タイトル:巨人狩・生存戦争マスター:矢神 千倖

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2011/12/31 14:22

●オープニング本文



 競合地域とは、競合地域である。言葉の意味そのままに、要は人類とバグアの勢力争いまっただ中な地域のことを指す。
 常時戦場となりえる、危険と言えば危険な場所だ。故に一般の市民は既に避難済み。
 もしここに、軍人以外の人間がいるとしたら‥‥。


 長引く戦闘により、かつては繁栄していたであろう街も、今や廃墟となっていた。あのバグアとかいう異星人を追い払い、再びこの地を人類のものとしても、復興にはかなりの時間を要するであろう。
 立ち並んでいたであろうビルの群に直立姿勢を維持出来ているものはなく、太陽光を眩しく反射していたであろう窓ガラスなどとうに吹き飛んでしまっている。剥き出しのコンクリートがそこかしこにぐったりと倒れ込み、大地を、そして空までをも鉛色に染め尽くしていた。
 だが、どのような土地でも本来は地球上の生物により隆盛しなくてはならないもの。ここまでボロボロになってしまっても、人類は軍隊をここにも派遣していた。易々と奪還出来るなどとは誰も思っていないだろう。だから戦線の維持に終始する。それは戦闘の長期化であった。
 時折キメラやワームなんかが現れては軍人がそれを足止めし、時にそのまま追い払い、時に傭兵などを呼んで何とか撃退する。戦闘などといってもそんなものである。
 瓦礫が複雑に絡み合い、まるで穴倉のようになった空間があった。その入り口は非常に狭く、人間でも大人では入り込むのは困難だ。キメラであっても、この穴倉自体を破壊しなければ進入は不可能だろう。
 いずれにせよ、瓦礫に閉ざされた道の奥に存在する穴倉なので、よほどのことがない限りその存在すら知られることもないのだが。
 だからこそ、見つけさえすれば絶好の隠れ家となりえるわけだ。穴倉に入ることの出来る、子供にとっては。
 その穴倉からひょこっと顔を出した、十歳にもならないような少女は手を振った。髪はちりぢり、服はボロボロ。歯はいくらか抜け落ち、頬は煤だらけ。笑顔などなく、他おおよそ高度な文明の中で育ったとは思えない。
 視線の先には、少女よりいくらか背の高い少年。瓦礫を掻き分け、穴倉へ向かってのっそりと進んでいた。
 少年の出で立ちは少女に似、煤による汚れは比して酷い。手足は恐ろしく細く、指で弾いてやれば簡単に折れそうだ。その懐に抱えている革袋。そこから一つ、缶詰を取り出すとぶんぶんと振って見せた。
 これを見て、少女はぺしぺしと地を叩いた。その時だった。

 ズゥ、ゥゥン――。

 地響きが鳴った。メキメキとコンクリートの砕かれる音。人間などとは比較にならないほど巨大な何かが近くにいることは、少年にも少女にもすぐ分かった。
 ハッとした表情で、少年は元来た道の方を瓦礫の間から覗いた。そして、静かに息を殺す。
 やがて、また地響きが鳴る。少年は弾かれたように振り向き、少女の方へ革袋を投げた。
 そして、駆け出した。今彼が通って来た道を。分厚くなった素足のまま、ビルの墓地となった瓦礫の道を。
 少女の眼前に革袋が転がり、中から缶詰が吐き出される。手に取って見たその文字を、少女は読むことが出来なかった。

●参加者一覧

辰巳 空(ga4698
20歳・♂・PN
宵藍(gb4961
16歳・♂・AA
カルブ・ハフィール(gb8021
25歳・♂・FC
那月 ケイ(gc4469
24歳・♂・GD
蒼唯 雛菊(gc4693
15歳・♀・AA
春夏秋冬 ユニ(gc4765
17歳・♀・DF
トゥリム(gc6022
13歳・♀・JG
無明 陽乃璃(gc8228
18歳・♀・ST

●リプレイ本文


 ゴーレムの全長は約八メートル。これだけ巨大な物体が移動していれば当然目立つ。発見にさほど手間はかからなかった。
 軍に、能力者はいない。ワームが出てきた以上、傭兵に依頼する以外対処法がないのが現状。今回も例に漏れず、ワームに対処すべく八人の傭兵が呼ばれていた。
「大きな身体‥‥それだけでも脅威ですの」
 遠目に対象を発見した蒼唯 雛菊(gc4693)は、小さく身震いした。KVが使用可能ならどうということはない敵であるが、生身で挑まねばならないこの依頼。こういった状況でのワーム討伐に成功した前例はいくらでもあるが、やはり、怖いものは怖い。
 距離にして、一キロくらい離れているだろうか。それでも、地響きが伝わってくる。その震動が、彼女ら傭兵達に生唾を飲ませた。
 踏み入るほどに灰の街。散らかり放題の景色には、吸い込む空気ですらも苦く感じさせた。
 ある程度場数を踏んだ傭兵ならば、もしかしたら見慣れたような光景なのかもしれない。だが、そうでない者も、ここにはいた。
「こんな‥‥有様って‥‥」
 無明 陽乃璃(gc8228)がそうだ。
 暴力の爪痕。彼女の目に、この街はそう映った。それは恐怖。封じ込めたい記憶が電撃のように走る。体が弾かれる。剥き出しの傷を土足で踏みつけている感覚が、無明を襲う。傷は誰のものか。自分が傷つけてはいないか。目の前が真っ暗になりそうだ。
「目を閉じて、深呼吸。まっすぐ下を向いて、ゆっくり目を開いてください」
 見かねた辰巳 空(ga4698)が声をかける。
 かなり強いショックを受け、動揺している。この状態での戦闘は非常に危険だ。彼は医師としての経験から、彼女をリラックスさせようとしたのである。
 一方で無明は目を閉じ、世界と自分を一度切り離した。そして呼吸から、ゆっくりと世界を取り戻す。徐々に光を取り入れ、自分を世界へ溶かしていった。
 少しだけ、恐怖が和らいだ気がした。
「落ち着いたようで良かった。さ、行きましょう」
 空気がピリピリと弾ける感触を頬に受けながら、傭兵は静かに動き出す。


「脅威度低いから生身で行けって、なかなかのオーダーしてくれるわ」
 ゴーレムへ接近して物陰から様子を窺いつつ、宵藍(gb4961)はこめかみに浮かんだ汗を拭った。先ほど蒼唯が感じたそれと同じ感覚である。
 だが、それは別のものへとシフトすることとなる。
「いや‥‥、むしろ良かったかも」
 そう言うのはトゥリム(gc6022)。
 何故なら彼女らの視線の先には‥‥。
「あれって子供、か?」
 那月 ケイ(gc4469)が見つけたのは、ゴーレムの足元をチョロチョロと動きまわり、どこかへと誘導しているかに見える少年の姿だった。
 子供がどうしてこんなところに、といった疑問より先に、トゥリムはKVの強力すぎる武器によって少年を巻き込まずに済んだ、という安心感が芽生えたようである。
 動き出したのは、春夏秋冬 ユニ(gc4765)だ。
「あの子は私が保護するわ。ゴーレムはお願いね!」
 言って、彼女は瓦礫の間から飛び出した。
 思わず那月が手を伸ばして制止しようとしたが、もう遅い。春夏秋冬はもう走り出している。
「任せるしかあるまい。我らのなす事は唯一つのみ‥‥」
 那月の肩に手を置いた大柄な男が、背丈ほどもある大剣を担ぎ、ゴーレムの前へと躍り出た。
「我が名はカルブ・ハフィール(gb8021)。汝らを狩る猟犬なり!!」
 砂埃舞う廃墟に差した白光が、漆黒に染まる鎧に身を包んだ一人の男を照らした。カルブ。それが戦士の名だ。
 次々と傭兵達が飛び出す中、ゴーレムが狙うのはあの少年だ。相当目障りなのだろう。
 右手のブレードが高く振り上げられる。まだ春夏秋冬は間に合わない。
 今にもその大なる剣が地を抉ろうかという、その時。那月が吼えた。
「こっちだデカブツ!」
 ピタリと動きを止めたゴーレムが、その視線を那月へと向けた。
 仁王咆哮である。
 その隙に、自分以外の人間を察知した少年は瓦礫を掻き分けてその場から逃げだした。これを放ってはおけない春夏秋冬である。彼女はゴーレムの対応を他の面々に任せ、少年を保護するために戦線を離脱した。
 残った傭兵達は、黙ってそれを見送る。カルブの言うように最優先事項はゴーレムの討伐であるが、こんなところを一人でほっつき歩いている子供を放置することもまた出来ないのである。
「来る!」
「行きますよ」
 蒼唯の叫びに併せ、トゥリムが銃を構える。制圧射撃による足止めで、体勢を整える時間を稼ぐつもりだ。
 その間に辰巳、宵藍、蒼唯が駆け出し、無明が練成弱化をゴーレムに放つ。
 巨人は怯んだ様子を見せない。左手のプロトン砲で狙うのは、那月だ。
 光の収束に併せ、那月が剣を翳した。
 閃光。景色が弾け、男は飲み込まれていった。


 春夏秋冬は少年を見失っていた。
 相手がゴーレムのように巨大なものならともかく、こう瓦礫ばかり転がっていては、人ひとり見つけるのはかなり苦労する。道らしい道など残っておらず、石造りの山とすら言えるこの街だ。無明が恐怖を抱くのも、無理のない話なのかもしれない。
「どこ行っちゃったのかしら‥‥」
 そこは春夏秋冬ユニ(ハミング)歳、四児の母である。街の状況、ゴーレムの存在などより、子供のことが心配で堪らないのだ。
 しかし少年が見つからないのでは話にならない。ぐるりと周囲を見回しても、その影すら見当たらないのだ。
 小さな息を胸に落とし、目を伏せた。丁度その時だ。
 カタ‥‥。
 瓦礫の丘からコンクリートの欠片が落ちる音が、春夏秋冬の耳に届いた。
 振り向けば、その丘には小さいながらも、子供なら潜り込めそうな隙間があった。ハッとして駆け寄り、覗き込む。
「道が続いてるわ。こんなところに‥‥」
 あの少年はここを通って行ったに違いない。彼女は確信した。


「‥‥っふ、死ぬかと思った」
 プロトン砲の直撃を受けた那月であったが、咄嗟に発動した絶対防御で事なきを得ていた。
 治療のためにと無明が駆け寄る。幸いにして傷はなかった。流石はガーディアン、恐るべき生命力である。
「さぁ、こっちですよ」
 適当な瓦礫を見繕い、獣突で吹き飛ばす辰巳。そうして気を引きつつ、突撃を開始。
 当然のようにゴーレムがプロトン砲を辰巳へ向けた。
「オ、オォォオオオオオオッ」
 カルブが吼えた。エアスマッシュを叩きこみ、注意を引く。
 発射態勢に入っていたプロトン砲がカルブへ向く。光が集い、広がる様子が不思議なほどによく見えた。
 離脱‥‥いや、間に合わない。
 光が弾け、地が破ける。カルブの巨体も塵の如く、土煙と共に巻き上がった。悲鳴はない。
 だがこの間に宵藍と蒼唯、そして辰巳がゴーレムの背後に回り込んだ。
「動かないでよね」
「膝裏、いただきます!」
 それぞれが膝へ集中的に攻撃をしかける。
 駆動の関係からどうしても装甲が薄くなってしまいがちな関節ならば、効果的にダメージを通すことが出来るだろうという判断だ。
 そしてもう一点、膝を潰し転倒させることが出来れば、脅威度も下がるだろうということである。
 しかし、そうやすやすとやらせてくれるはずがない。くるりと向きを変えたゴーレムが、ブレードを叩きつけた。
「どぁっ!?」
 三人が衝撃に膝を着く。
 動きが止まった。ゴーレムにしてみれば絶好のチャンス。
 プロトン砲にまたも光が集う。狙われたのは辰巳だ。
「ここまでか‥‥?」
 ふと湧いた恐怖とは裏腹に、顔には笑みが浮かんだ。冷や汗すら滲まず、脳内がクリアになってゆく。
 死を迎える瞬間か。何だかあっけないものだ。医者の不養生? いや、不用心か? 何を考えているのか、こんな時に。
 辰巳の中で、時計は止まっていた。このまま二度と、秒針すらも動かないのだろう。
 だがその時計に、トゥリムがゼンマイを巻いた。
「後ろを忘れてもらっちゃ困ります」
 貫通弾を込めた銃撃がゴーレムを襲う。
 那月も小銃のトリガーを夢中で引いていた。
 プロトン砲の狙いが切り替わる。瓦礫の影では、恐怖に震え、無明が動けなくなっていた。
 そしてその視界に、倒れるカルブ。早く治療しなくてはならない。が、足が竦む。誰が撃たれるかも分からない。もしやそれは、自分なのではないか。あの色を奪うような光に、自分は溶けて欠片も残らないのではないか。
 消滅の言葉が、すぐ隣にいた。
「っでぇぇい!」
 土煙を震わすかけ声に合わせ、ゴーレムがぐらつく。左腕の光があらぬ方向へと放たれ、轟音と共に瓦礫の固まりが一つ消え去った。
 辰巳が獣突を脚に繰り出したのである。
 バランスを崩したゴーレムは、プロトン砲の狙いを外したというわけだ。
「そろそろ支えるの辛いんでない?」
 これを待ってたとばかりに宵藍が貫通弾を込めた一撃を膝裏に撃ち込む。
 バチリとスパークが弾ければ、ゴーレムのその巨体が大気を引きずりながら地へ伏してゆく。
 慣性制御とは、こういう時に発揮される。倒れる瞬間というのは、多くの生物は何とかバランスを取ろうとあがくものだが、ワームはそうではない。倒れ込みながらでも攻撃が可能。
 薙ぎ払うようにして狙った先にあるのは、無明の隠れる瓦礫だった。


 あの少年は、穴倉へと戻っていた。そこで共に暮らす少女は、先ほど投げてよこした缶詰を開き、中身を貪っている。少年はその隣に腰を下ろすと、革袋から別の缶詰を取り出した。
 その様子を、春夏秋冬は物陰から伺う。小柄な彼女だからこそ、何とかここまで辿りつけた。それは幸いだった。
 文明的な生活をしているとは到底思えない。ここまで滅茶苦茶になった街にあんな缶詰だって残っていようものか。きっとあの二人だけで暮らしているのだろう。ここで生きてきたのだろう。そのために盗みだって働いたに違いない。それが善なのか悪なのか、二人には判別がついているのだろうか。
 親は? あの二人の親は、どうしてしまったのか。二人は親の顔を知っているのだろうか。
 春夏秋冬の表情が翳る。このまま二人を放っておくわけにはいかない。そのために、追ってきた。保護などという目的などどうでも良くなった。ただ人としての幸福を掴んで――いや、与えたい。
 繰り返すが、春夏秋冬ユニ、母である。
 瓦礫の隙間から体を引っ張り出し、もう一度二人に目を向けた。
 少女が、春夏秋冬の存在に気付いた。少年の足を叩き、身を縮こまらせる様子から見るに、怯えているのだろう。
 振り向いた少年は、驚いたように目を丸くする。腰を屈めた体勢で立ち上がると、少女を守るかのように位置取り、春夏秋冬を鋭く睨んで見せた。
「怖がる必要はないのよ?」
 対して、春夏秋冬は柔らかく笑んで見せる。敵意がないことを示すために武器を置き、掌を見せながら徐々に歩み寄った。
 それに合わせ、少年はじりじりと後退する。
「大丈夫よ、安心して。私は貴方達を――」
 少年が大きく踏み出した。
 能力者たる春夏秋冬も呆気に取られるほどの一瞬。獣のような瞬発力。少年は春夏秋冬の腕を捉え、噛みついていた。


 土煙が視界を覆う。
 瓦礫の陰に隠れていた無明は、自らの生を自覚出来なかった。きつく目を閉じ、頭を押さえ、体が戦慄いた。あの巨大な剣が瓦礫を粉砕したのとほぼ同時に、体がふわりと浮く感覚に襲われた。あぁ、私は死んだのだ。そう思った。
「お母さん‥‥っ」
 頬にまで下げた掌が熱くなる。恐怖を感じたまま、先立った家族に抱きかかえられているような感覚に溺れていきそうだ。
 しかし、妙だと気づいた。
「母親じゃなくて悪かったな」
 そんな声に恐る恐る目を開ければ、無明は、人の腕の中にいた。
 生きているのだろうか。不思議な感覚だった。見上げれば、そこには那月の顔があった。
 瓦礫が崩れる一瞬、彼は無明を抱えて庇い、その驚異的な防御能力で救い出していたのだ。
「危ないところだった。さ、早く。カルブさんの手当を」
 まだ生死の境目をさまよう意識のまま立たされた無明。振り返った先では、カルブが必死に立ち上がろうとしているようだった。急いで治療しなくてはならない。
 背中を押され、彼女は駆け出した。
「廃墟でもこれ以上荒らす訳には‥‥」
 ゴーレムが転倒したことで瓦礫がさらに散乱した。先ほど見つけた少年のこともある。街を壊せば、予期せぬ被害が引き起こされるかもしれない。蒼唯は得物の氷牙をぐいと握りしめた。
 脚を切断したわけではない。立ち上がられると厄介だ。トドメを刺すなら、今しかない。
「そろそろ終わりにしようぜ」
 宵藍が土煙に刃の軌跡を走らせ、寝そべる巨人を駆けのぼる。
 狙うは肩。これ以上暴れられては堪らない。
 ゴーレムの腕が上がる。体にまとわりつく目障りな人間を潰そうというのだ。
「オォォォォォォ!!」
 その腕を、衝撃が弾いた。無明の治療により再び立ち上がったカルブのエアスマッシュが炸裂したのだ。
 今が絶好のチャンス。動ける傭兵が、一斉にゴーレムに刃、弾丸を叩きこむことで、ようやく沈黙へと持ち込んだのである。


「名前をつけてあげようと思うの」
 戦闘を終えた傭兵達は、依頼主たる駐留軍に戦果を報告していた。
 春夏秋冬が帰還したのは、その報告が丁度終わったところだった。背には、膝から先のない少女。腕には少年がかじりついていた。
 この街に取り残された、いわば孤児だろう。彼らは酷く衰弱しているに違いないといった判断の元、ひとまず軍に保護と治療を依頼しようと話が決まった。
 そこで、春夏秋冬のあの言葉である。
「あの子達、言葉が喋れないの。だから名前もないみたいだし‥‥」
「賛成だけど、‥‥あれ、大丈夫ですかね」
 トゥリムの視線の先では、少年と兵が組み合っていた。
 ひとまず少女を引き渡すと、少年は春夏秋冬から離れて今度は兵に襲いかかったのである。
「妹想いのお兄さんってところですね」
 ふ、と息を吐き、辰巳が呟く。兄妹、という確証はなくとも、そう見るのが自然だろう。
 提案はこうだ。妹のためならどこまでも戦う兄には護、そして妹には心豊かに育って欲しいとの願いを込めて、心と名付けようと。
 春夏秋冬の言葉に、反対する者はいなかった。

 傭兵達の中には、折を見て兄妹の様子をまた見たいと申し出る者もいた。殊春夏秋冬に関しては何が何でもといった様子だったが、それは却下されてしまった。表向きには彼らの健やかな成長のために、信用のおける人物に集中的に教育してもらうのが先決、とのこと。
 本当の理由は、告げられなかった。兵の中に、知っている者がいたのだ。言語を知らず、野生のままに保護された、いわゆる狼少女などと呼ばれる子供達は、ほとんどの場合大人になることすら出来ないことを。