中、ロシャーデ・ルーク(
gc1391)はKVを降りた。
見る限りかなり機敏なあのバグアに対し、KVでは少々分が悪い。少人数で倒せるものでもなさそうだ。それに、少し気がかりなこともある。
「無事のようね、元少佐」
「ふっ、その呼び名、よほど染みついたようであるな」
目元の泥を拭い、クラリーは苦笑して見せた。
それなりに、互いのやり方は理解している。ロシャーデの気がかりとは彼のことだ。共に戦えるのならば、心強い。
「しかし用意が良いな。メットを捨てるのではなかったよ」
「泥はかけられたくないもの。この雨も厄介だから。それにしても‥‥」
機体を降りたロシャーデはしっかりとゴーグルを装着。
雨が目に入ったところを襲われたのでは堪らない。これだけでも大分勝手が変わるはずだ。
言いながら彼女が視線を向けた先には、あのアイリーンとかいうバグアの姿がある。
「妙な格好ね」
「戦場のウェディング。響きは詩的だが、ね」
ウェディングドレス。およそ戦いに出るような格好とは思えない。
そんなアイリーンに、二人は違和感を覚えていた。
この頃、同じように機体を降りた者があった。夢守 ルキア(
gb9436)である。
(棍なら、近接のハズだケド‥‥)
気配を殺して物陰に潜み、ウェストとアイリーンの戦闘を観察。どのような戦法が有効かを割り出していた。
先ほどのウェストとのやりとりから、かなり感情に任せるタイプということも知れる。
相手はバグアであるから過度の期待は出来ないものの、あれだけ動けば必ず消耗するはずだ。
(でも、まだ早いかもネ)
動き回る敵なら、必ず隙が生まれる。そこを突いてやれば、崩せるはずだ。
タイミングを見誤ってはならない。だが、今はまだその時ではない。
夢守は機体の陰に潜み、タイミングを計った。
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「危険なバグア。精鋭、ですか」
報告を聞いたガーネット=クロウ(
gb1717)は、機体に搭乗したまま周囲のキメラを蹴散らしつつ、現れたという敵の姿をそれとなく捉える。
敵は少女だ。この点に関しては、驚くに値しない。
だが彼女も、クラリーとロシャーデが言葉を交わしたのと同様、その出で立ちに目を奪われた。
「ウェディングドレス‥‥。なるほど、先に逝ったそのバグアに殉じる死衣装ですか」
ウェストの挑発に乗った様子を見ると、どうもそのようにしか思えない。
愛する人と、永遠を共に。
ガーネットはそう解釈すると、たちまち切なさに襲われた。
もしそうだとしたら、あまりにも悲しくはないだろうか。
「でも、敵は敵。残念です」
それが愛だろうが、恋だろうが、別の感情であろうが、彼女はバグアだ。倒さねばならない。
キュッと唇を引き結び、ガーネットは周囲のキメラに目を落とした。
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足場が不安定な機体上での戦闘は不利だ。機敏かつアクロバティックな戦い方をするアイリーンの攻撃を防ぎ切り、反撃に持ち込むことは至難。大人しく降りた方が得策だろう。
そう判断したウェストはコクピットから飛び降りた。
既にクラリーとロシャーデが迎撃態勢に入っている。これから一気に攻めることも可能なはずだ。
目測通り、アイリーンもウェストを追って機体から跳ぶ。
「タイミングは分かっているな?」
「当然よ」
着地の瞬間を狙う。宙を移動するからには必ず隙が生じるタイミングだ。
これを逃すわけにはいかない。
互いに銃を構え、着地するであろう地点へ発砲。
放たれた弾丸は、ぬかるんだ土を捉えた。
アイリーンの足は地についていない。それは発砲が早すぎたわけではなかった。
彼女は棍を伸ばして地に突き刺し、その反動でひらりと宙を翻って着地の隙を掻き消したのだ。
だが、どんな行動にも必ず隙は生じる。次の着地に、即座に対応出来る人物はいない。
少なくとも、アイリーンの視界に映る人間の中には。
(かなり飛び跳ねるネ)
物陰から様子を窺っていた夢守は、牽制の一撃を放つタイミングを計っていた。
着地の隙を跳ぶことで補うのなら、次の着地でまた隙が生まれるのは道理。一度その弱みを突けば、勝機が見える。
夢守は無言のままにSMGのトリガーを引いた。
どのような結果を引き起こすか、わざわざ確認するまでもない。まだ姿を見せる時ではなく、夢守は足早に移動を開始した。
「うぇっ?」
そんな素っ頓狂な声が上がる。
着地と同時に足元の泥が盛大に跳ね上がり、ドレスを汚したのだ。それだけではなく、足を滑らせてそのまま尻餅。純白だったドレスが真っ黒に染まった。
「格好だけは戦場に似合わない、と思ったけども、泥だらけの今はピッタリね」
合流した狐月 銀子(
gb2552)が、KVのキャノピーを開き、動きを封じられたアイリーンにエネルギーキャノンを放つ。
回避が間に合うはずもなく、直撃を受けたアイリーンは泥と共に盛大に弾き飛ばされた。
着地地点へとロシャーデが駆ける。
よろりと起き上がったアイリーンに向け、脚爪で以て蹴りつけた。
アイリーンは咄嗟に軽くステップを踏んでかわすが、しかし、爪が掬い上げた泥が雨雫をかき分けて跳ね、その顔面を襲った。
「う、もうッ」
視界を奪われたアイリーンは口に入ったのであろう泥を吐き出し、あてずっぽうに棍を振るう。
追撃を加えんと迫るロシャーデは、下方から突き上がってくる棍の先端に腕をとられ、苦痛に頬を引き釣らせる。
その間に、アイリーンは豪雨の中を駆けた。
「逃がさないわよ!」
KVを降りながら、敵の走る方向へと狐月はエネルギーキャノンを放つ。
着弾の衝撃がまたも泥と雨を跳ね上げた。
直撃か?
そんな予感が湧き上がる。
だが、泥が落ち切ったそこに、アイリーンの姿はなかった。
「なに〜、消えただと〜?」
ウェストが周囲を見回す。
あの攻撃に紛れて、この豪雨の中に身を隠したのだろう。
(ん、今のはボクにも見えなかったネ。どこだろう‥‥)
様子を注意深く観察していた夢守にも、彼女がどこへ行ったのかを把握することが出来なかった。
このままでは逃げられてしまうか、奇襲を受けてしまうか、といったところだが‥‥。
「そこです!」
見ていた者がいた。
周囲のワームやキメラを相手しつつ、ガーネットはアイリーンを気にかけていたのである。幸い、KVのコクピットからの視線が生身の人間に比してかなり高い位置にある関係から、彼女には敵がどっちへ移動したかを把握出来たというわけだ。
放たれたレーザーライフルが地を抉る。
小さな悲鳴と共に、人影が宙に巻き上げられた。最早泥だらけで判別は難しいが、消去法的に、それはアイリーンに他ならない。
「位置が分かったとはいえ、また逃げられては厄介だな」
銃を手に駆けつつ、クラリーが呟く。
これを耳にしたロシャーデは、閃いた。それは、先ほどウェストが用いた手段とほぼ同様のもの。
感情に任せる節があるあの敵ならば‥‥。
「バグアのくせに誰かを慕って仇討なんてくだらないわね。所詮人間と違うのよ、そんな偽物の感情に振り回されて、情けないわ」
挑発。これが効くはずだ。
彼女の様子を見ていれば、どうにも、人類がグリフィスなるバグアを倒したことに対する報復のために動いているようである。そんな行為自体の価値を下げてやれば、きっと向こうから仕掛けてくるはずだ。
「うるさいっ! アンタ達なんかに、何が分かって‥‥!」
怒鳴り散らしたアイリーンが駆ける。雨をカモフラージュに、視界の外から攻撃を仕掛けるつもりだ。
標的はロシャーデ。そうでなければウェストだろう。
瞬時に判断した傭兵達は、周囲へ気を張り巡らせた。
「‥‥背中は任せるわ」
「ふむ、良いだろう」
こうした中で、ロシャーデとクラリーは背中を合わせ、互いの死角を補い合う。
敵が攻めてくるまでにそう時間はかからなかった。
「アンタ達みたいなのに、グリフィス様は‥‥ッ」
狙われたのはロシャーデの背後。つまり、クラリーの正面だ。
「む、来るぞ!」
「かかったわね」
反転したロシャーデが、クラリーと共に銃撃。
弾丸がアイリーンの足を掠めた。
「もうかくれんぼは終わりっ。一気に行くヨ」
夢守も物陰から飛び出した。位置からして、クラリーらと共に敵を挟みこむ形。
前後からの攻撃に、アイリーンが足を止める。
この隙に、狐月が狙い澄ました一撃を放つ。
腹部に直撃したエネルギーの塊に、アイリーンは悲鳴もなく地を転がった。
さらに、ウェストが一気に距離を詰める。
「これで終わりにしよう〜」
その手の機械剣が唸りを上げる。
接近して、分かった。
敵は最早虫の息。これがトドメとなることを。
「‥‥っ」
彼女の表情を、最後に漏らした言葉を、ウェストは一切歯牙にもかけなかった。
振り降ろした剣が、血と泥で真っ黒に染まってしまったウェディングドレスを刺し貫く。それだけだった。
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(あの姿は女子にとって覚悟の表れ‥‥)
付近での戦闘が落ちつき、ガーネットは思考に耽る。
ウェディングドレス。それは女子の憧れ。愛しき人の傍にあることを誓う衣装。
何故そのような衣装で出向いてきたのだろうか。バグアにも恋心が芽生えるのか、それともヨリシロの記憶か。今となっては分からない。
ただ。
「これで、永遠の時間を、共に過ごすことが出来る。‥‥そうだといいのですが」
死して煉獄を味わうべし、と彼女は思わない。
肉体を失った二人が、生きる限り手の届かぬ遠い世界で結ばれて欲しい。ガーネットは、そんな小さな祈りを、晴れ始めた雲の切れ間に捧げた。
一方で、狐月も疑問を口にしていた。
「妙な感じだったわね。あの格好は確かに戦場には相応しくないけども‥‥」
「ふむ、気迫は本物であったな」
クラリーの言葉に、狐月は頷く。
本当に仇討が目的ならば、あんな格好で戦場に出てくるだろうか。
戦闘には適さないウェディングドレス。だというのに、本気でこちらを倒しにかかってきたように思える。
「攻めの姿勢は見事だったけれども、防御が疎かだった気もするわね」
「特攻、というやつかしら」
ロシャーデも見解を重ね、狐月が掌を合わせた。
狐月の初撃は、隙の拡大を重ねに重ねた末に決まったものだが、それ以降はほぼ無防備だったようにも思える。
どこかのタイミングで、アイリーンは死を覚悟したのだろうか。
だからこそ、捨て身での攻撃を試みた。そんな風に考えられはしないか。
「死に場所を求めていた、とでも?」
「そこまでは分からないわ」
クラリーの問いに、狐月は苦笑。
そんな気もする。答えは分からずじまいのままで良いのかもしれない。
幕を下ろした生をこれ以上野次るのも野暮というものだろう。
「すばしっこかったネ。途中から飛び跳ねてばかりだったケド」
「あ、あ〜、そうだね〜」
夢守にとっては、強烈な攻撃に何度も吹き飛ばされるアイリーンの姿が印象的だったらしい。
そのおかげで、せわしない戦闘だった、と思えてくる。
対するウェストは、何だか気のない返事。
彼がアイリーンのことを考えているとは夢守には思えない。
彼にとって、アイリーンも数いるバグアの一人に過ぎないことは、理解している。バグアを根絶やしにしようという彼の思想からして、たった一人のバグアを心に引っ掛けることなどないだろう。
だから、気になる。
「なんか、ココロココニアラズって感じだヨ?」
言われて、ウェストは頬を掻いた。
何だか話しづらそうな、そんな雰囲気は夢守にも伝わる。
だがそれが何故なのかは、よく分からない。
「まっ、いーケド。でもサ‥‥」
「なんだね?」
「バグアが憎いのは分かるケド、変な暴走には気をつけてよネ」
夢守は、普段から気になっていたことを口にしただけ。
だがウェストは、ギクリと肩をこわばらせた。彼の気のない態度は、実はここに起因する。
何だか管理されているような気がしてしまって、ちょっと苦手なのだ。
「一応、気をつけるよ〜」
「だーかーらっ、イチオーじゃなくってサァ」
目を逸らしながらの返事に、夢守が頬を膨らませる。
そんなやりとりがしんみりとした空気を流し出し、少し離れて様子を眺めていた狐月達は、小さく笑みを漏らしたのだった。