●リプレイ本文
●現場中継
新井和也はほくそ笑んでいた。
「こんな方法で、自分の意見を知ってもらおうなんて間違っていますよ。誰も耳なんて貸しません」
そんな、和泉譜琶(
gc1967)の言葉に対してすらも。
「ふん、どうかな。あれを見ろ」
犯人が顎で示した先にはたくさんのカメラが集まっていた。事件を聞きつけた報道陣の群である。
既に爆弾が一つ爆発した事実がある。それ故に事件は大ニュースとなっており、今やどのチャンネルを開いてもこの事件の話題で持ち切りだろう。
要するに、この男の言葉は、嫌でも国中に知れ渡ることになる。
「どこに仕掛けた? 教えてもらえると嬉しいんだがね」
ボディチェックをしながら、鴇神 純一(
gb0849)が問いかける。
しかし新井は、転がる瓦礫にまで踏み入って撮影に夢中になっている報道陣の方に目を向けたまま、にやりと笑ってじゃらりと手錠のかかった手首を回した。
拘束されているのだから何か持っていたとしても操作不可能だ、との主張だろう。
念のために御闇(
gc0840)が警察より借りた金属探知機で新井の体を探るが、反応したのはそのベルトだけだった。
「本当、めんど‥‥ごほん、大変な事をしてくれたなぁ」
「まったくもう‥‥面倒な事しますね〜」
吹雪 蒼牙(
gc0781)の言いかけたことを御闇が拾った。
「で、犯人の部屋は?」
マンションの見取り図を開きながら國盛(
gc4513)が警官に尋ねる。
帰ってきた答えは、最上階にあった、とのことだった。
「これでいける筈だ」
傭兵達が犯人を尋問している間、秋月 愁矢(
gc1971)が警察隊に作戦での動きを考え、伝えていた。
ビシッとした敬礼が返ってくる。
「現場です。新井和也容疑者が設置したとみられる爆弾の爆発まで、残り30分を切りました。間もなく、警察隊とULT所属の傭兵による爆弾駆除作戦が開始されるようです」
どこの局かは分からないが、男性リポーターの声が届く。
時間がない。傭兵と警察隊達は時計を合わせ、速やかにマンションへと突入していった。
下の階を警察隊に任せた傭兵達は、数人を残して階段を駆け上っていた。
「暗いから、気をつけて」
東野 灯吾(
ga4411)が警察から借りたヘッドライトを被りながら、彼自身が誰よりも早く17階の廊下を踏んだ。吹雪らがそれに続く。
「まずはこの階から調べるんだな?」
屈強な肉体を揺らし、辿り着いた國盛が確認する。
「その通りです! 張り切っていきましょー!」
和泉が目の前の扉に飛びついた。
「可愛い娘っ子の励ましとあっちゃぁおじさん俄然張り切っちゃうね!」
頬を緩ませ、鴇神が目に着いた部屋に消えていった。
東野に吹雪も別の部屋へ突入する。
一人残った國盛だが、やることがないわけでもない。調べるべき場所は、何も部屋だけではないのだ。
「さて、と。ふぅん‥‥!」
階段の脇に設置されたエレベーター。その扉に指を食いこませ、僅かに隙間を作った。そこに持ち込んだ家庭用工具キットから取り出したレンチを差し込む。てこの原理を利用してさらに隙間を大きくすると、今度は自らの体をねじ込み、押し開いた。
扉の先は当然ながらシャフトになっている。下を向けば、ヘッドライトに照らされたエレベーターの箱がうっすらと見える。ワイヤーは切れて落っこちたようだ。
「こんなところに仕掛けられてるとは思えんが」
念を入れ、國盛は捜査を開始した。
その頃、もう一人、エレベーターを調べる男がいた。御闇である。
彼は最上階へと向かった面々と離れ、逆に一階から捜査していくことにした。
國盛は工具キットを利用していたが、御闇は持ち込んでいた武器、アイスアックスを用いた。
「ちょっと怖いですね、ホラーとかパニック映画のようで」
呟き、ひしゃげたエレベーターの箱を捜査。流石に壁などには取り付けられていないようだ。
もちろん、捜査はそれだけでは終わらない。パネルを取り外し、その内部にも仕掛けられていないかを探らねばならなかった。
秋月は様々な情報の飛び込んでくる無線機を腰にぶら下げ、一階の捜査を担当していた。
まずは大量に設置されたポストを漁る。次に、やたらと置かれた観葉植物のチェック。他は特に爆弾を隠せそうな場所は見当たらなかった。
だが彼はそのまま別の階を捜査するわけではない。1階に残り、司令塔となるのが彼の役目だ。
『こちら警察隊1班、2階全室の捜査完了、爆弾の発見はありません』
「了解、1班は7階へ移動、捜査を」
『7階の捜査、了解!』
警察隊は4人ずつの班を5つ作り、各階を捜査することになっていた。
報告を受けた秋月が、マンションのマップに示された部屋に×をつけていく。
既に捜査が完了したという17階の様子を無線で確認する。未だ、爆弾は見つかっていない‥‥。
●迫るリミット
17階の捜査を終え、18階へ上がった傭兵達一向。
下の階と同じ要領で捜査を開始する。所要時間はおよそ3分。担当した部屋から最初に出てきた吹雪は、特に他の面々を待つというほどの待機時間を感じなかった。
最後に出てきたのは、和泉。手にはクッションが握られている。
「ん、どうしたんだ?」
鴇神がクッションを指差して問いかける。
「うん、なんか、手触りが変な感じで」
「どれ、貸してみろ」
クッションをうけとり、ファスナーを開ける。パッと見では、ただ綿が詰まっているだけだ。しかし、その手に伝わる重量感は、どうも普通のクッションとわ思えない。
手を突っ込んでみる。硬い何かが、触れた。
それこそが、爆弾であった。
「お待たせしました!」
丁度、そこへ解体を担当する技師が到着する。
「誰が呼んだんだ?」
今発見されたばかりだというのに、技師が来るには早すぎる。
「僕だよ。この階には、2つ設置されてたようだね」
マフラーを指で摘まみながら、吹雪が空いた手で無線機を軽く振った。
状況は、こうだ。
「隠すって限定されるから‥‥ここ等辺かな」
18階の部屋へ入ると、吹雪は机の下、ベッドの下などを探した。だが、なかなか見つかるものでもない。
「ここにも、ないかな‥‥」
諦め、部屋を出ようとした時。妙な胸騒ぎがして、視線を上に向けた。
神棚がある。
「失礼します」
両手を合わせてから椅子を台にする。
飾られた札の裏。そこに黒い塊があった、というわけである。
18階で爆弾が2つも発見されたという知らせは即座に秋月へと知らされた。
この成果に、ぐっと拳を握る。
「残り時間は十分ある。この調子なら、いけるぞ」
マップに大きな○印が2つつけられた。
20分弱の余裕。彼は作戦の成功を確信した。
ここからのA班は、各階のエレベーターを調べながら下へ降りていくこととなる。
18階から17階へと続く階段。
そこで足を止めたのは、和泉だった。
「この上って‥‥」
「どうした?」
階上を見上げ、首を傾げる。すっかり和泉の保護者のようになっている鴇神が声をかけた。
「調べなくていいのかな、と思って」
「いや、大丈夫だろうさ。どうしてそう思う?」
その先は瓦礫の山である。爆弾があったとしても、衝撃で爆発していることだろう。と続けられ
「‥‥うーん、それじゃやっぱり、爆弾なさそうだね」
東野、國盛は一足先に担当エレベーターの調査へと向かっていた。
「もし、見つからない爆弾があったら改めて調べればいいだけだ。急ぐぞ」
そう言うが早いか、鴇神が和泉、吹雪の二人に先だって階段を駆け降りた。
『4階にて爆弾が発見された。現在処理中‥‥残りの爆弾は3つだ』
無線機に連絡が入る。彼らがエレベーターの調査を開始した直後だった。
「運は、関係ないかね」
残る爆弾は1つ。さっさとこんな作戦は終わらせてしまいたい。鴇神はそんな思いからか、スキルGooDLuckを使用したとはいえ、なかなか爆弾は見つからない。
鴇神がため息混じりにシャフトの暗がりに首を突っ込んだ。
「見つかったかー?」
すぐ上の階からシャフトを調べていた東野の声が聞こえる。しんとした空間に、彼の声はよく響いていた。
「ヘッドライトがあるとはいえ、よく見えん」
下の階からは、國盛の声。
そんな話を聞いた一番上の吹雪が、声を張る。
「爆弾には小さいけど緑に光るランプがついていたから、それを頼りに探せば見つかるかも」
ランプね、と呟いた鴇神は身を引いた。この狭いシャフト内なら、ぐるりと周囲を見れば、それらしいものは見つかりそうなものである。
少なくとも、鴇神の視界には緑のランプは見えなかった。
「やはり駄目、ですか‥‥」
このままではラチが明かない。やはり予め警察より借りていた電波探知機を取りだし、御闇はスイッチを入れた。
爆弾が犯人の捜査するリモコンなどから電波を受信し、爆発までのカウントダウンを始めたものだと考えるのは、さほど難しいことではない。ならば、その電波を辿れば爆弾を発見できるかもしれないと御闇は考えたのである。
だが、上手くいかなかった。探知機をどの方向へ向けても反応したからだ。専門家なら反応音を聞き分けることが出来たかもしれないが、その手のエキスパートというわけではない御闇にすれば、このマンション全体から電波が出ているということくらいしか分からない。
傭兵達が各階に散らばっている今なら、これで爆弾を探知出来ればすぐに動けるはずだ、という打算は、上手くいかなかったようだ。
シャフトから一歩下がり、振り向く。ずらっと並ぶ扉には、「爆弾の発見されなかった部屋」を表す×印がチョークで書かれていた。
『15階、爆弾発見出来ず』
『16階、爆弾なし!』
「馬鹿な!」
そして、全ての部屋の調査が終了した。残り1つの爆弾が、発見できていない。
どこかで調査漏れを起こしたか。
だが、今から全部屋を捜査し直しても、間に合わない。
秋月は思わず用意しておいた机を叩いた。
望みの綱は、傭兵達の担当するエレベーターのみである。
無線機に反応はない。秋月の中で焦りが肥大化していた。
『こちら東野――』
「どうだった!?」
ザザ、とノイズ混じりに無線機が声を発した。思わず椅子を倒す勢いで立ちあがった秋月が応答した。
『全階のエレベーターシャフト内、捜査終了』
ごくり、と生唾を飲む。
残り時間は5分程度しかない。
もし、もしこれで駄目だったら‥‥。
そんな予感が、嫌な幻想が、目の前でどんどん実体化していくような感覚を抱いた。
次の言葉が紡がれるまで、どれだけ長く感じたか知れない。
『9階シャフトにて、爆弾を発見!』
「よくやったぞ!」
喜びのあまり叫んだ秋月だが、無線越しにそれを聞いた他の面々は恐ろしいほどの音割れに思わず片目をきつく閉じた。
●事件の後に
「くっ、はははっ、あっはははははっ!」
爆弾を無事全て処理したとの報告を聞いた新井は、狂ったように笑いだした。
報道陣のカメラが一斉に犯人へと向けられる。
「見たか、見たか!? 時間がかかりすぎたんだよ! 俺にとっては、爆弾が爆発しようがしまいが、そんなことはどうだっていいんだ。能力者の手を借りてようやくギリギリ、だ。警察だけじゃ間に合わなかっ――」
「マイク切れ、マイク!」
警察の怒声が飛び、報道陣が慌ててマイクを切った。
この言葉をそっくりそのまま放送してしまえば、下手をすると国中で大混乱が起きかねないからだ。
「馬鹿な奴らだ。所詮人間は、能力者がいなけりゃバグアの力の前じゃあっという間に滅ぼされちまうんだよ! 何せ、人間の仕組んだこんな事件でさえ、能力者がいなけりゃ解決出来ないんだからな!」
新井は言いたいだけ言うとそのままパトカーへ引きずられていった。
「いや、助かった。悔しいが、アレの言うとおりだ‥‥。君達の協力がなければ、マンションは爆破されていただろう」
溜息を吐きながら刑事が礼を述べる。
誰かが「そういう仕事ですから」と返し、刑事も少し緊張から解放されたようであった。
事件の様子は、生放送をしていた局もあったことから、ニュースとして国を駆けまわった。
だが、犯人新井和也がその後どんな裁きを受けたか、少なくともニュースや新聞で取り上げられることはなかった。