●リプレイ本文
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この日、大みそかレーそば大食い大会のため、スタッフは午前中から会場となる広場へ入っていた。テントなどは昨日の内にあらかた組み立てたので、鍋などの調理器具を運ぶのが午前の主な仕事。午後からは仕込みが始まる予定となっている。
そしてここに、今からテントを組み立てている者がいた。
最上 憐 (
gb0002)。若干十歳の少女だ。真っ赤なマントで体を包み、冬の寒さに指先を震わせながら、広場の片隅で黙々と作業を進める。
頭に揺れる大きなリボンが特徴的な彼女は、この大食い大会の参加者である。それはもちろん、ここにいるスタッフも承知済み。ただ早くから会場に入って、現地の下見をしておきたいというのなら理解出来ないこともない。だが、何故テントなのだろう。そう疑問に思う者も少なくなかった。
しかし力屋の店長は知っていた。彼女は、そうする人間だということを。
「あの子はいいんだよ。ああして開会を待つのさ。うちの店が開店した時もそうだったよ」
その辺の経緯を詳しく知りたいと思った人は、店長に話を聞いてみると良いことだろう。
ちなみに、下見という意味では、何故か本大会の実況を任せられたULTのオペレーター、ランク・ドールもここを訪れていた。なるべく全体的な位置関係を把握して、ある程度展開をシミュレーションしつつ、コメントを考えておかねばならないのだ。
アドリブではなかなか良いコメントは出ない。全く経験がないわけではないものの、ド素人のランクならなおさらのことだった。
「真正面はカメラがあるからなぁ。やっぱり斜め前からか。その方が後ろの調理の様子も見えるし――」
「あ、ランク・ドールさん、だよね?」
顎をトントンと叩きながら位置取りを考えるランク。その視線に横から現れたのは、弓亜 石榴(
ga0468)だった。
桃色のツインテールが揺れ、羽織ったダウンジャケットに擦れてカサリと音が鳴る。背丈のこともあって少女と言えば少女なのだが、発育の良い体つきのおかげで大人びて見えなくもない。
この少女、弓亜もまた大会の参加者だ。なるほど、たくさん食べるからそんなに大きな――これ以上記せば筆者の人格が疑われかねないので控えさせていただく。ちなみに、この点をランクが意識していたわけではない。断じてない。ないったらないのだ。恐らく。
「おや、随分と早いな。弓亜‥‥だっけか」
「そうそう! それで下見ついでに、ちょっとお願いがあってね」
「何だよ、八百長ならお断りだぞ」
「違う違う。まぁ、ちょっと耳貸してよ」
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「‥‥ん。昼ご飯から。何も。食べてないから。割と。本気で。餓死しそう」
2011年も残すところ一時間を切り、各選手が会場を訪れる。
恐らくテントの中で着替えていたのだろう。ウサギのきぐるみを着こんだまま、最上が目をこすりながら出てくる。普段なら、良い子はとっくに寝ている時間だ。最上も本来とっくに寝ついている時間だが、この大会のために昼前から今までずっと寝ておいたのだ。寝溜めはばっちり、そしてまともに食事もしていないので空腹加減もかなりのものだ。
そんな最上の横からふらりと姿を見せた者もまた、参加者である。
「今なら店を営業停止に軽く出来ます‥‥」
終夜・無月(
ga3084)だ。ちょうどキメラ退治の依頼を終えて帰って来たところらしい。一仕事終えた後の疲労感と空腹感。このままシャワーでも浴びてベッドに沈んでしまいたいところだが、この日は大晦日。そしてこの大会。今のコンディションが吉と出るのか、それとも。
ちなみに、ある意味で現在力屋は営業停止中。もし用意したそばが全て食べつくされたとしても、力屋のメインはうどんである。だから大丈夫だ、問題ない。
彼らよりも先に準備を整えていた者もいる。
「具でかレーそばと聞いちゃやらずにいられないなぁ。開始はまだか〜っ」
大槻 大慈(
gb2013)である。その出で立ちは、最上のウサギに対し、龍のきぐるみだ。ここに、2011年の干支である卯と、2012年の干支である辰の対戦構図が出来あがったのである。
各選手とも開始の合図たる除夜の鐘が待ちきれないといった様子。だが、まだもう少々時間がかかりそうだ。
特に大槻は、終夜や最上とは違って元気が有り余っている様。早く始めないと火ぃ吹いちゃうぞ、とか言い出しそうだ。
そんな大槻に猛烈な勢いで迫る小さな影があった。
「兄上、お久しぶりであります」
美空(
gb1906)、大槻の、義理の妹である。
言葉と共に投げ出した美空の体が、大槻の背にクリティカル。
体内の空気が全て吐き出されるかのような衝撃を受けつつ、大槻が地に沈む。しかし元気少年大槻大慈、この程度でダメージを受けるなど、ましてストレスに感じることもない。声を聞いただけで、その主が分かるからだ。
「美空っ! 久しぶりっ、元気だったか?」
「もちろんであります。姿を見なくなってから、マグロキメラの遠洋漁業船に乗り込んで出稼ぎに出て居るんだと勘違いしておりました」
どうやらこの二人、義理の兄妹でありながらしばらく会えずにいた模様。互いに大みそかレーそば大食い大会に参加したところ、ここで偶然ばったりと出くわした、ということのようだ。
故にそのスキンシップは少々過激‥‥いや、これは理由にならないか。どう見てもやり過ぎである。
そりゃあもう土の上をごろごろと転がって頬ずりしたり体中触りまくりの、ギリギリラインの触れ合い。
ええい羨ましい。美空がもう少しナイスバディなおねいさんだったら筆者的にもっと(二重線が引かれて読めない)。
「あぁいった子供も出場ですか。賑やかになりそうですねぇ」
額に指を添えつつ苦笑しながら広場に到着したのは、比良坂 和泉(
ga6549)。彼もまた大会の参加者。これに弓亜を加えた計六名が出場選手となるわけである。
開始の時間は迫っていた。スタッフが声を張り上げ、参加者を所定の席に座らせる。
だがどういうわけか、弓亜だけはその席にはいなかった。
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「各選手席に着き準備は万端。開始の合図となる除夜の鐘を待つばかりだ。‥‥はは」
開始予定時刻五分前。放送は既に始まり、会場には緊張が漂う。
そんな中、実況担当のランクは浮かない顔をしていた。
「優勝者には賞金十万C、準優勝者には五万Cが出るんだぜ。‥‥へへ」
どうしたランク。元気がないぞランク。いったい彼に何が起こったというのか。
その原因は、これだ!
「なお、男性が優勝したらランク・ドールさんの男装写真。女性が優勝したらランク・ドールさんの女装写真が問答無用で贈られます! 皆頑張ってくださいね!」
「頼む! お願いだ、せめて、せめて男性陣、頑張ってくれぇ!」
実況席の隣で意気揚々とマイクを握っているのは、なんと参加者であるはずの弓亜であった。
そう、先ほどから姿が見えなかったのはこの宣言をするため。そして午前の段階からランクに耳打ちしていたのは、その撮影のお願いであったのだ。
嫌なら断れば良いのに、そうはならなかった。何故か。‥‥それは、ここでは言えないようなあんな手段やこんな手段を用いられたから、かもしれない。
だがここはランク・ドール男の意地。写真が用意された。それは仕方ない。やっちゃったんだからしょうがない。だからせめて、女装姿の流布だけは何としても阻止しなくてはならないのだ。他人任せではあるが。
「というわけで、間もなく除夜の鐘。私も席に向かいまーす」
何だかやりたい放題な弓亜はカメラにウィンクして見せると、そのまま自分の席へと駆け出していった。
各員の前に大みそかレーそばが並べられる。気温が気温だけに、立ち上る湯気の量も多く、見るからに食べて暖まりそうだ。
除夜の鐘が鳴った。
「さぁ始まりました第一回大みそかレーそば大食い大会。優勝の栄冠は誰の手にィ!」
ヤケクソとも取れるランクの実況に合わせるかのように、各選手が一斉にそばをすする。
何しろ優勝賞金は十万C(とランクの写真)。軽く依頼一回分程度の賞金だ。当然のように、参加者も俄然やる気が出る(と同時にちょっと萎える)。
しかし開始早々声を上げた者がいた。
「こんなのそばじゃね〜っ!」
大槻だ。
仕込みを急ぎ過ぎたのか、そばが上手く切られずに固まり、団子のようになってしまったものが混入していた様子。丼に注ぐスタッフが何故気付かなかったのか。そして、それを目の前にした大槻も何故気付かなかったのか。
疑問は尽きないが、そうだったんだからしょうがない。
真実は、大槻が番組を盛り上げるために仕込んだのだということを読者諸兄にのみこっそりお伝えするものとする。しかし、だからこそ、そこは我慢して食べていただくしかないのだ。
(しかしこのままでは兄上の圧倒的不利であります。ここは内助の功というやつで‥‥)
幸いにして大槻と席が隣になった美空。彼女としては兄の顔を立ててやりたい。後に、自分が食べた分の丼をこっそり大槻の空き丼に重ねてやろうと目論んだのであった。
「‥‥ん。おかわり。早急に。迅速に。遅いと。餓死する」
ただでさえ碌に食べずに挑んだこの大会。さらに覚醒すると極度に空腹になるその体質故、最上のペースは尋常ではないほど早かった。
カレーは飲み物、などと豪語する者は世にごまんといるが、彼女こそまさにそれを体現する少女。食欲の赴くままに口へ運んでは飲み下す。何か特別な食べ方をしているわけではない。だが、早い。恐るべき早さだ。
「おぉっと最上選手いきなりお代わりだ! 流石大本命、ブラックホールの胃を持つ少女!」
開始一分も経たずにお代わり宣言。ランクの実況にも熱が入る。
「ついでに俺の胃にもブラックホールが出来そうだ‥‥」
最上の優勝はランクの女装写真の流布に繋がる。ランクの実況から力が抜ける。
控えていたスタッフがすくい網を丼に入れ、食べ残しがないことを確認。そうして次の丼が運ばれてくる。
次にお代わりを申し出たのは終夜だった。同様にスタッフがすくい網で判定に入る。が――、
「駄目‥‥ですか‥‥」
終夜の作戦はこうだ。
完食判定ギリギリのラインを探ること。汁は残しても良いとのことであるが、麺や具に関してはほぼ一切の猶予はなし。すくい網を通して、ちぎれた麺が一本残っている程度ならば許容されるが、そうでない場合は食べ直しが求められる。
今回の場合、ジャガイモとニンジンが一欠片ずつ、麺も数本残っていた。
判定が入るために、微妙なラインを狙いすぎたが故のタイムロスであった。
その間に大槻が、続いて比良坂がお代わりを要求する。
少々遅れて終夜、美空。出遅れたのは弓亜だった。
弓亜が出遅れたのは二つの理由に基づく。一つは、せっかくランクのあられもない(?)写真を賞品に並べたのに、自分がもらったってしょうがないということ(どっちにしろネガは自分が保持しているし)。
もうひとつは‥‥、
「これでも、まだまだいけるいける!」
カメラに笑顔を向ける弓亜。テレビ映りを気にかけて、あまり苦しむ姿を晒さないようにということだ。
ちなみに、大食い大会という名目上、誰もが味を気にする余裕がなかった。とにかく一秒でも早く、一本でも多く食べることが求められる。ここまで味の感想はなかったため、力屋の店主としては一番気になるところが伝わってこないために気が揉まれる。
そんな様子を察知したわけではないのだろうが、そこで、大槻が大きく声を上げた。
「ん〜ま〜い〜ぞ〜っ!」
それは、本大会初めての、味に対する感想だった。
撮影の邪魔にならぬ場所で、店主が歓喜する。美味い。この一言が、何よりも、嬉しい。
そうこうしている間に最上は既に三杯目。
あまりのペースに焦った各選手がペースを上げる。
味に感動した大槻の追い上げは凄まじい。美味いものはいくらでも食べられる。龍はウサギを一気に追いつめてゆく。
(とはいえ、あのモンスターラビットは強敵であります。やはり内助の功で‥‥)
先ほど心を決めた通り、美空はカメラが自分を向いていない瞬間を狙い、自らの空き丼を大槻のそれに重ねた。別にルールで禁止されているわけではないので、その様子を目にしていた者があっても止めることは出来なかったろうが、やはりテレビ映り的に好ましいものではない。
「さぁここに来て大分ペースが落ちてきたか。間もなく日付変更だ! 一体優勝は誰の手に!?」
時間の経過と共に選手に限界が見え始める。
変わらぬペースで食べ続けていられるのは、最上だけとなっていた。
「もうちょっと頑張れるかと思いましたが‥‥」
ここに来て、ついに比良坂の箸が止まった。タイムリミットが迫る中、スパートをかけることも出来ない。むしろ、吐きそうだ。
最早優勝は決まったか。
「今、最後の鐘が鳴ったァ! これよりカウントに入るが、その間に。新年明けまし――」
「あけましておめでとうっ!」
ランクの年明けコールを、弓亜が奪う。哀れランク、大事なところは言わせてもらえないのが運命のようだ。
ぶすっとするランクに、弓亜はにししと愉快そうに笑う。
最後の鐘は、年が明けてから突くもの。つまり、大会の終了は2012年の到来と同義なのである。
「なんだか‥‥デジャヴですね‥‥」
落ち込むランクを目に、終夜は夏の記憶を一瞬だけ掘り起こした。その時の祭りでは、今回のようにランクが実況を務めていた。だが、やはりその役割を奪われ、肝心なことは何一つ喋れなかったのである。
あの時マイクを奪ったのは、はたして誰だったか。
‥‥自分だった。
「さぁカウントの結果が出たようです。誰が優勝したのでしょうね、比良坂さん」
「そうですね、結果が気になります。それでは早速、見てみましょう」
そしていつの間にかランクは席を追われ、実況席には弓亜が、そしてその隣には比良坂が収まっていた。
どうしてこうなった。まぁいいか。
本来はランクが読み上げるはずだった優勝者と準優勝者の記されたカンペは、最早弓亜達に向けられている。哀れランク。さらばランク。
「まずは準優勝から。龍の衣装に身を包み、新年を体現した男、大槻大慈さんです!」
「マジで!? やったぞ〜!」
結果にはしゃぐ大槻。義妹のサポートあってこその結果だったことは言うまでもない。
言うまでもないといえば、優勝は誰か、ということ。もう読者諸兄はお分かりだろう。
「そして優勝は、旧年を背負うウサギの少女、最上憐さんだぁっ!」
頂点を手にしたのは、最上。会場から惜しみない拍手と賞金(とランクのチーパオ姿の写真)が贈られる。
しかしこの直後、スタッフの間に戦慄が走る。その一言を記して、本報告書の締めくくりとしたい。
「‥‥ん。賞金より。もっと。おかわりを。希望する」