●リプレイ本文
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ぞろぞろと、俯きがちに歩を進める集団があった。
施設内。ひんやりした通路は、とても快適とは言えない。環境的な問題ももちろんだが、どちらかというと精神的な側面が強いだろうか。
この集団は、これから捕虜として収容されるのだ。それが分かっていながら、心を弾ませる者などいようものか。
並び歩く者達の中には、傭兵の姿。彼らもまた、周囲と同じように無言。
傭兵らの任務は、こうして捕らわれた人々を解放すること。
彼らは捕虜であり、いざという時に人質とされる可能性もあるのだ。
恐らく戦闘は避けられまい。傭兵達は各々の方法(主に服の下に隠す)で武器を持ちこんでいた。一般人の抵抗など大したことはないと判断しているのか、ボディチェックがなかったことは幸いと言えよう。
「お前らはこっちだ」
捕虜収容施設は三階建て。全てに収容に用いる牢が設置されており、傭兵らはエレナ・ミッシェル(
gc7490)を除いた全員が二階へと連れて行かれた。そこからさらに、須佐 武流(
ga1461)だけが三階へと連れられてゆく。
「なるほど、一階は子供、二階は女性、三階は男性、ですね」
石動 小夜子(
ga0121)は、何故収容施設が三階建てなのか、どのように捕虜が振り分けられているのか、ここで察した。
彼女の言った通り、二階は女性用。三階は男性用らしい。一階には、先ほど様子を見た限りでは子供か、老人か、何らかの障害を持つ者が収容されるようだ。
これは捕虜が施設内を移動する際に、その体力を考慮して‥‥などという親切心ではなかろう。万が一捕虜が脱走を図った際に対処するためだ。子供や老人ならば、処理も容易。成人男性ともなると多少は手こずることもあるのかもしれない。
先に、一人脱出に成功した者がいることからも読み取れることだ。
「須佐様はともかく、エレナ様が心配ですね」
「‥‥」
「‥‥それもそうですね」
レスティー(
gc7987)は、最年少故に一人一階に収容されたエレナを想う。
それは年上としての自覚がさせることであったが、御沙霧 茉静(
gb4448)は唇に指を当てる。
不審に思われるような会話は慎みたい。何に対しても言えることだが、作戦がバレようものなら、全てが水の泡になるのだ。
当のエレナは、不安など感じていなかった。強いて言えば、全員を救出することは不可能だろうという予感がある程度。
自分は別としても、子供や老人、また腕のない者、盲目の者等が収められている一階。脱出口までは二階や三階に比してやや近いものの、その分他区画からの増援が最も早くに合流する場所でもある。コトを起こしてから脱出まで、ハンデを持つ者達を一人で守りきることはほぼ不可能だろう。
(ま、見捨てることにためらいはないけどね)
だから割り切ったのである。その目は、正面の牢に横たわる片足のない女を見据えていた。
助けられる者だけを助ける。そうでない者は、無理に助けようとしても逆に被害が増えるだろう。
エレナ・ミッシェル。十代も前半の身でここまで判断したことは、聡明と評すべきだろうか。
「兄ちゃん、あんた不運だな」
「あぁ?」
牢へ入れられた須佐に話しかける男があった。老人とまでは言わないが決して若くはなく、身体も細い。労働力としてさほど期待出来るような体つきではなさそうだ。
作戦行動を開始するタイミングを計るため、精神統一しておきたかった須佐。集中を乱された彼は、露骨に不機嫌を表す。
男は怖い怖いと両手を上げながら、口の端に浮かべた笑みを引っ込めない。
「まぁ聞きな。ここじゃあな、兄ちゃんみてぇなのから連れていかれちまうんだよ」
「あんたは後回しだろうな」
皮肉交じりの返しに、しかし男は不敵に笑んだまま。
要は体つきの良い者が優先的にサイボーグへと改造されているということ。素材が良ければ、改造後に発揮されるポテンシャルも良いのだろう。
この男、恐らく収容されたものの改造されないまま、ここで比較的長い時間を過ごしているに違いない。新人が入ると、こんな風に弄って退屈を凌いでいるのだろうか。
これ以上は取り合わない方が良い。それよりも、だ。
「来たな」
監視のサイボーグがそわそわしだした。耳につけた通信機を絶えず気にし、落ちつかない様子を見せる。
別働隊がサイボーグ生産プラントへの攻撃を開始したのだろう。突然のことに混乱しているようだ。
「おい、あんた」
声をかけられて振り向いたサイボーグに、隠し持っていた洋弓「レルネ」で矢を放つ須佐。
牢の隙間を縫って飛び出した矢に頭部を射抜かれたサイボーグはそのまま弾かれたように宙を舞い、動かなくなった。
同時に扉を蹴り飛ばし、捕らわれた人々を解放する。
「いいか、これから脱出する。死にたくなきゃ大人しくついてこい」
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人質解放作戦が始まった。二階では石動、御沙霧、レスティーの三人が次々に牢を解放して‥‥いない。
これは御沙霧の考えであった。サイボーグも元は人間。話をすれば分かりあえるかもしれない、という希望があった。
「貴方も捕らわれて来た人だったの? だったら‥‥」
「懐柔しようたって、無駄よ」
先に牢へ入っていた女性が、御沙霧の話を遮る。
「それが出来たら、私達はとっくにここを出ているわ」
それも、そうだ。
先に脱出に成功した男がいたが、もしこのサイボーグ達を懐柔出来るのならば、脱出出来たのが一人だけということもなかっただろう。
そういうことならば、仕方がない。
「やりましょう。これ以上は待てません」
元が人間ならば助けたいという気持ちも、石動には分からないでもない。だがプラント破壊作戦も開始されたこのタイミングを逃すわけにはいかない。
手を打たれるよりも早く。隠し持っていた煙管刀を引き抜いて扉を裂いた石動に続き、レスティーが飛び出してサイボーグの鳩尾を強打する。
前傾姿勢で怯んだそのサイボーグへ石動がさらに距離を詰め、首に刃を滑らせた。
赤黒い液体を垂れ流してどうと倒れたそれに対し、周囲で悲鳴とどよめきの声が上がる。それもそのはず。ここに囚われている女性達は、いずれ自らもサイボーグにされることを知っているのだ。下手をしたら、今目の前で倒れたのは自分だったのかもしれない。
「死んだ‥‥?」
「し、死ん、死んだ!」
状況を確認するかのように誰かが発した言葉が引き金となり、パニックは巻き起こる。
せっかく傭兵達が牢の扉を解放しても、女性たちはむしろ奥の方で蹲り、耳を塞いで奇声を発しながら現実から目を背けようとする。
傭兵達の思惑はそうではないというのに。
「大丈夫です、わたくし達は貴女達を‥‥」
「いやぁぁっ! 来ないで、来ないで来ないで来ないで来ないで!」
ひとまず彼女らを落ち着かせようとレスティーが声をかけてゆくが、まるで話が通じない。
これでは救出する前に敵の増援が来てしまう。そうなれば尚更、救出は困難だ。
無理矢理引っ張っていくにしても、傭兵達の両手を使っても余る。
最優先事項は、彼女達を落ちつかせること。パニック状態に陥っている以上、余計な手出しは状況を悪化させる危険がある。
となれば、待つしかない。
「とにかく、増援を食い止めましょう‥‥。上からは攻めてこないでしょうし‥‥、一階を死守すれば‥‥」
「では、私と御沙霧さんで行くのが良い、でしょうね。レスティーさんはここで万が一に備えていただければ」
御沙霧の提案に石動が頷き、段取りを決める。
上階でも同様のパニックが起きていなければ、須佐もほどなくして合流するはずだ。進路さえを確保すれば、後は脱出へ導けば良い。
一階に収容されたエレナは監視を始末したものの、捕虜達は牢に入れたままにしておいた。
増援がいつ現れるとも知れず、退路も確保出来ていない。さらに自分一人では捕虜を守りながら脱出することは不可能であることも理解している。
それに、下手に牢を解放して、物事の判別がつかぬ子供が一目散に飛び出していくようでは困る。
だから彼女はこの区画の出入り口へ銃口を向けたまま、上階からの合流を待ったのであった。
「とはいえ、ここで派手な戦闘はできないね。あー、面倒臭い」
意識すべきことが多い。パパッと全てのサイボーグを倒してしまえば楽ではあるのだが、流石にそれは不可能だろう。
さっさと仕事を終えたいところだが‥‥。
「それにしてもおっそい。まだ来ないのかな」
上階からの合流が遅れている。何かトラブルがあったにせよ、連絡の一つでもありそうなものだ。
いったい何に手間取っているのか。エレナにはさっぱり分からなかった。いっそ自分で確認しに行きたいくらいだったが、そうもいかぬ。
収容区画の出入り口が開かれる。異変を察知した増援が到着してしまったのだ。
「もうっ、もたもたしてるから!」
見張り役は一人だった。牢の中から不意を打って始末することは出来たが、今度の敵は五人。武器をざっと確認するに、前衛が二人に後衛が三人。
このままぶつかっても、勝ち目はないだろう。だが、逃げ場もない。
ならば砕けようと、当たってみるしかないのだ。
「捕虜が牢から出ている! こっちにも能力者がいるぞ!」
増援として現れたサイボーグの一人が通信機に向かって叫ぶ。これでさらに敵戦力が増えることは間違いなかろう。
‥‥と、悠長に考えているような場合ではなかった。
既に前衛の二人が地を蹴り、エレナの眼前にまで迫っているのだ。
「くぅっ」
銃撃戦を是とするエレナは、接近されると対応手段が減る。
苦し紛れに身を捻って斬撃を回避するが、ぐるりと回った視界の外から、もう一人の前衛が打撃を振り落としてきた。
世界がスパークしたかのような衝撃が脳を襲い、飛びかけた意識が不快感を伴って残留する。
途端に湧きあがる嘔吐感に嗚咽を漏らし、エレナは倒れた。
視界がぼやけて自分がどこにいるのかすらも分からない。耳に入る音もぐにゃりと捻じ曲げられたかのようで、頭の中にぐぁんぐぁんと響く。
指を動かせば、物体を握っていることだけは意識出来る。
なりふり構ってなどいられない。目を見えなくとも、気配を察知するだけならば‥‥。
敵がいるであろう方向に当たりをつけ、引き金を引き絞る。反動で、弾丸は無事発射されたことだけは分かった。だがそれが目標を捉えたかどうかは全く分からない。
そんな時だ。
「いけません!」
「覚悟‥‥!」
二階から御沙霧と石動が合流。敵との間に割って入り、応戦し始めたのである。
振り抜いた石動の煙管刀が腱を裂き、叩きつけた御沙霧の蛇剋がサイボーグの剣を弾き飛ばす。
同時に敵の後衛が射撃。
御沙霧はとっさにエレナを庇い、石動は前衛サイボーグを盾にした。
吐き出された銃弾は、能力者を襲うばかりではない。逸れた弾道は牢に伸び、固唾を飲んで様子を窺っていた人質達を撃ち抜いてゆく。
方々で悲鳴が上がった。
人の命を何とも思わぬ、元人間の所業。
同じ人間だったならば、きっと分かりあえたはずなのに。御沙霧は悔しさに涙し、その雫が苦悶するエレナの頬へと吸い込まれた。
救いなどない。改造人間は、その形だけでなく、心さえも失ってしまったのだ。
「ハッ! 人間同士で殺し合いとはな。所詮バグアの手に落ちた、手遅れなモンだ」
階段を飛び降りて合流した須佐が、手近なサイボーグを蹴り飛ばす。
その背後にはレスティーの姿も。捕虜達は、そこにはいなかった。
「女性達は?」
「今は二階で待機しております。まずは、進路を確保致しましょう」
石動の問いに答えたレスティーの様子を見るに、女性達はある程度落ち着きを取り戻したのだろう。
だが安堵するも束の間、さらなる増援の足音がだんだんと大きくなってくるのが誰の耳にも聞こえていた。
ようやく多少はダメージが抜けたらしいエレナもふらりと立ち上がる。その目は虚ろながらも、しっかりとサイボーグの方へと向けられていた。
ここへ至る道は、さほど複雑ではない。特に分かれ道らしいものもなかった。一本逸れればプラントへ向かう道へと繋がる程度である。
「さっさと片付けるぞ。捕虜連れてくんのは任せた」
さらに直近のサイボーグの頭を蹴りでもぎ取り、着地の勢いを反動にして、須佐が収容区画から飛び出した。
残ったサイボーグにも、若干ながら戦闘能力は残っている。御沙霧は戦闘能力を奪う程度で済ませたかったが、周囲を見れば、敵が生きているというだけで、捕虜はその傍を通りたがらないだろうということは明白だ。
「では、続いて参りましょう」
「流石に、一人にさせるわけにはいきません、からね」
レスティー、石動も敵へと距離を詰めては敵の生命活動を断ち切ってゆく。
数がそろった以上、殲滅にさほど苦はなかった。
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プラントの破壊はひとまずの成功を見、これに伴って捕虜収容区画への増援は計十名程度まで抑えることができたようだ。これの対処は難しいことではなく、そもそも敵が混乱していたことも手伝って、脱出路の確保は難しくはなかった。
だが、一階に収容されていた者の実に半数以上が死傷。また傷が深く、連れ出しても治療による救命の余地がない者も多かった。
後に須佐が語ったことであるが、彼の合流が遅れた理由も、捕虜のヒステリーにあったらしい。
「助けられもしねぇのに、『ここに妻がいるんだ。妻を見つけるまでここを離れない』とかアホらしいことを言うやつが何人かいてな」
何とか「二階にならいるかもしれない」ということでひとまず落ちつけたのは良いものの、結局ほとんどの場合は、彼らの探す女性はいなかったらしい。
「けれども、中には再会出来たペアもいまして。それはそれで良かった、のですが‥‥」
「今度は嫉妬さ」
この先はレスティーも居合わせている。
見事感動の再会を果たしたペアもあった。だが、そうでない者には、「何であいつらだけ」といった感情が芽生えたようである。
合流が遅れた要因は、こうしたものを沈めるために時間を食ったことにあった。
「もう少し人間のことを考えれば、全員助けれたかも‥‥あたたた」
そうした心の部分を考えた救出活動が出来ていれば、とエレナは言う。スムーズに事が運べば、一階で死人は出なかったかもしれない。そして自分も、吐気がするほどの打撃を受けなかったかもしれない、と。
今回の反省は、そういったところにあった。
依頼の内容は「捕虜を救出せよ」というもの。だが、捕虜は人形ではない。ただ黙って助けられるだけの存在ではない。
今後生きる可能性を残した者のみを載せた輸送艦が飛び立つのを見送った傭兵達は、焦げ臭さと強すぎる日光に顔をしかめたのであった。