タイトル:アンリとナマハゲマスター:矢神 千倖

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2011/09/10 00:54

●オープニング本文


 少しは、慣れてきただろうか。
 アンリ・カナートは、ぽつりと呟いた。
 傭兵として初めて依頼を受けた日から、もう十カ月が経った。ゆっくりとだが、それから少しずつ、何度かに渡って戦いに出た。いつまでも新人だとか、不慣れだとか言ってもいられない。
 自分は、軍人じゃない。兵じゃない。傭兵というのは、便宜上の名称‥‥。戦って、報酬を得る。その流れがあるから、傭兵と呼ぶのが分かりやすいのだろう。
 だから、その中身も様々。殺すのも殺されるのも怖い、ただの人間だっている。自分のように。
 でも、この世界へ踏み込んでしまった。いつまでも甘えてはいられない。
 勇気を出し、踏み出さねばならない。
 分かってはいる。分かってはいるが‥‥。
「わぁあああるいごはいねがぁぁああああッ!」
「やっぱり怖いよーっ!」
 真っ赤な皮膚に蓑を羽織り、二本の猛々しいツノをいただき、包丁を持ったキメラ‥‥。
 以前「世界のMONSTER」とかいう本で見たことのある、ナマハゲとかいうやつだ。アンリの記憶が正しければ、今は彼らのようなものが出回る季節ではないはずだ。
 ‥‥いや、そんなことはどうでもいい。現に敵は出てきているのだから。それに、キメラだからしょうがない。季節も何も、関係なんてあったもんじゃない。
 そういえば、南半球では真夏にサンタクロースがやってくるという。あまり季節は関係ない‥‥のか?
 それとこれとは、違うか。
 とにかく。立ち向かわないことには始まらない。

●参加者一覧

Letia Bar(ga6313
25歳・♀・JG
シクル・ハーツ(gc1986
19歳・♀・PN
夏子(gc3500
23歳・♂・FC
ヨハン・クルーゲ(gc3635
22歳・♂・ER
ミコト(gc4601
15歳・♂・AA
トゥリム(gc6022
13歳・♀・JG
月見里 由香里(gc6651
22歳・♀・ER
山田 虎太郎(gc6679
10歳・♀・HA

●リプレイ本文

●悪い子はいねが
「青い海、キラッキラッの砂浜、ここはそう真夏のビーチ!」
 そう、ここは真夏のビーチ。日差しの照り返しが厳しく目を射る、ちょっとしょっぱい思い出生産場。
 綺麗なお姉さんLetia Bar(ga6313)は、ぐっと背を伸ばす。ジャケットを着るなど、ちょっと厚着なのが残念。筆者は、もっとこう、素肌とかそういうのがドーンでたゆーんなのを期待していたのだが、実に残念。まぁ、お仕事で来てるんだからしょうがないよね。
 そこから視線をぐるりと回す。そこには元気に走り回るアンリ・カナートとナマハゲの姿が!
「真夏にナマハゲとはバグアのお人達は情緒というものがおまへんな」
 その様子を見て、月見里 由香里(gc6651)がくすくす笑う。
 いや、アンリはそれどころではなさそうであるが。
「誰でもいいから助けてくださいーっ!」
 悲鳴を上げ、砂を蹴り、アンリは駆ける。その背をナマハゲが追う。
 ただ逃げるだけのアンリを、良しとしない者がいた。
「あなたの盾は飾りです? 盾構えて!」
 トゥリム(gc6022)だ。盾の使い方に自信のある彼女にとって、アンリの持つ盾が全く以て無意味な存在と成り果てていることが、納得いかなかったのである。
 その言葉が耳に届いたか。アンリが一瞬足を止めて振り返り、視界を覆うように盾を構えた。
「わぁるいごはぁぁ‥‥」
「あ、あぁぁ‥‥」
 その盾をがしっと掴み、アンリの視界に顔をドアップで覗かせるナマハゲ。
 思わず体から力の抜けるアンリ。
「ナ、ナマハゲ‥‥子供を驚かす為に作ったのか? 外見で驚かすなんて能力者には‥‥き、効いているみたいだな」
「迫力のある顔で大声を出し、包丁というわかりやすい凶器を持つ。怖い人には怖いんですかね」
 シクル・ハーツ(gc1986)の見立ては、恐らく間違いない。それにはヨハン・クルーゲ(gc3635)も頷いた。
 攻撃されるのが怖いのではないのだろう。ナマハゲの外見が、視覚的恐怖だったのだ。
 だから盾を構えたとて、それが安心や他の何かに繋がったというわけではない。強いて言えば、相手が近付いたことにより恐怖が増大した。もちろん、それを促したトゥリムには何ら罪はないが。
「アンリさん、カメラに視線を下さいー。後何かコメントをどうぞ」
 そんな中、呑気にカメラを構えアンリに軽く手を振る山田 虎太郎(gc6679)。キメラ退治の仕事で来ているとは思えないような光景。だが、シュールな光景なだけに、何故か山田の行動が自然に思えてしまうのは筆者だけであろうか。
 しかしアンリにそんな余裕など、あるはずがない。
「無茶言わないでくださいよ! というか、助けてくださいよー!」
 アンリ・カナート、既に涙目。男の子のくせに情けない、と世話焼きなお姉さんな人なら言いそうである。
「アンリさーん、アンリ・カナートさーん。助力に来たでゲスよ〜。折角だから、そのまま敵さんをこっちに引き連れて来てくださいでゲス〜♪」
 そう呼びかけるのは夏子(gc3500)だ。ここは何とかしてナマハゲを振り払ってもらい、上手いこと傭兵達の有利な陣形の中にキメラを誘き出そうというのである。
 どうも緊張感に欠ける面々だが、彼らもやはり傭兵。キメラ退治のための布陣は既に整えてある。
 後はアンリの逃げ足を利用して敵を釣り、袋叩きにしてやればいい。話自体は簡単なことであった。
 とはいえ、アンリは組みつかれた状態。まずはナマハゲを引き離し、敵より速く逃げねばならない。いかに能力者とはいえ、一人の力でそれはかなり困難だ。
 そこで前に出たのはミコト(gc4601)。このままアンリをやらせるわけにはいかない。
 手には直刀。一気に砂を駆け、アンリとナマハゲの間を貫くようにして突き入れた。
 驚いたナマハゲがアンリを解放し、距離を取る。
「怪我はしてないようだね。あっちでみんな待ってるから一緒に誘導しようか」
「あ、は、はい!」
 無事を確認したミコトが、ナマハゲにちらりと視線をやって駆けだす。
 アンリも慌ててその後について走った。
 後ろからはナマハゲが追ってくる。
 速度は‥‥どっこい。
 つかず離れず。いや、下手をすれば追いつかれるやもしれない。
 だが二人は走った。仲間の元へ。そこまで辿りつければ、後はどうにでもなる。はずだ。
「アンリさーん、あまりヘタレな姿を晒すと、この情けない映像をネット上に流しますよー」
 山田の応援(?)が飛ぶ。
 実際のところよほど治安が高いところでもない限り、個人レベルでのインターネットの使用はほぼ不可能とはいえ、それは非常にまずい。
 何がまずいって、アンリ自身恥ずかしい、というのもあるが‥‥。
「それをしますと、傭兵の評判が悪うなってしまいますなあ」
 月見里が心配したのは、そこだった。
 人を守るべき存在であるはずの傭兵のみっともない姿は、あまり晒したくない。
 だからといって、山田にやめろと言う者はいなかった。むしろ、発想は別にあったのである。
「そういうわけですわ、アンリはん。頑張っておくれやすー!」
 この場合、応援した方が良いだろう、という判断。もちろん、失敗した時の罰も待っているわけだから、アンリもこれで必死になるはずだ。
 彼女の読みは当たった。
「ちょっと酷くないですかー!?」
 心なしか、アンリの走る速度が上がった‥‥気がする。
「へぇ、なかなか走れるものだね」
 思わずミコトも感心。
 人間己が身のこととなると何かリミッター的なものが外れるものである。多分。
「アンリ、そのまま走れ! いい調子だぞ!」
 励まし、ナマハゲの足元を狙って、シクルが矢を射る。
 非常に良いペースではあるが、万が一追いつかれては元も子もない。ナマハゲの速度を少しでも落としてやれば、逃げる方も少し余裕が生まれるというもの。それに、上手いこと矢が当たれば後の戦いで有利になる。
 残念ながら、矢は命中しなかった。だが、最低限の目的は果たした。
「ナイスアシスト!」
 ミコトが歓喜の声を上げる。
 矢がナマハゲの足元を襲い、躓かせたのだ。
 逃走する二人が、指定のポイントに到達する。
「よく1人で持ち堪えたね。上出来じゃない♪ 次は一撃入れる番だ! ほら、前向いてっ」
 にこりとLetiaが笑めば、その先では夏子が指を鳴らす。
 超機械「フィンガースナップ」‥‥。彼が開発(を依頼)した手袋型の超機械。これを手にはめて指をパチリと鳴らせば炎が――もとい、衝撃波が発生。敵を襲うという代物である。
 顔の前で腕をクロスさせ、防御の姿勢を取るナマハゲ。歪んだ空気の塊が重なった腕の中心を捉える。
 ダメージはほとんどない。だが、それだけでナマハゲの姿勢は崩れた。
「そろそろ出番ですねー」
「ほな、いきましょか」
 そこで前に立つのは、山田と月見里。ハーモナーの二人だ。
 敵が呪いの言葉(?)で攻めてくるならば、呪いの歌で対抗するのみ。
「わ、るいご‥‥が、がっ」
 二人掛けの呪歌。ナマハゲも、これには耐えられない。その動きは、明らかに鈍っている。
「アンリくん、今ならいけるよ。必ず、どちらかの手で自分の身を隠すことが重要だよ。そうすれば、致命傷は負わないから」
 ミコトが声をかける。
 声もなく震えた調子で頷き、アンリは剣と盾を構えた。
「アンリ。見た目にだまされるな。君は、あれよりもっと強く恐ろしいキメラに正面から立ち向かっただろ?」
 シクルの励まし。
 そう、アンリは既に様々なキメラとの戦闘経験を重ねている。この間戦った相手など、ナマハゲよりもずっとずっと大きく、迫力のあるものだった。それと比較すれば、ナマハゲなど怖くはない‥‥。とまでは、いかなかったようだが。
 あの時。確かに勝った。それならば、今回も。
「‥‥うん。今なら、一緒に戦ってくれる人がいる、今なら!」
 さっきまでは、一人だった。だが、今は共に戦ってくれる仲間がいる。
 もう何も怖くない‥‥!
「サポートします。遠慮なく攻撃してください」
 ヨハンがアンリへスキルによる強化補助をかけ、Letiaやトゥリムが援護射撃でナマハゲの動きをさらに制限してゆく。
「思いっきりやっちゃえ」
 己にスキルをかけ、ミコトは刀を振りかざす。
 併せ、アンリも盾を前に、剣を手に駆けた。
 悪い子はいねが。悪い子はいねが。
 悪い子は、いた。
 アンリの中に、怯えて何もしようとしない、臆病者がいた。
 自らの手で、臆病な自分へ打ち勝つ。
 先にミコトが一撃。
 足を斬り払い、既に停止した敵の動きに、再起不能なほどにまで制限をかける。
 倒れ込み、包丁すらも取り落としたナマハゲの脇にアンリが立つ。
「こ、これで‥‥!」
 突き刺すような太陽光を反射して煌いた刃が、キメラを貫いた。
 悲鳴はない。ただ、ドクンとその体が跳ねる。そしてそれきり、キメラは動かなくなった。

●海ですってよ奥さん
 キメラは滅んだ。悪は去った。さあ依頼完了。帰って報酬を受け取ろう!
 ‥‥などということで終わるわけがあるまい!
 海だ、夏を彩る海なのだ! ここへきて、何もせずに帰るだなんてそんなのもったいなさすぎる!
 幸いなことに、ここには見目麗しい乙女達がそろっている!
 さぁ見よ、その瑞々しい肌を! はちきれんばかりの肉体を!
「では夏子はせっかくなので、倒したナマハゲの面を剥ぎ、お面作りを――」
 ‥‥。
 ‥‥。
 ‥‥。
 さぁ、今のは見なかったことにして「ちょ、酷いでゲスよ!」、カメラを移して甘美なる「執筆官さん聞いてるでゲスか!?」女性達の楽園を「だから夏子はでゲスね――」
 スパーン!
 小気味の良い音がビーチに響く。
 思わず夏子が顔面から沈んだ。
 そこに待ち受けるのは、今はもう動かないナマハゲの顔。
 夏子の唇。
 ナマハゲの唇。
 その距離が瞬く間に縮まっていき、やがて――
 どうなったかは、本人の精神的ダメージを考慮し、省略するものとする。
「そんなことしたらトラウマ出来ちゃうからぁっ!」
 背後に迫っていたLetiaがハリセンで突っ込みを入れたのだ。覚醒してはいないからさほどダメージはないはずだが‥‥。
 夏子はピクりとも動かない。どういうわけか動かない。いや、動けないのだ。誰がこんな酷いことを! Letiaさん事件です!
 と、筆者の言葉など届くはずもない。
 そして今! 私には! もっと描写すべきものがあるはずだ!
 全国いや全世界のアダルティな紳士諸君、お待たせいたしました!
 見よ、このLetiaさんの水着姿を!
 空の色に染まったビキニ。キュッと引き締まったウェスト、ほどよく主張するヒップ、そして何よりこぼれそうなほどに甘く実った二つの果実! あぁ実を包む蒼の薄皮を剥(この部分は切り取られている)
「そんな事より、ほら、泳いだらいいじゃない! いこー!」
 Letiaは、夏子の抗議する声も聞かずにずるずると引きずって海へと向かってゆく。哀れ夏子。合掌。
「今日のアンリさんは、逃げの一手でしたが。良い感じに囮になって、敵を引き付けられたので中々でしたよー」
 戦闘と緊張による疲労から浜辺に敷いたシートへ座り込むアンリに、声をかけたのは山田だ。
 それは褒めているのか、労っているのか。それとも、からかっているのか。‥‥いや、からかっているのだろう。もちろん、アンリがそういったことでは腹を立てないということも見越してだ。
 さらに、山田は、今の言葉をアンリがどう受け取るか、ということまで把握していた。
「あ、はい。ありがとうございます」
 とりあえず褒め言葉として受け取る。怖がりとはいえ、彼は基本的に前向きなのだ。
 というか‥‥毒に気付かないのだ。
「所でアンリさん、褒めてあげたので。お礼に山田に何か奢って下さい、そこのかき氷とかが良い塩梅ですよー」
「ええっ!?」
 全ては、この流れへ持ち込むために。
 何かとお金にがめつい少女、山田。たかれるところは、たかる。
 そしてアンリは、断れない性格。特に今回は、助けられた、という意識もある。
「‥‥分かりましたよぅ」
 渋々ではあるが、腰を上げて海の家へ向かう。難儀な性格だ。
 向かった先では、既にシクルと月見里がくつろいでいた。キメラ討伐を受けて戻ってきた店主は既に商売を始めており、彼女らはそこでかき氷をつついていたのだ。
「あぁ、アンリはん。お疲れ様どす」
 先に声をかけたのは月見里だった。
 山田へかき氷代を渡したアンリは小さく返事をし、彼女らの座っているテーブルに着いた。
「アンリはんのがんばりのおかげで海水浴客たちに大きな被害もでえへんかったようですわ。お手柄やね」
「いえ、そんな‥‥。皆さんが来てくださらなかったら、ボクなんてただ逃げてただけですよ」
 素直な褒め言葉には、謙遜。ちょっと微妙なお年頃なのだ。
「怖がることは悪いことじゃないんだよ? 生き残る為には怖がることも必要なんだよ。後は、ほんのちょっとの勇気だけ。ほら、最後にはちゃんと戦えたじゃない」
 照れから否定として発した言葉。「逃げてただけ」に、シクルはフォローを入れる。
 こう言われてしまうと、何も言えなくなってしまう。
「そ、そうですか? ‥‥ありがとうございます」
 だから、礼を述べた。
「ああ、いたいた。やあアンリくん、お疲れ様」
 次に海の家へ入ってきたのはミコト。
「あ、どうも。お疲れ様です」
「かき氷か‥‥。俺も買ってこようかな」
 テーブルに同席していた月見里とシクルのつついているものへ目をやるなり、ミコトはポツリと呟いた。
 何気ない言葉。特におかしなところはない。はず。
 だが、それがアンリにとってはどうにも引っかかったらしい。
「俺‥‥?」
 その一人称が、違和感だった。
 体つき、顔つき。勝手な判断ではあるが、アンリはこう思っていたのだ。
 この人は女性だ、と。
「ああ‥‥。ちなみに、俺は男だからね‥‥。たまに間違えられるけど」
「えっ、あ、本当に? ごめんなさい、ボクてっきり‥‥」
 そんなやり取りを見ていた月見里とシクルは、笑った。
 浜辺では、ヨハンとトゥリムが荷物をまとめる。他の者のように、遊ぼうというわけではなかった。
「トゥリム様は、遊びにいかれないので?」
「帰る準備をするだけ。皆がそろって遊ぶようなら行くけど」
 今目に見える範囲で遊んでいる(ように見える)のはLetiaと夏子くらい。他の面々は海の家で休んでいた。何となく、輪に入りそびれてしまったのだ。
 だが‥‥。
「こうして、景色を眺めてみるのもいいものです」
 残暑。夏も暮れようとしているこの時に訪れた海。
 もう、今年海へ来ることはないかもしれない。
 そう思ってみる海は、何だか感情に訴えるものがあった。
「‥‥そうかも」
 カモメが遠くで鳴いた。
 思わず空を見上げ、眩しさに目を細める。
 景色は、青だった。