●リプレイ本文
LHに設けられた英国王立兵器工廠の支社に、傭兵達は集まっていた。
通された会議室はがらんとしていて、人数に対して何だか広い印象。長机を合わせた周囲には、革の張られた椅子が並べられている。用意されたホワイトボードの隅には、「EP−009DR Drake」と記され、空白は広く取られているようだ。
奥の席には、兵器工廠の職員。その向かいに、ULTから立会人として出向いたオペレーターのランク・ドールが座る。
傭兵達は、そこから対面するようにして席に着いて行った。
この会議で問われることは至極単純。英国、そしてドイツのクルメタルが共同で開発する新機体、ドレイクに関する意見交換だ。先に示した資料に、性能に関するおおよそのデータが記されている。これについて、傭兵側として指摘したいことがあれば聞いておきたい、ということだった。
「知覚、機動力特化とのことですが、具体的にはどれくらいになるでしょうか。一口に特化、と言っても、比較対象があった方が‥‥」
最初に口を開いたのは佐渡川 歩(
gb4026)であった。
現在の見通しでは、それぞれどの程度の性能になるのか。より明確に把握したいのは当然だろう。
「完成すれば、少なくとも知覚能力に関してはロビン改と同等になるでしょう」
職員の説明によると、現状、知覚能力に関しては可能な限り性能を引き上げているらしい。元々、ロビンを開発した頃、既にかなりギリギリに挑んでいたようであることが伺える。
故に、抑えるならばともかく、これ以上性能を底上げするのはかなり難しいようだ。
「機動力についてはどうです? 速度に関しては、可能であればワイバーンMk.IIを上回るぐらいは欲しいですね」
これは周防 誠(
ga7131)の言葉。
ワイバーンMk.IIはこの英国産KVのみならず、傭兵に提供されるKVでは最速を誇る機体。尤も今では、基本的に入手することの出来ない機体である。
もし機動力にも重点を置いているというのであれば、このワイバーンを再現、あわよくばそれ以上のものを期待するのも道理と言えよう。
「上回るのは中々難儀ですが、通常の戦闘速度についてはなるべくワイバーンMk.IIと同程度に、と考えています」
「HMBだったか。これを発動させたドレイクと、マイクロブースターを用いたワイバーンMkIIではどのような差が?」
「予定では同等。ただし、小回りという意味ではドレイクに分があるでしょう」
時枝・悠(
ga8810)の追加質問に、職員は資料に目を落としながら答えた。
「そもそも機体が備える機動力は、これも我が社が開発してきたKVの中では群を抜いていますから」
「フェンリルよりも?」
「それどころか、恐らく他社のKVと比較してもトップクラスだと思いますよ」
藤原琥珀(
gc6939)に、職員は頷いてみせる。
要するに、知覚、機動力は英国の中では最高の性能を誇るものになる、ということ。
だが、このドレイクは決して高級機ではないということを忘れてはならない。当然、他の面で予算を削らねばならないことは誰でも予想がついた。
「拡張性はロビン並には欲しいかな‥‥」
ぼそりと、藤原が望みを口にする。
機動力に特化するKVは、いわゆる積載可能量が削られる傾向にある。機体そのものを軽くして速度を得る、というのは短絡的かもしれないが、ある意味で最も簡単かつ実践可能な手法だからだ。
また、これに近い意見も上がった。
「兵装スロットなどもしっかり確保してほしいですね。ドレイクより安い、他社の宇宙用機体ではそういったところに不満がありますので」
藤原が量を問題にしたのなら、周防の言葉は数を問題に取り上げていた。
うーん、と職員が低く唸る。
どうやらこのドレイクも、重さを削って速度を得る、という例に漏れるものではないらしい。
「スロットは、妥協していただける程度には確保するつもりでいます。しかし、積載可能量については、ちょっと‥‥」
「せっかくの特化機だ。ウリにしている機動力を落としてまで、そういったところに力を入れなくても良いと思うな」
差し込まれた時枝の言葉に、職員はホッと胸を撫で降ろす。
ある方面に特化するために、他の機能を削るのは中堅機によく見られる傾向である。これは安さや使いやすさがウリとなる低価格機、全体的に優れた性能と個性ある特殊能力を備えた高級機に対抗するため、ほとんど取らざるを得ない手法だ。
だから特化した部分を削ってまで他の性能を引き上げることは、中堅の機体として生き抜くための最大の武器を鞘に納めることと言える。これを強く主張されてしまえば、開発する企業の方も行き詰ってしまうところであった。
「そうですね、突出した部分で、他の価格帯と差別化出来れば良いと思います」
これには佐渡川も同意した。
さらに別の側面からの意見を出したのは周防だ。
「では練力はどうでしょう。多いに越したことはないのですが‥‥」
宇宙での戦闘にも耐えられるよう設計されたこのドレイクであるが、もちろん、そこに付随して問題となるのはやはり練力であろう。
地上と違い、常に簡易ブーストを使用しなくてはとても戦闘など出来ない宇宙。当然燃費も悪くなりがちだ。だからこそ継戦能力を得るためには、どうしても練力の最大量を少しでも確保しておきたいものである。
「その点はご心配なく。他社と比較するとどうか、というところはありますが、我が社がこれまで開発してきたKVの中ではトップレベルですよ」
この言葉に、周防は目を丸くした。
多いに越したことはない、とは言ったものの、元々あまり期待してはいなかったようである。正確には、多少抑えめでも妥協するつもりでいたのだ。
機体のスペックに関しては概ねこんなところだろう。
結果として、元々示された性能で概ね問題なかろうといった結論。欲を言えばもう少し拡張性が欲しいといったところか。
議題は機体特殊能力、一般にスキルと呼ばれるものへ移る。
だが一気にあれもこれもと話してはまとまりがない。とにかく、まずはHMBに関する意見交換が行われることとなった。
「予定されてた固定兵装は、結局作らないことになったって聞いたから‥‥、浮いた予算で何か出来るかもしれないね」
藤原は目を輝かせる。
以前ULT本部で行われた本機体における意見聴取の結果英国が出した答えが、固定兵装は搭載しないとのことである。だから、その分機体に注ぎ込める予算が確保されたはず。と、藤原は考えたのだろう。
しかし、そう単純な話でもない。
「予算が浮いたというのは‥‥間違いではないです。しかし、それを機体に充てることは、結果として機体の販売価格は中堅から一歩抜き出ることになってしまいますよ」
「中堅機体でも、固定兵装がつくことで高級機並みの価格になるものもありますものね」
確かめるように、佐渡川が解釈を口にする。
これに、職員は頷いた。
機体の販売価格と、固定兵装の販売価格は、基本的に別枠で設けられている。そもそも固定兵装は、効率化のために機体から取り外すことが出来ないという制約を持つ兵器のことであるから、機体とセットで武器を買う、といった感覚。
「とはいえ、何も新しいものを取り入れられない、というわけでもありませんから、どうぞご意見はご自由に」
その言葉に胸を撫で下ろした一同は、資料に目を落とした。
マイクロブースターに、クルメタルの可変ノズルの機構を取り入れて生まれた新しいブースターがHMBだ。それは、これまでのマイクロブースターでは越えられなかった一線を踏み越えた性能に辿りつくことが出来たものではあるが‥‥。
「燃費は抑えた方が良いかと。ある程度練力が確保されているとはいえ、あまり消費量が多いと扱いにくい」
「えぇ、練力効率は重視していただきたいですね。それから、姿勢制御技術を発展させて、移動中の方向転換を可能に出来ないでしょうか?」
当然、時枝や佐渡川の言うように、意見も出てくる。
どうせならば、何度も使用したいという欲は当然あるだろう。
「燃費ですか‥‥。きっと、そこについての指摘はあるだろうと思っていました。これについては、取り入れた新技術を最大限に生かすためにはどうしても練力を食ってしまうのです。方向転換にかける時間を短縮することならば、これから技術者達に相談してみますが」
再三に記すことになるが、宇宙での戦闘ではやはり消費練力がどうしても気になってしまうのだろう。傭兵としては、どうせなら長く戦いたいという考えに至るのも道理であろう。
「燃費を抑えることについても考えておきます。ただ、その場合は相応に性能が下がることにはなります」
「では、ブースターへの出力調整などを行って『低燃費型』と『高性能型』の2パターンを状況によって使い分けられるようにしたらどうでしょう」
口を挟んだのは周防だ。
「パイロットの方で、状況に応じて出力を切り替えるんです。長期戦が予想される場合、一気に敵を殲滅すべき場合、目的の場所へ急行しなくてはならない場合。それに応じて動きを切り替えられたら、便利ですし」
「うわぁ、操縦大変そう‥‥」
自分である程度燃費を操作出来るという利点は、確かにある。
だが藤原が呟いたように、それは操縦の煩雑化を招く要因になりかねないこともまた事実だ。
尤も、エミタのAIがあれば大した問題ではないのだろうが‥‥。
「だから、2パターン、なんですよ。予め練力の消費量をパターンでインプットしておくわけです」
「なるほど、出力切り替え‥‥。確かに、考えてみる価値はありそうですね」
職員が手帳にさらさらと何か書き込んでゆく。
これは開発スタッフに降ろされ、可能かどうか議論されるのであろう。
HMBに関する意見はまだあった。
「ところで、HMBに回避の代わりに知覚上がるモード増やすとか出来ないかな?」
「また随分と妙な表現をしますね」
職員は苦笑して、続けた。
「恐らく難しいでしょう。知覚能力と回避能力はそもそもブースターによってエネルギーが置換出来る関係にはないですから。基本的にはね」
「でも、他社のKVにはそういう能力もあるよ?」
この言葉に、職員は目を伏せた。
小さく息を吐くと、あまり言いたくないですが、と付け加えて、さらに続ける。
「我が社は英国王立兵器工廠。そうした技術は、現状持ち合わせていないのです。今回技術を提供してくださったクルメタル社が、確かにそういった技術を持ってはいますが‥‥」
「固定兵装ありき。いずれにせよ、HMBとは別系統の技術ということか」
困った様子の職員に見かねた時枝が言葉を引き取る。
他社に出来るからといって、英国にも出来るとは限らない。このHMBも、クルメタルの協力なくして生まれることはなかったのだ。
そんな言葉が出たところで、HMBに関する意見も出尽くしたらしく、議題は次へ移った。
最後はアリスシステムについてだ。
これに真っ先に口を開いたのは、周防である。
「現状、知覚能力を下げて機動力を上げるものになっていますが、逆に、知覚を上げて機動力を下げるモードにも切り替えることが出来たらと」
「いいかも! 知覚ばっかり下がるのも、もったいないし」
藤原が意見に乗るが、またも職員は難しそうな表情。
「そもそもアリスシステムは、エネルギーラインのポイント切り替えのようなものです」
そう言った職員は、ホワイトボードに大きなY字を書いた。そして、中心で分岐した左上に伸びる線を太く強調する。
エネルギーの伝達経路をかなり簡略な図に表したものらしい。
「KVを起動した状態では、エネルギーはこのように知覚に向かって集中的に出力されています。つまり、このY字の、左上が知覚。右上が機動力へ繋がるエネルギーラインということになります」
「なるほど、知覚に向かうエネルギーの流れを一定量ストップさせて、その分のエネルギーを機動力に回すのがアリスシステム、というわけですか」
眼鏡を指先で押さえ、佐渡川が解釈を口にする。
職員は頷いた。
「起動の段階から知覚と機動力、両方にバランス良くエネルギーを配分しておけば、周防の提案も通ると思うが」
これは時枝の言葉。
エネルギーを一本集中化しているから、エネルギーラインの切り替えも一方向にしか行えないのだ。ならば、最初から分散させておけば良い。素の状態で運用しても良いし、必要に応じてどちらかに特化させても良い。
こうすれば、ドレイクを3つのパターンに切り替えることが可能になるはずなのだ。
ただし、と時枝は続けた。
「分散させた場合、知覚特化を謳っている割に見劣りするのは必至だろうな」
「カタログでスペックを見る際に特化機としてパッとしない、と‥‥」
悩ましい、と呟き、周防は目を伏せた。
「でもこのシステムなら、エネルギーの転換量を、機体そのもので調節出来るようになりませんか? 現状、アリスシステムについては能力の上昇、減少量が固定ですから。エネルギーそのものの出力を、機体の出力を上げることである程度左右出来るようになればいいかな、と」
「それは、面白い発想ですね」
切り替え式のエネルギーラインを上手く機体の動力に接続出来れば、機体そのものの出力次第でアリスシステムによるエネルギー変換率にも変化が現れるのではないか、とのことだ。
これも、要検討事項として職員がメモする。
「後は効果時間だな。効果を永続させた上で、任意のタイミングで切り変えられるようにはならないか?」
「不可能ではないですが‥‥、エネルギーラインを急激に変化させることになりますので、それでは練力を消費することになりますよ。そうでなければ、恐らくエンジンが止まるでしょう」
「それでは、アリスシステムの長所は生きないか‥‥」
今回の会議で出た意見は、時枝のこれが最後となった。
帰路に着いた傭兵、そして会議中終始無言(実は居眠りしていたようだが)だったランクの荷物には、板チョコが増えていた。
バレンタインということで、藤原が会議後に配ったものである。
「まさか、もらえるとは思ってなかったなぁ」
ランクはさっそく、チョコをかじっていた。彼にしてみればただ座って寝ているだけで給料がもらえてチョコまでいただけたのだから、非常に美味しい話である。
しかし彼は全く気付いていなかった。
会議の様子を把握していないために、わざわざまた英国の兵器工廠本社に連絡を取らなくてはならないことに。