タイトル:【厄】巡回マスター:矢神 千倖

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2011/12/21 01:46

●オープニング本文



「へェ、そいつを俺にやれってか。随分とまた、手前勝手なこって」
「不服なら構わんよ。他の策を講じるまでであるからな」
 ガッチリした体格の男は、壁に背を預けて深く息を吐いた。両手を頭の後ろで組み、眉を吊り上げるようにして目を閉じる。
 もう一人の男は細身ながらも鍛えられた肉体であることを伺わせる体つき。目の前の男に比べて非力そうに見えるが、その分眼光が鋭く、蛙を睨む蛇のようだ。気弱な人間にとってみれば、こちらの男の方に危機感を覚えることだろう。
「どうせ断らねェとでも思ってんだろ?」
 筋骨隆々とした男――ビルが不敵に笑む。
 だが対面する男は首を傾げた。
「何故そう思う」
「あらっ」
 ビルが壁に沿って崩れた。その拍子に組んでいた手が外れ、後頭部を壁に打ちつける。頭を擦っている間に降ってくる細身の男の視線が痛い。
「そりゃねェだろ、わざわざこうやって頼みにきたってのによ、断られることが前提なわけねェだろって」
 ふらふらと立ち上がり、髪を毟るように掻く。どうにもこの男とは話しにくい。
 一方で、細身の男の表情は変わらない。張り付けたような冷たい顔のままだ。だが、眼光の鋭さはいくらか薄れたようだ。
「確かに断られるために依頼したわけではないが、先にも言ったように断られても他に策を講じる余地がある。断られても問題ないだけだ」
「ただし、その場合俺には消えてもらうしかないってわけだ」
「そうではないよ」
「あ? こんな話を持ち出しておいて、随分と妙なことを」
「いずれにせよ、私の立場は変わらぬ。それに、貴様では私を止めることは出来ぬよ」
 その言葉を聞いて、ビルのこめかみに汗が浮かぶ。
 俺を消す必要がない、とこの男は言う。それは、ビルにとって逆に恐怖だった。責めず、脅さず。だというのに内なる何かが強く訴える。この男は危険だ、と。
 そして、この男は面白い、と。
「いいぜ、協力してやろう。で、どいつをヤればいい?」
「待て。まだ時期ではない。だが、いつでも動けるようにはしておけ」
 この話は準備段階というわけだ。ならば、都合がいい。従うか、逆らうか。土壇場まで考える時間が出来るというもの。
 だがこの場では従おうじゃないか。その方が面白い。
 ビルは大仰に背筋を伸ばし、右手で空を切って額に添えた。
「了解しました、スコット・クラリー少佐殿!」
「ジョークはよしたまえよ」
 そう言って、クラリーは薄く笑った。


「傭兵に任せる? 何を言い出すかと思えば」
 ライオット・アロガンは苦笑を漏らした。馬鹿馬鹿しい、と言わんばかりに正面に立つ人物に視線を投げる。
 肘をかける机の上には数枚の書類。その中にはHWの写真が収められていた。
 先日、偵察のために現れたと思われるHWを撃墜しているが、この写真はその後に撮影されたもの。撮影場所は、先の戦闘の舞台となった場所の付近だ。何が目的かは不明だが、このところ頻繁に現れているらしい。
 だがこちらが出撃する頃にはHWも撤退してしまうために尻尾を掴めない状態が続いているのだ。
 そこで該当空域の張り込みを行おうという話になったわけであるが、そこでこの人物が提案したことが、傭兵に任せるというものであった。
 ライオットにしてみれば理解出来ない。先日の戦闘では少なからず傭兵の手助けが結果に貢献したことは確かであるが、だからといって最初から傭兵に任せてしまうというのは軍の威信に関わる。
「彼を惑わすには最適かと」
「‥‥なるほど、奴の手をそのまま利用してやろうというわけか。良いだろう、採用しよう」
「では、私はこれで。雑用がありますので」
「ああ、彼によろしくな」
 その人物は一礼して部屋を後にした。
 机に散らかった書類をまとめつつ、ライオットはその背に視線を投げる。その視線に、なるべく感情は込めないように細心の注意を払いながら。

●参加者一覧

須佐 武流(ga1461
20歳・♂・PN
終夜・無月(ga3084
20歳・♂・AA
橘 利亜(gb6764
18歳・♀・FC
夢守 ルキア(gb9436
15歳・♀・SF
レティア・アレテイア(gc0284
24歳・♀・ER
ロシャーデ・ルーク(gc1391
22歳・♀・GP
秋姫・フローズン(gc5849
16歳・♀・JG
坂上 透(gc8191
10歳・♀・FC

●リプレイ本文


 市街地の上空を飛行する八つの影は、それぞれ二つずつまとまって、四方へ散った。
 哨戒とは本来軍が行っていれば良いような任務であるが、それが傭兵に依頼として回って来たというのも不自然な話である。もちろん、疑問に感じる者もいたが、それは各自で考えても解消されない疑問であろう。
 そんなもやもやした感覚を各々が抱く中、坂上 透(gc8191)は、鼻歌交じりでの飛行を行っていた。
「さて、お楽しみのおやつタイムなのじゃ〜」
 コクピットに持ち込んだ菓子でも摘まみつつ、適当に時間を潰そうという魂胆である。
 菓子袋はパンパンに膨れ上がっていた。それが面白くて、坂上はキャッキャと笑う。
「仕事中‥‥ですよ‥‥?」
 溜め息を聞かれないよう注意を払いつつ、同行する秋姫・フローズン(gc5849)が諌めた。
 二人ともまだ子供のように見えるが、比すれば秋姫の方がお姉さん。また傭兵としても先輩に当たる。こういった役割は、彼女のものだった。
 それに、秋姫が注意した理由は、仕事中だから、というだけではない。
「なに、パトロール‥‥パトロールじゃろ、やっとるやっとる、敵影なし、平和そのものじゃ」
 対して坂上は聞く耳持たず。目の前のお菓子に意識が向き、食欲に駆られてさっとマスクを取り外すや、勢いよく袋を開けて中身を口に放り込んだ。
「――ッ!? ぶ、げふッ、が、ぁッ」
 従来の戦闘機以上の出力を誇るKVで、飛行中にマスクを外すのは大変危険。肺が圧迫されて息が詰まる。何か食べようものなら呼吸困難で死に至ってもおかしくない。
 二度とKVで菓子など食うものか。そう学習する、良い機会であった。

「偵察だけってのもずいぶん楽な話だな」
 正確には、偵察のみが任務というわけではない。もし敵を発見した場合は撃墜することも仕事に含まれる。どうせ敵なんて出てこないだろう、という意識があるのか。それとも、出てきたところで軽くあしらう自信があるのか。須佐 武流(ga1461)の様子はどうも退屈そうであった。
「これと言って敵の動きは無いみたい」
「だろうな。何か来そうな雰囲気でもねぇし」
 索敵装備を駆使して周囲の警戒に当たるレティア・アレテイア(gc0284)は全く動きのないレーダーに目を落としてポツリ。
 操縦桿を握る必要さえなければ、頭の後ろで手でも組みそうな声色で須佐が応える。
 退屈な任務。
 だが、須佐もレティアも、この依頼に対する違和感を抱いていた。
 殊須佐に関しては、妙な時間稼ぎにでも利用されているかのような、まるでこき使われているかのような、そんな不愉快極まりない感覚を覚えていた。

 橘 利亜(gb6764)は、そんな違和感とはまた別のものを感じていた。
「敵の偵察が来ていると言うことは、ここへ侵攻してくるつもりなのか‥‥それとも何か別の目的があるのか‥‥考えても仕方ないが先が思いやられるな」
 自然な考えである。何の目的もなく偵察をするはずがなく、敵にもそれなりの目標があるのであろう。
 ロシャーデ・ルーク(gc1391)は双眼鏡も駆使しつつ周囲の様子を探っていた。橘の言葉を耳に、それも当然の考えと納得したが、敵に聞くか、実際に行動してくるまでは把握し得ないことだ。
 今気になることは、この依頼そのものである。
「傭兵という制度があるから軍の機体を一斉に整備しても大丈夫、ということなのかしら。だから私達へ依頼され、そして敵が動き出したら対処してもらおうとでも考えているのかしらね」
「さあ。さっきも言っただろう、考えても仕方ない。そのうち分かるか、興味をなくすかのどっちかだろう。仕事に集中するか、他の話でもした方がいいんじゃないか」
 それもそうだ、とロシャーデ。どうせなら仕事に集中したい。そう彼女は思った。
 しかし橘はそう思ったわけではないらしい。
「そういえば、今度私のKVに飾りをつけてみようと思うのだが何が良いだろうか‥‥ブレードアンテナとか良いと思うんだが」
「まあ、いいんじゃないかしら」
 ロシャーデは話に乗ってやることは出来なかったものの、こういった話を振ったのは、思考が凝り固まることを心配した橘なりの相の手だったのかもしれない。

「みかがみ君〜、白皇君、よろしくね!」
 そう言って、夢守 ルキア(gb9436)はにたにたと笑んだ。彼――ジェンダーを鑑み、あえて彼と称する――が飛ぶ傍らには、彼がみかがみ君と呼ぶ終夜・無月(ga3084)とその愛機白皇が飛行していた。
 この二人、依頼主の思惑やそれに対する疑問はさほど強く感じてはいないらしく、今この場で出来ることと、やるべきこと、やりたいことのために飛んでいた。
 特に終夜にとっては、この偵察は時間潰しに過ぎない。昨今導入された傭兵階級制度を受け、その昇進届けを出すついでの仕事だった。
 夢守はまるでそれにくっついてきたかのようで、嬉しそうに飛ぶ姿は、兄を慕う弟のようにも見える。
「今日は宜しく御願いしますね‥‥」
 応えた終夜の表情は、相手に見えないとはいえ、柔らかい。敵の姿は確認出来ず、程良く緊張の抜けた状態で臨むことが出来た。
 この日はいわゆるハズレだろう。このまま哨戒を続けても、恐らく敵は見つからない。
 だから終夜は、街の様子などを見ていた。ここに住む人々は、何を思ってこの空を眺めているのだろうか。
 不安などを抱えてはいないだろうか。
「折角ですし‥‥回ってみましょう‥‥」
「回る? 何が?」
「行きますよ‥‥」
 終夜の提案を、夢守はすぐに理解することが出来なかった。
 だが呆けているうちに、白皇が急旋回を開始。アクロバット飛行をしようというのだ。
 これを見た夢守は歓声。その動きに追随した。


 哨戒任務は滞りなく終了。結局敵の姿を捉えることはなく、成果自体はなかった。後は帰還するのみである。
 傭兵達には、依頼主である基地への立ち入りが許可された。燃料補給くらいはするということなので、その間は許される範囲で自由行動となる。
 夢守は、そんな燃料補給の間に愛機と白皇の整備を行っていた。整備士資格を持っているだけに、かなり手際が良い。
「ムネモシュネ、空っていうセカイも、心地いいね」
 空を自由に翔けた感覚が、まだその身に残っている。高揚感未だ冷めやらず、つい作業にも熱が入る。
 自機の整備を済ませ、今度は白皇に取りかかる。しなやかかつ鋭い銀に輝くその機体は美しいの一言。月光が形を成してその場に留まったかのような、そんな印象を与える。
「んー、白皇の羽根は折らないように気をつけなきゃ!」
 決して、ヤワな機体というわけではない。夢守がそう言ったのは、この輝きを汚さないように、という意味であろう。
「気合‥‥入ってますね‥‥」
 傭兵大尉の階級章を受理した終夜は所用を済ませて格納庫へ顔を出した。
 相手が申し出たとはいえ、整備を頼んだ相手がやる気満々で取り組んでくれることは実に嬉しい。
「あ、みかがみ君! もう用事は済んだの?」
「ええ‥‥見ますか‥‥?」
 取り出した階級章。そこに埋め込まれた星が、ライトを反射してキラリと光る。
 夢守はしばらく、それに目を輝かせていた。
 そんな格納庫の片隅では、橘が退屈そうに整備兵の動きを目で追っていた。
 仕事が終わったならさっさと帰りたい。が、基地の人間と話がしたいと中へ入っていた面々を待たなくてはならないため、こうして待ちぼうけを食らっているわけだ。
 ふっ、と息を吐いた彼女は、ただぼーっと突っ立っているのにも飽きたのか、格納庫をぶらぶらと歩きだした。
 ここに並んだ傭兵のKVは、機種もそれぞれ違うために統一感がなくて当然であるが、逆にそれは個性の主張である。カラーリングを変えたもの、装甲を削ったもの、何か拘りがあって増設の施されたものと、主張の仕方は様々だ。
 その中でもやはり一際異色と言えたのは、終夜の白皇だった。自然、橘の足も向く。
「随分拘っているな」
「そう見えますか‥‥?」
「夜に飛ばすなら星に見えそうだ」
 終夜は、にこりと笑んだ。日暮れには、もう少し時間がかかるだろう。

「話は聞いている。任務ご苦労だった」
 客室へと通された傭兵達を出迎えたのはスコット・クラリー少佐だった。自身は壁に背を預けたまま、椅子を勧める。
 各々が腰かけていく中、一人、須佐だけは苛立った表情でツカツカとクラリーに詰め寄った。
 そして噛みつかんばかりの勢いでぐいと顔を寄せ、真正面から睨みつける。
「お前達はなにをやってる? まさか、こんな敵も何も来ないようなところに俺達をよこすわけないよな?」
 ここに集まった者ほぼ全員が抱いた疑問であった。適当な会話でもしながら探ってやろう、という他の面々とは違う。回りくどいやり方などせず、直接聞き出してやろうというのである。
「敵がいなかったのは結果に過ぎん」
「そうじゃねぇだろうがッ」
 一喝し、須佐は壁を殴りつけた。
 恐ろしくなったか。秋姫がびくりと体を震わせ、目を逸らした。
「何も起こらなかっただけということなのは否定しないがな、てめぇらが何か仕組むための時間稼ぎにでも利用したってのは見えてんだ。聞かせてもらう義理はあるはずだがな?」
「無駄よ。正面から問いかけても、その人は答えないわ」
 腕を組んで背もたれに寄りかかったロシャーデがストップをかけた。
「何だよ、知り合いか?」
「お得意様よ」
 軽く舌打ちし、須佐は身を引いて椅子へどっかりと腰を落とす。
 それでも表情一つ崩さないクラリーに嫌気が差したのか、ふんと鼻を鳴らすとぷいとそっぽを向いた。
 今ロシャーデが言ったように、正面切って問い詰めてもクラリーは答えなかっただろう。それならば、会話から引っ張り出してやればいい。
「大規模作戦等の影響で渡すのが遅くなってしまったけれど、誕生日プレゼントはお気に召したかしら?」
「悪くはなかったが、少し‥‥青かったかもしれぬな」
 比喩を用いたロシャーデの問いかけに対するクラリーの返答は、比喩だ。誕生日プレゼントとは、以前にこの基地の司令官であるライオット・アロガン中佐子飼いのパイロット達がどの程度のものか、実戦の様子を撮影して記録したデータのことである。
 ちなみに、その時の撮影は大成功とはいかず、彼らの純粋な力を測ることには失敗している。クラリーの言う「青い」とはそういうことであった。
「もっと熟したものを用意したかったのだけどもね」
 ロシャーデは小さく息を吐く。
 その脇からは、秋姫が口を開いた。
「あの‥‥次の収穫の時期は何時でしたでしょうか?」
 言葉に、クラリーはピクリと眉を動かした。
 異様な雰囲気。先ほどからずっと喋れずにいた坂上が、クラリーが口を開くよりも早く立ち上がり、机に手を着いた。
「こっちが聞きたいのは、変わりばんこにすれば良いのに、基地所有のKVを一斉にメンテナンスとは、どういうことなのじゃ、ということじゃ!」
 これに関しては須佐が同意した。
「そうだ。どんな事情があるか教えてほしいもんだな。いくらなんでも、一斉ってのはねぇだろ」
 ふむ、とクラリーは息を吐いた。
 ここに至るまで、彼は肝心なことは一言も喋っていない。傭兵達の苛立ちが募るのも当然、というものだ。
 そして切って出てきた言葉は、まるでとんちんかんなものであった。
「正確には分からぬが、収穫時期はさほど遠くは――」
「とぼけんなよ!」
 須佐が机を蹴り飛ばす。
 今にも殴りかかりそうな剣幕で立ち上がった彼を、秋姫はどう止めれば良いか分からず冷や汗で見守る。
「落ち着き給えよ。貴様の質問への回答は持ち合わせていないのだ。答えようがない」
「そんなはずはないのう。確かにこの基地から出された依頼じゃぞ」
 坂上が疑問を挟む。
 ここでロシャーデは、あることに気がついた。クラリーが須佐や坂上の質問に答えられない、その理由だ。
「依頼主は、彼ではないわ」
 クラリーは依頼主ではない。だから答えられない。そしてそこから導き出される本当の依頼主と、クラリーの置かれた状況。
 全てが正しければ、クラリーは相当焦っているはずだ、と。
「真の依頼主はこの基地の司令官よ。確か、ライオット中佐だったかしら? そして、そこのクラリー少佐は、この基地にとって客人でしかない軍人。互いに確執があるから、中佐の目的を知り得ないってわけじゃないかしら」
「概ねその通りだ。私は、傭兵が立ち寄るから相手をしてやれ、と中佐の命を受けたに過ぎん」
「この基地の上層部も傭兵への理解を‥‥?」
 これまで口を閉ざしていたレティアが、逆説的に言葉を吐く。恐らく、そんなことはないだろうと。何か裏があることは感じつつ、ひとまず投げてみた言葉。
 予想通り、クラリーは全面的に肯定はしなかった。
「万が一そうだとしても、他に狙いがあるのだろう」
「その狙いって‥‥」
 秋姫も気がついた。
 この依頼が出された理由。それは、クラリーが何かしらの目的のために動いていることを、ライオットが掴んでいることを示すため。
 確証はないが、それならばこの不自然な依頼が出されたことにも説明がつく。
 誰もが押し黙ったこの場の重たい空気に、坂上は耐えきれなかった。
「何なのじゃこの基地は。さっぱりワケが分からぬぞ。分かりやすく説明せんかい」
「俺も聞きてぇな、その話。利用されたままじゃ気がすまなくてな?」
 この基地へ立ち寄るのは初めてな須佐も、説明を求めた。
 クラリーのこと、この基地のことを知らない人間にとっては、得体の知れない何かに踊らされたということしか把握出来ていない。それは、ストレスだ。
「‥‥恐らく、次にこの基地が傭兵へ依頼を出した時に答えが出るだろう。知りたくば、時を待つことだ」
「話になんねぇ」
 ついに須佐が問答を放棄した。何を言っても無駄。そんなもの、会話ですらない。
 それは私もだ、とクラリーは呟く。言えることがないのだから、話も出来ない。だから、答えることも出来ないのだ。
「燃料の補給も終わっているだろう。ひとまず帰ると良い」
「言われなくたってそうするのじゃ。じゃあの」
 いの一番に部屋を出たのは坂上。続いたのは須佐だ。
 ロシャーデ、秋姫、レティアはその場にしばらく留まり、何か思考を巡らせているようだった。堂々巡りでしかなかったが。
「伍長」
 クラリーが、秋姫を呼んだ。伍長とは、今では彼が秋姫を呼ぶ時の愛称のようなものになっていた。
「人の死に直面するのは嫌いだろうか?」
 返事を待たず、問う。
 一瞬面食らった秋姫だが、彼女はすぐに答えた。
「嫌いです‥‥それは」
「ならば次は辛い思いをさせるかもしれんな」
「それって‥‥」
 秋姫が詰め寄ろうとした時、クラリーはもう部屋の外へ足を運んでいた。呼び止めかけた手が、宙に泳ぐ。
 立ち尽くす三人。しばらくして時を動かしたのは、レティアの「帰りましょう」の一言だった。