タイトル:【叢雲】雲を断つ剣マスター:矢神 千倖

シナリオ形態: ショート
難易度: やや難
参加人数: 6 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2012/04/05 00:57

●オープニング本文


 月と地球の拮抗点――L4。
 そこには、かつて幻の雲と言われたそれを再現したかの如き霞が広がっていた。天文学者が大喜びしそうな光景に見えなくはない。しかし今、調査艦隊の目の前に広がるその雲は、バグアの兵器であった。
 というのも、調査の為に接近したKVや艦に雲の中から光線が降り注いできたのだ。
 思いがけない交戦。適度に応戦しながら後退した一行は、雲に付かず離れずの距離を保ってデータの分析に入った。そして分かったのは――
 雲はその内部のどこかから光線を放つ事ができるという点。またこちらの非物理攻撃すら乱反射して威力を異常なまでに増幅させた上で、跳ね返す事ができるという点。雲を形成する微粒子のようなものにFFが張られている点。そして、雲自体にジャミング能力があるという点。
 調査艦隊と言うからには雲内部の調査をせねば充分に役割を果たしたとは言えない。が、その為にはかなりのリスクを冒す必要がありそうだった‥‥。

「状況は」
「ムラサメ、僚艦共に致命的損害はありません」
「そうか」
 エクスカリバー級巡洋艦ムラサメ。その艦橋中央に座する黛秀雄は雲を睨みつけるようにモニタを見つめながら、思考を巡らせる。
 ジャミングがあるからには、おいそれとKV編隊のみを行かせたり隊を分けて突入したりする事は危険すぎる。またこの『雲』が幻の雲と同等の広がりを有しているのなら、KVだけでは手に余る広さだ。その上、雲に突入すれば四方八方から攻撃を受ける可能性があるのだから、KV編隊が行った先に待つのはおそらく彼らの死だ。しかもそれだけ危険を冒していながら、もしも内部に確固たる敵性個体を見つけてもそれを打倒する為の打撃力が小さいのだから、全くどうしようもない。
 となると、内部を調査する為には艦隊ごと突入するしかないわけだが‥‥。
「艦長、ここは一度撤退し、しかるべき戦力を整えたのちに攻略した方が‥‥」
 艦橋要員の誰かがそんな事を言ってくる。
 黛秀雄はその言葉を認識した瞬間、カチンと、スイッチが入ったのが自分でも分かった。
「今のは誰だ! 名乗り出ろ!」
「‥‥」
「名乗り出んかぁ!!」
「「‥‥」」
「‥‥ふん、上官の命令も聞けん馬鹿が‥‥」
 一瞬にして沸騰した頭が冷める事はない。彼は肘掛けを掴んで荒々しく立ち上がると、堪忍袋の緒が切れたように言葉を続けた。
「‥‥よぉく分かった。ならば命令する。我々調査艦隊はこれよりコーディレフスキー雲へ突入して内部を調査、また敵性個体を発見した場合はただちにこれを撃破する!!」
「なっ‥‥!?」
「ふん、一度戻るだと? その間に雲がどこかへ消えたらどうする。また大型封鎖衛星が出たらどうする! 地中海のように生温い貴様らに合わせてスマートにやってやろうと思っておったがな、もうやめだ。‥‥いいか、我々は何だ!?」
「は、調査艦隊です!」
「調査艦隊とは何だ!!?」
「‥‥未知を調査し、脅威に備える事です!」
「否ぁ! 我々は捨て駒だ! 調査艦隊という名の先兵だ!! 先兵とは即ち命を捨てる事に他ならぬ! 命を以て本隊の道を切り拓き、勝利の礎となる事が仕事である!!」
 黛秀雄が泡を飛ばして怒鳴り散らす。
 真っ赤な顔。額に浮き出た血管。腕を大げさに振って長広舌を振るう彼の姿は、まさに猪丸の名に相応しい猪突猛進ぶりだった。
「いいか、命を捨てろ! 我ら先兵ただ眼前の未知に挑み、そして果てるのみ! 未知の脅威を既知の脅威とする為に命を捨てる‥‥それが我ら調査艦隊の使命である!!」
「‥‥‥‥」
「全艦最大戦速――目標、コーディレフスキー雲中枢!」
 調査艦隊は進む。決死の調査を敢行する、その為に‥‥。

●参加者一覧

ドクター・ウェスト(ga0241
40歳・♂・ER
夜十字・信人(ga8235
25歳・♂・GD
芹架・セロリ(ga8801
15歳・♀・AA
紅月・焔(gb1386
27歳・♂・ER
賢木 幸介(gb5011
12歳・♂・EL
ヘイル(gc4085
24歳・♂・HD

●リプレイ本文


「出来ない? 何故だ」
 雲を眼前に見、ヘイル(gc4085)は通信機に向かって言葉を投げていた。
 問うた内容は、使いきったミサイルの補給などは可能か、といったもの。
 返答は否だったのである。
『船が沈んでは仕方がない。いいか、命を捨てろと言ったが出来ないことをやりはしない。補給の際にハッチを開ければ雲を形成する粒子が大量に入り込む。ジャミング能力を有した粒子がな。雲内部での通信も困難になるだろう』
「補給のために艦に戻れば、戦力不足以外の危険もある、というわけか‥‥」
 通信に応えた黛はそう語る。
 どうしても艦に粒子が入りこむことはあろう。それに備え、既に艦内には粒子掃除用の傭兵達が待機している。とはいえ、物資補給のためにハッチを開けたり、あるいは作業のための人員を直接粒子まみれの艦外へ出すことは危険。通信状態も悪くなるであろうから着艦のタイミングを合わせにくいとも考えられる。
 むしろ補給は不可能というわけだ。
 状況からして、艦から管制情報を出してもらうことも難しい。艦からのサポートはないと考えて良いだろう。
『だが敢えて繰り返すぞ。命を捨てろ! 捨てたくなきゃ生き残れ! このクソ粒子に齧りついてもだ。以上、通信終わり!』
「部下にそう命じるか。言ってくれるな」
 軍人、傭兵の違いはあれど、夜十字・信人(ga8235)もまた、人の命を預かる身。苦楽を共にし、戦場を駆け抜けてきた愛すべき仲間達に命を投げ出せとは、彼には言えない。
 個人のプライドの問題か。
 決して従いたくも、模倣したくもない言い回しだが、認めることは出来る。これは、黛なりの覚悟なのだと。
「どっかで見た連中が‥‥こんなとこで大変そうだな」
「全くだ。今回の傭兵仲間に女性は不在だし、後は任せたい気分だぞ。俺は拗ねる」
「いるじゃん、ここに! ほら、ほら!」
 賢木 幸介(gb5011)は、今回行動を共にする面々のいくらかに見覚えがあった。顔と名前の一致する者も多い。
 ある意味ではやりやすくもあり、ある意味では面倒でもあり。
 新鮮な出会いというものが欲しい。と紅月・焔(gb1386)はボヤいた。華がない、女性がいないと。
 だがこれを、芹架・セロリ(ga8801)が許せるわけがない。彼女だって立派な女性だ。というには多少幼いが、女の子だ。
「ははは、冗談だよ。ゴロリ」
「ゴロリじゃない! セ、ロ、リ!」
「え、イロリ?」
「セーローリーッ!」
「けっひゃっひゃっ、賑やかだね〜」
 どうあっても芹架を女性と認めないつもりの紅月。そのやりとりは見ていてなんだか微笑ましい。
 ドクター・ウェスト(ga0241)は笑いながら、艦隊から受けた指示を脳内に反芻していた。
 そもそも傭兵達の任務は、コーディレフスキー雲撃破まで艦隊を守りきることだ。
 これをどう捉えるか。通信が利きにくくなるであろう雲の中では、個人の感覚が試されることであろう。


 粒子の巣に突入すると、案の定通信状態は劣悪になった。スピーカーから漏れるのは砂嵐のような鼓膜を擦る音ばかり。計器は異常な数値を示し、加えて臓器を鷲掴みにされたような不快感。
 恐らく、粒子の密度が高くなるに連れてこの感覚は肥大化してゆくのだろう。
 目視で互いの位置を確かめることは可能だが、声が届かないのでは連携することは難しい。まさに互いの感覚がいかに触れ合うかが重要だ。
「旗艦はムラサメって言ったか。全員で護るようじゃ他がやられちまうな」
 そう判断した紅月は、静かに隊列を離れる。ムラサメの防衛は絶対であるが、他に複数の艦があってこその艦隊だ。ならば、旗艦以外も守らねばなるまい。
 その様子を見ていた他の面々は、少なくともこの環境を逃れたい一心で離脱したのではない、と理解したようだ。何か意図、あるいは目的があって位置を変えた‥‥。多くの場合、こう受け取ったのだろう。
 だがあまりばらけ過ぎると、万が一不測の事態が起これば対応しきれない可能性が高い。別の方面は紅月に任せ、他の面々はムラサメの警護に集中するつもりのようだ。
「俺以外にニェーバは、今離脱した一機だけか。ミチェーリの範囲は被りそうにないな。よし‥‥」
 状況を確認しつつ、賢木は愛機の特殊能力を発動させた。
 ミチェーリとは、自身の周囲に大量の弾丸を撒き散らす特殊能力だ。それは敵と言わず味方と言わず、無差別に攻撃する手段である。
 狙って撃つには、針に糸を通すよりも難しい粒子。だがこの乱射とも言える攻撃手段であれば、きっといくらかの粒子を除去出来ることだろう。一々確認などしていられないが。
 これに続いて、他の傭兵達もミサイルを一斉に放ってゆく。
 一発当たれば、爆風に巻き込んで他の粒子もまとめて消し去ることが可能なはずだ。
「涙を呑んでもう一個積んできた。散財した分は役に立てよ!」
 予定していた数に加え、もう一つミサイルポッドを購入し、積んできたという夜十字。これを惜しげもなく放ちに放って、艦隊の周囲は目も開けられないほどの花火に彩られた。
 少しでもスムーズな進軍を、少しでも進路上の粒子の除去を。
 次々にミサイルがばら撒かれてゆく。そんな中、一人、ヘイルだけがふとした不安を覚えていた。
(弾薬の補給は出来ない、そしてまだコアも見えてこない現状。持つのか‥‥?)
 確かに粒子の数は多い。だが、粒子があっても進軍は出来る。少々の不快感を我慢すれば、前に進める。今のペースで粒子に対し効果的なミサイルやスキルを使ってしまって、果たして後に余力を残せるだろうか。
 だがいくら不安を感じようと、訴える手段がない。通信は役に立たず、機体のジェスチャーもいかほど通じるだろうか‥‥。
 そうしている間にも、限りあるミサイルは景気良く飛び、艦隊は進む。
 こうなれば頼れるのは己の判断のみ。ヘイルは代えの利かないミサイルは温存することを選択した。
「むう、アレかね〜?」
 粒子の浮く一帯を潜り抜ければ、ようやくそこにコアが見え始めた。
 破壊すれば、この任務は終わりだ。
 燐光を迸らせ、ウェストが一気にコアとの距離を詰めてゆく。
 しかしそう簡単にはやらせてくれない。コアに備え付けられていると思われるレーザー砲に、僅かに光が収束したのだ。
「いけない!」
 狙われているのはどこか。いち早く判断した芹架が動いた。
 構えた盾で、果たしてどこまで防ぎきれるか。
 閃光。その先は、ムラサメのブリッジだ。
 ここへ回っていた芹架。読みは正しかった。
「うぉっと、ちょ、わぁぁっ」
 一撃は、想像していた以上に遥かに重たかった。
 光線に弾き出された芹架のコロナは宙をきりもみし、ムラサメ上部を掠るようにして吹き飛ばされる。
 すぐさま損傷チェック。致命的なダメージはないものの、もう一撃もらったらアウトだ。いくらか装甲が持って行かれたかもしれない。
 体勢を立て直す。急ぎ追いつかなくては。まだ仕事は残っているのだ。
「さっさと終わらせてやろう〜。フ〜ルショット〜!」
 気持ちが焦ったか、それともこういう判断か。
 ウェストは持てる限りのミサイルを、艦隊のG光線ブラスターに先行してコアへ放った。
 破壊の一助になれば。
 魚群のようなミサイルは、吸い込まれるようにコアへと向かってゆく。
 そして、着弾。爆発が見てとれた。
「あれだけ叩きこんだのだ〜。さすがに――ガッ!?」
 余裕を湛えたウェストの表情だったが、言葉も言いきらぬうちにそれは苦痛へと塗り替えられた。
 強烈な頭痛だ。進軍中や侵入直後とは比較も出来ぬほどの不快感。
 見れば、おぞましい量の粒子がこの一帯に密集していたのだ。
「い、いつの間に〜っ」
 密度は侵入直後の数倍はあろう。
 大量の粒子が集まってきている――。考えてみれば、自然なことだった。
 コア周辺の方が、守りが堅いのだ。
 またこの粒子が非物理攻撃を反射する力を持っているとすれば、反射方向などをコントロールするための移動能力もいくらか備えていることも考えられる。
 これを撃ち払うだけのミサイルは、ない。
「雲ごときに、この艦はやらせはしないぞ‥‥!」
 最早拘ってなどいられず、夜十字はアサルトライフルでの粒子掃除に移った。
 だがこれでは粒子の片付けが間に合わない。
「今度はこっちかよ。ったく――!」
 またもコアに光が収束。今度は紅月がついていた艦を狙っている。
 シールドを構えてブリッジの前へ。放たれた光線に腕の一本でも持っていかれそうな衝撃。
 だがある程度は非物理に耐性のある機体。芹架の時ほど吹き飛ばされはしないものの、やはりもう一撃、耐えられはしないだろう。
「ジンクスってのがあるんだろ。えぐり込む様に、やさしく、激しく、たたくべし!」
 雄たけびを上げるようにしてコンソールを殴りつける紅月。プチロフ製KVのジンクスとは、パフォーマンスが著しく低下した際にコンソールを叩くことで不調が直ることがあるというもの。だが、それで上手くいくようなら、苦労などない。
「チッ、迷信か」
「G光線ってのはまだか‥‥」
 既に射程に入っているはずだが、直接コアの破壊に当たる艦隊に動きが見られない。
 G光線ブラスターを連続で叩きこみ、コアを沈黙させる。実に力技な作戦だが、その力が未だ見られない。
 もうとっくに発射されていてもおかしくないくらいだ。
 もしや、艦内で何かが起こっているのか‥‥?
「進路を開く。残しておいたミサイル、全弾持っていけ!」
 ヘイルの予感は的中していたと言えよう。
 だからこそ、取っておいたミサイルはここで使わねばなるまい。
 彼は最後まで、どう使うか迷った。艦に取りつく粒子か、コアへ通じる前方か、それとも撤退を視野に入れての後方か。
 あの時、ムラサメ艦長黛は言った。命を捨てろ、と。
 ならば前進あるのみ!
 コアは必ず破壊出来る――!
 視界を遮る粒子達が、次々に爆発へ飲み込まれてゆく。
 瞬間的にであるが、不快感も侵入直後レベルにまで低下した。
 今だ。やるしかない!
 この時になってようやく、調査艦隊の砲口に光が宿った。それは徐々に徐々にと大きくなり、やがて、押し出されるように巨大な光の渦となってコーディレフスキー雲へと放たれてゆく。
 直撃。
 前方に残った少量の粒子をも巻き込んでの、光の剣は繰り出された。
 やったか!?
 ――いや。
 まばゆい光に閉じていた瞼をゆっくりと開けば、そこにはまだ、コアの姿があった。
「嘘、耐えた!?」
 芹架が驚愕する。艦隊一斉のG光線ブラスターを受けつつも、コアは消滅することなくそこに残っているのだから。
 ならばもう一撃。
 誰もがそう願ったが、艦隊の砲門に動きはない。
 それどころか‥‥。
「何〜? 撤退か〜」
 艦隊は後退を始めていた。
 また粒子が集まってきている。これに対処しながら再びG光線ブラスターを叩きこむのは不可能だと判断したのだろう。
 無茶を通せば、全滅だ。
 命を捨てろ――。黛はそう言った。
 だがこうも言った。出来ないことをやりはしない。
 つまりここに、命を捨てる価値も、命を賭ける理由もないということだ。
 あの一撃で、少なくともコアの機能に何らかの被害は与えられたことだろう。だからこそここは一度撤退し、また作戦を組み直さねばならない。
 艦隊が退くのだから、傭兵達が留まる理由はない。
 これは撤退命令が出されたのと同義であった。


「撤退の要因は、コア付近に到達した際の粒子です。あの時、大量の粒子が艦内に進入、G光線ブラスターの砲撃を担う人員に大きな被害が出たために肝心の攻撃に遅れが生じ、また継続しての行動は――」
「もういい。分かったから」
 一度雲を離れたムラサメの中で、傭兵達は今回の作戦が失敗した原因を担当の兵から聞かされていた。
 要は、序盤で張り切り過ぎたのだ。
 それ故に肝心な場面で力を出せず、艦の防衛に十分な武装、弾薬を残せなかったことが、彼らの失敗であったろう。結果、艦内に大量の粒子の侵入を許し、作戦行動を困難にしていったのである。
 だが失敗の要因は彼らだけではなく、艦内で粒子を掃除する依頼を受けた傭兵達も立ち回りに至らぬ点があったとのこと。
 そうしたことが合わさっての結果であった。
 うんざりしたように、ヘイルは兵の言葉を切った。
 原因など、あの戦いの中で直接見たのだから分かる。
 考えるべきことは、次だ。
 どのような手で攻めるのかは彼らの決めることではないが、きっと近く、再び攻略作戦が立てられることであろう。
 その時にどうやって力になるか。それを考えた方が賢明だった。
「まだ終わりそうにないか‥‥」
「よっちーどうするの?」
 この叢雲調査艦隊を追うようにして戦ってきた夜十字は、ようやくここで終わりが見られると思っていただけに落胆も大きかった。
 それを心配してか、芹架が声をかける。
 返事は、ない。
 どうするか‥‥。
 それは、個人の心が決めるべきことだった。