タイトル:【叢雲】SAVE THE DOCKマスター:矢神 千倖

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2012/01/21 02:09

●オープニング本文



 一つ、前置きをしよう。少々面倒臭い話が続く。しかも本依頼を解決上においてはさほど重要な情報があるわけでもない。必要な情報だけ見るのであれば、次の「●」から読んでいただければ結構である。

 人類の宇宙進出。バグアの襲来と共に人工衛星ですらも支配され、一時は絶望的とまでされた進歩の方向である。それが実現するということは、人類の躍進を意味していると言い切っても差し支えないだろう。
 さて、ラグランジュ点(以下L点)をご存知だろうか。二つの天体の重力が引っ張り合い、その力関係が零になって安定する場所だ。詳しい話は後回しにしよう。現在問題としたいのは、地球と月における二つのL点だ。
 一般に、二つの天体におけるL点は五つ存在する。ここで取り上げるのは、L1及びL2と呼ばれるL点。地球と月を直線で結んだライン上に存在し、地球と月の間に存在するものがL1、月を挟んだ反対側に存在するものがL2である。
 このL点ならば地球にも月にも引っ張られることなく安定してその場に留まることが(言いかえれば地球及び月とほぼ等しい距離を保つことが)出来るため、宙間に施設を建造する場所としてはまさにうってつけなのである。
 そこで、宇宙における侵攻作戦のため、L点に物資集積地を建造しようという動きが出てきたのだ。
 重力制御の技術を持つバグアは、幸いにもこのL点を無視しているらしい。ますます、これを利用しない手はなかった。
 しかし、物資集積地の他に必要と判断されたものがもう一つ。宙間における中継地点である。人員や宇宙艦を宙間で収容、また送り出すことの出来る施設があれば、迅速な人材派遣が可能となる。
 要するに、ドックを作ろうということである。場所はL1に定め、地球、月を繋ぐ中継地点となる予定だ。
 いや。建造自体は既に始まっており、間もなく完成を見る段階にまで至っていた。


 人類は宇宙空間に拠点となるドックを建造していた。作業は拍子抜けするほど順調に進み、完成も近い。
 だがそこにタロスが迫っていた。人類が拠点を造ろうというのだから、バグアが黙って見ているわけもない。
 バグアの立場から見れば、今まで地に這いつくばっていた人間共が自分たちの領域としていた宇宙にまで出しゃばってくるのは面白くないのだろう。
 そんなわけで、ぶっ潰してやろうということである。
 逆に、人類にしてみれば、潰されることこそ面白くない。これは何とか守りきらねばならないのだ。護衛のためについていた軍が出動し、この迎撃に当たる。
 そして出動の要請は、傭兵にまで及んだ。
 内容など簡単なことだ。建造中のドックにタロスがやってきたから追い返してくれ。それだけである。

●参加者一覧

里見・さやか(ga0153
19歳・♀・ST
榊 兵衛(ga0388
31歳・♂・PN
鈴原浩(ga9169
27歳・♂・PN
クラリア・レスタント(gb4258
19歳・♀・PN
龍鱗(gb5585
24歳・♂・PN
銀華弓煎(gb5700
18歳・♂・SN
ハンフリー(gc3092
23歳・♂・ER
ニーオス・コルガイ(gc5043
10歳・♂・EP

●リプレイ本文


「空気も無ければ音も無い。この拡がりが宇宙‥‥」
「そこにこんなんが出来たら、また、夜空の見え方が変わるのかなー」
 暗がりの宙間を進みながら、クラリア・レスタント(gb4258)は未知の世界に感情が掻き立てられていた。それは歓喜か、恐怖か。光ですらも吸い取られてしまいそうな、無の空間。‥‥歓喜とは、思いにくい。
 クラリアが目を伏せる。感情を、言葉に表しにくいのだろう。小さく開いてはすぐ閉じる唇から、音がそれ以上漏れることはない。
 そこにぼんやりと言葉を挟んだのは銀華弓煎(gb5700)だった。地球と月を結んだ直線上に、防衛対象であるドックはあるらしい。完成は目の前とのことだが、もしかしたら、真上に来た月を眺めればそこに影が出来ているのかもしれない。そう考えるとなんだか神秘的なような、変わってしまうことへの悲観のような、よく分からない感傷が湧いてくる。気がする。
「宇宙戦‥‥考えてみりゃまともにやるのはこれが初めてか」
「鱗さん。今回はよろしくお願い致します」
「班が違うから、怪我しないようにな」
 一方で、これを一つの仕事、戦いだと割り切る者もいる。龍鱗(gb5585)、そしてその傍らに寄る女性、里見・さやか(ga0153)。両者がどんな関係か、あえては言うまい。
 ドックに迫る敵を撃退する。言ってしまえば非常にシンプルな今回の仕事。とはいえ、単純に正面から敵にぶつかるつもりなどなかった。そのための班分けで、龍鱗と里見は別の班に所属することとなったわけである。
 互いを心配しないわけはない。だが、だからといって信用していないわけでもない。故に、無事を祈る。それだけのことだ。
 光をも飲み込んでしまいそうな永遠の闇ですらも、静かに燃える炎を消せはしない。
「んなことより宇宙のタロスの動きって、地上の時と一緒か?」
 今や地上に於いても敵の主力となっているタロス。それが、今回の撃退対象だ。
 この場にいる傭兵には宇宙での戦闘経験のない者も多い。ニーオス・コルガイ(gc5043)もそうだった。
 新たな環境では、たとえ過去に経験のある事柄でも同じ手段が通用するかどうかと不安になるもの。ニーオスが感じた感覚は、そういうものである。
「慣性制御がある以上、タロスの動き自体は重力下のものとはさほど変わらないだろう」
「だが、逆にこちらが仕掛ける時には一工夫必要だな」
 榊 兵衛(ga0388)とハンフリー(gc3092)が答えるには、むしろ意識すべきは自らの動き方、ということ。
 タロスに限らず多くのワームは空中を飛行(浮遊といった方が正しいかもしれない)し続けた状態で戦闘することが可能。あらゆる方向へ即座に移動出来るその能力は長らく人類にとって脅威であり続けている。この能力が宇宙に上がったことで失われるとは考えにくいし、宇宙に出たからといって何かが変わるというわけでもないだろう。
 逆に、擬似慣性制御を用いなくては宇宙空間での戦闘が難しい人類こそ、宇宙ではそれなりの工夫が求められる。
 だからといって、全てのやり方を改める必要もない。通用するやり方を行使することには何の問題もないのだ。
「まずは敵を分断する。その後は二班に分かれ、敵戦力の対処を行う。これは有効なはずだ」
 作戦の確認をする鈴原浩(ga9169)。これに全員が頷いた。
 傍らにはドック。大きい。まるで押し潰してくるかのようなこれを、守らねばならない。
 敵はレーダーで捉えられる範囲にまで迫っていた。
 宙域に展開した軍のうち、気の早いところから機体を動かした。戦闘開始の合図だ。
「接敵!」
「何としても撃破してドックの安全を図る事としよう。皆、配置に着いたな?」
 クラリアの言葉に、榊が全員に気合を入れてやる。
 それぞれの言語で、それぞれの声音で、肯定。
 各KVが搭載したミサイル、ロケット。長距離攻撃に向いた武器の安全装置が外される。
 傭兵達の開戦合図を出したのは、元海上自衛隊である彼女‥‥、
「目標、確認。飽和集中砲撃、てェーッ!」
 里見だった。


 作戦が開始された。一つの大きな塊になって進む爆薬を、ただかわすだけならばタロスにとってさほど難しいことでもなかったことだろう。向かってきた六機のタロス達は、いとも簡単にそれを避けてみせた。傭兵達の目論見通りに。
 傭兵達は四人ずつの二班に分かれ、即座にロッテを組んでバーニアから吹き出る燐光の輝きを強めた。
 群の中心に集中攻撃をかけたことで、上手いこと敵を三機ずつの組に分けることが出来たようだ。誰にとっても数の上で優位に立てる状況を作り出せたことは幸先が良いといえよう。
「まずは隙を作る‥‥踏み込むのは、その次!」
 クラリアが放ったG放電装置が一機のタロスを捉えて動きを鈍らせる。
 常に先手を取っていきたい‥‥。そのためには絶え間ない攻撃を。敵に立ち直る隙を与えてはならない。
 徹底的に、崩す。鈴原はG放電装置で動きの止まったタロスにアサルトライフルをまき散らして突撃を開始した。
 一機、確実に落とす。乱戦になれば優位を維持出来るとは限らない。戦いは、数だ!
「各機援護!」
 G放電を放って、里見が指示を飛ばす。
 ニーオスが呼応し、鈴原の行く手を阻まんとするタロスにミサイルの雨を見舞った。
 闇に溶ける青が彗星のように尾を引き、火線で金の巨人を絡め取る。
 ハヤテ、ブラウヴォルフ・ダス・エンデの翼がバチリとスパークする。一層の加速。尾が伸びる。
 鈴原は正面をキッと睨みつけ、Gに押しつぶされそうな体を突き出して声を上げた。
「両断する‥‥!」


「接近戦か。面白そうだ」
 ハンフリーは笑んだ。正面に捉えたタロスは、明らかに自分を狙っている。仕掛けるなら、こいつだ。
 牽制を仕掛け、離脱する。その援護を担っていたのが龍鱗だ。
「簡易ブーストがあったって、制御はこっちの仕事‥‥てな」
 彼は非常に独特な動き方をしていた。
 常に機首を攻撃対象に向けたまま、その周囲を円を描くように回りながら断続的に射撃を仕掛ける。まるでコンパスのようだ。
 とても重力下では考えられない挙動に、ハンフリーが思わず口笛を鳴らした。
 だが相手はタロス。いかに継続的に攻撃を仕掛けようと、相手の回復速度を上回れなくては弾薬を無駄に消費するだけだ。練力消費の早い宇宙空間では、長期戦になるほど人類にとって不利になる。
「ちょっと悪辣な手段‥‥取らせてもらおうか」
 とはいえ、傷を刻めないわけでもない。出来た傷が修復してゆくのなら、その傷を徹底的にほじくってやればいいだけのこと。
 狙うなら、腕。相手にプロトン砲なんぞ撃たれたら厄介だ。
 ひたすら攻め続ける龍鱗と違い、ハンフリーは攻撃しては離脱を繰り返す。一度攻撃したらしばらくは攻撃してこない、と判断することも出来た。
 やがてタロスはハンフリーを脅威と見なくなったのか、ただ龍鱗にのみその照準を合わせる。
 これこそが隙。ハンフリーの狙っていたタイミングだった。
「取った‥‥!」
 離脱‥‥と見せかけた再接近。煌く剣。その切っ先が、タロスの腹部を貫いた。
「やっているようだな。負けていられないか」
 優位な状況が揺るがない。油断はならないものの、希望が生まれた。それまで他のタロスの気を引くことに専念していた榊は、これを好機と攻勢に打って出る。
 人型へと変形した榊のKVが、ハルバードを構える。
 銀華もそれに乗った。
「俺だってやってやるぞ! こっちだって一応現行モデルだぞー!」
 根拠はよく分からないが、とにかく凄い自信だ。彼もまた機体を人型へ変形させる。
 アサルトライフルを撃ち鳴らし、正面のタロスへ突撃を敢行する銀華。
 反撃に飛んできたタロスの光線は、機体をロールさせて回避。足元へ潜り込んで死角に入った。
 その頭上に、榊。高々とハルバードを振り上げ、タロスの脳天を叩き割らんと速度を増す。
 だが榊の背後にも、別のタロスが迫っていた。
「‥‥甘いな。数の不利を忘れたか?」
 榊は笑んでいた。
 タロスの構えたブレードが振り下ろされようとした瞬間、その手が大きく弾かれ、得物が零れ落ちる。
「いざ!」
 ハルバードがタロスを斬り裂いた。
 彼らが相手取るべき敵は、残り一機。急ぎ振り向けば、銀華がその一機に肉薄していた。
 そのタロスがブレードをなくしたのは、銀華のライフルが撃ち込まれたからだった。向き直ったところで、遅い。銀華の渾身の一撃は、既に突き出されていたのだ。
「いただきぃ!」
 突き出した拳に備え付けられた、三本の杭。これがタロスにめり込み、突き抜けたのである。


 鈴原がタロスを一機撃墜しようとした頃、他の二機は味方の援護をキッパリと諦めていた。
 ミサイルによって形成される段幕を潜り、一機のタロスが狙いを定めたのは里見だった。
 プロトン砲が向けられ、光が収束するのを見た里見は即座に回避行動に移る。
「やらせるわけねえだろうが」
 即座にニーオスが援護に入る。
 クラリアもそうしたかったが、目の前のタロスを足止めするので精一杯だ。
 急な旋回に、里見の機体がギチと悲鳴を上げた。だが、ぎりぎりで避けられる。そう感じた瞬間だった。
 タロスが砲身を急に逸らしたのだ。
「諦めた?」
 そんな風に思えてしまう。
 ある意味で、それは正しかった。だが、ただ助かったわけではない。
「違う。危ない、避けてください!」
「は――?」
 意図に気づいた里見が叫ぶ。
 声を受け取ったニーオスは、呆けたような声を出して固まった。
 逸れた砲身が向いた先は、ニーオスの機体だったのである。援護に入るため必死だった彼の機体は前進以外の挙動に移る用意が出来ていなかった。
 放たれた紫の光が、ニーオスの翼をかっさらう。地鳴りのような衝撃に、コクピットの中にいても機体がひしゃげたのが分かった。まだ行動は可能だが、計器が異常な数値を示し、各種ランプの点灯状況も明らかにおかしい。非常に危険な状態だ。
 ‥‥こんな話がある。プチロフ製品のタフさを示す逸話だ。
 全く使いものにならなくなったプチロフの製品。これを綺麗に斜め四十五度で叩くと、またその製品が動き出したという話だ。これはプチロフ製KV愛用者の間でも伝説級の逸話となっているようだが‥‥。
 今ニーオスが乗っているのは、プチロフのKVだ。
 やってみる価値はある、のか?
「しっかと見やがれ これが天下御免の斜め四五度だ」
 振り上げた手刀で思い切りコンソールを叩く。
 だが、流石に焼かれた翼が再生するわけでも、受けたダメージが修復するわけでもなかった。
 せいぜいが計器やランプが正常になった程度。気休めだった。
 そうしている間にも、タロスが確実にトドメを刺そうと第二射の発射態勢に入っている。
 出し惜しみなどしている場合ではない。里見の判断は早かった。
「外せない。タイミングは‥‥」
 エネルギー関連の出力を可能な限り引き上げる。構えたレーザー砲に伝達する力をめいっぱいギリギリまで引き上げて留める。
 かなり危険な賭けだが、一撃で決めなくては味方の命にまで関わる。
 手は汗ばむが、今手を離すわけにはいかない。
「ここで!」
 トリガーを引いた。吐き出された光線が、タロスを貫く。
 通常の爆散ではない。全てを奪うかのような異常発光と共に、タロスは消えた。
 里見が狙ったのは、タロスのプロトン砲のエネルギーが臨界に達する瞬間。そこを攻撃して砲身を破壊すれば、エネルギーは暴走する。これを利用したのだ。
「やった!」
 クラリアが歓声を上げる。残るタロスは、一機。
 流石に勝ち目はないと見たか。くるりと元来た方へ向き直ったタロスは、逃走を開始した。
「逃がさない! 戦力は‥‥削れる時に、削る!」
 ここまでやったのだ。最早勝利は揺るがない。
 だからこそ、可能な限り敵を潰しておかなくてはならないのだ。クラリアは、逃げるタロスを追った。
 しかし敵の逃げ足は案外早く、すぐに振り切られてしまいそうだ。
 里見はニーオスの補助に回って手が離せない。協力を求めることは不可能だ。
 自分一人ではどうしようもなかった。追撃を諦めるか? ――いや。
 諦める必要などない。
「どこへ行く気だ?」
 タロスの行く手に一つの影が回り込んでいた。
 鈴原のKVである。
 一瞬動きが止まったタロスだが、すぐにブレードを構えると進路を塞ぐ障害物を排すべく突進した。
 アサルトライフルで牽制しつつ、翼で切りかかる。だが正面からぶつかったとて、見切られるのは必至。
 だがそれで構わない。
「この間合い! チェストーー!!」
 クラリアが追いついてくれれば、良いのだ。
 振り上げた剣が、力強く軌跡を描く。
 タロスの背を確かに叩き割る感触は、操縦桿越しにも伝わった。体に伝わる振動が、心を震わせ躍らせる。
 一つ大きく息を吐いて周囲を見れば‥‥。


 ドック周辺で無線をオープンにすると、うるさいほどの歓声が流れ込んできた。傭兵達だけでなく、軍の方でもタロスの撃退に成功したらしく、迫った驚異は完全に拭い去ることが出来たらしい。
 防衛対象への被害は奇跡的になかった。すぐさま安全確認がなされ、間もなく建造作業が再開されると聞き、傭兵達はホッと胸をなで下ろしたのだった。
「お怪我がなかったようで、良かったです」
「大分無茶やったみたいだな」
 龍鱗の返しに、里見は思わず苦笑した。あの場面では、仕方がない。無茶せずに切り抜けられる戦いも滅多にないものだ。
 それに無茶をしたのはお互い様である。
 だが、彼が見せたように宇宙という新しい環境だからこその可能性はまだまだある。
 このドックが完成を見れば、可能性を発掘する機会も当然増えるのだろう。そして、その日も近い。
 やがては、あの赤い月にも手が届く日が来るのだろうか。
「‥‥月をこんな間近で見る日が来ようとはな」
 地上から見れば白く光って見える、本物の月へ目を向ける鈴原。こうして見れば、ただの大きな岩に感じられる。あの、空を仰いで見る時の神秘的な雰囲気はそこにはなかった。
 感慨はある。人はここまで来たのだ、という、一瞬夢と現の境が分からなくなりそうな感覚は意識を吸い込んで、星の海にぷかりと浮かんでいるかのような気持ちにさせる。
 小さく息を吐き出して、ドックの方に目をやった。
 建造のための作業員らしき人が、丁度わらわらと出てくるところだった。嗚呼、ここは救われたのだ。
 適当に一人を目で追ってみれば、まさか視線に気づいたということはあるまいが、その作業員はひたとドックに張り付くと振り向いて、傭兵達へと手を振った。