●リプレイ本文
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「軍人として許されませんな、こういうものは」
銃を向けられても堂々と構えるティームドラ(
gc4522)。反逆は許されざる行為。これは当然のことだ。
「‥‥当然だろうな」
鋭い眼光はそのままに、クラリーは応えた。
基地全てを手土産に、バグアへ降る。自身でそう口にしたのだから、そこにあるのは明らかな意思。だが押えがなくなった以上、最早彼に退路も進路もない。
だからわざわざ傭兵に勝負を挑み、自身の抹殺を依頼する。
これに、違和感を覚えた者もあった。
「‥‥収穫を教えたのは‥‥何故‥‥ですか?」
秋姫・フローズン(
gc5849)はその一人。
これまで何度もクラリーに接触してきた人物であるために、疑問の根は深い。
かつて、クラリーは「収穫の時期はさほど遠くはない」と発言したことがある。これは、彼が何かコトを起こすことを暗示していたわけであるが、秋姫はそれをしっかり覚えていたのだ。
まさか彼女も、このような行為に及ぶとは思っていなかっただろうが‥‥。
「理解出来まい。そう判断しただけのことだ」
「では、以前『辛い思いをさせる』と彼女に言葉をかけたのは、どういうことかしら。裏切りが本意とは考えにくいわね」
そう口を挟んだのはロシャーデ・ルーク(
gc1391)。彼女もまた、クラリーとは長く接してきた人物。
これまで彼を見てきた彼女には、どうしてもただ裏切ることを目的に動いてきたとは思えないようである。真意はどこにあるか。彼女はそれを探ろうとしていた。
「人間を殺させるわけであるからな。それを、辛いと感じないのであれば話は別であるが」
実にシンプルな返答。
秋姫は引き結んだ唇の内で、強く奥歯を噛んだ。
きっと、何か理由があるはずだ。クラリーの真意を引きずり出すことが出来れば、あるいは‥‥。
「憶えて、いますか? この階級章‥‥」
そう言って、身に纏った軍服の胸元に光る階級章を翳したのは金城 エンタ(
ga4154)だ。示すのは中尉。彼に軍籍はないが、これはクラリーが私的に与えたもの。階級章がある限り、クラリーの管理する場に於いてのみ軍人として振る舞うことを許される。つまり、その気になればクラリーの身辺などを調べることもある程度容易になるということだ。
そんなことに、意味などあるのだろうか。
「変ではありませんか? これではまるで、狂気の沙汰でしょう?」
「その立ち場を利用して嗅ぎ回り、もし私の反逆が知れたら全ては無意味‥‥。ふっ、上手く切り返したものだ」
す、と目を閉じたクラリーは、構えていた銃を降ろした。
今ならば、真意を聞けるかもしれない。
ロシャーデは一歩踏み出す。
「裏切りは本意ではない。他に目的があるからこその演技というわけね? 例えば――」
「実は他所に裏切り者がいるため、真の裏切り者を炙り出そうとしている‥‥。私の真意に気付かぬ以上、考えつきそうなものといえばこれくらい、か」
誰もが押し黙った。
これは、どういった理由があるにせよ、裏切りが演技であることを認めたのと同義。
次の言葉こそが、クラリーの真意か、それとも‥‥。
「残念だが、それは違う。私の目的は、ここで、私が死を迎えること。貴様ら傭兵の手によってな」
「どうして‥‥そこまで‥‥」
目を伏せ、秋姫が唇を震わせる。
最早クラリーの裏切りが本意でないことは明白。それを知ってなお、彼を討つことは彼女には出来なかった。
疑念。
まだだ。まだ、納得していない。
もっと話を聞きたい。
全てを知らずして、ただ目先のことだけで人の命を奪うようなことは、とても出来はしない。
「教えてください、大佐‥‥いえ、少佐。もし裏切りが本意なら、手土産が必要なら、私と私の韋駄天を含めて、共に降れと命じたって良かった。しかし少佐は、私達に、少佐自身を討つように命じました。それにはどんな訳があるのか。お願いです、教えてください」
「中尉よ‥‥」
金城の必死の訴えに、クラリーはゆっくりと歩み寄る。
これを、金城は強い意志を宿した瞳で見返した。額に、銃口を突きつけられながら。
「私の真意など、関係ない。私が討たれることにこそ意味がある。悪が裁かれたという事実があれば良いのだ。どうしても私を討たぬのであれば、討たねばならぬ理由を今ここで作るのも良い」
「貴方には撃てませぬな」
引き金にかけられたクラリーの指。
だがその動きを止めたのは、ティームドラの言葉だった。これまでひたすら、投げられる言葉を聞くことだけに専念していた彼は、クラリーのそんな意識に気付いたようである。
しばし沈黙。誰一人として身じろぎ一つせずにただ時間が流れた。
この時間は、決して空虚などではない。
誰もが、答えを見つけるためにせわしなく心を動かしていた。
何が正解なのか。全てを終わらせる最良の選択とは何か。
真はどこにあるのか‥‥。真に従うか、遂げるか、抗うか。
一人の人間の、命を懸けた選択。一人の人間の、命を計る選択。
心の進路は、決まったのだろうか。
「もう良いでしょう、少佐」
時のゼンマイを巻いたのは、傭兵でもなく、クラリー自身でもなく、傍観していたクラリーの部下、レベッカだった。
クラリーは小さく頷き、一歩、二歩と下がる。
「ふっ、全く、傭兵というものは妙なところで妙な働きをしてくれるものだ」
呟く。手中の拳銃は緩慢な動きで持ち上がり、ぴたりと自身のこめかみに当てられた。
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「これで‥‥良かったのでしょうか‥‥」
基地の応接室で、傭兵達は各々物思いに耽っていた。その胸には、後悔や疑念が未だに渦巻いている。
何が正しいのか、その答えはまだ得られていない。
だが、まだ間に合うはずなのだ。
きっと‥‥。
堪え切れずに秋姫が漏らした言葉に、否定を示す者はいなかった。
「諸々、手配は済んだわ。ひとまず、御苦労さま」
重苦しい空気のこの部屋に足を踏み入れたのは、レベッカだ。
これに応じて、傭兵達は一様に立ち上がる。彼女が来るのを待ちかねていたのだ。
「落ち着きなさい。順を追って話すから」
「それより、あの、大‥‥少佐は?」
誰よりも先に彼女へ詰め寄った金城は、全ての真相よりもクラリーのことについて尋ねた。
目の前で起こった出来事、そしてその処遇、今後を聞かずして、これまでの話など落ち着いて聞いていられないだろうと。
「極刑。とは、限らないのではないかしらね」
「それはどういう‥‥?」
「とにかく聞きなさい」
あの時――。
銃口を自らのこめかみに向けたクラリーは、自害に失敗したのだ。
四人の傭兵が、一斉に飛びかかったのである。放たれた弾丸は明後日の方へと向かい、クラリー自身はそのまま捕らわれた。
何が何でもこのまま死ぬつもりだ。そう判断した彼らは、舌を噛み切らないようにと猿轡を噛ませてひとまず独房に入れたのである。
恐らく、この後クラリーは軍事裁判にかけられるであろう。極刑は免れないと誰もが思いながら、それが正しい結果なのかと誰もが疑問に感じていた。
だからレベッカの言葉は安堵と共に、驚きでもあったのである。
「一つ、最初に断りを入れるわ。少佐が裏切りを図ったのは、嘘よ。そう見えるように演出しただけ。ワームが群で攻めてきたのも偶然のこと。そろそろここを潰しに来るだろうとは予測出来ていたけどもね」
「ほう、では何故そのような嘘を? ただいたずらに、身を破滅させるだけに思えますな」
「それが彼の目的。UPCから生まれた悪人が、傭兵の手で処分されることよ」
ティームドラの疑問は、傭兵達にとっては尤もなものである。
多くの人間は、身の破滅を知りながら、敢えてその破滅へ向かって歩もうとはしない。
もしそうすることがあるとするならば、深い理由があるはずだ。
では理由とは何か。この回答がまた妙だった。
悪人として処分される‥‥。とても、そこに意味があるとは思えないのだ。
「上の人間は、軍の汚点を嫌うわ。軍の内部に、著しいイメージの低下を誘発するような存在が認められたら、軍はどうするかしら」
「秘密裏に‥‥処分‥‥」
小さく、呟くように、おずおずと、秋姫が口にする。
レベッカは頷いた。
不都合な存在は、明るみにならないところで処分する。もしもある程度著名な人物が汚点となりえた場合は、暗殺なりで処分し、表向きにはバグアの仕業にでもして少しでも民衆の支持を確保しようと目論むだろう。
これに、ロシャーデはピンときたようだ。疑問を残しつつではあるが、恐らく、これが答えだろうと。
「少佐は自ら軍の汚点となり、私達に自分を始末させることで、傭兵に軍の汚れを晒そうとした‥‥?」
口元に手を当てつつ、首を捻る。口をついて出た言葉の意味は、本人にもきっと理解出来ていないだろう。
だが、レベッカの言葉から考えられる、クラリーの真意はこういうことだ。
何のために‥‥?
「妙ですな。わざわざ軍の評判を落として、得をする者などどこにも――」
「えぇ、いないわね。だからこそよ」
疑念を孕んだティームドラの言葉に、レベッカは肯定を以て答えた。
「話の視点を変えるわ。このバグアとの戦争。もし、人類が勝利したら‥‥。世界を統べるのは、どんな組織かしら」
「戦争で大きな働きをした国家の生み出す組織‥‥?」
金城の回答に、レベッカは頷いた。
当然であるが、それは推測に過ぎない。だが、人類の歴史を見ると最も濃厚と言える未来の可能性だ。
「そして現UPCは、その新たな組織で強い発言力を持つようになるでしょう。それが許されるのは、民衆の支持があってこそだけどもね」
「見えたわね」
ここに来て全てに気付いたのはロシャーデだった。
話を総合すると、きっとこのためだったに違いない。これはほぼ確信だ。
同時に、彼女は溜め息と共に眉間を押さえた。馬鹿馬鹿しい、と呟きつつ。
「どういう‥‥こと‥‥でしょう?」
「軍による世界の統治、そして軍の暴走を恐れたのよ。これを回避するためには、民衆が軍を世界の統治者として認めなければ良い。少佐は、私達を通じて軍の汚れた部分を明るみにすることで、今後の軍のあり方を人に問おうとした」
首を捻った秋姫に、ロシャーデは考えを口にする。
いずれ異星人との戦争も終わり、ひとまずの平和が訪れたとしてもUPCが世界的な影響力を保つことは目に見えている。本当にそれで良いのか、と疑問を持つようクラリーは訴えようとしたのだ。
「まさか‥‥! いくら何でも、佐官一人が汚点になったって――」
「いえ。十分でしょう。何故なら、連鎖しますからな」
待ったをかける金城。
だがティームドラはなるほど、といった様子の顔つきだ。
「我々傭兵が立ち会ったことで汚点が晒されたとあれば、陰で汚点を消去しているのではないか、と民衆の関心が高まりますな」
これまでの話は、全てレベッカが肯定した。
とはいえ。ここでまた、一つの疑問が生じる。
汚点‥‥。今回の件で言えば反逆であるが、それを断じるのは、何も不自然なことではない。だからこの事件が明るみに出たところで、よくよく考えれば大きな問題にはならないだろう、という予測も立つのだ。
誰かがそう口にしようとした。
「少佐は、見越していたのよ。あなた達なら、きっと違和感に気付くだろうと。彼は反逆にこじつけられ、かつこじつけるには多少疑問の残るような行為を繰り返しつつ、ここに至った。少佐を処分したあなた達がその違和感を口にすれば、少佐は本当に処分されるべき人物だったのか、といった疑問が喚起されるでしょう」
「つくづく馬鹿馬鹿しいわ。無駄死にになる可能性だってあるというのに」
大きく肩を落としたロシャーデの言葉に同調し、誰もが脱力した。
あり得ない。こんな馬鹿げた話に自分から命を差し出す人間は、どうかしている。
「彼はそれでも良かったのよ。少なくとも、直接対峙したあなた達には疑問の影を落とすことが出来る。きっと彼は、それだけでも満足したわ」
「自分の命を‥‥軽く見過ぎ‥‥です」
溜め息のように吐き出された秋姫の言葉。
真相を聞いてしまえば何だか笑い話のようなものだった。
「それで、極刑にはならないだろうって、どういう‥‥?」
呆れの溜め息が満ちる中、ふと思い出したように金城が顔を上げた。
いずれにせよ、クラリーは謀反の罪に問われることとなる。そうとなれば、極刑はまず免れないはずだ。
だというのに、何故そうはならないのか。疑問である。
「だって物証がないもの。彼が勝手に、妙な言動をしただけのことよ」
「では、どうなるのでしょう‥‥?」
「恐らくは――」
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「ほう、ここがLHであるか‥‥」
「あまりはしゃがないようにしてくださいよ、少佐」
「よしたまえよ。私は最早軍人ですらない」
後日。
スコット・クラリーの処遇が決定した。
証拠不十分により、反逆の立証は不可。しかしこれまでの行動から、危険な行為に及ぶ可能性があるとして、監視をつけた上での軍籍剥奪となったわけである。
それだけでなく、クラリーの体内には外科手術によって小型の爆弾が埋め込まれた。無線で繋がったスイッチが押されると爆発する仕組みであるが故、監視役には、彼が危険行為に及ぶようなら爆破する任務が与えられる。
危険人物とはいえ、彼もまた能力者。これを簡単に処刑するのはもったいないことであり、また彼の真意が傭兵に知れたことで、殺してしまえば軍の評価が落ちかねない。どうにもグレーゾーンに置かれた結果となった。
監視役に抜擢されたのは、レベッカ。これもまた妙な縁である。
「それはそうと、あの基地はどうなるのだろうな」
「司令官のライオット中佐を直接縛り付けたビルがついているのだもの、きっと怖がって、嫌でも真面目に基地を動かすわよ」
「ふむ、ならば安心であるな」
全てを終え、未達成という形で目的を失ったクラリーは、このLHで傭兵になる道を選んだ。
この日は門出。そして新たな日々へと歩み始める日。
ULT本部。そこには、クラリーを知る傭兵も数多くいた。
「‥‥あら、少佐。こんなところで――」
「なっ、なななな何故ここにっ!? あぁあのっ、ボ、いや、わた、私はその、てっきり」
「もう‥‥お会い出来ない‥‥かと‥‥」
「軍籍を剥奪されたとは聞きましたが、こういった道を進みなさるとは」
方々で上がるのは驚きの声。当然だろう。
「レベッカ。少々、はしゃいでも構わないだろうか」
「ほどほどに、お願いしますよ」
騒然となる本部ロビーの中央へ、靴音を鳴らしながら進むクラリー。
す、と歩みを止めれば、キと眼光鋭く顔を上げた。
「諸君、せっかくである。貴様も、貴様も、貴様も、この私と一緒に踊ろうではないか!」
「さて、起爆スイッチはどこだったかしら」
軍を降りたクラリーは、ただの変人に成り下がっていたようである。